第2章 経済を支えるための政策対応(第3節)

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第3節 企業の資金繰り支援策と企業の動向

感染症拡大の防止策として、各国において都市封鎖を始めとする各種の措置が実施されると、対人サービスを中心に消費が低迷し、また、サプライチェーンの寸断等により生産が低迷するなど、実体経済に甚大な影響が及んだ。企業面にも大きな影響が及んだことから、各国は、まず、倒産防止の観点から、企業への支援策として当座の資金繰りの支援策を緊急かつ大規模に実施した。特に、手元資金が少なく流動性制約に直面しやすい中小企業への対策に力点を置いて実施した。

1.アメリカ

アメリカでは、政府のみならず中央銀行が、個別企業の資金繰り支援に大きく携わっている点が特徴的である。以下、政府による支援策及びFRBによる支援策について解説する。

(1)政府による支援策

(i)大企業向け支援

3月27日に成立したCARES法では、大企業向けの補助金や低利融資に関する対策が盛り込まれている。

補助金については、CARES法において、航空会社向けに250億ドル、貨物会社向けに40億ドル、航空会社請負業者向けに30億ドルの予算措置が設けられ、これを受け、財務省は、給与支援プログラムを実施した。6月26日時点で、航空会社304社、貨物船会社30社、航空会社請負業者145社が、補助金受給することで財務省と合意し、予算枠の大半が活用された。補助金を受けるにあたっては、従業員の一時帰休、賃下げ、自社株買い、配当を20年9月まで行わないことが条件となった。

融資については、CARES法において、航空会社向けに250億ドル、貨物会社向けに40億ドル、国家安全保障の維持に重要な事業向けに170億ドルの融資枠が設けられた。財務省は、6月30日に貨物会社1社、7月2日に航空会社5社、7日に追加で航空会社5社が、融資を受けることで合意したと発表した。本融資は、流動性の供給を目的としたものであり、用途は特段定められていないが、融資を受ける企業は、20年9月まで、雇用水準を10%以上削減することが禁止される。国家安全保障の維持に重要な事業向けの融資については、ボーイング社ヘの融資が念頭に置かれたものとされているが、ボーイング社は4月30日、社債発行による資金調達公表時に、政府支援を受けない意向を表明した。

(ii)中小企業向け支援

CARES法では、中小企業向け支援策として、給与保護プログラム(PPP:Paycheck Protection Program(予算規模3,490億ドル))や経済的損害災害融資(EIDL:Economic Injury Disaster Loan(予算規模100億ドル))等が盛り込まれた。その後、4月24日に成立した追加策により、予算規模は、給与保護プログラムは3,100億ドル、経済的損害災害融資は600億ドルの増額となった。

給与保護プログラムは、2月15日以降に発生した従業員の給与、不動産ローン、家賃・リース契約、共益費等の支払のために、主に中小企業を対象に、一事業者あたり人件費の2.5か月分(最大1,000万ドル)までの融資を提供するもので、条件を満たせば全部又は一部が返済免除となる(詳細は「4節 雇用支援策と労働市場の動向」参照)。

経済的損害災害融資は、従業員500人以下の中小企業を対象に、運転資金として最大200万ドルを融資するものである。本制度は、従来、ハリケーン等の災害時に利用可能なものであったが、今般の感染症拡大下でも利用が可能となった。企業は、申請後、返済能力や信用履歴等に関する審査を経て、融資を受けることが可能となるが、今回の特別措置として、申請企業には、融資の可否に関わらず、1万ドルの補助金(返済不要)が3日以内に支給されることとされた102

