第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第4節)
第4節 アジア経済
1.中国経済の動向
中国では、2015年10月に開始された小型乗用車減税や16年に入り大幅に増加したインフラ投資等の各種政策効果もあり、景気は持ち直しの動きがみられる。低下を続けていた実質経済成長率は、16年10~12月期前年比6.8%、17年1~3月期同6.9%となった(第2-4-1図)。
他方、15年10月までの政策金利の引下げや株式市場からの資金流入等を背景に、不動産価格はバブルとの指摘もなされており、16年以降相次いで価格抑制策が実施されてはいるものの、価格高騰は依然として続いている。
こうしたなか、政府は、17年3月の全国人民代表大会(全人代)1において、経済・社会の安定をより重視した上で、17年の実質経済成長率を6.5%前後、都市部新規就業者数を前年差100万人増の1,100万人とするなどの目標を掲げた。また、過剰生産能力・不動産在庫・過剰債務の解消等を重点課題に掲げ(第2-4-2表)、安定を重視しながらも改革を強く進める姿勢を示した。
以下では、最近の中国経済の動向を17年重点課題の関連項目に触れながら概観し、今後の見通しとリスクを点検する。
(1)個人消費は伸びがおおむね横ばい
小売総額(実質値)は、自動車販売の伸びの鈍化等もあり、16年後半以降伸びがやや低下していたが、17年半ばごろからは、おおむね横ばいでの推移となっている(第2-4-3図)。インターネット販売は、利便性による利用拡大や農村部での取引浸透等により20%以上の成長が続いている(第2-4-4図)。その一方で、自動車の小売動向2をみると、小型乗用車減税の減税幅縮小3に伴う反動もあって、17年に入り伸びがやや鈍化しており、出荷ベースの販売台数も弱い動きとなっている(第2-4-5図)。ディーラーにおいて在庫が増加していることから、減税幅縮小分の値引きを行うことにより販売台数を維持するといった動きもあると言われている。
17年半ばごろの動きは弱いものの、17年末に乗用車減税が終了するため、年末に向け再び駆け込み需要が生じると予想されている。なお、中国汽車工業協会は17年通年の販売台数を前年比5%増の2,940万台と予測している。
自動車販売は足元ではやや弱い動きとなっているが、自動車市場の中長期的な潜在力は大きい。16年の自動車販売台数は2,800万台を突破し、世界に占めるシェアは約3割と中国の自動車市場は世界最大となっている(第2-4-6図)。また、16年の販売台数は、前年と比べ約337万台増加しており、これは英国一国の年間販売台数に相当する規模である。しかし、1,000人当たりの自動車保有台数は134.2台(16年)にとどまっており、アメリカ(790.0台(14年))や日本(609.0台(16年))と比べると依然少なく、中間層の拡大等を背景に、自動車市場は中長期的に拡大を続けると予想される。新車販売の約9割を年間所得5万元超の層が占めているとの指摘4もあるが、この所得層が内陸部でも増えつつあり、自動車市場の拡大に寄与すると考えられる。
中国経済の成長率が低下するなか、投資主導から消費主導の経済への転換を図るためには、良好な雇用環境と所得の上昇に支えられた消費の持続的成長が不可欠である。17年3月の「政府活動報告」でも、都市部新規就業者数の目標を16年と比べ100万人増やすとの雇用重視の姿勢が示されたほか、「所得の伸び率を経済成長率とほぼ同じにする」ことも明記され、消費の持続的拡大が重要との認識が示された。
雇用情勢をみると、17年に入り持ち直しており、国家統計局による製造業PMIの雇用指数は、12年6月以降4年以上にわたり50ポイントを下回っていたが、景気の持ち直しを背景に17年3月にようやく50.0ポイントとなった。また、都市部新規就業者数は17年1~3月期前年比5.0%増となったほか、都市求人倍率は1.13倍となり、足元の雇用環境は改善している(第2-4-7図(1)、(2)、(3))。
求人倍率上昇の背景には、12年から生産年齢人口(15~59歳)が減少し始め、労働需給がタイト化しやすいといった構造要因のほか(第2-4-8図)、インフラ関連投資等の各種政策効果により雇用が創出されていると考えられる。求人倍率を地域別にみると、中部及び西部の上昇が顕著となっている。農民工(出稼ぎ労働者)5の動きをみると、農民工に占める外出農民工のシェアは徐々に低下しており、16年には60.1%となったほか(第2-4-9図)、外出農民工に占める省内の出稼ぎ労働者の割合は、11年52.9%から16年54.7%へと上昇しており、省を越えた出稼ぎより省内の都市に出稼ぎに行く者が徐々に増加していることを示している。地方でも働く場が増えたことや、沿海部の大都市での生活コストの上昇等を背景に、若者の地方回帰がみられる6との指摘もある。
