第1章 変化するグローバルな資金の流れ |
第4節 サブプライム住宅ローン問題発生後の資金フローの変化
1.資産価格の調整とサブプライム住宅ローン問題の発生
●住宅価格の高騰と調整
2000年代におけるグローバルな資金フローの拡大は、低金利に加え、住宅ローン担保証券の普及といった住宅ローン市場の高度化等を背景に、欧米諸国における住宅市場への資金流入を加速させた。加えて、これらの国では旺盛な住宅需要も背景に、住宅建設が活発に行われるなど住宅ブームが発生し、住宅価格が大幅に上昇した(46) (第1-4-1図)。特に、アメリカ、アイルランド、英国、フランス、スペイン等では、住宅価格は2007年時点で2000年に比べ1.7〜2.4倍に上昇している(47)。2000年代における住宅価格の上昇率と経常収支との関係をみると、経常赤字が大きい国ほど住宅価格の上昇も大きいという正の相関がみられる(第1-4-2図)。この背景として、住宅価格の上昇が国内需要を高め経常収支の赤字幅を拡大させるとともに、他方で国内需要の増加を支えた海外からの資金流入が住宅価格の上昇を加速させるという双方向の要因が考えられる。
しかし、欧米諸国の多くで金融緩和局面から引締め局面に移行すると、長期金利の低下に歯止めがかかり06年頃からは金利が徐々に上昇に転じたことなどを受け、これまでの住宅ブームの調整が始まった。住宅販売が鈍化する中で住宅の販売在庫の増加圧力から住宅建設が減速するとともに、住宅価格もアメリカやアイルランド、英国等 では既に下落局面に移行している。
●サブプライム住宅ローンの延滞率上昇と関連金融商品の価格下落
アメリカの住宅ブームにおいては、住宅価格の上昇に対する過剰な期待や証券化等の金融技術の発展等を背景に、サブプライム住宅ローンの貸出しが急速に普及した。同時に、サブプライム住宅ローンを担保とする住宅ローン担保証券(RMBS)やRMBSを担保に再証券化したCDOへの投資も、高利回りを求める銀行や傘下のオフバランス運用機関(SIV)、ヘッジファンド等で広く行われた。
しかし、06年半ば以降、住宅価格の上昇が減速し始めると、住宅価格の上昇期待を前提に借入れを行っていたサブプライム住宅ローン保有者の中にローン返済を延滞するものが増え始めた(第1-4-3図)。特に、住宅ローンの貸付機関における融資基準の弛緩や一部の詐欺的な貸出しも影響して、06年以降に貸し出されたサブプライム住宅ローンの延滞率が急上昇した。
サブプライム住宅ローンの延滞率の上昇は、それを担保に証券化されたRMBSやCDOの損失懸念を高め、それらの格付けの大幅な引下げともあいまって、RMBSやCDOの急速な価格下落をもたらした(第1-4-4図)。特に格付けの低いメザニン格証券の価格下落が顕著であるが、格付けの高いシニア格証券についても大幅な価格下落が生じた(48)。これらのサブプライム住宅ローン関連の証券化商品は、価格下落や格付けの引下げの結果、需要の急速な冷込みを受けて市場流動性が悪化し、市場での価格形成が困難となったため、金融機関等が保有する関連商品の損失がどこまで拡大するか不透明感が増大した。
●短期金融市場における流動性リスクの高まり
サブプライム住宅ローン関連の証券化商品の価格下落は、金融機関のバランスシート上での評価損の発生に加え、その金融機関が信用供与契約を提供するオフバランス運用機関の資金繰り悪化等をもたらしたことから、こうした証券化商品を直接、間接に多く保有していた欧米等の金融機関で当座の流動性を確保する動きが急展開した。また、金融機関同士の取引における信用リスク(カウンターパーティ・リスク)が高まったことから、短期金融市場での銀行間の取引を躊躇する動きもみられた。さらに、後で述べるように、証券化商品市場全体に影響が波及する中で、金融機関同士の取引における担保として活用されてきた政府支援機関(Government Sponcered Enterprises:GSE)の資産担保証券も価格下落が生じたため、金融機関の資金調達能力を著しく低下させることになった。こうしたなかで、銀行間取引における流動性が不安定化し、短期金融市場における金利スプレッドが拡大した(第1-4-5図)。
