目次][][][年次リスト

第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第2節 アジア経済

1.中国経済の動向

 中国では、08年11月以降実施された景気刺激策の効果もあり、景気は内需を中心に拡大しているが、その一方で、緩和的な政策を背景としたマネーサプライの増大によりもたらされたリスクも顕在化しつつある。以下では、中国経済の最近の動向と、顕在化しつつあるリスク及び政府の対応等について考察する。

(1)景気の現状

●内需を中心に景気は拡大
 実質経済成長率をみると、09年10〜12月期には前年比10.7%と二けた台まで伸びが高まり、09年通年では同8.7%と、09年当初目標としていた8%前後の成長率を達成した。その後も、10年1〜3月期に同11.9%と更に伸びを高めている(第1-2-1図)。また、中国人民銀行の試算による前期比年率の値をみると、09年4〜6月期以降、11%程度の高い伸びを継続しており、10年1〜3月期には12.2%となっている。
 需要項目別寄与度をみると、09年全体では、純輸出が▲3.9%ポイントと大きくマイナスに転じた一方で、最終消費は4.6%ポイントと堅調に推移、また総資本形成が8.0%ポイントと大きく寄与を高めており、内需主導の成長となっている。08年11月に発表されたインフラ投資を中心とする4兆元規模の対策や、自動車・家電を対象とする消費の促進等の景気刺激策が内需の伸びを高めている。さらに、10年1〜3月期には、最終消費6.2%ポイント、総資本形成6.9%ポイント、純輸出▲1.2%ポイントの寄与度となっており、消費の寄与が09年よりも高まっている。

●固定資産投資は引き続き高い伸び
 固定資産投資(都市部)は、4兆元の対策の効果もあり、09年全体で前年比30.5%と高い伸びとなった。最近の動向をみると、引き続き高い伸びであるものの、鈍化傾向にあり、09年秋までのおおむね前年比30%を超える伸びから、11月以降は20%台で推移しており、10年1〜3月期には前年比26.4%、4月には同25.4%となっている(第1-2-2図)。ただし、業種別にみると、固定資産投資全体の2割超を占める不動産開発投資が、不動産価格上昇に伴う土地購入費用の増加もあって、09年後半から再び伸びを高めており、09年の前年比16.1%の後、10年1〜3月期に同35.1%、4月同38.5%となっている。
 10年予算をみると、引き続き「積極的な財政政策」が維持されることとされ、10年の財政収支(中央及び地方政府)は1兆500億元(GDP比2.8%)の赤字と、09年比で赤字幅が1,000億元拡大する見込みとなっている(第1-2-3図)。このうち、中央政府の赤字は8,500億元となっており、地方政府についても09年に引き続き2,000億元の地方債の発行が認められた(1)。しかし、歳出の伸びは、09年の前年比21.2%と比較すると10年は同11.4%と低い。そのうち、公共投資予算をみると、09年予算においては、08年予算(4兆元対策の一部の1,040億元を含む)比で70%強の増加となっていたのと比較すると、10年予算は、前年予算額比9.3%増(09年実績額比7.4%増)と大きく伸びが鈍化する見込みであることから、公的投資による投資のけん引力は低下すると見込まれる。なお、10年の投資については、中国政府は、3月に開催された全国人民代表大会(「全人代」(国会に相当))において、プロジェクトの新規着工は厳しく抑制し、資金は主として建設中のものに向ける方針を示している。
 景気拡大に伴い、民間投資の活発化も期待される。しかし、金融政策について、10年の全人代では、10年も適度に緩和的な金融政策を維持する方針が打ち出されたものの、新規貸出は抑制される方向となっており(詳細は後述)、全体として投資の伸びは鈍化することが見込まれる。

