第1章 民間債務からみた世界経済のリスクの点検(第2節)

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第2節 世界における民間債務の現状

1.民間債務

(金融部門と非金融部門の債務残高)

世界における民間債務が、現状どの程度積み上がっているかを確認する。始めに、世界全体の民間債務残高・GDP比の推移を金融部門と非金融部門(家計部門と非金融企業部門(以下「企業部門」)の合計)に分けてみると、2000年以降、まず、非金融部門が金融部門よりも一貫して高い(第1-2-1図)。また、金融部門、非金融部門の債務残高ともに世界金融危機までは上昇していたが、その後、金融部門では急激に低下し、12年以降はおおむね80%前後で横ばいとなっている。一方、非金融部門は、低下した時期が2年程度あったが、その後再び上昇に転じ、14年末には世界金融危機直後のピークである145%を超え、15年以降になってようやく150%程度で横ばいとなっている。

このため以下では、債務残高・GDP比の水準が高く、世界金融危機後上昇傾向をたどってきた民間非金融部門の債務に焦点を当てていく。

第1-2-1図 民間債務残高(金融部門と非金融部門)
第1-2-1図 民間債務残高(金融部門と非金融部門)

(民間非金融部門の債務残高:家計部門と企業部門、先進国と新興国)

世界全体の民間非金融部門の債務残高を家計部門と企業部門に分けてみると、水準としては企業部門の方が高く、また、家計部門、企業部門いずれも、世界金融危機前に上昇し、危機後に一時的に低下したものの、その後再び増加している。なお、企業部門は17年にわずかながら低下している(第1-2-2図)。

第1-2-2図 民間非金融部門債務残高(家計部門と企業部門)
第1-2-2図 民間非金融部門債務残高(家計部門と企業部門)

次に、民間非金融部門の債務残高・GDP比を先進国と新興国18に分けてみると、世界金融危機後、新興国のGDP比が顕著に上昇している(第1-2-3図)。先進国、新興国ともに、世界金融危機までは緩やかに上昇していたが、先進国では世界金融危機後低下し、近年160%台前半で横ばいでの推移となっている。他方、新興国では、世界金融危機後、金融危機前よりも早いスピードで上昇しており、先進国の水準に近づいてきている。ただし、上昇スピードは近年低下しており、16年以降はおおむね130%前後で推移している。このため、世界金融危機後の世界全体における民間非金融部門のGDP比の上昇は、主に新興国にけん引されたものであるといえる。

第1-2-3図 民間非金融部門債務の推移(先進国と新興国)
第1-2-3図 民間非金融部門債務の推移(先進国と新興国)

家計部門と企業部門における先進国と新興国の動向をみると、家計部門の債務残高・GDP比は、2000年以降一貫して先進国の方が高く、近年70%台でおおむね横ばいで推移している一方、新興国は17年に30%台と先進国よりかなり低水準ではあるが、上昇を続けている(第1-2-4図(1))。他方、企業部門は、新興国が世界金融危機後に急速に債務を積み上げており、14年以降新興国が先進国を上回っている。なお、新興国でも16年半ば以降はやや低下している(第1-2-4図(2))。

このように、世界金融危機後の民間非金融部門の債務残高・GDP比の上昇は、特に新興国の企業部門の影響が大きい。

第1-2-4図 先進国と新興国の民間非金融部門の債務残高(家計部門と企業部門)
第1-2-4図 先進国と新興国の民間非金融部門の債務残高(家計部門と企業部門)

(国別にみた民間非金融部門の債務残高)

先進国と新興国について債務残高の動向をみたが、更にどの国で民間非金融部門の債務が積み上がっているのかを金額(ドル19)及びGDP比でみてみよう。

まず、規模感をみるため金額ベースでの順位を確認すると、経済規模の大きいアメリカ、中国、ユーロ圏が上位となり、全体としては先進国が中心となっている(第1-2-5図(1))。

国の経済規模を調整したGDP比ベースでの順位をみると、金額ベースで1位のアメリカが14位、2位の中国が5位に後退する。先進国が多い点は金額ベースの場合と同じだが、北欧諸国やイギリス連邦(Commonwealth)加盟国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、英国)が上位に入るという特徴もみられる(第1-2-5図(2))。

第1-2-5図 国別にみた民間非金融部門の債務残高(2017年7~9月期)
第1-2-5図 国別にみた民間非金融部門の債務残高(2017年7~9月期)

(国別にみた民間非金融部門の債務残高の変化)

次に国別の債務残高が、世界金融危機直後から今日までにどのように変化したかをみてみよう。第1-2-6図は、先にみた民間非金融部門の債務残高・GDP比が上位の国について、名目GDP、民間非金融部門債務残高それぞれの09年から17年にかけての変化率をプロットしたものである。この図で45度線を越えている国は、民間非金融部門の債務残高の伸びがGDPの伸びを上回っており、民間非金融部門の債務残高・GDP比が世界金融危機後に上昇したことを意味する。これをみると、金融危機後に中国、シンガポールといったアジア新興国において、民間非金融部門の債務残高・GDP比が上昇しており、特に中国の上昇が際立っている。他方、先進国の多くは低下ないし横ばいであり、アメリカでは低下、ユーロ圏でもわずかに低下している。

第1-2-6図 民間非金融部門の債務残高(GDP比)上位15か国の債務残高と名目GDPの変化率(2009年対2017年)
第1-2-6図 民間非金融部門の債務残高(GDP比)上位15か国の債務残高と名目GDPの変化率(2009年対2017年)

民間非金融部門の債務残高と名目GDPの関係を債務残高の金額が大きいアメリカ、中国、ユーロ圏についてより詳細にみるため、それらの推移を比較すると、アメリカでは、世界金融危機直前の06年近辺から、債務残高が名目GDPに比べ急激に増加しているが、世界金融危機後は名目GDPとおおむね歩調を合わせた増加となっている。ユーロ圏は、02年から金融危機直後の09年までほぼ一貫して債務残高が名目GDPよりも早いスピードで増加し、09年には2000年の約2.7倍に達した。アメリカとは異なり世界金融危機後もすぐには債務規模は縮小せず、14年から16年にかけて急激に減少している。中国は、世界金融危機前には債務残高は名目GDPとほぼ同じペースで増加していたが、危機後は債務残高の増加ペースが名目GDPを一貫して上回り、16年の名目GDPが2000年の約10倍であるのに対し、債務残高は約17倍に達している(第1-2-7図)。

