第1章 米国の通商政策による世界経済への影響(第2節)
第2節 米国経済への影響
本節では、米国の通商政策が国内経済に与えた影響について検討する。各種関税措置の発表及び発動から1年程度の本稿執筆時点において確認できる貿易面及び物価面での影響を中心に論じる。
1.貿易面の影響
まず、米国側からみた財貿易の動向を確認する。その際、通商政策をめぐる先行きの不透明感を背景とした各国からの駆け込み輸出やそのはく落及び反動減といった一時的な動きも生じたことから、前節で整理した各種関税措置の動向との関係性に焦点を当てつつ概観する。
(米国の財輸入は関税引上げ前後に大幅に変動)
財輸入の動向を振り返ると、トランプ大統領による通商政策の動向を踏まえ、関税措置が課される前に各国があらかじめ米国への輸出を駆け込む動きがみられた。輸入総額を季節調整済実質値で確認すると、トランプ大統領の当選決定後から相互関税発動までの期間に当たる2024年11月~2025年3月において輸入額が大幅に増加した。関税引上げ前に旧税率で国内在庫を確保しておこうとする動きとみられる。その後、相互関税が発動された4月以降については、各国からの駆け込み輸出の影響がはく落した後、輸入額は駆け込み前と同程度の水準にまで戻っている。総体としては今般の関税措置による輸入規模の縮小は確認されていない(第1-2-1図(1))。
この間の具体的な動向を、トランプ大統領当選前の2024年10月対比で確認する。まず主要な貿易相手国・地域別でみると、各国・地域ごとに追加関税の発動時期が異なっていたことから、駆け込みが生じた時期も異なっていることが確認できる(第1-2-1図(2))。具体的には、トランプ大統領が就任前からあらかじめ関税措置を課す旨言及していた中国やカナダについては、2025年1月時点で輸入額の伸びがピークに至った後に減少傾向となっており、特に高関税が課された中国は4月以降急減した。EUについては相互関税発動前の3月をピークに大幅な駆け込みとみられる輸入増があった。
次に品目分類別でみると、特に4月前後の動向に違いがみられる(第1-2-1図(3))。消費財(医薬品など)や工業原材料(金など)を始めとする多くの品目分類では、3月までに対米輸出が駆け込まれた後、はく落ないし反動減に転じる動きが確認された。一方で、昨今の世界的なAI需要の高まりを背景に情報関連材の輸入が堅調に推移しており、コンピュータ・同周辺機器や半導体については追加関税の対象外とされていることもあって、資本財輸入は関税引上げ後も増加基調が続いた。こうした追加関税の対象とならなかった品目の増加が関税措置に伴う減少を一定程度相殺することで、輸入額全体としては足下で2024年前半と同程度の水準で推移しているというのが、財輸入の全体像となっている。

(追加関税の対象品目以外でも駆け込みと反動が確認される)
米国からみた輸入全体の動向から、4月の相互関税発動前後において、各国からの駆け込み輸出とその反動が生じたことが確認されたが、こうした通商政策に伴う動きは具体的な個別の品目をみても同様に確認される。また、注目点として、関税措置の対象とならなかった品目についても、駆け込み輸出とその反動が散見されたことが指摘できる。代表的な品目を例に、こうした動向を確認する。
まず、232条に基づく品目別関税の対象となった品目として、自動車及び銅(半製品・派生品含む)の輸入動向を確認する。
自動車については2025年2月にトランプ大統領が4月以降追加関税(25%)を課すことを表明したことから、関税引上げ前の3月に各国からの輸入が急増し、翌4月にはその反動減が生じるという顕著な動きがみられた。その後の動向をみると輸入総額は減少基調で推移した一方、台数ベースでは減少基調は確認されなかった(第1-2-2図(1))。この一因として、例えば日本の自動車企業の多くは、米国の追加関税が発動されるとともに、関税賦課前の輸出価格を大幅に引き下げることで現地販売価格を維持し、輸出台数への影響を最小限に抑えようとする動きがみられた(後掲第1-2-8図参照)。自動車の輸入台数の動向を2024年対比で貿易相手国別にみると、関税引上げ後に中国、韓国、ドイツなどからの輸入台数は減少基調で推移した一方、日本からの輸入台数では同様の動きはみられないという違いがみられた37(第1-2-2図(2))。

