第2章 主要地域の経済動向と構造変化(第3節)
第3節 ヨーロッパ経済
ヨーロッパについては、英国のEU(欧州連合)離脱問題等の不透明感が漂う中、ユーロ圏では、緩やかな景気回復が続いており、英国では一部に弱めの動きがみられるものの、景気回復が続いている。しかしながら、ユーロ圏における回復は、機械設備投資等、全体に力強さを欠いている。また、近年好調に推移してきた英国においては、家計の消費に鈍化の兆しがみられるなど、今後回復が緩やかになることが見込まれる。ユーロ圏全体をみれば、フランス等の選挙は大きな混乱をもたらす結果には至らなかったものの、英国のEU離脱問題など引き続き様々なリスクに直面している。
本節では、ヨーロッパ経済の最近の動向を振り返るとともに、今後の見通しとリスクを整理する。
1.ユーロ圏と英国の経済動向
(1)ユーロ圏経済の動向
(個人消費主導の緩やかな回復)
ユーロ圏全体の実質経済成長率は、13年4~6月期以降16四半期連続のプラスを維持しており、雇用情勢の改善等を背景に増加する個人消費が景気回復を支えている(第2-3-1図)。小売・サービス・自動車販売等の消費関連指標も個人消費の増加基調を示している(第2-3-2図)。一方、ユーロ圏内の主要国では経済動向に差がみられ(第2-3-3図)、イタリアでは、雇用情勢の改善の遅れが個人消費の回復と景気全体の回復の遅れにつながっていると考えられる(第2-3-4図)。
(雇用情勢の改善には差異がみられる)
ユーロ圏全体の失業率は改善が続き、足元では、2000年以降の長期平均(9.6%)を下回っている。そのような中、主要国の雇用情勢には違いがみられる。ドイツの失業率は90年の東西ドイツ統一後最低の4%程度を更に下回って推移している。一方、スペインの失業率は、10年4月以来初めて20%台を下回る改善が続くものの、依然高水準となっており、フランス及びイタリアでも失業率が高止まりしている。特に、25歳未満の若年層の失業率は高いままである(第2-3-5図)。こうした雇用等の経済問題への失望がフランス大統領選挙等での既存政党離れにつながったとする見方もある。
(世界経済の改善から輸出は持ち直し)
15年中ごろより弱い動きとなったユーロ圏の輸出は、16年秋ごろより持ち直している(第2-3-6図)。世界経済の改善が鮮明となる中、アメリカや中国向け輸出の持ち直しの動きが顕著になっている。世界経済の改善による需要増に加え、同時期に進展したユーロ安もこれを後押ししていると考えられる(第2-3-7図)。一方、英国向け輸出は横ばい、ロシア向け輸出には底打ち感がみえてきている。また、ユーロ圏内輸出は、圏外輸出に比べ緩やかではあるものの、ユーロ圏経済の回復基調を反映して増加傾向にある。財別では、主要輸出品目である機械及び輸送機器を始め全ての財において増加しているが、非食品原材料、化学製品、鉱物性燃料等の原材料・中間財輸出の増加が顕著である(第2-3-8図)。輸出受注が増加していると回答している企業も増加しており、ユーロ圏の輸出環境は好転してきている(第2-3-9図)。
(輸出にけん引され生産にも持ち直しの動き)
16年前半ごろまで横ばいで推移していたユーロ圏の生産についても16年秋ごろより持ち直しており(第2-3-10図)、製造業の景況感も大幅な改善をみせている(第2-3-11図)。こうした動きは、景気回復による内需の増加もさることながら、前述の輸出の増加に支えられているところが大きいと考えられる。鉱工業生産の動向を産業別にみると、化学製品、輸送機器、コンピュータ・電気機器等、前述の輸出が増加した産業で生産増が目立つ(第2-3-12図)。また、製造業の販売動向を国内市場と国外市場でみると、国内市場での販売不振を国外市場での販売が補っていることが分かる。特に、ユーロ圏外での販売が増加傾向にあり、16年秋ごろに増加の勢いを増していることからも、製造業の生産の持ち直しが輸出にけん引されている様子がうかがえる(第2-3-13図)。
(先行き不透明感等から機械設備投資に改善の遅れ)
輸出や生産が持ち直しているにもかかわらず、企業の設備投資の改善には遅れがみられる。機械設備投資の動きをみると、緩やかな増加がみられるものの、依然として世界金融危機前の水準を回復しておらず(第2-3-14図)、国別にみても同様に回復が遅れている(第2-3-15図)。一方、設備稼働率の推移をみると約8年ぶりの水準にまで上昇しており、企業の設備過剰感は和らいでいる(第2-3-16図)。しかし、企業の設備投資計画は、最新の調査ではやや上向いているものの、依然として力強さに欠ける(第2-3-17図)。こうした機械設備投資の回復の遅れについては、企業の期待成長率の回復の遅れ1や不良債権問題、さらには、先行き不透明感が影響しているとみられ2、設備投資が力強く回復する重しとなっていると考えられる。
このように持ち直しの動きがみられるものの機械設備投資の改善には遅れがみられる一方で、景気回復や低金利等の下支えもあり、建設投資には持ち直しの動きが顕著である。ユーロ圏では、近年、建設業の生産が持ち直し傾向にあり(第2-3-18図)、主要国の建設投資は持ち直しの動きをみせている(第2-3-19図)。こうした動きは、受注の改善とともに景況感の大幅な改善を示す建設業の景況感にも表れている(第2-3-20図)。特に、建設投資の中でも住宅投資に持ち直しの動きがみられており、固定投資に占める割合も徐々に拡大している(第2-3-21図)。後述するように、ドイツでは住宅建設ブームともとれるほど住宅建設が増加しつつあり、機械設備投資の改善が遅れる中、固定投資全体の下支えとなっているとみられる。
(財政政策の動向)
