第2章 世界経済が直面する主なリスク(第3節)

[目次]  [戻る]  [次へ]

第3節 英国のEU離脱問題:世界経済の新たなリスク

2016年6月23日、英国において同国のEU残留・離脱を問う国民投票が行われた。結果は、離脱支持が52%、残留支持が48%となり、英国はEUを離脱する方向となった。直後の金融市場は世界的な株価下落とポンドやユーロの下落を中心とした為替の変動に見舞われたが、その後落ち着きを取り戻した。ただし、現段階では、英国の離脱に向けた具体的な道筋や、離脱後の英国とEUの新たな経済関係は見えておらず、不確実性の高まりが英国経済及び世界経済に与える影響が懸念されている。

また、今回の英国での選択の背景にはグローバル化の進展に対する英国国民の不安の高まりがあると言われている。グローバル化のメリットを生かしながら成長してきた英国での出来事をきっかけに、国境を越えた自由な貿易・投資や人の移動などを通じて経済成長を追求するという世界経済の枠組みに対する懐疑的な見方が広がることが懸念される。本節では、英国での国民投票の結果が英国及び世界経済に与える影響について検討を行う。

1.国民投票での離脱の選択と不確実性の高まり

(1)国民投票の結果を受けた国際金融市場の変動

投票日直前及び投票日に行われたいくつかの世論調査の結果では残留支持が優勢となっていた。そのため、現地時間6月24日早朝(日本時間同日昼)にかけて行われた開票作業で離脱支持が大勢を占めることが明らかになるに従い1、世界的にリスク回避の動きが急速に広がり、株価は世界的に下落、通貨はポンド、ユーロを中心に大幅に下落した(第2-3-1図、第2-3-2図)。

第2-3-1図 株価の推移
第2-3-1図 株価の推移 (備考)ブルームバーグより作成。
第2-3-2図 為替相場の推移
第2-3-2図 為替相場の推移 (備考)ブルームバーグより作成。

このような状況を受け、BOE(イングランド銀行)総裁、G7財務大臣・中央銀行総裁、ECB(欧州中央銀行)、FRB(連邦準備制度理事会)、日本の財務大臣・日本銀行総裁等が声明を発表するなど、各国政府等は直ちに協力体制を確認した。一方、英国のキャメロン首相は24日に辞意を表明、EU理事会に対する離脱の意思の通知を次期首相に委ねる方針を明らかにし、翌週開催されたEU首脳会議でその方針が受け入れられたことから、英国とEUの関係は当面現状が維持されることになった。

その後、国際金融市場は落ち着きを取り戻した。英国の株価(FTSE100指数)は、ポンド安を受けた輸出関連株の上昇や、BOEのカーニー総裁による金融緩和を示唆する発言(6月30日)等を受けて反発し、国民投票前の水準を回復した。また、金融市場の不安心理の高まりを反映するシカゴ・オプション取引所のVIX指数は投票結果を受けて一時的に上昇したものの、その後低下した(前節第2-1-4図)。さらに、アメリカの銀行間取引金利とアメリカの短期国債金利の差を示すTEDスプレッドも落ち着いた動きで推移するなど、世界金融危機等の過去の金融危機と比較すると、市場の変動はこれまでのところ小規模なものにとどまっている(第2-3-3図)。

第2-3-3図 TEDスプレッドの推移:比較的落ち着いた動き
第2-3-3図 TEDスプレッドの推移 (備考)ブルームバーグより作成。

(2)不確実性の高まりによる経済的影響

今回の英国国民投票立法(European Union Referendum Act 2015)には、その結果の取扱に関する定めは設けられておらず、法的には単なる参考意見に過ぎないと解釈されている2。そのため、離脱の意思の通知に向けた英国の国内手続きや通知のタイミングは現時点では決まっていない。また、EU条約によれば英国のEU離脱は第2-3-4表のように進むことになるが、これまでに前例のないプロセスであり、不透明な部分も多い。このように、(1)離脱の通知に向けた英国国内での手続きやEU理事会への通知のタイミング、(2)英国とEUの離脱交渉の動向(英国とEUの将来的な関係にどこまで踏み込むかを含む)、(3)離脱後の英国とEUの経済関係、(4)離脱後の英国とEU以外の各国との経済関係等、不確定要素は多岐にわたっている3。最初に、このような不確実性の高まりによる影響について検討を行う。

第2-3-4表 EU条約に基づく英国の離脱手続(見込み)
第2-3-4表 EU条約に基づく英国の離脱手続き(見込み) 英国がEU(欧州理事会)に離脱の意思を通知 英国とEUの将来的な関係の枠組みを考慮しつつ、英国の離脱に関する取決めを定める協定を交渉、締結 締結された協定の発行日、又は、それが存在しない場合は離脱通知から2年後、EU条約の英国への適用を終了(離脱)(ただし、欧州理事会での全会一致により交渉期間を2年以上に延長可。) (備考)欧州連合条約第50条(欧州連合からの脱退)(抜粋) 1.いかなる加盟国も、その憲法上の要件に従い連合からの脱退を決定することができる。 2.脱退を決定した加盟国は、その意思を欧州首脳理事会に通知する。連合は、欧州首脳理事会が定める指針に照らして、その国と交渉を行い、その国と連合との将来的な関係の枠組みを考慮しつつ、その国の脱退に関する取決めを定める協定を締結する。この協定は、欧州連合運営条約第218条3に従って交渉される。この協定は、欧州議会の同意を得た後に、理事会により特別多数決によって締結される。 3.両条約(欧州連合条約及び欧州連合運営条約)は、脱退協定が発効した日に、又は、それが存在しない場合には、欧州首脳理事国がその加盟国と合意したうえでこの期間の延長を全会一致により決定しない限り、上記2.に定める通知から2年後に、その国への適用を終了する。 4.上記2.及び3.の適用上、脱退する加盟国を代表する欧州首脳理事会又は理事会の構成員は、これに関する欧州首脳理事会又は理事会の討議及び決定に参加しない。 5.連合から脱退した国が再加入を求める場合は、その要請は、第49条に定める手続きに従う。

