第2章 ASEANの貿易構造と特定国への依存リスク軽減の動き(第2節)
第2節 特定国への依存リスク軽減とASEAN
前節では、世界貿易の中で存在感の高まるASEAN諸国について、貿易の量的拡大と質的変化の状況を確認した。輸出についてはアメリカ、中国、日本と分散させているものの、相対的にアメリカ向けが引き続き多く、輸入に関しては中国への依存を高めている傾向がみられた。また、過去10年間で、輸出品目と輸入品目共に高度化(高付加価値化)が進んでおり、ASEAN諸国の産業が高度化している傾向もみられた。具体的には、ASEAN諸国が輸出総額の中で機械製品等の比率を高めており、幅広い重要品目を製造・輸出する「世界の工場」の役割も担いつつある。他方、中国への輸入面での依存が急速に高まっていることも確認された。
このような状況下において、近年、米中貿易摩擦や感染症拡大によるサプライチェーンの問題も受けて、各国企業には「チャイナ・プラスワン」の動きもみられている。本節では、諸外国の対中・対ASEAN直接投資の動向を確認した上で、特定国への依存リスク軽減に向けた動きについて分析する。
1.対中・対ASEAN直接投資の動向
(中国向けの直接投資は感染症拡大以降低調)
中国向けの直接投資は、世界全体でみると増加トレンドが続いており、感染症拡大期の2020年にも前年比で増加し(+4.5%)、2021年には更に伸び率が高まった(+20.2%)(第2-2-1(1)図)。しかしながら、中国への直接投資は、従来香港からの投資が大きな比率を占めており、これには香港に籍を置く多国籍企業を通じた欧米諸国の直接投資も含まれるが、その内訳は明らかではない163。主要国の対中直接投資額をみると、米中貿易摩擦が本格化する中で、2019年には横ばいから減少となった国が多く、2020年には減少し、2021年にも回復は鈍いものとなっている(第2-2-1(2)図)。
(ASEAN向けの直接投資は感染症拡大後に伸長)
2015年12月のAEC発足以来、投資機運が高まる中で、ASEANに対する直接投資は増加基調で推移している164。ASEANへの直接投資は、2017~2019年には中国向けを上回る規模となった。感染症拡大期の2020年には▲30%と減少したものの、2021年には+42%となりコロナ前の水準を取り戻した(第2-2-2図)。
UNCTAD (2016)によれば、近年の外国直接投資は、従来型の4つの主な動機(資源追求型、市場追求型、効率(コスト)追求型、戦略的資産(技術等)追求型)に加え、グローバル・バリュー・チェーン型の動機が高まっている。ASEAN諸国は、立地上の利点に加えて、多様な経済発展段階にあることから、多国籍企業の様々なバリュー・チェーン活動を支えることが可能と指摘している。
特に、2018年半ばに米中貿易摩擦が本格化した後、2019年からアメリカとEUの直接投資の合計値は着実に増加しており、全体値が減少した2020年にも増加し(+5.8%)、2021年には更に高い伸びとなっている(+41.8%)。なお、2021年には中国からの直接投資も高い伸びとなった(+95.6%の136億USドル)。直近10年(2012年から2021年まで)の累積でみると、アメリカ、日本、EUの順で積極的に直接投資を行っている。
投資先を国別にみると、シンガポールが全体の7~8割で推移している(第2-2-3図)。シンガポールへの直接投資は、2020年の実績では、47.5%が金融・保険業(うち39.7%は持株会社)となっている165。これは欧米等の多国籍企業がASEANの長期的な成長を見込む中で、ASEAN諸国に自国籍の現地企業を展開する際に、金融センターとして各種制度や誘致策の整ったシンガポールに財務統括拠点や投資持株会社を設立することで、金融面からの支援やアジアグループの資金管理を効率的に行うためとされる。
(対ASEAN直接投資は製造業が増加)