(2)FRBによる支援策

(i)社債購入

財務省とニューヨーク連銀が特別目的事業体(SPV:Special Purpose Vehicle103を設立し、プライマリー市場企業債権ファシリティ(PMCCF:Primary Market Corporate Credit Facility)とセカンダリー市場企業債権ファシリティ(SMCCF:Secondary Market Corporate Credit Facility)を通じて、社債(新発債、既発債)等を購入する。最大購入額は、両ファシリティ合わせて7,500億ドルを予定している。社債の発行体は、米国法人又は事業や雇用の大部分を米国で行う法人。既発債については、個別社債、ETFに加え、「広範な市場指数(Broad Market Index)」に基づく個別社債ポートフォリオが購入対象になっている。「広範な市場指数」は格付BB-以上(3月22日時点でBBB-以上)や償還期限(残存年限5年以下)などの基準を満たす全ての米社債で構成される。新発債については、社債発行時に全額を購入するか、一部を購入するかの二通りの方法がある。なお、3月23日にFRBが社債購入を公表した際には、購入対象の社債の格付けはBBB-以上とされていたが、4月9日に、3月22日時点でBBB-以上でその後格下げされたBB-以上の社債を購入対象とすることを決定した。ファシリティによる購入期間は、3月23日公表時点では9月30日までとされていたが、7月28日に12月31日まで延長されることが公表された。7月31日時点での購入残高は120億2,255万ドルとなっている。

(ii)中小企業等向け融資債権の買取り

財務省とボストン連銀が特別目的事業体を設立し、中小企業等拡大債権ファシリティ(MSELF:Main Street Expanded Loan Facility)、中小企業等新規債権ファシリティ(MSNLF:Main Street New Loan Facility)、中小企業等優先債権ファシリティ(MSPLF:Main Street Priority Loan Facility)、非営利団体新規債権ファシリティ(NONLF:Nonprofit Organization New Loan Facility)、非営利団体拡大債権ファシリティ(Nonprofit Organization Expanded Loan Facility)を通じて、民間金融機関から中小企業等(従業員が15,000人以下、又は19年の売上高が5億ドル以下)又は非営利団体(10人以上)向けの融資債権の95%を購入する。融資期間は5年で、融資の最低額は25万ドルとなっており、最初の2年は元本の返済が猶予される。当該プログラムにおいては、SPVがローン購入先の民間金融機関から100bpの手数料を徴収し、民間金融機関はこれを貸出先中小企業等に転嫁できる。また、SPVは、民間金融機関に25bpのサービス手数料を支払う。ファシリティによる購入期間は、4月9日のファシリティ設立公表時点で9月30日までとされていたが、7月28日に12月31日まで延長されることが公表された。7月31日時点での貸出残高は8,757万ドルとなっている。

(iii)給与保護プログラムの実行確保

地区連銀が、給与保護プログラム流動性ファシリティ(PPPLF:Paycheck Protection Program Loan Facility)を通じて、中小企業向け給与保護プログラム(PPP:Paycheck Protection Program)(詳細は「4節 雇用支援策と労働市場の動向」参照)の下で貸出を行う適格金融機関に対し、当該貸出(中小企業庁(SBA)の100%保証付き)を担保にバックファイナンスを行う。なお、給与保護プログラムの融資枠は6,590億ドルである。ファシリティによるバックファイナンスは、4月9日のファシリティ設立公表時点で9月30日までとされていたが、7月28日に12月31日まで延長されることが公表された。7月31日時点での融資残高は707億1,484万ドルとなっている。

(3)企業の動向

FRBや政府による各種支援措置を受け、米国では企業の倒産申請件数が前年比で大幅に減少している(第2-3-1図)。このことから、上記で挙げた各種支援措置は、企業の事業継続に対して、感染症拡大の影響を相殺する以上の効果をもたらしていることがうかがえる。

第2-3-1図 米国企業の倒産申請件数

一方、中小企業を対象にした景況感のサーベイ調査では、事業が1年前と同水準に戻るまでに6か月以上かかると予想する企業の割合が、4月末から5月頭よりも、8月末から9月頭の方が多くなっており、今後の見通しに関して楽観視していない状況がうかがえる(第2-3-2図)。

