第2節 アメリカ経済
アメリカ経済は、2009年6月を底に約4年にわたる景気回復局面にある。今回の景気回復局面においては、住宅バブルの崩壊に端を発する金融危機後の回復ということもあって住宅市場は長期にわたって低迷し、また、雇用環境の改善のペースが非常に緩やかであり、個人消費の回復も緩やかである。さらに、10年以降の欧州政府債務危機等による世界経済の低迷の影響もあり、景気の回復ペースが緩やかとなる局面が続いた。そうした中、12年半ば以降、住宅価格の上昇等、住宅市場も改善がみられ始め、企業収益の増加等を背景とした株価上昇とあいまって資産効果を通じて個人消費の増加に寄与している。一方、財政については、緊縮策が成長率を下押しするとともに、財政再建をめぐる政治的不確実性が金融市場やマインドに影響を与える懸念もみられた。
本節では、こうした緩やかながらも回復を続けるアメリカ経済について、家計や企業を取り巻く環境に着目し、今後の成長の持続性も含め分析する。
1.持続的な回復を模索するアメリカ経済
今回の景気回復局面は、これまでの回復局面と比べて雇用環境の改善ペースが緩やかなことや、住宅価格が低迷するなど家計のバランスシート調整の進展も遅れていたことから個人消費の回復が緩やかなこと、また、欧州政府債務問題が収束しない中、いわゆる「財政の崖」の対応をめぐる不透明感等から企業の設備投資も一時減速するなど、総じて景気の回復ペースが緩やかな状態が続いている(第1-2-1図)。
そうした中、欧州政府債務危機をめぐる問題が引き続き残り、また12年10月に襲来したハリケーン・サンディ6による一時的な下押しがあったものの、12年半ば以降、雇用者数の増加や失業率の低下が持続しており、住宅価格の上昇や住宅着工・販売数の増加等、住宅市場も改善が続いている。また、住宅価格の上昇は株価上昇による資産効果とあいまって家計のバランスシート調整を進展させており、個人消費の増加に寄与していると考えられる。
ただし、財政の先行きに対しては依然として不透明感が続いており、こうした動きは消費者や企業マインド等に表れている。実際、給与税減税が失効した1月、歳出の自動削減が実施された3月には、消費者信頼感や企業の景況感は現在よりも将来を示す指数の低下がみられたり、歳出削減の影響等を懸念するコメントがみられた。
(1)家計を取り巻く環境
(i)緩やかな増加傾向にある個人消費
個人消費は12年半ばに伸びが鈍化したものの、同年末にかけて再び堅調な動きとなった。12年末から13年初めにかけて、いわゆる「財政の崖」問題7が懸念されていたが、その多くは回避されることとなった8。こうした中、給与税減税等は延長されることなく失効し、消費への影響が懸念されることとなった。しかしながら、その影響が発現するとみられた1月以降の個人消費の動向は底堅く、緩やかながらも増加が続いている(第1-2-2図)。
個人消費支出の内訳をみると、12年半ば以降、非耐久財やサ-ビスが伸びを鈍化させていたのに対し、リーマンショック後の落ち込みの大きかった耐久消費財が比較的安定的に消費を下支えしてきたことが分かる。雇用環境の改善が続いていることや株価、住宅価格の上昇等による家計のバランスシート調整の進展により次第に消費をしやすい環境になってきた中、自動車ローン等に対する金融機関の貸出態度も徐々に緩和してきていることや、住宅市場の改善等に伴う住宅関連財の消費が寄与している面があると考えられる(第1-2-3図)。13年になると、これらの耐久財に替わり、例年に比べ厳しい寒さになったこともあり電気・ガスの需要が増えるなどした結果、サービスが消費をけん引する状況となっている。
特に耐久財の中で消費をけん引している財の一つである自動車販売の状況をみると、11年春から夏にかけて、11年3月に発生した東日本大震災の影響により供給制約もあり販売数が低下したものの、基調は増加傾向にあった。その後も12年春から夏にかけて雇用環境の改善が一時停滞したことやガソリンの価格の上昇等により一時横ばいとなったが、12年末まで増加傾向が続いている。その結果、99年から08年までの10年間の平均販売台数である1,644万台には及ばないものの、08年2月以来となる1,500万台程度にまで達した(第1-2-4図)。しかしながら、13年に入ってその水準は横ばいで推移している。これは、12年10月のハリケーン・サンディによる被害で多くの自動車が廃車となるなどしたため自動車に対する需要が増加したが、そうした影響が徐々にはく落したことなどが要因となっている。
