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第I部 海外経済の動向・政策分析

第1章 中国経済の持続的発展のための諸課題

第3節 中国経済が抱える諸課題――市場経済化の徹底のためにー―

 中国の世界経済に占める割合が上昇するなかで、今後も世界経済活動の枠組みの中へ、より緊密な形で中国経済が組み込まれていくことが見込まれる。第2節で取り上げた人民元をとりまく環境変化もその大きな流れの中で理解する必要がある。
 中国経済の世界経済に向かっての開放が進むほど、競争圧力が高まり中国国内でも新たな緊張が生まれることが懸念される。中国では改革・開放路線に沿って市場経済的な競争の導入も進んできたものの、海外との自由競争を強いられる環境への対応にはある程度の時間がかかると考えられる。第2節でみたように為替制度の変更は避けて通れない課題となっており、新たに制度設計を行う際には中国国内における経済活動の実態をしっかりと把握し、それらへの対応も同時に準備する必要がある。
 こうした観点から重要な課題となるのは中国国内における国際競争に耐えられるような経済環境の整備である。中国経済はこれまで高成長を維持してきたものの、経済規模が拡大するにつれて従来の仕組みのもとでは効率性の問題が生じている。企業面からみれば国有部門の占める割合を縮小し、民間部門の活力を導入する必要に迫られている。WTOへの加入も自由競争の圧力の高まりをもたらしている。しかし銀行部門等をみると国有部門の比重が依然として高い中で不良債権問題も残っている。農業部門での非効率性は都市と農村との所得格差等の社会問題にもつながっている。さらにエネルギー関連設備等も含むインフラ不足という問題も成長制約要因として懸念されている。
 中国経済が世界経済に一体化して組み込まれ大国としての役割を果たすためには、このような成長制約要因を克服し、市場経済化を推進することが重要な課題となっている。

1.銀行部門改革―効率的な資金供給体制の確立―
 金融は「経済の血液」と呼ばれ、これを正常に機能させることは、市場経済下においては最も重要な要素の一つである。しかしながら、計画経済体制下の中国においては資金を循環させるのは財政の役割であり、金融部門が本来の役割を果たす仕組みにはなっていなかった。
 改革・開放後、本格的に金融制度の構築に着手してからわずか四半世紀と日が浅いこともあり、現在のところ国内金利は基本的に中国人民銀行によって決定され、かつ、市場そのものの厚みがないことから、金融政策の波及メカニズムが非常に脆弱なものとなっている。2005年3月の全人代の際にも強調されたとおり、今後は金融調節を含むマクロコントロールの強化によって景気を調節するという方針が示されていることから、健全な金融市場の育成は最重要課題といえよう。

(1)長年にわたり政策金融を担ってきた四大国有商業銀行
 中国の金融市場は、中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行、中国農業銀行の4つの国有商業銀行による寡占状態となっている。これら4行だけで全貸出しに占める割合は、6割5分(第1-3-1図) 程度、国有企業への融資額でみればその約8割程度を占めているが、これらの国有商業銀行は多大な不良債権を抱えている。これは、90年代半ばに至るまで、その設立の経緯により、長年にわたって政策金融の役割を担ってきたことが大きいものとみられる。
 そこで、まず、四大国有商業銀行の設立の経緯を概観したい。
49年の建国後から70年代末までの間は、中国はむしろ単一銀行制度(中国人民銀行に全金融機能を集中)の構築に尽力していた(63)
 しかし、78年末の改革・開放を契機として政策金融と商業金融の分離が始まった。80年代前半にかけ、中国銀行、中国農業銀行、中国建設銀行、中国工商銀行が相次いで設立され、「国家専業銀行」として94年に「中華人民共和国商業銀行法」が制定されるまでの間、商業金融と政策融資の双方を担っていた。現在においても行政機関の影響力は残存しており、とりわけ地方においてはかなり強いものとみられる。
 特に80年代半ば以降、市場経済化の進展に伴い政策金融の資金源が政府の財政資金から都市部住民による貯蓄に移行するにつれ、政府が国有企業に対して財政資金を直接支出するのではなく、国有商業銀行(当時は専業銀行と呼ばれた。)の経営をコントロールしつつ、国有企業に対して融資をさせることで資金を供給する形態が定着していった(64)。そしてこのような形でなされた融資の大半が、後に不良債権化することとなったのである。

