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第2章 再び回復が加速する世界経済

第3節 アメリカ経済

3.財政・金融政策(物価含む)の動向

  最後に、財政・金融政策の動向を概観する。金融政策については、10年11月からのQE2の実施により、それまでの出口戦略を見据えたスタンスから再度金融緩和へとスタンスが変更されたが、4月のFOMCにおいてQE2の予定どおりの完了が決定され、再び出口戦略について注目が集まっている。
  財政政策については、連邦政府の財政赤字や債務残高が巨額である中で、2012年の大統領選挙も控え、連邦財政をめぐる与野党の対立の激化により財政再建に向けた見通しが一層不確かなものとなっている。

(1)金融政策の動向

(i)追加金融緩和(QE2)の実施
  FRBは08年12月にフェデラル・ファンド・レート(FFレート)を0~0.25%まで引き下げた後、約2年半にわたって同水準を据え置いている(第2-3-44図)。さらに、09年3月に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文においては、異例に低水準のFFレートが、「更に長い期間(for an extended period)」妥当となる公算が大きいとし、政策金利引上げまでの時間軸を抽象的ながら示した。この表現は11年4月に開催されたFOMCでも踏襲されている。
  このようにFFレートが低水準な状況下で、10年春以降、政策効果のはく落等による景気回復ペースの鈍化やギリシャ財政危機を発端としたマインドの低下等を受けて、経済見通しが異例なほど不確実な情勢(unusually uncertain)となり、期待インフレ率も低下傾向が顕著となった。これを受けて、FRBは、10年8月のFOMCにおいて、FRBのバランスシートの縮小を抑制するため、FRBが保有している住宅ローン担保証券(MBS)の元本償還分を中長期国債へ再投資することを発表し、それまでの出口戦略を見据えたスタンスを、再度金融緩和へと変更した。また、同月に開催された講演において、バーナンキFRB議長は追加金融緩和を示唆し、同年11月のFOMCにおいて、11年6月までに6,000億ドルの中長期国債の買取りを発表し、追加金融緩和に踏み切った。
  FRBでは、10年8月の国債買取り再開以降、流通市場において一定のペースで中長期国債の買取りを行っており、買取り額は11年5月12日時点で総額6,381億ドルとなっている。この結果、FRBのバランスシートは、08年9月のリーマン・ブラザーズの破たんを契機とした世界金融危機以前と比べると、2.7倍に拡大しており、買取りが終了する11年6月には約3倍の規模に達する見込みである(第2-3-45図)。また、FRBの買取り額は2011年3月末時点で5,015億ドルとなっており、同期間における中長期国債の新規発行額と比べると実質的にはおよそ半額をFRBが買い取っている構図となっている。

(ii)QE2の効果

(ア)株価の上昇と資産効果による消費押上げ
  10年春以降、景気回復ペースの鈍化やギリシャ財政危機を背景に、株価は下落傾向にあったが、FRBが追加金融緩和を示唆した10年8月以降、株価は上昇に転じた。10年11月には、NYダウ平均株価はリーマン・ブラザーズ破たん前の水準を回復し、その後11年2月にかけて上昇局面が継続した(第2-3-46図)。また、株価変動の大きさをみると、10年8月以降は大幅に変動率が低下し、市場が安定化したことがうかがえる。この結果、前述のように、10年末にかけて高所得者層を中心に資産効果により消費が伸長した可能性がある(前掲第2-3-8図)。

(イ)社債スプレッドの低下
  社債の国債利回りに対する上乗せ金利(社債スプレッド)についてみると、10年春以降、景気回復ペースの鈍化やギリシャ財政危機を背景に、社債スプレッドは拡大傾向にあったが、FRBが追加金融緩和を示唆した10年8月以降、社債スプレッドは低下した(第2-3-47図)。これを受けて、大企業を中心に資金調達コストが低下し、社債の新規発行額は増加傾向となっている。この結果、前述のように、10年末にかけて設備投資等が堅調に推移した可能性がある(前掲第2-3-15図)。

(ウ)期待インフレ率の上昇とデフレ懸念の後退
  期待インフレ率の動向についてみると、10年春以降、景気回復ペースの鈍化等を背景に、アメリカの10年国債とインフレ連動債との差でみた期待インフレ率は低下傾向にあったが、FRBが追加金融緩和を示唆した10年8月以降上昇に転じた(第2-3-48図)。また、11年に入り景気回復の進展や原材料価格上昇を価格転嫁する動きもみられ、デフレ懸念は後退した。以上のように、QE2は金融市場の安定化やデフレリスクの軽減に関して一定の効果をもたらしたと推測される。