●堅調な推移が続く消費
 消費の動向をみると、社会消費品小売総額は、09年全体で前年比15.5%となり、08年の同21.6%の高い伸びからは鈍化したものの、堅調な推移を続けている。特に、09年半ばから、全体の約7割を占める都市部の消費の回復に伴い、伸びが高まりつつあり、10年1〜3月期に前年比17.9%、4月に同18.5%となった(第1-2-4図)。以下では、消費の現状及び先行きについて、政策面、所得動向、消費者マインドの観点から考察する。
 上記のような消費の堅調な推移の背景として、自動車や家電の販売促進策等の消費刺激策が大きく功を奏したことが挙げられる。当初、消費刺激策の一部が09年末で終了する予定となっていたことから、10年からの消費の減速が懸念されたが、09年12月18日、国務院常務会議(閣議に相当)において、消費刺激策の延長・拡大の方針が決定された(第1-2-5表)。具体的には、小型車の車両取得税の減税について、減税幅は当初の5%から2.5%に縮小したものの、10年末まで延長することとなり、「汽車下郷」についても同様に10年末まで延長することとなった。「以旧換新」については、自動車に対する補助額が当初の3,000〜6,000元から5,000〜18,000元に大幅に引き上げられた。また、家電についても、当初10年5月までの一部都市における試験的な実施となっていたが、6月以降も対象都市を拡大して、継続実施することとなった。「家電下郷」については、10年1月から、対象製品の販売価格の上限金額が当初の600〜4,000元から1,000〜7,000元へと大きく引き上げられており、補助対象となる商品の選択肢が広がった。商務部発表の10年1〜4月の「家電下郷」の販売実績をみると、前年比で、台数では3.7倍、金額では5.1倍となっており、販売金額は大きく伸びている。また、10年の予算をみると、昨年に続き消費需要の拡大に取り組むため、補助金支出を増額しており、「家電下郷」には152億元(09年予算200億元(2))、「汽車下郷」には135億元(09年予算50億元)、「以旧換新」には103億元の予算があてられている。
 消費刺激策の効果が最も顕著に現れた自動車販売の動向をみると、09年の乗用車販売台数は1,033万台と初めて1,000万台を突破し、10年に入ってからも、1月から小型車の車両取得税の減税幅が縮小したものの増勢を維持しており、1〜4月期の販売台数は平均で月間116万台となっている(第1-2-6図)。
 次に、所得動向をみると、都市部、農村部ともに、所得の伸びは回復しつつある。10年1〜3月期をみると、都市部の一人当たり可処分所得は前年比9.8%、農村部の一人当たり現金収入は同11.8%となり、09年10〜12月期から伸びが高まった(第1-2-7図)。また、人民銀行による都市預金者アンケート調査をみると、「現在の所得に対する見方」は、調査開始以来の最低水準であった09年4〜6月期を底に、3四半期連続で改善している(第1-2-8図)。
 また、10年の全人代では、中国政府は、住民の収入増、社会保障制度の一層の充実、所得分配制度の改革等、所得環境の改善に引き続き取り組む方針を示している。所得分配について、労働分配率(労働者報酬のGDP比)をみると、1997年の52.8%から2007年には39.7%まで低下している状況にあり、「国民所得分配における住民所得の割合、第一次分配における勤労報酬の割合を逐次引き上げなければならない。」とされた。なお、社会保障制度については、養老年金保険でこれまで課題となっていた省を越えての地域間のポータビリティを可能とする規定が10年1月から施行されるなど、実際に進展もみられる。
 以上のように、消費刺激策の継続、所得状況の改善等もあり、今後も消費は堅調な推移が見込まれる。また、消費者マインドをみると、消費者信頼感指数は、09年3月を底に大きく改善している(第1-2-9図)。しかしながら、都市預金者アンケート調査をみると、「もっと消費する」と回答した者は、投資や貯蓄を選択する者の割合に比べ10年2月時点でも低い水準にとどまっており、消費意欲はそれほど高まっていない可能性もある(前掲1-2-8図)。

