第1章 2023年前半の世界経済の動向(第3節)
第3節 世界経済の見通しとリスク
これまで、1節において世界全体の景気動向を概観し、2節で補完的に主要地域及び国際金融における重要なトピックについて分析した。本節では経済活動の先行きについて各種指標から確認し、主要国際機関による見通しを整理する。また、前節までの分析結果も踏まえた先行きのリスク要因について整理する。
1.世界経済の見通し
まず、当面の動きを示す各種指標を確認し、主要国際機関による見通しを整理する。経済指標をみると、財貿易はおおむね横ばいだが、マインド指標からは景気の持ち直しが示唆されている。また、国際機関の見通しをみると、世界経済の成長は下方修正となり、コア品目の物価上昇圧力は強いとの見通しとなっている。
(1)先行きに関連する経済指標の動き
(財貿易量はおおむね横ばいだが、内需関連のマインド指標は景気の持ち直しを示唆)
世界の財貿易量の動向をみると、2022年後半以降、半導体の需要鈍化や感染症の再拡大に伴う中国経済の減速等を受けて低下したものの、2023年年初にはやや持ち直したのち、4月以降はおおむね横ばいで推移する見通し152となっている(第1-3-1図)。この背景には、需要の構成が国内のサービスへとシフトしていることや、ドル高の影響153もあると考えられる。
また、国際的な景気動向を反映するマインド指標であるグローバルPMIをみると、2023年1月以降、新規輸出受注指数(製造業)、生産指数(製造業・非製造業)ともに上昇に転じ、特に生産指数は分岐点の50を上回って推移している。2008年のリーマンショック以降の推移をみると、グローバルPMIは、OECD諸国全体でのGDP成長率とおおむね一致または先行する傾向がみられる。2022年は、グローバルPMIに低下傾向がみられたものの、2023年に入り、改善傾向がみられることを踏まえると、景気の持ち直しが続くとの期待が持てる(第1-3-2図)。
しかし、欧米企業の景況感をみると、必ずしも明るいというわけではない。製造業についてみると、アメリカでは2023年に入り新規受注に持ち直しの動きがみられることから、2023年4-6月期は下げ止まりの動きがみられるが、ユーロ圏では2022年半ばに分岐点の50を下回り、その後エネルギー価格の下落等を受けて2022年末以降おおむね横ばいとなったものの、2023年4-6月期は更に低下している(第1-3-3図、第1-3-4図)。
一方の非製造業は、製造業とは異なる動き方をしている。アメリカでは新規受注が50を上回って推移していること等を背景に、景況感が50を上回って推移している。ユーロ圏においても、2023年以降は新規受注の改善等を背景に50を上回って推移している(第1-3-5図、第1-3-6図)。非製造業の好調さを確認するために、消費者の観点からも景気動向をみると、欧米の消費者マインド指標は、物価上昇率の低下を受けて2022年後半以降は上昇基調に転じており(第1-3-7図)、個人消費に対して明るい状況になっていることを示唆している。
(2)国際機関の見通し
(世界経済の成長は2023年は前年を下回る見込み)
7月に公表されたIMF (2023f)では、中国の経済活動再開や、各国中銀の金融引締めを背景に、2023年を通してみると中国の回復が見込まれるものの欧米が減速し、総じてみれば成長率は前年を下回るとの見通しが示されている。また、2024年も慎重な回復ペースの見通しが示されている(第1-3-8表)。6月に公表されたOECD (2023)では、2023年の成長率が低くなる背景として世界的な金融引締めの影響が2023年中及び2024年前半に発現し、民間投資を抑制すると見込まれている(第1-3-9表)。
他方、過去からの2023年のIMF成長見通しを振りかえると、不透明な物価上昇等の動向を受けて上方、下方双方の修正が続いていた。7月の見通しでは、(i)インフレ抑制のための金融引締め、(ii)金融市場の混乱の影響、(iii) 中国経済の回復の遅れ、(iv) 新興国・途上国の債務問題の深刻化、(v)地政学的な分断の高まり154等を踏まえ、世界経済は従来同様、下方リスクの方が支配的と指摘している155。しかしながら、リスクバランスが4月時点より改善したことを受けて、世界経済の成長率は2.8%から3.0%と若干の上方修正がなされた156。また、6月のOECD見通しでは、これらに加えてウクライナ情勢の不確実性、エネルギー・食料市場の混乱等の下振れリスクも指摘されている。