次に、銅及びその関連製品について輸入額の推移をみると、232条に基づく調査が2月から開始されたことを受けて、関税発動を見越して特に原料に当たる精錬銅を含む銅の輸入が急増した。その後、7月9日にトランプ大統領が8月1日以降50%の追加関税を課す意向を表明したことから、半製品及び派生品を含めて幅広い関連品目で7月に駆け込むように輸入が増加した末に、7月30日の大統領令により追加関税措置が決定すると、翌8月の輸入額は急落した(第1-2-3図(1))。このように、関税発動前後で駆け込みとその反動が確認されたわけだが、ここで留意しておくべきは、結果的に追加関税対象となった銅の半製品及び派生品に限らず、対象とならなかった精錬銅でも同様の事象が生じた点である。米国側の追加関税措置の内容が具体的に決まるまで対象品目は定かではなく、こうした通商政策をめぐる不確実性が、この間の各国からの輸入に影響を及ぼしていたことが確認できる。なお、精錬銅を含む銅、銅の半製品及び銅派生品の輸入額はそれぞれチリ、カナダが約6割のシェアを占めており、銅の関税をめぐってはこれら2国が多分に影響を受けることとなった(第1-2-3図(2))。

次に、相互関税の適用対象外となった代表的な品目として、スマートフォン、コンピュータ・同附属装置及び医薬品の輸入動向を確認すると、いずれも相互関税発動前の2025年3月までの間に輸入は増加基調で推移したが、その後の動向については違いがみられる。
中国からの輸入割合が高いスマートフォンについては、中国には相互関税とは別に全輸入品を対象とするフェンタニル関税が2月以降発動されていたこともあり、同国からの輸入減を受けて4月以降の輸入額は前年対比で減少基調に転じた。他方で、サプライチェーンの見直しの動きも背景にインドからの輸入が増加することで、中国からの輸入減の影響が一定程度相殺されている38(第1-2-4図(1))。
コンピュータ・同附属装置についても同様に中国からの輸入減がみられたものの、台湾を始め、メキシコ、ベトナムからの輸入増が続くことで4月以降も増加基調が続いた(第1-2-4図(2))。これらの国に優位性のあるAI需要の高まりに加え、関税措置の適用を受けなかったことも輸入の増加基調を支えたと考えられる。
最後に医薬品についてみると、関税発動前の3月に輸入が駆け込まれた上で、その後9月にも再度輸入が増加していた(第1-2-4図(3))。医薬品をめぐっては、トランプ大統領による高関税の発動に関する度重なる発言など不確実性の高まりが影響を及ぼしてきたことがうかがわれる。

(米国からの輸出についても通商政策の影響がみられる)
財輸入については、関税引上げ前後で急激な増減がみられた。他方、財輸出についても、財輸入ほど大幅ではないものの、2025年4月前後での増減がみられたほか、足下でも増加がみられている(第1-2-5図(1))。この主な要因として、金(主に非貨幣用の金地金や延べ棒等の形状に加工されたもの。以下同様。)の一時的な輸出増が挙げられる。2024年11月以降の金の輸出入の動向をみると、取引量が非常に盛んになっていた(第1-2-5図(2))。時系列で動向を振り返ると、トランプ大統領の当選後、米国の通商政策をめぐる不確実性の高まりを背景とした世界的な金需要の高まりに加え、トランプ大統領が選挙中に掲げていた全ての国からの輸入品に対する一律の関税措置が金にも適用されるとの懸念から、関税引上げ前の金輸入が急増した39。ただし、4月2日の相互関税発表の際、非貨幣用金は関税措置の対象外であるとされた40。急増した金輸入を掃き出すように、同月の米国からの金輸出は大きく増加した。その後、相互関税率の修正前に当たる7月に金の輸入が一時急増し、関連製品含めて金が相互関税の対象外と明示的に定められた9月には、再度米国からの金輸出が増加している。このように、通商政策をめぐる不確実性と連動するように、金の輸出入が増減している。
金以外についても、通商政策を通じた輸出への影響は確認される。国・地域別に輸出動向をみると、特徴的な動きとして、米国の関税措置に対して報復措置を課した中国や