英国経済への影響に関しては、第一に、先行き不透明感の高まりにより、家計や企業の活動が慎重化する可能性がある。英国では、実質経済成長率(前期比)が13年1~3月期以降プラスで推移するなど、個人消費にけん引されながら景気回復が続いていた。失業率が05年以来の水準まで低下するなど、雇用・所得環境の改善も続いていたことから、国民投票前の段階では引き続き景気回復が続くと見込まれていた。ただし、設備投資は15年10~12月期以降2四半期期連続で減少するなど、国民投票を控えて企業部門には慎重さがみられるようになっていた(第2-3-5図)。

第2-3-5図 英国の景気指標:景気は回復
第2-3-5図 英国の景気指標 (備考)(1)消費、設備投資 英国統計局より作成。 (2)景況 マークイット、欧州委員会より作成。

BOEは8月4日、国民投票後、企業を中心に景況感の悪化等がみられるとし、政策金利の引き下げや資産買入れ枠の拡大等を内容とする追加金融緩和策を発表した4。これまでの好調な経済状況と先行きの景気悪化懸念に直面し、BOEは難しい政策対応を迫られることになる(BOEの政策金利、マネタリーベースの推移は第1-3-1図参照)。例えば、ポンド安による輸入物価の上昇を通じ、想定を上回ってインフレが加速した場合は金融引き締めを強いられる可能性もある。財政政策によって景気を下支えする方法も考えられるが、英国の財政状況や5、今後EU離脱に向けて景気が減速した場合は税収が減少する可能性があることにかんがみれば、財政出動の余地は必ずしも大きくないとみることもできる(第2-3-6図)。

第2-3-6図 英国のプライマリー・バランスと政府純債務残高(一般政府ベース)
第2-3-6図 英国のプライマリー・バランスと政府債務残高(一般政府ベース) (備考)IMF”World Economic Outlook Database April 2016”より作成。15年以降は推計値。
第2-3-7表 英国の国債格付
第2-3-7図 英国の国債格付 (備考)1.ブルームバーグより作成。 2.S&P、フィッチは自国通貨建長期債の格付け。 3.ムーディーズは自国通貨建発行体の格付け。

第二に、世界から英国への資金の流れが変化し、英国の実体経済に影響を及ぼす可能性がある。英国の経常収支赤字のGDP比はG7諸国の中で最も大きく、近年は5%を超えている(第2-3-8図)。この赤字は他国からの短期・長期の資金の流入によりファイナンスされているが、英国経済の将来見通しが悪化することで、そのような資金が急速に減少する可能性がある。

第2-3-8図 英国の経常収支:赤字が拡大
第2-3-8図 英国の経常収支 (備考)1.英国統計局より作成。 2.16年は1~3月期の値。

海外からの投資資金の一部は不動産市場に流入しており、ロンドンを中心とした不動産価格の上昇にも寄与してきたと考えられる(第2-3-9図)6。足下ではポンド安の機会をとらえた海外からの投資資金の流入と将来の価格低下を示唆する動きが入り混じった状況7がみられるが、今後成長見通しの悪化とともに海外からの投資が減少し、不動産価格の大幅な下落が起こった場合、金融システムや実体経済に影響が及ぶ可能性がある。

第2-3-9図 英国の住宅価格:国民投票以前は上昇
第2-3-9図 英国の住宅価格 (備考)(1)住宅価格指数 英国統計局より作成。 (2)英国REIT指数 1.ブルームバーグより作成。 2.REIT指数はFTSE EPRA/NA REIT。

英国のEU離脱問題に伴う不確実性の高まりは、EU経済全体にも影響を及ぼす可能性がある。ユーロ圏経済は実質経済成長率が13年第2四半期以降プラスで推移するなど、緩やかな回復を続けているものの、アメリカや英国と比較すると回復の勢いは弱い(第2-3-10図)。今回の英国での投票結果を受け、英国以外のEU諸国においても企業や家計のマインド悪化の兆しがみられている。また、英国経済が減速した場合は、貿易・投資を通じてEU経済全体にその影響が波及することにもなる(章末参考参照)。

第2-3-10図 日米欧の実質GDPの推移:ユーロ圏は緩やかな回復
第2-3-10図 日米欧の実質GDPの推移 (備考)各国統計より作成。

加えて、一部のEU諸国においては、景気が減速することで金融機関の抱える脆弱性が顕在化する可能性があることに注意が必要である。16年2月にはあるドイツの主要銀行の債券利払いが滞るとの不安から、欧州の金融市場が大きく変動する局面があった8。また、南欧諸国では銀行の不良債権処理が依然として進んでいない(第2-3-11図)。英国の国民投票後には、これらの銀行の株価の下落やCDSプレミアムの上昇がみられた9

第2-3-11図 南欧の銀行の不良債権比率:引き続き高水準
第2-3-11図 南欧の銀行の不良債権比率 (備考)1.イタリアについては、イタリア銀行より作成。月次値。 2.スペインについては、トムソン・ロイターより作成。月次値。 3.ギリシャ、ポルトガルについては、世界銀行より作成。年次値。