産業別にみると、金融・保険業のシェアが高い。金融・保険業の次にシェアが高いのは製造業である。特にシンガポールを除いたASEANでみると、感染症拡大期の2020年を除き、近年は製造業のシェアが最も高い166。製造業への直接投資は2015年末のAEC発足を機に、それ以降高い伸び率での増加が続いた(2017年+49.5%、2018年+94.6%)。2018年には過去最大規模となり、製造業投資は直接投資全体の4割超を占めた。2018年後半に本格化した米中貿易摩擦は、その後の対ASEAN直接投資を増加させる一因となったとみられ、感染症拡大期の2020年を除き高水準で推移している(第2-2-4(1)図)。
出資国別に動向をみると、アメリカの対ASEAN直接投資は、金融・保険業の大型案件のタイミングによる大幅な増減等を背景に1672018年には前年比でマイナスとなったが、2019年以降は増加基調にある。産業別内訳をみると、米中貿易摩擦が本格化した2018年以降、製造業投資が2017年以前に比べ顕著に増加した168。感染症拡大期の2020年には停滞したが、2021年には改めて増加した。その他、2019年は卸・小売業、2020年以降は金融・保険業等が高い伸びとなっている(第2-2-4(2)図)。
中国の対ASEAN直接投資は、2017年をピークに、主に金融・保険業の直接投資額の減少を受けて前年比マイナスが2020年まで続いたが、2021年には急増した。産業別内訳をみると、製造業の直接投資は、米中貿易摩擦の本格化以降に増加が顕著になっている。2019年には大幅な伸びとなり(+109.9%)、感染症拡大期の2020年には若干減少したが、2021年には更に大規模になり(+31.6%)、過去10年での最高値を更新した(第2-2-4(3)図)。
日本の対ASEAN直接投資をみると、2019年まで高水準で推移した後、感染症拡大期の2020年、2021年には低水準にとどまった。産業別内訳をみると、製造業の直接投資額の振れが大きい(第2-2-4(4)図)。
以上のように、2018年に米中貿易摩擦が本格化した後には、感染症拡大期の2020年を除いて、アメリカ、中国、EU(後述)等ではASEAN向けの直接投資、特に製造業の直接投資が増加した傾向が確認できる。
(ASEAN諸国の賃金は上昇)
このように、ASEAN向けの直接投資が増加基調となってきた背景の一つとして、従来ASEAN諸国では、労働コストの低さを重視する外国企業が進出する中で、加工貿易に依拠した成長モデルが広がってきたと指摘されている169。そのようなASEAN諸国の賃金面での優位性は、近年ではどのような変化がみられるだろうか。
ILOによる直近年の各国平均月収(米ドル換算値)をみると、早くから活発な中継貿易や金融センター化により発展したシンガポール、資源国のブルネイでは従来から相対的に高水準にあるが、その他の国々でも上昇してきており、2014年時点の中国の賃金水準に近付きつつある国もみられている(第2-2-5図)。また、内閣府(2022a)は、インドネシア、ベトナム、タイの単位労働費用が上昇傾向であることを指摘している。他方で、中国の賃金の伸び率がより高いことから、ASEAN諸国の賃金水準の対中国比率は、2010年代半ばから直近年にかけて低下しており、ASEAN諸国の中国に対する賃金面での優位性は高まっている170(第2-2-6表)。
ただし、今後ASEAN諸国においても人口構造の変化が進み、労働力が農村部等から豊富に供給される段階を過ぎると(いわゆる「ルイスの転換点」)、労働需要が旺盛な下で賃金水準は更に高まり、一部の国では賃金コスト面での優位性は変化していく可能性がある。したがって、進出する外国企業は、ASEAN諸国で製造・輸出する製品の高度化を進め、賃金コストの上昇に見合う利益を得られるようにしていく必要がある。
2.特定国への供給依存の変化