次に、所得の動向をみると、一人当たり可処分所得は、これまで伸びが低下傾向にあったが、上述したような雇用環境の改善を受け、17年1~3月期には前年比7.0%増となり、足元では伸びがやや拡大している(第2-4-10図)。また、一人当たり可処分所得と都市化率7をみると、都市化が進んでいる地域ほど可処分所得が高く、都市化が所得の増加につながっていることがうかがえる(第2-4-11図)。国連によれば、中国の都市化率は2000年には35.9%だったが、15年には55.6%へと上昇しており、35年には71.1%に達すると予測されている(第2-4-12図)。中国政府は、第13次5か年計画において、20年までに3億人を都市部に定住させ、都市人口比率の大幅な引上げを行うとしている。このような中、都市化の進展に伴い所得の安定的な増加が見込まれ、消費の拡大につながることが期待される。
(2)政策に支えられた固定資産投資
固定資産投資は、インフラ関連投資によるけん引が続いている(第2-4-13図)。インフラ関連投資は、16年以降、政府による景気下支えを背景に高い伸びを示しており、17年に入ると更に拡大している。なお、17年4月に公表された雄安新区8の建設は、具体的な内容や実施時期は明らかとなっていないが、実施されれば、今後のインフラ関連投資の拡大に寄与するとみられる。他方、伸びの鈍化が続いていた製造業は16年半ばに底入れし、16年12月の小型乗用車減税の延長もあり自動車が上向いたほか、外需の回復を背景にコンピュータ・通信、電気機械製造といった分野でも伸びが拡大している(第2-4-14図)。16年秋ごろ以降、世界全体の生産と貿易が勢いを増すにつれ中国の生産と輸出も上向いてきており、製造業の固定資産投資の持ち直しに寄与していると考えられる。
また、製造業の生産の動向を産業別(金額ベース)にみると、過剰生産業種の一つである鉄金属加工には、インフラ、不動産、自動車等の分野での需要増等を受け、底入れの動きがみられるほか、自動車やコンピュータ・通信等の伸びが拡大している(第2-4-15図)。品目別(数量ベース)にみると、産業用ロボット、光学機器、集積回路といった高付加価値品目の生産が活発になっている(第2-4-16図)。
投資の中長期的拡大のためには、現在、政府も重視しているインフラ投資への民間参入の促進やハイテク、サービス産業等新たな成長分野の発展が重要と考えられる。
(3)輸出は持ち直しの動き
中国の輸出額は、15年初以降前年比マイナスが続いていたが、17年第1四半期にようやくプラスに転じ、このところ持ち直しの動きがみられる(第2-4-17図)。15年以降、輸出全体を下押ししていた加工貿易9が17年に入りプラスに転じた。この背景には、16年秋ごろから先進国を中心に世界的に生産が急回復したことが挙げられる(第2-4-18図)。
一方、14年後半から減少が続いていた輸入額については、中国経済の持ち直しを受け、16年第4四半期にプラスに転じ、その後伸びが高まっている。原油をはじめとする資源価格の上昇に加え、内外需の持ち直しにより一般貿易輸入及び加工貿易輸入10がプラスに転じたことが影響しているとみられる(第2-4-19図)。
(4)不動産価格と金融市場の動向
不動産価格の高騰や企業債務の拡大を受け、16年12月の中国共産党中央経済工作会議では、不動産市場のコントロールの強化と企業のレバレッジ比率の引下げを重視するとの方針が示された。17年3月の全人代においては、「システミックリスクは総じてコントロール可能」との認識を示しつつも、「不良債権、債務不履行、シャドーバンキング、インターネット金融等のリスクが蓄積しており、厳重に警戒する必要がある」と指摘し、こうした問題への政府の危機感が示された。さらに、OECDも「企業債務の増加、ノンバンクの融資拡大、住宅価格の高騰等に伴うリスクが高まっている」と指摘している11。以下では、不動産価格の動向を確認した上で、重点課題となっている過剰債務の解消等を含む金融市場の動向について概観する。
(不動産価格は高騰)
16年9~10月に続き、17年3月にも不動産価格抑制策12が実施されたほか、人民銀行が短期金利を高めに誘導して引締めを行い、不動産購入に流れる資金管理を強化したこともあり、不動産価格の上昇の勢いは収まりつつあるが、水準としては極めて高く、バブルとの指摘もある(第2-4-20図)。