各国経済が下振れリスクに直面する中、EUの共通政策により各国に課されている各種の制約が認識されやすい状況が生まれている。金融システムに関しては、EUでは、16年1月より、加盟国政府が銀行再生・破たん処理を行う際には株主や債権保有者に損失の一部を負担させるルールを導入しており、このことが各国政府による不良債権処理を困難にしているとの指摘がある10。マクロ政策面では、ECBがマイナス金利政策や量的緩和政策等の非伝統的な金融政策を導入する中、マイナス金利が金融機関の収益を圧迫しているとの指摘もある。財政政策面では、財政安定化・成長協定によって各国の財政赤字や政府債務残高の数値的な上限が定められており、各国政府による政策対応に制約が課されている。スペインとポルトガルは欧州委員会によって財政基準違反を指摘された11。また、EU域内の移民の増加に伴う摩擦は各国でみられており、EU域外からの難民受け入れ問題と合わせ、EU加盟各国は難しい対応を迫られている。

EUの共通政策は各国の政策に規律と信頼を与えるとともに、欧州統合という大きな目標に向けた歩みを進めるプロセスでもある。一方、共通政策と各国固有の事情に即した政策のバランスが崩れることにより、EU統合に対する懐疑論の高まりを通じて欧州経済が不安定化するリスクもある。英国のEU離脱に向けた議論が進む中、17年にかけてEU各国においても主要な政治イベントが予定されていることから、欧州全体の動向を注視していく必要がある(第2-3-12表)。

第2-3-12表 欧州における当面の政治イベント
第2-3-12表 欧州における当面の政治イベント 2016年9月18日ロシア下院選挙 10月20~21日EU首脳会議 月内イタリア憲法改正の国民投票 12月15~16日 EU首脳会議 17年1月1日 マルタがEU議長国 3月15日 オランダ総選挙実施期限 4月23日 フランス大統領選第1回投票 5月7日 フランス大統領選決選投票 7月1日 エストニアがEU議長国 8月27日 ドイツ総選挙(8月27日~10月22日の間に実施) (備考)各種資料より作成。

さらに、英国を発端とする不確実性の高まりが世界経済全体に波及していく可能性も考えられる。世界の主要国の英国向け輸出比率(輸出総額比及びGDP比)はそれほど大きくないことから、貿易を通じた直接的な影響は限定的であると考えられる(第2-3-13図)。しかしながら、世界経済に弱さがみられる中、金融資本市場の変動や不確実性の高まりが各国の景気を下押しする可能性には十分な注意が必要である。

第2-3-13図 各国の英国向け及びEU向け輸出比率
第2-3-13図 各国の英国向け及びEU向け輸出比率 (備考)(1)英国向け輸出 (2)EU向け輸出 1.IMF”World Economic Outlook Database April 2016”、ITC”International Trade Stats.”より作成。 2.2015年の暦年値。

主要国のうち、アメリカでは、ISM(サプライマネジメント協会)が英国国民投票の直後に実施した緊急調査において、英国のEU離脱問題が16年後半の企業業績に与える影響は限定的との見方が示されたものの、為替変動を通じた影響に対しては警戒感が示された(第2-3-14図)。

第2-3-14図 ISMによる緊急調査:アメリカ企業への影響は限定的との見方
第2-3-14図 ISMによる緊急調査 (備考)ISMより作成。

日本経済に関しても、金融資本市場のリスク回避に伴う円高方向の動きが再び生じた場合、それが企業の収益や家計マインドに影響を与えることが懸念される。また、英国経済だけでなく世界経済全体が減速するような場合には、日本の輸出も押し下げられる可能性がある。加えて、英国に進出している日本企業への影響も懸念される。

EU離脱問題に伴う先行き不透明感の高まりによる影響から、英国経済は今後回復が緩やかになることが見込まれる。IMFが国民投票後(7月19日)に公表した世界経済見通しでは、17年の英国の実質経済成長率が、前回(4月公表)の2.2%から1.3%へと下方修正された。17年の世界全体の成長率は3.5%から3.4%へと若干の下方修正となっているが、金融資本市場の不安定さが拡大し、金融環境の引き締まりやマインドの悪化が一層進むことにより、同年の世界全体の成長率が2.8%へと低下する「深刻シナリオ」も提示された(第2-3-15表)。同じく7月19日に欧州委員会が公表した経済見通しでは、17年の英国の実質経済成長率が前回(5月公表)の1.9%から▲0.3~1.1%に、ユーロ圏が前回(5月公表)の1.7%から1.3~1.5%へと下方修正された。その他の各種機関も不確実性の高まりが英国を中心に景気を下押しするとの試算を公表している(章末参考参照)12

第2-3-15表(1) IMF経済見通し改定版:英国を中心に下方修正
第2-3-15表 IMF経済見通し改定版 16年見通し 4月公表 世界3.2 先進国1.9 新興国4.1 英国1.9 16年見通し 7月公表 世界3.1 先進国1.8 新興国4.1 英国1.7 17年見通し 4月公表 世界3.5 先進国2.0 新興国4.6 英国2.2 17年見通し 7月公表 世界3.4 先進国1.8 新興国4.6 英国1.3
第2-3-15図(2) 英国のEU離脱問題の経済的影響
第2-3-15図 英国のEU離脱問題の経済的影響 (備考)IMF”World Economic Outlook Database April 2016”より作成。

2.国民投票に至った背景と離脱による長期的影響

(1)今回の国民投票の背景

前述のとおり、近年の英国経済は比較的順調な回復を続けていた。14年、15年にはG7の中でトップクラスの実質経済成長率を記録し、経済規模(ドル換算)は14年以降フランスを上回り、世界第5位となっていた。失業率は世界金融危機以前の水準まで低下し、依然として高い水準にある他の多くのEU諸国とは一線を画している(第2-3-16図)。