●生産は輸送機器を中心に高い伸び
 好調な内需を反映して、生産の伸びも高まっている。鉱工業生産は、09年半ばから伸びを高め、10年1〜3月期には前年比19.6%、4月には同17.8%と高い伸びとなっている(第1-2-10図)。品目別にみると、消費刺激策による乗用車販売の急増を受け、輸送機械が際立って高い伸びを維持している。また、地域別にみると、輸出産業を中心とし、比較的落ち込みが著しかった長江デルタ地域や珠江デルタ周辺地域といった沿海部地域においても、生産が増加している。
 一方で、国務院は、09年9月の「一部業種の生産能力過剰と重複の抑制に関する通知」(3)に続き、10年2月に「立ち遅れた生産能力の淘汰の加速に関する通知」を発し、「生産能力過剰」問題への取組を加速している。2月の通知では、電力、石炭、コークス、鉄合金、カーバイド、鉄鋼、非鉄金属、軽工業、紡績の各業種を対象とし、10年末〜12年末までに淘汰すべき具体的目標が定められた。10年の全人代の政府活動報告では、「経済発展方式の転換の加速、経済構造の調整」を強調しており、この問題についての取組を強化していくものとみられる。

●沿海部における労働需給のひっ迫、最低賃金引上げの動き
 雇用情勢をみると、都市部登録失業率は09年末で4.3%と、4.6%以下に抑制するという09年の全人代で設定された目標を達成し、その後も10年1〜3月期に4.2%にまで低下している(第1-2-11図)。また、求人倍率は、08年10〜12月期の0.85倍を底に改善が続き、10年1〜3月期には1.04倍となっている(第1-2-12図)。地域別にみると、沿海部都市を含む東部地域では1.07倍と一段高くなっており、労働需給のひっ迫が特に著しい。この背景としては、前述のように、世界金融危機と欧米の景気後退の深刻化による輸出の落ち込みの影響を強く受けた沿海部地域においても景気が回復傾向となっていることに加え、景気刺激策として、内陸部を中心として大規模なインフラ投資が実施されたこともあり、沿海部地域への出稼ぎ農民数が減少していることもある。09年における農民工数を受入れ地別にみると、中部及び西部地域では前年比で30%を超える伸びとなっているのに対し、東部地域では同▲8.9%となっており、中でも珠江デルタ地域では同▲22.5%と大きく減少している。
 こうした中、世界金融危機発生後の景気減速に伴って09年には据え置かれていた最低賃金は、10年に入り、各地で引上げの動きがみられる。例えば、上海市では前年比16.7%、広東省広州市では同27.9%の引上げとなっている。

●輸出の回復は緩やか
 輸出は持ち直しがみられるものの、回復のペースは緩やかとなっている。輸出金額は、09年12月に前年比でプラスに転じ、10年1〜3月期には、前年比28.7%と高い伸びとなったが、これは前年における二けた台の大幅なマイナスの反動であり、世界金融危機発生前の08年1〜3月期比では3.3%となっている(第1-2-13図)。他方、輸入金額についても、09年11月に前年比でプラスに転じ、10年1〜3月期には前年比64.6%と非常に高い伸びとなっている。08年1〜3月期比でみても13.7%であるなど、輸出よりも回復が顕著であり、好調な内需を反映しているものと思われる。ただし、数量ベースでみると、09年末から輸出入ともに伸びが高まっており、他方、輸出入の単価については、輸出単価は低迷が続いているのに対し、輸入単価については上昇している(第1-2-14図)。輸入を品目別にみると、このところ鉱物性燃料等の一次産品の寄与が大きく、輸入増加の背景としては内需の拡大に加え、国際商品価格の上昇により、輸入金額が押し上げられている面もある。貿易収支をみると、輸出の減少幅が輸入の減少幅を上回ったため、09年全体では1,956億ドルと、08年の2,981億ドルから貿易収支の黒字幅は縮小し、また、10年3月には04年4月以来の赤字となった。

(2)3つのリスク

 前述のように景気が拡大している背景には、緩和的な金融政策がある。09年の新規銀行貸出は約9.6兆元に達し、09年の全人代で設定された「年間5兆元以上」という目標の約2倍となった(第1-2-15図)。09年のマネーサプライ(M2)も前年比27.7%と目標の「17%前後」を上回る高い伸びとなった。10年に入ってからは、現金と当座預金の合計であるM1の伸びが、M2の伸びを大きく上回っており、手元資金の需要が加速していることを示唆している。こうした状況の中で、不動産市場の過熱、地方融資プラットフォームへの融資の急増というリスクが顕在化しつつあり、更にインフレリスクも懸念されている。以下では、こうした3つのリスクについて分析する。