一級都市ではおおむね横ばいとなっているが、価格上昇が著しい深センでは、住宅価格の対年収比は30倍を超えたとも言われている13。二級・三級都市では、14年前半の水準を超え、上昇が続いている。また、一級都市と二級・三級都市の価格差が顕著となり、二極化が進んでいることが今回の上昇局面の特徴とも言える。
今回の不動産価格の高騰は、15年までの利下げや、15年夏の株価急落に伴う株式市場からの投機資金の流入のほか、深センにみられるような人口流入による実需の増加等が要因と考えられる。また、中国で投機資金が不動産市場へ流入する背景には、他に良質な投資商品がないといった事情があると言われている。
投資目的で複数の不動産を保有する者がいる一方、居住用の住居が購入できないといった弊害も出つつある中、16年12月の中国共産党中央経済工作会議では、「住宅は住むものであり、投機するものではない」と指摘した上で、不動産価格高騰の抑制と大幅な変動の防止のため、価格上昇圧力が大きい都市における土地供給の拡大や周辺都市の発展等を推進するとしており、当局は緩やかな価格調整に向け対応していくものとみられる。
不動産価格の下落が大幅・長期化した場合、不動産開発投資の低迷による鉄鋼生産の減少や資産価値の目減りによる消費への悪影響等、実体経済へのマイナスの影響は大きい。場合によっては、社会不安にもつながりかねない。また、地方政府の財政収入の減少や銀行の不良債権の拡大といった弊害も予想される14。不動産価格が急落した場合の影響は多方面にわたることから、その動向には注視が必要である。
(金融市場の動向)
4兆元の景気対策を機に過剰債務問題が顕在化し、その後も企業債務は拡大し続けている(第2-4-21図)。非金融民間部門(国有企業を含む)の債務残高GDP比をみると、16年末時点で210.6%となっており、95年の日本の水準(221.0%)に迫る勢いとなっている(第2-4-22図)。企業債務の多くを国有企業が占めているが、国有企業は、景気対策としてインフラ事業等を実施する際、収益性が低くても資金を調達して投資を拡大させる傾向があることや、金融機関からみると暗黙の政府保証を期待でき、与信を増加させやすいといった事情も、国有企業のレバレッジ比率の上昇に影響してきたと考えられる。
こうした中、政府は、企業のレバレッジ比率の引下げを最重要課題とし、特に国有企業を対象に、企業の合併・再編、業績不振企業の整理、デット・エクイティ・スワップの実施等に着手している。
次に、貸手側である商業銀行の不良債権についてみると、商業銀行の不良債権残高15の拡大は景気の持ち直し等を背景にこのところ歯止めがかかっており、不良債権比率は1.74%と低く、要注意債権(「関注」)を入れても5.51%にとどまっている(第2-4-23図)。不動産価格の調整や景気の緩やかな減速が見込まれるなか、今後も不良債権の動向には注視が必要である。
他方、理財商品16は拡大の一途をたどっている(第2-4-24図)。理財商品は販売元の銀行では大半がオフバランス扱いとなっているものの、破たん時の損失について「銀行が暗黙の補償をしている」と多くの投資家が考えているとされ、銀行の隠れ債務とみられている。集められた資金の投資先も不動産業や建設業の割合が高く、不動産価格の高騰を後押ししたとも言われる。理財商品は、リスクの所在や程度が把握しにくいといった問題があるほか、不動産価格の調整の程度によっては、元本回収が困難になる場合も増加するとみられる。
こうした中、中国の中央銀行に当たる中国人民銀行は、16年より銀行の資本、レバレッジ、流動性等の項目を評価する総合的な管理制度(マクロプルーデンス評価)を導入し、17年以降はオフバランスの理財商品も評価項目の貸出(広義)に含む旨を公表した。これを受け、中国銀行業監督管理委員会は、各行にリスク管理に関するレポートを7月に提出するよう通知を発出した(17年4月7日)17。こうした措置18により、金融規制の整備が進み、今後リスクがより把握しやすくなることが期待される。
次に、金融政策についてみると、金融政策は、従来の緩和的な「穏健」から、より中立的な「穏健中立」に転じ、人民銀行も資産バブルの抑制と経済・金融リスクを阻止する姿勢を示した。しかし、景気の減速傾向が続き、既に主要都市の不動産価格が横ばいとなっている状況下では、大幅な金融引締めには動きにくいともみられ、中国人民銀行は、MLF金利19の引上げ等銀行間金利の高め誘導を行うにとどまっている(第2-4-25図)。