(エ)信用創造に対する効果は限定的
  信用創造の状況についてみると、信用乗数は10年11月以降低下しており、マネタリーベースの増加幅と比較するとマネーサプライは増加していない状況にある(第2-3-49図)。また、金融機関の貸出態度をみると、企業向け貸出については、やや緩和した金融機関の割合が増加しているが、住宅、商業用不動産、個人向け貸出については、貸出態度に大きな変化はない状況にある。このため、QE2の信用創造に対する効果は限定的と考えられる。他方、QE2の効果として余剰資金が原油を始めとする商品市況に流入し、価格が上昇しているとの見方もある。しかし、この点について、バーナンキFRB議長は11年3月の議会証言において、商品価格動向の大部分は、FRBの金融緩和ではなく、世界的な需給要因によって生じているとしている。

(iii)注目が集まる今後の金融政策運営
  昨年11月に決定した量的緩和策(QE2)の発表当初期限である6月末が近づく中で、市場関係者の間では、FRBの次なる金融政策方針に注目が集まっている。
  具体的には、次の3点が注目されてきた。第一に、6月末を期限とする6,000億ドルの中長期国債の買取りについて、当初予定通り6月末をもって終了するのか、それとも期限あるいは規模を変更するのか。第二に、FRB保有証券の元本償還分を中長期国債に再投資する政策を7月以降も継続するのか(バランスシートの維持)、あるいは再投資も終了するのか(消極的なバランスシートの縮小)。最後に、「異例に低水準のFF金利がさらに長い期間(for an extended period)妥当となる公算が大きい」との表現に変更があるのか。
  上記の点に対する市場関係者の注目度が高まる中、4月26~27日に開かれたFOMCにおいて、1点目のQE2については、中長期国債の購入を予定通り6月末で完了することが決定され、QE2の6月以降の継続がないことが初めて表明された。一方で、3点目のFF金利について「異例に低水準のFF金利がさらに長い期間(for an extended period)妥当となる公算が大きい」との表現は据え置かれた。
  2点目のバランスシートについては、声明文公表後のバーナンキ議長の記者会見において、バランスシートの維持が示唆された。具体的には、同記者会見において、バーナンキ議長は、6月末でのQE2終了が金融市場および実体経済に悪影響を及ぼさないと考える理由の一つとして、FRBが国債及びMBS双方の償還分の再投資を継続することによってFRBのバランスシートが6月以降もほぼ一定に保たれるであろうことを挙げた。
  出口戦略について、バーナンキ議長は記者会見で、「満期を迎えた国債およびMBSの再投資を終了することが金融引締めの初期段階となる可能性が非常に高い」と述べた。この点について、5月に公表されたFOMC議事録をみると、参加者の間で次の4点が合意されたことが読み取れる。
1)金融政策の正常化に向けた現時点での議論は、金融政策の正常化が速やかに実施されることを必ずしも意味しない。
2)最終的にはフェデラル・ファンド金利(FF金利)調整が主要な政策ツールである環境に回帰する。
3)一定期間ののち、バランスシートの資産サイドを米国債のみのポートフォリオに戻す。
4)資産売却については、事前に公表されるフレームワークに基づいて行われるだろうが、そのペースは経済および金融環境による。
  出口戦略の順番についての議論では、ほぼ全て(nearly all)の参加者が、金融政策の正常化に向けた最初のステップは元本償還されるエージェンシー債と米国債の再投資を停止することだとしている。その次のステップについては、参加者の見方に違いがあるが、大多数(a majority of)が、FOMCの短期金利の目標を引き上げた後にエージェンシー債を売却することだとし、その際、売却方針について事前に公表されることが望ましいとしている。そして、これらのステップを踏むことによって、バランスシートの資産サイドを米国債のみのポートフォリオに戻すのに5年以上かかるかもしれないと述べられている。
  また、政策金利については、最終的にはFF金利調整が主要な政策ツールと述べているものの、FF金利以外の誘導目標金利についても言及がなされている。具体的には、正常化の一環として、超過準備への付利を金利の下限とし公定歩合を天井とするコリドー方式が望ましいとする意見も出た。FRBが金融政策の正常化に向けて、実際にどの短期金利を使用するのかについては曖昧さを残した表現となっている。
  ただし、こういった様々な議論が行われたものの、「更なる議論が必要であり、今回はFOMCの戦略については何も決定されなかった」と結論づけられており、今後もQE2後の金融政策方針については様々な議論が展開されていくものと考えられ、FRB関係者の発言や今後の金融政策決定会合に対する市場の注目度はより高まっている。