●いまだ15 %を超える不良債権比率
 こうした状況に対し、中国政府は98年8月に、四大国有商業銀行へ計2,700億元の公的資本注入を行い、翌年99年にはAMC(金融資産管理公司)を4銀行各行に対して創設し(65)、合計1兆4,000億元の不良債権を銀行のバランスシートから分離した。同時に各AMCには100億元ずつ財政資金が注入された。その結果、不良債権比率(全貸出額に占める不良債権額)は低下傾向にあるものの、四大銀行全体の不良債権額そのものは依然高い水準(2004年末値、15.7兆元)にあることから、不良債権比率低下を意図して貸出を増加させているという指摘もあり、これらの動向をみるにあたっては注意を要する。

●自己資本比率は依然低迷
 なお、自己資本比率も低迷している。98年の多額の資金注入にもかかわらず、効果は持続せず、2003年末時点の中国銀行と中国建設銀行の自己資本比率はそれぞれ6.98%、6.51%とBIS基準(66)の8%を下回っている。

(2) 貸手・借手双方のコーポレートガバナンスの問題

●政府機関としての位置付けもある国有商業銀行
 (1)で述べたような設立経緯もあって、国有商業銀行を始めとした中国の金融機関は総じてコーポレートガバナンスが弱い。国有企業の安定的な資金供給源として、金融機関というよりはむしろ政府機関としての位置付けの色が濃いために、自身に利潤追求のインセンティブが弱い。リターンの低い国有企業に対する融資が多いことから、審査機能やリスク管理機能について改善すべき点は多い。

●借手の国有企業の経営も非効率
 国有商業銀行において多額の不良債権が発生した背景には、貸手の問題のみならず、主要な借手である国有企業の経営のあり方にも問題がある。詳細は次項で述べるが、国有商業銀行の主な借手である国有企業は、仮に赤字が生じても政府により損失補填されることが許容されていたために予算制約が緩く、大量の余剰人員を抱えつつ、経営効率性が低い状態で操業を続けている。これは雇用保険等の社会保障制度が未整備ななか、これ以上失業者を増加させない(67)ために、政策的見地から雇用維持を目的に当該企業を存続させざるを得ないという事情も背景にあるものとみられる。
 また、これらの国有企業が資金調達するにあたっては、間接金融に頼らざるを得ない構造となっている。証券市場が未整備な上に、労働分配率が政策的に高く設定されているために自己資本比率が低くなってしまっているからである。このため、企業の資金調達におけるリスクの分散が困難となっていることも、不良債権を増加させている要因の一つとされている。
 以上のように貸手、借手双方がリスクを回避する行動を繰り返した結果、いずれにおいても経営の効率化が大幅に遅滞しているものとみられる。

●今後の課題: コーポレートガバナンスの確立とリスク管理システムの構築
 WTO加盟に伴い2006年末までに地域制限及び顧客制限を撤廃するため、外資系銀行の参入が進展するものと予想されることから、国際競争に打ち勝つためにも、経営効率と収益性の改善・強化は必至となってくる。
 その一環として、コーポレートガバナンスの確立は最低条件である。国務院は2003年末、四大国有商業銀行のうち、中国銀行と中国建設銀行について、株式制銀行化を決定した。この決定により両行には総額450億ドルの資本注入がなされている。最終的には海外市場における上場を計画している。所有が国から他の主体へ移ることを通じて経営規律の向上を図ろうとしたものである。
 また金融監督機能の強化の観点から当局は2003年に中国銀行業監督管理委員会 (CBRC)を設立し、金融監督機能を中国人民銀行から分離し、監督の徹底を図っている。

