第2章 2024年前半の世界経済の動向(第4節)

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第4節 世界経済のリスク要因

本節では、前節までの分析結果を踏まえた先行きのリスク要因について整理する。

(経済のアップサイドリスク)

2023年はアメリカや多くの新興国において高い成長がみられた(OECD (2024) )。アメリカについては第1節でみたように、力強い国内需要を背景に、景気拡大が継続している。また、一部の新興国においても、好調な経済成長が続いている。例えばインドは、2023年度の実質GDP成長率は8.2%とIMFの2024年4月の見通し140を上回る成長率となり、景気は拡大している(第2-4-1図)。インドネシアは、強い内需に支えられ、景気は緩やかに回復している(第2-4-2図)。

こうしたアメリカや新興国の経済の好調さが貿易・投資を通じて、世界各国の需要を喚起し、商品価格を更に上昇させる可能性がある。その結果、欧米において物価上昇率が想定以上に高まった場合、更なる金融引締めが行われることも考えられる。また、後述のとおり、アメリカとの金利差等を通じて為替安となる国においては、輸入インフレ圧力が高まる可能性がある。

第2-4-1図 インドの実質GDP成長率
第2-4-2図 インドネシアの実質GDP成長率

(欧米における政策金利の高止まりの長期化)

前述のような経済のアップサイドリスクが実現しない場合でも、物価上昇率の下げ止まりを受けた政策金利の高止まりの長期化が懸念される。金融市場が見込む欧米の主要中央銀行(FRBECBBOE)の2024年の利下げ回数をみると(第2-4-3図)、年初時点では5~7回程度であったが、6月中旬時点では約2回程度にまで減少しており、ECBは2024年6月に政策金利を引き下げたものの、欧米では高い金利水準が今後とも継続することが見込まれている。

第2-4-3図 金融市場が見込む2024年の主要中央銀行の利下げ回数

これを受けて、欧米においては、家計の住宅ローンの利払い費負担の増加や企業の資本コストの上昇から、個人消費、住宅投資及び設備投資が過度に抑制されることで、景気が下振れするリスクがある。特に、英国は、短期固定の住宅ローン比率が大陸欧州諸国と比べて高く141、急激な金利上昇及び高止まりの局面においては、利払い負担が急増する家計が急速に増える可能性がある。

また、第1節で示したとおり、アメリカでは商業用不動産の中でも都市部のオフィス物件は感染症拡大前に比べて大幅に下落しており、2023年以降、オフィス物件を裏付けとするローン及び商業用不動産担保証券(CMBS)の延滞率は、商業用不動産全体の延滞率を超えて上昇している。政策金利の高止まりが長期化し、借換に伴う資金調達コストの高まりを受けて、オフィス物件を中心とした商業用不動産ローンの債務延滞、不履行が一段と増加すれば、中小銀行の資産を毀損することが考えられる。さらに、銀行与信の収縮を通して、地域経済活動に負の影響を与える可能性がある。

こうした欧米における景気の下振れが発現した場合、貿易・投資を通じて、世界全体としても景気が下振れする可能性がある。

加えて、タイ、韓国等のアジア諸国においては、アメリカとの金利差等を通じて為替安となる結果、輸入インフレ圧力が働き、景気が下押しされる可能性がある(第2-4-4図、第2-4-5図)。

欧米の中央銀行においては、こうしたリスクに留意しつつ、景気動向を丁寧に確認しながらの慎重な金融政策運営が引き続き求められる。

第2-4-4図 アジアの政策金利
第2-4-5図 アジアの対米ドル為替レート

(中国の内需の停滞と「過剰供給」問題を受けた貿易摩擦)

中国では、内需停滞の主因となっている不動産市場の停滞については、5月に住宅在庫の買取りを始めとした梃子入れ策が打ち出されたものの、6月時点の統計では、住宅関連の指標に大きな改善はみられていない。今後は、三中全会で示された重点分野のリスク解消に向けた中長期方針も踏まえ、政策の進捗に応じて徐々に安定化に向かうことが期待されるが、引き続き動向を注視する必要がある。しかしながら、不動産市場、都市開発の停滞が更に長期化する場合には、関連企業(地方融資平台を含む)の債務の持続可能性が懸念されることとなり得る。

また、中国で内需の構造的弱さが続く下で、補助金も背景に過剰に生産された財が低価格での輸出に仕向けられているとする、いわゆる「過剰供給」問題が各国から指摘され、中国のEV等に対する関税の大幅な引上げが実施されている。本年夏時点では対象品目は限られており、輸出の基調に対する影響は限定的とみられるものの、双方の関税引上げが続く場合には世界貿易を下押しする不確実性があり、関係当局間の建設的な協議が求められる。

(中東地域をめぐる情勢)

2023年10月中旬にはイスラエル及びパレスチナ武装勢力間の衝突が起こるとともに、同年11月にはイエメン国内の武装勢力であるホーシー派による同国沖の紅海を航行する船舶への攻撃がなされ、中東地域の緊迫が続いている。

これを受け、欧州とアジア間の海運がスエズ運河を回避し喜望峰回りとなる動きが増えるなど、航路変更に伴う物流コストの上昇圧力が続いている(第2-4-6図)。また、エネルギー価格が上昇する局面もみられた142

このように、中東地域をめぐる情勢は、世界経済、特に英国に対する景気の下振れリスクにまで発展するかは不透明ではあるものの、今後の情勢を引き続き注視する必要がある。

第2-4-6図 スエズ運河と喜望峰を通過する積載量

(アメリカ大統領選の動向)

2024年は、世界の主要国等で大統領選挙や総選挙等が行われてきたが(第2-4-7表)、11月にはアメリカ大統領選挙が予定されており、移民政策や貿易政策が主要な論点となっている。アメリカ大統領選挙に向けた両候補者の主張を踏まえると、政権が交代した場合、まず移民政策が厳格化される可能性がある。第1節で確認したとおり、アメリカ経済が好調な要因の一つとして、移民流入の上振れが背景にあることから、移民を制限した場合、労働供給不足によるインフレ再燃を招く可能性がある。また、貿易政策については、広範な品目にわたり更なる関税引上げが行われる可能性があり、特に中国に対しては大幅な関税引上げになる可能性がある。これまでも中国に対して追加関税措置が度々行われてきたものの、主に経済安全保障の観点からの規制強化であり、対象品目は限定されていた。もし、広範な品目にわたり関税が引き上げられることになれば、輸入物価上昇を通じたインフレ圧力による家計の実質所得の減少や、サプライチェーンの混乱を招き、対アメリカ輸出国を始め、世界経済全体に大きな影響を与える可能性がある。

第2-4-7表 2024年の世界各国の主な選挙

140 IMFの2024年4月の見通しでは、2023年度のインドの実質GDP成長率は7.8%(IMF (2024))。
141 5年以内に借換えを迎える短期固定の住宅ローン比率について、英国は83.7%、ドイツは9.8%、スペインは20.6%(2023年1-3月期値)。
142 第1節でみたように、2024年4月初旬には、イスラエルによるシリアのイラン大使館爆撃を受けて一時87ドル/バレル台まで原油価格(WTI)が上昇する局面があった。

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