(i)不動産市場過熱のリスク
 09年の銀行貸出は急激に増加したが、不動産への貸出も急増している。不動産貸出残高の伸びは、09年末以降に貸出全体の伸びを上回っている(第1-2-16図)。09年末の不動産貸出残高は、08年と比べて約2兆元増加していることから、09年の新規貸出のうち、約20%が不動産市場に流入したと考えられる。
 資金の流入を背景に、中国不動産価格の動向を示す代表的な指標である主要都市建物販売価格は、10年4月に前年比12.8%となった。不動産バブルが懸念された03〜04年や07年における10%台の伸びとほぼ同じであり、前月比でも13か月連続でプラスとなっている(第1-2-17図)。特に海南島では、国務院が20年までに国際観光都市へと発展させる開発計画を発表した10年1月から急激に上昇している(第1-2-18図)。また、物件のクラス別でみると、高級物件の価格の上昇が加速している(第1-2-19図)。さらに、10年1〜3月期に中国人民銀行が北京市居住者の住宅購入について行った調査によると、住宅購入意思のある者のうち、23.1%が投資目的であり、これは09年10〜12月期より1.8%ポイント上昇、09年4〜6月期以来では4四半期連続で上昇しているという(4)。これらのことから、不動産の価格上昇は、将来の値上がりを期待した投機的な要素が相当程度寄与している可能性があり、市場は過熱気味と考えられる。社会科学院の「中国住房告(2009-2010)()」も、現在各地の不動産市場において増加している投機的な不動産購入は既に一定以上の比率を占めており、不動産価格を押し上げる要因となっているとしている。
 ただし、中国では都市化が進行しており、住宅への実需は非常に大きいと考えられる。国連による推計では、中国の都市人口比率は先進国と比較して低いこともあり、今後も都市化が急速に進むことが予想されている(第1-2-20図)。近年の内陸部での不動産価格上昇も、インフラ整備を背景に都市化が進み、需要が高まったことによると考えられる(第1-2-21図)。不動産価格上昇には、投機的なものだけではなく実需も寄与してきたと考えられる。
 なお、不動産住宅価格をめぐり、国家統計局が10年2月に公表した09年の前年比上昇率1.5%が実態と比べて低すぎるのではないかという批判が起きた。さらに、同年4月には国土資源部が異なる指標に基づいて、09年の不動産価格上昇率を25.1%とする報告を発表した。これらを受けて、国家統計局長は制度の欠陥を認め、その改善を図ると発表し、不動産住宅価格統計の在り方を見直すこととなった(第1-2-22図)。

(ii)地方融資プラットフォームの不良債権リスク
 地方政府(5)は、94年に税制改革(6)が実施されたことや地方債の起債が原則禁止されている(7)ことから、慢性的な財源不足に陥っている。このため、地方政府は、自らが出資した都市インフラ開発公社(:地方融資プラットフォーム)を設立し、その機関が債券を発行したり、銀行から借り入れたりすることにより、インフラ建設や不動産開発を行っている。これにより、少ない財政資金でレバレッジを効かせた固定資産投資が可能となっている。この地方融資プラットフォームに融資する銀行は、地方政府の明示にせよ暗黙にせよ債務保証がある場合も少なくないため、一部でリスクを考慮しない貸出を行っているとみられ、また、経営が疑問視されている(8)。こうした動きは、08年11月に中国政府が4兆元の景気刺激策を打ち出し、地方政府に公共投資の拡大を奨励したため、金融緩和ともあいまって更に加速した。09年に地方融資プラットフォームを含む地方企業が発行した債券は2,223億元と前年の約3倍強に膨らんでおり、中央企業の発行額を上回っている(第1-2-23図)。また、09年5月時点において、地方融資プラットフォームの負債総額は全国で約5兆元とされており(9)、仮にすべてを銀行借入れとすると、銀行貸出残高全体の約12%となる。10年3月末の銀行の不良債権比率は、まだ1.40%と低い水準となっている。地方融資プラットフォームのプロジェクトが失敗した場合、地方政府は保証の履行により財政が悪化する。また、明示的な保証がない場合には、銀行の不良債権へとつながる可能性がある。この問題が大規模に起これば、銀行のバランスシートの悪化を通じて金融システムが不安定となったり、景気の下押し圧力となるリスクが懸念される。
 なお、地方政府は財源不足を補う方法として、農民等から土地を取得し、それを不動産ディベロッパーや地方融資プラットフォームに高額で売却することで財源を確保している。この土地譲渡収入は、09年には約1兆4,000億元と地方政府の財政収入(予算外収入を除く)の約4割となっている。このため、地方政府は不動産市場活性化を容認する傾向にあり、過熱の一因となっていると考えられる。