サブプライム住宅ローン問題に端を発した金融資本市場の混乱が続く中、国際的に金融取引の基準指標として利用されているLIBOR(London Inter Bank Offered Rate)については、その信頼性をめぐる議論が生じている。LIBORとは、ロンドンの短期金融市場における銀行間取引において、銀行が短期資金を調達する場合に、資金の貸出し側から提示される金利を指す。一般的には、英国銀行協会(British Bankers’Association:BBA)が午前11時の時点で複数の銀行から調達金利(the rates at which they could borrow “reasonable amounts” in a particular currency and maturity )の報告を受けて集計した平均値(BBALIBOR)を公表しており、それをLIBORと呼んでいる。LIBORは、金融取引の基準指標として、住宅ローンから企業貸出まで幅広く貸手である金融機関の金利に影響を及ぼすため、消費者や企業にとってはその信頼性は重要な問題である。
コラム:金融資本市場の混乱とLIBOR
07年夏の金融資本市場の混乱以来、銀行間における借入れコストは上昇しており、 LIBORについても、信用危機を背景に一時的に調達金利が上昇する場面がこれまでに何度かみられた。しかしながら、LIBORについては、金融資本市場の混乱以降、その不規則な動きから必ずしも実態が正確に反映されていないとの見方がある。そうした理由の一つとして、国際決済銀行(BIS)や一部の報道機関等では、BBAに調達金利を報告している一部の銀行が、金融資本市場の混乱の中で、資金調達に困難が生じているとみられることをおそれ、調達金利を低めに報告している可能性があることを指摘した。
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銀行間取引レートのスプレッドは、07年7月以降でみると、以下の3つの時期において大幅な拡大がみられた。最初は07年8月で、サブプライム住宅ローン関連証券化商品の価格下落の影響を受けたヨーロッパ系大手銀行傘下の投資ファンドが新規募集・解約の凍結を発表したのを機に、証券化や投資主体のオフバランス化等の普及を背景に、金融機関が抱えるサブプライム住宅ローン関連の損失の規模や所在に対する不透明感が増したことが影響した。次は、同年12月で、サブプライム住宅ローン関連証券化商品の価格下落が勢いを増す中で、大手金融機関の損失計上が相次ぎ、さらに越年資金の需要の高まりも加わって流動性のひっ迫感が強まったことが影響した。そして、08年3月には、サブプライム住宅ローン問題の影響が金融資本市場全体に波及する中、米系大手証券会社の破綻懸念が高まったことで、複雑な取引関係を背景にその影響が広く波及することへの警戒感が広がり金融機関全体に信用リスクが高まったことが影響した。
こうした状況に対する各国の金融当局の取組については、第2章で詳述するが、中央銀行による短期金融市場への流動性供給において、通常よりも長い期間での資金供給や貸出しに際しての適格担保の範囲拡大、資金供給の対象機関の拡大等、新たな流動性供給の仕組みを導入しつつ対応を強化した。また、流動性供給の効果を高めるべく、欧米の5中央銀行による協調措置もとられた。その中で、ヨーロッパにおけるドル資金の需要に対応するため、FRBはECB及びスイス国民銀行との間でスワップラインを設置してドルを供給し、両行がヨーロッパ市場でドル資金の供給を行うといった異例の措置も講じられた(49)。
これらの取組の効果もあって、流動性リスクは08年5月時点では3月時点に比べ比較的緩和された状態となっているが、銀行間取引レートのスプレッドは平常時よりは依然として大きい状態が続いている。このように、サブプライム住宅ローン問題による金融資本市場の混乱が発生して以降、短期金融市場における流動性リスクは大きな変動を伴いながらも一貫して高水準で推移している。
●金融機関の損失拡大と信用収縮不安
サブプライム住宅ローン問題の発生以降、金融機関における流動性リスクだけでなく、サブプライム住宅ローンに関連する評価損や貸倒引当金等の計上によって、金融機関のバランスシートが悪化し信用リスクが高まった。こうしたなかで、金融機関の中には不動産向けの貸出し等を中心に貸出し基準を引き締める動きもみられている(50) 。
サブプライム住宅ローンに関連する損失は、欧米金融機関を中心に拡大しており、08年5月時点で、アメリカとヨーロッパの金融機関でそれぞれ約1,500億ドルずつ損失が計上されている(第1-4-6図)。一方、日本等その他の地域における金融機関の損失は今のところ限定的である。ただ、欧米金融機関の自己資本は、個々の金融機関によって違いはあるものの全体としてみれば、発生した損失額と比べて十分な規模であることから、これまでの損失計上によって全般的に融資額自体が大幅に圧縮されるといった深刻な貸し渋りが発生するという状況ではないと考えられる。