大幅な金融引締めが難しい状況の中、アメリカの利上げ観測等を機に元の先安感が広がり、アメリカが1年ぶりに利上げを行った16年末には、元安が8年ぶりの水準にまで進んだ(第2-4-26図)。これに対し当局は、為替介入のほか海外への送金や投資に対する監督強化等の資本規制20を強化し、17年に入って以降は元の減価は落ち着いている。また、2年半で約1兆ドル減少した外貨準備高も、17年1月を底に急速な減少に歯止めがかかっている(第2-4-27図)。
(5)供給側改革の進捗
16年12月の中央経済工作会議及び17年3月の全人代では、供給側改革21の重要性が繰り返し強調され、鉄鋼及び石炭については、過剰生産能力の解消、合併・再編、債務再編、破産清算によるいわゆる「ゾンビ企業」の淘汰等を効果的に推進することが表明された。また、石炭火力発電の生産能力を5,000万キロワット以上削減する方針が新たに打ち出された。なお、16年の活動の回顧の中で、統計には反映されない地条鋼(既定の品質を満たさない違法鋼材(コラム参照))の生産・販売等を厳しく取り締まった旨報告された。
粗鋼及び石炭の16年の削減実績と17年の目標は第2-4-28表のとおりであるが、中国国家発展改革委員会の発表22によれば、17年5月末時点の削減実績は、粗鋼が4,239万トン(17年の目標の84.8%)、石炭が9,700万トン(同65%)であり、これまでのところ目標を十分達成できるペースで進められていると考えられる。ゾンビ企業の淘汰についても、3年間で完了する旨が公表(16年5月)されており、過剰生産能力の削減とその産業における企業の円滑な再編等が期待される。
2.中国経済の見通しと主なリスク
(政策効果に支えられ持ち直しの動きが続く)
中国経済は、小型乗用車減税やインフラ関連投資等の各種政策効果もあり、当面は持ち直しの動きが続くものと見込まれる。また、雄安新区の開発や付加価値税(増値税)の税率区分の簡素化等による減税23も公表されており、これらについても一定の景気下支え効果が期待される。
他方、現在の景気の持ち直しは自律的なものではなく、もっぱら政策効果によるものであり、年後半以降は息切れするとの見方もある。
国際機関の見通しをみると、政策の軸がより構造改革に移されるにつれ成長率は低下し、18年には6%台前半へと鈍化が見込まれている(第2-4-29表)
景気に持ち直しの動きがみられる中、いかに投資から消費への構造転換を図り、自律的な回復に導いていくかが重要になってくる。17年秋には中国最大の政治イベントである中国共産党第19回全国代表大会を控えており、今後の経済運営の方向性についても議論が行われるとみられる。中国経済の安定成長の実現に向けた政策が着実に実施されていくことが期待される。
(主なリスク)
中国経済は、不動産価格や過剰債務問題を含む金融市場の動向等によっては、景気が下振れするリスクがある。
不動産価格は、価格抑制策の効果もあり、今後一定の調整が見込まれるが、調整の程度によっては、個人、企業、地方政府いずれにおいても、逆資産効果等により消費や投資等の減少につながるおそれがある。また、不良債権比率は、このところ上昇に歯止めがかかっているものの、企業の債務残高や理財商品残高は拡大の一途をたどっている。不動産価格の大幅な変動や過剰債務問題は、銀行のバランスシートの毀損、銀行の融資姿勢の慎重化、金融システムの不安定化をもたらすなど、様々な経路を通じて経済成長を阻害することになりかねない。不動産価格や過剰債務問題を含む金融市場の動向等には注意が必要である。
コラム2-2:地条鋼の問題
鉄鋼の過剰生産能力の削減においては、既に生産停止となっていた設備が削減実績に含まれているのではないかといった指摘があるほか、「地条鋼」と呼ばれる問題がある。地条鋼は、規定の品質を満たさない違法鋼材であり、16年以降、政府は取締りを強化した。また、17年3月の政府活動報告でも触れられている。以下では、地条鋼問題の現状と鉄鋼の過剰生産能力削減との関係について概観する。
地条鋼とは、鉄スクラップ等を電炉で溶かして製造した粗悪な品質の鋼材であり、生産自体が違法なため、生産統計や鉄鋼の生産能力削減計画に含まれていない。しかし、その生産能力は、15年時点で約1億トンにも及び、日本の粗鋼生産能力に相当する規模である。16年の粗鋼の生産能力削減実績及び17年の削減目標はそれぞれ6,500万トン、5,000万トン前後となっているが、これらの数字に地条鋼の生産能力は含まれていない。しかし、市場には出回っていることから、違法な生産というだけでなく、安価な材料として正規の鋼材の需要を奪ったり、規模が大きいため相場をかく乱しかねないといった懸念もある。