(2)財政再建に向けた取組

(i)連邦政府財政の現状と見通し
  10年度(09年10月~10年9月)の財政赤字は、1兆2,942億ドル(GDP比8.9%)と前年度(1兆4,157億ドル、同10.0%)より減少したものの、引き続き1兆ドルを超える赤字となった(第2-3-50図)。アメリカ行政管理予算局(OMB)によれば、11年度においては、ブッシュ減税等の延長措置や、社会保障及び医療関係費、軍事費の拡大等により、1兆6,450億ドル(GDP比10.9%)と過去最大規模の赤字になる見通しである。しかし、その後は、景気回復に伴う税収の増加、財政刺激策の縮小、国防費を除く裁量的経費の5年間凍結や高所得層向け税控除の縮小をはじめとする財政再建策の推進等により、財政赤字は急速に縮小する見通し(15年度の財政赤字はGDP比3.2%)となっている。
  連邦政府債務残高の状況をみると、金融危機への対応に伴う財政支出の拡大により債務残高は急増している(第2-3-51図)。10年度末の債務残高(民間保有分)は9.0兆ドル(GDP比62.2%)に達しており、危機以前の水準(07年度末:5.0兆ドル、同36.2%)に比較して急速に増加している。OMBによれば、11年度の債務残高はGDP比70%を超える水準となる見込みであるが、中期的にはオバマ政権が提案する財政再建の取組みが議会の合意を得て推進されれば、債務の拡大が抑制される見通しとなっている。
  なお、一般政府ベースの財政状況をみると、09年の財政収支対GDP比は▲11.3%、債務残高GDP比は84.4%となっている。OECDの試算によれば(28)、債務残高GDP比は12年に100%を超え、先進国では日本(210.2%)、イタリア(133.0%)に次ぐ高さとなる見通しである。

(ii)財政再建に向けた超党派委員会の取組
  オバマ大統領は、10年2月の予算教書の中で、中期的な財政目標として「15年までに基礎的財政収支の均衡」の達成を掲げ、具体的措置を検討するための超党派による財政責任・改革委員会を設置した。同委員会は、10年12月に報告書案の内容を公表し、大統領の公約を上回るペースの再建目標(29)を示したほか、経済成長や競争力確保にも配慮した改革が必要との認識を示した。同案は、委員会の評決の結果、最終報告書としては採択されなかったものの、11年2月に公表された予算教書では、長期的財政課題への対応や競争力強化に向けた取組にも言及するなど、同委員会の提案が盛り込まれている(第2-3-52表)。

(iv)連邦財政をめぐる与野党の対立の激化
  10年秋の中間選挙で共和党が勢力を拡大した結果、連邦議会は上下両院で支配政党が異なる「ねじれ状態」となり、11年1月に開会した今議会では、財政運営をめぐる与野党の激しい対立が生じている。11年度予算については、年度開始となる10年10月までに成立せず、暫定予算の失効による政府閉鎖の危機が度々生じた(30)
  また、11年に入り、連邦政府債務残高の法定上限にかかる問題もある。現行法による連邦政府債務(連邦政府勘定保有分も含む)の法定上限は14.3兆ドルとなっているが、5月16日に法定上限に到達し、財務省は期限引き伸ばしのための特別措置(法律の規定に基づく会計上の措置により、債務上限に余裕を生み出すこと)を講じる事態となった。しかしながら、財務省の見通しではこうした措置を講じた場合でも、8月2日には最終的な上限に達するとみられている。
  大規模な歳出削減を求める共和党は、債務上限の引上げについても反対する意向を表明しており、同措置をめぐる協議も難航している。仮に引上げ措置が認められない場合には、連邦政府機関が閉鎖され、退職年金や社会保障、医療保険、失業給付、税還付等の支払いが一時的に停止するおそれがある。また、ガイトナー財務長官は、11年に入り議会指導部に対し法定上限の引上げに関する要請を行っているが、債務上限が引き上げられない場合には「米国債がデフォルトに陥るリスク(31)」があると述べており、事態が解消せず問題が長期化する場合には国際金融市場に甚大な影響を及ぼす可能性がある。
  こうした情勢を受けて、オバマ大統領は更なる財政再建に取り組む姿勢を示し、4月13日に行った演説では、国防費や医療費等の歳出削減、税制改革等を通じて、2023年までに4兆ドルの財政赤字削減に取り組む方針を表明した。詳細については、上下両院の代表者からなる超党派委員会を新たに設置し、6月末までに最終合意をとりまとめることとしているが、連邦財政を巡る与野党の対立(32)は深刻であり、今後の財政再建の実現性が懸念される事態となっている(33)


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