こうした消費を支える背景の一つに可処分所得の増加がある。名目可処分所得は、リーマンショック後の落ち込みから緩やかに回復していたが、11年には雇用の回復の遅れから伸びが鈍化した。また、同時期にはガソリン価格等の高騰から実質ではマイナスとなった。しかし、12年には次第に雇用環境が改善をみせ始めたことから名目、実質とも伸びが回復した。特に12年末には、給与税減税の失効を前に企業が雇用者に対して特別報酬を実施したり、キャピタルゲイン・配当課税の増税前の駆け込みにより配当収入が急増した。13年1月には給与税減税の失効もあって大きく落ち込んだが、2月以降はそれ以前の水準に近づいており、可処分所得は底堅いと評価できる(第1-2-5図)。
可処分所得の重要な構成項目である雇用者報酬をみると、11年から12年にかけてむしろ伸びが鈍化した。これは、11年春以降雇用者の増加が鈍化傾向となる中、時間当たり賃金や労働時間の伸びも鈍化したことによる。しかしながら、12年末から雇用者数は再び増加テンポをあげ、時間当たり賃金の伸びも高まってきたことから、雇用者報酬も増加傾向となっている(第1-2-6図)。
このような時間当たり賃金の動きについては、住宅市場の改善に伴って建設業等、一部業種で人材不足もみられ、労働需給がやや引き締まったことが背景にあると考えられる。
また、家計のバランスシートをみると、住宅ローン残高は08年の住宅バブル崩壊後に比べて着実に減少している。一方で、資産は株価がリーマンショック後の落ち込みから傾向的に回復していることに加え、住宅価格が12年以降上昇に転じたことから増加している(第1-2-7図)。その結果、債務残高の可処分所得比だけでなく、総資産比でも低下しており、バランスシート調整は着実に進展している(第1-2-8図)。なお、元利返済負担率は債務のリストラの進展に加え、低金利により顕著に低下している。
株価の上昇は資産効果によって、個人消費にプラスの効果をもたらしていると考えられ、特に株式資産保有比率が高いとみられる高所得者層については、年初からの増税の影響を相殺しており、今後株価の上昇傾向が続けば、さらに消費を刺激することが期待される。
他方、住宅向けのローンについての金融機関の貸出態度をみてみると、住宅バブル崩壊後厳格化した後、10年、11年とやや緩和した。しかしながら、12年以降も引き続き緩和の動きがみられるものの、逆に厳格化させている動きもあり、全体として改善が進んでいる状況とはなっていない(第1-2-9図)。
消費者マインドについてみると、振れを伴いながらも総じて横ばい圏内にある。しかし、現状指数と半年後の状況を示す将来指数では大きく動きが異なっている。現状指数は、世界金融危機後、徐々に改善しており、12年半ば以降には一段と水準が高まっている。一方、将来指数は一貫して現状指数を上回ってきたものの上昇傾向はみられず、特に「財政の崖」が差し迫った12年末以降急激に低下し、マインド全体の伸び悩みにつながっている。将来指数の低下は、13年初の給与税等各種減税の失効、その後の歳出の自動削減発動といった財政赤字削減策をめぐるオバマ大統領と議会との対立等、財政政策の不透明感から先行きに不安を感じている消費者が多い状況を反映していたものと考えられる。(第1-2-10図)。
(ii)改善が続く労働市場
失業率は、09年10月の10.0%から13年4月時点で7.5%と、08年12月以来の水準まで低下した。非農業部門雇用者数は、12年前半に増加幅がやや縮小した後、同年後半には再び増加幅が拡大するなど振れを伴いつつも、おおむね17~19万人程度で底堅く増加している。しかし、世界金融危機後の雇用者減867万人に対して、10年以降の増加は610万人とまだ7割程度の回復にとどまっており、雇用者数増加のペースは比較的緩やかなものとなっている(第1-2-11図)。
部門別に雇用者数の伸びをみると、小売業、専門サービス、教育・医療といったサービス部門が12年後半以降の雇用者数の増加に寄与している(第1-2-12図)。小売業については個人消費の動きに対応し、12年央に鈍化したものの同年末には再び拡大し、13年に入った後も堅調に増加している。