第2-3-16図 日米英欧の失業率の推移
第2-3-16図 日米英欧の失業率の推移 (備考)各国統計より作成。

近年の英国経済の回復の特徴として、以下を指摘することができる。第一に、生産性の伸びが停滞する中、労働投入の増加が成長を下支えしており、外国人労働者の増加がその一部を構成した。英国には従来から旧植民地諸国等から多くの移民が流入していたが、04年のEU拡大を受け、ポーランド、ルーマニア等の東欧諸国からの移民の流入が急増した13。英国政府は08年にEU域外からの移民を技能レベルによって5段階に階層化する制度を導入し(第3章)、移民流入の抑制を図ったが、14、15年の移民流入者数は年60万人(人口の約1%)を超えて推移した(第2-3-17図、第2-3-18図、第2-3-19図)14。外国人労働者が全雇用者数に占める割合も急増し、16年には11.3%に達している(第2-3-20図)。OECD (2016)は、14年、15年の英国の実質経済成長率の約3分の1が外国人労働者数の増加によるものであったと分析している(第2-3-21図)。英国への外国人労働者流入者数や総人口に占める割合は他のEU主要国と比較しても高水準となっている(第2-3-22図)。

第2-3-17図 英国への移民:14年に大幅増
第2-3-17図 英国への移民 (備考)英国統計局より作成。
第2-3-18図 英国への移民(毎年の国別流入者数)
第2-3-18図 英国への移民(毎年の国別流入者数) (備考)OECD.Statより作成。97年以降の中国は香港を除く。
第2-3-19図 英国への移民(国別累計)
第2-3-19図 英国への移民(国別累計) (備考)OECD.Statより作成。
第2-3-20図 英国の雇用者数に占めるEU出身者と非EU出身者の割合の推移
第2-3-20図 英国の雇用者数に占めるEU出身者と非EU出身者の割合の推移 (備考)1.英国統計局より作成。 2.各年の10~12月期の数値。16年のみ第1四半期。
第2-3-21図 英国における外国人労働者の実質経済成長率への寄与
第2-3-21図 英国における外国人労働者の実質経済成長率への寄与 (備考)英国統計局、OECDより作成。
第2-3-22図 EU主要国への移民流入
第2-3-22図 EU主要国への移民流入 (備考)1.ユーロスタットより作成。 2.14年の流入元別の数値。未確認(Unkown)は含まず。

第二に、海外からの直接投資の流入が続いている。英国は従来から積極的に対内直接投資を受け入れており、その残高のGDP比はG7中最大となっている(第2-3-23図)。海外からの投資の大きな部分は金融業等のサービス部門に向かっており、多様な人材の集積と相まって、ロンドンの国際金融センターとしての地位を一層強固なものにすることに貢献したとみられる。また、製造業の投資は地方における雇用の創出や輸出の増加にも寄与してきた。政府による法人税率の引き下げも直接投資の流入を後押ししたと考えられる(第2-3-24図)。以上からは、英国経済がグローバル化のメリットを最大限に生かしながら成長してきたことがみてとれる。

第2-3-23図 英国への対内直接投資
第2-3-23図 英国への対内直接投資 (備考)(1)対内直接投資(ストック)の国際比較 UNCTAD”FDI Stats.”より作成。 (2)英国への直接投資のフローとストック 英国統計局より作成。
第2-3-24図 主要国の法人税率(中央+地方)の推移
第2-3-24図 主要国の法人税率(中央+地方)の推移 (備考)OECD.Statより作成。
第2-3-25表 欧州統合の流れ
第2-3-25表 欧州統合の流れ 1952年 パリ条約発効⇒欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)設立 加盟国(数)ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ(6か国) 58年 ローマ条約発効⇒欧州経済共同体(EEC)設立⇒人、物、サービス、資本が自由に移動できる共同市場創設を目標  67年 欧州共同体(EC)設立  68年 関税同盟完成  73年 加盟国(数) 英国、アイルランド、デンマーク(9) 英国の動き EC加盟 79年 欧州為替相場メカニズム(ERM)発足 81年 加盟国(数) ギリシャ(10) 86年 加盟国(数) スペイン、ポルトガル(12) 87年 単一欧州議定書発効⇒「単一市場」(人・物・資本・サービスの自由化)構築を目標 90年 英国の動き ERM加入 92年 英国の動き ERM脱退 93年 マーストリヒト条約発効⇒欧州共同体「単一市場」発足⇒欧州連合(EU)設立 95年 シェンゲン協定発効⇒シェンゲン領域内移動自由化 加盟国(数) オーストリア、スウェーデン、フィンランド(15) 英国の動き シェンゲン協定不参加 99年 アムステルダム条約⇒「ユーロ」導入(02年流通) 英国の動き 「ユーロ」不参加 2003年 ニース条約 04年 加盟国(数) ポーランド、チェコ、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、マルタ、キプロス、スロバキア、スロベニア(25) 07年 加盟国(数) ブルガリア、ルーマニア(27) 09年 リスボン条約発効 11年 英国の動き ロンドンに欧州銀行監督機構設立 13 加盟国(数) クロアチア(28) 16 英国の動き EU残留・離脱を問う国民投票 (備考)各種資料より作成。

一方で、急速に増加する移民に対する英国国民の懸念は年々高まっていった15。失業率の全国的な低下にも関わらず、地方中小都市を中心に、移民に仕事を奪われるとの懸念が拡大したと言われている。加えて、EU統合の深化により国家主権が次第に失われているとの認識の高まりや16、EU主導で導入される規制がビジネスの障害になっているとの意識、EUへの拠出金17やEUの複雑な官僚機構に対する不満等が英国におけるEUに対する懐疑的な見方の拡大につながったと言われている。

キャメロン首相はEU残留・離脱を問う国民投票を17年末までに行うとの公約を掲げ、15年の総選挙に勝利するとともに、16年2月にはEU側との交渉により、移民の扱い等に関して英国を特例扱いするとの合意を引き出した18。しかしながら、国民投票前の各種調査によれば、ロンドンなどの大都市部の住民、若年層、比較的所得の高い層、そして英国からの独立を目指すスコットランド地域の住民19等の多くがEU残留を支持する一方、地方中小都市の住民、高齢者、比較的所得の低い層の多くが離脱を支持するという傾向は変わらなかった(第2-3-26図)。実際の投票結果からも、平均所得の低い投票区ほど離脱に投票した人の割合が高かったとの分析結果が示されている20

