第1章 物価安定下の世界経済 |
第2節 原油価格高騰下での世界的物価安定持続の要因:The Great Moderation?
2.経済構造、企業の価格設定行動の変化
90年代後半以降における世界的な物価安定の背景として、次に、企業の価格設定行動の変化、グローバル化、規制緩和及び技術進歩等をみる。企業は、グローバルな競争等により、コスト上昇圧力があっても価格に転嫁しにくい状況になっている。●安定的な動きが持続する賃金上昇率
主要国について、労働市場の需給状況と賃金上昇率の関係を示す、いわゆる伝統的な(期待要因を含まない)フィリップス曲線をみると、70年代から80年代前半頃までは、失業率が低下すると賃金が上昇するという関係が欧米を中心にみられていた(第1-2-3図)。また、70年代には、多くの国で何らかの要因により物価が上昇すると期待物価の上昇等を通じて賃金も上昇するという賃金と物価のスパイラル的な上昇がみられた。
しかし、80年代初には、賃金と物価のスパイラル的な上昇は沈静化した4。また、80年代半ば頃からは、国によって程度の差はあるものの賃金上昇率は低下し、フィリップス曲線が下方にシフトするとともに、より水平となっている。
すなわち、労働市場の需給状況や物価上昇率の動向が賃金に及ぼす影響は以前より低下し、賃金の上昇によるホームメードインフレを引き起こすようなことはなくなっていることが分かる。
●企業の価格設定行動の変化とグローバル化の進展
次に、主要国の単位労働コストをみてみよう。アメリカ、ユーロ圏、いずれにおいても、90年代半ば以降賃金の伸びが安定する中で、単位労働コストの伸びもおおむね落ち着いた動きとなっており、一次産品価格が高騰し始めた03年秋以降も依然抑制された動きとなっている(第1-2-4図)。
また、単位労働コストの変動を、製造業についてみると、製造業における生産性上昇が全産業より相対的に高い状況が続く中で、製造業の賃金は相対的に抑制されており、単位労働コストは全産業と比べ低い伸びとなっている。例えば、アメリカの製造業は年によっては賃金上昇率が高くなっているが、生産性上昇に見合ったものとなっており、単位労働コストは抑制されている。
日本については、過剰雇用が続く中で単位労働コストの減少が続いていたが、やはり製造業において、相対的に抑制された傾向がみられている。
製造業の単位労働コストの上昇がより抑制されている背景には、中国を初めとする途上国における供給力拡大により、製造業を中心に各国企業の世界市場におけるグローバルな競争が高まり、コスト上昇圧力があっても企業がそれを価格に転嫁しにくくなっていることが挙げられる。また、グローバル化の中で、企業のみならず消費者も世界中のより安価な調達先にシフトすることが可能であるという事実が、製品供給者である企業にとって価格低下プレッシャーとなっているとの指摘もある(5)。
世界貿易の動向をみると、世界全体の輸出に占めるアジアや途上国の比重が増大しており、特に中国が着実にシェアを高めている(第1-2-5図)。
また、グローバルな競争は、財市場のみならず労働市場にも影響を及ぼしている。例えば、ヨーロッパでは国境を越えた労働者の移動が以前より容易になっているほか、企業は生産拠点の見直しやサービスのアウトソーシングを進めている。アウトソーシングは、実現した場合はもちろん、そうでない場合でも、その潜在的圧力により多くの先進国において労働者や組合の企業に対する交渉力を低下させる効果を持っている(6)。
●市場の自由化、規制緩和
独占による超過利潤は財・サービスの価格を高止まりさせる効果を持つ。通信、運輸等の分野における経済的規制は、そもそもは規模の経済に起因する自然独占への対応策等として策定された。こうした規制は、上限価格の設定等により一定の目的を果たしたものの、需要規模拡大や技術進歩を背景に、自然独占から潜在的に競争的な産業に変化していき、各国の政策は規制を緩和して自由競争を促進させる方向へと傾いていった。
例えば、ユーロ圏では98年に通信業の規制緩和が行われた。消費者物価(通信業)は、もともと技術革新等により消費者物価総合と比べ上昇率が抑制されていたが、規制緩和後しばらくは、価格がより引き下げられていたことが分かる(第1-2-6図)。また、OECD(経済協力開発機構)の分析によると、市場において競争の程度が弱く、かつ規制が強いほど賃金が高くなることが明らかにされており、このことは特に製造業において強くみられるとしている(7)。