第2-3-2図 アメリカ:中小企業による今後の見通し
:事業が1年前と同水準に戻るまでに6か月以上かかると予想する企業の割合

アメリカにおける起業件数の推移を確認すると、7月から9月にかけて前年比で大きくプラスに転じた(第2-3-3図)。その背景としては、経済活動の抑制措置に伴い3月下旬から5月にかけて減少した後の反動増のほか、感染症が拡大する中、食料品配達、ヘルスケア、オンラインビジネスといった分野において新しいニーズが生まれたこと、増加した失業者の一部が起業するようになったことなどが指摘されている。アメリカでは、欧州諸国(詳細は後述)と異なり、感染拡大後に目立ったスタートアップ支援措置が開始されたわけではないが、国民の起業意識が比較的強いというアメリカの特質も相まって、起業活動が盛んとなった可能性がある。

第2-3-3図 アメリカの起業件数

2.ヨーロッパ

(ドイツ)

ドイツでは、3月16日より必需品以外の店舗の閉鎖等、3月22日より外出制限を実施し、消費を始めとして経済活動が大きく抑制されることになった。そのため、ドイツ政府は、3月13日に4つの柱からなる緊急対策パッケージを発表した。このうち、企業向けの緊急融資として、ドイツ復興金融公庫(KfW)に対する4,600億ユーロ規模104の企業向け信用保証枠が設定された。企業の創業年数や売上高に応じて事業運転資金の融資プログラムが用意され、信用リスク評価の基準緩和や年間売上高の要件緩和(最大5億ユーロから、最大20億ユーロの企業に対象を拡大)等、幅広い事業者による融資へのアクセスを可能とした。また、連邦政府が指定する保証銀行においても、保証金額が125万ユーロから250万ユーロに増額され、保証において連邦政府が負うリスクシェアを10%拡大するなどの措置が採られることとなった。融資以外の支援としては、納税が困難な場合には納税延期、前年比で収入の減少が見込まれる場合には前納金額の減額が可能となり、また、関連書類の提出遅れや納税遅延による延滞金や制裁措置の適用を20年12月31日まで留保することとした。

これに続きドイツ政府は、3月23日、総額7,560億ユーロの緊急対策パッケージを公表した。このうち、500億ユーロが小規模事業者支援に充てられ、3月11日以降に発生した感染症による損害により倒産の可能性や流動性不足の懸念がある小規模事業者を対象に、従業員5人以下の事業者に対し3か月で最大9,000ユーロ、従業員10人以下の事業者に対し3か月で最大15,000ユーロの一括支払いを行うこととした。6月30日時点で、約214万件以上の申請があり、そのうち約173万件以上が承認されており、給付総額としては約135億ユーロとなっている。

加えて、本来健全であった企業の流動性と支払い能力を確保するため、また、資金不足に陥り資金調達を求めるドイツ企業を買収等から守るため、6,000億ユーロ規模の企業救済基金である「経済安定化基金(WSF)」が設立された。同基金は、4,000億の信用保証、1,000億ユーロのドイツ復興金融公庫への追加融資、1,000億ユーロの株式買取資金からなり、基金による支援を受けるには、(ア)総資産が4,300万ユーロ以上あること、(イ)売上が5,000万ユーロ以上あること、(ウ)年間平均従業員数が249名以上いることの3つのうち2つを満たしていることが要件となる105。このWSFに基づいて、感染拡大を受けて需要が激減したルフトハンザ航空が支援を受けることとなった。3月以降段階的な運航便の運休を決定したルフトハンザ航空は、4月以降、連邦政府との協議を開始し、5月25日、連邦政府による90億ユーロの支援策で合意した。同支援策では、57億ユーロの出資(議決権なし、同5%超への転換権付)、3億ユーロの出資(議決権20%分)、30億ユーロの融資(政府保証付)が決められた。6月25日には、株主総会が実施され、連邦政府による公的支援が承認された。この結果、連邦政府がルフトハンザの株式を20%保有することになるほか、監査役会の役員2人を指名することとなった。実際に、上記57億ユーロのうちの20億ユーロ、WSFが取得したルフトハンザ航空株式20%に対する3億ユーロの計23億ユーロの支援が7月上旬より開始された106