2.国有企業改革―計画経済時代の負の遺産―
 国有企業改革は、中国経済を中長期的な視点でみたときに、政府最大の懸念事項の一つといえ、市場経済化の徹底化の成否を握る問題でもある。
 中国経済は固定資産投資が成長の半分を支えており、その固定資産投資を担っている主要な主体は国有企業であるといえる。しかし、2003年初めから固定資産投資は過熱が指摘されており、この背景には、実質金利がマイナスとなっていること等から、非効率な投資が行われている可能性が指摘されている。実際、投資効率をみると、90年代末以降低下傾向になっており、現在の投資の拡大ペースは持続可能的ではないともいわれている(第1-3-2図)

●国有企業改革の経緯
 国有企業は78年末の改革・開放以前は計画経済の下、「一国有企業=一社会」(68)と呼ばれ、中国経済のあらゆる機能(病院、学校等あらゆる生活面での機能をも含む)であり、国内総生産に占める国有企業の割合は90%以上であった。しかし、その後25年間にわたり市場経済化を進めてきた結果、非国有企業、外資系企業の台頭に伴って市場競争が激化するなか、全工業企業(国有企業と年間売上高が500万元以上の非国有企業)に占める国有企業の付加価値額の割合は年々低下してきており、2004年は42%程度となっている(第1-3-3図)(69)

 国有企業改革は、80年代には利潤上納制(70)から納税制への制度変更や請負経営責任制(71)の導入、独立採算制の徹底を図り経営の改善に努める一方で、国有制(72)はあくまでも維持されたままであった。しかし、経営改善は十分には改善されず、市場経済化の一層の進展に伴い、非効率経営を続ける国有企業を存続させることが政府にとって過度の負担(73)となってきた背景から、90年代以降、「抓大放小」(大型国有企業の国有制を維持し、中小国有企業の所有を自由化すること)理念の徹底がなされた。中小国有企業から先に民営化が進められた理由としては、当初から国有大企業に比べ中央政府の指導・監督からの距離が大きかったためと考えられる(74)。また、政府が重点的に取り組むこととされた分野は、軍事、自然独占、インフラ関連、ハイテクの4分野で(75)いずれも経済発展上の戦略産業であり、大企業でなければできないものばかりであったことも挙げられよう(76)
 また国が国有企業経営へ干渉することを断ち切るため、経営と所有の分離への取組が90 年代後半以降加速し、98 年には総理に就任した朱鎔基により、「20 世紀中に断行する」と宣言した三大改革の一つと位置付けられた。
 2000年以降、江沢民は2000年2月、「三つの代表」思想を提唱した。その後2004年3月の全人代において憲法改正案が上程され、三つの代表論はマルクス・レーニン主義、 毛沢東思想、トウ小平理論と並ぶ憲法上の存在となった(コラム参照)。2003年に胡・温体制になってからは、これまでの監督権限が分散した体制が国有企業経営の悪化をもたらしているとの認識のもとに、監督管理権限の集約を目的に国有資産監督管理委員会が設置された。また、公司法(77)に基づいて株式会社へ転換する政策がとられ、企業経営へのガバナンスの強化を目指している。
 以上のような取組を通じ徐々に、所有権と経営権は分離されつつあるが、経営に対する監督とガバナンス機能は十分ではなく、経営難に陥った国有企業に対するペナルティが不十分であることや、経営業績を上げた国有企業の経営者及び従業員に対するインセンティブの付与が極めて限定的であるといった問題がある。また、本来所有者である国家に帰属すべき利潤と資産が経営者によって私物化され、侵食される現象もみられており、経営者を選抜するメカニズムも依然確立できていないというのが現状である。

