第1節 増え続ける不良債権

第2章 不良債権問題と日本経済の実力

第1節 増え続ける不良債権

我が国の銀行の不良債権問題が長引いている。その特徴としては、次の3つの点が重要である。

  1. 多額の不良債権処理にもかかわらず、新規の不良債権の発生が続き、不良債権残高が増え続けている。
  2. 不良債権を処理するための費用(直接償却費、貸倒引当金繰入費等)が、銀行の本業からの収益(業務純益)を上回り、銀行収益が実質上の赤字となっていると考えられる。今後も当面、不良債権の新規発生等に伴う処理コストによる銀行収益の圧迫は続く。
  3. 不良債権の貸付先が、不動産、建設、卸小売などの特定の産業に集中している。

以下では、こうした不良債権問題の特徴について、詳しく検討した上で、新規不良債権の発生が続いている要因を分析する。

1 不良債権問題の3つの特徴

 未だに増え続ける不良債権

まず、第1の特徴である不良債権が増加し続けている点をみよう。我が国銀行の不良債権残高を、全国銀行の「リスク管理債権」残高でみると、バブル崩壊後の93年3月期以降増加傾向を続けている。リスク管理債権の定義が現在と同等となった98年3月期以降も、30兆円前後で推移し、2001年3月期は約32.5兆円とこれまでで最高となっている(第2-1-1図)。この間、不良債権比率(リスク管理債権/貸出金)についても、上昇傾向をたどっており、2001年3月期には、6.6%まで上昇している。比較のために、最近年のアメリカの商業銀行の不良債権比率をみると、約1%にとどまっており、日本の銀行の不良債権がいかに多額にのぼっているかがわかる。なお、銀行以外に、信用金庫や信用組合等を含んだ「預金取扱金融機関」合計のリスク管理債権は、2001年3月期で43.4兆円にのぼっている。

なぜ、我が国銀行の不良債権は、バブル崩壊後10年もの間、増加し続けているのだろうか。不良債権の増加要因としては、(1)98年3月期まで不良債権の定義(何が不良債権に含まれるか)が徐々に拡大されたことと、(2)新規の不良債権の発生ペースに比べ、法的整理や債権放棄などによる不良債権のバランスシートからの切り離しのペースが遅かったこと、があげられる。なお、不良債権をバランスシートから切り離すことは、不良債権の「最終処理」ないし「オフバランスシート化」とも呼ばれる(コラム2-3「不良債権の最終処理とは」参照)。以下で、これらの点を検証してみる。

不良債権がなぜ増加してきたかを検討するにあたっては、不良債権の定義が徐々に拡大された98年3月期以前と、定義が現在と同等となった98年3月期以降に分ける必要がある。

98年3月期以前のリスク管理債権残高の増大については、上述のとおり、第1に、リスク管理債権の定義が順次拡大されてきたことがあげられる。具体的には、93年3月期~95年3月期は、「破綻先債権」、「延滞債権」のみであったが、96年3月期~97年3月期には、「金利減免等債権」が加わり、98年3月期以降は、破綻先債権、延滞債権のほか、「3か月以上延滞債権」、「貸出条件緩和債権」にまで、範囲が拡大された(1)。こうした措置により、98年3月期以降は、米国SEC(証券取引委員会)基準と同様の開示内容となっている。この間、定義の拡大に伴うリスク管理債権額の増大に加え、バブル崩壊による資産価格の下落と景気の低迷により、貸出先債権の不良化が進んだこともあって、不良債権残高の増加が続いたと考えられる。

98年3月期以降は、リスク管理債権の定義の変更はなく、その面からの不良債権増加はなくなった(2)。しかしながら、不良債権残高は約30兆円で高止まりないしやや増加している。銀行は相当な額を最終処理しているが、ほぼそれと同じ程度新たに不良債権が発生しているため、不良債権残高が減少していないのである。それでは、これまでどの程度既存の不良債権が最終処理され、またどの程度新規の不良債権が発生しているのだろうか。最終処理額(以下では、バランスシートから切り離された不良債権額を最終処理額と呼ぶ)と新規発生額は、公表数字から推計する必要がある。

