(1)アメリカ経済の概況
アメリカ経済は、実質経済成長率が09年7~9月期以降7四半期連続でプラス成長を記録するなど、回復基調を維持している(第2-3-1図)。10年春から半ばにかけては、在庫積上げの動きが一服したことやギリシャ財政危機によるマインドの変化等があいまって回復テンポはやや鈍化したが、雇用環境の改善に伴う消費の拡大や新興国の需要拡大に伴う輸出の増加等により、10年7~9月期以降回復テンポは再び加速した。
11年1~3月期の実質経済成長率は、前期の高い伸びの反動から消費の伸びが低下したことや政府支出の減少幅が拡大したことなどから、前期比年率1.8%増と鈍化した。消費は、好調であったクリスマス商戦の反動や大雪等の天候不順、ガソリン価格の高騰が影響してやや鈍化した。政府支出に関しては、09年春以降、総額7,870億ドルとなる財政刺激策を導入して景気を支えてきたが、10年4~6月期をピークに支出は減少しており、景気の押上げ効果が低下している。また、11年度連邦政府予算の成立の遅れや州・地方政府の財政の悪化も大きく影響しており、政府支出はマイナスに寄与している。設備投資は、内外の需要や企業部門による収益の回復を背景に堅調に伸びてきたが、構築物投資が大きく減少したことを受け、伸び幅が低下した。
こうした要因が重なって足元では回復テンポはやや鈍化したものの、雇用の回復を背景に引き続き消費が底堅く推移しており、アメリカ経済は民間部門を中心とする自律的な回復に移行しつつある。
(2)個人消費
(i)個人消費の動向
アメリカ経済を概観するに当たっては、GDPの約7割を占める個人消費の動向を把握することが重要である。
個人消費支出は、08年9月に発生した金融危機を受けて大きく減少したものの、09年2月以降に開始された勤労者向け所得税減税(Making Work Pay)や失業保険給付の拡大、自動車買換え支援策等の政策による下支えに加え、雇用の緩やかな回復を背景に底堅く推移した。10年10~12月期に金融危機発生前のピークとなる水準を回復し、10年末から11年初にかけては天候不順による一時的な下押しもみられたものの、その後も所得環境の改善を背景に消費は増加しており、アメリカの景気回復をけん引している(第2-3-2図)。
ただし、過去の景気回復局面と比較すると、回復のテンポは鈍い。後述するように、景気後退終了後の雇用回復の動きが鈍くジョブレス・リカバリーの様相を示したこと、家計のバランスシートの悪化、金融機関による信用収縮の継続等、消費者を取り巻く環境が長く低迷していることなどが背景にあると考えられる。
個人消費支出の内訳をみると、09年は個人消費の約7割を占めるサービス消費が大きく落ち込む一方、自動車買換え支援策、所得税減税等によって支えられた耐久財・非耐久財消費が全体を下支えする構図であった(第2-3-3図)。10年に入ると、耐久財消費やサービス消費が安定的に増加し、10年10~12月期は前期比1.0%増、11年1~3月期は同0.7%増となるなど、力強い回復が続いている。
特に、耐久財消費をけん引した自動車販売の状況をみると、10年半ば以降増加基調となり、11年2月には、自動車買替支援策が実施された08年8月以来となる年率1,300万台を回復している。車種別では、ピックアップ・トラック等の小型トラックの需要が回復したほか、ガソリン価格の上昇を受けて燃費に優れた小型車の売上げも伸びており、市場の回復が続いている。また、10年のクリスマス商戦(11月下旬~12月)では、大雪による影響もみられたものの、株価上昇に伴う資産効果により高所得層の購買意欲が高まったことを受けて、高級品を取り扱う百貨店の売上げが大きく伸びたことなどから、前年比3.8%増と好調であった(1)。
(ii)消費を取り巻く環境
雇用の改善や政策支援の継続等により所得が増加していることから、消費を取り巻く環境は徐々に改善に向かっていると考えられる。ただし、金融機関は慎重な貸出態度を維持しており、家計のバランスシート調整も継続するなど、消費を抑制する要因も依然としてみられる。