●根本的問題解決には課題は山積
 種々の取組にもかかわらず、必ずしも国有企業改革が進んでいるとは言い難く、国有企業のシェアは低下してきているものの、その進捗状況は決して芳しくない。国有商業銀行による貸出金の償却(債務帳消し)や中央・地方政府による貸出金の出資への転換(政府補助金)という手厚い保護のおかげで、ようやく累積的な悪化に歯止めがかかった段階である(78)。改革を進めるにあたり、下記のような課題が指摘されている。
 第一には前項後段でも述べたとおり、国からの経営・所有の分離の徹底である。
 第二には、余剰人員の整理の徹底と立ち遅れている社会保障制度等の整備である。問題の解決には、まず改革に伴うリストラによる雇用者の受け皿を作るための前提として、大型国有企業の受け皿となり得る中小国有企業の民営化を進めると同時に、新興の(中小)企業の育成を含め、民営企業の発展が不可欠である。温家宝総理は2005年1月、国務院常務会議において「国務院の非公有制経済の発展への奨励と支持に関する若干の意見」を提示し、可決された。ここでは「非公有制経済に対する平等な競争環境、法治制度、政策環境、市場環境の提供や、非公有制経済の発展を奨励、支持、指導する政策措置を実施する」ことの必要性が指摘され、これまで国有企業に比べ待遇に差のあった民営企業を同等に扱うこととなった。今後の中国経済を担う民営企業にとって、この政府の方針の明確化は大変意味のあるものである。
 しかしながら、一方で経営効率化のために大規模なリストラが実施された場合、一層の失業問題の深刻化が懸念される。就業割合の推移をみても、国有企業就業者は低下したとはいえ、依然50%近くとなっている(第1-3-4図)。それに加え、民営化された場合、多くの定年退職者が老後の生活保障を失うことが予想され、現状では社会保障制度全般にわたって整備されていないことを踏まえると、深刻な社会不安を引き起こすおそれがある(79)
 こうした状況の改善なくしては、改革は政府の思惑通りには進まず、市場経済化を推進していくにあたって大きな足枷となるであろう。

3.WTO加盟と貿易の変化

 2001年12月、中国はWTOへの加盟を果たした。中国がWTOの加盟を目指した背景には、78年末からの改革・開放による市場経済化を加速させ、国有企業、金融制度の行政機構の改革(三大改革)を進めるねらいがあった。また、WTOの紛争処理メカニズムを活用し、他国による不公正貿易処置を撤廃させることも目的の一つでもあった。

●WTO加盟に伴う公約と履行状況
 WTOに加盟したことで、中国は財市場だけではなく、金融市場やサービス等、あらゆる分野での市場開放を促進するための公約を加盟各国との間で締結した(第1-3-5表)
 関税は2010年までに公約を達成することになっているが、2005年時点で全体の輸入関税は9.9%と、目標としている9.8%にほぼ近づいた。また、非関税措置については最後に残っていた自動車における輸入割り当て制度が2005年1月に廃止されたことにより、WTO協定に整合しない輸入制限措置はすべて廃止された。
 サービス分野は中国国内のサービス産業が立ち遅れていたことや、市場経済への移行過程における体制上の諸問題から、サービス市場の開放に中国は慎重であったが、WTO加盟の公約に基づき市場開放を加速させている。これまでのところ、流通分野では卸売、小売の出資比率制限や地理的制限が撤廃されたほか、保険分野でも地理的制限が撤廃された。また、銀行業についても段階的に開放が進んでおり、2006年12月までには、外資銀行に国内の人民元業務が全面開放される予定である。
 中国がWTO加盟の際に結んだ公約はおおむね履行されているが、幾つかの課題も残っている。まず法整備の面において、法律の細則が示されていなかったり、恣意的な解釈による運用が行われたりする等、制度の透明性について問題が指摘されている。また、地方政府による独自の制度が実施されている事例もある等、制度の統一性についても問題が残っている。さらに、公約とは別の新たな規制を設けて外資企業の活動を制限することが行われているといった問題点も指摘されている。

●加盟後の貿易の変化
 加盟当初予想されていたのは、規制緩和による資源配分の適正化や生産性の向上や外国からの直接投資受入れの拡大、輸出環境改善による輸出の拡大であった。また同時に、競争力の弱い一次産業や資本技術集約産業、サービス業の淘汰再編が進み、国有企業を中心に失業者が増加するといった痛みも伴うものと思われていた。
 貿易総額をみると、加盟後の2002年以降急速に増加しており、2004年には総額が1兆ドルを突破し、日本を抜いてアメリカ、ドイツに次ぐ世界第3番目の貿易大国となった(第1-3-6図)。貿易収支をみると、WTO加盟後、貿易総額が急増したにもかかわらず、全体の貿易収支は30億ドル前後とほぼ横ばいで推移している。しかし、アメリカに対する貿易黒字を見ると、2002年以降急激に増加していることが分かる。アメリカでは、対中貿易赤字が急拡大したことから、事実上ドルにペッグしている人民元が実勢よりも割高であるとして、人民元の切上げ圧力の一因となっている(80)