また、多額の損失を計上した金融機関においては、早急に資本増強を図る動きもみられている(第1-4-7表)。主要金融機関における主な資本増強策をみると、増資の規模は損失額に概ね見合っており、中には損失額を超えるものも存在している。こうした欧米金融機関の速やかな対応は、今回の問題に起因する信用収縮圧力を緩和する効果をもつとともに金融資本市場の安定化にも寄与したと考えられる。実際に、欧米金融機関の株価は、07年の問題発生以降大きく下落し、金融機関のCDSスプレッド(51) も拡大したが、08年第1半期決算の発表時は巨額な損失計上にもかかわらず株価の大きな変動はみられず、CDSスプレッドは3月中旬以降むしろ低下している(第1-4-8、9図)。前述のとおり、3月中旬には、米系大手証券会社の破綻懸念が高まったが、その救済買収に当たりニューヨーク連銀によってノンリコースローン形式で290億ドルの特別融資が行われた。このように、金融当局がデフォルトリスクを負う形で緊急救済措置がとられたことで、金融資本市場に一定の安心感が広がった可能性も考えられる。ただし、IMF(2008a)が指摘するように、個別の金融機関の中には今後の決算報告において追加損失が発生するなどの状況変化によって、株価が下落に転じたり、さらなる資本増強が求められる可能性も否定できない(52)。
こうしたなか、現段階では、金融機関による信用収縮の懸念はまだ完全には払拭されていない。金融機関の自己資本比率は、傘下のオフバランス運用機関(SIV)の資金繰り悪化を背景に運用資産の買取りを迫られたことなどによって意図せざる資産の拡大がみられたことや、サブプライム住宅ローン問題に絡む損失発生によって、07年まで低下傾向がみられたが、08年1〜3月期には商業銀行では上昇し、投資銀行も横ばいとなった(第1-4-10図)。今後、金融機関において、自己資本比率の回復を目指す動きやレバレッジを解消する動きが進めば、追加損失の発生による自己資本の毀損が低く抑えられたとしても、資産圧縮へのインパクトは増幅される可能性もある(53)。金融機関における損失発生状況やそれを受けた自己資本の毀損、レバレッジの動向等には引き続き注視が必要である
こうした金融機関による信用収縮懸念に加え、金融資本市場における信用リスクが見直された結果、投資家は資金を株や社債といった比較的リスクの高い商品から国債等の安全資産にシフト(いわゆる「質への逃避」)させたため、株価は下落し、格付けの低い社債等を中心にスプレッドが拡大した(第1-4-11、12図)。このことは、企業の株式や債券等の発行による資金調達がより困難になるに伴って、金融機関による貸出しへの依存を高めることを意味しており、金融機関の財務状況の変化による企業の資金調達に与える影響がより高まっている可能性を示唆している。
●金融資本市場全体への波及
サブプライム住宅ローンというアメリカの住宅ローン市場の一部で始まった今回の危機は、投資家心理の冷え込みや複雑な信用取引の連鎖等を通じて、金融資本市場全体に幅広く波及した。その主な波及経路は以下のものが挙げられる。
(i)証券化商品全体に対する信頼低下
サブプライム住宅ローンに関連したRMBSやCDOの価格下落は、原資産に対する信頼の低下だけでなく、証券化によるリスク分散効果そのものに対する評価の見直しや証券化商品の格付けに対する疑念ももたらした。その結果、サブプライム住宅ローンとは関係のないプライム住宅ローンや商業不動産向けローン、企業向け貸出し等を原資産とする証券化商品についても、原資産自体のパフォーマンスには大きな問題がないにもかかわらず、証券化商品への投資が手控えられ、価格が下落するなど影響が波及した。
特に、ファニー・メイやフレディ・マックといった政府支援機関(Government- Sponsored Enterprises)が発行した証券化商品は、もともとはリスクの低い安全資産として位置付けられ、金融機関同士の取引における担保としても活用されてきたが、投資家の証券化商品に対する慎重な態度やGSEの財務状況の悪化等を反映して、08年に入って急速に需要が落ち込んだ。GSE発行のRMBSの国債金利に対するスプレッドは08年2月以降急速に拡大したことから、担保価値の低下によって金融機関の資金調達能力が低下するなど、大きな影響をもたらしたと考えられる(第1-4-13図)。
(ii)LBO市場への資金流入の縮小
サブプライム住宅ローン問題の影響は企業向けローン市場にも波及し、特に高利回り・高レバレッジのローン(レバレッジド・ローン)市場において資金流入の縮小がみられた。