(iii)インフレのリスク
 消費者物価上昇率は、09年11月に、09年1月以来10か月ぶりに前年比でプラスに転じ、その後も徐々に上昇し、10年4月には前年比2.8%と3月の同2.4%から一段と伸びを高めた(第1-2-24図)。こうした動きは、一般物価の上昇、すなわちインフレにつながる警戒すべきものであろうか。それとも、特殊な要因による一時的なものであろうか。
 まず、食品及びエネルギー価格を除くコア消費者物価上昇率をみると、09年12月に前年比マイナスから0%に転じ、その後プラスで推移しているが、10年4月時点では同0.7%にとどまっている。09年末からの総合の消費者物価の上昇は、むしろ消費者物価の約3割を占める食品価格の伸びを反映していると考えられる(第1-2-25図)。これには、09年11月以降の低温、豪雪により、野菜や果物の価格が上昇したことが影響している。また、10年1月に食品価格の伸びが鈍化したことや2月に伸びが高まったことは、春節の影響によるものと考えられる。一方、コア消費者物価の主要構成要素である工業製品やサービスの物価は、直近の10年4月では上昇しているものの、伸び率は、工業製品が前年比1.1%、サービスが同1.6%と低く、総合消費者物価の上昇は、インフレ基調を示すものというよりは、天候等を反映したものと考えられる。
 しかし、今後については、必ずしも楽観できるわけではない。まず、前述した大量の銀行貸出や財政拡大を背景とした景気の過熱の可能性が考えられる。また、前述のように、雇用情勢の改善により最低賃金が引き上げられており、求人倍率も1を超え、労働需給がタイトとなっている中で、人件費が上昇し、コストプッシュ・インフレが起きるリスクもある。他方、世界金融危機発生により起こった世界需要の減退による輸出産業の不振は、一部の産業で供給過剰を生み出しているため、この面からはデフレ圧力も生じていることにも留意すべきである。
 なお、生産者物価上昇率をみると、前年の反動や原油等の国際価格の上昇もあり、消費者物価上昇率を上回って上昇しており、今後の消費者物価に転化される可能性もある(第1-2-26図)。食糧は6年連続で増産をしているが、09年の秋以降、南西部(雲南省、貴州省等)で干ばつが続き、農作物や家畜に被害が出ており、10年の食糧生産への影響が懸念され、食品価格の上昇により消費者物価が上昇する可能性もある。
 また、物価に対する人々の現状及び先行きの見方も、今後の物価の動向を検討する上で重要である。中国人民銀行による都市預金者アンケート調査(10年2月に実施)をみると、「現在の物価への満足度」(D.I.)は25.9と、過去5年からみても最低水準となっている(第1-2-27図)。また、全体の回答者の半数以上が、「物価が高くて受け入れ難い」と回答しており、これは1999年の調査開始以来、最も多い。消費者物価上昇率は、直近の10年4月で前年比2%台と、07〜08年の6〜8%のような高い数値にはなっていないが、人々は実感として物価は高く不満であると感じているものとみられ、消費意欲を冷やしている可能性もある。さらに、「将来の物価への予想」は、09年10〜12月期ほどではないものの、今後3か月の物価について上昇するとみる人が下落すると考える人よりも多くなっている。
 09年末以来の消費者物価の上昇は、食品価格等特殊な要因によるところが大きく、現時点ではインフレになっているとは言えないものの、景気が力強く拡大していること、マネーサプライの伸びが高いこともあり、先行きについては、注意深く見守る必要がある。