EU諸国は「安定成長協定」(SGP:Stability and Growth Pact)により、財政赤字や債務残高GDP比を規定の範囲内3に抑えることが求められている。ユーロ圏では、金融支援を受けているギリシャを除き、フランス及びスペインが過剰財政赤字是正措置適用国として欧州委員会の監視対象となっている(第2-3-22図)。16年にはユーロ圏の多くの国で景気回復や低金利等を背景に財政収支が改善しており、金融支援を受けているギリシャも16年は財政収支黒字に転換している4(第2-3-23図)。
EU及びその加盟国では、「欧州セメスター」5を通じて、財政の健全性の確保やマクロ経済不均衡の是正等に向けた取組を進めており、各国の財政収支の改善は、景気回復によるところが大きいが、財政健全化に向けた努力が着実に実っていることの表れとも考えられる。一方で、力強さに欠ける景気回復が続く中で、加盟国は投資の促進等を通じて経済成長を力強いものとしていくことが求められている。財政健全化と経済成長について、今後どのように取り組んでいくかが注目される。
(ECBは金融緩和を継続)
デフレリスクの高まりを受けたECB(欧州中央銀行)の金融緩和策が続く中、16年半ばごろよりユーロ圏の消費者物価上昇率は上昇し始め、一時は、ECBのインフレ参照値6に達する場面もあった(第2-3-24図)。しかしながら、こうした動きは、エネルギーや食料品価格の上昇によるところが大きく、コア物価上昇率は依然として横ばいで推移しており(第2-3-25図)、ECBは現在も金融緩和を継続するスタンスを変えていない。17年6月の政策理事会後の声明でECBのドラギ総裁は、ユーロ圏の景気について、より力強い動きとの認識を示した上で、経済見通しを取り巻くリスクについても「おおむね均衡がとれている」と表明した。また、インフレについては、「インフレの基調はなお停滞している」との認識を継続した。一方で、デフレリスクが払拭されたことを理由に挙げつつ、必要が生じた場合には利下げを行う可能性を否定するものではないことを強調しながらも、「政策金利は、非常に長期にわたり、そして資産買入れ実施期間を十分に超えて現在の水準にとどまると予想する」として、金利引下げの可能性を声明文からは削除した。その上で、「必要があれば資産買入れプログラムを強化する用意がある」旨の文言は維持した。
こうした中、金融市場では、量的緩和政策の縮小等のECBの金融政策の変更について意識されるようになった。前述の政策理事会における量的緩和政策の縮小の議論についてドラギ総裁は否定したが、同政策理事会の決定は、量的緩和政策の縮小への第一歩であるとする見方もある。ユーロ圏の景気は緩やかな回復が続くが、主要国間の経済動向には差異があり、基調的なインフレも停滞している。また、英国のEU離脱問題に伴う不透明感等のリスクは依然として存在する。今後もECBには難しい金融政策の舵取りが求められていると言える。
(i)ドイツ経済の動向
(個人消費主導の緩やかな景気回復が続く)
ドイツの実質経済成長率は、17年1~3月期前期比年率+2.4%と14年4~6月期以降、11四半期連続のプラス成長となり、良好な雇用・所得環境(前掲第2-3-5図)に支えられた個人消費に主導され、緩やかな景気回復が続いている(第2-3-26図)。
(企業部門は改善の動きがみられる)
一部に弱めの動きがみられていた企業部門についても、世界経済の回復やユーロ安等を背景とした輸出の増加が生産や投資の持ち直しの動きに波及してきている。
輸出は、仕向先別では、主に中国やアメリカ等のユーロ圏外向けが(第2-3-27図)、商品別では、電子機器、化学製品及び一般機械の増加が顕著となっている(第2-3-28図)。
こうした輸出の増加を背景に、生産にも持ち直しの動きがみられ、産業別では、電子部品・電子機械や一般機械の増加が顕著である(第2-3-29図)。また、外需に加え、国内受注も足元で高い水準を保っていることから(第2-3-30図)、今後も生産活動が上向いていくことが期待される。
また、これまで英国のEU離脱問題等の政策に関する不確実性等から、弱い動きを示してきた機械設備投資にも改善の動きがみられ始めている(第2-3-31図、第2-3-32図)。輸出の増加や生産の持ち直しの動きから、設備稼働率は高水準7となっており、これらを背景に、企業の機械設備投資には、生産能力増強や維持更新8を理由とした改善の動きがみられる(第2-3-33図、第2-3-34図)。
(ドイツ住宅市場の動向)
ドイツの建設投資には持ち直しの動きがみられ、特に、住宅投資の動きが顕著である。ドイツの住宅市場は、世界金融危機の前後においてスペインにみられた住宅バブルの形成と崩壊のような問題の影響が少なかったこともあり、機械設備投資が弱い中で、住宅投資が固定投資全体を押し上げ、ドイツの堅調な経済成長を下支えしている(第2-3-35図)。
(大都市圏を中心に住宅価格が上昇)
こうした中、ドイツでは足元で住宅価格の上昇が勢いを増している。住宅価格は10年以降一貫して上昇しているが、足元の上昇は、ユーロ圏の中でも顕著である(第2-3-36図)。特にミュンヘン等の大都市における価格は急上昇をみせており、ドイツ全土の平均住宅価格が16年前年比で7.7%であるのに対して、同10.5%の上昇となっている(第2-3-37図)。
住宅投資の増加や住宅価格の上昇等、住宅市場の活発化の背景には、増加する住宅需要の一方で供給が不足しているという状況がある。その要因としては、需要側では、世帯数の増加、所得の上昇、低金利、税制上のインセンティブ9等があるとされる。他方、供給側では、柔軟な住宅供給を阻害する建築規制や環境規制等があるとされる10 11。以下では、住宅の供給不足の状況を確認した上で、需要側の要因である、移民等の人口の流入と住宅ローン金利の低下の状況についてみていく。
(住宅建設受注等は増加も供給不足)
