第1章 民間債務からみた世界経済のリスクの点検(第3節)

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第3節 民間債務問題の要約と結論

世界の民間非金融部門の債務・GDP比は、世界金融危機直後は低下したものの、その後再び上昇し、現在では金融危機直後に記録したピークを超える水準となっている。先進国全体は、家計部門、企業部門ともに危機後は安定して推移しており、近年の民間債務の高まりは主には新興国、特に企業部門の債務の増加の影響が大きい。以下では、これまでにみてきた家計部門、企業部門それぞれの債務の動向と評価、国際的伝播の可能性について要約した上で、BISによる早期警戒指標である民間非金融部門のDSRと債務・GDPギャップ(Credit-to-GDP Gap)の動向を確認する。これらを勘案した上で、最後に結論を述べることにしたい。

家計部門の債務:  家計部門の債務は、金額、GDP比ともに先進国が新興国に比べ高い水準にある。金額でみると、アメリカとユーロ圏が上位2か国・地域となるが、債務残高・可処分所得比やDSRの長期平均からのかい離をみると、世界金融危機後おおむね低下傾向を示している。また、それらの住宅価格の上昇速度は世界金融危機前に比べ緩やかであり、PIRやPRRをみても長期平均からの大幅な上方かい離はみられない。こうした経済規模の大きい国・地域の動向からみて、直ちに家計部門の債務を契機とする危機が発生する様子はうかがえない。ただし、カナダ、オーストラリア及び韓国では、債務残高・GDP比が上昇し、DSRは長期平均からかい離傾向にある。また、カナダ及びオーストラリアではPIRとPRRの長期平均からの大幅な上方かい離もみられる。

企業部門の債務:  企業部門の債務残高・GDP比は、14年以降新興国が先進国を上回っており、この債務の増加は新興国の中でも中国に起因するところが大きい。中国を除く主要国の債務残高・GDP比をみると、近年、多くの国で急激な上昇はみられていない。中国では、世界金融危機後に急激に債務残高・GDP比が上昇しており、その水準も他国と比較して非常に高い。ただし、企業部門の債務の大部分は国有企業によるものであり、国有企業改革も進められる中、債務残高・GDP比は16年半ば以降、高水準でおおむね横ばいとなっている。

また、企業債務のうち、世界的に社債の発行残高が増加を続けている。低金利による投資家のリスク選好の高まりを受け、社債の低格付化とデュレーションの長期化が進んでおり、今後仮に急激に金利が上昇した場合には、以前と比べ大きく債券価格が下落する可能性がある。

国際的伝播:  銀行の海外債権は、世界金融危機後、安定して推移しており、国際的伝播のリスクが銀行のバランスシートにおいて高まっている状況は確認できない。

他方、企業の国際債務証券は、世界金融危機後、世界的にその発行が増加しており、残高では先進国の割合が高いが、新興国で急増している。企業部門の債務が世界最大である中国を始めとする新興国では、海外子会社を通じた債券発行による対外債務が積み上がっている。加えて、新興国の国際債務証券の大部分はドル建てであり、為替変動の影響を受けやすい。

新興国が国際債務証券の発行により対外債務を急増させている状況は、発行残高は先進国に比べ少ないものの、新興国における経済的ショックがより世界経済に伝播しやすい状況をつくりだしている。

(早期警戒指標による評価)

最後に、家計部門と企業部門の債務を総合して評価する指標であり、BISが金融危機に対する早期警戒指標(EWIs: Early Warning Indicators)として位置付けている指標58を2つ取り上げたい59。早期警戒指標として有用であるためには、危機発生前に政策対応がとれるよう、危機発生の相当程度前に当該指標が危機発生の兆候を示す必要があり、BISでは危機発生の3年(12四半期)以内に危機の兆候を表す指標を早期警戒指標としている60

まず1つ目の指標として、家計部門と企業部門の合計である民間非金融部門のDSRを取り上げる。BISによれば、検証した早期警戒指標のうち、特に直前の3四半期で他の指標と比較して高い予測力(Predictive Power)を有しており、有効な早期警戒指標とされている61。また、高水準のDSRは、金融危機が発生しなかった場合でも、消費や投資に強いマイナスの影響を与え得るとされる62

民間非金融部門のDSRについて、データが入手可能な99年以降の長期平均からのかい離を確認すると、アメリカや英国を始めとして多くの国で、世界金融危機発生前に急激にDSRが上昇している(第1-3-1図)。世界金融危機後は、フランスとオーストラリアでは長期平均を幾分上回り、中国及びカナダでは長期平均を大きく上回っているが、それ以外の主要国では長期平均近辺又は平均以下にある。特に、アメリカ、英国、ユーロ圏の中でもドイツやスペイン、日本では、長期平均を下回る水準での推移が続いている。

第1-3-1図 国別にみた民間非金融部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)
第1-3-1図 国別にみた民間非金融部門のデット・サービス・レシオ(長期平均からのかい離)

次に2つ目の指標として、債務・GDPギャップ(Credit-to-GDP Gap)を取り上げる。債務・GDPギャップは、家計部門と企業部門を合わせた民間非金融部門の債務残高のGDP比が、その長期トレンド63からどの程度かい離しているかを示した指標であり、BISが検証した早期警戒指標のうち最も長期にわたり最も高い予測力を有している64

