第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第2節)
第2節 アメリカ経済
1.アメリカ経済の動向
アメリカ経済は、世界金融危機以降、約8年1と長期にわたり景気拡大が続いている。個人消費は、自動車販売に勢いが鈍化する兆候がみられているものの、堅調な雇用・所得環境の下で増加している。住宅市場は、建築労働者の不足等による供給制約はあるが、堅調に推移している。企業部門については、原油価格の堅調な推移を背景に、鉱業部門の回復等から全体として持ち直している。労働市場は力強さを増しており、雇用の伸びは引き続き堅調であることに加え、失業率は一段と低下した。物価については、足下の数か月間は携帯電話サービス価格等の一時的な低下に伴い、インフレ率が低下しているものの、中期的にはインフレ率がFOMC(連邦公開市場委員会)の長期的な目標となる2%付近に上昇して安定することが見込まれている。このような経済状況を背景に、FRB(連邦準備制度理事会)では、17年3月及び6月に政策金利の引上げを行った。
アメリカの政治については、税制改革、通商政策の見直し、規制緩和、インフラ投資、及び移民政策の厳格化等の政策を掲げて選挙戦を戦い、17年1月20日に第45代アメリカ合衆国大統領に就任したドナルド・トランプ氏による新政権が発足した。新政権の発足以降、選挙戦時に掲げた経済政策の実現等に関心がもたれている中、同年3月21日に2018会計年度予算教書原案が公表された後、同年4月26日には2017年税制改革案、5月23日には2018会計年度予算教書(全体版)が公表されるなどの動きが表れている。
本節では、17年入り後のアメリカ経済の最近の動向を振り返るとともに、新政権の発足以降、新政権が正式に公表した経済政策等について整理した上で、17年の見通しとリスクを点検していく。
(1)堅調な個人消費、自動車販売の勢いの鈍化、堅調な住宅市場
(堅調な個人消費)
17年の個人消費は、堅調な雇用・所得環境の下、増加している(第2-2-1図)。ただし、17年1~3月期については、暖冬の影響からエネルギー(電気やガス)需要が弱かったほか、寒波が到来した時期に飲食サービスや宿泊等の小売売上が低調となったという特殊要因に加え2(第2-2-2図、第2-2-3図)、後述のように自動車販売の勢いが鈍化する兆候も見られ、個人消費が一時的に低調となった月もあった。このため、17年1~3月期の個人消費(実質ベース)の伸びは前期から大きく低下し3、個人消費が実質GDPの伸びを抑制する大きな要因となった4が、17年以降の個人消費は増加が続いているという基調に変化はないと考えられる。
消費者マインドについては、16年11月に実施されたアメリカ大統領選挙以降、新政権の経済政策に対する期待や、株価の上昇等を受け急激に上昇した。
コンファレンスボード消費者信頼感指数5については、16年11月のアメリカ大統領選挙以降急激に上昇し、17年3月の総合指数は2000年12月以降で最も高い水準となった6(第2-2-4図)。消費者は、現在の業況や労働市場が著しく改善していると評価していることに加え、業況、雇用、及び個人所得に対する短期的な見通しに関しても一段と強い楽観を示した7。また、ミシガン大消費者信頼感指数8についても、大統領選以降急激に上昇している。特に、17年4月の速報値の現状指数は2000年以降で最も高くなった(第2-2-5図)。
このように個人消費については、17年1~3月期は特殊要因等もあり低迷したものの、雇用・所得環境は堅調であり、消費者マインドについては足元で落ち着きがみられているものの、依然として高い水準を維持していることからも、17年4~6月期以降堅調に推移すると考えられる。
(自動車販売の勢いの鈍化)