住宅建設の受注動向をみると10年を底に右肩上がりで増加しており(第2-3-38図)、新規の住宅建設許可件数や建設完了件数も増加している(第2-3-39図)。
ドイツ政府によれば、20年までに移民による影響も含めて毎年約35~40万戸の住宅需要が生じるとされているが12、供給不足から需給ギャップの解消には至らないとみられている(第2-3-39図)。特に、ミュンヘン等の大都市では、住宅供給が追い付いていないと言われている13。ドイツ政府は、官民一体となった住宅建設促進策を提言し、規制緩和や公営住宅開発等により適正価格での住宅供給に取り組んでいる14。
(移民流入等から人口が増加)
ドイツの人口動態をみると人口の純自然減が続く一方で、移民の純流入が続いている(第2-3-40図)。2000年以降の人口の推移をみると、ドイツ全土では横ばいである一方、ミュンヘン、フランクフルト15等では人口が大幅に増加している(第2-3-41図、第2-3-42図)。また、移民の純流入には難民の急増も含まれ、住宅需要の増加の一因となっているとみられる。
(金融緩和策等から住宅ローンが低下)
ECBは、08年後半より順次政策金利を引下げるなど金融緩和を進めてきた。これにより、住宅ローン金利も低下傾向にあり(第2-3-43図)、ECBのBLS(銀行貸出調査)によれば、住宅購入向けの資金需要は、足元でやや減少しているものの、先行きは増加を示しており、住宅購入に対する資金需要は引き続き旺盛とみられる(第2-3-44図)。
(住宅価格の動向と経済的な影響の可能性)
ドイツでは、住宅価格が所得や賃料を上回るペースで上昇している(第2-3-45図)。これらの比率が長期にわたり上昇する場合や過去のトレンドとのかい離が拡大していくような場合には、価格がファンダメンタルズに基づかず過大評価となっている可能性も考えられる。
欧州委員会によれば、現在のドイツの住宅価格の上昇は、需要の増加に対する供給不足が主因であることから、ファンダメンタルズに沿った動きであり、過大評価されているものではないとしている16。また、ECBによれば、ユーロ圏全体でみた場合でも、現在の住宅価格の上昇はファンダメンタルズに沿ったものであり、07年ごろのような住宅市場の過熱感はみられないとしている17。一方で、住宅価格の上昇は今後も続くとみられており18 19、ミュンヘン等の大都市における住宅価格の上昇が顕著であり、地域的な差があることも欧州委員会は指摘している。このため、今後の住宅市場の動向には注視が必要である。
ドイツの住宅関連支出(賃料・電気・ガス・その他燃料費を含む)は個人消費の約17%(15年)を占め、住宅投資は固定投資の約30%(16年)、建設投資の約60%(16年)を占める(第2-3-46図)。こうした特徴はユーロ圏平均と大きな違いはないものの、住宅関連支出のうち賃料はユーロ圏を上回る。ドイツは、ユーロ圏の中でも賃貸比率が高く、住宅コストが高いと言われている(第2-3-47図)。足元では消費者物価指数で見た賃料は安定しているが(第2-3-48図)、今後、上昇するような場合には、消費にマイナスの影響を与える可能性もあると考えられることから、住宅市場の動向には注意が必要である。
(ii)フランス経済の動向
(個人消費が主導し緩やかに回復)
フランスの実質経済成長率は、16年は前年比1.1%と15年の成長率をわずかに上回った。17年1~3月期の成長率は前期比年率1.9%となり、緩やかに回復している(第2-3-49図)。14年以降のフランス経済は内需、特に個人消費によって支えられており20、家計の財消費支出の動向をみると、15年11月のパリ同時多発テロや16年7月のニースでのテロ事件等の影響もあって一時的な落ち込みがみられたものの、14年以降は上昇傾向にある(第2-3-50図)。
また、固定投資の動向をみると、16年半ばに伸びが鈍化した後、企業投資の回復を背景に緩やかに増加しており、13年後半から減速していた住宅投資も15年10~12月期から増加している(第2-3-51図)。企業投資の内訳をみると、機械機器や情報通信、輸送機器等が下支えする形となっており(第2-3-52図)、この背景には、機械機器、輸送機器の輸出が増加している(第2-3-53図)ほか、設備投資に対する税の優遇措置21終了前に駆け込みがあったことも要因と考えられる。
16年後半よりPMI等の企業マインドも改善しており、今後は企業部門の回復が、高止まりしている失業率の低下等雇用環境を改善させ、個人消費の更なる回復につながることが期待される。一方でフランスでは、若年層の失業率がユーロ圏と比べて依然として高水準にあるなど、構造的な問題も抱えていることには留意が必要である(第2-3-54図)。
(フランス新大統領の経済政策)
4月23日及び5月7日に行われた大統領選挙の結果を受けて、17年5月14日に中道独立系のマクロン氏が大統領に就任した。マクロン大統領は、オランド政権の経済・産業・デジタル大臣として、規制緩和推進のため「経済の成長と活性化のための法律(マクロン法)」を成立させるなど、企業活動の活性化に向けた政策を推し進めた。選挙戦中に掲げた政策においても、法人税減税、社会保障費軽減による労働コストの削減等、企業活動の活性化を通じた雇用環境の改善を目指している(第2-3-55表)。特に、若年層失業率の改善に対しては、若年層への職業訓練を通じた雇用拡大を掲げている。6月11日及び18日に行われたフランス国民議会(下院)選挙においては、マクロン大統領の支持母体である「共和国前進」及び連立を組む「民主運動(MoDem)」が過半数の議席を獲得し、政権運営の安定的基盤の確保に成功したとみられている。こうした状況において、マクロン大統領の掲げる各種政策が雇用・所得環境の改善を通じて、今後のフランス経済の下支えになるかが注目される。
(iii)イタリア経済の動向
