第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第1節)
第1節 世界の経済動向と課題
1.世界経済の現状
世界経済は、2017年入り後も緩やかな回復が続いている。16年の世界経済は、アメリカやユーロ圏の企業部門の一部に弱めの動きが広がり、先進国の成長が減速したことなどから、世界金融危機後で最も低い3.1%の成長にとどまると見込まれている(第2-1-1図)。しかし、16年秋ごろからは、15年来減速してきた中国経済に持ち直しの動きがみられるようになり、先進国を中心に生産と輸出が増加するなど、企業部門でみられた弱めの動きも和らいでいった。17年入り後は、生産と輸出の増加が一層顕著となり、その影響が徐々に設備投資にも波及し始めている。以下では、こうした世界経済における企業部門の改善の動きとその背景を概観していく。
(企業部門の改善)
はじめに、この生産、輸出及び設備投資の動向を確認しておく。
世界の鉱工業生産1の動向をみると、14年以降、前年比で伸びの鈍化が続いていたが、16年入り後は徐々に伸びが高まり、秋ごろから伸びが加速した(第2-1-2図)。これは、中国の生産鈍化が15年末に下げ止まり、その後、徐々に世界の生産を押し上げたこと、また、15年に前年比マイナスに転じたアメリカの生産が、16年を通じてマイナス幅を縮小させ、17年初にはプラスに転じたことなどによる。
次に、世界の輸出動向をみていくが、ここでは、各国の内需の強さを反映する輸入側からその動きをみていくことにしたい(第2-1-3図)。世界の輸入2は、16年に入り前年比で伸びが鈍化していたが、秋ごろから急速に伸びが上昇した。これは、15年初から前年比マイナスとなっていた中国が15年末にプラスに転じ、その後、徐々にプラス幅を拡大させたこと、また、15年末よりプラス幅を徐々に縮小させていたアメリカが、16年末から再びプラス幅を拡大させたことなどによる。
これら生産と輸出の拡大を受けて、設備投資についても16年末ごろより増加傾向を示し始めており、17年1~3月期には、アメリカが鉱業部門を中心に大幅な増加となったほか、EUについても伸びを高めている(第2-1-4図)。
世界の生産、輸出及び設備投資の動向を確認したが、こうした企業部門の改善の背景には、(1)政策効果に支えられた中国経済の持ち直し、(2)資源価格の上昇、(3)アメリカにおける在庫調整の進展等があると考えられる。以下でこれらの動きについてみていく。
(政策効果に支えられた中国経済の持ち直し)
世界金融危機後の世界経済は、先進国が伸び悩む中で、4兆元の景気対策の効果もあり、主に中国経済を始めとする新興国経済にけん引されるかたちで緩やかに成長してきた。しかし、15年には、その中国経済も減速し、世界経済を下押しした。これは、中国国内において、既に過剰設備を抱えていた製造業が、4兆元の景気対策等の影響から、一層の過剰設備に陥ったこと、過熱した不動産市場に対し価格抑制策が打ち出され、不動産在庫が積み上がったことなどから、製造業や不動産開発で投資が鈍化した影響が大きい(第2-1-5図)。中国政府は、15年10月には小型乗用車減税を導入し、16年入り後はインフラ関連投資を拡大させるなどの景気下支え策を講じていった(第2-1-6図)。これらを背景に、中国経済は、徐々に改善に向けて歩みだし、16年秋には固定資産投資の伸びの低下も下げ止まるなど、持ち直しの動きが鮮明となった。
(資源価格の上昇)
原油を始めとする資源価格は、16年に入り上昇基調に転じた。原油価格は、14年後半より世界的な原油の供給過剰に投機的な動き等も加わり、大幅に下落していたが、16年初を底に上昇基調に転じ、その後は底からおよそ8割程度上昇した水準で推移している(第2-1-7図)。これは、16年にOPEC等により原油の協調減産が合意されたほか、世界経済の持ち直し等も反映された動きとみられる。また、金属資源等についても、原油価格と同様に16年初に上昇に転じている。こうした資源価格の持ち直しを受けて、世界有数の原油生産国であるアメリカでは、シェールオイル等の鉱業生産が上向いてきている(第2-1-8図)。