第2-3-26図 離脱を支持した人の特徴
第2-3-26図 離脱を支持した人の特徴 (備考)(1)年齢別(国民投票前の世論調査) 1.You Gov”Tiems Survey Result”より作成。 2.調査期間は6月20日~22日。 (2)地域別(国民投票結果) 英国選挙管理委員会より作成。

(2)英国のEU離脱に伴う長期的影響

次に、英国のEUからの離脱に伴う長期的な影響について検討を行う。

EU条約では、欧州単一市場を支える最も基本的な原則として、(1)関税や数量制限等の禁止、税関検査や原産地証明等の廃止、非関税障壁の撤廃に向けた取組等を通じた「物の移動の自由」、(2)労働者や市民の移動や居住の自由、社会保障制度へのアクセスを認める「人の移動の自由」、(3)他の加盟国内での開業やサービスの提供を自由にする「サービスの移動の自由」、(4)直接投資、不動産投資、株式等の売買、借入れ等を自由にする「資本の移動の自由」の、いわゆる「4つの自由」が保障されている。加盟国がEUから離脱した場合、これらの自由に制限が課されることになる。一方で、拠出金を含むEU加盟国としての義務は課されなくなると共に、EUとしての意思決定への参加ができなくなる。英国の場合、共通通貨ユーロや、国境検査を免除するシェンゲン条約に不参加である他、拠出金についても一部還付の特例が認められているなど、これまでも特別な位置付けでの加盟であったが、実際にEUを離脱することによってどのような影響が生じると考えられるであろうか。

第一に、英国とEUとの間の貿易・投資に関税や通関コストが生じることによる影響が考えられる21。離脱による影響の程度は、英国とEUの間の新たな経済関係がどのようなものになるかによって異なったものとなる(第2-3-27表)。

既存の経済協定を参考にすると、EUとの間でEEA(欧州経済領域)を形成しているノルウェー等の場合、農・漁産物の一部を除き関税が撤廃されており、貿易上はEU加盟国に近い扱いとなっている。しかしながら、EEAの場合、EUとの間での人の移動の自由を認めるとともに、EUへの拠出金の支払いが課されるなど、今回の英国の離脱の選択の原因となった要素が含まれる内容となっている。

人の移動を含まない協定の例としてはカナダEU CETA(包括的経済貿易協定)がある。CETAでは一部の農産品等を除き、関税は原則撤廃されることになっている22。ただし、CETAでは英国の関心の高いサービス分野の自由化は部分的なものとなっている。また、同協定は09年に交渉開始し、14年に合意したものの、EU各国による批准が完了しておらず、依然として発効していない。CETAや、多数の個別協定の積み上げにより構成されるEUとスイスの経済協定と類似の協定を目指す場合、実現までに長い期間がかかる可能性がある点に注意が必要である。

第2-3-27表 EUと各国の経済関係
第2-3-27表 EUと各国の経済関係 EUメンバー 関税免除 全品目 EUが結ぶFTA アクセス可 非関税障壁 全品目 政策・規制 全政策・規制 EU財政への拠出 完全拠出 英国 関税免除 全品目 EUが結ぶFTA アクセス可 非関税障壁 全品目 政策・規制 ユーロ未導入 EU財政への拠出 拠出金の23%程度が払い戻し 欧州経済領域(EEA)(例:ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン) 関税免除 農・漁産物一部に関税あり EUが結ぶFTA アクセス不可 非関税障壁 農・漁業は対象外 政策・規制 ほとんどのEUルールを受入 EU財政への拠出 EEA援助、関連コスト支払あり 経済協定 スイス 関税免除 農産物一部に関税あり EUが結ぶFTA アクセス不可 非関税障壁 サービス業を除く分野は非関税障壁を最小化 政策・規制 対象業種はEUルール受入 EU財政への拠出 新規加盟国援助参加、関連コスト支払あり 経済協定 カナダ 関税免除 ・農産物一部に関税有、移行期間は一部製品にも関税有 EUが結ぶFTA アクセス不可 非関税障壁 サービス業の自由化は部分的 政策・規制 対EU貿易はEU規格適合が必要 EU財政への拠出 なし 経済協定なし 関税免除 EU域外関税の適用 EUが結ぶFTA アクセス不可 非関税障壁 国際協定・標準が適用 政策・規制 対EU貿易はEU規格適合が必要 EU財政への拠出 なし (備考)各種資料より作成。

離脱時点で英・EU間に新たな経済協定が結ばれていなかった場合、英国からEUへの輸出にはWTO原則に基づく一般的最恵国関税23が課されることになる可能性がある。EUの平均最恵国関税率は5.3%となっており、日本(4.2%)やアメリカ(3.5%)と比較して高くなっている(第2-3-28図)。英国からEU向けの主力輸出品に現在のEUの一般的最恵国関税率を当てはめた場合、鉱物性燃料類に最大8.0%、自動車に9.7%といった関税が課されることになる(第2-3-29図)。

加えて、これまでEUが世界各国との間で締結してきた自由貿易協定24等が離脱後の英国には適用されなくなり、英国とこれらの国々の間の貿易についても、関税率の上昇、非関税障壁の復活等が起こる可能性がある25。関税率の引下げ、各種の非関税障壁の撤廃、その他の市場アクセス措置の改善等、貿易・投資の自由化に向けて長い時間をかけて実現されてきた措置が失われることは世界経済にとっても大きな損失である。