第1-2-7図 主要国の民間非金融部門の債務残高と名目GDP
第1-2-7図 主要国の民間非金融部門の債務残高と名目GDP

次に債務残高の金額ベース上位10か国について、世界金融危機後の債務残高・GDP比の変化が家計部門と企業部門のどちらの要因によるかをみると、09年と17年を比較してGDP比が大きく上昇した国のうち、中国とカナダは、家計部門と企業部門双方で債務残高・GDP比が上昇しているが、企業部門の上昇の方が大きい。逆に韓国、オーストラリア、スイスは家計部門の上昇が大きい。他方、アメリカ及びユーロ圏は主に家計部門で、また日本及び英国は主に企業部門で債務残高・GDP比が低下したことから、全体の債務残高・GDP比も低下している(第1-2-8図)。

第1-2-8図 民間非金融部門の債務残高・GDP比の部門別変化(2009年対2017年)
第1-2-8図 民間非金融部門の債務残高・GDP比の部門別変化(2009年対2017年)

(民間債務の要約)

これまでみてきたとおり、世界の民間債務残高・GDP比は、世界金融危機後は金融部門が低下後に横ばいとなったのに対し、民間非金融部門は上昇傾向で推移し、世界金融危機前を超える水準となっている。これは新興国の家計部門及び企業部門によるものであり、特に企業部門の影響が大きい。ただし、新興国の企業部門もここ数年は上昇しておらず、頭打ちとなっている。また、国別にみた民間非金融部門の債務残高・GDP比は、特に中国の上昇が際立っており、債務残高の増加速度が名目GDPの成長速度を大きく上回っている。中でも企業部門の債務残高・GDP比の上昇が顕著である。他方、先進国の民間非金融部門の債務残高・GDP比は、世界金融危機までは大きく上昇したが、危機後は低下し、近年は安定した推移となっている。結果として、アメリカ、ユーロ圏、日本、英国といった主要先進国・地域では09年以降でみると、民間非金融部門の債務残高・GDP比は低下あるいはほとんど上昇していない。

2.家計部門の債務

民間非金融部門の債務のうち、家計部門の債務について検証する。ここでは、家計部門の債務と密接に関連する住宅価格についても併せてみていく。

(1)家計部門の債務の動向

(国別にみた家計部門の債務残高)

始めに、家計部門の債務残高が、金額及びGDP比でみて上位となる国を確認する。

金額ベースでみると上位は先進国が中心であり、中でもアメリカが突出して大きく、2位のユーロ圏の約2倍の規模となっている(第1-2-9図(1))。民間非金融部門全体では、アメリカに迫っていた中国も、家計部門に限ってみるとアメリカの3割強の規模である。

GDP比ベースでは、スイスが1位であり、続いて北欧諸国及びイギリス連邦加盟国が上位を占める(第1-2-9図(2))。GDP比ベースでも先進国が多いが、アジア新興国も複数含まれている。金額ベースで3位の中国は16位にまで後退する。家計部門の上位国に先進国が多い理由としては、先進国では金融市場が発展しており、個人が金融市場にアクセスしやすい環境が整っていることが挙げられる20

第1-2-9図 国別にみた家計部門の債務残高(2017年7~9月期)
第1-2-9図 国別にみた家計部門の債務残高(2017年7~9月期)
(国別にみた家計部門の債務残高の変化)

次に、家計部門の債務残高(金額ベース)が上位の主要国について、2000年以降の債務残高・GDP比の変化を確認すると、日本を除き、08年の世界金融危機までは上昇していたが、危機後はアメリカ、英国、ユーロ圏で低下した一方、オーストラリア、韓国、中国では上昇を続けている(第1-2-10図)。カナダは金融危機後、横ばいで推移していたが、15年以降再び上昇している。債務残高・GDP比は17年7~9月期末時点で、オーストラリア120.9%、カナダ100.4%、韓国94.4%に達している。

第1-2-10図 国別にみた家計部門の債務残高・GDP比
第1-2-10図 国別にみた家計部門の債務残高・GDP比

(2)家計部門の債務負担の評価

世界における家計部門の債務の状況を概観してきたが、以下では家計の負担について評価していく。債務の家計負担を評価する方法として、ここでは、債務残高と家計が債務返済を行う際の原資となる可処分所得を比較した債務残高・可処分所得比、債務返済額(金利及び元本)と可処分所得を比較したデット・サービス・レシオ(DSR:Debt Service Ratio)を用いる。

(家計部門の債務残高・可処分所得比)

まず、GDP比ベースでの債務残高上位国及びユーロ圏の主要国21のうちデータが入手可能な国について、家計部門の債務残高・可処分所得比を比較する(第1-2-11図)。債務残高・可処分所得比が高い国としては、北欧が上位となり、特にデンマーク、ノルウェー、オーストラリア、スイスの4か国は200%を超えている。

第1-2-11図 家計部門の債務残高・可処分所得比(2016年)
第1-2-11図 家計部門の債務残高・可処分所得比(2016年)

主要なOECD加盟国について家計部門の債務残高・可処分所得比の推移をみると、2000年時点では多くの国で100~130%程度であったが、その後の動向は国により大きく異なる(第1-2-12図)。日本及びドイツは2000年以降低下しているが、その他の国では世界金融危機直前の07年まで上昇を続けている。世界金融危機以降、アメリカ、英国及びスペインでは可処分所得比が低下している一方、カナダ、オーストラリア、韓国では世界金融危機後、上昇を続けており、特に14年以降上昇が加速している。フランスとイタリアでは、危機後に低下することなくおおむね横ばい圏内で推移している。

第1-2-12図 国別にみた家計部門の債務残高・可処分所得比
第1-2-12図 国別にみた家計部門の債務残高・可処分所得比
(家計部門のデット・サービス・レシオ)

