第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望 |
第4節 世界金融危機とインド
4.中長期的にみたインド経済
インド経済は中長期的な成長ポテンシャルが高く、今後も持続的な経済成長が期待される一方、実際に持続的な成長を続けていくためには様々な課題に対応する必要がある。以下では、インド経済の今後の成長力や同国が抱える課題について取り上げ、検討していくことにする。
●高まる潜在成長率
各国の経済規模を購買力平価で評価した場合、インドは08年時点でドイツを上回り世界第4位となっており、その存在感は高まっている(第2-4-32図)。IMF(18)によると13年には日本を追い抜き、世界第3位に躍進する見通しである。インドは巨大な人口を抱えていることに加え、一人当たりGDP(購買力平価ベース)では08年時点で2,762ドルと中国(同5,963ドル)と比べてもまだ低いことを考慮すると、今後の成長余地が高いともいえる。
このように着実に成長を遂げていることや、潜在成長力が高いことを背景に、インドは、巨大な消費市場として、また投資先として魅力のある国として注目されている。
(1)供給面からみたインドの潜在成長力
●高まる潜在成長率
国連統計によれば、09年時点でインドの人口は約12億人に達し、中国に次いで世界で2番目に人口の多い国となっている。人口構成をみると、59歳以下の年齢層が9割を超えており、豊富な労働力が同国の強みであることがうかがえる(第2-4-33図、第2-4-34図)。将来的にも「一人っ子政策」で急速に高齢化を迎える中国に対し、インドの総人口は30年には中国を追い抜き、その後も着実に増加する見通しとなっており、年齢別人口構成をみても、50年においてもなお59歳以下の年齢層が8割を超えると見込まれることから、中長期的にも安定的に労働力人口は拡大し(19) 、同国の成長を支えるものとみられる。
他方、資本の面からみると、インドの国内総貯蓄率は家計における所得水準の上昇や企業収益の増加等を背景に年々高まっており、特に02年度以降は急速に上昇している(第2-4-35図)。ただし、中国の場合と異なり、インドでは91年の国際収支危機(20) 以降、01〜03年度の3年間を除き、経常収支はGDP比0〜2%程度の赤字で推移しており、投資需要を海外からの資金でファイナンスしている。しかしながら、こうした海外からのファイナンスには限界があることから、国内総投資率は、国内貯蓄の影響を強く受ける傾向にあったが、こうした貯蓄率の上昇に伴って急速に上昇してきた。これを受けてインドの潜在成長率も押し上げられている。貯蓄率・投資率の推移をみると、ともに65年度の10%半ばから06年度は約35%に上昇しており、こうした高い貯蓄率・投資率は、「東アジアの奇跡」と称され、65〜90年に高度成長を経験した日本や他の東アジア各国・地域(21) のそれと同水準である。インドにおいても、当時の東アジア各国・地域と同様に高い投資の伸びが高成長を支えていくことが期待される。
(2)インドが抱える中長期的な課題
●雇用機会の創出
インドにおいては、上述のように今後も安定的な労働供給が見込まれる一方、経済成長を持続させていくためにも雇用機会を創出することがますます重要になる。インドの産業構造をみると、実質国内総生産の2割弱を占める農林水産業において労働力人口の5割強が就業している(前掲第2-4-1図、第2-4-2表)。今後、インドにおいて雇用機会を増やし、なおかつ経済全体における労働生産性の向上を実現させていくためには、生産性が高く、雇用吸収力のある産業を育成していくことが重要であり、そのためには、製造業やサービス業を拡大し、これらの産業へ労働力をシフトさせていく必要がある。その際、異なる産業間における円滑な労働力の移動を可能にすることが重要であり、硬直的な労働法制 (22)を見直すなど、より柔軟な労働市場を構築していくことが不可欠である。また、インドでは、少数ながらも教育水準の非常に高い人材が一部IT分野等で活躍する一方、全体としてみると、識字率が61%(06年時点)(23) とアジア諸国の中でも一段と低い水準にあることなどから、初等教育に力を入れ、識字率の向上を行うなど、全体の教育レベルを底上げしていくことも重要である。
●インフラ整備への取組