建設業についてもハリケーン・サンディ9の復旧需要や堅調な住宅市場もあって、12年後半以降、増加幅を拡大していたが、住宅市場は引き続き堅調であるものの、復旧需要のはく落等により非住宅部門の雇用者数が減少したことにより4月は減少に転じた。製造業は景況感の改善や、やはり後述するハリケーン・サンディ後の復興に伴う生産の増加等を背景に12年末から増加幅を拡大する局面もみられたが、13年3月以降は緩やかな増加にとどまっている。
失業率は低下しているものの、これは労働参加率の低下が大きく寄与している(第1-2-13図)。この労働参加率の低下については、職探しをあきらめて労働市場から退出する人のほかに高齢化に伴う退職者の増加によるところが大きい。また、雇用意欲喪失者数はピークをつけた10年後半から減少しているものの、いまだ高水準にとどまっている(第1-2-14図)。
長期失業者数については10年4月にピークをつけた後、減少しており、13年4月時点でピーク時の7割の水準まで改善している(第1-2-15図)。時間当たり賃金の伸び率は世界金融危機後、傾向的に低下していたが、12年末以降伸び率を高めている。これは前述のとおり、住宅市場の改善に伴って、建設業等の一部業種で人材不足もみられ、労働需給がやや引き締まったことが背景にあると考えられる。また、物価上昇率との関係をみると、12年はおおむね賃金上昇率と物価上昇率は等しかったが、このところ賃金上昇率が物価上昇率を上回っており、実質賃金の上昇から個人消費を下支えしているとみられる(第1-2-16図)。
(2)企業を取り巻く環境
(i)横ばいとなった生産と一進一退で推移する設備投資
企業部門の状況として、鉱工業生産の動向をみると、12年夏に一時在庫調整により伸び悩んだものの、年末にかけては底堅く推移した(第1-2-17図)。これは、12年10月には北東部を襲ったハリケーン・サンディにより、食料・飲料や機械を始め広範な業種に亘って生産の縮小を余儀なくされたが、11月以降に反転し、在庫復元10に向けた動きや復興需要が生じたためである。しかし、13年に入って、こうした復興需要が一巡したことに加え、自動車販売の増加にも一服感がみられるようになったことから、生産は横ばいとなっている。
製造業の景況感指数の推移をみると、12年11月に09年以降初めて業況の縮小を示した後、2月にかけていったんは持ち直しの動きを示している(第1-2-18図)。12年末以降、「財政の崖」問題がひとまず回避されたことにより、それまで先行き不透明感から手控えられていた新規受注が反動増として現れたことや、年末の企業投資活動の活性化により、新規受注指数を中心に持ち直しの動きがみられたことが背景にある。しかし、3月以降、景況感指数は業況拡大のテンポが緩やかになったことを示しており、歳出の自動削減等の財政政策による対応やその影響が不透明なことともあいまって、持ち直しの動きが一服した可能性も考えられる。
設備投資の動向をみても、12年末にいったんは持ち直したものの、13年に入り、伸びを低下させている。11年後半以降、増加のテンポが鈍化していた設備投資は、12年10~12月期には、IT・機械投資、構築物投資いずれも増加し、前期比年率13.2%増と5四半期ぶりの大幅な伸びを示した後、13年1~3月期には前期比年率2.1%増と再び伸びを鈍化させた(第1-2-19図)。設備投資の先行指標とされるコア資本財受注をみても、13年1月をピークに伸び率は低下傾向にある。12年末に、ハリケーンの復旧需要や、結果的に13年末まで延期となったものの12年末で終了予定であった設備投資減税の駆け込み等から、企業の投資活動が一時的に押し上げられていたが、13年に入って、それらがはく落したことにより減速したものと考えられる。
(ii)好調な企業収益
企業収益は最高益を更新しており、GDP比でみても増加傾向にある(第1-2-20図)。雇用者報酬も増加傾向にあるものの、企業付加価値額に比べると低い伸びに留まり、労働分配率(企業部門)は引き続き低下する傾向にある。すなわち、人件費の抑制により収益力が強化されているといえよう。
企業は収益を堅調に増加させる中、引き続き潤沢な資金を内部に蓄える傾向にある。設備投資は、12年末に持ち直しの動きをみせたものの、依然、企業の内部留保額を下回って推移している(第1-2-21図)。生産が横ばいとなって稼働率もいまだ長期平均を下回っているほか、財政の強制歳出削減の影響等も懸念され、財政問題をめぐる経済の先行き不透明感も残る中、企業の設備投資に対する慎重な姿勢は大きくは変化していない。