最終処理額は、(1)当期の費用として発生し、かつ最終処理を伴う直接償却等、(2)既存の貸倒引当金の取崩額(いわゆる間接償却の取崩し)、(3)担保土地の売却など処理時の回収額の合計となる(3)。直接償却等(上記(1))に貸倒引当金取崩額(2)を加えた合計額は、98年3月期~2001年3月期の4年間で、38兆円となっている。これに回収額(3)を加えたものが最終処理額となるが、仮に回収額を債権額の2割と仮定すると、この4年間に、45兆円の不良債権がバランスシートから落ち、最終処理された計算となる(第2-1-2図(4)。なお、回収率の仮定を1~3割に変えても、この結果に大きな変化はない。不良債権残高は、既存の不良債権残高に、こうした最終処理額(不良債権の減少分)を差し引き、新規不良債権の発生額を加えたものである。この間の不良債権残高がほぼ横這いないしやや増加しているので、最終処理額とほぼ同額ないしそれ以上の新規不良債権額が発生したと考えられる。つまり、最近の4年間についてみると、銀行は年間10兆円あまりの不良債権を最終処理しているが、ほぼ同額の不良債権が新規に発生し、その結果、不良債権の総額は約30兆円に高止まっているのである。このように、銀行では、不良債権について、相当な額にのぼる最終処理を実施してきたが、新規の発生も止まらず、不良債権残高が高止まりないしやや増加を続けているのが実態である。

問題はなぜ、このように多額の新規不良債権額の発生が続いているかである。この点については不良債権問題の第2、第3の特徴と密接に関係しているので、それらを検討した後に分析することにしよう。

 不良債権処理が銀行の収益を圧迫

次に、第2の特徴である不良債権問題が銀行収益を圧迫している点をみるために、不良債権処理費と銀行収益との関係を検討しよう。銀行の「当期利益」(税金等調整前)は、「業務純益」(貸出や債券等からの収入に、調達金利や経費等といった費用を差し引いた、銀行の本業の利益)から「不良債権処理額」を差し引き、「株式等関係損益」(保有株式の益出し等)を加えたものに、「その他損益」を加減したものである。日本銀行(2001)によると、銀行の当期利益は、バブル崩壊後低迷を続けており、96年3月期、98年3月期、99年3月期の3年間赤字となった。当期利益から株式等関係損益等による利益を除いて、本業の利益を示す業務純益と不良債権処理額を比べると、95年3月期以降、7年間連続で業務純益が不良債権処理費を賄えていない状態となっている。すなわち、不良債権の新規発生や地価下落等による担保価値下落などを背景に、バブル崩壊後、多額の不良債権処理がなされており、銀行の収益は実質上の赤字となっていると考えられる(第2-1-3図)。ここで「実質上の赤字」とは、銀行の本業の収益(業務純益)を不良債権処理費が上回っているということを意味している。今後も当面、相当の不良債権の新規発生等に伴い、不良債権処分損による銀行収益の下押し圧力は続くと考えられる。

なお、銀行の不良債権処理額の中身については、貸倒引当金の計上(いわゆる間接償却)という会計上の処理のみならず、同時に最終処理を伴う直接償却等も多額にのぼっている。

このように多額にのぼる銀行の不良債権処理額と不良債権の新規発生額は、銀行の各年の当初見込みを上回っている。2000年3月期と2001年3月期の大手行の不良債権処理損について、計画と実績の推移をみると、年度当初立てた計画から中間期に立てた修正計画、さらには年度末の実績へと順次大幅に修正されている姿がみてとれる(第2-1-4図)。不良債権処理損が年度当初計画を大幅に上回っているのは、確かに景気の低迷が予想以上に続いていることが背景にあるが、借り手企業の業況や企業を取り巻く環境が大きく変化したことや、銀行自身の融資先に対する実態把握が必ずしも十分でなかったことによる可能性は否めない。なお、試算によれば、倒産した企業のうちかなりの企業が、倒産の1年前、半年前には正常先や要注意先に査定されていて、それら企業に対する貸付債権は不良債権となっていなかった(第2-1-5図)。ただし、債権総額のうち正常先、要注意先が占める割合が圧倒的に大きいことには留意する必要がある。

不良債権処理額が、本業の稼ぎを上回る状態が続いていることは、大きな問題である。銀行としては、一刻も早く不良債権処理のメドをつけて、不良債権処理の大幅な増大や、処理の遅れを懸念する市場の見方を払拭する必要がある。このためには、業績回復の見込みがない企業の債権については、本章2節でみるとおり、いわゆる「骨太の方針」や「改革先行プログラム」で盛り込まれた私的・法的整理の活用、整理回収機構への不良債権の売却などによって最終処理を進め、損失を確定すべきである。また、不良債権の健全債権化と新規発生防止の観点から、貸出先の再建・再生に重点を置いた取組みを進めることも重要である。さらに同時に、リスクを取りながら収益力を高めていく必要もある。