(コア品目の物価上昇圧力は強い見込み)
7月のIMF見通しでは、財価格の低下を受けて物価見通しは下方修正された。しかしながら、需要が予想以上に強いことを背景にコア品目の物価上昇圧力は強いと見込まれている(第1-3-10表)。一方、6月に公表されたOECD見通しでは、コアインフレ率が比較的高水準で推移することを受けて物価見通しは上方修正されたものの、G20諸国の物価上昇率はエネルギー・食料価格の低下や需要の減速、供給制約の緩和により低下していき、主要先進国では2024年末にかけて中央銀行の目標値に向かって徐々に低下すると見込まれている(第1-3-11表)。
(構造的財政収支は改善傾向だが、歳出圧力が高まる)
感染症拡大下では、世界各国で経済活動の下支え等のために大規模な財政支出が行われ、構造的財政収支(景気循環要因を除いた財政収支)の赤字は急速に拡大した(第1-3-12図)。感染症対策としての対策規模を国別にみていくと、アメリカは約6.5兆ドル(約867兆円)、ドイツは約1.3兆ユーロ(約190兆円)、英国は約0.7兆ポンド(約116兆円)、フランスは約0.7兆ユーロ(約102兆円)、日本は約201兆円となっている157。
2021年以降、アメリカや英国は急速に引締め傾向に転じたが、欧米全体では2023年時点でも構造的財政収支対GDP比は▲3.2%~▲6.6%の大幅な赤字が続いており、景気下支え効果がみられる一方で、歳出削減は引き続き大きな課題となっている。
しかし、アメリカでは「インフレ抑制法」や「半導体法(CHIPS及び科学法)」の成立、欧州では「欧州グリーン・ディール」、「デジタルの10年への道筋」の実現に向けた債務残高削減基準の撤廃158を受けて歳出圧力が高まっていることから、構造的財政収支の改善には時間を要する可能性がある159。
(政府債務残高対GDP比は上昇する見通し)
このような構造的財政収支の悪化を受けて各国の政府債務残高の対GDP比は2021年に上昇したが、2022年は景気回復と感染症対策のための大規模な財政支援の縮小等を背景に低下した160(第1-3-13図)。しかし、IMF (2023f)によれば、2023年には名目金利上昇に伴う利払い費の増加に加えて、これまでの物価上昇に追いつくために公務員への賃金支払や年金給付等の政府支出が増加することから、政府債務残高対GDP比は上昇するとの見通しが示されている。
他方、IMF (2023e)では、財政政策は引締めスタンスをとる一方、生活費上昇に苦しむ層に対しては的を絞った支援をすべきであると指摘されている。また、金融資本市場におけるリスクが高まる中でも物価上昇圧力が根強い状況下では、財政引締めは経済活動を抑制し、物価安定に向けた中央銀行による利上げを小幅に抑えて金融政策を下支えする効果があるとされている。さらに、IMF (2023a)では、こうした財政健全化の取組は財政余力の構築と金融安定化に役立つと指摘されている。
2.先行きのリスク要因
本項では、これまでの分析結果及び前項の世界経済の見通しを踏まえて、先行きのリスク要因について整理する。
(欧米における金融引締めに伴う景気や金融資本市場への影響)
1節で紹介したとおり、アメリカ、ユーロ圏及び英国ともに年内に追加利上げが行われる可能性があるが、サービス価格の上昇率の高止まりや改定頻度が低いことを考慮すれば、物価上昇率が低下するには一定期間を要することから、金融引締めの継続は避けられないと考えられる。しかしながら、これまでの金融引締めの効果は時間差を伴って耐久財消費、設備投資や住宅投資等の需要に現れてくるとともに、企業収益と雇用者所得を下押しする可能性があり、各国中央銀行は引締めペースに十分に配慮すべきである。特にアメリカの設備投資については、コラム1で示したように、2023年年4-6月期は実質利子率と自然利子率の差に比べて、設備投資対GDP比は高止まりしたままとなっており、今後設備投資が急減することが懸念される。