なお、12年10~12月期には内部資金は前期比減少したが、背景には減税失効により配当課税が引き上げられることを懸念し、特別配当や前倒し支給等により配当を増加させたことが挙げられる。また、企業は自社株買いを引き続き活発化させており、こうした動きが足下の株価上昇を支える一つの要因ともなっている11。
(iii)史上最高値を更新した株価とその背景
NYダウ平均株価は、13年3月に07年10月以来となる史上最高値を約5年5か月ぶりに更新した。アメリカ経済は、既に実施されている2011年予算管理法による約0.9兆ドルの歳出削減や、給与税等減税の失効、歳出の自動削減といった財政による下押し圧力がある中、金融緩和策が当面継続されることが期待されている。また、企業の業績は堅調に推移しているほか、経済指標も緩やかながら改善傾向を続けている。こうした要因が、アメリカ経済の今後の持続的な回復に対する期待感となって株価を支える材料になっていると考えられる。また、前述のとおり、企業が自社株を購入することによって支えられている面もあると考えられる。
こうした株価の動きについてバーナンキFRB議長は、株価が史上最高値をつけたのちに開催された3月のFOMC後の記者会見において、個別の市場に対する評価は望ましくないとしつつも、「現時点において歴史的なパターンから逸脱しているとは考えておらず、楽観的な経済見通しが高まってきていることや企業収益が高いことなどを考えれば株価上昇との間に特に不自然な関係があるわけではない」といった発言をしている。また、4月30日~5月1日に開催されたFOMCにおいては、3月に開催されたFOMC以降の株価の上昇を、(企業の)底堅い四半期収益報告や中期的に安定的な収益見込み、低金利を反映しているとしており、さらにバーナンキFRB議長は5月の議会証言においても、「我々も注視しているが、現時点では、例えばPER等が適正であるなど、株価や社債といった主な資産価格はファンダメンタルズと矛盾していない」と発言している。
そこで、バーナンキFRB議長の指摘にもある株価の割高・割安を測る一つの指標である株価収益率(PER)の動きをみてみる。これは、企業の純利益12と株価水準とを比較しているものであるが、13年に入ってからの推移をみると、やや割高方向に推移しているものの、過去の水準と比較しても特に高くはない。例えば、このところのPERは14倍程度と今回の景気循環の谷となる09年6月の13.5倍よりはやや高いものの、その前の景気の山である07年12月の16.2倍、さらにその前の景気の山である01年3月の18.4倍よりも低い水準である(第1-2-22図)。
また、今回の株高が企業の業績の堅調な推移を反映しているかを検証してみる。株価と企業収益との関係をみてみると、前回、今回のいずれの景気回復局面においても、企業収益の上昇とともに株価がパラレルに上昇しているのが分かる(第1-2-23図)。ただし、前回の景気回復局面では、株価は金融引締め時には足踏みする局面があったが、その後は景気後退が鮮明となるまで上昇したのに対し、企業収益は、それ以前にピークをつけた後、減少に転じる動きが始まっており、景気局面が変化する前後で両者の動きにかい離がみられた。
実体経済や金融政策の状況が異なることから、必ずしも前回の景気回復局面と同様の動きをするとは限らないが、現状、企業収益は前年比では鈍化してきているものの引き続き増加しており、また、依然低めとなっている現在のPERの水準等も踏まえれば、金融緩和策の継続等が前提とはなるものの、今後もしばらくは株価上昇圧力がかかりやすい状況が続く可能性も考えられる。
2.財政・金融政策の動向
(1)財政政策の動向
(i)「財政の崖」のうちブッシュ減税等は回避13
12年末から13年初にかけて、ブッシュ減税やリーマンショック後の景気対策における給与税減税等の各種減税措置の失効や自動的な歳出削減の実施等の形で急激な財政緊縮(いわゆる「財政の崖」)が予定されていた。このうち、所得税の税率引下げ等については、年間所得45万ドル以下の世帯等に対しては恒久化し、緊急失業保険給付期間を1年間延長するほか、自動的な歳出削減の開始期日を2か月間先送りすることでオバマ大統領と議会が13年1月に合意し、かかる法案が成立した。
一方で、給与税減税は当初の予定どおり失効して税率は4.2%から6.2%へと10年の水準に戻ることとなり、財政収支の改善に寄与する一方で、個人消費への悪影響が年初から発現する懸念があった。
