目次][][][年次リスト

第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第2節 アジア経済

3.その他アジア地域の動向

 ここでは、韓国、台湾、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、オーストラリアを中心に、中国、インドを除くアジア地域の景気の現状等についてみることとする。

(1)景気の現状

●アジア地域の景気は09年1〜3月期に底を打ち、10年1〜3月期には総じて回復
 世界金融危機発生の影響を受け、08年後半に減速したアジア地域(14)の景気は、09年1〜3月期に底を打ち、韓国、台湾、タイ、シンガポールの実質経済成長率は、09年4〜6月期には前期比でプラスに転じた。その後も順調に回復基調が続き、10年1〜3月期頃には、総じて景気は回復している(第1-2-44図)。アジア地域では、世界金融危機発生と景気後退への対応として、公共事業や消費刺激策等の財政刺激策と、金利の引下げ等の金融緩和策を実施したが、これらの景気刺激策が功を奏したことや、中国の景気拡大の恩恵を受け中国向け輸出が増加したことなどから、欧米に先駆けて景気の回復軌道に乗っている。

●生産は世界金融危機発生以前のレベルに回復
 アジア地域の生産は、中国の内需が強く中国向け需要が好調なことや、国内の在庫調整が順調に進展したことなどから09年初以降回復傾向が続き、10年に入って増加ないし持ち直しがみられる。生産水準をみると、総じて世界金融危機発生時の直前のレベルに戻っている(第1-2-45図)。

●依然として好調な中国向け輸出
 アジア地域の景気回復のけん引役となった中国向け輸出は、総じて、10年に入ってからも堅調に推移している(第1-2-46図)。一方、欧米向け輸出は、当該地域の景気の回復が遅れていることから、持ち直してきてはいるものの力強さに欠けている。
 国別にみると、韓国、台湾では、中国向け輸出は世界金融危機発生以前の水準を超えて増加しているものの、アメリカ、ヨーロッパ、日本向けは、世界金融危機発生後はほぼ横ばいとなっている。タイでは、中国向け輸出は世界金融危機発生前の水準に回復しており、アメリカ、ヨーロッパ、日本向けも持ち直しつつあるが世界金融危機発生以前の水準には戻ってはいない。マレーシア、インドネシアでは中国向け輸出は回復している。なお、インドネシアの最大の輸出先である日本向けは、09年後半に持ち直したものの、10年に入ってから足踏みしている。フィリピンではアメリカ向けは世界金融危機発生以前の水準には戻っていないものの、中国向けは10年に入って持ち直してきている。

●アジア地域の消費・投資動向:民間消費は09年後半以降持ち直しから回復へ
 アジア地域の消費動向(15)をみると、韓国、台湾、シンガポール、タイ、マレーシアでは、08年10〜12月期から09年1〜3月期にかけて大きく落ち込んだものの、09年後半以降は総じて持ち直しに向かい、10年1〜3月期には世界金融危機発生前の水準を上回っている(第1-2-47図)。一方、インドネシアでは、約2.3億人の人口を擁し国内の市場規模が大きく、中間所得層が増大していることに加え、減税等の消費刺激策を実施したことにより消費は底堅く推移し、世界金融危機の発生後においても、民間消費は減少せず、これまで一貫して増加を続けている。オーストラリアにおいても、08年10月に低所得者及び年金受給者に対して給付金を支給し、09年には所得制限を設けず給付金を支給するなどの景気刺激策を実施し、また、政策金利を引き下げ、家計の利払負担を軽減したことなどから、個人消費は、世界金融危機発生後においても増加を続けた。
 また、投資動向をみると、08年末からから09年にかけて、アジア各国・地域で公共事業等の景気刺激策を実施したこともあり、09年に入ってからは、総じて持ち直している(第1-2-48図)。ただし、回復のペースはやや弱い。

●失業率はおおむね低下、韓国では悪化するも政策効果により改善
 アジア地域では、総じて景気は回復していることから、08年末頃から09年半ば頃まで上昇した失業率は、10年に入っておおむね低下してきている(第1-2-49図)。
 このうち、韓国では、世界金融危機発生による景気後退の影響が雇用にも及び、08年後半から失業者数が増加し、09年3月には90万人と06年2月以来の高い水準となった(第1-2-50図)。このため、韓国政府は、雇用対策として失業者等25万人を対象とする、地域公共施設改善補修作業等、公的部門が一時的に就労の場を提供するプログラムを実施した(「希望勤労プロジェクト」)。同プログラムの就労者には、月平均83万ウォン(約6万円)を支給し、賃金の一部を商品券で支給することも行っており、弱者支援とともに、零細商店の売上げ増加や地域経済活性化等の効果を上げることも期待された施策となっていた。当初、09年11月末で終了するとしていたものの、プロジェクト終了後に失業率が大きく上昇したことを受け、10年2月から規模を縮小して再度実施した(10年6月末までの予定)。その成果もあって失業者数は減少に転じ、10年4月には失業率は3.7%に低下している。ただし、業種別の雇用者の動向をみると、公的部門の雇用は増加しているものの、鉱業・製造業等における雇用状況は厳しく、政策に支えられた雇用の改善となっている。

