第2章 2024年前半の世界経済の動向(第2節)
第2節 欧州の景気動向
本節では、主に2024年前半のユーロ圏及び英国経済を概観するとともに、個人消費及び設備投資を中心に分析する。
(景気は総じて持ち直しの動き)
欧州経済の動向を実質GDPの推移から概観すると、ユーロ圏及び英国では2022年後半以降、急激な物価上昇と金融引締め等を受けて、実質GDPが横ばい傾向で推移してきた。特に英国においては、高金利下での住宅ローン借換えに伴う金利負担増への懸念もあり、消費が弱含んできた91。しかしながら、物価上昇を上回る名目賃金上昇の継続等を受けて、2024年1-3月期にはユーロ圏及び英国ともに実質GDP成長率がプラスとなり92、景気は総じて持ち直しの動きがみられる(第2-2-1図)。
以下では、主要な需要項目である個人消費と設備投資について分析する。
(個人消費は、ユーロ圏では横ばい、英国は持ち直しの兆し)
はじめに、個人消費の動向を財の消費動向から確認する。
まず、実質小売販売額の動向をみると、2021年秋以降、感染症収束に伴う経済活動の再開や、ウクライナ侵略に伴うエネルギー価格等の高騰を受けた消費者物価の上昇により、実質小売販売額は、ユーロ圏及び英国では低下傾向が続いた。しかしながら、ユーロ圏では2023年後半以降はおおむね横ばいとなり、英国ではまだ不安定な動きはみられるものの、2024年に入り持ち直しの兆しもみられている(第2-2-2図)。
自動車の新規登録台数の動向をみると、ユーロ圏、英国ともに、供給制約が解消された2023年9月以降も感染症拡大前の2019年を下回る水準で推移し、2024年に入ってからもこの傾向が続いており、高額商品に対する購買力は戻っていない(第2-2-3図)。
このような消費動向の背景として、実質賃金の動向を確認する。前述の要因により、消費者物価上昇率が名目賃金上昇率を上回って推移し、実質賃金の上昇率がユーロ圏では2021年1-3月期以降、英国では2022年4-6月期以降マイナス傾向で推移していたが、消費者物価上昇率の低下と名目賃金上昇率の高水準での推移93を受けて、ユーロ圏では2023年7-9月期以降、英国では2023年4-6月期以降は実質賃金の上昇率がプラスで推移し、持ち直しの動きがみられている(第2-2-4図)。
実質賃金に持ち直しの動きがみられる中でも消費の回復が相対的に弱い背景には、消費者信頼感(消費者マインド)94の改善ペースの弱さが考えられる。消費者マインドを構成する、家計の現状と先行き、経済見通し及び高額商品購買意欲の推移をみると、2024年に入り、家計の先行き見通しは、消費者物価上昇率の低下を受けてユーロ圏においてはほぼゼロ近傍まで改善し、英国においてはプラスとなったものの、家計の現状や経済見通しの改善ペースは緩やかなものにとどまっている。加えて、政策金利の高止まりに伴うローン金利の高止まりから、高額商品購買意欲は改善の動きがみられず、消費者マインドは全体として改善ペースが弱い状況にある(第2-2-5図)。
このように消費者マインドの改善ペースが弱いことから、超過貯蓄は引き続き増加傾向となっている。感染症拡大前の2019年各四半期の貯蓄額と比較して積みあがった超過貯蓄を、名目のフロー及び実質のストックベースでみると、名目のフローはユーロ圏及び英国ともに感染症収束に伴い減少傾向となっていたが、2022年半ば以降は緩やかな増加傾向に転じている。これを受けて、実質のストックは、同様に2022年半ば以降は緩やかな増加傾向にある。この結果、実質超過貯蓄ストックは、実質GDP比でみて、2024年1-3月期にはユーロ圏で約10.4%(約1.2兆ユーロ)、英国で約15.4%(約0.4兆ポンド)となっており、ユーロ圏、英国ともに貯蓄を積み増す動きが続いていることが確認できる(第2-2-6図)。