カナダ向けについては、4月以降輸出全体の下押し要因となっており、通商政策をめぐる影響がみられた(第1-2-5図(3))。品目分類別にみると、コンピュータ・同附属装置の増加などにより資本財輸出が増加基調にある中で金輸出の一時的な増加に伴い工業原材料が増加した一方、自動車・同部品などについては4月以降減少基調に転じる動きが確認される(第1-2-5図(4))。
このように、輸入だけでなく輸出についても、米国の通商政策は影響を与えている。
(貿易赤字は縮小していない)
拡大傾向にあった貿易赤字を是正することが、米国の通商政策の主な所期目標であった。しかし、足下までの貿易収支の動向をみても、基調として貿易赤字の縮小に大きな変化はみられない(第1-2-6図)。
また、米国内への製造業の生産回帰も関税措置の理由の一つであったが、これについても、本稿執筆時点(2026年1月)では、米国製造業の雇用者数は減少傾向が続いている41(第1-2-7図)。各国との交渉の結果、米国内に多額の直接投資や工場進出が予定されている。具体的な案件組成には時間を要するため、その影響については長期的な視点で確認していく必要がある。こうした直接投資の約束が実際に米国製造業の生産や雇用動向にどのような影響を与えるのか、若しくは与えないのか、通商政策自体の動向と併せて、中長期の視点からも注目していくことが適当であろう。


2.物価面の影響
次に、関税引上げによる米国経済への影響として、物価への影響を確認する。関税引上げによる追加コストを誰が負担するのか。最終財価格に転嫁されれば、消費者物価の上昇を通じて消費者が負担することになる。その負担分は個人消費の押下げを通じて、米国の景気を悪化させる要因となる。最終財価格に転嫁できないのであれば、その分は企業負担となり、企業収益の悪化を通じて景気を押し下げる。価格転嫁の状況を始め、米国の景気動向を分析する上で無視することのできない通商政策による物価への影響について、その背景事情と併せて考察する。
(1)財物価の動向
まずは、足下までの財物価の動向について、川上の輸入物価から川下の消費者物価まで順を追って確認する。
(輸入物価に著しい変化はみられず、関税コストが米国内に移っていることが示唆)
第二次トランプ政権は広範に及ぶ追加関税措置を実施しており、これに伴う事業者側のコスト増は経済全体で相当程度生じたといえる。こうした状況下において、輸出元の事業者が採り得る価格戦略の一つとしては、関税引上げによるコストの増加分を自社内で吸収し、米国内での販売価格の上昇を回避することで、市場での価格競争力を維持することが考えられる。この点、日本の米国向け自動車輸出価格の推移をたどると、自動車への追加関税(2025年4月当初時点で25%)が課された後、これを相殺するように輸出価格が2割程度低下しており、自国内で関税コストの大部分を吸収したことがうかがわれる(第1-2-8図)。