 品目別の輸出をみると、繊維や革製品等、労働集約的産品の輸出が伸びている。特に繊維・アパレル貿易は2002年以降も輸出の拡大が続いている(第1-3-7図)。WTO加盟後、2004年末まで、欧米向けの中国製繊維製品には輸入割り当て制による輸出制限が行われていたが、公約に基づき、2005年からこの規制が撤廃された。貿易摩擦を回避するため、中国政府は輸入割り当て制の撤廃と同時に繊維製品の6品目に輸出関税を導入し、輸出の急増を抑制する措置をとったが、2005年に入って以降、中国の欧米向け繊維製品の輸出が急増し、アメリカは5月23日に一部繊維製品に対するセーフガードを発動した。また、EUも5月23日にセーフガード発動に向けてWTOの場で中国との間で正式協議開始手続き(81)に一旦入った後、6月10日に交渉が妥結し発動を行わない旨決定するなど総じて中国と欧米との間で貿易問題をめぐっての緊張関係が続いている。

 農産品については、2002年以降輸入が増加しており、2004年にはWTO加盟後初めて輸入超過となった。これは、農村部の労働生産性が低く国際競争力が弱い上に、WTO加盟により、輸入農産品にかけられている関税が当初の予定を前倒しにして引き下げられたこと等から、農産品の輸入は年々増加する傾向にある(第1-3-8図)

4.三農問題―拡大する都市部との格差―

 中国経済は、沿岸部を中心に拡大を続ける一方で、農村部との格差が拡大するといった問題を抱えている。農村が抱える問題は深刻さを増しており、所得格差や大量の余剰労働力の存在等の問題を通じて成長の制約要因ともなりかねない状況が続いている。したがって農業部門の効率化等を通じた農民の所得水準の向上、農村の生活水準の改善は、中国経済全体の持続的な成長の実現のために、避けて通ることはできない最重要課題となっている。

●国の重要課題とされた「三農問題」
 中国における農業問題、いわゆる農業、農村、農民を指す「三農問題」は2005 年の全人代において、マクロコントロールの強化・改善に次ぐ重要案件として大きく取り上げられた。具体的には、温家宝総理は農民の収入を増大させるために、畜産税については全面免除、さらに5年以内の廃止が予定されていた農業税(平常作柄での一年間の収穫高に基づいて課される国税)の廃止期限を3年(2006 年まで)以内に短縮するとした。政府の財政状況が必ずしも芳しくないなか、こうした措置が打ち出されたことは、農業重視の姿勢を示したものとして注目される。

●生産効率が著しく低い中国の農業
 中国における農業部門は、一人当たりの労働生産性が他の産業と比して著しく低く、伸びも頭打ちであることから、一人当たり所得が非常に低い水準にとどまっている。国際的に比較しても中国の農業の労働生産性は著しく低い。その結果、都市住民との所得格差が近年3倍以上に拡大している(第1-3-9 図) 。問題の背景には、農村部の余剰労働力の存在や地方政府の恣意的な費用徴収や土地の強制没収等もあると考えられる。なお、農業収入の増加に限界があることから、農家の兼業化比率や出稼ぎによる離農も高まってきている。また、戸籍制度等で農民及び農村を差別的に扱ってきたことも問題点に挙げられる。中国の戸籍制度では、農村部に居住する人々は都市部への移住、就職、就学の自由が制限され、国内の労働力の円滑な移動が妨げられていることが指摘されている。