しかしながら、自動車販売に限っては、16年までの勢いが鈍化する兆候がみられている。国内の新車販売台数は16年12月に年率換算で1,832万台、16年の年間ベースで1,747万台を記録していたものの、17年に入り低下してきている(第2-2-6図、第2-2-7図)。自動車販売時の販売奨励金(インセンティブ)は、16年前半では1台当たり平均3,000ドル前後で推移していたものの、16年半ば以降平均3,700ドル以上までに上昇しており、16年後半の自動車販売を下支えしたと考えられる。17年に入った後も平均3,500ドル以上と高水準で推移し、その下支えもあって、17年1月及び2月は1,700万台半ばの販売台数を維持していたが、3月以降1,700万台を割り込む水準で推移しており、高額な販売奨励金をかけても、販売台数を維持することが難しくなっている。
なお、車種別の販売奨励金についてみると、少し異なった状況が確認できる。販売動向について、乗用車が低下傾向にあり、小型トラックが足元の減少はあるものの比較的堅調さを保っている中、乗用車への販売奨励金を高めて販売台数を維持しようとする傾向がみられる。一方で、小型トラックへの販売奨励金は逆に引き下げてきており、これは比較的堅調な小型トラック販売からの利益確保を優先している状況であるとみる向きもある(第2-2-8図、第2-2-9図)。
このほかにも、アメリカの自動車販売を取り巻く環境が以前より厳しさを増していることが確認できる。自動車ローン残高が1兆ドルを超えて増加する中、自動車ローンの延滞率が上昇し、金融機関は自動車ローンに対する貸出態度を厳格化させている(第2-2-10図、第2-2-11図、第2-2-12図)。また、16年12月以降、FOMCは政策金利を段階的に引き上げていることもあり、自動車ローン金利は、比較的低い水準であるものの、自動車販売がピークに達した16年後半に比べると上昇しており、また、原油価格も16年に比べると落ち着いた動きをみせている。ガソリン価格も緩やかながら上昇していることから(第2-2-13図)、自動車購入を希望する消費者にとって、以前ほど良好な購入環境では無くなっている。さらに、中古車市場についてみても、需要は比較的堅調であるものの、供給が増加していることに加え、新車販売の勢いに陰りがみられて新車在庫が増加する中、中古車価格が下落傾向を示した時期もあり(第2-2-14図)、新車販売への下押し圧力の要因の一つとなったと考えられる。このような状況を踏まえると、17年の自動車販売は16年までの勢いを維持することが難しいと考えられる。しかしながら、16年の自動車販売の勢いが強く、過去の平均を上回って推移していたことを踏まえると、917年は落ち着きを取り戻している段階にあると考えることが適切であろう。
(堅調な住宅市場)
次に住宅市場について確認する。住宅市場については、全米住宅建設業者協会(NAHB)による調査からも建設労働者の不足が指摘されており(第2-2-15図)、建設労働者や建設に適した土地の確保が難しいことによる供給制約は依然として解消されていないものの、16年に続き需要は堅調に推移している。コンファレンスボード消費者信頼感指数の住宅購入計画及びNAHB住宅市場指数10を見ても住宅需要は堅調に推移していることが確認できる(第2-2-16図、第2-2-17図)。こうした堅調な住宅需要に支えられ、住宅着工件数11については、17年に入り供給制約等もあり足元の減少がみられるものの、基調としては堅調さを維持している。また、住宅許可件数については、17年も16年後半から引き続き、年率120万件(季節調整済)近傍の水準で推移しており、当面住宅着工件数は堅調に推移する可能性が考えられる(第2-2-18図)。アメリカ主要都市圏における一世帯住宅の販売価格の動向を示すケース・シラー住宅価格指数は、17年に入った後も緩やかに上昇しており、指数水準が相当に高まってきているが、この背景には前述の供給制約もあると考えられる(第2-2-19図)。
