目次][][][年次リスト

第1章 変化するグローバルな資金の流れ

第1節 グローバルな資金の流れとその特徴

2.主要国・地域の資金フローの特徴

  拡大するグローバルな金融資本取引の特徴をより詳細に考察するため、主要国・地域の資金フローについて掘り下げてみることとする。

●アメリカ:厚みのある金融資本市場への資金流入


  アメリカについては、世界最大の債券市場及び株式市場を持ち、経常赤字の拡大を背景に2000年代に資金の純流入が大幅に増加していることをみたが、流出と流入の動きを別々にみても、それぞれ振れを伴いながらともに増加傾向で推移している。特に対内投資(6)は、近年はGDP比でみて15%程度と高水準になっている(第1-1-8図)
  対内投資の推移を投資形態別にみると、債券投資による流入が2000年代に大幅に拡大している(付図1-1)。アメリカの債券市場は、米国債以外に、資産担保証券や社債等民間部門の債券についても、多様なリスク・リターン特性を有するものがそろい、前述のとおり規模も世界最大であるなど、厚みのある市場となっているため、海外の資金が大量に流入していると考えられる。また、02〜03年にかけて国防費の増加等によって財政収支赤字が拡大したことも債券投資の流入増の背景として挙げられる。近年では、海外から銀行融資等の増加を背景にその他投資も拡大している(7)が、直接投資や株式投資による流入はITバブル崩壊後に縮小したままその規模はそれほど増えていない。一方、対外投資は、銀行、非銀行部門の資金流出を背景にその他投資が増加しているほか、直接投資や証券投資も比較的安定して増加している。
  アメリカでは、資金の純流入が続いているにもかかわらず、対外純負債の規模はGDP比でみて横ばいで推移している。実際に、90年以降の経常赤字の累積額と対外純負債残高を比較すると、2000年代に入ってその差が顕著に開いており、06年末時点で対外純負債残高は累積経常赤字額の5割弱にとどまっている(第1-1-9図)。この要因として、アメリカが保有する対外資産の時価評価額が上昇したことなどが挙げられる。

●ヨーロッパ:金融セクターの世界的プレゼンスが増大


  ヨーロッパにおいては、英国、ユーロ圏ともに、2000年代初頭より対外投資と対内投資がともに増加している(前掲第1-1-8図)。投資形態別にみると、その他投資の増加が顕著であり、特に英国では名目GDPの3〜4割に及ぶその他投資の流出入が生じている付図1-21-3。近年、ヨーロッパの金融セクターは目覚ましい成長を遂げており、ヨーロッパのみならずアメリカ、アジア、中東等との間で幅広く資金を仲介する機能を担っている。実際に、ヨーロッパの商業銀行部門の資産規模や国際的な貸出残高は、アメリカを大きく上回って成長している(第1-1-10図)
  さらに、英国、ユーロ圏では、その他投資以外にも、債券投資や直接投資が流出と流入の双方向で増加している。その背景として、ヨーロッパにおいてもアメリカと同様に、社債等の従来の債券に加えて、資産担保証券等の新たな金融商品の発行・購入やクロスボーダーM&Aが活発化したことなどが考えられる(8)。なお、外貨準備については、英国、ユーロ圏ともにアメリカと同様、大きな増減はなくほぼ一定規模を保っている。
  対外ポジションについては、このところ対内投資が対外投資を上回って推移したことから、対外純負債はやや高い水準になっている。対外資産、対外負債ともにその他投資に関連するもののシェアが大きいが、それ以外には直接投資、株式・債券投資がほぼ同程度のシェアを占めている。

●日本:対外資産は債券中心、対外負債は株式中心

  日本では、1981年以来、対外投資が対内投資を上回って推移しており、世界最大の純債権国の地位を維持している。対外投資及び対内投資のグロスの動きをみても、2000年代は比較的堅調に増加している(前掲第1-1-8図)
  対外投資については、03〜04年の為替介入によって外貨準備が増加したほか、債券投資を中心に増加がみられた(付図1-4)。銀行融資等のその他投資は、90年代後半以降、日本とアジアの双方における金融システムの動揺の影響から投資国からの資金回収が続いた(9)が、04年以降は再び流出に転じており、特に07年は大幅に増加した。こうした海外に対する貸出し増の背景の一つとして、海外投資家等による円キャリー取引等に伴う円資金需要の高まりが考えられる。
  対内投資については、近年、債券投資は安定して増加しているが、株式投資は流入幅が縮小している。その他投資は02年以降増加しているが、06年は邦銀の債務返済等によって対内投資は減少に転じた。直接投資の規模はほとんど増加しておらず低水準のまま推移している。
  対外ポジションをみると、アメリカとは対照的に、資金の純流出が続いているにもかかわらず、2000年代において対外純資産はGDP比でほぼ横ばいで推移している。ほかの先進主要国と比べて、対外資産に占める外貨準備及び債券投資のシェアが大きく、対外負債においては株式投資のシェアが大きいという特徴がみられる。