同様の事象が米国側の輸入物価全体の推移から確認できるのであれば、関税によるコストの増加分のほとんどが貿易相手国内で吸収されており、関税による米国内での物価上昇圧力は限定的といえる。こうした視点から、米国からみた輸入物価の動向を確認したい。なお、統計上、輸入物価は関税賦課前の通関価格で記録されるため、関税引上げとともに輸入価格が上昇するわけではない点には留意が必要である。
まず輸入物価の動向について、市況との連動によって変動しやすいエネルギーや食料を除いたベースでの推移を確認する。今般の相互関税措置は、全貿易相手国からの多くの輸入品目が追加関税の対象となったことから、仮に各国内でコストを吸収する動きが進んでいるようであれば輸入物価全体にも相応の下押し圧力がかかるはずであるが、実際の動きをみると関税引上げ後の大きな変動は確認できない(第1-2-9図(1))。個別の動向として、品目別関税(鉄鋼・アルミニウム、自動車・同部品等)が影響し得る産業分類の輸入物価に焦点を当てても、同様に大きく低下する動きは確認できなかった(第1-2-9図(2))。関税によるコスト増の影響に米国内の多くの企業が直面した可能性が高いといえる。

(製造業における中間投入コストは、関税引上げ後上昇傾向)
関税引上げを通じて米国内で物価上昇圧力が高まっていることが示唆されるが、その波及経路として、一つは米国での製品製造過程における投入コストの増加を通じた影響が考えられる。製造業における中間財の企業間取引価格の動向を確認すると、2025年以降上昇傾向にあることが分かる。特に加工品(部品等)については、2024年末までおおむね横ばいで推移していたところから上昇傾向に転じており、未加工品と比べて関税による影響をより強く受けていることが示唆される(第1-2-10図)。また、具体的な品目分類別の動向として、品目別の追加関税が課された鉄鋼・アルミニウム関連の品目に焦点を当てると、2025年3月及び6月の関税引上げに連動して、追加関税対象とされた加工品(部品等)で価格が上昇している場面がみられる。この間の国際商品市況の動向をみても、大幅な価格上昇は確認されないことから、関税引上げに伴って米国内での価格上昇が生じた可能性が高いといえる(第1-2-11図)。


このように、関税引上げ後に上昇した中間投入コストは、最終的な完成品の出荷価格にまで転嫁されたであろうか。そこで、特に関税によるコスト増の影響を受けやすいと考えられる耐久財について、中間財の仕入価格と完成した製品の出荷価格の推移をみると、いずれも2025年以降上昇傾向にあるが、より川上に近い鋼材等の一次製品と比べるとその上昇ペースは川下に近づくにつれて小幅にとどまっている(第1-2-12図)。こうした動きを踏まえると、関税引上げによるコストの上昇分は中間財への価格転嫁を通じて耐久財の製品価格にまで波及していると考えられるものの、その程度は小幅にとどまっているとみられる。

(消費者物価をみると、財価格は上昇傾向ながらも、そのペースは緩やか)
ここまでみてきた川上の物価動向を踏まえると、関税引上げを通じて、最終財価格にも相当程度の上昇圧力がかかっているとみられる。消費者物価における財価格のトレンドについて、食料及びエネルギーを除いた指数でみると、2025年以降たしかに上昇傾向で推移してはいるものの、その勢いは川上の物価動向と比べて緩やかとなっている(第1-2-13図(1))。消費者物価全体でみても、財物価の押上げ寄与は小幅にとどまっている(第1-2-13図(2))。

具体的な動向について、品目分類別で確認すると、相互関税が発動された2025年4月以降、家具、家電、娯楽用品(音響機器、玩具など)、衣料品といった品目の価格がそれまでと比べて上昇に転じていることが確認でき、関税引上げを通じて実際に米国内で物価上昇が起きたことが示唆される。他方で、新車価格をみると4月以降25%の追加関税が課されていたにもかかわらず、物価の大幅な上昇がみられない点が特徴的である(第1-2-14図(1))。こうしたそれぞれの動向を、財物価全体(食料及びエネルギーを除く)に対する寄与度でみると、関税引上げ後の財価格全体の上昇は確認されるものの、足下におけるその伸び率は2025年1月対比で1%程度にとどまっており、関税引上げ分のコストが完全に消費者物価にまで転嫁されたとはいえない(第1-2-14図(2))。また、財全体に占める各品目分類別のウェイトを確認すると、とりわけ価格上昇がみられなかった新車については財全体の20%と相当な割合を占めていることからも、自動車価格の大幅な上昇が生じなかったことが、財価格全体の上昇が小幅にとどまっている要因の一つになっているといえる(第1-2-14図(3))。