また、中古・新築住宅販売市場についても、堅調に推移している。新築・中古住宅販売件数(合計)は、足元、600万件前後(年率季調済)で推移しており、そのうち、約9割が中古住宅販売で占められている(第2-2-20図)。中古住宅販売については、17年に入り、550万件前後(年率季調済)と堅調に推移していることに加え、中古住宅在庫販売比率が4か月前後と低水準で推移していることから、中古住宅の需給はひっ迫している状況である(第2-2-21図)。今後、中古住宅販売件数が一層増加するためには、在庫が十分確保されることで、現在の需給ひっ迫の状況を緩和する必要がある。新築住宅販売件数については、16年12月に住宅ローン金利が急騰したこともあり減少し、17年入り後は増減を繰り返している。他方、新築住宅在庫販売比率は5か月を上回っており、中古住宅の需給ほどにはひっ迫していない状況であることから、新築住宅販売件数は今後も増加する余地があると考えられる(第2-2-22図)。また、中古・新築住宅の価格は、中古・新築住宅販売市場で需給のひっ迫度合いは異なるものの、いずれも需要が堅調であることから、前年比おおむねプラスで推移している(第2-2-23図)。
最後に、住宅ローンについて確認する。サブプライムローン問題以降、ローン貸出基準が厳格化されているため、サブプライム層のローン残高や件数が急増するような事態は生じていない12 (第2-2-24図、第2-2-25図、第2-2-26図)。そのため、17年に入っても引き続き、住宅ローン延滞率が大きく上昇する状況はみられていない(第2-2-27図)。
(2)力強さを増す労働市場
労働市場は、力強さを増している。17年以降も、雇用者数の伸びは堅調さを維持しており、失業率は一段と低下した。FRBが金融政策判断の材料として重視する雇用指標の一つである非農業部門雇用者数の前月差は、アメリカの調査機関等の17年の予測水準を上回る20万人を超える月もあり、17年1~5月の月平均でも約16万人の増加と堅調さを維持している(第2-2-28表、第2-2-29図)。増加した部門をみると、16年11月のアメリカ大統領選挙後、17年1月から2月にかけて製造業や建設業の雇用者数が増加しているほか、原油価格が持ち直していることを背景に鉱業部門の雇用者数が増加し、16年は伸び悩んでいた財生産部門の雇用者数の増加が、17年に入り一時的であるものの、顕著であった点が特徴的と言える(第2-2-29図、第2-2-30図)。このほか、サービス部門については、専門サービス、教育・医療及びレジャー・接客といった部門を中心に、昨年から引き続き堅調に推移している。
失業率については、17年入り後FOMCメンバーが予想する失業率(U314)の長期的な中心傾向15(4.5%~4.8%)若しくはそれを下回る水準で推移していることに加え、非自発的パートタイム労働者等を含めた広義の失業率(U616)も低下している。このため、アメリカの労働市場はひっ迫していることが確認できる。一方で、そのような状況においても、近年、下げ止まり傾向がみられる労働参加率については、今後上昇すれば、労働力人口の増加から雇用者数が増える余地はあるとみられている(第2-2-31図)。また、25歳から54歳までのプライムエイジにおける労働参加率についてみると、労働参加率は世界金融危機後に大きく低下した後、やや回復しているが、いまだ危機以前の水準を大きく下回っている点を踏まえても、雇用市場がさらに力強さを増す可能性がある(第2-2-32図)。
(3)アメリカの原油生産量の増加と企業部門の持ち直し
(アメリカの原油生産量の増加)
16年前半に大きく低下した原油価格については、その後は持ち直し、特に16年11月末に開催された第171回OPEC総会において、OPEC加盟国の間で、8年ぶりの原油生産量の減産について合意したことを受けて、原油価格は1バレル50ドル台にまで回復した17。17年以降、この減産合意による原油生産量の減産効果もあり、16年に比べると原油価格の動きは比較的安定的に推移している18(第2-2-33図)。一方で、アメリカの原油生産量は、この原油価格の安定を背景として、16年後半から増加に転じている。こうした原油生産量の増加は、同時期にシェール主要7鉱区の生産量割合が昨年後半より低水準で推移していることを踏まえると、シェールオイル以外の原油生産地域における開発が進展したと考えられる(第2-2-34図)。シェール部門においても、16年半ばよりリグ稼働数は上昇し続けていることから(第2-2-33図)、今後は生産量の増加が予想される。このようにアメリカの原油生産の動向は、OPEC加盟国を含む原油生産国での減産の動きとは反対の動きを示していることから、原油生産国のシェアの変化等を通じて(第2-2-35図)、今後の国際的な原油需給動向にも大きな影響を与える可能性がある。
