これまでみてきたように、アメリカ経済は民間部門を中心とする自律的な回復に移行しつつあるが、一方、金融危機の後遺症が依然として残っている分野がある。
以下では、回復が遅れている住宅市場、地域金融、州・地方財政の動向について、詳述する。
(1)住宅市場の動向
(i)住宅市場の現状
住宅市場は、06年後半の住宅バブル崩壊後、弱い動きが続いている。新規住宅着工件数をみると、06年のピークには年率200万件を超えていたが、08年から09年にかけて急速に減少し、09年4月には同47.7万件にまで減少している(第2-3-29図)。その後、政府による住宅減税の効果もあって一時的に持ち直しの動きがみられたが、住宅需要は依然として弱く、10年半ば以降はおおむね50~60万件程度で推移している。11年2月には同47.9万件と再び大きく減少したが、この背景には、天候不順のほか、10年末に一部の地域で建築基準法の改定に伴う一時的な駆け込み需要があり、その反動が表れたとの見方もある。
住宅販売の動向をみると、10年4月の住宅減税終了後に大きく減少したが、その後の反動増や、10年10月以降、住宅ローン金利が上昇に転じたことなどを契機に販売件数は増加した。しかし、足元では再び減少しており、特に新築住宅販売件数は、11年2月に年率27.0万件と1963年の統計開始以来の最低水準を更新している。
こうした住宅着工、住宅販売の低迷の動きを受けて、住宅価格の下落傾向も続いている。ケース・シラー住宅価格指数(20都市・季節調整値)をみると、09年半ば以降、底ばいの状況が続いていたが、足元では再び下落基調に入り、10年7月以降、7か月連続で前月比低下となっている 。
(ii)住宅市場低迷の背景
こうした住宅市場の低迷の背景として、需要面では、住宅金利や住宅価格が低水準であるなど住宅取得環境が良好であるにもかかわらず、雇用や所得に対する先行き不安や住宅価格の更なる下落懸念等から購入に結びついていないことが挙げられる。また、供給面では、高水準の在庫が懸念材料となっている。
住宅取得環境をみると、良好な状況が続いている。所得の緩やかな回復が続いているほか、金融緩和政策の効果もあって住宅金利も歴史的な低水準にあり、また、住宅価格も06年のピークから30%程度下落した水準にある(第2-3-30図)。金利水準については、10年前半に長期金利の低下とともに住宅ローン金利(30年・固定)が継続的に5%を割り込み、歴史的な低水準となった際には住宅ローンの借換え需要の増加につながった。その後、住宅ローン金利は上昇に転じ再び5%近傍で推移しているが、依然として金利面での割安感はあるものとみられる。同様に、住宅価格についても、ピークから大幅に価格が下落し、若干下げ止まったものの再び下落している。しかしながら、価格の割安感以上に先行きの下落懸念が強く、住宅購入を控える動きにつながっていると考えられる。
一方、供給面をみると、中古住宅市場における高水準の在庫が懸念材料となっている。10年後半には、中古住宅販売がやや回復したことを受けて、在庫は減少に向かう動きをみせたが、11年2月時点で350万件と依然として高水準にあり、しかも再び増加している(第2-3-31図)。また、後述する「隠れ在庫」により、潜在的には更に高い水準の在庫が住宅市場に存在するとみられている。需要が伸びず販売が低迷する中で、この過剰な在庫の問題は、金融危機の後遺症がいまだ根深いことをうかがわせる。
(iii)「隠れ在庫」の問題
住宅市場では、過剰在庫の解消に更に時間を要するとみられているが、その原因のひとつが「隠れ在庫(Shadow Inventory)」の問題である。これは、市場に出ていない潜在的な在庫を指すものである。すなわち、現在、販売の低迷を受けて金融機関が差し押えた物件を保有したままにしているケースが多いとみられ、また、住宅ローン延滞率が高止まりしている状況では、近く差押さえ対象となる可能性が高い物件も数多く存在するとみられている。販売件数の回復が遅れている中、こうした過剰在庫の存在は、住宅価格の下押し要因となり、住宅の買控えや金融機関による住宅ローン融資の厳格化を促すおそれがある。さらに、逆資産効果を通じて、景気回復を腰折れさせる要因となるおそれもある。民間調査会社によると、10年8月時点における隠れ在庫は、210万件程度存在するとみられている(14)。現在の350万件の在庫と合わせると550万件を超える規模であり、11年2月の中古住宅販売件数(年率488万件)の13か月分以上となっている(15)。
