第2章 経済を支えるための政策対応(第1節)

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第1節 経済活動抑制期及び経済活動再開期の経済政策の概観

欧米諸国では、既述のとおり感染症拡大という、突発的かつ近年では類を見ない事態と不確実性の高まりに対応するため、都市封鎖等の政策を講じた。都市封鎖の下では、経済活動が大きく制限されたため、企業や家計をサポートするための政策が実施された。また、都市封鎖や移動制限等が緩和ないし解除された後も、経済活動の緩やかな回復を支えるために様々な政策が実施されている。さらに、コロナ後の経済社会の変化を見据え、必要な変革を促すような中期的な視点からの政策に関する議論も始まっている。

以下では、先進諸国の動向に注目し、一連の政策の特徴を概観する。

1.政策の分類

各国ともに、財政政策と中央銀行の対応の両面1で、大規模な緊急対策から投資へのサポートなど政策の効果が緊急対策より長い期間発現することを期待した政策を組み合わせることで、経済正常化とさらにその先までの道筋をサポートすることが想定されていると考えられる。

理念的には、感染症拡大時と収束時の経済政策については、政策の趣旨や政策ターゲットとする経済主体が異なる傾向がみられる。このため、本節の整理では、政策の趣旨に鑑みて大きく「経済活動抑制の影響を緩和するための政策」と「経済活動再開を後押しするための政策」の2種類に分類し大きな傾向を比較する(第2-1-1表)。加えて、経済活動再開以降には、パンデミックによる経済の不確実性の高まりや失業者の増加への中長期的な対応が求められることになることから、こうした視点での政策を「危機後の経済社会の変革を促すための政策」と整理する。

(1)経済活動抑制の影響を緩和するための政策

感染症の急速な広がりとそれに伴い緊急的に講じられた都市封鎖は、国により違いはあるものの総じて厳格であった。封鎖下では多くの部門で生産活動の停止を余儀なくされるとともに、そうした封鎖措置がいつ頃緩和されるのか極めて不確実な状況にあった。こうした中、各国政府は雇用関係の維持や倒産の防止を図り、生産活動が再開された時にすぐに復帰できることを目的とした政策等を打ち出し、移動制限の影響が大きい企業等を主な対象として影響の緩和を図った。これらの多くは都市封鎖期間中に開始、もしくは少なくとも公表され、大規模な政策パッケージ等として打ち出された。なお、政策の手法としては、個人や企業への直接給付や融資が中心で、対象者に直接、必要な資金等が届く即効性のある政策手段を用いたものが多い。また、都市封鎖下で迅速な対応が求められたことから、ニーズが高い対象に限定せず、一律もしくは広範に給付等を行ったケースもみられた(第2-1-2表)。

こうした政策が立案された際は、感染症の先行き、特に収束のタイミングの不確実性が高かった。このため、実施は1回限り又は時限措置とされ、期限があるものについてはひとまず夏(6~8月)までとするケースが多くみられた。既述のように夏前には多くの先進諸国で経済活動に対する規制は段階的に緩和されたが、地域によっては感染症の再拡大がみられるなど、先行きには不確実性が残った。こうしたことも踏まえ、各国政府は経済活動の実態に鑑み、当初の想定よりも長期間のサポートが必要になったと判断した場合は政策を延長していると考えられる。

(2)経済活動再開を後押しするための政策

(1)でみてきた「経済活動抑制の影響を緩和するための政策」は、概念的には移動制限等の厳しい制約下での政策として企画・実施されたものの、上述のとおり都市封鎖等が段階的に緩和され、「経済活動再開期」に入っても、そのうちの一部は経済活動レベルの回復に遅れがみられたことなどを受け、必要性が高いと判断され継続された。

これに加え、経済活動再開時においては、再開されつつある経済活動を軌道に乗せるための適切な後押しが必要となる。このため、経済活動の回復が比較的順調な場合には、企業等への支援策の支給要件を、対象部門の特定や売上の減少率に関する数値基準の設定等によって、より限定した設計に変更するなど、ニーズに応じ様々な工夫を行っている例もみられる(第2-1-2表)。

また、この時期の政策の特徴の一つとして、企業の生産活動水準の復調に伴い、需要側、具体的には家計消費や企業の設備投資を広範に刺激することを意図して行われているものがみられる。