(設備投資の緩やかな増加、及び鉱工業生産の持ち直し)
比較的安定した原油価格の動きを背景に、鉱業部門の設備投資については16年まで存在していた下押し圧力が解消され、17年以降大きく増加している(第2-2-36図)。また、鉱業関連以外の設備投資についてみても、設備投資に占めるシェアの大きい機械・機器投資も全体的に大きく増加していることから、アメリカの設備投資は、全体として緩やかに増加していると考えられる(第2-2-37図)。
鉱工業生産についても、設備投資と同様に、鉱業部門に明るさがみられており、16年後半から増加に転じている鉱業部門での生産は、17年に入るとその力強さを増していることが確認でき(第2-2-38図)、設備投資と同様に持ち直しの基調にあると考えられる。
(安定した財輸出)
アメリカの財輸出については、世界的に財貿易数量が増加しているなかで、16年後半にかけて緩やかに増加し、17年以降、全体として安定して推移している(第2-2-39図)。主要国向けの財輸出については、海外の景気減速を受けて停滞していたが、16年に底入れした後、持ち直してきており、17年入り後も安定して推移している(第2-2-40図)。また、税制改革やインフラ投資が新政権の経済政策として打ち出されたことを受け、長期金利の上昇を背景にドル高が続いていたが、財輸出額が目立って下押しされることはなかった(第2-2-41図)。このほか、17年入り後は、原油や燃料油といった品目を含む工業原材料のほか、自動車同部品の輸出に強さがみられたが、足元ではその勢いはやや弱まってきている(第2-2-42図)。
(アメリカのサービス輸出)
ここまで生産と財輸出の動向を見てきたが、アメリカのサービス輸出額は財輸出額の4~5割の水準であり、アメリカの輸出総額の動向に大きな影響を及ぼしうる。また、アメリカのGDPの約8割を占めるサービス産業の動きの背景としても大きな意味合いを持つと考えられる。そこで、アメリカのサービス輸出に目を向けてみると、財輸出と同様に、16年初には底入れしており、17年以降は緩やかに増加してきている(第2-2-43図)。
なお、このサービス輸出の長期的な推移をみると、財輸出と同様に、増加傾向にある(第2-2-44図)。また、サービス輸出の内訳を確認してみると、サービス輸出額に占めるシェアの高い旅行サービスを筆頭に、専門・技術サービスや経営コンサルタントサービス等の項目が上位に挙がっている(第2-2-45表)。このサービス輸出総額に占めるそれぞれの分野のシェアについて、2000年と15年で比べてみると、カナダやメキシコといった海外からの観光客のインバウンド消費等が含まれる旅行サービスのシェアはやや低下しているものの依然として大きい。また、アメリカには国際的で大規模な法律・会計事務所、経営コンサルタント事務所、金融機関等が多いことから、専門・技術サービス及び経営コンサルタントサービスを含むその他ビジネスサービス及び金融・保険サービスについてシェアの高まりがみられている。これらサービスはアメリカの重要産業であり、サービス輸出の動向はアメリカのサービス業の動向や先行きを占う上での一つの指標として役立つといえる20。
(堅調な企業マインド)
最後に企業マインドについて確認をする。企業マインドは、大統領選挙以降急激に上昇した。これは、新政権が法人税減税を含む税制改革やインフラ投資といった企業部門を支援する政策等を掲げているほか、17年に入り、大統領選挙後に進展したドル高に落ち着きがみられていることなどを背景としている。
製造業者の購買・供給担当者に対する調査を基に作成される月次の製造業景況感指数であるISM製造業景況指数は、大統領選挙以降急激に上昇し、その後も堅調に推移している。また、この景況感指数の非製造業版であるISM非製造業景況指数も、堅調に推移している(第2-2-46図)。このほか、各地区連銀の景況感指数においても、ISM製造業景況指数と同様に、大統領選挙の後に上昇し、その後も堅調に推移していることが確認できる(第2-2-47図)。