インドにおいては、電力、通信、道路、下水道等のインフラ供給が経済成長ペースに追いついておらず、成長のボトルネックになっている。製造業を中心とした企業はこうしたインフラ未整備による制約を少なからず受けている。また、インフラの未整備が海外からの投資判断や国内企業の輸出競争力に大きな影響を与えている。こうしたことから、この問題はインドにおける喫緊の課題であると考えられる。
例えば、インドの電力事情をみると、年間一人当たり電力消費量(06年)は503kWhと中国(2,060kWh)の約4分の1にすぎず、電力供給が十分に行われていないことが分かる(第2-4-36図)。また、ピーク時電力不足の推移をみると、電力不足量は増加傾向にあり、不足量の電力需要に対する割合(電力不足率)も高まっていることから、電力需給のひっ迫感は年々強まっている(第2-4-37図)。こうした電力需給ひっ迫の背景の一つには、送配電ロス率(24) が極めて高いことが挙げられる。OECD諸国や中国が1割以下であるのに対し、インドの場合は、送配電中に盗電やメーターの改ざん等があるため、送配電ロス率が2〜3割と高水準で推移している(第2-4-38図)。今後、企業が持続的に生産活動を行っていくためには、送配電システムを含めた発電能力をより一層高め、電力を安定供給していくことが重要である。
また、インドの道路事情については、当局(25) によれば、国内の道路総延長距離はおよそ334万kmと世界で2番目に長い。また、道路輸送は貨物輸送の65%、旅客輸送の80%と最も代表的な輸送手段となっている。ただし、道路全体の87%は片側1車線か2車線の道路で、道路舗装率も5割を下回っているため、交通渋滞を引き起こしやすくなっている。さらに、道路全体の2%しかない国道に交通量の4割が集中しているといった道路利用の偏りも指摘されている。過去5年におけるインドの道路交通量の年間平均増加率は、約10.2%と高い伸びで推移していることから、今後、増大する物流需要に対応するためにも、道路整備への取組は不可欠である。
こうしたインフラ整備の取組に対して、我が国は、円借款の供与等を通じて支援しており、03年度以降インドは我が国円借款の最大の受取国となっている。08年度については、通称デリーメトロ建設のための「デリー高速輸送システム建設計画」(供与限度額778億円)等に対する円借款の供与を決定した。このほか、重要案件の一つとして、デリー・ムンバイ間産業大動脈構想を推進しており、デリー・ムンバイ間に計画されている幹線貨物鉄道の両側150kmの地域に、工業団地を始めとしたインフラを集中的に整備する日インド両国共同のプロジェクトを進めているところである。
●格差問題
また、インドが取り組むべき課題として格差問題が挙げられる。05年度における一人当たり域内純生産を比較すると、最も多いチャンディガル(26) で8万6,629ルピー(約17万円)、最も少ないビハール州で7,875ルピー(約1.5万円)とその差は10倍以上ある(第2-4-39図)。また、インド全体(平均)では2万5,716ルピー(約5.1万円)となっており、どちらかといえば下位グループに近い数字となっている。こうしたことから、インドではチャンディガルのような所得水準が比較的高い地域はごく一部に限られ、大半の地域は平均かそれ以下の水準であることがうかがえる。さらに、地域ごとの人口規模では、所得水準で上位3地域の人口は下位3地域の約3分の1であり、ごく一部の人々に所得が集中している。このような地域間格差の背景には、地域によって産業構造が異なることが要因として挙げられ、一人当たり域内純生産と名目域内純生産に占める第一次産業の比率の関係をみると、第一次産業の比率が高い州・地域ほど所得水準が低い傾向にある(第2-4-40図、第2-4-41図)。また、このような地域間の格差に加え、域内においても所得格差が存在していると考えられる。
こうした格差の是正は、地域によって産業構造も異なり、政治的・歴史的背景も多様であることなどから、容易ではないとみられる。しかし、今後、インドが国内の消費市場を更に拡大させ、持続的な成長を遂げていくためにも、より生産性の高い製造業やサービス業へ労働力をシフトさせることなどにより巨大な低所得者層の所得水準を引き上げていくことが非常に重要であると考えられる。