6月3日、連立与党は、「経済危機対策パッケージ」及び「未来パッケージ」で構成される1,300億ユーロ規模の経済対策に合意した。「経済危機対策パッケージ」のうち、企業への資金繰り支援としては、20年4~5月の売上が前年比60%以上減少し、6~8月の売上が前年比40%(50、70%)以上減少した企業に対して固定費の最大40%(50、80%)を支給(上限は3か月で15万ユーロ)することが決定された107 108。また、「未来パッケージ」のうち、感染症に対する備えを強化するための施策として、医薬品、医療機器、ワクチン等の国内供給体制整備109が決定され、これに基づき、ドイツ政府は6月15日、先進的にワクチンの臨床試験を開始したキュアバク製薬会社に対して、KfWを通じて3億ユーロを出資し、株式の23%を取得する見込みであると発表した110。経済エネルギー相は、有力なワクチン開発企業を国内につなぎ留め、ワクチンの国内調達を広げるためであるとした。

この他、スタートアップ企業支援策として、4月に20億ユーロ規模の資金提供パッケージを策定した。急成長部門を迅速かつ効果的に支援することによりドイツの雇用とイノベーションを救済すべく、(ア)新たに設立されたコロナ・マッチング・ファシリティを通じて、ドイツ復興金融公庫や欧州投資銀行からの公的資金をベンチャー・キャピタル・ファンドの形でスタートアップ企業等に提供する、(イ)(ア)を活用できない企業に対しても、地方機関を通じて資金提供を実施する、という2つの支援パッケージを導入した。

融資以外の支援としては、破産申立ての12月末までの停止や、賃料が支払い不能に陥った事業者等111を支援するため、20年4~6月の家賃未払いを理由とした家主による解約を禁止し、22年6月末まで支払いを猶予するなど、多方面での支援を手厚く実施した。

こうした企業への資金繰り支援策が導入される中で、新規感染者数の減少と制限措置の段階的解除により、製造業・サービス業ともに多くの企業が徐々に活動を再開している。20年6月現在、ドイツの企業倒産件数は前年6月を若干下回る水準で推移しており、政府による各種施策が企業倒産件数の増加を抑制していると考えられる(第2-3-4図)。

第2-3-4図 ドイツの企業倒産件数

(フランス)

フランスでは、感染症の急拡大を受け、生活に必要不可欠な店舗や施設以外の全ての施設が閉鎖されたことにより、消費が低迷するなど、実体経済に甚大な影響が及んだ。そのため、フランス政府は、封鎖措置の導入と並行して、主に売上が減少した部門の企業を支援することを目的として、3月に第一次補正予算を成立させ、その後も政府による追加の景気刺激策の導入に応じ補正予算を第二次、第三次と増額し、企業に対する支援内容を拡充した。

フランス政府は、企業の資金繰りを支援するため、大規模な財政出動を行い、部門や企業規模に応じた資金供給施策を導入した。

まず、大企業については、資金繰りが悪化し弱体化した戦略的企業への支援を強化するため、国家出資庁の特別目的勘定を200億ユーロに増額することを決定した。これは、重要な技術を保有する戦略分野の企業が倒産したり他国資本に買収されたりすること、また、それに伴い当該企業に属する労働者が大量に失業することを防止することを目的として資金供給を行うものであり、フランス政府は、重要視する航空・防衛及び自動車産業の戦略的分野を中心に約20社を支援対象として選定した。航空・防衛産業については、業界全体で融資を主として150億ユーロ規模の資金提供が行われ、フランス・オランダ共同資本の航空大手エールフランスKLM傘下であるエールフランス航空に対し、政府による劣後ローン30億ユーロ及び金融機関による融資40億ユーロ(9割に政府保証付き)が行われた。また、自動車産業については、自動車製造大手ルノーに対し、国内生産拠点の競争力強化や環境問題への対応強化を前提として50億ユーロの融資(9割に政府保証付き)が行われることとなった。

中小・中堅企業については、資金調達が困難な企業に対し、政府が直接的に融資を行えるようにする社会経済開発基金(FDES)への10億ユーロの増額や、政府保証付きの融資を受けられず資金繰りに窮する中小企業に対し、事業再開支援として、総額5億ユーロの償還可能前払金(avances remboursables)の供与が実施された。また、要件112に該当する零細企業や個人事業主等に対しては、連帯基金が設立され、月当たり最大1,500ユーロ(倒産の危機に瀕している者には1万ユーロ上乗せ)が支給されることとなった。さらに、金融機関による企業への融資を促進するため、政府が公的投資銀行を通じて中小企業への融資に3,000億ユーロ規模の信用保証を供与した。