第2-3-28図 主要国の一般的最恵国関税率の比較
第2-3-28図 主要国の一般的最恵国関税率の比較 (備考)1.平均についてはWTO”World Tariff Profile 2015”より作成。 2.品目別については”WTO Tariff Database”より作成。
第2-3-29表 英国からEUへの主要輸出品と一般的最恵国関税率
第2-3-29表 英国からEUへの主要輸出品と一般的最恵国税率 英国からEUへの輸出(品目別シェア順) 1位 鉱物性燃料類 輸出額240.4億ドル シェア11.8% 平均関税率0.8% 最大関税率8.0% 2位 原子炉、一般機械等 225.9億ドル シェア11.1% 平均関税率1.8% 最大関税率9.7% 3位 車両類(鉄道・軌道除く) 223.5億ドル シェア11.0% 平均関税率5.8% 最大関税率22.0% 4位 医療用品 152.9億ドル シェア7.5% 平均関税率0.0% 最大関税率0.0% 5位 電気機器類 144.2億ドル シェア7.1% 平均関税率2.8% 最大関税率14.0% 6位 航空機類 99.0億ドル シェア4.9% 平均関税率3.3% 最大関税率7.7% 7位 プラスチック類 77.1億ドル シェア3.8% 平均関税率6.0% 最大関税率6.5% 8位 光学機器類 72.5億ドル シェア3.6% 平均関税率2.2% 最大関税率6.7% 9位 有機化学品 53.9億ドル シェア2.6% 平均関税率4.3% 最大関税率6.5% 10位 化学工業品類 43.3億ドル シェア2.1% 平均関税率5.4% 最大関税率6.5% EUから英国への輸出 1位 車両類(鉄道・軌道除く) 663.9億ドル シェア19.6% 平均関税率5.8% 最大関税率22.0% 2位 原子炉、一般機械等 390.3億ドル シェア11.5% 平均関税率1.8% 最大関税率9.7% 3位 電気機器類 280.7億ドル シェア8.3% 平均関税率2.8% 最大関税率14.0% 4位 医療用品 224.5億ドル シェア6.6% 平均関税率0.0% 最大関税率0.0% 5位 鉱物性燃料類 131.4億ドル シェア3.9% 平均関税率0.8% 最大関税率8.0% 6位 プラスチック類 128.6億ドル シェア3.8% 平均関税率6.0% 最大関税率6.5% 7位 光学機器類 102.1億ドル シェア3.0% 平均関税率2.2% 最大関税率6.7% 8位 飲料、アルコール類 62.2億ドル シェア1.8% 平均関税率3.9% 最大関税率32.0% 9位 有機化学品 61.9億ドル シェア1.8% 平均関税率4.3% 最大関税率6.5% 10位 紙、製紙用パルプ類 61.4億ドル シェア1.8% 平均関税率0.0% 最大関税率0.0% (備考)(上図)WTO”Tariff Database”、ITC”International Trade Stats.”より作成。 (下表)1.WTO”Tariff Database”、ITC”International Trade Stats.”より作成。 2.15年の年次データ。 3.品目分類はHSコード2桁による。

第二に、サービス業への影響が考えられる。英国ではサービス業が経済成長をけん引しており、そのうち金融・保険業のGDP比はG7で最も高い7.1%に達している(第2-3-30図、第2-3-31図)。特にロンドンは80年代の「ビッグバン」以降26、ヨーロッパ随一の金融業及び関連サービス業の集積地としての地位を確固たるものとした。金融サービスの専門家2千人以上へのアンケート等を基に集計された金融センターの競争力に関する調査(16年3月公表)では、ロンドンが前年に続きニューヨークを抑え世界第1位となる一方、フランクフルトの世界ランキングは前年の第14位から第18位に低下した(第2-3-32表)。個別項目でみても、ロンドンはビジネス環境、金融部門の発展度、インフラ、人的資本、評判の全てにおいて世界第1位に評価された。多様な金融取引が行われているという面や(第2-3-33図)、グローバル企業の本社の集積状況からもロンドンはヨーロッパにおける企業活動の中心地であることがわかる(第2-3-34表)。

英国のEU離脱により、(1)いわゆる「EU金融パスポート」制度が英国に適用されなくなり、英国のみに拠点を置く金融機関がEU内で営業を行うことができなくなった場合、そのような金融機関は英国拠点の一部機能を他のEU加盟国に移転する必要が生じるほか、(2)英国においてユーロ建て金融商品の決済業務を行うことができなくなった場合、金融機関の拠点の多くが他のEU加盟国に移転する必要が生じるなど27、ロンドンの金融センターとしての機能が低下する可能性がある。