●根本解決には時間が必要
 政府の三農問題に対する積極的な姿勢が示されたところではあるが、三農問題の取組はまだ緒についたばかりであり、問題の解決にはまだまだ相当な困難を伴うとみられる。中国の農産物は国際競争力が低く、中国の農業貿易動向をみると、2004年には初めて輸入超過状態となるに至った。こうしたなかで、WTO加盟において公約としていた2010年までの農産品の関税引下げ(15.7%、当時22.7%)を2004年に既に前倒しで実施しており、中国の農業はさらに厳しい競争にさらされることも予想される。また土地の不法収用等に端を発した農民暴動が頻発していると伝えられており、社会不安悪化の要因となる懸念がある。

5.克服すべき成長のボトルネック

 これまでみてきた分野以外でも持続的な経済成長の制約要因は多い。特に経済活動を直接的に制約するものとしては電力、水、エネルギーさらには物流といったインフラ関連の制約要因が挙げられる。
 以下では特にその不足が深刻な問題となっている電力と水について述べる。

●電力不足
 2004年は7〜9月のピーク時において不足電力量が3,000万kWに達し、24省・市で計画停電や電力使用制限が行われる等の影響が出た。2005年においても2,500万kWの不足が生じると見込まれている。電力不足の原因としては、供給面においては電源開発計画が遅れている上に発電量の約8割を占める火力発電の燃料である石炭の需給がひっ迫していることが挙げられる。需要面では工業用が7割以上を占めるなかで、電力多消費産業、特に鉄、電解アルミ等の素材産業への投資が過熱し、こうした産業における電力需要が急増したことが挙げられる。
 中国政府は今後発電所の建設を加速する等の対応で、2006年までに電力危機を回避できるとしている。しかし経済全体の均衡を維持するためには電力供給能力の増強は中長期的な設備投資の速度、GDP成長率の動向等、様々な要因に配慮しながら進める必要がある。また近年電力消費と実質GDP成長率の弾性値が上昇(すなわちエネルギー効率低下)(第1-3-10 図)していることから、2005年3月に開催された全人代においても「経済成長パターンを転換し、省資源と環境保護を推進」するとの政策目標が打ち出された。

●水資源の不足
 2005年2月28日に公表された「2004年国民経済と社会発展の統計公報」によれば、2004年は全体の約12%に相当する79都市で水不足となる等水資源の枯渇が深刻化した。2004年の中国国内における水使用量は累計で5,500億m3。これは前年比で3.4%増となり、中国全土では2,300万人強の人と、1,300万頭以上の家畜が水不足に陥ったとされている。2005年3月に開催された全人代の発展報告においても、「水資源の節約に注力し、水質汚染防止に努める」とされており、課題の一つとして取り上げられた。
 水不足問題の背景としては、まず地理・気候的要因がある。水資源全体では、面積規模が同程度のカナダを上回るものの、人口一人当たりでは、2,201m3/年と、世界平均の1/3程度に過ぎない上に、水資源が南部で豊富で、北部で乏しい等偏在している。北京市や天津市といった人口の多い沿海部北部では、極めて深刻な水不足問題が生じるとされている一人当たり水資源量の1,000m3/年を下回る等、より水不足が顕著である。また、90年代以降の急速な経済発展による、水使用量の増加も水不足に拍車をかけており、特に工業用水の伸びが著しい。水道料金の引上げもなされているが、依然低価格のため浪費が改まらないことも要因として指摘される。 
 主要産業において最も工業用水を使用するのは電力の8割を占める火力発電であり、水不足は経済成長に対する制約要因となり得る懸念がある。また環境汚染事故の大部分を水質悪化が占める等、環境問題も深刻化している。2005年4月12日に浙江省において環境汚染への抗議から暴動に発展したとの報道もあることから、水問題は社会情勢の安定を図る上でも看過できない問題となっている。

コラム 「三つの代表」

 「三つの代表」とは、「先進的生産力の発展要求」、「先進的文化の前進方向」、「中国の最も広範な人民の根本利益」という、三つを代表するのが中国共産党であるという理論である。この中で最も重要な意味を持つのは3つ目の「最も広範な人民の根本利益」である。共産党は本来、労働者階級の前衛であり、農民がその同盟者のはずであったが、「最も広範な人民の根本利益」とは、本来共産党の理念的には対立する関係にある私営企業家や中産階級を人民の代表として新たに含めることを意味し、これをもって彼らの入党を公式に認めることとなった。この背景としては市場経済化の進展に伴って、私営企業家の中国経済の発展における役割がますます増大しており、中国共産党にとって彼らの協力が欠かせないことを表しているといえる。
 2000年2月に江沢民によって提唱され、2002年11月の第16回中国共産党全国代表大会で党の規約に明記され、根本的な指導指針となった。その後、2004年2月の第10期全人代第2回会議に上程され、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、トウ小平理論を受け継ぎ、発展させたものとして、これらに並ぶ憲法上の存在となった。