(回復が遅れるイタリア経済)
イタリアの実質経済成長率は、16年は前年比1.0%となり、15年の同0.7%を上回り10年以来の伸びとなったが、景気の回復は他のユーロ圏諸国と比べると緩やかなものにとどまっている。17年1~3月期の成長率は前期比年率1.8%となり(第2-3-56図)、足元の経済は、固定投資、なかでも輸送機器等の機械機器を中心とした設備投資によって支えられている(第2-3-57図)。
外需の動向をみると、ユーロ圏経済の緩やかな回復等を背景に16年以降はユーロ圏内向けの輸出が輸出額全体を支えていたが、足元では世界的な需要回復もあり、ユーロ圏外向けの輸出も急速に増加している。一方で、個人消費を中心とした内需に力強さがみられないこともあり、鉱工業生産は足元でようやく12年の水準を回復したにすぎない(第2-3-58図)。
イタリア経済の回復が緩やかなものにとどまっている要因としては、個人消費の低迷が挙げられる。欧州債務危機以降、11年後半から失業率が上昇するとともに、小売売上高は減少してきた。足元でも、高止まりしている失業率や賃金の伸び悩み等雇用・所得環境の改善の遅れを背景に、小売売上高は依然として景気後退前の水準を回復できていない(第2-3-59図、第2-3-60図)。高水準にある不良債権比率の問題(後述)や、政府債務残高の高止まり22、また総選挙23をめぐる先行き不透明感等を背景とした経済の下振れリスクもあることから、今後の個人消費の動向には注意が必要である。
(イタリアの不良債権問題の現状)
イタリアの不良債権比率は、金融危機以降、15年まで上昇し続け、足元では前年と比べやや低下したものの、依然として高水準なままである(第2-3-61図)。ECBが直接監督する銀行の集計でみると、イタリアの銀行貸出債権の約15%が不良債権であり、ユーロ圏全体の不良債権の約3割を占め最大の規模となっている(第2-3-61表)。不良債権の拡大については、後述のとおり様々な要因や背景が指摘されているが、不良債権比率の高止まりが、銀行による新たな貸出の抑制等を通じて、経済への下押し圧力となるばかりでなく、更なる悪循環を招く可能性もあることから、不良債権の解消はイタリア経済にとって重要な課題となっている。また、イタリアで金融不安が生じた場合、欧州全体の金融システムに悪影響が及ぶ可能性も否定できない。
イタリアの不良債権問題の現状について整理すると、イタリア中央銀行によれば、16年末の不良債権額は約3,500億ユーロ、GDP比20.9%に及んでおり、その中身についてみると、最も深刻とされる破たん債権(Bad Debts)がおよそ6割を占めている24。不良債権には貸倒引当金が計上されるが、16年末時点の引当率は50.6%と、ECBが公表しているユーロ圏の平均レベル(約46%)を上回っている(第2-3-62表)。しかし、この引当額については、従来の会計基準25では銀行の貸倒引当金が過少となる可能性があったことや、銀行の健全性を示す指標の一つであるテキサス・レシオが、ユーロ圏平均を大きく上回ることなどから26、不十分だとの指摘もみられる。
不良債権比率が上昇した背景については、もともと銀行数が多く競争が激しい中で、甘い審査による貸出を行い、収益性が低いという問題があったところに、世界金融危機や欧州債務危機後、イタリア経済の回復が遅れたことなどが指摘されている27。
不良債権問題の解決が遅れた背景には、上述のとおり貸倒引当金が過少であったことや、税制上、不良債権の償却による損失を損金算入するには、裁判所による破たん認定が必要となるが、これに長期間を要するといった構造的要因があり、銀行は損失につながりやすい不良債権の償却や売却に消極的となったことなどが指摘されている。また、スペインのように不良債権を移管する資産管理会社が存在しなかった28ことや、破たん認定から担保物件の売却までに、他の欧州諸国と比べて長期間を要するなど不良債権処理の仕組みが不十分であった点等も指摘されている。なお、足元では経済が緩やかながらも回復していることもあり、新規の不良債権発生比率は低下傾向にあるものの、新規破たん債権の発生比率は依然として高止まりの状況にある(第2-3-63図)。
こうした不良債権問題の改善に向けて、イタリアでは15年以降、政府や民間において様々な取組が行われてきたが(第2-3-64表)、16年7月にEBA(欧州銀行監督機構)より公表されたストレステストの結果29、イタリア大手銀行に資本不足懸念が生じ、イタリアの銀行株が急落するなどの混乱が生じた。同行の救済にあたっては、公的資本の注入も検討されたものの、同行より、16年7月及び10月に、不良債権処理スキーム(第2-3-64表)を活用した不良債権の売却や増資を含む再建計画が発表された。これは、16年1月に施行されたEUのBRRD(銀行再生・破たん処理指令)では、公的資本注入前に債権者や預金者が銀行の損失を負担する、いわゆるベイルインが必要とされるため、イタリアではその適用が困難30とみられていたからである。しかしながら、結果的に再建計画は不調に終わり、16年12月にイタリア政府は同行への公的資本注入を閣議決定し、17年2月には経営難の銀行に対し最大200億ユーロの公的資本を注入する法案が議会で可決された。イタリア政府による同行への公的資本注入は、BRRDに例外条項として規定されている「予防的な資本増強(precautionary recapitalization)」を適用した上で、ベイルインによる債権者の負担を可能な限り軽減することを模索しているとみられているが、例外条項適用の妥当性等については、今後、欧州委員会やECBが判断を下すことになっている31。また、イタリアで他行を救済する場合においても、同様の処理ができるかは不透明32であり、今後の動向が注目される。
(iv)スペイン経済の動向