第2-3-30図 英国の産業別GDPの伸び:サービス業がけん引
第2-3-30図 英国の産業別GDPの伸び (備考)英国統計局より作成。
第2-3-31図 G7各国のGDPに占める金融業のシェア(14年)
第2-3-31図 G7各国のGDPに占める金融業のシェア(2014年) (備考)1.OECD.Statより作成。 2.カナダのみ12年。
第2-3-32表 世界の金融センターランキング
第2-3-32表 世界の金融センターランキング 15年 1位 ロンドン 2位 ニューヨーク 3位 シンガポール 4位 香港 5位 東京 6位 チューリッヒ 7位 ワシントンDC 8位サンフランシスコ 9位 ボストン 10位 トロント 11位 シカゴ 12位 ソウル 13位 ドバイ 14位 ルクセンブルグ 15位 ジュネーブ 16位 上海 17位 シドニー 18位 フランクフルト 19位 深セン 20位 大阪 14年 1位 ロンドン 2位 ニューヨーク 3位 香港 4位 シンガポール 5位 東京 6位 ソウル 7位 チューリッヒ 8位 トロント 9位 サンフランシスコ 10位 ワシントンDC 11位 シカゴ 12位 ボストン 13位 ジュネーブ 14位 フランクフルト 15位 シドニー 16位 ドバイ 17位 モントリオール 18位 バンクーバー 19位 ルクセンブルグ 20位 大阪 (備考)Z Yenグループ”The Global Financial Cemtre Index 19, March 2016”より作成。
第2-3-33表 世界の金融取引に占める英国のプレゼンス
第2-3-33表 世界の金融取引に占める英国のプレゼンス 1位 ロンドン(英国) シェア40% 2位 パリ(フランス) シェア8% 3位 マドリッド(スペイン) シェア3% 4位 アムステルダム(オランダ) シェア3% 4位 ブリュッセル(ベルギー) シェア3% 5位 ミュンヘン(ドイツ) シェア2% 5位 ルクセンブルグ(ルクセンブルグ) シェア2% 5位 モスクワ(ロシア) シェア2% 5位 ジュネーブ(スイス) シェア2% シェア合計63% その他51都市シェア37% (備考)Deloitteより作成。
第2-3-34表 世界トップ250社の欧州本部の所在地
第2-3-34表 世界トップ250社の欧州本部の所在地 取引シェア、%。数値は英国、アメリカ、日本、フランス、ドイツ、シンガポール、香港、その他、備考の順。 外国為替 41 19 6 3 2 6 4 20 2013年4月 OTC金利デリバティブ 49 23 2 7 4 1 1 13 2013年4月 上場デリバティブ 6 36 2 - 10 - 1 45 2014年 クロスボーダー与信 17 11 11 8 8 3 4 38 2014年9月 資産運用 8 46 7 3 2 - 1 33 2013年 ヘッジファンド 18 65 2 1 - 1 1 12 2013年 PEファンド 13 53 2 5 2 1 - 24 2013年 海上保険 26 5 7 4 4 1 1 53 2013年 (備考)1.City UKより作成。 2.外国為替・OTC金利デリバティブは取引高、クロスボーダー与信・資産運用・ヘッジファンドは期末残高、保険・海上保険は保険料。 3.網掛けは世界第1位のシェア。

第三に、英国経済の成長を支えてきた海外からの人材の流入が減少することにより、英国経済の成長力が損なわれる可能性がある。英国政府は高度人材については引き続き積極的に受け入れるものとみられるが、それ以外の労働者の扱いを含め、今後の方針を早急に明らかにする必要がある。

英国経済の成長力の低下の影響は、英国との貿易・投資を通じて、EU経済、さらには世界経済に波及する。加えて、英国のEU離脱をきっかけに、自由かつ活発な貿易・投資等の流れが弱まることにより、世界経済全体の長期的な成長にもマイナスの影響が及ぶことも懸念される。

英国のEU離脱による貿易・投資等を通じた長期的影響について、国際機関等はマイナスの影響を予測している(章末参考参照)。そのような影響をできるだけ小さくするように英国とEUの間の協議が進むことが期待される。

(3)自由貿易や構造改革の推進に向け各国間の一層の協力が必要

今回の国民投票の結果は、グローバル化を通じた経済成長のメリットが国民全般に共有されていないという意味で、世界各国に共通の課題を投げかけているとみることもできる。英国とその他のEU諸国は知恵を出し合い、世界経済の成長に資する新たな経済関係の構築を目指すべきである。さらに、EU以外の国々を含め、主要国が協調して自由主義経済体制をより一層強固なものとしていくよう努力を続けていくことが重要である。

(参考)英国のEU離脱問題の経済的影響に関する国際機関等による試算
第2-3-参考表 英国のEU離脱問題の経済的影響に関する試算 英国のEI離脱問題の経済的影響に関する試算の表