可処分所得に対する債務返済額(利子と元本)の割合を示すDSRは、借入額のみならず、利子も考慮に入れた指標であることから、先にみた債務残高・可処分所得比等よりも包括的に家計の負担をみることができる22。また、家計部門のDSRは、金融危機直前に長期トレンド23から非常に大きくかい離する傾向がある24。データが存在する主要国について、家計部門のDSRが99年以降の長期平均からどの程度かい離しているかをみると、世界金融危機前に日本とドイツを除く主要国で急速にDSRが上昇していたことが確認できる(第1-2-13図)。ただし、フランス及びイタリアでは、その上昇は他国よりも緩やかであった。世界金融危機後はアメリカ、英国及びスペインでDSRが大きく低下し、近年は長期平均より低い水準で安定した推移となっている。債務残高・可処分所得比の上昇が加速していたカナダ、オーストラリア及び韓国をみると、危機前にDSRが長期平均を大きく上回り、危機後は低下したものの、依然長期平均を超える水準にある。近年、カナダは横ばいで安定した推移となっているが、オーストラリア及び韓国は、15年後半以降、長期平均からのかい離傾向がみられる。フランスでは、金融危機後も低下せず、長期平均をやや上回る水準でおおむね横ばいで推移しているが、イタリアでは15年以降ほぼ長期平均に回帰している。

主要国ではいずれの国も、世界金融危機発生前のアメリカでみられたようなDSRの長期平均からの大幅な上方かい離は生じていない。

このように、金額でみて債務残高が圧倒的に大きいアメリカでは、債務残高・可処分所得比は低下傾向にあり、DSRも長期平均を大きく下回っている。他方、カナダ、オーストラリア及び韓国では債務残高・可処分所得比が上昇を続け、DSRも長期平均を上回る水準で推移しており注視を要する。

第1-2-13図 主要国の家計部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)
第1-2-13図 主要国の家計部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)
(カナダ、オーストラリア及び韓国における家計部門の債務残高の増加要因)

注視を要するとしたカナダ、オーストラリア及び韓国について、世界金融危機後も家計部門の債務残高が増加している要因をみていきたい。

これらの国に共通する要因としては、世界金融危機後、15・16年まで利下げが行われ、長期にわたり金利が低水準にあった点が挙げられる。第1-2-14図は、カナダ、オーストラリア及び韓国の政策金利の推移を示している。いずれの国においても、世界金融危機時に大幅な利下げを行った後、10年頃に一旦利上げを行っているが、その後再び利下げを実施している。オーストラリアと韓国では金融危機後、世界の景気が弱い回復にとどまる中、11年から13年にかけて複数回の利下げが行われた。さらに、その後も、資源国であるカナダやオーストラリアでは、14年後半から16年初の資源価格の下落を受け、景気を下支えするための利下げが行われ、韓国でも原油価格下落による物価上昇率低下等を受け、利下げが実施された。こうした利下げの継続は、世界金融危機直後の利下げの後、金利水準を維持し、15年12月より利上げを開始しているアメリカとは対照的である。また、カナダと韓国では17年に利上げを実施しているが、過去の利上げ局面と比べ現在も低金利の状況が続いている。

なお、韓国については、低金利の継続に加えて、退職高齢者が小規模ビジネスの起業のために借入を行っていること、規制が比較的緩いノンバンクによる家計向け与信が増加していることなども家計部門の債務増加に寄与したと指摘されている25。このため、韓国ではノンバンクに対する監視の強化が進められている26

第1-2-14図 カナダ、オーストラリア、韓国の政策金利
第1-2-14図 カナダ、オーストラリア、韓国の政策金利

(3)住宅ローンと住宅価格

家計部門における債務の大幅な拡大に伴い、住宅価格がファンダメンタルズから大きくかい離する可能性がある。家計部門の債務の動向を確認し、その評価を行ったが、以下では、家計部門の債務と密接な関係を持つ住宅価格の動向についてみていく。

(家計部門の債務に占める住宅ローン)

まず、家計部門の債務に占める住宅ローン(Mortgage Debt)の割合を確認する。国別のデータが先進国に限られることから、主要先進国について、家計部門の債務に占める住宅ローンの割合をみると、17年現在でおおむね8割程度となっており、最も高いオーストラリアとドイツでは9割を超えている(第1-2-15図)。また、世界金融危機前の07年と17年を比較しても、その割合に大きな変化はなく、先進国では家計部門の債務の大半は住宅ローンが占めている。他方、新興国においては、IMF(2017)によれば、住宅ローンが家計部門の債務に占める割合は3分の1以下であり27、住宅ローン以外の債務は主に消費者信用とのことである28

第1-2-15図 家計部門の債務に占める住宅ローンの割合
第1-2-15図 家計部門の債務に占める住宅ローンの割合
(世界における住宅価格の状況)

世界の住宅価格の動向を確認する。世界全体の動向を世界実質住宅価格指数でみると、住宅価格は世界金融危機直前より下落を始め、12年末から再び上昇傾向となったが、その速度は01年から世界金融危機直前までの上昇と比べ緩慢である(第1-2-16図)。しかし、価格指数の水準は、17年7~9月期にリーマン・ショック直前(08年1~3月期)のピーク(158.9)を超えている。

第1-2-16図 世界実質住宅価格指数
第1-2-16図 世界実質住宅価格指数

主要国について国別に実質住宅価格29(指数)をみると、いずれの国でも世界金融危機前に住宅価格の上昇がみられるが、特にアメリカで急上昇している(第1-2-17図)。アメリカでは、世界金融危機直前に急落した後、11年以降再び上昇傾向となっているが、その上昇速度は危機前より緩やかであり、住宅価格の水準は危機前のピークからはいまだ遠い。英国とユーロ圏でもアメリカと同様の動きがみられ、住宅価格の上昇速度は世界金融危機前より緩やかであるが、危機前の価格上昇及びその後の下落がアメリカより小幅にとどまったこともあり、17年には危機前のピークに近づいている。アジアでは、韓国と日本は危機後ほぼ横ばいで推移し、中国は16年以降上昇している。カナダとオーストラリアについては、2000年以降一貫して上昇傾向にあり、14年以降、上昇が加速している。