経済活動の再開が段階的に進むに伴い、政策当局にとっては上述(1)の政策をどのように終了させるかの検討が課題となる。回復が順調に進んでいけば、生産活動能力の維持、もしくは経済活動再開を後押しするために政策による下支えを行う必要性は小さくなり、それに応じて適時、財政支出を縮小していく必要がある。今回の危機に際しては、各国ともにこれまでの危機対応よりも多額の財政支出を伴う対策を打ち出している2ことから、その費用負担に対する懸念も指摘されており、各国政府にとっては適切な政策終了に向けた戦略の設計と公表が重要と考えられる。他方、企業や家計を支援する政策を一気に終わらせれば、少なくとも一時的に雇用や所得・消費等に大きなマイナスの影響が出る可能性もあり、支援の度合いが相対的に大きかった場合ほど、政策終了の影響には留意が必要である。

このため国によっては、政策終了のための戦略として、上述した経済活動抑制の影響を緩和するための政策の延長期限を十分前もって公表するとともに、激変緩和措置として、将来的に政策によるサポートの度合いを徐々に削減していくことも公にし、政策の対象となっている企業等に将来の方向性や変更時期を前もってアナウンスすることで、事前の備えを促す仕組みの工夫を行う場合もある(第2-1-3表)。

第2-1-1表 感染症の拡大と封鎖措置の実施を契機に行われた経済政策の特徴
第2-1-2表 政策の対象要件の比較(具体例)
第2-1-3表 段階的縮小の例

なお、感染症の再拡大が顕著になれば、経済活動再開は順調に進むとは限らない。医療提供体制の逼迫が予想される場合などにおいては、各国政府は再開に向けた動きを止め、再度活動抑制措置を講じることが必要になると考えられる。こうした状況下では、経済支援策も、経済活動再開を後押しするための政策から、経済活動抑制の影響を緩和するための政策に戻ることも必要となる。各国政府には、予想される経済活動抑制措置の影響を念頭に置きながら、両政策のバランスを勘案しつつ、追加的な支援策を検討していくことが求められる。

(3)危機後の経済社会の変革を促すための政策

各国経済が危機で受けたダメージからの回復を促すには、コロナ後の新しい経済社会を念頭に、経済活動に投入されるリソースをより生産性の高い部門に再配置したり、新たな技術革新を通じた生産性の向上を図ることが鍵となる。あわせて、感染症再拡大を防止していくための新しい生活様式の普及を促す取組も重要となる。

こうした観点から、欧州理事会が7月21日に採択した合意文書では、EUの広範な政策パッケージを盛り込んだ従来からの中期財政枠組(MFF)と、パンデミックからの復興を目指し新たに創設される復興基金(NGEU)を一体として捉え、未曽有の危機からの回復を図るとともに、並行して持続可能な中期の主要ゴール(欧州グリーンディール3、新デジタル政策4など)とも整合的な政策を講ずる方向を目指している5

これらの動きを受けて、新たな経済社会を見据えた政策の検討が始まっている国もみられる。ドイツでは、6月29日に成立した経済対策の内訳として500億ユーロの未来パッケージ(AI戦略推進、量子技術支援、電気自動車購入支援、水素国家戦略推進等)を提示し、危機後の経済社会の変革を促すための戦略と位置づけた。フランスでも、先端技術の確保を目的として、航空・防衛産業に対する経済支援を表明するなどの対応が採られている。

感染症再拡大予防の観点からは、経済社会のデジタル化を進め、人と人との物理的な接触を減らすことが有益である。このため、一部のOECD諸国では、遠隔医療の活用を促すための規制の見直しが行われている。具体的には、フランスやアメリカでは、医療保険制度による還付に関する規制が緩和され、患者は過去の対面診療の有無にかかわらずどの医者からも遠隔での診療が受けられるようになった6

以上で整理した(1)~(3)の政策を、国別(アメリカ、ドイツ、英国)及び分野別(企業支援、雇用支援、家計支援、その他)に時系列で図示すると、第2-1-4表のようになる。なお、「その他」には(3)で述べた成長戦略から、移動制限期間中の医療体制を支えることを主目的とした遠隔医療実施に係る規制緩和7、医療物資等の税関手続き簡素化等による貿易拡大措置8まで、多様なものが含まれる。上述のとおり各政策では期限延長等が多くみられ、(1)と(2)の区分を時点間で明確に行うことは難しい。また、政策終了の方向性を示したケースもみられるが、夏以降延長された政策も数多いことが見て取れる。