●アジア:経常黒字拡大を背景に外貨準備が増加、流入面では直接投資等が増加

  日本以外のアジア諸国については、アジア通貨危機が発生した1990年後半以降、対外投資が対内投資を上回って推移しており、中国等では顕著な増加がみられる(前掲第1-1-8図)。アジア諸国では、アジア通貨危機以降は経常黒字で推移しているが、自国通貨の増価を抑制するために為替介入を行った結果、外貨準備が増加している付図1-5、6、7)。特に中国では、05年までドルレートを固定していたため外貨準備の増加は顕著である。
  外貨準備以外の対外投資も2000年代は比較的安定して増加している。90年後半以降、NIEs等でその他投資を引き揚げる動きもみられたが、03年以降は流出に転じている。特に香港とシンガポールによるその他投資の増加は顕著で、アジアにおける金融センターとしての役割が増していることを示唆している。
  アジア諸国への対内投資では、直接投資が盛んであるが、近年はNIEsやASEANに対して株式投資や債券投資も増加してきている。その他投資については、アジア通貨危機時に多くのアジア諸国で海外の銀行による短期債務の引揚げが発生した。その後、03年にNIEsは流入超に転じたが、ASEANは06年時点でまだ流入超に転じていない。

●その他の新興国:外貨準備の急増、中東では債券等の対外投資も加速

  BRICs諸国については、いずれも外貨準備の大幅な増加がみられ、2006年末の対外資産に占める外貨準備の割合もおしなべて高い(前掲第1-1-8図付図1-8、9、10)。特に、インドでは、外貨準備を除く対外投資はそれほど活発ではなく、対外資産に占める外貨準備の割合は8割を超えている。一方、インドへの対内投資では、2000年代に入って、その他投資、直接投資及び株式投資がいずれも安定して増加している。ロシアでは、資金の流出入ともにその他投資や直接投資が増加しているが、株式・債券投資は低調に推移している。ブラジルでは、対外投資では直接投資が増加しており、対内投資では直接投資が2000年代に縮小したものの高水準で推移しているほか、その他投資や株式投資も近年増加している。
  中東では、2000年以降、原油価格の上昇等を背景に対外投資が大幅に増加している。投資形態別にみると、その他投資及び債券投資の顕著な増加がみられており、外貨準備の増加も加速している。対内投資については、その他投資が急増しているほか、直接投資も安定して増加している(付図1-11)

●主要国・地域間の資金フロー

  次に、国・地域間の資金フローを俯瞰してみたい。これまで各国の投資収支に基づき、近年、欧米、アジア(特にNIEs)、中東等でその他投資にかかる取引が増加していることをみた。そこで、まず2006年末の主要国・地域のBIS報告銀行(10) による国際与信残高(11) に基づき国・地域間の取引状況をみることにする。世界の国際与信においてはヨーロッパの銀行のプレゼンスが大きく、中でもユーロ圏内及び英国・ユーロ圏間の与信やアメリカ向けの与信が盛んであり、日本、アジア向けの与信も欧米向けほどではないものの多く行われている(第1-1-11図)。加えて、ヨーロッパからオフショア市場への与信も相当程度行われており、世界から受け入れた資金がヨーロッパの銀行を通してオフショア市場に籍を置く金融機関等に還流していることがうかがわれる。