こうしたなか、政府は、17年6月までに地条鋼の生産を徹底的に取り締まり、7月以降は、取締りを受けた工場の閉鎖状況や設備の撤去状況等の点検作業を行うとした。地条鋼の生産業者は500社以上に及ぶとの指摘もあるが、中国国家発展改革委員会の発表(注1)によれば、5月2日から26日にかけて各地で取締りを実施し、地条鋼の生産は全て停止されたとのことである。
中国では、600社以上もの鉄鋼メーカーが存在しており、政府の管理を行き届かせることが容易でない(注2)ほか、鋼材価格が回復すると中小規模の鉄鋼メーカーが稼働を再開するという動きもある。加えて、500社以上の違法な地条鋼生産業者の閉鎖といった課題にも直面している。このような難しい環境の中、既に生産停止となっていた生産能力ではなく、実質的な生産能力の削減と地条鋼問題の解決がいかに進められるのか、中国政府の今後の取組が注目される。
(注1)17年5月15日。
(注2)現地日系企業からのヒアリングによる。
コラム2-3:中国のイノベーションの現状と深センの動向
「アジアのシリコンバレー」又は「紅いシリコンバレー」とも呼ばれる深センが、最近特に注目されている。中国国内のみならず海外からも多くの人が入り、著しい数の起業が行われ、中には通信機器等の分野における世界的企業も現れるようになっている。かつては模倣の街とも言われた深センだが、今では電気・電子分野をはじめとする多様な産業において、製品の研究開発から部品の生産・組立まで全ての工程を可能にする環境が整っており、イノベーションの集積地となっている。以下では、中国のイノベーション政策の現状を確認した上で、イノベーションを代表する街、深センの特徴を概観する。
1.中国のイノベーション政策
中国のイノベーション政策は、第二次胡錦濤政権(06~11年)にさかのぼる。同政権は、投資や輸出に頼った従来の経済成長モデルから、イノベーション主導の経済成長モデルへの転換に着手した。R&D投資のGDP比を06年の1.4%から20年に2.5%へ引き上げることなどを含む「国家中長期科学技術発展計画綱要(06~20年)」(06年2月公表)やR&D要員の増加等を含む「国家中長期人材発展計画綱要(10~20年)」(10年6月公表)といった計画が発表された。
15年5月には、製造業の高度化を目指す10年間の行動計画「中国製造2025」が発表されたほか、第13次5か年計画の中でも、イノベーションを発展の中核に据えるとされ、向こう5年間の発展を導く理念として高い位置付けが与えられている(注1)。
17年3月の「政府活動報告」でも、「改革とイノベーションに頼る以外に活路はない」との認識の下、イノベーションによる実体経済のパターンの転換と高度化(注2)を重点課題に掲げている。起業についても、大衆による起業・革新をサポートするサービスを整備するとしている。
なお、17年4月に発表された「雄安新区」の開発の目的には、北京の首都機能以外の機能の分散のほか、イノベーションにより河北省経済をけん引していくとの目的も含まれている。
2.中国のイノベーションをめぐる現状
上記の政策等を受け、R&D投資が拡大したことにより(注3)、中国に対する海外からの評価が高まっている。グローバル・イノベーション・インデックス(注4)をみると、中国は13年35位から17年22位へとランキングが上昇している(表1)。また、ネイチャー・インデックスによれば、科学専門誌に掲載された論文数で、中国はアメリカに次いで2位となっている(日本は5位)。PCT(特許協力条約)に基づく特許の出願件数をみても、日本を追い越す勢いをみせている(図2)。中国のPCT出願件数を都市別でみると、深センが2位以下を圧倒する件数となっており、イノベーションにおける深センの存在感がはっきりと表れている(表3)。
なお、起業についてグローバル・アントレプレナーシップ・モニターによる総合起業活動指数(注5)をみると、12年以降日本は4%前後、アメリカ及び中国は13%前後となっており、中国はアメリカと並んで開業率が高いことが分かる。
3.深センの特徴
深センは、トウ小平の改革開放政策の下で特区に指定された後、多くの外国資本をいち早く受け入れ、世界の工場の礎を築きながら急速に発展した。一人当たりGDPを一級・二級都市の中で比較すると、深センは長年1位を保っている(図4)。