資金提供以外の支援策として、法人税及び社会保険料の納税猶予が行われた。特に感染症の影響による打撃が大きい部門(飲食、小売、宿泊、観光、レジャー関連業)の中小・零細企業については、20年3~6月分の社会保険料の納付が免除された。また、事業に係る家賃や電気・ガス・水道料金といった固定費の支払いを延期することが可能となった。

特に、スタートアップ企業が経済、特に雇用の面で重要性を増しているという認識の下、その資金繰りを支援するため、フランス政府は3月、40億ユーロ規模の対策を講じた。具体的には、(ア)公的投資銀行を通じた転換社債の引受け(0.8億ユーロ)113、(イ)金融機関からの融資に対する信用保証(給与の2倍又は売上の25%の高い方を上限にその9割に保証。先述の3,000億ユーロのうち20億ユーロを充当)、(ウ)付加価値税や研究開発費に係る税の還付の早期実現(15億ユーロ)、(エ)「未来投資プログラム」114に基づくスタートアップ企業向けの補助金の即時支給(2.5億ユーロ)の4点を柱とする包括的な支援策を講じた。こうした支援策の後押しもあって、個人事業主を除いた起業件数は前年比で大きく落ち込んだものの、5月を底に早いペースで回復し、8月にはプラスとなった。これは世界金融危機時に前年比のマイナスが1年程度続いたことと比較すると、速やかな回復と考えられる(第2-3-5図)。

第2-3-5図 フランスの起業件数(個人事業主を除く)

また、多くの企業の資金繰りを困難にしている要因の一つとして雇用の維持が挙げられるが、フランスでは雇用環境の保護を目的とした一時帰休(chômage partiel、部分的失業)制度115が存在する(詳細は後述(3)を参照)。感染症の影響を原因として、規模にかかわらず多くの企業が一時帰休制度の利用申請を行い、その数は6月上旬時点で105万社に上った(第2-3-6図)。企業は休業下においても従業員に支払う賃金を国からの補てんに頼ることができるため、同制度は企業の事業存続と雇用の維持に少なからず貢献をしているとみられる。

第2-3-6図 一時帰休制度を利用した企業の規模別分布

これらの資金繰り支援策が導入される中で、新規感染者の減少と制限措置の段階的解除により、製造業・サービス業ともに多くの企業が徐々に活動を再開している。フランスの企業倒産件数は5月時点で前年同月及び20年3月を下回る水準で推移しており、政府の支援策が一定の効果を上げていると評価することができる(第2-3-7図)。

第2-3-7図 フランスの企業倒産件数

(英国)

英国では、外出制限、必需品以外の店舗の休業をしたことで、消費が低迷するなど、実体経済に甚大な影響が及んだ。そのため、英国政府は、20年3月11日及び17日に、中小企業向け及び大企業向け信用保証付き融資のほか、小売業等の特定事業者に対する納税免除等を公表した。また、4月3日には中堅・大企業向け信用保証付き融資を、27日には中小企業向け信用保証付き少額融資の支援を公表するなど、感染症の影響を受けたあらゆる規模の企業向けに支援をしている。

(ア)大企業向け

3月17日、満期1週間~12か月のコマーシャルペーパー(CP)を買い入れ、流動性を供給する「新型コロナウイルス感染症企業調達ファシリティ(CCFF:Covid Corporate Financing Facility116」の設立を英国財務相とBOEが公表した。英国経済に重要な貢献をしている企業のCPを購入し、当座の資金繰りを支援するもので、8月19日時点、204社が承認されている。

