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第2章 新興国経済:金融危機の影響と今後の展望

第2節 新興国経済の動向

3.中南米経済の動向

   中南米経済(15) は、1990年代後半から2000年代初めにかけての通貨危機とそれに伴う混乱を経験し、90〜02年の平均成長率は2.7%にとどまったが、03年以降の平均成長率は約4.8%に高まり、急速な経済成長を遂げた。世界全体に占める中南米諸国のGDPも、03年の5.1%から6.6%(07年)に高まっている。近年の経済成長を支えた要因としては、世界経済の持続的な拡大を受けた輸出の拡大、一次産品価格の上昇に伴う交易条件の改善及び海外からの資金流入の拡大等が挙げられる。
   しかしながら、08年初め以降、アメリカを始めとする先進国の経済が減速する中で、成長をけん引してきたこれらの要因が全て逆回転し始めた。特に、9月の金融危機発生以降、世界的な景気後退の中で外需が急速に減少するとともに、景気を下支えしてきた内需も悪化し、中南米諸国の景気は急速に弱まっている。特にアメリカの景気後退の影響を直接的に受けたメキシコでは08年10〜12月期に前年同期比でマイナス成長となり、景気は急速に悪化している。また、堅調な内需が成長を支えてきたブラジルやアルゼンチン、チリ等でも、景気は急速に減速している(第2-2-32図)。

(1)世界金融危機の影響

●金融面での影響
   中南米諸国の金融資本市場には、豊富な一次産品とその価格の高騰、欧米との金利差、今後の成長可能性等を背景に、03年頃から欧米を中心とする大量の投資資金が流入してきた(第2-2-33図)。しかしながら、08年9月の金融危機を契機として、欧米の金融機関等による高レバレッジ解消やリスク許容度の低下等に伴い資金が流出に転じるとともに、株価や通貨が急落した(第2-2-34図)。中南米諸国の民間金融機関は、欧米に比べるとサブプライム関連証券の保有額は少なく、金融システムは比較的健全とみられるが、欧米の資金引揚げによって金融市場では流動性のひっ迫から貸し渋りが起きているとみられ、民間信用残高の伸びが鈍化するなどの影響が現れている(第2-2-35図)。また、アルゼンチンでは、世界金融危機の影響に加え、年金基金国有化問題(16)が起きたことからデフォルト懸念が高まり、08年10月以降、国債のCDSスプレッドが急上昇している。
   しかしながら、過去に発生した債務危機や通貨危機の主要因が自国の経済状況の悪化であったのとは異なり、今次の金融危機は欧米発の危機であることに加え、03年以降の持続的な経済成長を背景として財政収支の改善及び外貨準備の蓄積が進むなど、中南米諸国の経済的なファンダメンタルズは大きく改善されている(第2-2-36図)。このため、外的ショックへのぜい弱性は以前と比較すると低下していることから、多くの国においては、金融システムは過去の危機時ほどの混乱には至っていない。
   こうした中、金融危機への対応として、各国は為替介入や流動性供給等を実施しており、世界金融危機の混乱がやや落ち着いてきたこともあって、足元の金融市場は08年後半と比較すると安定してきている。また、メキシコについては、実体経済の悪化が特に顕著であるが、予防的措置として09年4月にIMFが新たに導入した弾力的信用枠(FCL)の適用申請を行った(17)。メキシコは当該措置によって470億ドルの信用枠を確保することとなり、今後資金流出により流動性がひっ迫した場合等に、迅速に融資を受けることが可能となった。

●実体経済面での影響
(i)外需
   2000年代以降の世界的な景気拡大と一次産品価格の上昇は、豊富な地下資源を有し、穀物等の農業生産も盛んな中南米諸国の経済成長率を押し上げるのに寄与してきた。しかしながら、08年の春から夏を境に一次産品価格が下落に転じて以降、各国の輸出額は減少し、さらに、金融危機と世界景気の後退の影響によって9月以降は数量ベースでも落ち込みが大きくなった(第2-2-37図)。とりわけ、NAFTA加盟によりアメリカ経済との一体化を進めてきたメキシコでは、全体の8割を占めるアメリカ向け輸出が、原油価格の下落とアメリカの景気後退の深刻化に伴う需要減によって08年11月以降、前年同月比で2〜3割の減少を続けている。
   一方、09年に入ると、工業製品を中心に輸出額は引き続き大幅な減少を続けているものの、減少のテンポが緩やかになる国もみられる。こうした中で、一次産品を中心として中国向け輸出額の伸びが顕著になっている。特にブラジルでは、09年3、4月に中国がアメリカを抜いて輸出相手国のトップになるなど、先進国の需要減少の一方で、中国が中南米経済における存在感を高めている。