深センは、若年層と移住者が中心であり、生産年齢人口が全体の83.2%(15年)を占めている。また、有力ベンチャーが多数存在することもあり、イノベーションにふさわしいマインドをもった有能な人材が集まることから、企業からみると必要な人材を確保しやすいという特徴もある。
中国は開業率が高いが、中でも深センは特に起業熱が旺盛と言われている。起業が活発な理由として、(1)サプライチェーンが確立されている、(2)投資マネーが世界から入ってくる、(3)シェアオフィスや作業スペースの提供等行政による起業支援がある、といった点が挙げられる。これらに加えて、物資の調達に要する時間が非常に短いという強みもある。100km圏内に製品設計から部品調達、組立生産、品質検査等のサプライチェーンに関わる企業が集中しているほか、存在しない部品でも製作できる会社が必ず存在し、数週間後には試作品が完成し、数か月後には量産体制が確立されると言われる。実際、新しいアイデアを製品化するのにシリコンバレーでは3週間を要するのに対し、深センでは48時間でできるとの指摘もある(注6)。サプライチェーンが確立し、かつスピードが速いというのは、ハードウェアを開発する上で非常に有利と言えよう。
4.まとめ
中国では知的財産権の保護が十分ではないといった指摘や製品の品質がまだ十分ではないとの見方もある中、上述の深センの強みやイノベーションにおける深センの将来性等に着目し、中国国内の有力な大学のみならず、欧米の大学も深センに進出し、産学連携による研究開発等の取組が行われている。日本においても、日本の対中直接投資は減少が続いているものの、中国企業の製品の質や技術力等を見直す動きもみられる。
イノベーション集積地、深センから今後どのような新製品や世界的企業が生まれ、中国全体のイノベーションの範となり、経済をけん引する原動力となり得るのかが注目される。
(注1)詳細は「世界経済の潮流2015II」参照。
(注2)経済の質・効率・競争力の向上を図り、経済構造の最適化を図るとしている。
(注3)内閣府(2015)
(注4)コーネル大学、INSEAD、WIPOが共同で毎年公表。100か国・地域以上(17年は127か国・地域)を対象にイノベーションの状況を統計やアンケート調査の結果等から数値化して算出。16年版では、中所得国として初めて中国がトップ25位入りしたことを特徴の一つとして挙げている。
(注5)18歳から64歳までを対象に調査を行い、事業の準備段階から起業後3.5年までを起業活動者と定義し、起業活動者の18~64歳人口に占める割合(%)を総合起業活動指数(Total Early-stage Entrepreneurial Activity :TEA)としている。
(注6)現地企業からのヒアリングによる。深センの強みとして、サプライチェーンの確立のほか、産学連携が進んでいる点、深セン市による起業支援、国有企業や中央政府の影響がほとんどない点も挙げられた。
3.WTO加盟後の中国の貿易構造の変化
01年に中国はWTOへの加盟を果たし、平均関税率が01年の15.3%から10年には9.8%にまで引き下げられるなど、貿易の自由化が推進されてきた。また、豊富で安価な労働力を求めて外国企業による活発な対中直接投資が行われた結果、中国は世界の工場としてグローバル・バリュー・チェーンに組み込まれていった。こうした流れを受けて、現在では、中国は世界最大規模の貿易国となっている。この間に中国の貿易構造も大きく変化し、かつて「世界の工場」と呼ばれた消費財のサプライヤーから中間財のサプライヤーへと性格を変えてきた。以下では、この中国における貿易構造の変化をみていく。
(1)中国の貿易構造の変化
(輸出における構造変化)
初めに、中国がWTOに加盟した01年からの輸出の動向をみていく。中国の輸出額は、世界金融危機後の一時期を除き、14年まで一貫して拡大を続けてきた(第2-4-30図)。中国は、豊富な低賃金労働力を強みとして海外から資本を呼び込み、世界の工場としての地位を確立し、中国国内で生産した製品を世界へ輸出してきた。この中国の輸出の急拡大を支えたのは、当初は主に外資系企業であった(第2-4-31図)。しかし、金融危機以降は、中国資本の民営企業の存在感も高まりつつある。外資系企業の輸出に占めるシェアは01年の26%から拡大し、09年には39%となったものの、16年には31%にまで減少している。一方、民営企業のシェアは01年の32%から順調に拡大し、16年には59%に至った。中国資本による外資系企業の買収や、中国企業が技術を向上させ、国際競争力を高めたことなどが背景にあると考えられる。