これまでにみたとおり、ASEAN諸国は、従来の労働コスト面での優位性に加え、自国の経済発展や産業の高度化、更には米中貿易摩擦及び感染症拡大の下で、諸外国の進出や直接投資を受け入れ、貿易を拡大させてきた。こうした特殊な貿易環境の中で、現状においては、ASEAN諸国の貿易は、特定国の供給や需要への依存関係がどの程度みられるだろうか。こうした問題意識から、本項では、ASEANの貿易構造の変化に関する品目レベルの分析を進める。
(ASEANの対中貿易依存度は長期的に上昇し、感染症拡大後は一段と上昇)
以下では、ASEANstatsの貿易データのうち、HSコード1716桁ベースの品目別データを用いる。品目数は約5,000品目172であり、2022年11月末で2003~2021年の年次データが利用可能となっている。
まず、ベトナムにおいて、輸入先国のシェアが1か国で5割以上を占める品目(以下「集中的供給財」という。)の数を調べ、品目数と輸入金額比率の上位3か国を抽出すると、
(ⅰ)品目数上位3か国は、2011年は中国(692)、日本(189)、韓国(119)、2021年は中国(1,927)、日本(233)、韓国(143)となり、過去10年間で中国からの供給に依存する品目が大幅に増加している。2021年には中国からの輸入が5割以上に相当する品目が全体の約4割に達する状況となっており、米独日の3か国より顕著に、特定国(中国)への集中がみられている(後掲Boxを参照)。
(ⅱ)輸入金額比率は、2011年は中国(7.6%)、韓国(2.1%)、日本(2.1%)、2021年は中国(20.4%)、韓国(5.5%)、日本(0.5%)となる。特に2021年は中国が顕著に高いものの、その比率は品目数の比率(39.6%)に比べ相対的に低くなっている173(第2-2-7図)。
以上から、2011~2021年の間、ベトナムの対中輸入依存度は、品目数と金額の両面から高まったことが確認される。
同様に、タイにおいて、集中的供給財の品目数と輸入金額比率の上位3か国を抽出すると、
(ⅰ)品目数は、2011年の中国(666)、日本(320)、アメリカ(126)から、2021年は中国(1,563)、日本(354)、アメリカ(162)となる。中国からの輸入が5割以上に相当する品目が、全体の約3割に達する状況であり、米独日の3か国以上に、特定国(中国)への集中がみられている(後掲Boxを参照)。
(ⅱ)輸入金額比率は、2011年は日本(6.4%)、中国(3.5%)、アメリカ(0.4%)、2021年は中国(13.6%)、日本(3.8%)、アメリカ(0.6%)と、中国が顕著に高まった。ただし、その比率は品目数の比率(30.8%)に比べ相対的に低くなっている174(第2-2-8図)。
同様に、インドネシアにおいて、集中的供給財の品目数と輸入金額比率の上位3か国を抽出すると、
(ⅰ)品目数は、2011年は中国(686)、日本(183)、シンガポール(156)であり、2021年は中国(1,657)、日本(235)、シンガポール(138)となる。中国からの輸入が5割以上に相当する品目が全体の約3割を超え、米独日の3か国以上に、特定国(中国)への集中がみられている(後掲Boxを参照)。
(ⅱ)輸入金額比率は、2011年は中国(4.4%)、日本(1.8%)、シンガポール(1.1%)、2021年は中国(19.5%)、日本(2.2%)、シンガポール(0.9%)と、中国が顕著に高いものの、その比率は品目数の比率(33.1%)に比べ相対的に低くなっている175(第2-2-9図)。
Box.先進国の対中貿易依存度
内閣府(2022a)では、アメリカ、ドイツ、日本の2009年と2019年の輸入データを品目別に分析し、いずれの国でも、輸入先が中国に集中(輸入総量の5割以上が中国)している品目が多いことを確認した。
新たに利用可能になった2020年(注)の輸入についても同様に確認すると、アメリカ・ドイツ・日本の3か国共に、引き続き輸入先が中国に集中している品目が多く、感染症拡大で世界的に供給制約が生じた中でも、中国から集中的に供給される品目が多い姿が継続したことがうかがえる。品目数は、アメリカでは10品目(0.3%)の減少、ドイツでは3品目(0.1%)の増加、日本は51品目(1.1%)の増加となった(図1)。また、各国で上位3か国の順位に変化はみられなかった。この結果からは、感染症拡大下でも、特定国への集中構造には大きな変化は無かったことが確認できる。