(アメリカにおける在庫調整の進展)
アメリカでは、16年を通じて企業の在庫調整が大きく進展した。15年は、在庫の伸びが年間を通じて緩やかに低下する一方で、出荷が大きく前年割れで推移したことから、在庫調整圧力は高止まりした。16年入り後は、出荷が急回復したため、自動車等を中心に在庫調整が進展し、16年末からは出荷の伸びが在庫の伸びを上回っている(第2-1-9図)。
(16年からの世界経済の動向)
世界金融危機後の世界経済は、中国を始めとする新興国経済に支えられるかたちで緩やかに回復してきた。先進国経済については、雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費に支えられ、総じてみれば緩やかな回復を遂げてきた。こうした中で、16年以降の世界経済の動向を、先にみた企業部門における改善の動きから整理すれば、16年初ごろより、各種政策効果を受けて、中国経済に持ち直しに向けた動きがみられるようになり、中国の生産や輸入が上向き、これが世界経済を支えた。16年後半ごろからは、アメリカにおいて在庫調整が大きく進展し、16年末ごろにはアメリカの生産と輸入が持ち直したことから、世界全体の生産と輸出を更に押し上げたとみられる。また、この世界経済の持ち直しの動きなども受けて、16年初より資源価格が上昇し、これにより鉱物資源の生産も増加していったと考えられる。
2.世界経済の見通しと主なリスク
(世界経済の見通し)
これまでみてきたように世界経済は、政策効果に支えられた中国経済の持ち直し、資源価格の上昇、アメリカにおける在庫調整の進展等を背景に、生産、輸出が拡大し、改善の動きが設備投資にも波及し始めている。こうした流れなどを受けて、今後の世界経済は、引き続き緩やかな回復が続くものと見込まれる。
国際機関の経済見通しによれば、IMFは、世界の実質成長率について、16年の3.1%から、17年3.5%、18年3.6%と伸びを高めていくと見込んでいる。また、OECDも同様の見通しとなっており、17年は3.5%、18年は3.6%に上昇すると見込んでいる(第2-1-10表)。
(主なリスク)
今後の世界経済は、緩やかな回復が続くものと見込まれるが、いくつかの留意すべきリスクも存在する。第一に、中国における過剰債務問題や不動産価格変動の影響である。過剰債務を抱えた企業の経営破たんや、バブルとの指摘もある不動産価格の大幅な下落は、銀行の不良債権増加による貸出の抑制や、家計・企業等の逆資産効果などを通じて経済に影響を及ぼす可能性がある。加えて、シャドーバンキングを通じた資金の流れについては、そのリスクが把握し切れていないとの指摘もある。これらの影響により、中国経済が大きく減速した場合には、中国国内にとどまらず、中国との結びつきの強いアジア新興国を始め世界経済に影響を及ぼす可能性がある。第二に、政策に関する不確実性の影響である。アメリカでは、今後、税制改革、インフラ投資、通商政策等がどのような形で進められていくのかについて不確実性がある。また、景気の着実な回復を受けて、利上げやFRBのバランスシート縮小が進められていくと見込まれるが、これらが世界的な資金フローを変え、一部の新興国等に影響を与える可能性も否定できない。ヨーロッパでは、英国のEU離脱交渉が進められていくほか、いくつかの国で予定されている選挙の結果によっては、大幅な政策変更の可能性もある。第三に、金融資本市場の変動の影響である。様々なリスクの顕在化により、金融資本市場が短期間に大きく変動し、実体経済へと波及していく可能性がある。
3.中長期的な経済成長