コラム 持続的成長に欠かせない産業の高度化と人的資本の充実

 急速な経済発展にもかかわらず、実質賃金の上昇が生産性上昇ほどにはみられていない理由として、13億人という巨大な人口を擁し、「比較的」良質な労働資源が豊富であるということが挙げられている。
 確かに、80年代半ばからの政策の効果もあって最低限レベル(中学校レベル)の教育を受けた人の数はかなりの数に達するものとみられる。だが、そのレベルの教育水準では組立て等の単純労働への就業は可能であるが、先進国から高度な科学技術の開発や経営のノウハウを習得し、さらにそれらを中国独自のものへと昇華させるためには不十分である。したがって持続的な発展を実現するためには人的資本の充実を通じた産業の高度化、例えばハイテク産業や金融・保険業等、高付加価値サービス産業の発展が不可欠である。90年代末以降、大学進学者の増加率は上昇しつつあるものの(2004年度の新卒者は340万人程度)、人口規模に比べまだ低水準にあるといえる。
 中国の場合、労働人口の増加、農村における余剰労働力、低教育ないしは低技能水準の失業者の存在等により、低生産性労働力は豊富に存在する。すなわち、中国は労働集約的な財に圧倒的な比較優位を有していることになるが、それがかえって産業構造の高度化を遅らせている可能性がある。中国には労働力供給の制約がないために賃金の伸びが低く抑えられているという指摘があるが、むしろ、中国が長期にわたって労働集約的な低付加価値の財の生産に特化し続けているがために、「実質賃金は労働生産性に応じて決定される」という原理がそのままあてはまっているに過ぎない可能性がある。本件に関連して、中国の経済成長はまだ人的資本がエンジンとなる成長の段階にまで達しておらず、人的資本の成長と蓄積が経済成長の内的要因になっていないとする実証分析もある(82)
 近年、中国は「世界の工場」の地位を確立し、加工貿易の拠点として比較的高付加価値の製品を世界に輸出するようになった。中国の輸出量の拡大は著しく伸びており、あたかも通常の経済発展段階を飛び越えて発展したかのような印象さえ与えている。しかし中国の経常収支黒字幅が非常に小さいことが示すように、中国において新規に付加された価値はそれほど大きくはないものとみられる。
 中国の輸入の内訳をみると、その多くが日本を含むアジア諸国からであり、中国において単に「加工(組立て)」するための中間財や部品である。しかも中国のコンピュータ、部品、周辺機器の輸出の7割以上が外資系企業によって担われていること、また、自動車製造業においても単純に外国企業の技術を模倣するにとどまり、独自開発のパーツを製造するには至っていない(83)という報告もあり、これらの分野における地場産業の発達は総じて遅れていると言わざるを得ない。近年、知的財産権の問題をめぐって、中国と先進国との間で摩擦が絶えないが、そもそもそうした状況が生じるのも、中国が独自技術、独自ノウハウを持てる構造にないために意識が低いといった要素が働いているものとみられる。
 このようにソフト面、ハード面共に外資に全面的に依存した生産構造を続ける限り、中国が今後もこれまでのような高成長を続けていくことは困難である。こうした状況を打開するために、高等教育の広範な普及による全般的な労働力資質の向上に加え、ハイテク企業等の新興企業の参入を容易にする環境の整備、さらにはR&D投資の促進等が中・長期的な課題として挙げられよう。人的資本の育成は時間がかかるが、長期的な観点からは、人的資本の充実は設備投資を増強するよりも、より長期にわたる成長を保証する(84)ことから、これを補強することは中国経済にとって必須課題といえよう。


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