また、生産段階別24に輸出額の推移をみると、05年までは消費財が最大の輸出品であったが、06年以降は中間財が最大となり、12年以降は資本財も消費財を上回った25(第2-4-32図)。一方、消費財は11年以降横ばいでの推移となっている。これを輸出総額に占めるシェアでみると、消費財が01年には48%と最大のシェアを占めていたが、15年には27%にまでシェアを低下させている(第2-4-33図)。これに代わり、中間財と資本財のシェアが拡大しており、中間財は01年30%から15年41%に、資本財は01年19%から15年31%に拡大している。中間財や資本財のシェア上昇は、中国の輸出がより一層世界の生産動向に左右されやすい構造に変化してきていることを示している。
(輸入における構造変化)
WTO加盟後の中国の輸入動向をみると、輸入額についても14年までほぼ一貫して増加している(第2-4-34図)。貿易形態別では、加工貿易のシェアが低下する一方、それに代わるかたちで一般貿易のシェアが上昇している(第2-4-35図)。中国の一般貿易のシェアは、2000年代前半は45%程度を占めていたが、世界金融危機以降上昇し、16年には56%となった。これは、中国経済が、世界経済において、再輸出のための生産基地から市場としての位置付けに変化してきたことを表している。また、加工貿易について、その内訳をみると、生産材料の供給を委託元に委ねる「来料加工」が、生産材料の調達も加工業者に委ねる「進料加工」に先行してシェアを低下させている。このことからも、中国国内企業が材料の調達先を海外から国内にシフトさせる、材料の内製化の動きが進展している様子がうかがえる。
また、生産段階別の輸入金額をみると、中間材が、01年以降、一貫して最大の輸入品となっているほか、原材料が大幅に増加している様子がみてとれる26(第2-4-36図)。これを輸入額に占めるシェアでみると、01年は中間財が61%と最大であり、次に資本財20%を占めていたが、15年にはそれぞれ50%、15%とシェアを落としている。その一方で、原材料は、01年14%から15年26%へと大幅にシェアを拡大させている(第2-4-37図)。これは、当初は海外から資本財を輸入し、それを用いて輸入した中間財を加工するとの構造がみられたが、国内産業の技術力向上を背景に、中間財に比べ加工度の低い原材料を輸入し生産を行うとの構造に変化してきた表れと考えられる27。また、消費財が01年5%から15年10%へとシェアを高めているが、これは、中国経済の成長に伴う所得向上や都市化の進展等から、中国の個人消費が堅調に推移したことが背景にあると考えられる28。
コラム2-4:中国におけるクロスボーダーM&Aの動向
近年、中国企業によるクロスボーダーM&Aが注目されている。M&Aの背景としては、市場の開拓、技術やブランドの取得、資源の確保に加えて、現地生産による貿易摩擦の回避といった要因が考えられる。以下では、この動向を概観する。
中国企業によるクロスボーダーM&Aは、2000年代後半以降急拡大している(図1)。この背景には、世界金融危機後における中国経済のプレゼンスの拡大や中国の資本規制の緩和(注1)などが挙げられる。
クロスボーダーM&Aの買収金額について、地域別及び業種別シェアを10年と15年で比較してみる。まず地域別にみると、10年は北米が31%、アジア太平洋が23%、欧州が7%だったが、15年にはそれぞれがおよそ3割程度となっており、世界の各地域で偏りなく買収が行われている様子がうかがえる(図2(1))。
次に業種別にみると、10年はエネルギーが全体の半分を占めていたが、15年には1割程度にまで縮小している(図2(2))。その一方で、10年に1割だった消費関連が15年には35%に拡大しているほか、10年にはほとんどみられなかったテクノロジーや通信が15年にはそれぞれ11%と8%へ拡大している。これは、10年時点では、中国経済の発展に伴う石油需要の拡大を背景に国有企業を中心に資源確保のための買収が積極的に行われていたが、15年時点では、先進国の市場開拓、ブランドや先端技術の取得を目的としたM&Aが増加しているためとみられる。
(注1)09年より海外投資の認可基準が緩和された。また、対外取引に伴うクロスボーダー送金への人民元の使用も、09年7月以降徐々に認められている。
(2)中間財の貿易構造
現在の中国は、輸出入ともに中間財が最大のシェアを占め、かつての消費財のサプライヤーから中間財のサプライヤーへと変貌している。以下では、中国の中間財の貿易動向について、詳しくみていきたい。