このようにISM製造業景況指数や各地区連銀の景況感指数といったマインドが大きく改善している一方、これまで見てきたように設備投資、鉱工業生産、及び財輸出といった企業部門の実体経済を示す指標は、これらマインドほど力強い結果を示していない。しかしながら、このマインドの急激な上昇は、回復が目立っている鉱業部門等、全般的に事業環境が改善されてきていることに加え、方針が示された新政権の経済政策が今後実現していくことへの期待の表れとみられ、企業部門の持ち直しがより鮮明となり、堅調さが増していくためには、新政権の規制緩和やインフラ投資等が着実に実施されていくことが重要と考えられる。
(4)金融政策の正常化
前述の通り、アメリカの雇用情勢については、17年1月から5月にかけて、非農業部門雇用者数の前期差が月平均で約16万人増加と16年月平均の約18.7万人よりはやや減速しているものの基調としては増加していることに加え21、失業率がFOMCメンバーの予測する長期的な中心傾向(4.5~4.8%)若しくはそれを下回る水準で推移していることから、既に労働市場はひっ迫していると考えられる。物価情勢については、PCE総合及びコアPCEデフレーター共に17年以降の足下の数か月間はやや低下している。こうした最近のインフレ率の低下は、携帯電話サービスや処方箋薬といった特定カテゴリーでの物価の一時的な低下によるところが大きく、前年比ベースでは18年3月までそれらの影響が見込まれている。しかしながら、6月のFOMCでも説明されている通り、雇用が持続的な水準に近づき、労働市場が力強さを増し続けることで、今後2年間で、インフレ率は長期的な目標である2%付近に上昇して安定することが見込まれている。(第2-2-48図、第2-2-49図、第2-2-50図)。
このような雇用・物価情勢等を背景として、17年3月14~15日に政策金利であるFFレート(フェデラル・ファンドレート)の誘導目標水準が引き上げられた後、6月13~14日に開催されたFOMCでも、FFレートの誘導目標水準が0.25%ポイント引き上げられ、1.00%~1.25%の範囲とすることが決定された。また、FOMCメンバーによる政策金利の見通し(中央値)では、17年末までにさらにあと1回の政策金利の引上げが想定されており、インフレ見通しでは18年10~12月期にはコアPCEデフレーターが2%に達するとみられている(第2-2-51図)。このほか、6月のFOMCでは、声明文において、「概して、経済が予測通りに推移すれば、委員会では今年中にバランスシート正常化プログラムの実施に着手することを予定している」旨の表現が追加され、近い将来に再投資政策の縮小が実施される可能性が示された22。この再投資政策の縮小については、政策金利の引上げと並んで実質的な金融政策の引締め手段との見方もあることから、今後のFOMCによる金融政策正常化の動きについては、政策金利及び再投資政策の縮小の両方について留意していく必要がある(第2-2-52図、第2-2-53図)。
2.トランプ政権の経済政策(経済・財政政策等)
17年1月20日に第45代アメリカ合衆国大統領に就任したトランプ大統領の下で新政権が発足し、選挙戦に掲げた政策の実現などに関心がもたれている中、就任直後から、同大統領は大統領令や大統領覚書23の公表などを通じて、新しい政策の方針を打ち出してきている。そのうち、予算措置を伴う政策については、17年3月21日にアメリカの歳出全体の約3分の1を占める裁量的経費についてのみ、詳細を説明した2018会計年度予算教書原案が公表された後、5月24日には義務的経費、税に関する提案及び財政収支の見通しを含む完全な予算教書が公表されることで、その全体像が明らかとなってきた。そこで、最初にこの予算教書の概要について整理し、次に新政権の経済・財政政策等について個別にみていく。
(i)2018会計年度予算教書