5月に公表された議会予算局(CBO)の財政見通しによれば、財政赤字は12年度から13年度にかけて4,451億ドル減少するとしており、これは名目GDP比で2.8%の規模になる14。また、「財政の崖」のうち減税の失効等が確定することにより発現することになった一連の緊縮財政政策による影響について、議会予算局(CBO)や行政管理予算局(OMB)より公表されている資料に基づいて試算すれば、13暦年は名目GDP比で1.6%程度の規模になると推計される15(第1-2-24表)。
(ii)歳出の自動削減実施
13年初めに実施開始が2か月間延期された歳出の自動削減問題をめぐり、高所得者層の増税を含む歳入・歳出のバランスのとれた財政赤字削減を訴えるオバマ大統領に対して、共和党は増税には否定的なことから対立が続いていた。
歳出削減開始期限となった3月1日となっても双方に歩み寄りがみられず、事態の打開に向けたオバマ大統領と議会指導者との間の話合いも不調に終わったことから、予定どおり3月1日より歳出の自動削減(13年度850億ドル16、21年度までに1.2兆ドル)が実施されることとなった。
交渉が難航していた2月、ホワイトハウスは歳出の自動削減が国民生活に与える影響について公表したが(第1-2-25表)、4月に入って航空管制官が一時帰休し航空機の発着の遅延が生じたり、国防関連の受注が減少した結果社員を解雇するなどの動きがみられた。ただし、後述するように行政府に歳出削減についての裁量が一部付与されたことから、2月に提示されていた影響がそのまま現実化するとは限らず、現時点では実際にどれだけの影響が出ているのかを定量的に把握することは困難である。
(iii)最近の財政をめぐる動き
新会計年度(13年度)は12年10月に始まっているが、歳出法案をめぐるオバマ大統領と議会との対立が続き、13年3月になっても新たな予算が成立しない状態が続いた。3月27日には暫定予算の期限が到来することとなっており、暫定予算の延長等がなされないと、政府機関が閉鎖されるおそれがあった。こうした中、上下両院ではそれぞれ審議が進められ、(1)予算の期限を9月30日までとすること、(2)国防費のほか、運輸、保健分野等の削減方法についても裁量を一部付与するといった法案が可決し、26日にはオバマ大統領の署名をもって成立した。
4月10日に公表された14年度の予算教書17では、歳入面では富裕層に対する税負担を強化するなどし、また、歳出面では引き続き歳出削減向けた努力を続けることとしている。歳入に関しては、これまでどおり増税による歳入増を掲げており、共和党の反発を招いている一方、歳出削減に関しては、メディケア、メディケイド改革等による医療費削減にも触れており、共和党にも配慮した内容となっている(第1-2-26表)。
(iv)今後の財政問題の注目点
アメリカでは、12年末に債務残高が法定上限18(16.4兆ドル)に達したため、法律上の規定に基づく異例の措置19により、若干の財源を捻出していた。こうした中、13年2月には債務上限を定めた法の適用を停止し、5月19日までに発行している国債等の金額まで債務上限を引き上げる法案が成立した。しかしながら、法の運用停止期限を迎える中でもオバマ大統領と議会との間の溝は深く、州・地方政府投資支援のための債券発行を停止するなど、当面は国庫の調整により対応することとなる20。ルー財務長官は議会に対する書簡の中で、11年の時のような瀬戸際政策は避けるべきで、議会は早急にデフォルト懸念を払しょくするために行動すべきとしており、今後の対応が注目される。
3月21日下院、23日上院において、それぞれ14年度予算決議案を可決した。上院ではオバマケアを堅持しつつ、増税と歳出削減により10年間で2兆ドルの財政赤字削減を目指すのに対し、下院案ではオバマケアを廃止するなど歳出削減により4.6兆ドルの赤字削減を目指すこととしている。また、4月10日には前述のように予算教書が公表され、歳入・歳出のバランスのとれた財政赤字削減策により10年間で1.8兆ドルの赤字削減を目指すこととしており、14年度予算の進捗や前述の債務上限問題と併せてホワイトハウスや両院間での議論の進展が注目される(第1-2-27図)。
(2)金融政策の動向
(i)雇用、物価に関する数値基準を導入