第1-2-17図 主要国の実質住宅価格
第1-2-17図 主要国の実質住宅価格
(住宅価格の評価)

ここでは、住宅価格を住宅価格・所得比と住宅価格・家賃比の2つの指標から評価していきたい。これらの指標が長期平均から大きく上方にかい離している場合、住宅市場が過熱し、住宅価格が過大評価となっている可能性がある。

家計にとっての住宅取得能力(Housing Affordability)を示す指標の1つとして、名目住宅価格と一人当たり可処分所得の比率であるPIR(Price-to-Income Ratio:住宅価格・所得比)がある。第1-2-18図は、長期平均30(100)で標準化されたPIRを主要国について比較している31。これをみるとアメリカ、ユーロ圏、中国、韓国、日本では長期平均の近辺又はそれを下回る水準で推移している。ただし、アメリカは13年以降上昇トレンドに転じている。一方で、カナダ、オーストラリア、英国は、世界金融危機後、PIRが上昇傾向にあり、長期平均を大きく上回っている。

また、住宅保有の収益性(Profitability)を示す指標として、名目住宅価格と家賃の比率であるPRR(Price-to-Rent Ratio:住宅価格・家賃比)がある。第1-2-19図は、長期平均(100)で標準化されたPRRを主要国について示している。このPRRの動きは、PIRとほぼ同様となっている。PRRは、アメリカ、ユーロ圏、日本、韓国では17年末時点で長期平均の近辺又はそれを下回る水準で推移している。一方、カナダは約200、オーストラリアは約170、英国は約140と非常に大きく長期平均からかい離している。

PIRとPRRの動向からみて、カナダとオーストラリアの住宅価格が長期平均を大幅に上回っており、これらについては特に注視する必要がある。

第1-2-18図 主要国の標準化された住宅価格・所得比
第1-2-18図 主要国の標準化された住宅価格・所得比
第1-2-19図 主要国の標準化された住宅価格・家賃比
第1-2-19図 主要国の標準化された住宅価格・家賃比
(カナダ及びオーストラリアにおける住宅価格の上昇要因)

家計部門の債務残高が増加していたカナダ、オーストラリア及び韓国のうち、カナダとオーストラリアについては、債務残高の増加と歩調を合わせて住宅価格も大幅に上昇していた。これら3か国における近年の住宅価格上昇の要因を確認する。

カナダ32では、2000年以降ほぼ一貫して住宅価格が上昇しており、前述した低金利や可処分所得の増加、移民等による人口増加により、住宅需要が拡大していることが要因とみられる。また、バンクーバーやトロントといった都市部を中心に人口が増加していること、都市部で土地利用規制が厳しく住宅供給を妨げていることも、住宅価格上昇の要因とされる。カナダ政府や中央銀行は、住宅価格の上昇やそれに伴う家計部門の債務増加を問題視し、08年以降マクロ・プルーデンス政策等により住宅市場の鎮静化を図っており33、住宅価格の上昇率は17年に鈍化している。

オーストラリア34においても、低金利や移民等の人口増加が住宅価格を押し上げている。住宅価格の上昇はシドニーやメルボルンといった都市を中心としており、都市部での人口増加に加え、中国からの投機目的の住宅投資の急増も住宅価格上昇の要因とみられる。オーストラリア政府や中央銀行は、この問題に対処するため、マクロ・プルーデンス政策を強化しており35、この結果、最近では住宅ローンの承認件数が減少し36、住宅価格の上昇は緩やかとなっている。

なお、韓国37では、国全体としては住宅価格の上昇はみられないが(再掲第1-2-17図)ソウル等の特定の都市において、特に集合住宅を中心に上昇傾向にある。低金利に加え、投機需要や、14年に不動産融資規制が緩和されたことも住宅価格上昇に寄与したとみられる。韓国でも、16年以降マクロ・プルーデンス政策の強化38が進められており、例えば、IMF(2018)では、そうした政策が住宅価格の安定に寄与していると評価している。

主要国では近年住宅価格は上昇傾向にあるものの、その多くで世界金融危機前とは状況が異なる。住宅価格の上昇スピードは、カナダとオーストラリアを除き、世界金融危機前と比較して緩やかである。また、標準化されたPIRやPRRをみても、カナダとオーストラリアでは長期トレンドからの大幅な上方かい離がみられるが、アメリカ、ユーロ圏、日本といった経済規模の大きな国では、大幅な上方かい離はみられない。ただし、カナダやオーストラリアといった住宅価格に注視を要する国々でも、マクロ・プルーデンス政策の強化により、住宅価格の上昇に鈍化がみられる。

コラム1-1:主要国の住宅ローンの特徴

住宅ローンの特徴は国により異なり、金利については、主に変動金利、あるいは固定金利と変動金利の混在となっている国が多い(表1)。変動金利の場合、今後金融政策の正常化が進み金利の上昇傾向が続けば、家計の住宅ローン返済負担は重くなる。

また、主要国の住宅ローンは中国と韓国を除きフルリコースとなっている。フルリコースの住宅ローンでは、家計が返済不能に陥った場合、担保設定がなされた住宅が強制的手段や任意売却により処分され、住宅ローンの返済に充当されても、当該ローンに残額があればその返済義務は免除されない。住宅ローンがフルリコースでない場合、住宅価格が下落する局面では、債務者がローンの返済が可能な状況であるにもかかわらず、意図的に返済を止め、自宅を失う代わりにローン返済義務の放棄を狙う「戦略的デフォルト」をとり、それが更なる住宅価格の下落につながる可能性がある(注1)

表1 主要国の住宅ローンの特徴
コラム1-1 表1 主要国の住宅ローンの特徴

(注1)Zabai(2017)

3.企業部門の債務

(1)企業部門の債務の動向

(国別にみた企業部門の債務残高)