アメリカでは予算編成の権限は議会にあるため、大統領の政策志向を反映させた予算教書は参考に過ぎず、議会の予算編成には拘束力を持たない。そのため、5月に示された2018会計年度(2017年10月~2018年9月)予算教書は、大統領から議会に対する予算提案という形となっており、この予算教書による提案を受けて、議会では、上下両院に設置される各予算委員会及びその後の両院による審議が行われた後、正式な決議を経て予算が成立することとなる。このため予算教書は、予算の内容を保証するものではないものの、新政権の政策スタンスを示す重要な資料となっている。2018会計年度予算教書では、2018年度予算における優先順位の明確化とそれに伴う予算配分の見直しが行われていることが大きな特徴として確認できる。同時に、財政の中長期の見通しについて、財政健全化方針を示している。
(優先順位の明確化とそれに伴う予算配分の見直し)
最初に、同予算教書の特徴の一つである2018年度予算における優先順位の明確化とそれに伴う予算配分の見直しについて確認する。同年度予算における歳出面での取組として、国防費・国境の安全等にかかわる予算拡充が最優先課題として取り上げられている。そのため、現行法上の2018年度における国防費の上限額24について、5,490億ドルから6,030億ドルへと540億ドルの引上げを予定している。このように国防費の上限が大幅に引き上げられた一方で、その引き上げ分を相殺するために、現行法上の2018年度における非国防費の上限額について、5,160億ドルから4,620億ドルに540億ドルの削減が提案されている25。
この結果、前年度(2017年度)と比較した予算額の増減を省庁別に見ると、国防省が大幅な増額となっているほか、退役軍人省及び国家安全保障省も増額となっている。一方で、これら省庁の予算が大幅に増額される分を相殺するために、保健福祉省、国務省、国際開発庁及び国際資金調達及び教育省等、幅広い省庁において予算が削減されていることが確認できる(第2-2-54図)。なお、予算額の増減を省庁別に前年度比で見た場合、環境保護庁、国務省、国際開発庁及び国際資金調達等が数十%の大幅な予算減額を提案していることも確認できる(第2-2-55図)。
このように、同予算教書では、国防費・国境の安全等に係る予算拡充を最優先課題として、その予算拡充分を相殺するために非国防費の上限額が大幅に減額されるといった形で、優先順位の明確化とそれに伴う予算配分の見直しが予定されていることが確認できる。なお、このほかに、歳出面での取り組みとしては、社会保障関連の義務的経費の合理化等を目的としたオバマケアの撤廃・代替、メディケイド改革、福祉施策改革といったことも提案されている。
(経済成長率の前提)
同予算教書で説明されているアメリカ経済の見通しについて見ると、2021年度には実質成長率で年率+3.0%を達成し、2027年度までその水準を維持するといったように、11年から16年の年平均成長率の+2.1%と比べ、新政権は高い経済成長率を掲げている。これは、17年1月に示された議会予算局(CBO)の見通しである年率+1.9%と比べても高い(第2-2-56図)。
このように、アメリカの経済成長率が16年の年率+1.6%から年率+3.0%まで高まるためには、労働力人口の伸びが加速し、生産性上昇率が高まる必要がある。しかしながら、現状では、アメリカの人口増加率が低い水準(16年は前年比で+0.7%)で止まっている中、既に指摘したように労働参加率は男性を中心に長期的に低下傾向を示しており、さらに労働生産性についても、年々その伸びが緩やかになっている(第2-2-57図)。
(財政健全化の進展)
また、同予算教書では、アメリカ財政の見通しについて、債務残高が減少する方向での見通しを立てている。具体的には、前述の通り、各種の歳出削減にかかわる取組が行われ、経済成長率が高まることにより、2018年度から2027年度の10年間にかけてベースライン比26で3.6兆ドルの歳出削減27が行われるとともに2.0兆ドルの歳入増が見込まれている。その結果、2027年度には財政収支を黒字化した上で、債務残高対GDP比は2017年度の77.4%から2027年度の59.8%まで低下すると見込んでいる。なお、17年1月に公表されたCBOの見通しでは、債務残高対GDP比は、将来の社会保障費の増大等を背景に、同予算教書とは逆に2027年度には88.9%まで増加すると予測している(第2-2-58図)。