近年、レバレッジド・バイ・アウト(LBO)(54) 向けの融資が拡大してきたが、その背景にはサブプライム住宅ローンと同様のビジネスモデル(Originate-to-Distribute Model)に基づき、レバレッジド・ローンのセカンダリー市場における転売もしくは証券化の進展があったと考えられる。また、借手における財務指標に係る目標水準の維持等の財務制限条項が緩和されたローン(コベナンツ・ライト)が普及するなど、融資基準の緩和もLBO融資の拡大を後押ししたとの指摘もあり、一部にリスク評価の緩みがみられた点もサブプライム住宅ローンと類似している。
このため、サブプライム住宅ローン問題が発生すると、投資家はLBO融資におけるリスク評価も見直し始め、セカンダリー市場におけるレバレッジド・ローンの取引やその証券化商品であるCLO(Collateralized Loan Obligations)への投資を手控える動きが広がった。これによって、レバレッジド・ローンの転売価格等が下落し、LBO融資に多くかかわってきた金融機関において損失を膨らますことになったため、サブプライム住宅ローン問題をさらに複雑かつ深刻化させる要因となっている(第1-4-14図)。また、LBO融資を手控える動きが広がるにつれて、M&A件数も減少するなど、これまで活況を呈していたM&Aブームの停滞ももたらしている。3月後半以降はレバレッジド・ローンの価格指数は持ち直しているが、信用リスクの高まりによって再び下落に転じる可能性もあるため、引き続き注視が必要である。
(iii)モノラインの格下げを通じた地方債市場やCDS取引市場への波及
サブプライム住宅ローンは、様々な主体がかかわる中でリスクを広く分散して保有することで普及したが、その信用補完の重要な役割を担ったのが最高格付けを保持してきたモノラインと呼ばれる金融保証専門会社である。モノラインは、地方債を中心に保証業務を行ってきたが、1980年代半ば以降、RMBSやCDOといった証券化商品の保証業務にも進出した。06年末時点で、モノラインによる保証残高は全体で2兆2,000億ドルに達し、そのうち60%が地方債等の公的債券の保証であったが、証券化商品の保証も全体の26%である6,000億ドルに及んでいる(55)。証券化に際して高格付けのモノラインから保証を得ることは、証券化商品の発行コストの低下、市場流動性の向上、さらには商品自体の格付けの上昇等のメリットがあったと考えられる。
しかし、サブプライム住宅ローンの延滞、デフォルトが増え始めると、証券化商品の保証引受けによってモノラインにも損失が及ぶ懸念が高まった。Smith and Green(2008)が行った07年9月末時点における大手モノライン5社の証券化商品の保証引受残高とその予想損失の推計をみると、RMBSの保証引受残高が1,055億ドル(うちサブプライム住宅ローン関連が240億ドル)、CDOの保証引受残高が968億ドルとなっており、それによる予想損失(税引後)はそれぞれ77億ドル、110億ドル、合計187億ドルとされている。この損失額はモノラインのリスク調整後余裕資本(07年12月末150億ドル)を超過する規模であったことから、07年末以降、格付け会社によるモノラインの格下げ懸念が高まり、実際、一部の大手モノラインで格下げが行われた。
モノラインの格下げは、投資家の証券化商品離れをさらに加速させるだけでなく、証券化とは関係のない地方債や社債等、モノラインが保証していた金融商品にも影響が波及することとなり、それらの格付けの引下げや価格下落が懸念されるようになった。特に、地方債の格下げは、地方政府の資金調達コストを上昇させるだけでなく、地方債を保有する金融機関においてもさらなる損失を発生させ、金融機関の信用収縮をもたらす可能性を高めることになる。IMF(2008a)の試算によれば、モノラインの格下げの程度によるものの、それにより金融機関が被る損失は600〜900億ドルに達すると推計されている。
また、モノラインはCDS取引市場において、ヘッジファンドと同様に、プロテクションの売り手として役割を担ったが、モノラインの格下げや財務状況の悪化等によって、そのプロテクションの価値の低下をもたらし、買手のバランスシート上でCDS取引の評価減計上につながった。
このようにモノラインの格下げや財務状況の悪化は、証券化市場を越えて様々な金融市場に混乱を広げることとなった。このため、モノライン問題が顕在化し始めると、米政府当局や金融機関も協調してモノラインの救済に乗り出し、資本増強や証券化商品の保証業務の分離等の対策が進められている。