  一方、アメリカの銀行は、ヨーロッパ向けのほか、アジア向けの与信が多いのと比較して、日本向けの与信は低水準にとどまっている。日本の銀行については、欧米への与信は多いが、アジア向けの与信はそれほど増えていない。なお、日本からオフショア市場への与信額はヨーロッパの銀行ほどではないが比較的高水準となっており、オフショア市場に籍をおく金融機関等が低金利の円による調達を進めたことが背景としてあると示唆される(12)
  各国のBIS報告銀行がそれぞれどの国・地域から資金調達しているのかを把握する公表データがないため、世界のBIS報告銀行の合計でみてどの国に対する負債を増やしているのかをみたい。第1-1-12図をみると、2000年代以降、ユーロ圏、英国、アメリカに対する負債が急速に増加していることに加え、オフショア市場に対する負債も顕著に増えている。また、アジアではNIEsに対する負債も増加しているほか、04年以降は中東に対する負債も増加し、07年には5000億ドルに達している(13)。一方、世界の合計でみた銀行の資産については、ユーロ圏への資産のほか、アメリカ、英国向けの資産が増加する一方、NIEs、中東への資産はその国からの負債に比べて低い水準にとどまっている。このため、銀行との取引において、ユーロ圏やアメリカでは純流入、アジア(特にNIEs)や中東では純流出となっている。
  次に、国際通貨基金(以下、IMFという。)が公表している国・地域間の証券投資残高(債券・株式の合計)をみると、銀行与信と同様に、ユーロ圏・英国とアメリカ間の投資が双方向で盛んに行われているほか、日本と欧米間の投資やアジアと欧米間の投資も比較的高水準であることが分かる(14) (第1-1-13図)。また、欧米や日本からオフショア市場への投資も大幅に増加しており、その資金の多くが欧米やアジアに還流している。そうした中、日本とアジア間の直接の資金フローは細く、オフショア市場を介した日本向けの投資もほかと比較して低水準にとどまっている。

●小括


  これまで考察してきた2000年代における世界の資金フローを整理すると、以下の点が主な特徴として挙げられる。
  まず一つめの特徴として、グローバル・インバランスの拡大の中で、中国等のアジア諸国や中東からアメリカへの資金の純流入が増えたことが挙げられる。特に、アメリカでは国債や社債、資産担保証券等の債券投資の流入が増える一方、新興国では外貨準備の大幅な増加のほか、その他投資や債券投資等、国によって形態は異なるものの資金流出が増えていることをみた。
  通常の経済理論に基づけば資本の豊富な先進国から資本の稀少な新興国に資金が流れると考えられるが、2000年代はその逆の資金フロー(up-hill capital flow)が生まれた。その要因については様々な議論がある。主なものを挙げれば、(1)それぞれの国の貯蓄・投資バランスの変化の中で、特にアジアや中東では近年の経済成長や資源価格の上昇を背景に所得水準が向上する一方、国内支出が相対的に伸びなかったため大きな貯蓄が発生したとする考え方(Global Saving Glut論(15) )、(2)金融資本市場が先進国、新興国の双方を包含する形でより統合され、国際間の資金フローが活発になる中で、より発達した金融資本市場を有するアメリカ等に資金が流入したとする考え方(16)、(3)新興国(特にアジア)によって輸出主導の経済発展が志向され、ドルに対して固定的に為替レートが管理された結果、積み上がった外貨準備の運用のためにアメリカのドル資産に資金が流れたとする考え方(Revived Bretton Woods論(17) )、等である。これらの考え方は相互に排除するものではなく、むしろ密接に関係していると考えられるが、いずれもこうした資金フローの背景を構造的なものととらえており、循環要因のみによって新興国からの資金フローが大きく変わるとは考えていない。以下の第2節では、主要国の貯蓄・投資バランスの変化を中心に資金フローの背景について考察する。
 もう一つの特徴として、アメリカ、ヨーロッパにおける国際金融取引が急速に拡大し、世界全体を包含する形で活発な信用創造がもたらされたことである。ユーロ圏、英国及びアメリカの3地域間の資金フローの拡大は顕著であるが、それらの地域と新興国との金融面での結び付きもより強固になっている。これらの国では、債券市場や株式市場の発達によって世界中の資金調達及び資産運用の場となるだけでなく、証券化商品やデリバティブ商品等新たな金融商品の普及によって、信用リスクの効率的な分散が可能となり、金融仲介機能や信用創造機能が向上したため、金融資本取引が活発化したと考えられる。他方、日本は経常黒字の下で資金供給国であり続けたが、アメリカ、ヨーロッパとの資金フローは拡大したものの、アジア諸国を含め新興国との資金フローは欧米に比べて低水準にとどまっている(第1-1-14図)


目次][][][年次リスト