(ア)所得環境
足元の消費の回復の背景として、10年以降の雇用改善に伴う雇用者報酬の増加、10年秋以降の企業業績の好調を背景とする資産収入の増加、ブッシュ減税延長等による所得の下支え等による、所得環境の改善が挙げられる。
まず、雇用者報酬は、09年10~12月期以降増加しており、10年全体では前年比2.4%増となった。雇用者報酬は金融危機前の水準をようやく回復した状況であるものの、個人所得の増加に寄与している(第2-3-4図)。また、金融危機後に大きな減少が続いた資産収入は、10年秋以降の企業業績の好調を背景に配当収入が増加しており、同年10~12月期には増加に転じた。
さらに、ブッシュ減税延長や緊急失業保険給付の延長、社会保障税減税(2)の実施が10年12月に決定され、11年以降も個人所得を下支えしている。当該措置は、既存措置の延長がほとんどであることから消費に対する新たな上乗せ効果は小さいと考えられるが、社会保障減税は、11年以降のガソリン価格高騰に伴う消費の減退を相殺しているとの見方もある。また、後述するように消費者の購買意欲が高まっており、マインド面にプラスの影響をもたらしている可能性がある。ブッシュ減税等の延長措置は、政策支援終了に伴う急激な消費の落込みを抑制していると考えられる。
このように、政策による下支えが継続しつつも、個人所得の3分の2を占める雇用者報酬が増加基調に入り、また、資産収入等のその他の所得も堅調に増加しており、所得面からみた消費の回復の自律性は高まっている。
(イ)依然として厳しい金融機関の貸出態度
このように所得面からみた消費の回復の自律性は高まっているものの、消費に対し抑制的な状況も依然として存在する。
第一に、金融機関の貸出態度の厳しさが挙げられる。FRBの調査によれば、消費者向けローンに対する金融機関の貸出態度は徐々に緩和の動きがみられるものの、「変化なし」と回答する金融機関が太宗を占めており、08年にかけて高まった厳格な姿勢が依然として継続している。(第2-3-5図)。ただし、クレジットカード・ローンについては、貸出態度を緩和する金融機関が少しずつ増えており、消費者向けローンに比べて改善が進んでいる。
また、消費者信用残高の推移をみると、10年10~12月期以降、増加に転じている(第2-3-6図)。自動車販売台数の増加を受けた自動車ローンの拡大や連邦政府による学資ローン・プログラムの導入(3)(10年7月)により、非回転信用が大きく伸びたことが背景にある。一方、クレジットカード・ローン等の回転信用は、08年10~12月期以降減少が続いている。ただし、10年秋以降は前月差のマイナスが縮小傾向にあり、3月には前月差がプラスに転じるなど回復の動きがみられる。後述するように家計の債務負担も依然として高い水準にあることからローン需要は抑制された状態が続いているとみられるものの、ローンの供給側である金融機関については、クレジットカード・ローンの貸出態度に緩和の動きが出ていることから、消費者信用は徐々に持ち直しに向かうとみられる。
(ウ)家計のバランスシート
アメリカの家計では、2000年代の資産価格の上昇を背景に借入れが増加し、旺盛な消費が行われてきた。しかし、06年以降、資産価格が下落に転じるとこうした消費スタイルは行き詰まり、以後、家計ではバランスシート調整が継続している。
家計の債務状況をみると、元利返済負担率(可処分所得比)は07年10~12月期以降低下傾向にあり、足元では過去の平均的な水準に回帰している一方、純資産比の債務残高は依然として高い水準にある(第2-3-7図)。このようにフロー面での調整は終了しつつあり消費への圧迫は弱まっているものの、ストック面での調整が依然として続いており新たな借入れが抑制されているものと考えられる。後者の調整が完了しない限りは家計の債務圧縮の動きが継続すると考えられる。