(中間財の産業別輸出入)
まず、産業別に中間財の輸出入の動向をみていく。輸出の産業別シェアをみると、電気機械が全体の四分の一程度と最大のシェアを占め、鉄・非鉄金属、化学と続くが、両者を併せ素材産業としてみると、15年で約3割と最大となる(第2-4-38図)。このうち、鉄・非鉄金属については、01年の11%から15年の18%へと大きくシェアを伸ばしている。
輸入の産業別シェアをみると、電気機械が全体の3割程度と輸出同様に最大のシェアを占め、続いて化学、鉄・非鉄金属の順にシェアが高い(第2-4-39図)。輸入についても、素材産業としてみると、15年は3割強と最大のシェアとなる。
中間財貿易に携わる主な産業としては、輸出入ともに、鉄・非鉄金属、化学という素材と電気機械である。次に、素材(鉄・非鉄金属、化学)と電気機械の貿易構造についてみていく。
(素材(1) 鉄・非鉄金属の貿易構造)
鉄・非鉄金属の中間財の貿易をみると、基本的に、ASEAN、EU等向けに輸出が行われている(第2-4-40図)。中国の粗鋼生産は、他の主要生産国がほぼ横ばいで推移するなか、拡大の一途をたどり、15年には世界の半分を占めるに至った29。また、アルミニウム等の非鉄金属の生産も増加が続いている。鉄・非鉄金属の輸出拡大の背景には、4兆元の景気対策以降、これらの産業において、過剰設備、過剰生産の問題が顕在化し、輸出を積極化してきたことが挙げられる。また、ASEAN向け輸出については、棒鋼、線材といった鉄筋等の建設用素材が多く、ASEANにおける旺盛なインフラ需要を背景に、価格面で有利な中国製の建設用素材が多く利用されているものとみられる。
(素材(2) 化学の貿易構造)
化学の貿易をみると、基本的に、EU、アメリカ等へ中間財として輸出を行う一方で、韓国、日本等から中間財としての輸入も行っている(第2-4-41図)。化学製品は種類が広範なため、品目により輸出入の状況が異なるが、例えば、肥料等を輸出する一方で、プラスチック等を輸入しているとみられる。
(電気機械の貿易構造)
電気機械の貿易動向については、中間財に加えて、中国による最終財輸出も多いことからこれも併せてみていく。電気機械の中間財貿易は、主にASEAN向けに輸出が行われており、主に半導体及び通信機器である(第2-4-42図)。しかし、電気機械全体としては、基本的に、韓国・ASEAN等から中間財を輸入し、最終財をアメリカ、EU等に輸出する構造となっている。すなわち、韓国・ASEANから半導体等の電子部品を輸入し、パソコン、スマートフォン等のハイエンド製品を組み立て、アメリカ、EU等に輸出を行っている。このように、電気機械では、依然として世界の工場としての機能を強く残している。
(3)まとめ
01年のWTO加盟当時の中国では、輸出の約5割を消費財が占めるとともに(前掲第2-4-33図)、輸入の約6割を中間財が、約2割を資本財が占めていた(前掲第2-4-37図)。また、加工貿易を目的とした輸入も約4割と比較的高かった(前掲第2-4-35図)。これらから、01年当時の中国企業は、資本財を輸入し、それを用いて輸入した中間財を加工し、消費財として海外へ輸出していた姿がうかがえる。先にみた電気機械産業では、韓国・ASEANから半導体等の電子部品を輸入し、パソコン、スマートフォン等の製品を組み立て、先進国に輸出を行っており、この構造を色濃く残している。
他方、15年の状況をみると、輸出の約4割を中間財が占めるとともに(前掲第2-4-33図)、輸入の5割を中間財が、3割弱を原材料が占めている(前掲第2-4-37図)。また、輸入において、加工貿易のシェアが低下し、一般貿易のシェアが上昇している(前掲第2-4-35図)。これらから、現在の中国企業は、技術の向上により、中間財やより加工度の低い原材料を輸入し、それらを用いて内需向けに生産を行うとともに、加工をほどこした上で中間財として再輸出を行っている姿がうかがえる。先の鉄・非鉄金属の例では、オーストラリア等から原料となる鉄鉱石やボーキサイトを輸入し、これを中国国内で加工した上で、主にASEAN、EU向けに輸出を行っている。
このように現在の中国は、かつての消費財のサプライヤーから、主に鉄・非鉄金属や化学といった素材の分野で、中間財のサプライヤーとしての機能を果たしている。輸入についても引き続き中間財のシェアが高く、輸出入ともに世界貿易に深く組み込まれており、中国の貿易動向が世界経済に与える影響は、ますます大きくなっていると言える。