なお、関税引上げを通じた消費者物価への影響を確認する一環として、主な品目ごとに輸入分が個人消費全体に占める割合とそれぞれの関税引上げ前後の物価上昇率を比較すると一定の相関が確認できることからも、輸入品に対する追加関税が消費者物価の押上げに寄与している側面はあるといえる。他方で、ここでも新車価格は他の品目と比べてとりわけ変化がみられていない点が特徴的である(第1-2-15図)。

(2)物価動向の背景
関税引上げを通じた消費者物価の大幅な上昇は確認されていない。他方、関税賦課前の輸入物価に大きな変動はみられないことから、関税賦課後の生産者価格は関税引上げ分上昇しているはずである。多くの米国企業は関税引上げを通じた物価上昇圧力に相当程度直面している可能性が高い。
物価動向をめぐる背景事情を多面的に概観することで、関税措置を通じた物価上昇が足下で小幅にとどまっている理由について検討する。
(特に製造業及び卸売・小売業は、関税引上げによるコスト増と利益減に直面)
実際に米国内の企業は関税によるコスト増に直面しているのか。ダラス地区連銀が管轄区域内の企業に対して実施した関税に関するアンケート調査の回答状況をみると、調査対象企業のおよそ半数が自社の事業に悪影響があったと回答しており、特に製造業及び卸売・小売業において悪影響を受けている企業の割合が高くなっている(第1-2-16図(1))。また、同調査は第一次トランプ政権下における米中貿易摩擦の時期にも実施されていたところ、これを時系列で比較すると、製造業及び卸売・小売業のいずれも第二次トランプ政権下の方が悪影響を受けている企業の割合が高くなっており、今般の広範な関税措置によってより多くの事業者に影響が及んでいることが示唆される(第1-2-16図(2))。
同企業調査において「悪影響があった」と回答したこれらの企業に対し、関税引上げによる投入コスト、販売価格及び利益率への影響について尋ねたところ、回答結果をみるといずれも投入コストについては上昇したとの回答割合がほとんどを占める一方、販売価格が上昇したとの回答割合は特に製造業では6割程度にとどまっており、利益率については製造業及び卸売・小売業のいずれも低下したと回答する企業の割合が半数以上を占めた(第1-2-17図)。すなわち、企業の半数程度は関税引上げによるコスト増に直面しつつも、販売価格への転嫁はできておらず、その分自社の利益を圧縮することで対応している。これは関税引上げ後の財物価の上昇が小幅にとどまっていたことと整合的である。


(企業の価格転嫁意向は高いが、自社内でコスト吸収するとの声も半数を占める)
次に、「関税引上げに対して、どのような対応をとっているか、またはとる予定か」という質問に対する回答結果(複数回答可)の一覧をみると、2025年8月時点において実施済みとした回答割合が最も高かったのは「価格転嫁」となっており、実施予定との回答割合と合わせるといずれの業種も計9割を超えている。関税引上げによるコスト増に直面した企業の価格転嫁意向は当然ながら高いことがうかがわれる。他方、次点で実施済みとの回答割合が大きかったのは「コスト吸収」であり、いずれの業種もおよそ半数の割合を占めた。その他、関税引上げ前への仕入れ時期の前倒しや、新たな仕入れ先の検討などについても実施済みとの回答割合が3~4割程度を占めた(第1-2-18図(1))。
中でも特に実施済みとの回答割合が高かった「価格転嫁」及び「コスト吸収」について、相互関税発動直後の4月時点における回答状況と比較する(第1-2-18図(2))。まず「価格転嫁」については4月時点における実施予定との回答割合と比較して、8月時点での実施済みの割合は低くなっている。価格転嫁は十分に進んでこなかったことがうかがわれる。ただ、8月時点での実施済み及び実施予定との回答割合の合計は4月時点よりも高くなっていることから、企業の価格転嫁意向はこの間高まっていた。一方、「コスト吸収」についても同様に実施済み及び実施予定との回答割合の合計は4月時点より高くなっており、また卸売・小売業では4月時点の実施予定割合と比べると8月時点における実施済みの回答割合が高くなっている。
これらの結果から、関税によるコスト増への対応策として販売価格への転嫁のみに依存することは必ずしも容易ではなかったことがうかがわれ、その結果として増加分のコストを自社内で吸収する動きも相当程度生じていたことが確認される。実際、企業が負った関税引上げによるコストの増加分のうち、どの程度を販売価格に転嫁する予定かとの質問に対する同調査の回答状況をみると、コスト上昇分の全てを転嫁予定とした企業は2割前後にとどまっていた(第1-2-19図)。