次に民間非金融部門の債務のうち、企業部門の債務について検証する。企業部門の債務残高が、金額及びGDP比でみて上位となる国を確認する。

まず、金額ベースでみると、1位は中国、以下、アメリカ、ユーロ圏であり、この上位3か国・地域と4位以下には大きな差がある(第1-2-20図(1))。例えば、4位の日本は、2位のアメリカの3分の1の規模に過ぎない。

GDP比ベースでみると、1位は金額ベースと同じ中国であり、上位には欧州やイギリス連邦加盟国(シンガポール、カナダ、英国、ニュージーランド、オーストラリア)が占める(第1-2-20図(2))。金額ベースで2位のアメリカは、GDP比では15位に後退する。前述のとおり、企業部門の債務残高・GDP比は、新興国全体が先進国全体を上回っているが(前掲第1-2-4図)、国別では先進国が上位に多い。

第1-2-20図 国別にみた企業部門の債務残高(2017年7~9月期)
第1-2-20図 国別にみた企業部門の債務残高(2017年7~9月期)
(国別にみた企業部門の債務残高の変化)

金額ベースで企業部門の債務残高が大きい上位10か国について、2000年以降の債務残高・GDP比の推移をみると、日本とブラジルを除く国では、世界金融危機前から危機直後にかけて債務残高・GDP比が上昇している(第1-2-21図)。このうちアメリカ、英国、オーストラリアは、金融危機後の低下が大きく、英国はここ数年は危機直前より低水準で推移し、アメリカ及びオーストラリアは、再び上昇に転じ、特にアメリカは他の先進国と比べ水準は低いが、17年に入り危機時の最高水準を超えている。カナダは家計部門と同様、企業部門も危機後上昇を続けている。ユーロ圏と韓国は、危機後も低下傾向がみられず、高止まりしている。データが06年以降のみとなるが、中国は世界金融危機時にやや落ち込んだものの、危機後は急激に上昇し、主要国の中では唯一150%を超えている。

企業部門の債務残高・GDP比は、国ごとに状況に違いがあり、特に中国の債務残高・GDP比の上昇は顕著であり、金額ベースでみても世界最大である。先にみた世界全体の企業部門の債務残高・GDP比の上昇は、中国に起因するところが大きい。

第1-2-21図 国別にみた企業部門の債務残高・GDP比
第1-2-21図 国別にみた企業部門の債務残高・GDP比

(2)企業部門の資金調達方法の変化

(銀行借入のシェア)

企業部門の債務残高の状況を確認したが、次にこうした企業債務がどのような調達手段によるものなのかをみていく。企業部門の資金調達手段として、銀行借入があるが、民間非金融部門39の債務に銀行借入が占める割合は国ごとに違いがある。アジア・オセアニアの国々では17年でおおむね7割前後であるが、主要国の中で最もその割合が低いアメリカでは3割強に過ぎない(第1-2-22図)。また、債務残高に占める銀行借入の割合の推移をみると、世界金融危機後はおおむね横ばい又は低下傾向にある。ユーロ圏、中国、韓国で低下しており、特に金額、GDP比ともに企業部門の債務残高が世界最大である中国での低下が著しく、社債を始めとする他の資金調達手段の活用が進んでいると考えられる。

第1-2-22図 民間非金融部門の債務残高に占める銀行借入の割合
第1-2-22図 民間非金融部門の債務残高に占める銀行借入の割合
(社債市場の拡大)

銀行借入以外の資金調達の中で、社債の発行が増加を続けている。世界の社債発行残高は、世界金融危機後増加し続けており、特に、非金融企業での増加が顕著であり、世界金融危機発生時の08年と16年を比較すると、社債発行残高は倍以上となっている(第1-2-23図(1))。これは、世界的な金融緩和による低金利の継続が、企業の社債発行を容易なものとしたほか、世界金融危機時に生じた銀行の損失とその後の金融規制の強化により、銀行の融資姿勢が慎重化した影響による。また、非金融企業の社債発行残高は新興国で大きく伸びているものの、全体でみると先進国がその大半を占める状況に変化はない(第1-2-23図(2))。

債券格付別の社債発行残高を先進国と新興国に分けてみると、大半は先進国の投資適格債で占められており、新興国の投資適格債も着実に増加している(第1-2-24図)。また、先進国の投機的格付債(ハイイールド債)が規模は大きくないが増加しており、新興国の投機的格付債の規模はわずかである(第1-2-24図)。

第1-2-23図 世界の社債発行残高
第1-2-23図 世界の社債発行残高
第1-2-24図 格付別の社債発行残高(先進国、新興国)
第1-2-24図 格付別の社債発行残高(先進国、新興国)

社債の格付をより詳細にみると、低格付の債券の割合が世界金融危機後に高まっている。これは世界的な金利低下が続く中で、投資家がリスク選好を強めた結果とみられる40。投資適格債の内訳をみると金融危機後、A格(A-からAAA+)の割合が低下し、B格(BBB-からBBB+)41の割合がかなり上昇している。投機的格付債全体の割合は、金融危機前と比べ上昇しているが、その内訳をみるとB格(B-からBB+)が大半を占めており、C格(CからCCC+)はわずかである(第1-2-25図)。

このように、05年時点ではA格が83%、B格が17%だったのに対して、16年時点ではA格が57%、B格が42%とB格の割合が上昇しており、債券全体の信用リスクは相対的にみて高まっている。

第1-2-25図 世界における格付別の社債発行残高
第1-2-25図 世界における格付別の社債発行残高

また、金利の変化が債券価格へ与える影響をみるため、債券のデュレーション42を確認すると、金融危機後は世界全体の債券指数のデュレーションが上昇しており、長期的にみても高い水準に達している(第1-2-26図)。ただし、18年入り後はわずかではあるがデュレーションは低下している。デュレーションの長期化は金利上昇時により大きく債券価格が下落することを意味することから、今後主要国で金融政策の正常化が進み、仮に急激に金利が上昇した場合には、債券価格が以前に比べ大幅に下落する可能性がある。