 不動産、建設、卸小売が、不良債権の過半を占める

現在の不良債権問題の第3の特徴として、不良債権が限られた特定の業種に集中していることがあげられる。日本銀行(2001)により、2001年3月末のリスク管理債権残高(貸出業種別に開示している大手行15行と地域行54行の合計69行)を借り手企業の業種別シェアにみると、不動産、卸小売、建設合計で約54%と過半を占めている。これら3業種に対する貸出は、銀行の貸出総額の約33%を占めている点からすれば、不良債権問題がいかに特定の業種に集中しているかがわかる。

なお、2001年3月末のリスク管理債権のうち、製造業向け債権は全体の9%に過ぎない。しかし、前年比では約3割増となっており、最近では不良債権の業種的な広がりもみられ始めている。また、企業倒産も、3業種以外の製造業やその他業種で、97~98年頃以降、それ以前と比べて増加している。倒産企業向け債権(「経営破綻先債権」)は、不良債権の一部であり、こうした上記3業種以外の業種における倒産企業の増加は、ここ数年において、銀行の不良債権が業種的に広がっていることを示していると考えられる(第2-1-6図)。

2 不良債権問題長期化の背景

 なぜ不良債権の新規発生が続いているのか

以上では、不良債権問題の3つの特徴をみてきた。それでは、なぜ、銀行による多額の不良債権処理にもかかわらず、新たに多額の不良債権が発生し、銀行の収益を圧迫するといった不良債権問題が長引いているのだろうか、という問題を検討しよう。不良債権問題が長引いているのは、長期の景気の低迷が背景にある中で、特に次の点が重要である。

  1. 不動産、建設、卸小売の3業種の企業を中心に、バブル期に過大な土地等への投資と借入れが行われたが、バブル崩壊後、地価の下落が継続したため、バランスシートが毀損(保有土地資産の価値が下落)した。そこに長期の景気の低迷や流通革命による競争激化が重なって、これら業種への貸出債権の一部が不良化している。
  2. バブル崩壊の影響が少ない企業でも、長期の景気の低迷や産業の構造調整圧力が強まる中で、業種規模別や企業別の業績格差が拡大しており、いわゆる「負け組」の企業への貸出が不良債権化している。
  3. 金融機関が債務者区分や貸出資産等の査定を厳格化している。

以下では、これらの点について検討する。

まず、第1に、不動産、建設、卸小売の3業種の企業への貸出債権の不良債権化が続いているという点を検討しよう。これら3業種では、バブル崩壊後の資産価格デフレ(地価や株価の下落)の影響が大きい。地価は、バブル崩壊後の約10年間にわたって、商業地価を中心に下落が続いている。この結果、保有資産のうち土地の占めるシェアが高い不動産や小売を中心に、実質上のバランスシートの悪化が続いていることは間違いない。実際、全産業の土地資産額のうち3業種の保有土地資産は54%(不動産27%、建設7%、卸小売20%)を占めている(法人企業統計季報ベース)。なお、これら3業種の付加価値額の全産業に占めるシェアは34%である。地価が急騰したバブル期に、多くの企業が土地への多額の投資を行ったが、特にこれら3業種の企業の土地購入額は、全産業の半分強を占めており(87~92年、法人企業統計季報ベース)、バブルの後遺症がなお残っていると考えられる。

さらに、これら3業種では、バブル崩壊後、収益が低調に推移している(第2-1-7図)。特に、卸小売業では流通革命の影響を強く受けており、新興企業の進出もあって、企業ごとにみても、業績の格差が大きくなっている。実際、上場企業ベースで小売業の売上高を調べると、このところ売上高の増加企業と減少企業の格差が拡がっており、また、増加企業の寄与度の多くが、91年度以降に新規上場した新興企業であるという事実がみてとれる(第2-1-8図)。

これら3業種の企業は、土地への過大投資や収益低迷の結果、過剰債務をかかえている。借り手側企業の過剰債務のすべてが不良債権となっているわけではないが、銀行の不良債権と密接な関係にある。3業種の債務がどの程度過剰となっているか、試算してみよう。過剰債務指標として「金融債務(ネット)/付加価値額」比率をみると、3業種(不動産、建設、卸小売)計では、バブル期に大きく上昇した。最近はピーク比で若干減少しているが、水準が安定していたバブル期前の80年代前半よりも、かなり高水準となっている(第2-1-9図)。「金融債務/付加価値額」比率をバブル期前の80年代前半までに圧縮するためには、現在の付加価値額一定の場合、3業種合計で、現在のネットの金融債務196 兆円のうち67兆円程度圧縮する必要がある(5)。同様の試算による全産業の金融債務圧縮額が約70兆円であることからみて、過剰債務の多くが3業種に集中していることがわかる(なお、全産業の2001年1-3月期末のネットの金融債務は403兆円)。さらに規模別に「金融債務/付加価値額」比率をバブル期前と比較すると、卸売が、大企業、中小企業ともにほとんど過大にはなっていないが、建設、不動産、小売については、大企業、中小企業ともに過大になっている(付注2-1)。ただし、建設では大企業が中小企業よりも、小売では中小企業が大企業よりも、それぞれ債務過大幅が大きい。業種によって違いがみられるが、これら3業種では、大企業、中小企業ともに、バブルの後遺症や競争激化による業績悪化から、企業の収益力との対比で債務が過剰となっていると考えられる。