FED(連邦準備制度)は12年9月、追加金融緩和を決定した22。同時に「景気回復が強まった後の相当な期間において、非常に緩和的な金融政策スタンスが引き続き適切になると予想している」とし、政策金利が長期にわたり異例の低水準に維持される可能性を示唆した。
さらに同年12月、FEDは異例に低水準のFF金利が妥当となる期間として、11年8月から導入していたカレンダーベースでの表現を変更した。基準となる数値に達したからといって自動的に金融緩和を解除するわけではないとしつつ、「失業率が6.5%を上回り続け、1年から2年先のインフレ率が2%+0.5%以内で、長期的なインフレ期待も十分抑制されている限りにおいて、妥当となる見込み」とし、雇用及び物価についての数値基準を導入した。
そもそもFEDに対しては、連邦準備法(Federal Reserve Act)第2条(a)において、金融政策の目的が定められている。「雇用の最大化、物価安定、低水準の長期金利」の三つが金融政策の目的とされている。このうち「低水準の長期金利」については、安定したマクロ経済環境下でのみ達成されると考えられることから、雇用及び物価に関する二つの使命(デュアルマンデート)が重要視されるようになった。
このようにFEDはデュアルマンデートを負っているが、数値基準が導入されたことで、あらためて前項1.(2)でみたような雇用指標とともに、以下でみる物価関連の指標の重要性が認識されたと考えられる。
(ii)FEDが注目している物価指標
FEDはPCEデフレータの前年比で+2.0%が長期的にみた法的責務に合致するとしており、四半期ごとにPCEデフレータの見通しを公表している(第1-2-28表)。13年3月時点の見通しでは13年のPCEデフレータは2.0%を下回る見通しとなっており、また、12年12月時点の見通しから引き下げている。
なお、「長期的なインフレ率」については、ミシガン大学消費者マインド調査における5年先のインフレ期待や10年物BEI(ブレークイーブンインフレ率)等が重視されているといわれている。こうした市場参加者が予想しているインフレ率の状況を見ると、ミシガン大学消費者マインド調査とBEIともにインフレ期待は12年後半以降2.5%程度で安定的に推移していたが、BEIについては13年4月以降やや低下している(第1-2-29図)。これは13年4月に公表された雇用統計等の経済指標が市場参加者の予想を下回ったため、資産買入れプログラムの規模縮小時期に係る市場参加者の見込みが後ろ倒しとなったこと等が要因と考えられる。
実際のPCEデフレータの推移をみると、12年後半から低下している(第1-2-30図)。PCEデフレータへの影響が大きい原油価格と為替の動向をみると、原油価格は13年に入ってから安定的に推移しており、エネルギー関連の寄与度も▲0.1~+0.3%とおおむね横ばいで推移している(第1-2-31図)。為替は日本銀行による追加金融緩和等を背景に円が減価し、ドルがやや増価しており、原油、為替動向ともに同デフレータの上昇を抑える要因となっていると考えられる(第1-2-32図)。また、コアPCEについてはシェアの大きい家賃の影響を受けやすいが、家賃はおおむね横ばいで推移しており、住居費等の寄与度も+0.4%程度と横ばいで推移している(第1-2-33図)。賃金については、前述のとおり12年後半以降、伸び率を高めているが(前掲第1-2-16図)、今のところ物価への影響は限定的である。
(iii)今後の金融政策に関する注目点
12年12月以降のFOMCの議事録やFOMC参加者の講演等によると、資産買入れプログラムについては、効果・費用について様々な議論が行われている模様である。13年3月の議事録によれば、大半の参加者は追加の資産購入によるリスクとコストは依然、管理可能である一方、当然ながら注視し続けていくべき、との意見であった。資産買入れプログラムの縮小・終了時期についての意見は大きく4つに割れていることが確認できる(第1-2-34図)。多くの参加者が13年中の縮小及び終了を支持しているものの、13年後半からの縮小を支持するグループは、雇用情勢の先行きが見込み通りに改善することを条件に挙げている。また、一部(some)の参加者は将来の資産売却が困難になるとの懸念を示す一方、数人(several)の参加者は満期まで保有することでそうしたリスクを取り除くことができるとの見方を示しており、資産買入れプログラム終了後のバランスシート正常化の過程についても意見が割れていることがうかがわれる。