(14四半期連続のプラス成長が続く)
スペインの実質経済成長率は、16年は前年比3.2%と15年と同じ成長率を維持し、17年1~3月期の成長率も前期比年率3.3%と14四半期連続のプラス成長となり、堅調な回復が続いている(第2-3-65図)。
需要項目別にみると、総じて内外需のバランスがとれているが、特に雇用情勢の改善に支えられた個人消費を中心とした景気回復が続いている。
個人消費は、08年の金融危機前の水準には回復していないものの、小売売上や新車登録台数の増加をみても、13年以降堅調に推移している(第2-3-66図)。堅調な個人消費の背景には、依然として失業率は高水準であるものの、改善が続く雇用情勢が後押ししていると考えられる(第2-3-67図)。
企業部門をみると、堅調な内外需を反映し、生産も増加している。全ての産業において生産の増加傾向がみられるが、輸送機器や化学製品の増加が顕著である(第2-3-68図)。
輸出は、世界経済の改善やユーロ安を背景として、16年中ごろより持ち直している。仕向先別にみると、フランス、ドイツ等のユーロ圏内向けも英国、アメリカ等のユーロ圏外向けもともに堅調である(第2-3-69図)。商品別では、ほぼ全ての財が増加傾向にあり、中でも、輸送機器や化学製品の増加が顕著である(第2-3-70図)。輸出受注が増加しているとする企業も増えており、スペインの輸出環境は改善してきているとみられる(第2-3-71図)。
固定投資の動向をみると、世界金融危機前の水準への回復には至っていないが、内外需の押上げを受け、機械設備投資を中心に緩やかに増加している(第2-3-72図、第2-3-73図)。
このような堅調な経済成長が続くスペインではあるが、失業率は17.8%と高く、特に16~24歳若年層の失業率は39.3%と他のユーロ圏諸国と比較して高い水準にある(第2-3-74図、第2-3-75図)。若年層の雇用が進まない場合、人的資本の蓄積が遅れ、長期的な経済成長にマイナスの影響が及ぶ可能性もあることから、今後の動向が注目される。
(2)英国経済の動向
(i)最近の英国経済
(一部に弱い動きがみられる英国経済)
英国経済は、このところ一部に弱めの動きもみられるが、景気回復が続いている。17年1~3月期の実質経済成長率は、前期比年率0.7%と16年1~3月期以来の成長鈍化となった。
これまで英国の経済成長をけん引してきた個人消費や、個人消費に関連したサービス産業の成長鈍化が影響しており、後述するように、ポンド安等による消費者物価の上昇が家計の購買力を低下させ、これによる個人消費の下押しが顕在化し始めたと言える(第2-3-76図)。
(輸入物価上昇の消費者物価への転嫁が進む)
15年末以降の大幅なポンド安や16年初からのエネルギー価格の上昇等により、それまで前年比マイナスが続いていた輸入物価や生産者投入価格は、16年入り後、急速にマイナス幅を縮小させ、16年半ばにはプラスに転じ、その後はプラス幅を拡大させていった(第2-3-77図)。生産者産出価格についても、比較的緩やかではあるが、16年半ば以降上昇基調を示している。こうした流れを受けて、消費者物価についても16年半ばごろより上昇が加速し始めている。エネルギーと非加工食品を除いたコア物価は比較的安定して推移していたが、これについても16年末ごろから上昇率が高まった(第2-3-78図)。このように、ポンド安やエネルギー価格上昇等を受けて、川上の生産から川下の消費へと価格転嫁が進んでいった様子がうかがえる。
消費者物価上昇率を項目別にみると、エネルギー価格上昇に伴い輸送が大きく上昇に寄与していること、14年後半以降マイナスに寄与していた食品・非アルコール飲料が、徐々にマイナス幅を縮小させ、17年3月にプラスに転じたことが特徴として挙げられる(第2-3-78図)。食品価格は輸入物価の影響を受けやすいため、それが表れた形となっている。食品価格の上昇がそれまで抑えられてきた背景には、スーパーマーケット間の価格競争があったと指摘されている33。また、消費者がインターネット販売の普及により価格に敏感になっているため、食品小売業者及び食品生産者は、仕入れ価格上昇をこれまで以上に吸収することで、マーケットシェアを維持してきたとも指摘されている34。しかし、ポンド安の急激な進展が、これ以上の企業による仕入れコスト増の吸収を難しくしたため、価格転嫁が進んでいるものとみられる。
(雇用情勢は改善が続くものの、賃金が低迷)
雇用情勢は改善が続いている。ILO基準の失業率は4.6%にまで低下し、75年以来の低水準となっている(第2-3-79図)。就業者数の増加とともに、労働力人口も緩やかに増加しており、労働需給のひっ迫が労働市場への参加を促すと同時に雇用も拡大している状況にある(第2-3-80図)。ただし、労働市場の先行指標として位置づけられる失業保険申請件数等が足元で若干悪化している。
一方、労働需給がひっ迫する中でも、このところ賃金は伸び悩んでいる。名目週平均賃金は伸びが低下してきており、また、先にみた消費者物価の上昇を受けて、実質賃金は17年3月以降前年比マイナスとなっている(第2-3-81図)。
(物価上昇から消費の一部に弱めの動き)
これまで英国経済は個人消費を中心に支えられてきたが、一部に弱めの動きもみられ始めている。第2-3-82図は、実質小売売上高と小売物価デフレーターの推移を示したものであるが、小売物価デフレーターの上昇を受けて、16年11月以降、実質小売売上高は伸びが低下傾向となっている。また、17年1~3月期の個人消費は、前期比0.3%と14年10~12月期以来の低い伸びにとどまった(前掲第2-3-76図)。これは、先にみたとおり、昨年後半以降の物価上昇の影響により、実質賃金の伸びが顕著に低下するなど、購買力低下による消費者の買い控えが表れてきたものと考えられる。また、消費者信頼感についてみると、EU残留・離脱を問う国民投票直後の16年7月に大きく低下した後、急激に回復したものの再び低下し、依然としてマイナス圏内で推移している(第2-3-83図)。
