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第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第2節 アジア経済

2.インド経済の動向

 インドでは、08年12月以降、三次にわたり発表された景気刺激策の効果もあり、内需を中心に景気は回復している。そうした中、インフレ圧力が再び顕在化しつつあり、インド政府は、金融政策、財政政策ともに、平時の政策への転換を開始している。ここでは、インド経済の現状及び政策転換の動きについてみていく。

(1)景気の現状

●景気は内需を中心に回復
 実質経済成長率をみると、09年1〜3月期の前年同期比5.8%を底に再び伸びが高まりつつあり、7〜9月期には同8.6%となった(第1-2-33図)。その後、10〜12月期には同6.5%と伸びが鈍化したが、この要因としては、09年のモンスーン期(季節風が到来する毎年6〜9月期)における深刻な雨不足による農業生産の減少の影響が挙げられる。実質経済成長率を産業別にみると、農林水産業は、10〜12月期に前年同期比▲1.8%とマイナスに転じた。一方、08年末から09年初にかけて減速が著しかった製造業は、09年半ば以降伸びを高めており、10〜12月期には同13.8%となった。また、建設業や、商業・ホテル・運輸・通信部門(IT・ソフトウェア産業を含む)でも伸びが高まっている。
 需要項目別にみると、総固定資本形成は09年4〜6月期を底に回復しており、09年10〜12月期には前年同期比8.8%となった。一方、個人消費は、09年7〜9月期に前年同期比6.4%となった後、10〜12月期には同5.3%と伸びが鈍化した。

●自動車販売、生産は大きく増加
 一方、乗用車や二輪車といった耐久消費財の販売動向をみると、08年9月の世界金融危機発生後大きく落ち込んだが、10月以降の金融緩和や、12月から実施された物品税の引下げ(09年2月に小型自動車に対する追加減税も実施)の効果もあり、09年半ば以降二けた台の高い伸びが続いており、一部の製品の消費は活況を呈している(第1-2-34図)。乗用車販売台数は、09年度(09年4月〜10年3月)全体で前年度比25.5%増の約195万台となり、過去最高の水準となった。最近の動向をみると、10年1〜3月期は前年比29.8%、4月同33.9%と高い伸びを続けている。二輪車販売台数も、10年1〜3月期に同38.9%増、4月同22.1%増と高い伸びとなっている。
 こうした内需の回復を背景に、生産の伸びも高まっている。鉱工業生産は、09年10〜12月期に前年比13.4%と二けた台まで伸びが高まっており、その後10年1〜3月期も同15.1%と更に伸びを高めている。財別にみると、自動車販売の増加を受けて、耐久消費財の生産の伸びが特に高まっており、09年10〜12月期には同33.6%、10年1〜3月期にも同31.2%となっている(第1-2-35図)。また、09年末以降、資本財の生産の伸びが急速に高まっており、10年1〜3月期で前年比41.2%となっている。設備投資等の需要も回復してきたことがうかがわれる。

●インフレ圧力の顕在化
 物価動向をみると、インド政府・金融当局が最も重視する指標である卸売物価は、08年半ばをピークに上昇率が大きく鈍化し、09年半ば頃にはむしろ下落となっていたが、9月以降は再び上昇に転じた。その後、急速に伸びが高まっており、10年4月時点で、卸売物価上昇率は、前年比9.6%となっている(第1-2-36図)。物価上昇の背景として、09年のモンスーン期における深刻な雨不足による、09年秋の農作物の収穫の減少の影響が挙げられる(第1-2-37図)。インド農業省の推計では、09年秋(カリフ期)における食糧穀物の収穫量は前年比▲15.5%とされている。卸売物価に占める食品関連のウェイトは約27%と高く(一次食品15.4%、加工食品11.5%)、供給制約による食料価格の上昇が、物価全体を押し上げる要因となっている。しかし、10年春(ラビ期)における食糧穀物の収穫量は前年比0.6%増と前年並みの水準となることが見込まれており、こうした供給側の要因による物価上昇圧力は今後緩和の方向に向かうことが見込まれる。
 他方、内需を中心とした景気回復を背景に、物価上昇は食品以外の品目にも広がっており、インフレへの警戒感が強まっている。加工食品を除く工業製品は、09年12月にプラスに転じ、10年に入り急速に伸びを高めており、燃料・エネルギーも同様に伸びが高まっている。

●輸出は回復傾向
 世界金融危機発生後、輸出は減少し、09年7〜9月期まで前年比でマイナスとなっていたが、10月以降プラスに転じ、伸びが高まりつつある(第1-2-38図)。輸入も同様に09年11月以降プラスに転じ、このところ輸出を上回る高い伸びとなっている。輸入の高い伸びは、内需の回復を反映しているとともに、石油・石油製品が輸入の約3割を占めているため、国際商品価格上昇の影響も受けているとみられる。
 また、サービス輸出をみると、大きな割合を占めるIT関連サービスやビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)等を含むソフトウェア・サービス輸出(08年度でサービス輸出の約46%)は、主要輸出相手先であるアメリカ等の需要減退の影響を受け、09年1〜3月期以降前年比でマイナスが続いていたが、10〜12月期に前年比15.3%とプラスに転じている。