(注)フランス国際経済予測研究センターのデータベース(BACI)における、2022年10月のデータ。
(ベトナム貿易では中国からの供給財への依存度が上昇)
以上、ベトナムの世界全体との貿易における、集中的供給財/需要財の比率や業種分類の比率とその変化を確認した。以下では、中国のASEANを経由した対米輸出の議論を踏まえ、特にベトナムと中国との貿易に焦点を当てて分析する。
ベトナムの対中輸入において、前述の8業種分類のうち、
(ⅰ)労働集約的(L)、資源集約的(R)、資本集約的(高スキル)(HC)の3業種をみると、2011年のL(209)、HC(195)、R(116)から、2021年はL(698)、HC(481)、R(200)となる。
(ⅱ)輸入金額比率は、2011年のHC(3.6%)、L(1.1%)、R(0.7%)から、2021年はHC(9.2%)、L(4.7%)、R(0.8%)となる176(第2-2-10図)。
ベトナムの対中輸出において、前述の8業種分類のうち、
(ⅰ)労働集約的(L)、資源集約的(R)、資本集約的(高スキル)(HC)の3業種をみると、2011年のR(42)、L(26)、HC(25)から、2021年はR(114)、L(110)、HC(73)となる。品目数は、対中輸入における集中的供給財に比べて少ないものの、過去10年で2~4倍に増加している。
(ⅱ)輸出金額比率は、2011年のHC(1.0%)、R(0.9%)、L(0.5%)から、2021年はHC(8.5%)、L(1.2%)、R(1.3%)となる177。2021年には資本集約的(高スキル)品目の比率が大きく高まっており、高付加価値化が進展したことがうかがえる(第2-2-11図)。
(ASEAN諸国の資本集約財の輸入は中国に依存)
品目数、金額面共にシェアが上昇傾向にある資本集約(高スキル)的業種(HC)について、具体的品目をみると、ASEAN各国で、中国からの輸入が上位に並ぶケースが多くなっている。なお、タイ、インドネシアはモバイルパソコン(1位)、マレーシアはテレビ(2位)、カンボジアはワクチン(1位)、除草剤(2位)など、最終財が上位にあるが、ベトナムは1~5位が工業製品の部品で占められている(第2-2-12表)。
以上から、2011~2021年にかけて、ASEAN諸国は中国からの集中的供給財の輸入が増加しており、中でも資本集約的(高スキル)品目のシェアが高まりつつあることが確認された。特にベトナムにおいて、集中的供給財の上位を中国製の(最終財ではなく)部品が占めている点は、1節2項の付加価値貿易の分析でみられたように、グローバル・バリュー・チェーンにおいてベトナムの後方参画率が高まっている点と整合的であり、海外製の部品として中国からの供給に依存している姿が裏付けられている。
(対米輸出は半導体関連が急増)
次に、ASEAN諸国の対米輸出品目をみると、資本集約(高スキル)的業種においては、テレビ、半導体デバイス、パソコン等、部品としての半導体を用いて製造される電気(電子)機器が、特にベトナムにおいて多くみられる(第2-2-13表)。他方、カンボジアからの輸出品は、高スキル的業種の中でも要求される技術水準が相対的に低いとみられる品目が並んでおり、各国の発展段階に応じて多様な製品を供給・輸出している状況がうかがえる。この点は、後述するように、UNCTAD (2016)が、ASEAN諸国は多様な経済発展段階にあることから、多国籍企業の様々なバリュー・チェーン活動を支えることが可能と指摘している点と整合的である。
(ASEAN諸国の半導体関連品目の対中輸入・対米輸出は過去10年で急増)
以下では、ASEAN諸国の貿易(対中輸入・対米輸出)において存在感の高まる半導体関連品目180について、より詳細に確認する。