(3)政策調整の動き

 09年後半から、こうした新たな3つのリスク、すなわち、不動産市場の過熱、地方融資プラットフォームの不良債権化、インフレに対応したマクロ経済政策の調整の動きがみられ、政府の警戒の姿勢が現れてきており、この方向性は2010年の全人代でも確認された。

(i)金融政策の調整
 金利については、08年9月から12月までに基準貸出金利を5回、基準預金金利を4回引き下げて以来、過去と比較しても低い水準を保っている(第1-2-28図)。預金準備率については、10年1、2、5月と預金準備率を0.5%ずつ引き上げ、流動性の吸収に動き出している(10)。また、1月には、短期市場金利の重要な指標となっている中央銀行手形の3か月物利回りの約0.04%引上げを2回実施し、金融引締めの様相をみせた(第1-2-29図)。中央銀行手形の発行額と形態をみると、09年前半は、3か月物の短期手形の発行であったが、後半からは1年物も発行している。(第1-2-30図)。10年に入ると、3月には発行額が大きく増加しており、4月には、08年6月以来、1年10か月ぶりに3年物の手形を発行するなど資金吸収が加速している。
 為替については、人民元の対ドル名目レートをみると、05年7月以来、年約7%のペースで緩やかに増価していたが、08年7月から事実上のドル・ペッグとなり、現在に至っている(第1-2-31図)。名目実効レートをみると、人民元の切上げを実施してから、07年までは年約2%と緩やかに増価していたが、08年は後半からドルの大幅な増価により年10%と急激に増価した。09年3月からは反転し、年約6%減価しており、10年に入ってからはやや増価傾向にある。もし、人民元が切り上げられた場合は、輸入物価の面から、物価上昇圧力の抑制に効果があると考えられる。

(ii)銀行貸出に係るリスクの抑制に向けた取組
 09年の大量の銀行貸出を受けて、それがもたらすリスクを抑制するための取組が行われている。銀行業監督管理委員会(以下、銀監会)は、09年7月と10年2月に貸出管理規制関連の規則を施行した。それによれば、固定資産貸出や運転資金貸出、個人向けローンについて貸出管理の厳格化を通じたリスク管理を徹底させ、一定規模を超える融資については、流用防止のため、銀行が融資先の申請・委託を受けて直接取引先に支払うこととなった。また、国務院は、09年9月に一部の生産過剰業種の抑制についての通知を発表しており、不採算とみられる生産過剰業種への銀行融資の規制強化が盛り込まれている。さらに、11月には、銀監会は流動性リスク管理規定により、銀行に対して四半期ごとのストレステストの義務化を実施した。
 10年に入ってからは金融監督を一層強めている。1月に中国人民銀行は、2010年の重点事項として、貸出リスクとシステミックリスクの防止を挙げ、また、不動産貸出にかかわる政策を厳格に執行するとした。具体的な主要施策としては、エネルギー多消費・高汚染業種及び生産過剰業種への貸出の厳格な抑制を行うことや、資金を建設中・建設継続のプロジェクトに振り向け、新規プロジェクトには厳格に貸出抑制をすることなどを挙げている。また同じく1月に、銀監会は、不動産貸出業務に対して監督と窓口指導を強化すると表明している。さらに、4月には、国務院が一部都市における3軒目以上の住宅購入に対する資金貸付けの一時中止等に関する規制を発表(11)するなど、規制強化の流れが続いている。こうした規制が、今後の不動産価格上昇の抑制につながることが期待される。

(iii)全人代による2010年の経済運営の基本方針
 10年3月に、全人代が開催され、10年の経済運営の基本方針が示された。マクロ経済政策については、これまでの政策スタンスを継続し、「積極的な財政政策」と「適度に緩和した金融政策」により、安定的な比較的速い成長を維持するとした。一方で、経済構造調整や発展パターンの転換にも言及しており、経済成長のスピードだけなく、質と効率、持続可能性の向上を重視することを表明した。また、インフレ期待の誘導にも言及しており、物価を安定させるとしている。そのスタンスが各目標に現れており、10年の主要目標は、09年の実績と同等かそれ以下となっている(第1-2-32表)。例えば、新規銀行貸出の目標は、7.5兆元前後と09年実績より約2兆元低い水準となっている。なお、09年にマイナスとなった消費者物価上昇率については、10年の目標は09年の目標値より1%ポイント低く抑えられ、3%前後となっている。
 また、全人代では、前述した3つのリスクの対策についても触れている。不動産市場については、安定的かつ健全な発展を促すとし、住宅保障プロジェクト(12)の大規模な実施、自己居住用住宅の購入促進、投機的な住宅購入の抑制を挙げている。地方融資プラットフォームについては、地方政府の債務に対する管理を強化するとし、設立や地方政府保証のルール化、貸出条件の厳格化、プルーデンシャル規制、監視の強化を挙げている。