第1-2-26図 世界における債券のデュレーション
第1-2-26図 世界における債券のデュレーション

(3)中国の企業部門の債務

企業部門において金額、GDP比ともに世界最大である中国の債務に焦点を当てる。中国では世界金融危機後、4兆元の景気対策により実施された大規模のインフラ投資等により企業債務が急拡大した。その後、中国経済の減速により過剰債務問題が顕在化した後も、企業債務は増加を続けた。17年7~9月期末時点で、中国の民間非金融部門の債務残高・GDP比は210.5%に上るが、このうち162.5%が企業部門の債務であり、中国の民間非金融部門の債務は企業部門がその大半を占める。なお、企業部門の債務は、16年4~6月期の166.9%をピークにわずかではあるが低下している(第1-2-27図)。

第1-2-27図 中国の民間非金融部門の債務残高・GDP比
第1-2-27図 中国の民間非金融部門の債務残高・GDP比

世界金融危機後の民間非金融部門の債務残高・GDP比の上昇は、さきにみたとおり、新興国の特に企業部門における債務の拡大によるところが大きい。新興国の企業部門の債務を中国とそれ以外の新興国43に分けてみると、中国が新興国における企業部門の債務残高上昇の大部分を占めている(第1-2-28図)

第1-2-28図 新興国の企業部門の債務残高(中国・その他新興国)
第1-2-28図 新興国の企業部門の債務残高(中国・その他新興国)

中国の企業部門の債務は、大半が国有企業によるものである。世界金融危機直後には国有企業の債務残高が企業部門の債務残高の8割以上あり、その後も8割前後を占めている。また、OECDは、特に金属、建材といった過剰生産業種や不動産でレバレッジが高いと指摘している44。ただし、17年には国有企業の債務残高・GDP比が低下に転じ、企業債務に占める割合も16年以降低下しており、17年には約75%となっている(第1-2-29図)。中国政府は、企業のデレバレッジを最重要課題の1つと位置付けており、15年9月に国有企業改革の指針として「国有企業改革の深化に関する指導意見」を公表し、企業の合併・再編、デット・エクイティ・スワップ等、国有企業の債務削減に向けた取組を進めている45

第1-2-29図 中国の国有企業の債務残高
第1-2-29図 中国の国有企業の債務残高

さきにみたとおり、中国では民間部門の債務残高に占める銀行借入の割合が低下している。中国企業の銀行借入以外の国内の資金調達手段としては国内債務証券の発行があるが、その発行残高は世界金融危機後急激に増加している。08年末には約2,000億ドルであったが、17年7~9月期末には約2兆7,000億ドルに達しており、08年末の約14倍となっている(第1-2-30図)。中国の企業部門の債務残高の急増には、国内債務証券の発行の急拡大も一定程度寄与しているといえる。

第1-2-30図 中国の国内債務証券発行残高
第1-2-30図 中国の国内債務証券発行残高

(4)企業部門の債務負担の評価

(企業部門のデット・サービス・レシオ)

最後に、企業部門の債務負担の評価として家計部門と同様にDSRを確認する46。主要国のうちデータの存在する国の企業部門DSRについて、99年以降の長期平均からのかい離幅の推移をみると、10年代に入り動きが二極化している。債務残高・GDP比が上昇傾向にあったカナダ、オーストラリア、高止まりしていたユーロ圏のうちフランスは、10年代に入りDSRが長期平均を超えて上昇している。ただし、カナダとオーストラリアは、16年後半以降は低下傾向にある。ユーロ圏のうちスペインとイタリアのDSRは、世界金融危機前から上昇し大きく長期平均を上回ったが、危機発生時又は直後に下落し、スペインで13年入り後、イタリアで16年半ば以降、長期平均を下回っている。その他の主要国は、金融危機後低下し比較的安定して推移しているが、アメリカは近年上昇傾向にあり、17年にはほぼ長期平均と同水準となっている(第1-2-31図)。

第1-2-31図 主要国の企業部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)
第1-2-31図 主要国の企業部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)

以上をまとめると、企業部門の債務残高・GDP比は、新興国の上昇により世界全体も上昇傾向にあるが、国によって状況に違いがある。中でも中国は、債務残高の金額、GDP比ともに大きく、世界の企業部門の債務増加は主に中国の動向に起因する。また、カナダとオーストラリアは、債務残高・GDP比が上昇するとともに、企業の債務負担を示すDSRも高水準となっている。

さらに、債務の内容にも変化が生じており、銀行借入は依然として主要な資金調達手段ではあるが、社債の重要性が増しており、社債については、投資家のリスク選好の高まりを背景に格付の低下と金利感応度の上昇が進んでいる。このため、今後、金融政策の正常化に伴い仮に金利が急激に上昇した場合には、以前と比べ債券価格が大幅に下落する可能性がある点に留意が必要である。

4.金融の国際的伝播

世界金融危機は、大規模な対外不均衡が存在しない国に対しても大きな影響を与えた。世界的な経済統合が進んだ結果として、他国で生じた外的ショックは各国へ伝播しやすい状況にある47。このため、危機を事前に察知するためには、金融の国際的伝播に関する指標にも注目すべきであると指摘されている48。以下では、国際的伝播を銀行の海外貸付と国際債務証券(International Debt Securities)49の状況からみていく。前述のとおり企業部門の債務は、特に新興国で近年増加していることから、新興国を中心にこれらを確認する。

(銀行の海外債権)

銀行は海外に貸付等の債権を保有しており、海外に起因する外的ショックは、銀行のバランスシートを通じて国内経済に伝播し得る。まず、国際業務を行う銀行が、当該銀行の本拠地以外の国に対する融資(海外支店による融資を含む)により、どれだけの海外債権(Foreign Claim)を保有しているかを確認する50(第1-2-32図)。銀行の海外債券について全体の動きをみると、世界金融危機時に約30兆ドルまで急速に拡大し、危機後は約25兆ドルまで急速に縮小した後、おおむね横ばいで推移している。これを取引相手方別にデータが入手可能な13年末以降でみると、銀行向け、銀行以外の金融機関向け、非金融企業向けの全てで15年以降おおむね横ばいとなり、17年以降は銀行以外の金融機関向けと非金融企業向けで増加傾向にあるが、そのスピードは緩やかである。したがって、銀行部門全体を通じた外的ショックの国際的伝播の可能性が、近年特に高まっている状況は確認できない。なお、銀行部門の海外債権について、銀行の本店(本部)所在国別にみると、日本では一貫して増加傾向にあり、アメリカでは世界金融危機後一度大きく増加した後ほぼ横ばい、ドイツでは世界金融危機後減少している。