第2-1-4表 主要国における政策(時系列表)

2.政策の特徴

感染症の拡大とそれに伴う都市封鎖の実施は、第二次大戦以降先進諸国が経験したことのない規模・速度・波及度で、実体経済にショックを及ぼした9。感染症の拡大に対応して打ち出された諸政策の特徴として、以下の点が挙げられる。

(a)迅速性

裁量的財政政策、中央銀行の対応策ともに、遡りも含めると、感染拡大から半月程度のラグ期間内で、大規模な政策を打ち出した国や機関が目立つ10。また、複数の政策パッケージを連続して打ち出し、ニーズがある分野への働きかけを迅速に行った11。例えば、欧州委員会が史上初めて安定成長協定の一般的エスケープ条項を発動したのは3月20日であり、そのおよそ2か月後の5月27日には、EUの新しい長期予算である「次世代EU」を復興パッケージとして提案した12

都市封鎖により実体経済への影響が急速に広がることを余儀なくされたため、各国では既存の政策・制度を活用し、その拡充や変更により臨機応変の対応を行うことで、迅速な危機対応を図ったケースもみられる(第2-1-5表)。

(b)広範囲・網羅性

各国政府は都市封鎖等の措置に伴い想定される経済への一時的かつ大きなマイナスの影響に鑑み、利用できる政策を多面的に組み合わせ、そうした影響の緩和に取り組んだ(第2-1-5表)。

こうした政策・制度の中には、一時帰休制度(操業短縮制度)のように、複数の国で類似する制度が以前から存在していたところ、今回の危機に際して新たに導入する国もみられた13。一時帰休制度は休業時間に比例した支援が行われることから、実際の事業活動の減少に応じてより効率的に、流動性不足に直面しニーズが高い企業への支援が行えるとされており、景気後退局面での雇用関係の維持に一定の効果があると評価されている。なおOECDによれば、ドイツやフランスでの一時帰休制度の利用率は世界金融危機時よりもはるかに高いものとなっており14、両国での雇用情勢の安定につながったと考えられる。

(c)新しい取組・手段の活用

既存の枠組みだけでなく、新たな取組も始められた。例えば、中央銀行の役割を広げ、財務省と中央銀行が連携15することで、新たなアプローチが用いられた例がある。アメリカの企業支援策の一環である給与保護プログラム(PPP)16は、その導入と相まって、地区連銀が同プログラム下で融資を行う金融機関に対し、当該貸出を担保にバックファイナンスを行う取組17を開始した。対象となる金融機関には、伝統的な銀行よりも資金調達コストが高いコミュニティ開発金融機関やフィンテックが含まれ、幅広い金融機関のPPPへの参加を促すことで、融資を最も必要とすると考えられる層にとっての給与保護プログラムへのアクセスの向上が図られた。PPPは申込受付開始から2週間足らずでプログラムの財源が枯渇し、融資枠が当初の倍近くの額にまで増額されるなど、結果としてアメリカの中小企業の多くの雇用の支援につながったと考えられる18

(d)中長期の視点

今回の政策の主眼は感染症拡大や都市封鎖の影響からの回復であるが、一部の国では回復途上からいち早く、危機後の経済社会の変革を促すための政策に係る議論が本格化している。EUやドイツでは、パンデミック以前から導入されていた政策パッケージやプログラムを基にして、気候変動対策やデジタル化推進など従前から取り組んできた中長期の政策目標の達成を目指すこととしている。こうした政策の方向性は、コロナ後の経済社会でも変わることがない、もしくは一層強化すべきとの考え方に基づき、危機で喪失した多くの職に代わるような雇用機会の創出が期待されていると考えられる。

(e)従来にない規模感

既述のとおり、今回の政策対応の規模は、先進各国で世界金融危機時を上回るものとなっている。具体的な規模については(対策の規模)の項で詳述する。

第2-1-5表 既存政策の強化・拡充(具体例)