なお、個人破産により債務不履行となった不良債権は元利返済負担率と債務残高のカウントから外される。当該不良債権の償却率(チャージオフ率)は10年半ば以降低下しているものの、金融危機前の水準に比べて依然として高いことから、債務不履行となった不良債権により、見かけ上の債務残高の減少や元利返済負担率の低下に結びついているとの見方もある。
純資産の推移をみると、09年1~3月期を底に増加傾向にある。負債の動向をみると、家計の借入れの抑制や債務圧縮の動きに加え、ローンの貸出に対する金融機関の慎重な態度も継続していることから減少している。一方、資産の動向をみると、株式を含む金融資産については、ギリシャ危機による株価下落を背景に10年4~6月期には減少がみられたものの、10年秋以降の株価やその他の金融資産価格の上昇を受けて再び増加している。これに対し、実物資産については、住宅価格の下落を背景に減少が続いており、純資産の回復を遅らせる要因となっている。11年1~3月期においてもこうした動きが続いており、家計のバランスシート調整とそれに伴う貯蓄率の高止まりがしばらく続くと考えられる。
(iii)消費の二極化
以上のように、アメリカの個人消費は堅調に推移しているものの、所得階層別の動向をみると、高所得層の消費が大きく伸びる一方、低所得層の消費が低迷するなど、二極化が進展している。
所得階層別に消費構造をみると、所得の最上位20%の階層が所得全体の約半数を占め、消費全体の約4割を占めている。さらに、株式資産の保有割合を資産階層別にみた場合、最上位5%の階層が全体の約8割を保有している状況にある(第2-3-8図)。アメリカでは、元来、所得面や消費面において高所得層の占める割合が高く、これらの層の動向が消費に大きな影響を及ぼしている。
先般の景気後退局面では株価は大きく下落するとともに、消費も低迷した。しかし、10年秋以降にみられた株価の上昇による資産効果に加え、企業業績の好調を背景とする資産収入の増加により、高所得層の消費が喚起され、10年10~12月期及び11年1~3月期の消費をけん引したものと考えられる。主要小売チェーンストア売上高をみると、10年末のクリスマス商戦では、高級品や百貨店の販売が好調となり、高所得層の購買意欲の高まりを反映する結果となった。その後も、高級店や百貨店の売上は他の業態と比較して高い伸びが続いている(第2-3-9図)。今般の景気回復局面における消費の回復も、過去の消費回復のパターンと同様に、高所得層の消費がけん引する形となっている。
一方、10年半ば以降、原油価格や穀物価格の高騰を背景に、ガソリンや食品の価格が上昇している(第2-3-10図)。こうした基礎的な消費が可処分所得に占める割合は所得の低い層ほど大きく、これらの財の価格上昇は、実質可処分所得の減少を通じて低所得者層の消費を抑制するおそれがある。
足元の動向をみると、4月のガソリン価格(月平均)は1ガロン当たり3.80ドルと、過去最高値となった08年7月(同4.06ドル)の水準まで上昇しており、中低所得層では、節約志向の高まりからより安価な商品を求めて消費がシフトしている。低所得層では、ディスカウントストアよりさらに安価な「1ドルショップ」に消費が流れているという見方も出ている。5月に入ってもガソリン価格の上昇が続いており、消費を抑制する動きが更に加速するおそれがある。また、フードスタンプ(4)の受給者数の動向をみると、07年以降増加傾向が続いており、11年2月時点では、受給者数は全人口の14.4%に達し、過去最高水準となっている(第2-3-11図)。
こうした二極化の傾向は、消費者マインドにも表れている。消費者信頼感指数は、全体的には10年9月以降上昇していたが、ブッシュ減税等の政策支援の継続が決定されたこともあって11年初めにかけて更に大きく改善した(第2-3-12図)。ただし、11年3月頃からは、ガソリン価格、食品価格の上昇が続いていることなどを背景に、マインドは低下傾向にある。所得階層別の動きをみると、年間所得5万ドル以上の層では、10年秋以降の株価上昇の動きとともにマインドが大きく改善している。その他の層については11年以降マインドが改善したものの、5万ドル以上の層の改善に比べて限定的である。