(ii)新政権における各種政策
新政権における各種政策については、予算教書以外にも、就任直後から公表されている大統領令や大統領覚書等を通じて打ち出されている。主な経済政策としては、税制改革、インフラ投資、通商政策、規制緩和等が挙げられるが、いずれの内容も17年1月の就任演説で示された「アメリカ第一主義」に即し、経済成長率を高めることでアメリカ国民の所得や雇用機会を増やすことを意図している。すなわち、通商政策の見直しを通じて安価な輸入品の流入を減らす、法人税率を引き下げて対内投資を呼び込み国内の雇用を増やす、金融規制を緩和して銀行部門の収益性を高める、などの方針が示されている。これらの諸施策は、成長戦略として、企業部門の成長力を強化し、成長率を中期的に3%にまで高めていくための鍵となるとされている28。他方、2017年6月末時点で、こうした施策はその実施時期、規模、内容及び財源等の大部分が未定である29ことに加え、政権が当初予期していた以外の経路を通じて経済に様々な影響を及ぼす可能性もあり、その動向には注視が必要である。以下では、個別の政策の動向を確認する。
(税制改革)
トランプ政権では、経済成長・雇用創出・中間所得層への負担軽減等を目的として税制の見直しが進められている。17年2月の上下両院合同議会演説において、トランプ大統領は、アメリカ国内に立地する企業の法人税率が世界のどこよりも高い(第2-2-59図)とした上で、法人税率を引き下げ、企業の競争力を高めると表明したほか、中間層に対し大規模な減税を行うと表明した。これを受け、4月に17年税制改革案が示され、法人税率を15%へ引き下げ、個人所得税率を現行の7段階から3段階に簡素化30する、といった方針が示された。同改革案では歳入増の具体策31には言及していないものの、改革の力点を経済成長に置くという政権のスタンスが明確に打ち出されている。なお、予算教書では、減税が経済成長に寄与するとの立場で税収中立としているが、議会では税収が純減となる減税案を支持する考え方もみられる。
(インフラ投資等)
雇用創出・経済競争力確保等の観点から、トランプ政権はインフラ投資の実施を掲げている。上下両院合同議会演説では、官民の資本を総動員し、1兆ドルのインフラ投資(橋梁、トンネル等のインフラへの投資)を行うための予算法案承認を議会に要求することが表明されている。これを受け、予算教書では、連邦予算として10年間で計2,000億ドル32をインフラ投資に充てることとされた33。インフラ投資については、着実な回復が続くアメリカ経済に景気過熱を招き得るとの見方もあるが、投資対象を老朽化したインフラに絞ることで経済効率を大きく改善できるとの指摘もあり、今後の経過を注視する必要がある。
また、17年6月にはインフラ投資に関わる労働力を強化するためのスキル実習教育への補助が公表された34。予算教書で職業訓練全般に対する予算削減が提案されるなか、この提案の実現可能性に対する疑問もみられるが、建築関連の技能を持つ労働者の高齢化と大規模な引退が予想される現状を踏まえると、インフラ関連労働者の需給のひっ迫に対応した内容との評価も見られる35。
(通商政策)
トランプ政権は、通商政策においてもこれまでの枠組みを根本から見直す取組を進めている。同政権が掲げる17年の通商政策アジェンダについては、3月に公表されたUSTR年次報告において、アメリカの労働者・事業者に対する公正な機会の確保、ダンピング輸出への厳格な対応、知的財産権の確保、通商協定の改定等36が示されており、自国経済優先の方針が明確に打ち出されている37。
特に通商協定については、17年1月に署名された大統領覚書38において、「将来の貿易協定の交渉では、二国間ベースで個々の国々に直接対処する」との方針を示した。具体的には、同覚書では環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱することが表明された。また、16年秋の大統領選期間中から言及していた北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉については、「現時点でNAFTAを終了させない」上で、「NAFTAの再交渉を可能とするために必要な内部手続きに従って迅速に進むこと」で合意している39。