第1-2-32図 銀行の海外債権
第1-2-32図 銀行の海外債権

(世界主要国の国際債務証券)

企業の対外債務には、外国銀行からの借入のほかに、企業が居住国以外で発行した債券である国際債務証券がある。世界51における企業の国際債務証券残高は、2000年以降増加の一途をたどっている(第1-2-33図)。世界金融危機後は、それ以前よりも早いスピードで増加しており、08年末時点で1.6兆ドルだった国際債務証券残高は、17年にはその2倍以上の3.5兆ドルを超えている。このうち新興国全体は、5,000億ドル台に過ぎず、世界全体に占めるシェアは大きくない。ただし、新興国企業の国際債務証券の発行残高は、世界金融危機後に急増しており、08年末時点と比べると、17年には発行残高は3倍以上となっている。また、新興国全体に占める中国のシェアは約5%と低い52

第1-2-33図 世界の国際債務証券残高(居住ベース)
第1-2-33図 世界の国際債務証券残高(居住ベース)

国際債務証券の発行残高の集計方法には、居住ベース(Resident Issuer)と国籍ベース(Nationality Issuer)の二種類がある。居住ベースとは、証券発行者の居住ベースで集計した数値であり、例えば、本社をA国に置く企業の子会社がB国にあり、その子会社が発行した国際債務証券はB国の国際債務証券発行残高として計上される。居住ベースの数値は、国際収支統計や国民経済計算(GDP統計)に沿った考え方に基づいている。しかし、さきの例でいえば、最終的に債務を負うのはA国の本社である場合が多いと考えられ、居住ベースでは、A国の債務規模を過小評価している可能性がある。これに対し、国籍ベースは、債務に係る実際の決断を下す会社(親会社)が存在する国に計上されることになる。B国に立地する子会社が発行した国際債務証券は、本社のあるA国の債務として計上される。すなわち、居住ベースが債務の直接借入を行った者を示す一方、国籍ベースは最終的に債務を負担する者を示す。

まず、国際債務証券の発行残高を居住ベースでみると、2000年以降、日本を除く国でほぼ一貫して上昇傾向にあり、中でも15年頃から、アメリカと中国の増加が顕著である(第1-2-34図)。14年末と17年末時点の発行残高を比較すると、アメリカでは1.5倍以上、中国では2倍以上に増えている。また、17年末時点では、アメリカ、フランス、英国、カナダで全体の発行残高の半分近くを占めている。

第1-2-34図 国別にみた企業の国際債務証券発行残高(居住ベース)
第1-2-34図 国別にみた企業の国際債務証券発行残高(居住ベース)

次に、国籍ベースで国際債務証券の発行残高をみると、カナダ以外の主要国では17年時点で、国籍ベースの発行残高が居住ベースよりも高くなっている。このことは、多くの主要国の企業が本社ではなく、海外子会社(Foreign Affiliates)を通じて国外で国際債務証券を発行していることを意味している。最終的な債務の負担先を示す国籍ベースでみても、アメリカと中国における増加が近年顕著である(第1-2-35図)。

第1-2-35図 国別にみた企業の国際債務証券発行残高(国籍ベース)
第1-2-35図 国別にみた企業の国際債務証券発行残高(国籍ベース)

(新興国の国際債務証券)

新興国企業の国際債務証券の発行状況を、居住ベースと国籍ベースでみると、世界金融危機後、両者の発行残高の差が急速に広がっており、17年末時点で国籍ベースの残高は、居住ベースの2倍を超えている。特に中国は、新興国全体と比べて更にその差が大きく、17年末時点で、居住ベースで約290億ドル、国籍ベースではその15倍の約4,310億ドルとなっている(第1-2-36図)。このような急激な国際債務証券の増加は、外的ショックへのぜい弱性を増幅し、金融安定性に懸念を生じさせるとの指摘もある53

第1-2-36図 国際債務証券発行残高(居住ベース、国籍ベース)
第1-2-36図 国際債務証券発行残高(居住ベース、国籍ベース)

新興国のうち、いわゆるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)について、企業部門の国際債務証券の通貨別シェア(国籍ベース)をみると、ドル建てがそのほとんどを占めており、中国とブラジルでは約9割がドル建てであり、最も割合の低い南アフリカでも6割を超えている(第1-2-37図)。このため、新興国の国際債務証券は、特にドルと自国通貨との間の為替変動に左右されやすい。

第1-2-37図 BRICS企業の国際債務証券の通貨別シェア
第1-2-37図 BRICS企業の国際債務証券の通貨別シェア

また、BRICS企業の国際債務証券について、固定金利とその他の金利(変動、物価連動等)が占める割合(国籍ベース)をみると、固定金利の割合が圧倒的に高く、南アフリカを除き9割を超えている(第1-2-38図)。このため、今後、主要国の金融政策の変更等により金利が上昇した場合には、新興国の国際債務証券が売られやすくなり、新興国企業の資金調達を困難にする可能性がある点に留意が必要である。

第1-2-38図 BRICS企業の国際債務証券の金利種類別シェア
第1-2-38図 BRICS企業の国際債務証券の金利種類別シェア

(金融の国際的伝播の評価)

銀行の海外貸付については、世界金融危機後に減少した後、急激な変動はみられず、安定した推移となっている。このため、銀行部門を通じたリスクの国際的伝播の可能性が世界金融危機後高まっている状況は確認できない。