3.対策の規模

感染症への対応策として講じられた経済政策の規模を20年11月上旬時点19で日本以外の主要国において比較すると、ドイツとイタリアがともに対GDP比で30%台、英国、フランス、カナダでは同20%台、アメリカでは同15%と、いずれの国でも大規模な対策が打ち出されている(第2-1-6表)20。なお、IMFの取りまとめ21によると、世界全体の経済対策規模は約12兆ドル(約1,300兆円)で、対GDP比8.5%とされている。こうした巨額の財政支出により、20年の公的債務対GDP比の値は、感染症拡大前の見通しと比べて先進国で26%ポイント、新興国でも7%ポイント押し上げられると推計されている22

第2-1-6表 主要国の経済対策の規模

1 本章では、裁量的財政政策を中心に特徴を整理する。
2 主要国の経済対策の規模は、後掲第2-1-6表を参照。
3 19年12月に正式に発表。(1)2050年までに炭素中立を実現し、(2)人や動植物を汚染や公害から守り、(3)欧州企業をクリーン技術や製品のリーダーとすることなどを目指した包括的な気候・環境政策パッケージ。
4 20年2月に公表。今後5年間で焦点を当てる3つの柱(人々のための技術、公正で競争力のあるデジタル経済、オープンで、民主的かつ持続可能な社会)と、主な政策を提示。
5 詳細は第2章第2節(2)参照。
6 OECD(2020a)
7 規制緩和については、新薬承認におけるファストトラックに係るもの(OECD,2020 b)感染症拡大下での医療サービス提供体制の維持を意図したもの(OECD, 2020 a)、観光業のサポートを意図したもの(OECD, 2020 c)などの事例が一部の国でみられる。
8 貿易拡大措置については、関税引下げや税関手続き簡素化等により、拡大を図る措置が新興国を中心に導入された(WTO, 2020)。
9 具体的には、第1章第2節参照。
10 アメリカでは、第1弾の政策対応に係る追加予算案が3月6日に、第2弾として3月18日に新型コロナウイルス対策法が成立した。フランスでは第1弾の表明が3月17日であった。英国でも第1弾の予算案が公表されたのは3月11日、次いで第2弾が3月17日に公表されている(詳細は第2章第2節参照)。中央銀行の対応では、FRBが3月3日と3月15日に、BOEが3月10日と3月19日に政策金利引下げを行ったほか、ECBやFRBが3月半ばまでに相次いで各種の資産購入プログラムを打ち出している(詳細は第2章第2節参照)。
11 世界金融危機時には、危機の発端となったアメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たん以前から、例えばアメリカでは景気後退期に入っており、危機以前から補正予算が組まれるなどの対応が採られていた一方、今回はアメリカは20年2月まで景気拡張期であった。このため、迅速性についての単純な比較は困難である。
12 9月16日に行われた欧州委員会委員長の一般教書演説では、「次世代EU」が欧州委員会によって「記録的な速さで提案」され、「欧州理事会は記録的な速さでそれを承認し、欧州議会は最速での投票に向けて取り組んでいる」と指摘している(European Commission, 2020)。
13 OECD(2020 a)によると、感染症拡大以前から23のOECD諸国で一時帰休制度が存在し、危機への対応として、英国、ギリシャなど8か国で新たに制度が導入された。
14 利用状況の詳細は第2章第4節参照。OECD(2020 d)によると、19年Q4時点の雇用者数に対して、20年5月時点での制度の利用者の割合はドイツで19%、フランスで33%であり、世界金融危機時のピークの利用率の4%、1%を大幅に上回ったとされている。
15 このほか、CP資金調達ファシリティ(CPFF)でも、ニューヨーク連銀が設立したファシリティによるCP購入について財務省が信用保証を提供する。
16 詳細は第2章第3節参照。
17 給与保護プログラム流動性ファシリティ(PPPLF)。詳細は第2章第3節参照。
18 詳細は第2章第4節参照。
19 他の記載箇所のデータカットは原則10月中下旬頃としている。一方、ここに記載した経済対策の規模については、第2~4節で記載した各種対策の後に公表された対策も含んだものになっている。
20 ここでの対策には、債務保証枠の拡大なども含まれる点には留意が必要である。
21 10月13日時点。
22 IMF(2020)

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