こうした「二国間交渉」の方針のもと、アメリカにとって最大の貿易赤字相手国である中国との間では、17年4月に行われた米中首脳会談において「100日計画」の策定が合意され、農業や金融サービス、エネルギー等の分野で赤字削減に向けた交渉が行われている。これを受け、5月には「中国側が17年7月16日までにアメリカ産牛肉の輸入を許可」するなどで調整が進められることが決定した。
第1章でも述べた通り、貿易・投資関係の自由化はグローバルバリューチェーンの深化等を通じて世界経済を駆動する原動力となってきたことから、今後のアメリカの通商政策の動向に大きな注目が集まっている。
(規制緩和)
規制関係については、企業に対する負担等を低減させるとの観点から緩和を進めていく方針を示している。17年1月に署名された大統領令40の中で、17会計年度の規制上の上限として、(1)政府が1つの新しい規制を設ける場合には、少なくとも2つ、廃止する既存の規制を明らかにする、(2)廃止する規制を含むすべての新しい規制の費用増加分がゼロ以上にならないようにする、(3)新しい規制に関連する費用増加分は少なくとも2つの既存の規制に関連する既存の費用を取り除くことによって打ち消す、といった原則が示されている。
また、金融規制については、17年2月に署名した大統領令においてドッド=フランク法の見直しを打ち出すなど、世界金融危機以降進められた、アメリカ金融行政の景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)抑制からの方針転換を掲げている。大統領令を受け、6月には預金制度や銀行等の規制に関する検証結果41が報告された。同報告では、現行制度上の規制当局の業務重複削減を目指すべきとした上で、消費者金融保護局(CFPB)の権限縮小42、包括的資本分析レビュー(CCAR)やドッド=フランク法ストレステスト(DFAST)の実施対象行要件の緩和43、小規模行へのボルカールール適用除外等が盛り込まれている。金融規制の見直しについては、金融システムの安定性を損なうことなく、企業負担の軽減につながれば経済全体にとって望ましいものと考えられる一方、プロシクリカリティが発生し得る内容も多数含まれる点には留意が必要である。
(その他の政策)
移民政策関連では、アメリカ人を犯罪等から保護するとの目的の下、入国者を今後制限していく方針を示している。トランプ大統領は17年2月の上下両院合同議会演説において、アメリカに雇用を取り戻すため、合法移民のためにシステムを改革し、能力に基づく査証審査の仕組みを導入することを表明した。また、トランプ大統領は一連の大統領令の中で移民取締りにかかわる職員の増員を打ち出すなど、不法移民問題への対応強化44も掲げており、予算教書でも国境の安全に関する予算に26億ドル45を充てることとしている。
また、社会保障関連では、大統領就任直後に署名した大統領令において、いわゆるオバマケアの早急な撤廃を表明するなど、医療保険制度の見直しに取り組んでいる。17年3月に公表された声明では、オバマケアの下で医療費が増大し、医療オプションが減少したとして、消費者のコストを削減・選択肢を広げるために健康保険市場に競争性を回復させる、としている。こうした政権の方針の下で、国民に対する保険の加入義務撤廃やメディケイドの歳出削減等を盛り込んだ“American Health Care Act of 2017”が提出された46。同法案は17年5月に下院で可決されており、今後の動向が注目される。
以上みてきたとおり、トランプ政権は17年1月の発足以降、矢継ぎ早に経済・財政政策の方針を打ち出している。インフラ投資や減税の実施は、経済成長にプラスの影響を与えると考えられることから、これらの政策が実現していけば、アメリカの経済成長に一段と弾みがついていく可能性がある。