(輸出は増加、生産はこのところ横ばい)
英国の企業部門の動向をみると、輸出については、世界経済の持ち直しによる外需拡大とポンド安により増加している(第2-3-84図)。仕向先別では、特に16年後半以降のポンド安が進んだ局面で、アメリカ、EU、中国向けが増加している(第2-3-84図)、財別では、16年に入り機械・輸送機器が堅調に伸びており、年後半からは化学製品も増加し、秋ごろからは原油輸出に回復がみられる(第2-3-84図)。
次に生産についてみると、鉱工業生産指数は、16年秋以降徐々に持ち直しに向けた動きがみられるようになった(第2-3-85図)。製造業の新規輸出受注と生産活動の関係をPMI指数でみると、おおむね連動した動きとなっており、輸出が生産活動に好影響を与えたとみられる(第2-3-86図)。また、ポンド安の影響により、輸入から国内のサプライヤーに切り替える動きもみられ、国内からの受注が増えたことも、生産増加の要因と言われる35。しかし、17年に入り、振れの大きい基礎医薬品の減少に加え、暖冬の影響により電気・ガス・熱供給も減少した。また、個人消費の一部に弱めの動きもみられることから、国内向け消費財の出荷に鈍い動きがみられた。これを背景に、生産はこのところ横ばいの動きとなっている。
設備投資については、設備投資に大きな影響を与える企業の利益率の動向をみると、サービス業では足元でやや鈍化しているが、サービス業、製造業ともに上昇傾向にあり(第2-3-88図)、また、BOE(イングランド銀行)の企業調査では、EU残留・離脱を問う国民投票直後は設備投資意欲が急激に低下したものの、その後、輸出の増加等を背景に、製造業、サービス業ともに上向いている(第2-3-89図)。一方で、17年1~3月期の設備投資は前期比0.6%と横ばいの動きとなっており(第2-3-87図)、今後の設備投資については、本格的に始まるEUとの離脱交渉の行方を見極めながら、企業は慎重に投資判断を行うと考えられる。
(経済安定を第一の目的とした財政)
英国政府は、17年3月に17年度の予算案及び経済財政見通しを公表した。政府は20年度までに、公的部門36の構造的財政赤字GDP比を2%以内にするとの財政健全化目標を掲げており、今回の見通しでは、15年度実績の3.6%から18年度には1.9%に改善し、目標を達成すると見込まれている。また、この他に20年度より純債務残高GDP比を低下させるとの副目標が掲げられており、これについては17年度の88.8%をピークに、その後毎年度低下していくものと見込まれている(第2-3-90表)。
17年度予算は、英国がEU離脱プロセスを始める中で、経済安定を第一の目的とし、若年層の教育・雇用機会の拡大や介護等の公共サービスの充実等に重点が置かれている。また、比較的低い英国の生産性上昇率37を向上させるべく、新産業戦略38に基づく施策に予算を割いている。
(BOEは金融緩和を継続)
BOEは、景気下支えの観点から、16年8月に政策金利の引下げや資産買入れ枠の拡大等の金融緩和策の導入39を決定した。その後も同政策を維持し、17年6月の金融政策委員会においても、同政策を維持することが決定された。一方、5月の金融政策委員会後の声明文では、「金融政策が緩和と引締めのいずれの方向にも動きうる」とされていたものの、予想を上回る物価上昇等を背景に、6月の金融政策委員会の後の声明文では、「全てのメンバーが政策金利の引上げは限定的かつ緩やかなペースで行われる旨に同意した」と利下げの可能性が取り下げられた40。今後は、予想を上回る物価の上昇と個人消費を中心とした景気減速をにらみながら、BOEには難しい金融政策のかじ取りが求められる。
(ii)英国のEU離脱をめぐる動向
(英国経済は当初想定より堅調に推移)
これまで英国の最近の経済動向をみてきたが、ここからは英国のEU離脱をめぐる動きについて概観していく。16年6月の国民投票で英国のEU離脱が決定されたが、英国経済は、当時想定された以上に堅調に推移してきた。例えば、国民投票直後に公表されたIMF(2016)では、離脱に伴う不確実性により国内需要が大きく落ち込むと予測されており、16年の実質経済成長率を1.7%、17年を1.3%と見込んでいた41。しかし、実際には国内需要は急速には落ち込まず、成長率は16年に1.8%となり、17年の見通しは2.0%に上方修正されている42。
それでは、当初の想定よりも経済が良好であった要因はどこにあるのか。考えられる要因としては、(1)BOEによる金融緩和政策の効果、(2)世界経済の持ち直しによる外需の寄与、(3)企業による仕入れコストの転嫁の遅れ、などが挙げられる43。
(BOEによる金融緩和政策の効果)
BOEは政策金利の引下げと同時に引下げの効果の浸透を強化するため、新たな貸出促進策(TFS:Term Funding Scheme)44を導入したが、これにより金融緩和の効果がより発現したとみられる(第2-3-92図)。金融機関からの家計や企業向け貸出の増加が国民投票後も継続しており、当初想定されたような資金調達環境の急激な引き締まりはみられなかった(第2-3-93図)。
(世界経済の持ち直しによる外需の寄与)
16年秋ごろより世界経済の持ち直しから世界的に貿易が拡大しており、英国の主要輸出先であるアメリカ、ユーロ圏、アジア新興国の輸入も急速に増加している(第2-3-94図)。こうした外需の拡大が、16年からのポンド安に加えて、更に英国の輸出の増加を促進させたと考えられる。
(企業による仕入れコストの転嫁の遅れ)