第2に、バブル崩壊の影響が比較的小さかった製造業その他の業種においても、不良債権が増加しているという点を検討してみよう。これらの業種では、(1)長期の景気低迷と、(2)産業構造調整圧力が強まる中で、企業ごとの格差が大きくなり、いわゆる「負け組」の企業への貸出が、一部不良化しているとみられる。3業種を除いた非製造業や製造業の全体では、過剰債務は大きくない。特に製造業全体では、「金融債務/付加価値額」比率は、ほぼバブル期前のレベルとなっている(前掲第2-1-9図)。

しかし、企業の収益力をみると、99~2000年度にかけて、売上高経常利益率は大幅に改善しているのに比べ、特別損益を含んだ売上高当期利益率の改善幅は小さい(前掲第2-1-7図)。業種規模別の売上高当期利益率を、バブル崩壊後とそれ以前を比べると、長期の景気低迷が続く中で、非製造業や中小企業を中心に総じて、売上高当期利益率の低迷が続いていることがわかる。また、前述のとおり、3業種以外の製造業やその他業種の企業の倒産が、97~98年頃以降、それ以前と比べて増加している。産業構造調整が進む中で、小売業でみたように企業ごとの業績の格差も大きくなり、3業種以外でもいわゆる「負け組」の企業への貸出が、一部不良化していると考えられる。

最後に、新規の不良債権が増加している要因の1つとして、最近銀行の債務者区分や貸出資産等の査定が厳格化しており、その結果、不良債権と認定される債権が増加しているという点をみてみよう。98年7月以降の金融監督庁、大蔵省財務局、日本銀行によるいわゆる集中検査・考査の実施や、99年7月の金融監督庁の金融検査マニュアルの作成等を受け、銀行の資産査定の精度向上が図られている。2001年3月期も、全国銀行において検査を反映した貸出条件緩和債権の計上基準厳格化が図られている(6)。その結果、貸出先企業の業績低迷等とあいまって、新規の不良債権が増加していると考えられる。

コラム2-1

不良債権とは何か

不良債権としては、銀行法に基づき開示されるリスク管理債権、金融再生法に基づき開示される金融再生法開示債権があり、その残高は、ともに全国銀行で30兆円強、預金取扱金融機関全体で40兆円強となっている。

(i)リスク管理債権

リスク管理債権は、破綻先債権、延滞債権、3か月以上延滞債権、貸出条件緩和債権からなり、98年3月期以降は、米国SEC(証券取引委員会)基準と同様の開示内容となっている。

(ii)金融再生法開示債権

金融再生法開示債権は、破産更生債権及びこれらに準ずる債権、危険債権、要管理債権からなる。そのカバーされる範囲はリスク管理債権とほぼ同等だが、対象資産の範囲が金融再生法開示債権の方がやや広いなどの違いがある。

(注)銀行の自己査定による債務者区分

自己査定は、本来、銀行が債務者区分毎の債権分類(I~IV分類)に基づいて、償却・引当所要額を算定するために行われる。一部の新聞その他では、自己査定による債務者区分(正常先、要注意先、破綻懸念先、破綻先・実質破綻先)のうち、要注意先以下の債権を不良債権と呼ぶ場合がある。要注意先債権以下の金額は、2001年3月期に約110兆円(全国銀行、日本銀行2001)にのぼっており、リスク管理債権や金融再生法開示債権の残高を大きく上回っている。もっとも、要注意先債権は、当初の約定通りの元本・利息の支払いが行われている債権が多く、要注意先債権の全体を不良債権とみなすのは適切ではない。また、要注意先企業には、現在の業況が低調でも、今後、経営改善が十分に見込まれる企業が多く含まれている。なお、不良債権関連のデータとして分類債権(II~IV分類)の額(全国銀行で約66兆円、日本銀行2001)があるが、これには要注意先債権(正常運転資金分等を除く)が含まれていること、破綻懸念先、破綻先・実質破綻先の貸倒引当分や優良担保カバー分などが除かれている点で、リスク管理債権や金融再生法開示債権の大きさと比べるのは適当ではない。