(他の調査結果等からも、企業の価格転嫁が十分に進まなかったことが示唆)
ここまではダラス連銀の管轄区域内の企業を対象とするアンケート調査結果から、関税引上げに対する企業の対応状況を確認したが、同様の傾向は他の地域からも読み取れるであろうか。
まず、類似の調査として、ニューヨーク連銀が管轄区域内の企業に対して2025年5月上旬に実施した調査がある42。同調査は製造業及び非製造業それぞれ約100社に対して実施された。なお、関税によるコスト増への直面状況について集計結果をみると、製造業は6か月前対比で関税対象となる輸入品が平均約20%価格上昇し、非製造業では同約15%価格上昇したことが確認された。こうした企業が関税によるコスト上昇分に対してどの程度を顧客に転嫁したかについて、調査の回答結果をみると、コスト上昇分を全て転嫁した企業の割合は、製造業で31%、非製造業で45%となっている一方で、転嫁割合が5割未満の企業もそれぞれ5割程度占めており、関税引上げによるコスト上昇分を相当程度企業が吸収していることが確認できる(第1-2-20図)。
また、同調査では輸入品を取り扱っていることから関税による影響を相対的に強く受けやすい企業に対象を絞り、関税引上げへの対応状況や企業の純利益などへの影響に関する質問も実施された。その回答結果をみると、製造業及び非製造業のいずれもおよそ半数の企業が関税対象品目の販売価格を引き上げており、その割合は関税対象外品目の販売価格を引き上げたとの回答割合よりも高くなっている43。このほか、輸入品の仕入量については減少との回答割合が高い一方で国内品の調達量は増加したとの回答割合が高いことから、関税によるコスト増を回避するために仕入先を変更した動きも一定程度あったことが示唆される。また、設備投資や従業員数の削減を行ったとの回答も一定数みられており、関税コストの増加が企業の成長力を圧迫している様子もうかがわれる。そして、最終的な純利益でみると、製造業、非製造業ともに半数近くの企業が減少を報告しており、米国企業がマージンを削って関税引上げによるコストの上昇分を一定程度吸収している(第1-2-21図)。


ここまでは地区連銀単位の調査結果を複数みてきたが、実際、全米企業向けの月次サーベイにおいても、関税引上げを通じて米国企業のマージンが圧縮されている可能性が同様に確認できる。S&Pグローバルが実施している企業の景況感調査(PMI)から確認できる仕入価格と販売価格の動向をみると、製造業では2025年以降、仕入価格が上昇傾向にあり、それに伴い販売価格も上昇傾向にある。非製造業についても製造業と比較すると緩やかながらも仕入価格及び販売価格がいずれも上昇傾向にあり、特に相互関税が発動された4月以降で販売価格が上昇する動きが顕著にみられる。ただし、製造業及び非製造業のいずれも、2025年以降の販売価格の上昇幅は仕入価格の上昇幅に追いついておらず、コスト増分の販売価格への転嫁が進展していないことが示唆される。特に製造業では2024年と比べて仕入価格DIと販売価格DIの差が拡大しており、非製造業については4月から8月頃にかけて、その差は一時改善したものの、足下では仕入価格の上昇ペースに対して販売価格の上昇が鈍化していることから、価格転嫁は進展していない(第1-2-22図)。
これらの結果が示唆することは、関税によるコスト増に直面した米国企業は価格転嫁を図りつつも、その完全な転嫁にまでは至れておらず、コストのうち一定程度は自社内で吸収するといった傾向である。これが、消費者物価における財価格の上昇が小幅にとどまっていた背景といえる。