(2)金融・財政政策の動向

●財政赤字は拡大したものの、一部の国を除いて赤字の水準は低め
 アジア地域では、世界金融危機の発生後、景気の回復を図るため財政・金融政策による景気刺激策が実施されていたが、10年1月頃からこれらの政策は終了・縮小されている。
 例えば、景気刺激策の一環として実施された自動車買換え・購入支援策についてみると、韓国では、減税措置が09年12月末をもって終了しており、台湾でも、自動車の購入の際にかかる物品税の引下げ措置を、同じく09年12月末で終了している(第1-2-51表)。マレーシアでは、国産車への買換えの際に補助金を支給する措置を講じていたが、あらかじめ計画していた予算上限に達したとして、09年11月には措置を終了した。こうした買換え支援策により、韓国、台湾、マレーシアの自動車販売台数は、09年に入ってから増加した。09年7〜12月にこの3か国における自動車販売台数は、07年の同時期に比べて、18.8万台増加しており、これらは政策の効果とみることもできる。支援策終了後の状況をみると、10年1〜3月期の販売台数は09年10〜12月期に比べ、韓国では19.9%減、台湾では15.6%減となり、支援策の反動が出ているとみられる。
 その他の景気刺激策について、10年以降の状況をみると、韓国では、公共事業(グリーン・ニューディール)は引き続き実施され、中低所得への支援等も行われている。ただし、財政事情を考慮し、10年度の支出は前年を下回る予算規模となっている。
 台湾では、消費券を発行するなどの財政支出は実施しないものの、公共事業については計画どおり実施するとしている。
 その他、タイでは10年度から12年度までの景気対策予算を執行することとしており、インドネシアにおいても09年より規模は縮小するものの、景気刺激策を実施することとしている。
 多くのアジア地域で、2010年については、景気刺激策を終了したか縮小することを予定しているが、その理由として、財政収支の悪化を懸念していることや、景気の回復が鮮明になる中で対策を続けることによる景気の過熱を懸念していることが考えられる。
 アジア地域の財政収支の状況をみると、韓国では07年は黒字となっており、台湾では、07年までは赤字であったものの、その規模はGDP比で1%程度となっていた(第1-2-52表)。タイ、インドネシア、フィリピンにおいても、08年までの財政収支の状況は、黒字かもしくは赤字であってもGDP比1%程度と小さい。他方、マレーシア、ベトナムにおいては赤字幅は4%台後半とやや大きい。
 世界金融危機発生後は、財政による景気刺激策を行ったことにより、財政収支は08年あるいは09年には悪化の方向へ向かったものの、マレーシア、ベトナム等一部の国を除いて、赤字の水準は比較的小幅である。

●物価上昇の懸念
 アジア地域では、消費者物価上昇率は09年に前年比マイナスで推移していたが、景気の回復とともに、10年に入り、プラスに転じている(第1-2-53図)。
 09年後半より物価の上昇率が高まっている要因としては、景気が回復しつつある中で、09年に入って原油価格が上昇に転じていることや、アジアのほとんどの国・地域において食品価格の上昇がみられることなどが挙げられる。
 なお、中央銀行による10年のインフレ目標をみると、韓国2〜4%、タイ(コア消費者物価上昇率)0.5〜3.0%、インドネシア4〜6%、フィリピン3.5〜5.5%となっている。足元の10年4月の物価上昇率をみると、韓国は前年同月比2.6%、タイは同0.5%、インドネシアは同3.9%、フィリピンは同4.4%となっており、10年4月の時点ではいずれも目標圏内に収まっている。

●マネーサプライと資本流入
 マネーサプライをみると、アジアでは、総じて世界金融危機発生後から09年半ば頃まで伸びが高まった後、09年末頃まで、伸び率は低下した。10年に入ってからは、韓国、マレーシア、タイ、フィリピンで、やや伸びが高まっている。なお、オーストラリアでは、08年初から足元の10年2月まで、伸びは低下基調を続けた(第1-2-54図)。また、シンガポール、香港等一部の国では資産価格の上昇も懸念されている。例えば、シンガポールの民間住宅価格は、09年7〜9月期以降、上昇に転じている(第1-2-55図)。
 この背景には、09年中に世界的に金融緩和が続いていたことやアジア地域の景気が回復してきたこと、さらには欧米の低金利もあり、アジアへの資本流入が増大してきていることもあると考えられる。アジアへの資本流入の状況をみると、08年7〜9月期から10〜12月期にかけて、流出超に転じた証券投資は、09年に入ってからは、流入超へと戻ってきている(第1-2-56図)。
 また、アジア地域の株式市場をみると、株価は金融危機発生前の水準を大きく上回っている(第1-2-57図)。こうした資本の流入は、アジア通貨の増価圧力ともなっている。

●金融緩和策からの転換
 こうしたことを背景に、アジア地域の金融当局の中には、金融緩和策の転換に着手している国もみられる(第1-2-58表)。例えば、09年10月にはオーストラリアが、景気が回復に向かう中で、住宅価格やインフレの上昇を懸念し、政策金利の引上げに一早く踏み切った(16)。また、10年3月には、マレーシアにおいて、景気が再び落ち込む懸念は払拭されたとして、金利水準を正常化させることを目的に、政策金利が引き上げられた。シンガポールにおいても、景気後退から回復し、世界的な経済見通しが良好なことから今後も堅調な成長を続けるとみられ、また、世界的な資源価格の上昇と自動車購入コスト(17)の上昇によって物価上昇圧力が高まっている。こうしたことを背景に、為替レートの調整による金融引締めへと政策転換が行われている。


目次][][][年次リスト