1 最終的な投票結果は残留16,141,241票(48.1%)、離脱17,410,742票(51.9%)、投票率72.2%。
2 House of Commons (2015)、中村(2016)。英国においては以下のとおり過去2回国民投票が実施されているが、いずれも現状維持の結果となったため、現状を変更するとの結論が出たのは今回が初めてのケースとなる。1回目は、1975年に当時のEC(欧州共同体)予算に対する英国の分担金に対する不満の高まりを背景に、「EC残留の是非を問う」として英国憲政史上初めて実施され、結果は否決となった。なお、EC加入手続時には国民投票は実施されておらず、1972年にEC加盟条約を締結後、「EC加盟法(European Communities Act 1972)」を制定し、加盟している。2回目は、2011年に小選挙区制の下での議席配分のあり方について実施され、結果は否決となった。
3 英国では、キャメロン首相の辞任表明を受け、与党保守党の党首選挙が行われ、テリーザ・メイ内務相が7月13日に首相に選出された。メイ首相は国民投票の結果を尊重し、EU離脱担当相の任命等、離脱に向けた準備を開始する一方、EU理事会への通知はすぐには行わない方針を表明した。こうした中、離脱通知を行うに際しての英国国会での議決の必要性の有無等について、英国内で議論が行われている。加えて、スコットランドを始めとした英国内の一部地域が独立し、EU残留を目指す動きも起こっている。
4 政策変更の内容は、(1)政策金利を0.50%から0.25%に引下げ(政策金利の引下げは、09年3月以来7年4か月振り)、(2)国債買取枠を3,750億ポンドから4,350億ポンドに拡大、(3)国債に加え、社債100億ポンドを購入対象に指定等。併せて公表された英国の実質経済成長率見通しは5月公表時の見通しから大幅に下方修正された(17年:2.3%→0.8%、18年:2.3%→1.8%)。
5 2015年の英国の財政収支対GDP比は4.4%の赤字、プライマリー・バランスのGDP比は2.8%の赤字、公的純債務残高のGDP比は80.6%(いずれもIMF推計、一般政府ベース)。なお、今回の投票結果を受け、複数の民間格付機関が英国国債の格付を引下げた(第2-3-7図)。
6 ロンドンの不動産市場への海外からの投資に関する公式のデータは存在しないものの、ある調査によれば、12~13年のロンドン中心部の住宅購入の28%(新築住宅購入の49%)は海外投資家によるものであった(Knight Frank (2013)、Greater London Authority (2015))。
7 英国のREIT指数が国民投票後に急落した他、7月上旬には不動産ファンドの解約停止が相次いだ。また、英国王立チャータード・サベイヤーズ協会(RICS)は7月14日、3か月後の住宅価格は英国全域で下落するとの見通しを公表した。
8 IMFが6月30日に公表したドイツの金融セクター安定評価レポートにおいては、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)のうち、世界の金融システムへのシステミックなリスクの大きい銀行としてドイツの銀行が上位に挙げられた。
9 欧州銀行監督機構(EBA)は7月29日、欧州の主要51行を対象とするストレステストの結果を公表するとともに、「EUの銀行部門全体としては健全であるものの、個別行の結果には大きなばらつきがみられる」と評価した。
10 Bruegel (2016)
11 7月7日に欧州委員会がEU財務大臣理事会(ユーログループ)に対し、スペインとポルトガルの是正措置が不十分だとして、制裁手続きに入るよう勧告、7月12日のEU財務大臣会合で勧告が承認された。欧州委員会が7月27日に公表した最終勧告では、両国に課徴金を課すことは見送られたものの、新たな財政健全化策を10月15日までに提出することが求められた。
12 7月23~24日に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議の声明では、「英国のEUメンバーシップについての国民投票の結果が、世界経済の不確実性を増している。G20諸国は、英国の国民投票から生じる潜在的な経済及び金融の影響に積極的に対処する態勢を整えている。将来的に、我々は英国がEUの緊密なパートナーであることを期待している。」とされた。
13 その多くが農業、宿泊業、製造業、食品加工などの単純労働者に従事したとみられる(労働政策研究・研修機構(2015))。
14 流入者数を理由別にみると、「雇用」が47%、「学業」が29%、「その他」が24%(2015年)。
15 Ipsos Moriが実施した、英国が直面する課題に関する世論調査では、13年1月には「経済」、「失業」に次ぎ3位に挙げられていた「移民」が、15年5月には1位となった。
16 ドイツ、フランスなど6か国がEUの前身であるECSCを設立したのは1952年であったが(ECSCはその後、欧州経済共同体(EEC)、更には欧州共同体(EC)へと改組)、英国内での意見の相違やフランスの反対等により、英国がECに加盟したのは1973年になってからであった。75年にはECへの残留を問う国民投票が行われるなど、英国では欧州統合に対する懐疑的な見方が当初から強かった。その後も、英国は95年の国境管理の撤廃(シェンゲン協定に基づく措置)、99年の共通通貨(ユーロ)の導入のいずれにも参加しないなど、他のEU加盟国とは一定の距離を置いた関係を維持してきた(第2-3-25表)。
17 英国の拠出金(2014年)は113億ユーロ。英国のGNIに占める割合は0.52%、各国のEU拠出金総額に占める割合は9.7%。
18 2月の合意内容は、4つの柱((1)経済ガバナンス、(2)競争力強化、(3)国家主権、(4)移民政策(社会保障給付と移動の自由))となっており、(4)は移民への社会保障給付の制限措置導入も含む。
19 かつて独立した王国であったスコットランドは1707年に英国の一部となったものの、その後も独立を目指す動きは絶えることがなかった。2011年のスコットランド議会選挙においてスコットランドの独立を目指すスコットランド国民党が勝利を収めたことを機に独立を巡る議論が加速し、14年には英国からの独立をめぐる住民投票が実施された(結果は独立反対多数)。
20 Bell (2016)
21 英国の輸出額に占めるEU向けの比率は約43.8%、EU(英国を除く)の輸出額に占める英国向けの比率は6.9%(15年)。
22 CETA発効直後にほとんどの関税が撤廃となり、7年後には、EU・カナダ間には工業製品の関税がなくなるとされている。関税廃止は農業や食品分野の大部分にも適用され、EUの農産品・食品の約92%はカナダに無税で輸出できるようになる。
23 GATT第1条第1項は、関税、輸出入規則、輸入品に対する内国税及び内国規則について、WTO加盟国が他の加盟国の同種の産品に最恵国待遇を供与することを定めている。すなわち加盟国は、同種の産品については、他のすべての加盟国に対して、他の国の産品に与えている最も有利な待遇と同等の待遇を与えなくてはならない。一方、自由貿易協定や関税同盟等の地域貿易協定は、WTO協定上、域外に対して障壁を高めないこと、域内での障壁を実質的にすべての貿易で撤廃すること等の一定の条件の下、WTOの最恵国待遇原則の例外として認められている(GATT第24条)。
24 ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインとの間の欧州経済領域(EU)、韓国とのFTA、スイスとの経済協定、カナダEU包括的経済協定(CETA)等。
25 一方、EU離脱後の英国がEU以外の国・地域との間で速やかに自由貿易協定を締結する、ないし英国が既存の自由貿易協定に参加することを通じて、貿易・投資が促進される可能性があるとの指摘も一部にある。
26 86年に実施された証券取引所における売買手数料の自由化や市場参加の開放等を柱とする改革。
27 ECBは従来、ユーロ圏外でのユーロ建て取引を行う清算機関が機能不全に陥った場合、ユーロ圏内の決済システムに悪影響を及ぼす等の理由から、ユーロ建ての清算・決済業務はユーロ圏内で行われるべきと主張してきた。英国は、ECBの主張は自由なサービスや資本の移動というEUの基本原則に反するとして、ECBをEU司法裁判所に提訴し、15年、同裁判所は、ECBが証券の清算機関に対する規制権限を有していないとの理由から、ECBの主張を退ける判決を下した。

[目次]  [戻る]  [次へ]