(イ)中堅・大企業向け

4月3日、年間売上高の25%を上限に、年間売上高が2.5億ポンド以下の企業には1社当たり最大2,500万ポンドまで、2.5億ポンドより多い企業には1社当たり最大2億ポンド117までの融資が提供される「新型コロナウイルス感染症中堅・大企業事業継続ローン(CLBILS:Coronavirus Large Business Interruption Loan Scheme118」を公表した。返済期間は、3か月~3年とされており、国営英国ビジネス銀行119を通じ政府が与信の80%を保証する。10月18日時点で、1,034社が申請をし、そのうち、623社が承認されており、融資総額は46億ポンドとなっている。

(ウ)中小企業向け

3月11日、1社当たり最大500万ポンド120の融資が提供される「新型コロナウイルス感染症事業継続ローン(CBILS:Coronavirus Business Interruption Loan Scheme121」を公表した。英国ビジネス銀行を通じ政府が与信の80%を保証し、最初の1年間は利子・手数料を英国政府が支払う。10月18日時点で、約16万社が申請をし、そのうち7万3,000社以上が承認されており、融資総額は約172億ポンドとなっている。

また、4月27日、年間売上高の25%を上限に、1社当たり最大2,000~5万ポンドの少額融資が提供される「バウンスバックローンスキーム(BBLS:Bounce Back Loans Scheme122」を公表した。返済期間は、最長10年123とされており、英国政府が与信の全額を保証し、最初の1年間は利子及び手数料を英国政府が支払う。このスキームは銀行が融資先の信用調査や長期的な健全性を評価する必要がないことから、申請開始から24時間で6万9,000件以上が承認された。10月18日時点で、166万社を超える企業が申請をしたうち、134万社以上が承認されており、融資総額は402億ポンドに達する。

さらに、4月20日には、スタートアップ企業向けのパッケージとして、英国政府が2億5,000万ポンドを投じ、民間資金2億5,000万ポンドと合わせて、総額5億ポンドの「未来基金(Future Fund124」を設立し、民間投資家からの融資額を限度に1社当たり12万5,000~500万ポンドの融資を提供することを公表した。これにより、革新的な新製品の開発を継続し、英国の成長に貢献できるようにする意図がある。10月18日時点で、未来基金への申請件数は、約1,240社となっており、うち745社が承認され、融資総額は、約7億7,000万ポンドになっている。また、この他、研究・開発を行う企業に対して、既存の融資・助成制度に7億5,000万ポンドを投じ、合計12億5,000万ポンド規模のスタートアップ企業支援策を講じた。

融資以外の支援としては、事業用資産税(Business Rate)の課税評価額が5.1万ポンド以下の小売・観光・娯楽関連企業125に対して最大2.5万ポンドの助成金給付、全企業に対する付加価値税(VAT)の納税猶予126、イングランドの観光・娯楽関連企業に対する事業用資産税免除等が挙げられる。また、賃料支払い不能に陥った事業者を支援するため、家賃未払いを理由とした家主による賃貸物件からの退去要請を禁止するなど、多方面での支援を実施した。

(エ)個別企業向け

7月2日、英国政府はスペインの鉄鋼会社セルサ・グループの子会社であるセルサ・スチール英国に緊急融資を行った。英国政府は、戦略的に重要である企業が全ての手段を使い果たした場合に、特定企業に対する支援を行うとしており、英国政府が初めて個社に対して支援を行った例となる。また、支援を受ける企業は、長期的な将来性があり、株主や民間金融機関などあらゆる手段を講じた上で、破産や財政難が英国経済に過度の影響を及ぼす場合とされている。同社への政府支援により、ウェールズ南部の従業員800人を含む計1,000人の雇用が維持される見通しである。

こうした企業への資金繰り支援策が導入される中で、新規感染者数の減少と制限措置の段階的解除により、製造業、サービス業ともに多くの企業が徐々に活動を再開している。企業の倒産件数をみると、英国で感染症拡大に伴う迅速な資金繰り支援策を行った20年3月以降低下傾向であり(第2-3-8図)、英国政府の施策が功を奏したと考えられる。