なお、超過貯蓄の増加の背景には財産所得の増加も考えられる。ユーロ圏、英国の家計部門の財産所得の純受取の動向をみると、ユーロ圏は2022年4-6月期以降、英国は2021年10―12月期以降、利子の純受取が政策金利の引上げ等に伴って前年同期比で増加しており、2024年1―3月期にはユーロ圏で4.4%ポイント、英国で0.3%ポイントの寄与度となっている。ECB (2023)では、利子のような非労働所得は貯蓄性向が高く、また高金利を受けて貯蓄意欲が高まっていると指摘されており、利子の純受取の増加による財産所得の純受取の増加が、更なる超過貯蓄の増加につながっていることが考えられる(第2-2-7図)。
(設備投資はおおむね横ばい)
続いて、設備投資の動向を確認する。
ユーロ圏においては、2021年以降は、政策対応95を受けた脱炭素やデジタル化に向けた投資需要を中心に、知的財産生産物投資96、機械・機器投資及び構築物投資のいずれも持ち直してきた。しかしながら、金融引締めやウクライナ侵略の長期化に伴う経済の先行き不透明感に加え、中国等の輸出先の資本財需要の低下を受け、工場建設等を控える動きがみられ始めたことから、2023年半ば以降は、構築物投資はおおむね横ばいとなり、設備投資全体としてもおおむね横ばいで推移している(第2-2-8図)。
英国においても、ユーロ圏と同様に政策対応を受けた脱炭素やデジタル化に向けた設備投資需要から、2021年以降、知的財産生産物投資、機械・機器投資及び構築物投資のいずれも持ち直してきた。しかしながら、金融引締めやウクライナ侵略に加えて、EU離脱に伴う経済の先行きに対する懸念が政策効果を弱めることとなり、2023年半ば以降機械・機器投資及び知的財産生産物が減速したことを受け、設備投資全体としてはおおむね横ばいで推移している(第2-2-9図)。
また、ユーロ圏及び英国において、政策対応を受けても設備投資が伸び悩む背景について、OECDは政策対応の見通しにかかる不確実性の高さを指摘している97。ドイツ政府は、2023年8月には「経済拠点としてのドイツのための計画」を公表し、研究開発費用の損金算入額の上限を現行の3倍へ引き上げるとともに、グリーン技術に係る投資額の15%を補助すること等により、2028年まで年間70億ユーロ(1.1兆円)規模の民間企業への設備投資支援を行うこととしていた。しかし、関連法案は2023年11月に上院で否決されたため、グリーン技術にかかる投資額の補助を削減するなど修正され、最終的に2024年3月、年間32億ユーロ(0.5兆円)規模の設備投資支援まで縮減され、成立した(第2-2-10表)。
また、OECDは、英国においても、2024年12月に下院議員の任期満了を迎える中、政策の見通しの不確実性が高まっていることが、設備投資が伸び悩む要因となっていると指摘している99。
(労働需給のひっ迫は、ユーロ圏では続いているが、英国では解消しつつある)
続いて労働市場の動向を確認する。
まず、労働供給をみると、就業者数は、ユーロ圏は2021年以降増加傾向にある一方で、英国は2023年以降おおむね横ばい傾向で推移している(第2-2-11図)。
さらに、労働参加率をみると、ユーロ圏においては、感染症拡大以前から男女ともに労働参加率は上昇傾向にあるものの、女性の労働参加率は2024年1-3月期には70.9%と男性に比べ8.9%ポイント低い。英国における女性の労働参加率は2024年1-3月期には74.7%であることと比較すると、ユーロ圏における女性の労働参加率は低く、労働力不足への対応の観点から改善の余地が大きいことが確認できる100(第2-2-12図)。なお、英国においては、感染症拡大後、男性の労働参加率が精神疾患等長期疾病に伴う非労働力化等の影響を受け、2019年10-12月期から2024年1-3月期にかけて2.0%ポイント低下したことなどから、男女合計としては1.1%ポイント低下しているが、引き続き高い水準を維持している。
続いて、労働需要の強さを欠員率101の動向から確認する。2021年以降、ユーロ圏及び英国ともに、経済活動の再開等を受けて労働需要が増加したことから欠員率が上昇し、2022年前半にかけてユーロ圏は3.4%、英国は3.8%となった。その後、金融引締めを受けた労働需要の減速により低下傾向となったが、2024年1-3月期にはユーロ圏は2.8%と感染症拡大前の5年間平均と比べて0.9%ポイント高い水準にとどまり、引き続き感染症拡大以前と比べて強い労働需要がみられる。一方で、英国は2.7%と感染症拡大前とおおむね同水準まで低下しており、労働需要はおおむね感染症拡大以前と同水準まで縮小したものと考えられる(第2-2-13図)。