このように、高所得層の需要の拡大にけん引される形で消費は回復しているものの、高所得層の消費は株価の変動に対して、低所得層の消費はエネルギー価格や食品価格の変動に対して、それぞれ脆弱性を有している。更なる二極化の進展とこうした構造への依存が続く場合には、消費の持続性に係るリスクとなるおそれがある。
(3)企業:潤沢な内部資金
(i)生産・設備投資の動向
次に、企業部門の状況をみる。企業部門においては、生産の回復傾向が続く中で、企業の内部資金の蓄積が進んでいる。
鉱工業生産の推移をみると、08年以降の大幅な減少からの回復傾向が継続している。10年半ばには、在庫積増し局面が一段落したことから生産の伸びが鈍化した局面もあったが、10年末から再び伸びが加速している(第2-3-13図)。特に、製造業においては、自動車産業や半導体等のハイテク産業の伸びが加速し、全体をけん引している。鉱工業生産の推移を3カ月移動平均でみると、10年10月以降、前月比0.5%を超えるペースで増加しており、過去の景気拡大局面のペースを上回っている(5)。また、設備稼働率(製造業)についても09年以降は上昇基調にあり、09年6月の65.4%から11年4月には74.4%にまで上昇している。ただし、生産、設備稼働率ともに順調な回復を続けてはいるものの、まだ08年の水準を回復してはいない。
先行きにおいても、足元の受注額が増加傾向にあるほか、6か月後の受注状況を示す指標(ISM製造業景況感指数の受注指数)も堅調に推移していることから、回復基調を維持するものと見込まれる(第2-3-14図)。ただし、11年3月の東日本大震災の発生以降、サプライチェーンへの影響を通じて自動車産業を中心に一部の企業で生産を縮小する動きがあり、生産全体にもその影響が出ている兆候がみられ始めている。
民間設備投資は、金融危機発生以降前期比マイナスを続けていたが、10年1~3月期にプラスに転じ、その後も増加傾向を維持するなど堅調に推移している(第2-3-15図)。ただし、10年4~6月期をピークに伸びは鈍化しており、11年1~3月期には工場・商業ビルをはじめとする構築物投資の減少を背景に同1.8%増と大きく低下している。しかしながら、内訳をみると、これまで設備投資全体をけん引してきたIT投資が伸びていることに加え、低迷していた構築物投資も、11年1~3月期については天候不順の影響等により大きく減少したものの、回復に向けた動きも出ている。
先行きについてみるために、構築物投資の先行指標とされる民間非住宅建設支出の推移をみると、11年1月に前月比で大きく減少した後は持ち直している。また、企業の設備投資に関するアンケート調査によると、今後も設備投資については前向きな姿勢を示しており、設備投資全体の基調としては堅調に推移するものと考えられる(第2-3-16図)。
(ii)企業の潤沢な内部資金の行方
生産や出荷が堅調に推移しており、企業部門では、09年以降、収益の順調な回復が続いている。一方、金融危機によって設備稼働率が大きく落ち込み、生産や出荷の伸びに対して新たに投資をするのではなく設備稼働率を上げることで対応できたこともあり、結果として内部資金の蓄積が進んでいる。政府による設備投資減税が行われる中で、企業の資金の使途に対する株主の要請も強いことから、こうした潤沢な内部資金の行方に注目が集まっている。
