第I部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 中国経済の持続的発展のための諸課題
中国が真の「小康社会(それぞれが自らのために働くことによって最低限の生活水準が確実に保証された上でややゆとりのある生活を営むことができ、かつ所得分配上の不平等もある程度是正されている社会)」の全面的な実現(85)を目指し、これまで以上に長期的視点から構造問題の解決に着実に取り組むことを通じて内外共にバランスのとれた社会の構築を推進することは、単に中国だけのためでなく、日本を含め世界経済全体に資するものと考えられる。
「改革・開放」以降、計画経済から市場経済に方向転換してわずか四半世紀にして今日の地位を築きあげた中国は、諸外国にとってある意味「脅威」と捉えられる側面もあるだろうが、むしろ、潜在的な巨大市場を抱える「チャンス」であるといってよい。それだけに中国の健全な経済発展が世界経済全体としても望まれるが、そのために解決すべき課題も多い。
まず、本章前半で取り上げた人民元問題は、本来一国の内政問題であるはずの為替制度の選択が国際問題化しているところに、中国経済の世界経済に対する影響の大きさや注目度の高まりがうかがわれる。実際、近年の世界経済の動向はアメリカと並んで中国に左右されているといっても過言ではなく、中国経済が今後も引き続き持続可能なペースで拡大を続けられるか否かについて、世界中の注目が集まっている。
中国が今後目指していく姿とはどのようなものであろうか。これまで、中国はどちらかというと外部依存型の政策をとってきた。すなわち外資を優遇し、大量の直接投資を呼び込むことによって輸出主導型の高成長を達成することに専ら力を入れてきた。これは小平以来の「先富論(まず沿海部等の一部の地域が先に豊かとなり、後に先行した地域が相対的に貧しい地域を支援し、引き上げる)」と呼ばれた経済拡大路線を実現するための手段として容認されてきた。しかし現政権下では広がり過ぎた格差の是正等への配慮も示されつつある。
その背景としては、あまりにも国全体としての拡大を優先し過ぎたために所得格差(沿海部と内陸部、都市部と農村部、そして都市部内)が急激に拡大したことが、中国社会にとって攪乱要因となりかねないということがある。2005年の全人代において「三農問題」が異例なほど大きく取り上げられた背景の一つとしてはそうした事情があると言えよう。
また、将来の持続的な成長を担保するためには、一層の市場経済化の徹底も不可欠であり、そのためには第3節でみたように、第一に、計画経済時代の負の遺産ともいえる国有商業銀行及び国有企業の経営効率化を徹底して推進する必要がある。この問題は改革・開放以来の懸案でありながら、いまだに抜本的な解決には至っておらず、かつ常に雇用問題や社会保障制度問題等と隣り合わせであることから、改革の着実な実行が重要である。
そのほか、中国経済の市場経済化を促すものとしてWTO加盟に伴って設定された段階的市場開放がある。これにより、農産品や自動車産業等、資本・技術集約的な分野の製品はより激しい競争にさらされることになる。こうした局面を大過なく乗り切っていくためには、人的資本の向上や、産業インフラ等を始めとした、成長の基盤となる部分についてもしっかりと足元を固めることが必要となってくるであろう。