以上のように、労働供給は、ユーロ圏では就業者数は2021年以降増加傾向にあるが、女性の労働参加率が英国と比べて低いことから、男女計では需要の回復に比して不足し、英国では就業者数は2023年以降はおおむね横ばい傾向で推移し、労働参加率は引き続き高い水準を維持していることから、ユーロ圏と比べ相対的に需給に余裕があるものと考えられる。
労働需要は、ユーロ圏では引き続き感染症拡大前と比べて過大とみられるものの、英国ではおおむね感染症拡大前と同水準まで減少したものとみられる。
このため、感染症拡大以降の労働需給のひっ迫を受け低下してきた失業率は、ユーロ圏では、2024年4月において6.4%と引き続き歴史的な低水準を維持し、労働市場は引き続きひっ迫していると考えられる102。一方で、英国の失業率は、2023年7月において4.3%103と2023年2月以降上昇しており、その後横ばいでの推移を経て2024年4月には4.4%と再び上昇に転じたことから、労働市場のひっ迫が解消しつつあると考えられる104(第2-2-14図)。
コラム5:ドイツにおけるミニジョブの導入による副業の促進
ドイツでは、2000年代前半に就労促進を目的とした労働市場改革(ハルツ改革)が行われ、雇用規制の緩和や失業給付の見直しが実施された。一連の改革の1つとして、2003年4月の『労働市場政策現代化法第Ⅱ法』(ハルツ第Ⅱ法)により、一定の所得または労働日数以下で働く労働形態が「ミニジョブ」として法的に位置付けられた105。
まず、制度の概要をみると、ミニジョブは、所得が一定額以下(現行では月額538ユーロ以下)の雇用が対象となる「所得制限ミニジョブ」と、年間労働日数が一定期間以下(現行では3か月以下もしくは合計70労働日数以下)の雇用が対象となる「短期雇用」の2形態があり、それぞれの制限内で掛け持ちが可能である106。特に、社会保険加入対象の「本業」107を持つ者が副業としてミニジョブに従事する場合、所得制限ミニジョブは1つ目の副業のみ、所得税、社会保険料が免除され、副業促進的な制度設計となっている(表1)。
続いて、ミニジョブ従事者数の動向を確認すると、制度導入後、2010年代半ばにかけて増加傾向が続いたのち、感染症拡大により2020年は減少したものの、おおむね横ばい傾向で推移している。また、専業及び副業別にみると、専業としてミニジョブに従事する者が減少傾向にある一方、副業としてミニジョブに従事する者が増加傾向にあることが確認できる(図2108)。
さらに、雇用者全体に占めるミニジョブ従事者の割合をみると、専業ミニジョブ従事者の割合は、所得制限及び短期雇用の合計で2003年6月末の14.7%から2023年6月末には11.4%へと低下している一方で、ミニジョブによる副業者数は、3.1%から8.6%へと上昇している。そのために、雇用者数全体に占めるミニジョブ従事者の割合も17.8%から20.0%に上昇している(図3)。
なお、産業分類別では、専業、副業を問わず「自動車販売、整備、修理業」、「ホテル、レストラン」、「家事支援、芸術、娯楽等」、「その他事業サービス(清掃、警備等)」の労働集約的な産業におけるミニジョブ従事者が多いことが確認できる。また、2013年9月と2023年9月を比較すると109、ミニジョブ専業の従事者数は全ての産業で減少している一方で、副業としてのミニジョブ従事者数は、労働集約的な産業のみならず医療、情報通信及び金融・保険といった労働集約的ではない産業も含め、全ての産業で増加しており、副業の裾野が広いことが確認できる(図4)。さらに、副業としてのミニジョブ従事者数では、特に「ホテル、レストラン」が2013年9月比で21.6万人(71.6%)増、「その他事業サービス(清掃、警備等)」が同19.4万人(54.5%)増となっており、これらの産業における労働需要が特に増加していることがうかがえる。