輸入物価の上昇が、消費者物価に波及するには一定のタイムラグがある。また、財やサービスによって、その程度や長さも異なる。一般に、食料品価格は外部要因に左右されやすく、仕入れコストの変化に素早く反応する傾向があると言われている45。特に英国では、消費される食料品の約50%が輸入であることもあり、為替レート等による輸入価格の変化に対して、食料品の小売価格は他の品目よりも素早い反応を示すと言われている46。また、食料品価格の変化は、家計が消費者物価の上昇を認識するのに最も影響を与えているとの調査結果も出ている47。
第2-3-95図は、過去の為替レートの変動と、消費者物価、食料品価格の動きを示したものである。過去のポンド安局面では、輸入物価の上昇に応じて食料品価格も上昇しており、その上昇率は消費者物価全体よりも高くなっている。今回のポンド安局面での特徴は、輸入物価が上昇し始めた際に、消費者物価全体は緩やかに上昇しているが、食料品価格は逆に15年初から16年秋ごろまで下落が続いていることである。これは、前述のとおり、英国の小売業界におけるシェア争いを反映して、輸入物価上昇に伴う仕入れコストの増加分を小売業者が吸収していたため、小売物価への転嫁がなかなか進まなかったことによると考えられる。こうした食料品価格への波及のタイムラグが、今回のポンド安局面では大きかったことが、直ちに消費の落ち込みにつながらなかった一因と考えられる。
(英国は正式にEUに離脱通知を行い、交渉開始)
次に、英国のEU離脱交渉をめぐる動きをみていきたい(第2-3-96表)。
英国では、EUとの離脱交渉に先立ち1月にメイ首相より、EU離脱に関する12の目標として、EU単一市場から離脱し、EUとの間で大胆で野心的なFTAを追求すること、現在の関税同盟からは離脱すること、EUから英国への移民を管理すること、などが表明された48。その後、離脱通知には議会の承認が必要との最高裁判決を受け、英国政府は、首相に離脱通知権限を付与するEU離脱法を議会に提出し、同法の議会での成立を経て、3月末にEU基本条約第50条に基づく離脱通知を行った。
一方で、EUでは、英国からの正式な離脱通知を受け、4月にEU内の離脱交渉の全体的枠組み等を定めた交渉指針が、5月に交渉のガイドライン等を盛り込んだ交渉指令が採択された。
6月19日には、EUとの第1回の交渉が行われ、今後の交渉の進め方として、英国在住のEU市民やEU在住の英国市民の権利の保護等を優先的に交渉すること49、FTA等の英国とEUの将来の枠組みに関する交渉は、これら優先事項の交渉に十分な進展がみられた後に行うことなどで一致した。今後、これらの優先事項の交渉が本格化していくことになる。
2.ユーロ圏及び英国経済の見通しと主なリスク
(ユーロ圏では緩やかな回復が続く一方、英国では回復が緩やかに)
ユーロ圏の景気は、雇用・所得環境の改善による消費の増加や世界経済の回復による外需に支えられ、緩やかな回復が続くことが期待される。
英国では、EU離脱問題に伴う不透明感の高まりによる影響から、回復が緩やかになることが見込まれる。
国際機関等による経済見通しでは、ユーロ圏では緩やかな回復が続き、英国は回復が緩やかになると見込まれている(第2-3-97図、第2-3-98表)。
(主なリスク)
(1)英国のEU離脱問題と政策に関する不確実性
17年6月に英国のEU離脱に関する第1回交渉が開始され、今後交渉が本格化していくものとみられる(前掲第2-3-96表)。当初、英国は交渉開始から速やかにFTA等のEUとの将来の枠組みに関する交渉に入りたいとの意向を示していたが、前述のとおり、英国・EU双方は、英国のEU離脱から生じるであろう不確実性を回避し、秩序だった離脱を進めるため、英国・EU双方の市民の権利の保護等を優先的に交渉することで一致した。その一方で、英国は何らの協定もないまま離脱を行ういわゆるハードブレクジットも辞さないという方針を変更していない。交渉の進め方では一致したものの、交渉の行方には依然として不透明感が存在する。
また、16年12月のイタリア国民投票やオーストリア大統領選挙に次いで、17年3月のオランダ総選挙では、EU離脱やイスラム系移民排斥を掲げる政党が、5月のフランス大統領選挙では、EU離脱等を掲げる急進右派候補の躍進が注目されたが、大きな混乱をもたらす結果には至らなかった。今後も、ドイツ総選挙(17年9月)、オーストリア総選挙(17年10月)、イタリア総選挙(18年5月までに実施)50といった重要な選挙が予定されており、政策に関する不確実性の影響等に留意する必要がある。
(2)地政学的リスク
15年のパリ同時多発テロ以降も、ヨーロッパではテロがしばしば発生し、イスラム過激派組織(ISIL)との関係も指摘されており、このようなリスクの高まりは企業や消費者のマインドの悪化、観光客の減少等を通じて投資や消費を抑制し、景気を下押しする可能性がある。また、ウクライナに対する和平の完全履行が実行されない中、EUによるロシアへの経済制裁が続いており(18年1月末まで)、今後の動向には注意が必要である。
(3)その他のリスク
ユーロ圏の失業率はこのところ低下が続いているが、域内国の雇用情勢の改善度合いには違いがみられる。特に、若年層の失業率は南欧諸国を中心に極めて高い水準となっており、注意が必要である。
また、ユーロ圏の物価上昇率は累次の金融緩和にもかかわらず、ECBの目標を下回って推移しており、金融政策の動向と併せ、注意が必要である。
加えて、一部の金融機関の財務体質の脆弱性に起因する金融市場の変動にも注意が必要である。16年7月にはEBAが主要51行を対象にストレステストを実施し、EU内の銀行部門全体としては健全であるものの、個別行の結果には大きなばらつきがあるとの結果を公表している51。金融機関の動向には引き続き注意が必要である。