BISでは、債務・GDPギャップがその水準に到達した場合に3年(12四半期)以内に金融危機が起こる可能性が高い閾値を「9%ポイント」としている65。過去の金融危機においては、そのうちの80%で3年前までに債務・GDPギャップが9%ポイントを超えている。この債務・GDPギャップの動向をみると、17年7~9月期時点で9%ポイントを超えている主要国は、中国とカナダの2か国である(第1-3-2図)。中国は直近では12年4~6月期に9%ポイントを超え、16年1~3月期をピークにその後低下傾向にある。カナダも15年1~3月期に9%ポイントを超え、16年7~9月期をピークにギャップは低下傾向を示している。その他の国では9%ポイントを下回る水準で推移しており、アメリカ、ユーロ圏、英国、オーストラリアは長期トレンドであるゼロを下回っている。

債務・GDPギャップは、中国とカナダで金融危機が起こりやすい状況となっている可能性を示唆しているが、両国とも16年には低下に転じており、金融危機発生の可能性が年々高まっている状況にはない。

第1-3-2図 国別にみた債務・GDPギャップ
第1-3-2図 国別にみた債務・GDPギャップ

これまでみてきた各種指標の動向を勘案すれば、先進国では、総じてみれば世界金融危機前のような急激な民間債務の積上がりや住宅価格の上昇は確認されず、オーストラリアやカナダといった一部の国を除き、安定して推移している。新興国では、企業部門の債務の増加に注意を要するが、その大きな要因は中国にある。中国では近年、企業の債務残高に関する各種指標は頭打ちとなっているが、依然として水準は高く、注視が必要である。また、新興国企業は、先進国に比べ規模は大きくないが、対外債務を増加させており、新興国における経済的ショックが、以前に比べ世界経済に伝播しやすい状況となっている可能性がある。

民間債務が高い水準にある中で、金融面でのぜい弱性を低減させ、危機が発生した場合の経済の回復力(Resilience)を高めるためには、総合的な政策アプローチが重要である66。まず、マクロ・プルーデンス政策は、成長を阻害しない形で債務の持続可能性を維持するために有用である。国際的伝播の観点からは、マクロ・プルーデンス政策の国際協調も重要である。また、銀行以外のノンバンクによる金融仲介も活発化する中では、シャドーバンキングへのリスクの転嫁や、暗黙の銀行保証等によるノンバンクから銀行部門へのリスクの波及にも留意する必要があり、ノンバンクの監視・監督の重要性が増している。世界的に住宅価格が上昇傾向にある中で過度に急激な住宅価格の上昇を抑えるためには、土地利用規制の見直し等による住宅供給促進といった住宅政策が有効となる。また、エクイティ・ファイナンスを促進する政策は、企業のレバレッジを低下させ、資金調達手段を多様化させると考えられる。さらに、資本配分の効率性を高めるためには、国有企業に対する暗黙の債務保証といった一部企業に対する過度な競争上の優位性の付与や、企業の破産スキームの改善も有用である。このように、民間債務残高が高まる中では、金融機関への規制のみではなく、住宅市場や企業の資金調達環境の改善に関する政策も含め、幅広い政策対応が求められている。


58 家計部門の債務負担の評価で取り上げた家計部門のDSRも、EWIsの1つと位置付けられている(Aldasoro et al.,2018)。
59 早期警戒指標には幾つかの留意点がある。BISは、金融危機発生の警鐘を鳴らす閾値を超えている場合でも、その後3年以内に危機が実際には発生しなかった場合も多くあること、また、早期警戒指標は、過去の経験に基づくものであり、その後の構造変化(例えば、マクロ・プルーデンス政策の発展)は考慮されていないこと、閾値は各国共通であり、各国固有の事情を考慮していないこと、金融危機の警鐘を鳴らす閾値は過度に重視すべきではなく、早期警戒指標を単独で分析に用いるべきではないことなどを指摘している。(Aldasoro et al.(2018))
60 早期警戒指標でその水準を超えると危機発生の兆候を示す閾値を設定する場合に、2種類の誤りが生じ得る。1つは危機発生前にシグナルを発しない誤り(第一種の過誤)であり、もう1つは危機が発生しないにもかかわらずシグナルを発する誤り(第二種の過誤)である。第一種の過誤を低く抑えるためには閾値を低めに設定する必要がある一方、第二種の過誤を低く抑えるためには閾値を高めに設定する必要があり、これら2種類の過誤はトレード・オフの関係にある。BISの早期警戒指標では第二種の過誤を最小化しつつ、過去における少なくとも3分の2の危機にシグナルを発するよう閾値を設定している。(Aldasoro et al.(2018))
61 Aldasoro et al.(2018)
62 BIS (2018)
63 民間非金融部門の債務残高・GDP比の長期トレンドは、スムージング・パラメターを400,000としたHPフィルターにより抽出されている。
64 Aldasoro et al.(2018)
65 Aldasoro et al.(2018)
66 OECD (2017a)

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