金融機関を除く企業の手元資金は、10年以降は毎四半期1兆ドル程度を計上してきており、10年末時点で残高は2兆ドルと過去最高水準となっている。内部資金の推移をみると、09年4~6月期には企業収益の底打ちを受けて増加に転じ、09年10~12月期以降、企業は設備投資額を上回る内部資金を計上している(第2-3-17図)。10年1~3月期以降、設備投資額も増加に転じたものの、引き続き内部資金額を下回っている。前述のように、生産や設備稼働率が金融危機発生以前の水準を回復していない中、内部資金は設備投資よりは自社株買いやM&Aに向かう状況が続いている。S&P500社の自社株買い金額は、09年半ば以降6四半期連続で増加し、10年全体でみると前年比117%増の2,990億ドルと過去最高を記録した(6)。また、アメリカ企業が関わったM&Aの金額は前年比18.5%増となり、1兆ドルに達している(7)。他方、企業の増配に踏み切る動きも増加している。
こうした状況にかんがみ、政府は、企業に設備投資を促すための減税策を打ち出している。10年12月に成立した設備投資減税は、11年末までに行った新規設備投資について100%即時償却可能とするものである(8)。しかし、設備稼働率がまだ低く、一部の企業では設備の過剰感が残っていることから、設備投資減税の効果は限定的であるという見方もある。政策効果がどの程度現れるか、企業資金は今後どこに向かうのか、引き続き注目される。
(4)貿易動向
これまで個人消費、設備投資といった内需についてみてきたが、次に、外需の動向をみる。オバマ政権は成長の柱として「国家輸出戦略」により輸出を促進しており、輸出は増加している。他方、内需の回復により輸入も増加しており、財・サービス貿易収支赤字は再び拡大している。また、新興国のプレゼンス拡大に伴い、貿易構造の変化がみてとれる。
(i)貿易の現状
貿易動向をみると、09年半ば以降、金融危機によって低迷した内外の需要の回復が続いており、それに伴って輸出入ともに増加傾向にある(第2-3-18図)。10年全体では、財輸出・財輸入共に前年比20%以上の増加となったが、内需の拡大を背景に輸入の伸びが輸出の伸びを上回ったことから、財・サービス貿易収支赤字幅は同30%を超える大幅な増加となった。財輸出については、中国向け輸出は前年比32.0%増、インド向け輸出は同16.9%、ブラジル向け輸出は同80.3%となるなど新興国向け輸出が大きく伸長しており、景気回復を支える一因となった。一方、財輸入については、アメリカ国内の需要の回復とともに各国・地域からの輸入が増加しているが、一次産品価格上昇の影響もあって輸入額は急増した。アメリカでは、エネルギー関連商品(原油、石油精製品等)の輸入が全体に占める割合は15%程度であるが、原油価格(WTI)は10年秋以降上昇しており、輸入額の増大をもたらしている。
オバマ政権では、アメリカの成長の柱として、輸出拡大を促進する「国家輸出戦略(National Export Initiative)」を進めている。これは、09年からの5年間で、輸出の倍増とそれによる200万人の雇用創出を目標とするものであり、貿易ミッションの派遣、輸出入銀行を通じての輸出信用の拡大等に取り組んでいる。10年の財・サービス輸出は、新興国の経済成長を背景に同地域向けの工業原材料、資本財の輸出が伸びているほか、10年半ば以降、ドルの主要通貨に対する減価が進んだこともあって、前年比16%増となった。足元でも、輸出は国家輸出戦略の目標達成に必要な前年比15%増加を上回るペースで伸びており、政府は同戦略が順調に進捗していることを強調している。11年以降も、商品価格は上昇基調にあることなどもあり、輸出額・輸入額ともに増加を続けている。
(ii)経常収支の状況
経常収支の推移をみると、経常収支赤字幅は06年のピークから3年連続で縮小してきたが、10年は前年比24%増となり、4年ぶりの拡大となった(第2-3-19図)。内訳をみると、サービス収支、所得収支が黒字基調を続ける一方、財収支、移転収支が赤字を続けるという構造であるが、経常収支全体の太宗を占める財収支赤字が年間を通じて拡大傾向となったことが、経常収支全体の赤字拡大に寄与した。
(iii)貿易の構造変化と今後の見通し