まず、ベトナムの対中輸入においては、2011年時点では半導体関連品目の規模・種類は少なかったが、2021年には対象13品目が全て中国から輸入され、大幅に増加したことが分かる(第2-2-14(1)図)。対米輸出に関しては、2021年においても輸出されている品目は少ない。ただし、プロセッサ・コントローラや発光ダイオード等、一部品目については2021年にかけて大規模な輸出が行われるようになったことが分かる(第2-2-14(2)図)。
次に、マレーシアの対中輸入においては、2011年時点で既に多く輸入されていた品目が、2021年には更に多く輸入されるようになり、ASEAN諸国の中でも半導体製造が早くから進んでいたことと整合的である(第2-2-14(3)図)。対米輸出に関しても、集積回路から発光ダイオードまで幅広い品目を輸出しており、後発のベトナムと対照的となっている(第2-2-14(4)図)。
最後に、タイの対中輸入においては、マレーシアには規模は劣るものの、種類の点では遜色ない多様な品目を輸入していることが分かる(第2-2-14(5)図)。特に、2011年時点ではほぼゼロであった集積回路、集積回路部品が、2021年には大規模に輸入されている。対米輸出に関しては、2011年時点から集積回路の輸出は行われており、2021年には規模が拡大した(第2-2-14(6)図)。一方で、集積回路部品やメモリの輸出は、2011年から2021年にかけて規模が縮小しており、輸出対象が一様に増加している訳ではない。この点は、ASEAN内外の国々との技術面や価格面での優位性の違い等に応じて輸出品目の変化が進んでいる可能性を示唆している。
3.特定国への依存リスクと「ASEANシフト」の動き
(中国の厳格な防疫措置はサプライチェーンにも影響)
中国では、2022年4~5月に上海市でロックダウンが行われ、上海市に隣接する江蘇省等も含む長江デルタ地域で生産、物流が停滞し、貿易の減少を通じて、諸外国のサプライチェーンにも大きな影響を及ぼすこととなった。上海港のコンテナ取扱量をみると、4~5月に急減しており、7月には回復に転じた(第2-2-15図)。しかしながら、夏の観光シーズンに感染症再拡大がみられ、10月の党大会を前に厳格な防疫措置が続けられたことから、8月以降には改めて減少傾向となった。中国における感染動向と厳格な防疫措置は、工場の操業停止や物流の混乱による部品供給の停滞等、サプライチェーンにも影響するリスクとなっており、貿易面で中国依存度の高いASEAN諸国には大きな影響が波及し得る(第2-2-16図)。
(在中企業の投資計画に生じた「チャイナ・プラスワン」181の動き)
在中米国企業に対するアンケート調査182によれば、89%の企業は中国での事業は利益が上がったとしつつ、96%の企業は厳格な防疫措置の影響を受けたとした。また回答企業の半数以上は投資計画を停止・延期・撤回したと回答した(第2-2-17(1)図)。さらに、回答企業の1/4近くが、過去1年でサプライチェーンの一部を中国から移転したとした(米国8%、その他地域16%)(第2-2-17(2)図)。
同様に、上海米国商会の調査183では、2022年の対中投資が前年比で減少した企業は19%となり、上位の理由はいずれも防疫措置の関連であった。前年比で増加した企業は30%であり、第一の理由は中国市場の成長ポテンシャルとした。過去1年間に中国に投資予定であった計画を他国・地域の市場への投資に変更した企業は3割に上り、2021年の調査結果の2倍近くとなった。今後1~3年以内に事業・拠点の中国外への移転を検討中とした企業は17%となり、理由として米中関係と防疫措置が挙げられた。
4.各国の対ASEAN関係強化の動き
(企業の「ASEANシフト」は今後も進展する見込み)