(価格転嫁が十分進展しなかった背景には、消費者の価格感応度の高まりも)
なぜ価格転嫁の進展は軟調にとどまっているのだろうか。米国消費者の景況感が悪化し購買意欲が鈍化する中で、企業の価格決定力が弱くなっている可能性がある。
2024年以降の消費者マインドの動向をみると、通商政策による先行き不透明感や関税引上げに伴う今後の物価上昇懸念などを背景に、2025年に入ってから低調に推移している(第1-2-23図(1))。また、耐久財(大型家電、家具、自動車)の購入意欲に関する消費者マインドの動向をみると、トランプ大統領当選直後の2024年末をピークにその後大きく低下していることが確認できる。実際に同期間における耐久財の消費動向をみると、2024年末や相互関税発動前の2025年3月頃をピークにその後総じて減少傾向にあり、関税引上げに伴う物価上昇への警戒感から、消費者が先んじて耐久財を購入していたことがうかがえる(第1-2-23図(2))。

感染症拡大後、またロシアのウクライナ侵略後、米国を含め世界的にインフレ率が高まり、消費者の物価上昇に対する反発も強くなっていた。その中で、米国では更に関税引上げに伴う物価上昇懸念が高まり、米国消費者の物価上昇に対するセンシティビティ(敏感さ、感応度)は高まっていたと考えられる。こうした環境において、関税によるコスト上昇に直面した米国企業は顧客離れを回避し売上を維持するために、マージンの圧縮を受け入れてでも、価格引上げに慎重姿勢をとらざるを得なかった面があったと考えられる。こうした企業の価格決定力の低下は前述した地区連銀による調査結果からも確認されており、関税引上げによるコスト増分を販売価格に転嫁することについて、困難と回答する企業の割合は容易と回答する企業の割合を上回っている(第1-2-24図)。また、同様の傾向は定性的な情報からも確認されており、2025年8月の地区連銀経済報告(以下「ベージュブック」という。)では、ほぼ全ての地区の企業が価格の引上げに多少の躊躇があることが報告されており、その理由として、顧客の価格感応度の高さ、価格決定力の欠如、取引喪失への懸念が挙げられていた44。

(関税引上げによるコスト上昇分の転嫁が容易ではなく、企業収益は圧迫)
関税引上げによるコスト増に直面した企業の価格転嫁が容易ではないことが明らかになったが、こうした企業の価格設定は企業収益を圧迫する。
米国経済全体でみた企業収益の動向について、特に関税引上げによる影響が及んでいると考えられる製造業、卸売業及び小売業に焦点を当ててみると、小売業については関税引上げ後に大きな変化はみられない一方、特に卸売業では2024年対比で減収が続いていることが顕著となっている(第1-2-25図(1))。なお、製造業については2025年4-6月期まで減収傾向にあったところ、足下7-9月期の企業収益は昨年並みにまで戻っている。そこで、より具体的な業種別の動向をみると、コンピュータ・電子機器については、AI需要の高まりもあり2025年以降も堅調に推移している一方で、機械分野は減収傾向が続いているといったように、業種ごとの違いがみられる。その中でも特徴的なのは品目別関税の対象となった自動車・同部品であり、昨年対比で大幅に減収し、足下にかけては改善したものの、依然としてその水準は昨年対比で低くなっていることが確認される(第1-2-25図(2))。
こうした企業収益の動向に関して利益率の変化を業種別に確認すると、関税引上げ後特に減収していた卸売業については、利益率についても悪化傾向にあることが分かる。また、製造業についても業種別にみると、減収していた業種については同様に利益率が昨年対比で悪化している(第1-2-26図)。これまで確認したように、関税引上げによる悪影響を受けた企業は、価格決定力の低下もあいまって、コストの増加分を自社内で一定程度吸収する動きもうかがわれた。こうした企業の対応が利益率の悪化として現れ、その傾向は特に商品の製造及び流通過程においてみられている。