また、更なる金融引締めによる、CLO等の証券化商品の価格の急落を通じた、金融資本市場の変動リスクの増大にも十分留意する必要がある。
(中国の不動産市場及び地方財政の悪化による中国経済の下振れ)
中国の不動産市場は引き続き低迷している(1章1節参照)。こうした中で、民間非金融部門の債務残高や、銀行の不良債権比率等は高止まりが続いているとともに(第1-3-14図)、地方政府の土地使用権譲渡収入の低迷や隠れ債務の増加(1章2節参照)等を背景とした持続的な需要の不足が今後とも続くことが見込まれ、その脱却は容易ではないと考えられる。また、不動産価格に持ち直しはみられるものの、地方部での実勢は弱く、また、需要不足は深刻であると見込まれる。今後、仮に一部の不動産企業、金融機関や地方財政の破綻が生じた場合には、その規模に応じ、金融収縮や消費・投資マインドの低下等を通じた景気の下押しが顕在化するリスクがある。金融機関や地方政府の債務問題は、大都市部以外の地方においてより深刻とみられることから、地方の動向を注視する必要がある。政策対応としては、問題の所在をより明らかにするための情報開示、必要に応じた資本注入や公的資金の投入等の措置が求められている。
(中国の若年失業率の上昇)
中国の都市部調査失業率は、2023年に入り5%台前半で安定的に推移しているものの、うち若年(16-24歳)の失業率は、過去最高水準161で推移し、2023年6月には21.3%に達した。背景としては、新規大卒生が年々大幅な増加を続ける中で162、ホワイトカラー職種の求人は限られるため、労働市場にミスマッチが生じていることが指摘されている。加えて、大卒以外の若年失業については、輸出の停滞が続く中で製造業の求人が十分に回復していないことの影響があるとみられている。若年失業率は、例年、大学の卒業月(6月頃)前後に高水準となり、秋頃には徐々に低下する季節性があるものの、都市部の若年求職者のうち2割前後が失業者に該当する状況163は、消費や不動産購入の停滞といった短期的なマクロ経済の下押し要因となるのみならず、人的資本の質の劣化に伴う生産性低迷につながり得る。さらに、婚姻率や出生率の低下を通じて、人口構造にも影響することが懸念されるところ、その中長期的な影響についても注視が必要である。
(米中貿易摩擦)
アメリカによる中国向け半導体輸出規制措置については、中国がWTOに提訴していることもあり、当該措置の継続には不確実性もあるが、半導体製造拠点のアメリカ国内への増設の流れは財政措置もあり続く見込みである。リチウムイオンバッテリーについては北米での生産にシフトしていく見込みである。また、特定の半導体製品やサービスについてはアメリカ政府による調達制限が課されることとなっている。このように経済安全保障の観点からのアメリカ及び北米への生産拠点の増設の流れは今後も続くものと考えられ、米中貿易摩擦の解決・緩和は容易ではないものと考えられる。
しかしながら、2023年5月のG7広島サミットのコミュニケにも示されたように、このような米中の貿易摩擦を両国の経済関係のデカップリングや各国の内向き志向の促進につなげていくことは望ましくない。むしろ経済的強靭性のためのデリスキング及び多様化につなげていくことが今後は必要であり、そのための努力が求められる164。
(欧州におけるエネルギー確保とウクライナ情勢)
欧州における2023年前半における天然ガス貯蓄量と2023年ガス使用量見込みを踏まえると、現時点においては来冬の需要を賄うだけの天然ガスを確保できる可能性が高い。しかしながら、今後の天候要因等にも左右され得るため、引き続き各国ともにエネルギー使用量の削減努力に取り組むとともに、再生可能エネルギー等エネルギー源の多様化に取り組むことが必要である。なお、ウクライナ情勢が欧州におけるエネルギー問題等に大きな影響を与えるところ、その動向にも引き続き留意する必要がある。