コラム1-5:人民元切上げの影響

 08年7月頃より、人民元の名目為替レートは、ドルに対して事実上ペッグしており、1ドル=6.82人民元程度の水準で推移している。
 この点について、特に対中国の貿易赤字が2,268億ドル(09年実績)と大きいアメリカ等で人民元の切上げを求める動きがある。アメリカのオバマ大統領は、10年4月に「人民元が過小評価されている」と発言した。また同月、バーナンキFRB議長は、「ほとんどの経済学者は、人民元が過小評価され、輸出主導の経済を促進しているとの見方で一致している(注1)。人民元により柔軟性を許容することは、中国のために望ましい。」と述べた。一方、中国の胡錦濤主席は、「(人民元為替相場形成メカニズムの)具体的改革措置については、国際経済情勢の発展・変化と中国経済の状況に基づいて統一的に考える必要がある。とりわけ外部の圧力でこれを進めることはない。」としている。
 そもそも、為替の増価は、輸出については価格競争力を低下させる要因になるものの、交易条件の改善、輸入の増加を通じて国民の実質的な生活水準を引き上げるものであり、それが急激なものでなく、緩やかなものであれば、いたずらに恐れるべきことではない。以下では、実際に人民元が切り上がった場合の中国の輸出への影響について考察する。
 一般に、為替の増価が収益の圧縮で吸収されず、輸出価格に反映された場合、価格競争力の低下を通じて以下のような影響が考えられる。中国の輸出は、先進国向けが約6割(香港を含む)、途上国向けが約4割となっており、いずれにおいても、現地企業や第三国との競争において価格面で劣位となり、輸出が減少する(図1)。特に、家具、衣服、玩具等の価格競争力が強みとなっている労働集約的産業においては、輸出全体への影響はかつてほど大きくないが、雇用への影響が大きいことが想定される(図2)。影響の程度については、周辺アジア諸国の通貨がどの程度同時に増価するか 、又は、輸入部品等の原材料コストが為替増価によってどの程度低下するかなどにも依存する。
 輸出価格の上昇による輸出への影響について、中国における実証研究では、一般的に輸出の価格弾性値(注2)は低いと試算されている。例えば、社会科学院世界経済政治研究所の研究(注3)によると、価格弾性値は0.27〜0.56になると試算されており、1を下回っている。さらに、中国の貿易は加工貿易が5割程度あるため、為替の増価は、輸入部品等の原材料コスト低下をもたらす。また、企業収益が吸収することもある。このため、為替の増価がそのまま輸出価格に反映されるわけではなく、輸出の為替弾性値は0.14〜0.27と輸出の価格弾性値よりも低いとしている。また、アメリカのFRBにおける研究(注4)によれば、人民元の実質実効為替レートの10%の増価により、中国の世界輸出に占める割合(7%程度)は0.5%ポイント縮小するとしている。ただし、為替の増価による輸出への影響は加工貿易の影響等もあり複雑で、数値は安定的ではないとしている。
 他方、人民元の事実上のドル・ペッグは新たなリスクを内在している。人民元の対ドル為替レートを一定に保つため、当局は人民元売り・ドル買いの為替介入をしているとみられ、緩和的な金融環境の一因となっており、本文で述べた不動産市場の過熱、インフレリスクの背景となっている。人民元の段階的な切上げや変動幅の拡大は、こうしたリスクの抑制に寄与すると考えられる。
 また、アジア各国への影響も重要である。アジア各国では、全貿易量に占める中国の割合が増加していることなどから、自国通貨の対人民元為替レートが重要性を増している。05年7月に人民元が切り上げられてからは、アジア各国の為替レートは、おおむね人民元高・アジア各国通貨安の傾向となっている(図3)。特に、世界金融危機以降は、アジア各国通貨が急激に人民元に対し減価しており、中国の内需拡大もあって、アジア各国が中国向けの輸出を伸ばす要因となり、結果としてアジアの景気回復に寄与した。現在、アジアの一部の国々は、再び自国通貨高となっているが、通貨の急激な上昇を抑えるため、為替介入を行っているものとみられる。為替介入が継続的なものとなった場合、マネーサプライの増加を通じて、流動性過剰をもたらすリスクに留意する必要がある。
 人民元の切上げについては、中国政府自身が判断すべき事項であるが、緩やかな切上げが行われた場合には、上述のような中国及び周辺国の新たなリスクを緩和し、中国経済の安定的な発展、ひいてはアジア経済の安定に資すると考えられる。