世界経済は、当面、緩やかな回復が続くと見込まれるが、中長期的な成長については課題がある。OECD諸国の潜在成長率とGDPギャップの推移をみると、GDPギャップは着実に縮小してきているが、潜在成長率は過去と比べ依然低いままである(第2-1-11図)。また、主要新興国の潜在成長率は、依然水準は高いが、緩やかに低下してきている(第2-1-12図)。潜在成長率に大きな影響を与えるTFP(全要素生産性)の伸びをみると、主要先進国では、ゼロ近傍の低い伸びにとどまっている(第2-1-13図)。
中長期的に経済成長を高めていくためには、潜在成長率自体を高めていく必要があるが、そのためにはTFPをいかに向上させていくかが課題といえる。
4.主要地域の経済概況
世界の主要地域の経済動向については、次節以降で詳細にみていくが、以下で概況を述べておく。
(1)アメリカ
アメリカでは、景気は着実に回復が続いている。個人消費は、堅調な雇用・所得環境の下で、増加している。雇用者数は増加しており、失業率は低下傾向にある。企業部門をみても、16年に比べて17年の原油価格が比較的安定的に推移していることを背景に、鉱業部門の回復が鮮明であることなどから、鉱工業生産が持ち直し、設備投資が緩やかに増加するなど、全体として持ち直している。物価については、中期的にはインフレ率がFOMC(連邦公開市場委員会)の長期的な目標となる2%付近に上昇して安定することが見込まれている。これらを背景に、FRB(連邦準備制度理事会)は、今年に入り、3月及び6月に政策金利の引上げを行った。
先行きについては、引き続き着実な回復が続くと見込まれる。ただし、今後の政策の動向及び影響等に留意する必要がある。
(2)ユーロ圏
ユーロ圏では、個人消費に主導され、景気は緩やかに回復している。世界経済の改善を受け、輸出や生産に持ち直しの動きがみられ、先行き不透明感や不良債権問題等から、改善が遅れていた企業の設備投資もこのところ上向いてきている。ユーロ圏全体では緩やかに回復しているが、国による違いもみられ、イタリアでは景気回復が遅れている。雇用情勢は、失業率が低下を続けるなど、改善している。コア物価上昇率は前年比1%前後で、依然として横ばいとなっている。こうした背景から、ECB(欧州中央銀行)は金融緩和を継続する方針を示している。
先行きについては、緩やかな回復が続くと期待される。ウクライナ情勢等の地政学的リスクの影響、政策に関する不確実性の影響等に留意する必要がある。
(3)英国
英国は、一部に弱めの動きもみられるが、景気は回復している。英国経済は、EU残留・離脱を問う国民投票後、国際機関等の想定以上に堅調に推移してきた。しかし、足元では、個人消費にけん引され景気回復が続いているものの、ポンド安やエネルギー価格高騰に伴う物価上昇の影響を受け、小売等の個人消費の一部に弱い動きが見られ始めている。こうした経済情勢に対し、BOE(イングランド銀行)は、金融緩和を継続している。
先行きについては、EU離脱問題に伴う不透明感の高まりによる影響から、回復が緩やかになることが見込まれる。今後、離脱を巡りEU側との本格的な交渉が開始されるが、交渉の行方が与える影響について留意する必要がある。
(4)中国
中国では、小型乗用車減税やインフラ関連投資等の各種政策効果もあり、景気は持ち直しの動きがみられる。個人消費は伸びがおおむね横ばいとなっている。固定資産投資は、政府による景気下支えを背景に、インフラ関連投資によるけん引が続いている。高騰してきた不動産価格は、価格抑制策等により主要都市でおおむね横ばいとなっているが、依然高水準であり、また、企業債務は拡大を続けている。資産バブル抑制や企業のレバレッジ比率引下げ等のため、金融政策は緩和的な「穏健」から、より中立的な「穏健中立」へと変更された。また、投資主導から消費主導の成長へと転換を図りつつ、大規模な景気刺激策に頼ることなく、自律的かつ安定的な経済成長の実現を目指し、過剰生産能力の解消等の供給側改革が進められている。
先行きについては、各種政策効果もあり、当面は持ち直しの動きが続くものと見込まれる。ただし、不動産価格や過剰債務問題を含む金融市場の動向等によっては、景気が下振れするリスクがある。
以上みてきた各国・地域別の経済概況は第2-1-14図のとおりである。