(ii)内需
   03年以降、中南米諸国では輸出の拡大と投資資金の流入等によって活発な設備投資が行われるとともに、個人消費も拡大したことから、好調な内需が成長をけん引してきた。特に、ブラジルやメキシコでは04年半ば以降、民間信用残高が前年比20%を超える拡大を続けてきた。しかしながら、世界的な景気後退に伴う輸出の急減が生産活動の低下、雇用の減少、消費者マインドの悪化等を招き、08年10〜12月期以降は内需の減速が鮮明となっている(第2-2-38図第2-2-39図)。
   また、中南米諸国は移民・出稼ぎ労働者が多く、その大部分を地理的に近接しているアメリカが受け入れている。こうした在外労働者からの送金は中南米全体ではGDP比1.5%程度、国によっては2割近くに上るが、アメリカの景気後退の影響から、08年の送金額は前年比でほぼ横ばいとなり、中南米諸国の個人消費減少の一因となっているとみられる(第2-2-40図)。

●政策対応とインフレ懸念
   中南米諸国は第二次世界大戦後、国家主導の輸入代替工業化を指向して外国資本の国有化や政府主体の資源開発及びインフラ整備等を推進した結果、巨大な公共部門を抱えることとなり、財政拡大による急激なインフレと景気低迷を繰り返してきた。80年代末以降は経済自由化や国営企業の民営化等の経済改革、固定為替レートに基づくインフレ抑制策が実施されたが、経常赤字や財政赤字の増加等を背景に90年代から2000年代初めにかけて各国で通貨危機が発生し、それを契機に変動相場制への移行が相次いだ (18)。また、通貨に一定の変動幅を許容するクローリング・バンド制の下、資本流入規制を実施していたチリについても、通貨危機には至らなかったものの、99年に同じく変動相場制に移行している。
   さらに、03年以降の経済成長の中では、一次産品価格の上昇による税収増や歳出管理及び均衡財政の義務付け等の財政改革により、財政収支の改善が図られてきた(第2-2-41表)。また、景気拡大や一次産品価格の上昇によるインフレ圧力の高まりから07年以降金融引締めが行なわれてきたが、08年後半以降は一次産品価格の下落によりインフレ圧力が後退するとともに景気減速が顕著となったことから、09年に入り相次いで金融緩和に転じた。一方、財政面では、景気減速の深刻化を受けて金融取引税や所得税の減税、インフラ投資、雇用対策等が実施または公表されており、09年にはGDP比0.6〜2.9%程度の財政刺激策が各国で講じられている(19)
   しかしながら、消費者物価上昇率は、低下傾向にあるとはいえ、自国通貨安による輸入物価の高止まり等から依然6%前後の水準にある(第2-2-42図)。景気減速による税収減や景気刺激策の実施による財政収支の悪化からインフレ再燃への懸念も根強く、政策対応は、財政赤字と景気を下支えする必要性との間で困難な選択を迫られるとみられる。

(2)中南米経済の先行きとリスク

   世界的な景気後退が続く中では一次産品価格の大幅な上昇や需要拡大は期待薄であることから、外需の低迷が続き、中南米経済の回復は世界経済の回復に合わせたものになるとみられる。特に、アメリカ経済との一体性が強いメキシコを始めとして、貿易や金融面で欧米諸国との関係が深い国々では欧米経済の回復次第となる。このため、09年の中南米経済は極めて低い成長またはマイナス成長となり、10年に入ってから緩やかに回復に向かうと見込まれる(第2-2-43表)。
   しかしながら、人口規模の大きいブラジル等では内需拡大の余地も大きく、現在の世界的な景気後退下においても、中長期的な将来性を見越した資源開発や製造業への大規模投資に、欧米や中国企業等が相次いで参入している。さらにブラジルでは、景気刺激策の一環として実施された自動車減税により、09年に入って自動車販売が増加するなどの効果がみられ(20) 、今後の景気刺激策や金融政策次第では、内需を中心として回復時期が早まる可能性もある。
   一方、リスク要因としては、欧米を中心とする先進国においてレバレッジ解消の動きが長引き、中南米諸国への投資資金の流入が引き続き滞る可能性が挙げられる。また、中南米諸国では過去に債務危機や通貨危機が繰り返し発生していることから内外投資家の警戒感が強く、国際金融資本市場がリスクに対して回避的になっている現状では、政治・経済的混乱の発生が、急激な資本逃避やそれに伴う通貨や株価の下落といった金融市場の混乱につながる可能性もある。そのため、今後の政治情勢や景気悪化の速度と深さを十分注視していく必要がある。
   さらに、09年4月以降、メキシコを中心として新型インフルエンザの感染が広がっている。メキシコでは、企業活動の縮小や観光客の減少等によって実質経済成長率が下押しされる可能性が指摘されており(21) 、今後の感染拡大状況によっては、経済への一層の悪影響も懸念される。


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