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第1章 物価安定下の世界経済

第2節 原油価格高騰下での世界的物価安定持続の要因:The Great Moderation?

3.マクロ経済政策運営の変化と期待インフレ率の低下

 物価安定の背景には、マクロ経済政策の変化もあると考えられる。70年代に物価高騰に見舞われた先進国は、それを教訓として、80年代に入るとマクロ政策運営においても物価安定を重要な政策課題とするようになり、期待インフレ率も低下していった。

●期待インフレ率の低下
 主要国の期待インフレ率は低下している。期待インフレ率について比較的中長期でデータを取得できるアメリカ(GDPデフレータ)及び英国(消費者物価)についてみると、アメリカでは、70年代から80年代初頭にかけて、一次産品価格の上昇を受け期待インフレ率は大きく上昇した。また、英国では、80年代央から90年代初頭にかけての不動産を中心とした投資ブームもあり、期待インフレ率は高水準で推移した。
 しかし、アメリカでは80年代初以降、英国では80年代半ば以降、期待インフレ率は徐々に低下し、その後安定的に推移している。特に、04年以降は原油価格が大幅に上昇しているにもかかわらず、期待インフレ率は低水準を維持している(第1-2-7図)
 期待インフレ率の低下の背景は、様々な要因があると考えられる。既にみたグローバル化や企業の価格設定行動の変化は、人々の期待インフレ率を抑制する効果を持つと考えられ、また、期待インフレ率が安定していることは、企業や労働者の賃金・価格設定を抑制させる効果を持つという相互関係も考えられる。こうした企業や家計の行動のほか、以下にみるマクロ経済政策運営も期待インフレ率の低下に寄与したと考えられる。

●より緊縮的な財政政策
 90年代は、先進国のみならず、途上国でも財政バランスの改善した国が多くなっている。先進国では、アメリカにおける成長やヨーロッパにおける財政赤字削減の動き等により財政赤字が改善し、GDP比でみたプライマリーバランスは70年代から80年代平均で▲0.1%であったが、90年〜02年平均では2.8%とプラスに転じている(第1-2-8表) (8)
途上国、特にアフリカ、ラテンアメリカ等多くの国でも、財政バランスは改善しており、緊縮的な財政政策が物価安定に寄与したと指摘されている。

●将来のインフレ期待を重視した金融政策運営
 70年代におけるスタグフレーションの背景には、70年代初めのドルと金の交換停止(ブレトン=ウッズ体制の崩壊)後、新たな変動為替レート制の下で各国が拡張的な金融政策をとったことがあった。その後、70年代から80年代にかけての世界的なインフレーションの経験を踏まえ、各国の中央銀行は、80年代に入り金利水準の変更という政策手段により為替レートを中間目標、物価安定を最終目標とする金融政策を採用するようになった。
 一方で、中央銀行に対する政治的圧力の影響もあり、金利政策は“too little, too late" となる傾向があったとの指摘もある(9)。この点については、80年代半ば頃から90年代にかけて、第3節でみるように、世界的に中央銀行の独立性に対する関心が高まり、国によっては独立性向上のための法改正等が行われた。また、将来のインフレ率に対する予想(期待インフレ率)を重視した先見的(forward looking)な金融政策運営が行われるようになり、期待インフレ率の抑制、安定化に寄与したと考えられる。


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