第2-3-8図 英国の企業の倒産件数
第2-3-9表 欧米の中央銀行による政策

102 給与保護プログラムと経済的損害災害融資の両方に申請した場合、経済的損害災害融資の借入金額は、PPPの返済免除額を差し引いた金額となる。
103 特別目的事業体とは、債権や不動産の流動化や証券化などの特定の目的のために設立される会社。
104 必要に応じて、930億ユーロまで追加保証枠の増額が可能。
105 上記の要件に満たない場合でも、特にインフラ関係の中小企業については対象となる可能性がある。
106 ルフトハンザ航空のHPによる。
107 小規模事業者については、原則として、3月に成立した緊急対策パッケージにおける支援金額が上限。
108 8月25日の連立与党合意により、9~12月の4か月分について延長。4~8月の売上が2か月連続で前年比50%以上減少又は平均30%以上減少し、9~12月の売上が同30%(50、70%)以上減少した企業に、固定費の最大40%(60、90%)(上限は4か月で20万ユーロ)を支給。小規模事業者についての上限(脚注159)を撤廃。
109 このほか、将来、新たな病原体出現時のワクチン開発・製造のためのイニシアチブ・ネットワーク構築のため、ドイツ国内及び感染症流行対策イノベーション連合(CEPI:Coalition for Epidemic Preparedness Innovations)に対する支援や、職員配置の充実、職業訓練充実等の待遇改善、デジタル化等について連邦と州・地方自治体でパッケージを作成する公衆衛生部門の強化等も決定された。
110 欧州連合(EU)も3月に、キュアバク製薬会社に対して最大8,000万ユーロの資金供給をすると発表している。
111 対象者には個人も含まれる。
112 年間売上高100万ユーロ未満、年間課税対象利益6万ユーロ未満、従業員数10人以下の零細企業、自営業者、独立事業主、自由業。
113 転換社債引き受けに当たり、民間投資家から同額規模以上の共同投資を求めており、合計1.6億ユーロ以上の資金調達支援となる。
114 未来投資プログラムは、2008年の世界金融危機後に導入されたものであり、危機を受けてイノベーションを促すべく、政府が定めた優先分野の資金調達を支援するプログラムである。優先分野は、当初、高等教育・訓練、研究、中小企業、エコシステム、デジタルの5分野であったが、順次追加され、感染症による危機後の20年9月に発表された未来投資プログラムの第4弾では、医学研究や医療産業、気候変動への適応、革新的なスタートアップ企業支援が追加された。
115 詳細は第2章第4節2.ヨーロッパ(フランス)を参照。
116 詳細は、第2章第2節2.中央銀行の対応(3)BOEを参照。
117 20年5月19日、新型コロナウイルス感染症企業調達ファシリティの要件を満たない企業を援助するため、20年5月26日から最大融資額を5,000万ポンドから2億ポンドに変更することを公表。
118 英国で事業活動をしていること、年間売上高が4,500万ポンド以上であること、新型コロナウイルス感染症企業調達ファシリティに基づく融資を受けていないことが要件。金融機関、公的機関、公立学校を除く全ての業種を対象。
119 British Business Bank。主に中小企業に対するファイナンス支援をするために創設され、ビジネス・エネルギー・産業戦略省が株式を保有。
120 20年3月17日、融資の上限額を120万ポンドから500万ポンドに変更することを公表。
121 英国で事業活動をしていること、年間売上高が4,500万ポンド以下であることなどが要件。金融機関、公的機関、公立学校を除く全ての業種を対象。同スキームで5万ポンド以下の融資を受けた企業は、20年11月4日を期限に、バウンスバックローンスキームへの付け替えを可とする。
122 20年3月1日以前に設立され、英国で事業活動をしていることが要件。金融機関、公的機関、公立学校を除く全ての業種が対象。新型コロナウイルス感染症事業継続ローンに申請している企業の申請は不可。
123 9月24日、6年から10年に延長。
124 19年12月31日以前に設立され、過去5年間で第三者投資家から25万ポンド以上を調達した実績のある、未上場の親会社企業で、従業員か売上高の半分以上が、英国に所在しているか、英国で発生していることなどが要件。
125 対象はイングランドの事業者。
126 20年3月20日~6月30日に支払うべき納税を21年3月31日まで猶予され、9月24日には無利子分割払いも許可。

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