さらに、10年10月には、金融機関の差押え凍結に関する問題も発生している。この問題は、大手金融機関の一部で、住宅ローンの延滞に伴う担保住宅の差押さえ手続きを巡って不正処理が行われたとされるもので、このため、差押さえ手続きを停止する動きが相次いでおり、10年末以降、差押さえ件数は大幅に減少している(第2-3-32図)。これは、本来差押さえすべき物件の手続きが先送りとなっている可能性が高いことを示しており、金融機関の不良債権処理の遅れにつながるなど、市場の不安定要因となっている。
このほか、FRBの金融緩和政策の終了を受けて長期金利が上昇する場合、住宅取得環境が悪化するなどの懸念がある。また、政府による住宅ローン借換えプログラムが十分な効果を上げていない状況のなか(16)、更なる住宅市場対策に向けた議論は進んでいない。日本の住宅市場のように、バブル崩壊後長期にわたって調整が続き、低迷した例もあり、予断を許さない状況が続くとみられている(17)。
一方、アメリカでは毎年1%程度の人口増加が続いているため、長期的には住宅市場は回復すると考えられており、雇用や所得の継続的な回復が今後も続く場合には、住宅販売が予想以上に増加し、市場の回復が早まる可能性もある。
(2)金融:中堅・中小金融機関
(i)中堅・中小金融機関の破たんは継続
金融機関の状況をみると、中堅・中小金融機関の破たんが継続している。10年の破たん件数は157行となり、09年を上回った(第2-3-33図)。さらに、11年に入っても4月15日時点で既に34行が破たんしている。また、連邦預金保険公社(FDIC)が問題視している金融機関の数をみても、10年12月末時点において884行となっており、引き続き増加している。
(ii)中堅・中小金融機関の不良債権比率は高止まり
金融機関の経営状況をみると、08年の世界金融危機発生後には金融機関の業績は大幅に悪化したものの、総資産100億ドル以上の大規模金融機関の総資産利益率は10年にかけて改善傾向にある(第2-3-34図)。一方、中堅・中小金融機関では10年に入り黒字転換したものの、利益は低水準にとどまっている。中堅・中小金融機関は総資産に占める不動産向け貸出の割合が大きく、特に商業用不動産向け貸出が収益の中核を担っている。しかし、中堅・中小金融機関の不良債権比率をみると、商業用不動産向け貸出の不良債権比率を中心に高止まりしており、このことが収益を圧迫しているとみられる。
(iii)商業用不動産価格は下げ止まりも空室率は緩やかな上昇が継続
中堅・中小金融機関の収益改善を抑制している商業用不動産市場の状況をみると、商業用不動産価格は、10年春以降再び下落傾向にあったものの、10年9月以降には下げ止まっている(第2-3-35図)。一方、空室率をみると、オフィス、小売店、製造業では一貫して上昇傾向にある。このため、商業用不動産の収益率の改善の遅れが見込まれ、同不動産向け貸出の収益性が改善するには、時間を要すると考えられる。その結果として、中堅・中小金融機関の収益が当面低水準にとどまる可能性がある。
(3)州・地方財政
(i)州・地方財政の現状と見通し
州・地方政府(18)全体の財政状況(投資等を除いた経常的歳入・歳出の収支)をみると、08年秋以降、収支は大きく悪化したが、連邦政府による財政支援等を背景に09年10~12月期には黒字に転換し、以後、改善の動きが続いている(第2-3-36図)。しかし、個々の地域をみると、景気の回復状況にばらつきがみられ、税収の低下から歳入不足に陥る自治体も発生している。こうした自治体では、財政の均衡を維持するため(19)、医療や義務教育等のサービス縮小、政府職員の解雇が実施されており、政府支出は減少している(第2-3-37図)。11年1~3月期には、これらの政府支出の減少が実質経済成長率を0.4%押し下げており、回復テンポを鈍らせる一因となっている。
州政府の動向をみると、11年度(大半の州で10年7月より開始(20))の歳入・歳出は、3年ぶりの前年度比増となる見込みであり、州政府全体では持ち直しがみられる(第2-3-38図)。しかし、危機以前の水準まで回復しておらず、また、一部の州で前年度比減となる見込みである(21)。12年度には、景気回復に伴う税収増が見込まれるものの、連邦政府の財政支援が縮小することから、引き続き09年度と同程度の歳入不足が生じる見通しである(第2-3-39図)。予算・政策優先度研究所(CBPP)によれば、44州で歳入不足が発生する見通しであり、歳出抑制等の緊縮的な財政運営がしばらく続く可能性がある。
州・地方政府の歳出は、危機前の07年(暦年)の総額で約1.9兆ドルであり、連邦政府の歳出(約2.9兆ドル)の7割程度(65.9%)の水準にあるなど、アメリカ経済において重要な位置を占めている(22)。09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法に基づく連邦政府の歳出拡大により、10年(暦年)は6割程度(56.3%)まで低下しているが、依然としてその役割は大きく、州・地方政府財政の回復が遅れる場合には、地域経済への影響が懸念される。