一方で、企業の銀行借入以外の対外債務である国際債務証券の発行残高は、世界金融危機後、増加を続けている。これは、前述した社債市場の拡大とも整合的である。ここでは国際債務証券の動向について、特に新興国企業を中心に確認してきた。国際債券市場の拡大は、金融市場が未発達な国の企業による金融へのアクセスを向上させる一方で、一国の金融市場の状態や信用リスクが国境を越えて伝播する可能性を高めている54。新興国企業の国際債務証券の大半はドル建てであるため、急激な自国通貨の下落は、企業の実質的債務負担を増加させるほか、更なる新興国企業の国際債務証券の売りを呼ぶ可能性もある。また、新興国の国際債務証券への主な投資家は少数の大規模な資産運用会社であることから、それらが同じ投資戦略をとった場合、証券の価格変動を増幅させる可能性もある55。このため、近年の国際債務証券残高の増加は、国際的伝播の観点から新興国のぜい弱性を高めている可能性がある。さらに、債務者である新興国企業のみならず、債券の保有国においても、急激な為替変動といった外的ショックにより新興国企業の国際債務証券の価値が下落すれば、資産効果を通じて経済に悪影響が及ぶ。また、貸手の貸出行動は、借り手のバランスシートの状況に左右されるため、国際債務証券の価格下落に伴う実質的な債務負担増加による借り手企業のバランスシートの悪化は、貸手の貸出行動を抑制し、企業による設備投資等の減少につながる。これにより、更に保有資産の価格が下落した場合、企業のバランスシートは一層悪化し、実体経済の変動が増幅されることにもなる56 57


18 第1章における「先進国」は、特記しない限り、オーストラリア、カナダ、デンマーク、日本、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン、スイス、アメリカ、英国、ユーロ圏(19か国)を指す。また、「新興国」は、特記しない限り、アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、チェコ、エジプト、ガーナ、香港、ハンガリー、インド、インドネシア、イスラエル、ケニア、韓国、マレーシア、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、ポーランド、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、南アフリカ、タイ、トルコを指す。
19 第1章では「ドル」は「米ドル」を指す。
20 IMF (2017)は、国別の家計部門の債務残高・GDP比と金融市場の発展度合には、正の相関関係があると指摘している。
21 ユーロ圏全体のデータが存在しないため、ユーロ圏の主要国として、ドイツ、フランス、イタリア、スペインのデータを示している。以下、ユーロ圏全体のデータが存在しない場合は同じ。
22 BIS (2018)
23 BISでは、長期トレンドを非公表のデータを用いて国ごとの20年移動平均値としているが、ここでは、99年から17年7~9月期までの平均値を長期平均としている(Aldasoro et al.(2018))。
24 BISは、家計部門のDSRを金融危機の早期警戒指標(EWIs:Early Warning Indicators)の1つに挙げている(Aldasoro et al.(2018))。
25 IMF (2016b)
26 IMF (2018)
27 例えば、Cerutti et al.(2015)は、家計債務に占める住宅ローンの割合の国ごとの差は、経済や金融市場の発展の度合いの差を反映していると指摘している。
28 このほか、零細企業のファイナンスを目的とする債務もある。例えば、インドの都市部における家計部門の債務の5分の1は、事業関連の債務である(IMF (2017))。
29 実質住宅価格指数は、消費者物価指数により実質化されている。
30 長期平均は、80年以降からPIRが存在する場合は全データを、80年より前からデータが存在する場合は80年以降のデータを平均している。
31 主要国のうち中国は、OECD.Statにデータが存在しないため、名目住宅価格は一人当たり居住面積(都市部)に1平方メートル当たり販売価格を乗じた値を、一人当たり可処分所得は都市部一人当たり可処分所得(暦年)を用いて住宅価格・所得比を算出し、これを長期平均で標準化している。長期平均は、データが存在する95年以降(96年、13年、14年は欠損)のデータを用いている。17年の一人当たり居住面積は未公表のため、16年の値を用いて推計している。
32 Bank of Canada (2018), Bank of Canada (2015)
33 例えば、貸出におけるLTV(Loan to Value Ratio:不動産の評価額に対する借入金の割合)の上限値の引下げを実施した。
34 Reserve Bank of Australia (2016a), Reserve Bank of Australia (2016b)
35 例えば、投機目的の投資に関する規制の強化やLTVが高い貸出の抑制を行っている。
36 OECD (2018)
37 IMF (2018)
38 例えば、LTVの引下げや、監督で使用するツールとしてDSRを新たに導入した。
39 家計部門と企業部門の合計。
40 OECD (2017a)
41 投資適格債は、BBB-以上をいう。
42 デュレーションは、金利の変化に対する債券価格の感応度を表す。
43 第1-2-28図における新興国には、アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、チェコ、香港、ハンガリー、インド、インドネシア、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、ポーランド、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、南アフリカ、タイ、トルコが含まれる。
44 OECD (2017c)
45 内閣府(2017)
46 BIS では、企業部門のDSRは、家計部門のDSRと異なり、金融危機への早期警戒指標(EWIs:Early Warning Indicators)としては位置付けられていない。また、債務残高の規模が世界最大である中国のデータが存在しない点に留意が必要。(Aldasoro et al.(2018))
47 Rohn, O. et al.(2015)
48 例えば、Rohn, O. et al.(2015)や Aldasoro et al.(2018)。
49 国際債務証券とは、借入者が居住する国以外の市場で発行した債券をいう。
50 ここでは、BIS Consolidated Banking Statistics(CBS)を用いている。CBSでは、国際業務を行うグループ内の銀行同士のポジションを除いた海外支店の保有する債権(Claim)も含め、当該銀行の本店(本部)がBISに報告を行っている。また、債権が発生した国については、直接の借入者の居住国ではなく、当該債務の最終的な保証者の居住国又は銀行の本店のある国に計上されるUltimate Risk Basisのデータを用いている。
51 ここでの世界は、BISに報告を行っている全ての国をいう。
52 新興国の中でも最も発行残高が多い国は、メキシコである。
53 Gruić and Wooldridge (2014), Mohanty, M. S.(2014)
54 OECD (2017a)
55 Mohanty, M. S.(2014)
56 Rohn, O. et al.(2015)
57 いわゆる「ファイナンシャル・アクセラレータ効果」。

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