インフレ率が低下し、FEDの物価見通しを下回る水準で推移する中、13年5月のFOMCにおいて「労働市場あるいは物価上昇の見通しが変化するのに伴って適切な金融緩和策を維持するため、資産購入のペースを拡大または縮小する用意がある」との声明が公表された。
このように、労働市場に着目すれば緩やかながら改善しており緩和解除の議論となりやすい状況にある一方、物価に着目すると長期的な目標をやや下回り続けており、追加緩和の期待が高まりやすい状況にある。現状、両経済指標の動きが金融政策の方向性に対して相反する形で進んでいるために、FOMC参加者の金融緩和策に対する見方が今後どのように変化していくか注目される。また、バーナンキFRB議長は2014年1月末に任期満了を迎えるが、自身の続投を含め後任人事については口を閉ざしており、今後本格化するであろう後任候補の金融政策に対するスタンスにも注目が集まる。
なお、このところの株価の上昇のほか、信用力の低い社債等一部債券に対する需要の高まりや自動車ローンのうちサブプライムローン23比率の高まり、あるいは一部農地において急激な価格上昇がおきているといった指摘があり、こうした動きに対して懸念の声もみられる。これに対してバーナンキFRB議長は、前述のとおり、現時点では株価や社債といった主な資産価格はファンダメンタルズと矛盾していないとしている。さらに、金融安定のためのリスクを考える上では、不適切な価格設定のみならず、それが金融システム全体にダメージを与える可能性がないかを示すレバレッジや信用の伸び、その他の指標をみる必要があるが、それらは現状、依然として抑制された状態にあるとしている。また、例えば、物価はFEDの長期的な目標をやや下回って推移しており、住宅市場においては、金融機関の貸出基準が依然厳しいこともあるためサブプライムローン等が証券化されたノンエージェンシーMBS24の発行残高は低下が続いているなど、全体的には、現状、落ち着いた状況にあると考えられる(第1-2-35図)。一方で、長期にわたる金融緩和策のリスクについては、バーナンキFRB議長を始めFOMC参加者の指摘にもあるように注意深く見守る必要があると考えられる。
3.アメリカ経済の見通しとリスク
アメリカ経済は、現状では緩やかな回復が続いているが、以下ではアメリカ経済の先行きにかかるメインシナリオとそれに対するリスク要因について概観する。
(1)経済見通し(メインシナリオ)-緩やかな回復傾向が続く
アメリカでは、月々の振れはあるものの雇用者数が増加しており、失業率は低下している。また、家計のバランスシート調整は依然として続いているものの、住宅価格や株価の上昇が続いていることなどを背景に確実に進展しており、個人消費は緩やかに増加している。住宅市場も在庫が減少する中、住宅着工や販売数が増加しており、住宅価格も上昇を続けるなど市場全体の改善が進んでいる。企業に目を向ければ、生産はこのところ横ばいで推移している一方、設備投資は12年7~9月期に6四半期ぶりに前期比マイナスとなった後、緊縮財政や世界経済の影響はみられるものの、持ち直しの動きもみられる。こうした結果、アメリカ経済は緩やかな回復傾向が続いている。
また、ガソリン価格は年初に上昇したものの、3月以降やや下落しており、12年の干ばつの影響による穀物価格の上昇がほかの財やサービスに大きく波及することもなく、物価上昇率は低下している。
先行きについては、物価上昇率が落ち着いている下で、雇用環境や住宅市場が引き続き改善するとの見込みから、消費は緩やかな増加が続いていくと考えられる。設備投資は好調な企業収益等を背景に持ち直しの動きが続くと考えられるが、欧州政府債務危機が現在も収束していないなどから当面は輸出環境の目立った増加が見込めないほか、財政問題の対応をめぐる不透明感にも留意する必要があると考えられる。また、政府支出については、年初の「財政の崖」はおおむね回避されたものの、3月に歳出の自動削減が実施されるなど今後財政緊縮の影響が本格化することが想定される。しかしながら、その影響は13年後半には次第に薄らいでいくことが期待され、その結果、13年全体としては引き続き緩やかな回復傾向が維持される見通しであり、13年全体の実質経済成長率は前年比2%程度となる可能性が高い(第1-2-36図)。
以下、個別の需要項目について概観する。
(i)個人消費