●資本流入の増加
 インドでも、世界金融危機の発生を契機に資金流出が生じたが、国内景気の回復に伴い、再び海外からの資金流入が増加している。海外機関投資家の株式売買動向をみると、08年には売越しが続いたが、09年3月以降は買越し基調となっており、10年3月には07年後半以来の高水準となった(第1-2-39図)。同時に、株価も大きく回復している。また、外国投資流入額をみても、証券投資は09年4月以降、流入超に転じている(第1-2-40図)。インド準備銀行が10年4月20日に発表した2010年度金融政策ステートメントでは、リスク要因の一つとして、吸収できる許容量を超えた資本流入の急増が、為替、金融政策運営に困難をもたらしていることを挙げている。

(2)転換に向かう金融・財政政策

(i)平時の金融政策へ
 08年9月の世界金融危機発生を受けて金融緩和を継続してきたインド準備銀行(中央銀行)は、09年10月27日に、出口戦略の第一段階として、08年11月以降据え置いていた法定流動性比率(SLR:Statutory Liquidity Ratio)(13)を、24%から25%へと1%ポイント引き上げることを発表した。
 10年1月29日には、預金準備率を2月から0.75%ポイント引き上げて5.75%とすることを発表し、この引上げにより3,600億ルピー(約7,000億円)の流動性を吸収するとした(第1-2-41図)。引上げの理由としては、景気回復が鮮明となる中、政策スタンスを危機への対応から回復への対応にシフトすべきであること、また、物価上昇が広範なものとなるリスクを挙げている。
 また、3月19日には、政策金利の引上げを発表し、レポ・レートは4.75%から5.0%に、リバース・レポレートは3.25%から3.5%に、それぞれ0.25%ずつ引き上げられた。インド準備銀行は、政策金利引上げの背景として、国内の景気回復が鮮明になる一方で、物価上昇が食料品だけでなく、その他の製品や燃料等の価格にも広がってきていることへの懸念を示し、物価上昇圧力が供給サイドに起因するものから、広範な一般物価の持続的な上昇、すなわちインフレへと転換するリスクが高まっていることを指摘した。こうした状況下において、低金利が物価見通しを複雑化させ、期待物価上昇率が上昇する可能性があり、適切なタイミングで政策措置を採ることとしたとしている。なお、インド準備銀行は、10年1月時点で、10年3月末の卸売物価上昇率について、基本シナリオで前年比8.5%との見通しを示していたが、10年1月に見通しを上回る前年比9.4%となり、インフレの進展が予想を上回るものだったと思われる。その後、4月20日には、更に政策金利及び預金準備率をそれぞれ0.25%引き上げることを発表しており、金融政策は着実に転換されつつある。

(ii)平時の財政政策へ
 インド政府は、08年12月以降三次にわたる景気刺激策を発表し、拡張的な財政政策により景気回復を図ってきたが、10年2月26日に発表された10年度(10年4月〜11年3月)の中央政府予算案においては、財政政策スタンスを転換し、財政再建に向かう方向性が示された(第1-2-42表)。財務大臣演説では、景気回復を強固かつ中期的に持続可能なものとするためには、国内のマクロ経済環境を強化する必要があり、景気刺激策を見直して財政再建に向けて取り組む必要があるとした。具体的には、中央及び州政府の公的債務を14年度までにGDP比68%まで低下させることを目指し、詳細な状況分析と目標達成に向けての工程表を今後6か月以内に発表する予定としている。財政赤字(中央政府)については、GDP比で、07年度の2.6%から08年度の6.0%、09年度の6.7%へと赤字幅が拡大していたが、10年度には5.5%にまで低下させることを見込んでおり、さらに、11年度に4.8%、12年度には4.1%へと削減するという目標を示している(第1-2-43図)。
 10年度予算案をみると、歳出面では、09年度の前年度比15.6%増から同8.5%増へと伸びを抑制している。歳入面では、09年度の同11.1%増から10年度は同19.7%増と伸びが高まる見通しとなっている。具体的には、景気回復による税収増加を見込むほか、所得税の課税区分を変更し、個人所得税を実質的に減税する措置を盛り込む一方、過去三次の景気刺激策で段階的に引き下げてきた物品税を部分的に引き上げ、物品税の基本税率(本来14%)を8%から10%に戻す(石油製品を除く)など、景気刺激策を一部解除する内容を盛り込んでいる。また、政府保有株売却、第3世代通信免許競売等による歳入の拡大を見込んでいる。


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