(企業は関税引上げ前に在庫を積み増すことで、関税の悪影響を一定程度緩和)
関税引上げ後の消費者物価の上昇が限定的であった背景として、製造及び流通過程において企業がマージンを一定程度圧縮することで販売価格の大幅な上昇を抑制してきたことが確認された。ただし、こうした対応が長く続けられるとは想定し難い。早晩、収益減を抑制する対応に迫られるであろう。この点、前述の企業アンケートの結果からも確認されたとおり、関税引上げによる悪影響が及ぶ企業がとった対応の一つとして、仕入れ時期の前倒しを進めた企業が一定数存在した(前掲第1-2-18図(1))。実際、輸入の動向から確認された関税引上げ前の各国からの駆け込み輸出の増加は、米国企業の仕入コスト増の抑制に寄与したと考えられる。
実際に金額ベースでの業種別の在庫動向を確認すると、製造業及び卸売業において関税引上げ前に在庫を積み増す動きが確認でき、特に卸売業においては相互関税引上げ前の2025年3月に在庫を積む動きが顕著となっている。一方、小売業については、2025年以降で同様の動きは必ずしも顕著にはみられない(第1-2-27図(1))。製造業については業種別で在庫動向を詳細にみると、2024年末から2025年初にかけて産業機械や金属加工機械などを含む機械製造において在庫の積み増しが顕著にみられ、3月までの間には自動車・同部品においても在庫の増加がみられる(第1-2-27図(2))。なお、製造業の在庫動向を原材料・仕掛品と完成品に分けてみると、2024年末から2025年初にかけて完成品に限らず原材料・仕掛品の増加ペースが上昇していることから、生産・調達を前倒しすることで在庫の積み増しを行っていた可能性が高いとみられる(第1-2-27図(3))。同様の動きは2025年の夏頃にも確認されており、夏以降に予定されていた相互関税率等の引上げを見越して再び調達の前倒しが進んでいた可能性も示唆される。
このように、在庫増減を活用した対応は、関税引上げ直後に消費者物価の大幅な上昇がみられなかった要因の一つでもある。ただし、この効果は在庫の払底とともに終わる。企業の景況感調査が示す在庫動向をみると、製造業・非製造業ともに春先にかけてDIは50を上回り在庫を積み増した後、製造業では5月以降継続的に前月対比で在庫が減少する傾向が続いており、非製造業についても9月には明確に50を下回ったことから、在庫水準は減少に転じている可能性が示唆される(第1-2-28図)。また、11月に公表されたベージュブック45では、クリーブランド連銀管轄地区において「大半の製造業者が関税導入前に確保していた低コストの在庫を既に使い切った」との指摘もあった。在庫調整による物価上昇圧力の緩和局面は既に終わっていると考えるのが妥当であろう。


(3)小括
本節後半では、第二次トランプ政権による通商政策が米国内の物価動向に及ぼした影響について検討したが、本稿執筆時点(2026年1月)では、関税引上げによる消費者物価の大幅な上昇は確認されていない。その背景には、米国内の製造業及び卸売業を中心に、関税引上げによって上昇したコストが一定程度吸収されることで、最終的な販売価格への影響が緩和されていたことがうかがわれる。また、国内市場において消費者の価格感応度が高まっていたこともその要因に寄与していると考えられ、米国企業をとりまくこうした環境によっても、物価上昇圧力が抑制されていた側面があったとみられる。
米国企業による関税コストの価格転嫁は十分には進んでいない。それは裏を返すと、関税による物価上昇圧力は依然として続いているともいえる。今後ともこうした物価動向について、背景事情も含めて多角的にフォローすることが重要である。