(消費者物価上昇率は、輸入インフレ圧力の収束を受け、低下傾向)
消費者物価上昇率(総合、前年比)は、ユーロ圏、英国ともに2022年半ば以降低下傾向となり、ユーロ圏は2023年10月以降2%台で推移し、英国も2024年5月には2.0%まで低下している(第2-2-15図)。共通する要因として、エネルギー及び食料等財価格の上昇率低下が挙げられるが、英国は公定価格110改定が3か月おきに行われることもあり、2023年10月以降は▲1%ポイント程度の寄与でエネルギー価格上昇率が低下している。住居費以外のその他サービス価格上昇率はおおむね横ばいで推移していたが、ユーロ圏では労働市場のひっ迫が続き、2023年7-9月期以降名目賃金のプラス幅が拡大していることを受け、2024年5月には再び上昇に転じた。英国では、労働市場がユーロ圏に比べて緩和していることから、その他サービス価格上昇率は再度上昇に転じてはいないものの、高水準で横ばいで推移している。
エネルギー、食料及びその他財の価格の上昇率が低下している背景としては、輸入インフレ圧力の収束が考えられる。財及びサービスの輸入物価112(前年比)の動向をみると(第2-2-16図)、2022年前半から年半ばにかけては、ウクライナ侵略を受けたエネルギー及び食料価格の高騰(コラム2 図1)により、財を中心に輸入物価上昇率は加速した。しかしながら、2022年後半以降は、金融引締めの進展に伴う通貨高に加え(第2-2-17図)、エネルギー及び食料価格の下落(コラム2 図1)並びに国際物流コストの低下(第2-2-18図)を受け、ユーロ圏、英国ともに輸入物価の上昇率には低下傾向がみられ、2023年半ばにはマイナスとなった。こうしたことから、ユーロ圏、英国ともに輸入インフレ圧力は収束していると考えられる。
他方、国際海運コストは2023年10月に生じた紅海危機113の影響から、2023年11月半ばに底打ちして上昇傾向に転じていることから、再度輸入インフレ圧力が加速する可能性がある点には注視が必要である。
(ECBは、物価上昇率の低下を受けて、政策金利を引下げ)
欧州の中央銀行は、2021年末以降、消費者物価上昇率の加速を受けて政策金利の引上げを継続してきたが、2023年秋以降は政策金利を据え置いてきた。その効果もあり消費者物価上昇率は2022年末以降低下傾向となり、ユーロ圏においては2023年10月以降、消費者物価上昇率が安定的に2%台で推移してきたことを受け、欧州中央銀行(ECB)は2024年6月に政策金利である主要リファイナンスオペ金利を0.25%ポイント引き下げ、4.25%としたのち、7月は据え置いている。英国においては、2024年5月に消費者物価上昇率が2%台へ低下しており、労働市場は緩和がみられるとしたものの、サービス価格等インフレの持続性を示す主要指標は依然として高水準にあることから、イングランド銀行(BOE)は政策金利のバンク・レートを5.25%で据え置いている(第2-2-19図、第2-1-47表)。
ECBは、今後の金融政策については、2024年7月の理事会において、インフレ目標を達成するために必要な限り、政策金利を十分に緊縮的な水準に維持する、との認識を示した。また、今後の政策金利については、経済・金融データによる物価上昇の見通し、基調的な物価変動、金融政策の波及状況に基づいて、会合ごとに決定するとしている。さらに、量的引締めに向けた保有資産の削減については、ECBはパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)における償還された元本の再投資を2024年7月より一部停止しており、2025年1月以降は全て停止する予定としている。
また、BOEは、今後の金融政策については、2024年6月の金融政策委員会において、中期的に物価上昇率を持続可能な形で2%の目標まで戻すためには、委員会の任務に沿って、十分な期間、十分に緊縮的な金融政策であり続ける必要があるとの認識を示した(第2-1-47表)。