既に述べたとおり、アメリカでは新興国向けの輸出が拡大し景気回復を支える要因となっているが、輸出構造に注目すると、2000年以降の10年間で輸出相手国別シェアに変化がみられる。
2000年時点の貿易相手国をみると、北米自由貿易協定(NAFTA)を構成するカナダ、メキシコや、英国、ドイツ等のEU諸国、日本が主な輸出相手国であり、これらの国向けの輸出が全体の65%以上を占めている(第2-3-20図)。しかし、10年には、これらの国々に加えて新興国の存在感が高まっている。例えば、中国、インド、ブラジル3カ国の輸出全体に占める割合は、2000年の4%から10年には12%にまで拡大した。これらの新興国では、経済成長に伴い需要が拡大しており、プラスチックや化学製品といった工業原材料や、航空機や半導体を始めとする資本財を中心にアメリカからの輸入を拡大させている。
中でも、中国は輸出額で08年に日本を抜いて第3位となり、NAFTA締結国を除けばアメリカにとって最大の輸出先となった(第2-3-21図)。中国は既にアメリカにとって最大の輸入元であるため、アメリカの貿易相手国として中国は重要な存在となっている。同国向け輸出は、世界的な需要の減少に伴って各国向け輸出が大きく減少した09年においても、ほぼ横ばいの0.2%減に留まり、10年には前年比32.2%増と大幅な拡大を示した。また、アメリカから同国向け最大の輸出品目である大豆は、家畜の飼料向けに需要が拡大しており、08年以降の価格の高騰もあって輸出額が05年以降5倍以上に増加し(9)、10年のアメリカの大豆輸出額全体の40%を占めるに至っている。その他、半導体、航空機・航空機部品、乗用車等の資本財、プラスチック原料、銅、化学製品等の工業原材料が中国に対する主な輸出品目となっており、いずれも近年増加傾向にある。
中国をはじめとする新興国向け輸出は、今後も拡大傾向が続くと考えられる。大統領経済諮問委員会(CEA)は(10)、09年以降の5年間に見込まれる輸出の伸びのうち7割が、新興国向けの寄与と分析しており、特に中国向けとメキシコ向けの輸出が拡大する見通しである。一方、輸出の2割を占めるEU等先進国との関係は引き続き拡大するとの見通しを示すものの、輸出の伸びは限定的になると分析している。政府は、国家輸出戦略の一環として、アジア・中南米地域の新興国に貿易ミッションを派遣しているほか、既に両国間で合意しているコロンビア、パナマ、韓国とのFTAについて、協定の批准に向けて議会との調整を進める意向を示すなど、新興国との貿易強化に力を入れている。
(5)雇用動向
アメリカ経済の概況として、最後に、雇用動向について概観する。雇用者数は10年後半より増加を続ける一方、失業率は依然として高い水準となっている。
(i)雇用者数は増加しているが、失業率は高い水準
雇用の現状をみると、非農業部門雇用者数(国勢調査の臨時雇用の影響を除く)は、増加を続けている。具体的には、10年春以降、政策効果のはく落等による景気回復ペースの鈍化等を受けて増加幅が縮小したが、10年秋以降は増加幅が再び拡大し、11年4月は前月差24.4万人増となった(第2-3-22図)。ただし、過去の景気回復局面と比較すると、雇用の回復テンポは鈍い(第2-3-23図)。また、失業率についてみると、09年10月に10.1%まで上昇した後も、10%近傍の水準が続いていたが、雇用者数の増加幅の拡大につれて、10年12月以降やや低下し、11年4月の失業率は9.0%となった。しかし、同水準は90年初頭及び2000年初頭の景気後退期のピーク(11)を上回る高い水準にあり、失業者に占める長期失業者の割合も11年4月時点で43.4%と高止まりしているなど、依然として厳しい状況が続いている。