コラム1-6:中国の高い貯蓄率について

 中国における高い貯蓄率は、高投資による高成長をもたらした反面、消費の低さの一因ともなっており、中国国内外で様々な評価・議論がなされている。
 国内貯蓄は、名目GDP比でみると2000年頃から上昇し始めている(図1)。そのうち割合が最も高いのは家計部門であるが、統計が公表され始めた1992年以降は、20%前後で安定して推移している。これに対して家計部門以外の、金融機関を除いた企業部門や政府部門における増加が近年の国内貯蓄率全体を押し上げている。以下、それぞれの部門における貯蓄の実態から中国における高貯蓄の原因を分析する。
 家計部門については、主に社会保障制度の整備(第2章第4節参照)が不十分のため、医療費や老後の蓄え等が高貯蓄の理由として分析されている(注1)。その他、住居費や教育費に対する備えも理由として挙げられることが多い。また、貯蓄率が若年期から中年期にかけて上昇し、老年期には下がるというライフサイクル説に従えば、現在の中国における総人口に占める生産年齢人口比率の高さ(第2章第2節参照)は、家計における高い貯蓄率の大きな要因といえよう(注2)。さらに、近年整備されつつあるものの、金融制度が未発達のため、個人が消費のために借入れを行うことがまだ一般的ではないことも一因として考えられる。
 また、所得が高いほど貯蓄率の上昇率が高い傾向があり、例えば最高収入階層の貯蓄率は90年の15.2%から08年の35.1%まで上昇している。さらに、最高収入階層と最低収入階層の貯蓄率の差は、08年を90年と比べると拡大している。ここから、都市部の家計における貯蓄率は、高所得者によって押し上げられていることが分かる(図2)。
 国内貯蓄において家計部門の次に大きなシェアを占める企業貯蓄については、全体として労働分配率が低下して企業の可処分所得が増加していること(図3)及びその中でも特に国有企業による貯蓄が、企業貯蓄率を押し上げていること(注3)が要因として推測される。国有企業においては、国有企業改革と技術進歩及び国有銀行からの超低金利での資金調達によって収益が拡大している(注4)。その一方で、1994年の税制改革以降、国への配当金が免除されており、さらに、一連の国有企業改革で実施されたレイオフや、従来国有企業が担っていた教育・住宅及び医療・年金等の社会保障的支出負担の軽減は、企業内留保率を高めている。また、これが政府の社会保障制度の整備が不十分な現状とあいまって、前述したような家計における予備的貯蓄の増大にも影響していると考えられる。
 政府貯蓄は国内貯蓄全体に占める割合は高くはないが、04年以降シェアが高まり続けている。中央・地方合わせた政府の財政収入は、企業からの税収増加(注5)に伴い95年以降は一貫して増加している一方で、政府消費は01年以降減少し続けている(図4)。
 また、政府消費に占める社会保障等の家計移転支出が少ないこと(注6)は、家計における予備的貯蓄の増大にも影響していると考えられる。
 このようにしてみると、中国における高貯蓄の原因は、家計・企業・政府それぞれの部門の貯蓄要因がすべて相互に関連しており、移行期にある現代中国の経済社会が抱える構造的問題であるといえる。


目次][][][年次リスト