13年初にガソリン価格が高騰したことや、「財政の崖」に伴う12年末の賞与支給や配当支払いの前倒しの影響による振れはあるものの、実質可処分所得は緩やかな伸びが続いている。また、今後も物価上昇率は落ち着いた推移が見込まれ、失業率は高い水準ながらも低下しており、雇用者数も増加が続くことが見込まれるなど雇用環境の改善が期待され、それが可処分所得を引き続き増加させると考えられる。さらに、株価の上昇や住宅価格の持ち直しによりバランスシート調整も一層進展することが期待される。こうした状況を踏まえると、消費は緩やかに増加していくことが見込まれる。
(ii)住宅投資
雇用環境が改善しており、住宅ローン金利も低水準にある中、在庫が減少していることなどから住宅価格が上昇を続けており、住宅着工や販売数が増加している。また、金融機関の差し押さえた物件が保有されたままとなっているような「隠れ在庫(shadow Inventory)」25も確実に減少してきていることから、住宅価格は今後も持ち直しの動きが続く見通しである。こうしたことから、住宅需要は改善が続くと考えられる。
(iii)設備投資
設備投資については、13年4~6月期を中心に緊縮財政の影響が出てくることが予想され、また、欧州政府債務危機が現在も収束しておらず、当面は輸出の目立った増加は見込めない。しかしながら、収益面からそもそも余力があることや、13年末までに行った新規設備投資に対して50%の償却が認められており、年後半に向けて次第に財政緊縮の影響が薄らいでくることや外需環境も次第に上向きの動きになることが期待されることから、底堅く推移すると見込まれる。
(iv)政府支出
現在も2011年予算管理法に基づく財政赤字削減が進められているが、3月には歳出の自動削減が開始されるなど今後も更なる連邦政府支出の縮小が予想され、政府支出全体としては、13年4~6月期を中心にマイナスの寄与が続くと見込まれる。
(v)外需
世界の景気は、当面弱い回復が続くとみられるが、ヨーロッパや中国等における適切な政策対応を前提とすれば、次第に回復テンポの持ち直しが期待されることから、13年後半には外需も次第に上向きの動きとなると見込まれる。
(2)経済見通しにかかるリスク要因
見通しのリスクバランスは、薄らいできたものの依然として下方に偏っており、具体的には以下のものが想定される。こうしたリスクが発現した場合、改善を示してきた雇用動向にも再び影響する可能性がある。
(i)下振れリスク
(ア)財政緊縮に伴う成長鈍化
2011年予算管理法に基づく歳出の自動削減が13年3月から実施されており、13年4~6月期を中心にその影響が発現することが考えられる。民間需要が堅調に推移していることから全体としては緩やかな回復傾向が期待されるが、財政については、今後も債務上限問題や14年度予算等をめぐりオバマ大統領と議会との間で協議が進められることが予想されるが、財政緊縮の影響が過度に発現する場合には政府支出の減少のみならず、民間需要にも大きな影響を与えるおそれがある。
(イ)欧州政府債務危機の深刻化
12年秋以降、欧州政府債務危機を巡る緊張が緩和し金融市場には落ち着きがみられている。しかし、ヨーロッパ地域の一部の国で再び債務危機による混乱が生じた場合には、金融資産の価値下落、信用収縮の拡大等を通じて、実体経済に更なる悪影響を及ぼすおそれがある。また、債務危機の深刻化によりヨーロッパの実体経済がこれまで以上に悪化したり、リスク回避によるドル高が進展する場合には、輸出が一層減少するおそれがある。
(ウ)新興国経済の減速の長期化
新興国は、資源を始めとする先進国の輸入動向によって経済が左右される面が強い。先進国の景気下振れにより、新興国の成長鈍化の局面が長期化する場合、当該国への輸出減少を通じアメリカ景気が下押しされる悪循環に陥るおそれがある。
(ii)上振れリスク
メインシナリオにおける想定以上に景気の回復テンポが加速する場合の要因としては、以下が考えられる。
(ア)資産価格の上昇
雇用環境の改善や企業業績の好調が持続し、また、金融緩和策の効果が想定以上に発現することによって、株価や住宅価格がさらなる上昇に向かう場合、家計のバランスシート調整が大きく進展して家計の負担が軽減されるとともに、資産効果を通じて個人消費が拡大する可能性がある。
(イ)信用リスクの低下
景気の回復や住宅価格の上昇に伴って金融機関の家計に対する信用リスクが低下し、また、金融緩和策継続により金融機関の信用創造が喚起され貸出が増加する場合には、個人消費や住宅投資が拡大する可能性がある。