第2章 世界経済が直面する主なリスク(第2節)
第2節 原油価格の変動
15年来、原油価格の下落が株価下落の要因として繰り返し指摘されてきた。
世界の原油の需給動向をみると、アメリカのシェールオイルの増産を受けた生産の増加と世界的な需要の伸びの鈍化を受け、14年から供給過剰状態になっている(第2-2-1図)。こうした中、14年後半以降、原油価格は大幅に下落した。その後、16年2月をボトムにやや持ち直しているものの、直近のピークの106.54ドル(WTI、13年8月)と比較すると16年8月4日時点で半分未満の水準となっている。
OPEC加盟国の大半及びロシア、ブラジル等の主要な非OPEC加盟国は、16年4月に原油生産量を同年1月の水準で凍結することを目指して協議を行ったものの、合意には至らなかった。また、仮に合意したとしても、協議参加国の生産量が世界の原油生産量に占める割合は3分の1程度に過ぎず、供給過剰を解消するためにはアメリカ等の他の産油国との協調が必要になる。IEA(国際エネルギー機関)では、原油の需給が均衡するのは17年頃になると予測しているが、実際の見通しは不透明である。
加えて、投機を目的とした投資家の原油市場への参入も価格に影響している。原油先物市場における非当業者(ヘッジファンド等原油の現物取引を行わない業者)の割合は年々上昇傾向にある。特に、全売建玉に占める非当業者のシェアは14年後半以降急上昇しており、投機的な取引が原油価格下落の一因となっていたことが示唆される(第2-2-2図)。
原油価格の下落は、ガソリン等の石油関連製品の価格下落が家計部門の実質所得を増加させ、個人消費を押し上げるため、世界全体でみるとプラスの影響が大きいと一般的には考えられている。世界銀行13は、原油価格の30%の下落によって世界の実質GDPは0.5%程度押し上げられると試算している。また、IMF14は、原油価格の40%の下落が最終価格に完全に転嫁された場合、世界の実質GDPは0.7%程度押し上げられると試算している。
しかしながら、原油価格の下落が急速に進む中、15年に入って、欧米のエネルギー関連企業の収益は急速に悪化した(第2-2-3図)。アメリカの場合、鉱業関連の設備投資は14年7~9月期以降、鉱業分野の雇用は15年初以降減少が続いている。鉱業関連の投資の減少を受け、アメリカの設備投資全体も15年10~12月期に13四半期ぶりに減少に転じた15(第2-2-4図)。また、産油国では経済成長率の低下や財政の悪化等の影響が広がっている。こうしたことを背景に、原油価格の急速な下落は国際金融市場におけるリスク回避の動きにつながっている。
原油を中心とした資源価格の急速な下落が再び生じた場合、関連産業への影響や金融資本市場の変動を通じて世界経済を下押しする可能性があることから、その動向には引き続き注意が必要である。
コラム2:金融市場の技術変化
金融市場における技術変化も金融市場の変動に影響している可能性がある。最近では、株式市場におけるコンピュータープログラムを用いた超高速取引(High Frequency Trading、以下、HFT)の普及と株価への影響が関心を集めている。
入手可能なデータでは、12年時点でアメリカでの取引の5割程度、ヨーロッパでは3割程度がHFTによるものであった(図1)。日本においては、HFTに関する公表データはないものの、HFTの多くが利用していると想定される東京証券取引所のコロケーションサービス(注)を経由した取引は、16年1~3月期には注文件数の約7割、約定件数の約4割を占めていた。
HFTは、通常の取引手法と比較してパフォーマンスが良いために普及が進んでいると考えられる。システム・トレードを行うファンドの代表的な収益指数であるシステマティック・ダイバーシファイド指数は、2000年以降ほぼ一貫して上昇を続けており、08年の世界金融危機のように一般的な株式インデックスが急落している局面でも良好な運用成績を上げている(図2)。
不安定な地合いのなかでは、投資家のリスクオン・オフの切り替えの動きがHFTと相まって価格変動を増幅する可能性があり、注意が必要である。
(注)取引参加者が、売買を発注するサーバー等の設備を、取引所と同じデータセンターに設置するサービス。同サービスを利用することでアクセス速度が向上し、より短期間で取引を行うことが可能となる。