コラム2-1:ギリシャ経済の動向と金融支援
2009年の債務危機以降の経済悪化の中、ギリシャはEU等の支援を受けながら、経済財政改革を進めており、一時は10%近い経済の落ち込みを経験したものの、次第に経済にも改善の兆しがみえ始めている(図1)。一方で、ギリシャの自律的な経済回復に懐疑的な見方や緊縮財政による国内の閉塞感もみられるなど、ギリシャに対する金融支援のあり方にも注目が集まっている。ここでは、ギリシャの最近の経済と金融支援の動向について概観する。
1.近年の経済動向
金融支援を受けながら、ギリシャ政府は経済財政改革を進めているが(図1)、歳出削減(図2)による政府消費の減少や純輸出の低迷の一方で、雇用情勢の改善を背景に個人消費を中心に経済には改善の兆しがみえ始めている。
欧州委員会によれば、雇用情勢の改善を背景に個人消費が引き続き経済成長を支え、観光セクターの改善により純輸出も押上げに寄与することから、17年及び18年はプラス成長に転じると見込まれている(注1)。
しかしながら、ギリシャが進める増税や年金削減等の改革は個人消費を下押しする可能性がある。その一方で、改革の遅れそのものがギリシャにとっての下方リスクともされ、改革の進捗状況の審査(以下「レビュー」という。)が遅れるたびに信用不安が取り沙汰されるなど(注2)、ギリシャ経済の動向も左右する状況となっている。
2.第3次金融支援の概要とその動向
ギリシャに対する第3次支援は、3年間で総額約860億ユーロの融資を行う条件として、包括的な経済財政改革に取り組むこととなっており(表3)、債権団が四半期ごとに改革の進捗状況をレビューしている。しかしながら、改革は痛みを伴うものであることなどからレビューも進まず、融資の実行にもしばしば遅れ(表4)がみられ、16年10月時点で融資枠のうち317億ユーロの融資が実行されるにとどまっている。こうした中、ギリシャに対する第2次レビューも滞り、融資再開交渉は難航していたが、17年5月にはギリシャが財政改革法案を可決成立させたことから、同年6月15日のユーログループ会合において同レビューが実施され(注3)、融資再開が合意された。近く85億ユーロの融資が実行される見通しであり、17年7月に控える大型国債償還にも目途が立ったと言える(図5)。
3.ギリシャ支援の今後
融資再開が遅れた背景には、ギリシャの改革の遅れに加え、債務の持続可能性を巡る債権者間の意見の隔たりがあったと言われる(注4)。IMFは、ギリシャが必要な改革を行ったとしても、その後も必要な借入額と返済額の推移に鑑みると、債務の持続可能性が引き続き確保されないとしている(注5)。
今回の融資再開に際しては、こうした対立を超えた譲歩がなされた(注6)とみられているが、ギリシャ支援を巡る課題は残されたままとなっている。
今後、ギリシャが経済的にも政治的にも安定し、国際的な信認を得て資本調達市場へ復帰することが望まれるが、ギリシャ国内をみれば、緊縮財政(注7)から国民の不満が高まっている可能性も否定できず、ギリシャのみならず債権団としても改革を求めるだけでなく柔軟な対応が求められているとも言える。
(注1)欧州委員会の見通し(European Commission “European Economic Forecast Spring 2017”)では、実質GDP成長率は、17年2.1%、18年2.5%、IMFの見通し(April 2017 World Economic Outlook)では、17年2.7%、18年2.6%。
(注2)金融支援協議の行き詰まりで、17年1月にはギリシャ国債利回りが上昇、また、17年3月には、銀行預金流出が急増(ギリシャ中央銀行はECBの承認を受け国内銀行に対する緊急流動性支援の上限を引き上げた)。
(注3)所得税改革、年金改革、労働市場改革等の実施が確認された。
(注4)IMFはEUやギリシャの財政計画が楽観的であり、EU諸国によるギリシャに対する大幅な債務負担軽減がなければ、債務の持続可能性が確保できないとして支援参加を見送っていたが、ドイツ等の債権国は財政規律を重視するとの理由からIMFの参加を融資再開の条件としていた。
(注5)IMF4条協議レポートでは、(1)ギリシャ政府は中間目標としてプライマリーバランス対GDP比を+3.5%に設定しているが、IMFは18年以降に+1.5%前後で推移するとの見通しを作成しており、それ以上に改善させようとすれば景気を大きく冷え込ませる恐れがあること、(2)ギリシャが必要な改革を行なったとしても、グロス・ファイナンシング・ニーズ(単年度でみた新たな借入額と当該年に返済期限を迎える債務の合計額)のGDP比率が30年には返済能力の目安とする20%を上回って発散していく見通しであり、債務の持続可能性が引き続き確保されていないこと、(3)ギリシャはより成長を促進する改革に取り組むとともに、EU諸国はギリシャに対してより大幅な債務負担軽減に応じる必要があることを指摘している。
(注6)ユーログループでは、融資再開の承認と同時に、債務軽減策の中期的措置として、第3次支援プログラムの終了時において、既存融資の返済(利息及び元本)期間の延長等を行う用意がある旨を公表しているが、これは、債務負担軽減を求めるIMFに一定の配慮をしたと見られている。IMFは今回の合意を受けて、支援プログラムへの参加を表明し、EU側の債務軽減策が明確化されることを条件に、ギリシャに対する新しい融資枠(スタンバイ取極め)を用意する旨提示した。
(注7)第3次支援では、18年までに基礎的財政収支GDP比3.5%を黒字化のため、次のような目標設定がなされている:年金削減(GDP比1%)、個人所得税(同1%)・VAT(同0.25%)・エネルギー・自動車税等(同0.5%)の増税、公的部門の賃金引下げ(同0.25%)。