(ii)地方債市場の動向
州・地方政府では、地域経済の回復が遅れ税収の減少が続く中で、地方債を通じた資金調達が極めて重要となっている。
地方債は、返済の原資によって一般財源保証債(general obligation bonds)、レベニュー債(revenue bonds)等に分類される。一般財源保証債によって調達された資金は、主に経常予算に用いられ、州・地方政府が直接運営する事業(学校、裁判所、消防署等)に充当される。返済原資はこれを発行する州・地方政府の税収等が充てられる。これに対し、レベニュー債は、空港、上下水道、病院等の整備事業や公営企業の資金調達を目的に発行され、プロジェクトの収益等を返済原資とするものである。インフラ整備の原資として利用されるケースが多く、地域経済に重要な役割を果たしている。債券市場の構成をみると、10年の地方債の発行残高は約2.9兆ドルであり、債券市場全体の約1割を占めている(第2-3-40図)。地方債の多くは免税債であり、その利子所得については連邦所得税が非課税となることから、地方債は債券市場において投資家の一定の需要を確保している。
しかし、州・地方財政の財政難や地域経済の悪化等を背景に、地方債発行の拡大の動きに陰りがみられる。地方債発行額をみると、09年4月に導入されたビルド・アメリカ債プログラム(23)の効果もあり、09年及び10年には毎期1,000億ドル程度で推移してきた(第2-3-41図)。しかし、同プログラムが10年末に終了したことを受けて、11年1~3月期は47.3億ドルと発行額が大きく減少しており、特にインフラ整備等の原資となるレベニュー債の発行額が大きく落ち込んでいる。また、州・地方財政の先行きに対する懸念の高まりなどを背景に、10年秋以降、地方債投資信託ファンドから資金を引き揚げる動きも続いている。
地方債利回りの推移をみると、08年以降急上昇し、同年秋頃にピークを迎えた後、低下傾向に転じたが、10年9月以降は再び上昇している(第2-3-42図)。過去の推移をみると、地方債の多くが免税債であることに加え、国債に比べて州・地方政府による債務保証があること(主に一般財源保証債)や返済原資が確保されていること(主にレベニュー債)、金融保証保険会社(いわゆるモノライン)等による信用保証も付与されていること(24)などから、利回りは低く抑えられてきた。このため、地方債の対国債利回りスプレッドはマイナスで推移してきたが、州・地方財政の悪化や地域経済の停滞による事業収益の悪化、地方債に対する信用保証機能の低下(25)等を背景に、07年以降はプラスで推移している。特に、財務状況が大きく悪化したカリフォルニア州等では、国債利回りとのスプレッドが金融危機以前の水準から大きく上昇した。また、地方債関連のCDSの時価総額が、11年に入り昨年末から13%増の44億ドルに達するなど、リスクヘッジの動きも広がっている。
こうした背景から、州・地方政府の資金調達コストは大幅に上昇しており、利払い費の拡大を通じて更なる財務状況の悪化がもたらされている。
(iii)地方債問題の影響
州・地方政府の財政運営に対する懸念が高まり、地方債の発行を通じた資金調達が困難となる場合には、以下の経路を通じて経済に影響が生じる可能性があると考えられる。
(ア)地域経済への影響
経常予算の歳入不足を補てんする一般財源保証債の発行だけでなく、州・地方政府のインフラ建設等の原資となるレベニュー債の発行額が減少すれば、政府支出が減少するおそれがある。前述のとおり、州・地方政府がアメリカ経済に占める割合は大きく、実質GDP及び雇用の1割強、建設支出の3割程度を占めており(26)、地域経済を下押しするおそれがある。
(イ)家計への影響
連邦政府による財政支援は10年度をピークに大幅に縮小する見通しである。金融危機発生後、地方公社が発行する債券ではデフォルト(27)の発生もみられるが、連邦政府による財政支援縮小により、来年以降、自治体本体もデフォルトに陥る可能性も指摘されている。地方債の保有状況をみると、金融機関や海外投資家のシェアが比較的小さく、金融市場への影響は限定的との見方がある一方、家計による直接保有が全体の4割程度を占め、さらに投資信託を通じた間接保有を含めると全体の7割に達するなど、家計の保有割合が極めて高い(第2-3-43図)。地方債がデフォルトした場合には、一部の家計のバランスシートを毀損させ、消費や住宅購入等の需要を減退させる可能性がある。