(まとめ:景気の先行きは持ち直しが期待される)
これまでみてきたように、物価上昇を上回る名目賃金上昇が継続する中で、ユーロ圏、英国ともに実質GDP成長率は2024年1-3月期でプラスとなり、景気は総じて持ち直しの動きがみられている。なお、ユーロ圏と比べると、英国では雇用情勢の緩和がみられるなどの違いもみられる。
先行きについては、ユーロ圏及び英国ともに、政策金利の高止まりの長期化に伴う下振れリスクには留意する必要があるものの、景気は持ち直すことが期待される。個人消費は、名目賃金の上昇傾向が続く中で、消費者物価上昇率の低下を受けた実質可処分所得の増加とともに、政策金利引下げ期待の高まりによる消費者マインドの改善、それに伴う超過貯蓄を積み増すペースの鈍化を受けて、緩やかに持ち直していくことが考えられる。一方で、設備投資については、ユーロ圏及び英国では、ともに脱炭素やデジタル化に向けた政策効果が発現する一方、政策の不確実性により、引き続きおおむね横ばいで推移することが懸念される。
コラム6:マルコフ・スイッチングモデルによるドイツの景気循環の分析
経済時系列データから景気の山と谷(景気後退期と景気拡張期とが切り替わるタイミング)を即時に判断することは容易ではない。しかしながら、直近のデータを用いて、景気後退期に移行している可能性を定量的に評価できれば、より科学的に足下の景気判断を行うことが可能となる。景気後退期に移行している可能性を定量的に評価するには、マルコフ・スイッチングモデル114が有用である。ここでは、マルコフ・スイッチングモデルを用いた景気後退の確率を、ドイツの景気指標を用いて試算する115。
図1は、ドイツの鉱工業生産指数の長期推移を示したものである。ドイツ経済諮問委員会(German Council of Economic Experts)が設定する景気後退期と比較すると、ドイツの鉱工業生産が落ち込んだ時期と景気後退期がおおむね対応していることが確認できる116。ドイツでは国内で生み出される付加価値全体の約2割を製造業が占めており、第二次産業のウェイトが高い経済構造であることから、鉱工業生産の動向が大きく景気全体の動向に影響を与えていることがうかがえる。
直近の動向をみると、2023年3月以降、鉱工業生産が低下傾向にあり景気後退期入りも指摘されていたが、2024年に入ると持ち直しの動きがみられている。本稿では、マルコフ・スイッチングモデルを用いて、2023年3月以降、景気後退期への局面変化の可能性がどの程度高まっていたのか、過去の景気後退期と比べた定量的な評価を行う。
マルコフ・スイッチングモデルでは、景気後退期(状態1)と景気拡張期(状態2)の2つの状態が存在すると考え、この2つの状態がマルコフ連鎖117にしたがい、時々スイッチすると考える。本稿では、状態の違い(景気後退期か景気拡張期か)に応じて、ドイツの鉱工業生産指数の前月比の平均値が変化するモデルを仮定し推計を行った。
図2は、ドイツの鉱工業生産指数を入力値としてマルコフ・スイッチングモデルによって、景気後退の事後確率118を計算したものであるが、ドイツ経済諮問委員会が景気後退と認定した時期において、景気後退の事後確率が上昇していることが分かる119。
また、直近の動向をみると、2023年3月以降、景気後退の事後確率が上昇しており、ピークである2023年7月には約44%まで上昇した後、低下傾向にあることが確認できる。
ここで、過去の景気後退期の景気後退の事後確率をみると、ITバブル崩壊後の2001年2月~2003年6月における景気後退期のピークは約38%(2001年10月)、世界金融危機時の2008年1月~2009年4月における景気後退期のピークは約64%(2008年11月)である。これらと比較すると、景気後退の事後確率は、2023年7月に一時的にITバブル崩壊後の景気後退期を上回る水準にまで上昇したものの、世界金融危機時の景気後退期の水準まで上昇することなく低下していることが分かる。