10年春以降の雇用者数の変化について産業別にみると、建設業では住宅バブルの崩壊により、それまで大幅に減少していた住宅建設部門を中心に雇用者数が小幅ながら増加に転じた(第2-3-24図)。また、製造業でも10年7月以降の生産増加に併せて雇用者数の増加幅が拡大している。さらに、専門サービス業では増加幅が大幅に拡大しており、常用雇用も含めた雇用全体の先行指標といわれている人材派遣業の増加幅も過去1年間の平均で毎月1.9万人増と高水準が続いている。他方、政府部門では、雇用者数の減少幅は縮小したものの、州・地方政府を中心に依然として雇用調整が継続している。
(ii)雇用見通し
企業の雇用マインド等雇用を取り巻く環境は改善しており、深刻な問題としてアメリカ経済が抱えてきた雇用のミスマッチについても改善の兆しがみられる。
まず、企業の雇用に対する姿勢をみると、製造業・非製造業両部門で改善が続いている(第2-3-25図)。また、インターネット上の求人広告件数をみても、4月は432万件と2010年平均である380万件を上回る水準となっており、企業は雇用を増加させる方向で動いているとみられる。さらに、民間部門の新規雇用創出に大きな寄与をしている中小企業の雇用に対する姿勢も緩やかな改善傾向をたどるなど、雇用を取り巻く環境の改善が広まっていると考えられる。
また、技能・地域・世代に関する雇用のミスマッチについては、引き続き深刻な問題となっている(12)が、ミスマッチが改善している兆しがみられる。具体的には、11年4~6月期の企業の雇用計画をみると、これまで雇用に慎重であった建設業等の部門でも雇用を増加させる企業が増えていることや、地域別でも住宅バブル崩壊の影響が大きい西部地域においても雇用を増加させる企業が増えている。
このように、企業の雇用意欲の回復により雇用者数は増加してきており、また、雇用者数の増加幅は失業率を低下させるために必要と推計される増加幅(約11万人(13))を上回って今後も推移するとみられることから、これまで改善してきた失業率は引き続き低下することが見込まれる。その一方で、雇用環境の悪化等を背景に労働市場から退出していた者が労働市場に再参入してくるなど、労働参加率が上昇する可能性もあり、失業率については、緩やかな低下にとどまるおそれがある(第2-3-26表)。
(iii)労働参加率は今後とも低下傾向か
また、失業率低下のもう一つの要因として、労働参加率の低下も挙げられる。労働参加率の推移をみると、07年以降急速に低下しており、11年4月は64.2%と84年3月以来の低水準となった(第2-3-27図)。世代別にみると、高齢層(65歳~)では労働参加率が上昇し、若年層(25~34歳)では低下傾向にある。
各世代の労働参加率が全体にどの程度の寄与をしたのか、世代別の人口比率から推計すると、07年以降の労働参加率の低下は、若年層、具体的には35~44歳の低下が全体の労働参加率を押し下げていることが分かる(第2-3-28図)。55~64歳および65歳以上の世代については、全体の労働参加率を押し上げているものの、若年層によるマイナスの寄与が高齢層のプラス寄与を上回っていることがみてとれる。
高齢層の労働参加率の上昇については、健康で長生きできるようになり、より長く働けるようになってきていること、医療コストが高いことを理由に医療保険を提供している企業にとどまる、あるいはそうした企業の従業員になる傾向にあること、2000年に社会保障法が改正され、年金支給開始年齢が引き上げられたこと(2003年から段階的に引き上げられ、2010年時点では66歳。2027年までに67歳になる予定)などが指摘されている。また、世界金融危機により退職後の確定拠出型年金資産が目減りしたことなどから、引き続き労働市場にとどまることを選択する者が増えたことも高齢層の労働参加率上昇に寄与していると考えられる。一方で、若年層の労働参加率低下については、よりよいキャリアを求めて進学率が高まっていることや、景気後退に伴い就業を諦め労働市場から退出していることが影響していると考えられる。
今後もこうした傾向が続く場合には、労働参加率は低下するものと考えられ、失業率を低下させる可能性もある。