本節1項でみたとおり、足下では旺盛なASEAN向け投資がみられるが、今後の動向はどうであろうか。在ASEAN米国企業に対する調査184によれば、今後5年間のASEANにおける貿易・投資量について、増加と回答した企業が89%に達した(同程度10%、減少2%)。増加の理由は、中所得層の増加、労働力の利用可能性、インフラの改善、生産コストの競争力といった前向きな理由が並んでおり、ASEANの成長性や良好な企業活動環境に対する期待がみられる(第2-2-18(1)図)。
一方、今後5年間で米中貿易摩擦が在ASEAN企業の活動に与える影響については、影響があると回答した企業が85%に及んだ(大いに影響27%、一定程度影響58%)。予期される影響の表れ方としては、中国企業との競争の激化、新たなサプライヤーの選定、投資や人材の中国からのシフトの必要性等が上位に並んでおり、米中貿易摩擦への対応策として「ASEANシフト」の必要性が意識されている(第2-2-18(2)図)。
UNCTAD (2022, 2021) は、近年の地政学的緊張とサプライチェーンの試練は、ASEANへのより多くの再配置をもたらす見通しと指摘している185。第2-2-18(1)図のようなASEAN諸国の経済的に前向きな要素に加え、米中貿易摩擦や感染症拡大によるサプライチェーン問題等、ASEAN諸国に起因しない問題の回避のためにも、「ASEANシフト」の重要性は高まっており、今後も進展していく見通しとなっている。
コラム5:サプライチェーンリスクの回避策としての中国現地生産の増加
本章においてはASEANとアメリカ、中国の関係を中心に分析を進めているが、EUもASEANに対して積極的な投資を進めてきている。
EUの対ASEAN直接投資は、年により変動が大きいが、総じて増加傾向となっている。産業別内訳をみると、米中貿易摩擦が本格化して以降、2019年から2021年にかけては製造業の増加が顕著になっており、感染症拡大期の2020年にも増加し(+31.6%)、2021年には更に増加した(+73.7%)(図1)。
一方で中国への投資については、慎重な見方が報告されている。中国EU商会は、2022年9月に公表した報告書186において、中国市場はゼロコロナ政策等によって予見可能性・信頼性・効率性が低下し、直接投資先としての地位を損ねていると指摘した。また、同商会会長は記者会見で「2020年初以降、加盟27か国から新たに中国に進出した企業は一社もない」等と述べた。
Kratz et.al (2022)も、近年は新たに中国に進出する欧州企業は事実上皆無としている。そうした中で、欧州企業の対中直接投資は、既に中国に進出済みの一部の大企業、特にドイツ系企業への集約度が高まっていると指摘している(図2、表3)187。
Kratz et.al (2022) は、中国で安定的な新規投資を維持している巨大欧州企業には、以下3点の主要な理由があると整理している。
(1)中国で大きな利益を得ており、中国市場が引き続き成長すると見込んでいる。
(2)過去の投資を無駄にせず、また中国地場企業に追いつかれないために、競争力を維持する必要がある。
(3)「更なる現地化」を通じて、中国での事業を国際的なリスクから断ち切る。
中国EU商会は、いまや各国企業は中国向けのサプライチェーンと中国以外のサプライチェーンを構築する必要性に迫られており、複数のサプライチェーンを維持することはコスト面で大きな問題となっていると指摘している。
(諸外国政府は対ASEAN関係を強化)
経済的な観点のみならず地政学的な観点を含めた理由からも、諸外国政府はASEAN諸国との関係を強化する動きをみせている188。世界経済が両陣営で分離されていたかつての冷戦期と比較して、現在の米中は経済面での相互依存関係が高まっている。こうした中で、アメリカは、欧州やアジアとの連携を重視しており、2022年2月に公表した「インド太平洋戦略」では、ASEAN諸国との協力の重要性を強調した189。2022年11月の米ASEAN首脳会議では、米ASEAN関係を従来の「戦略的パートナーシップ」に代えて「包括的・戦略的パートナーシップ」を立ち上げ、協力分野を気候変動やエネルギー分野に拡大することで合意した。同会議でバイデン米大統領は、「インド太平洋戦略」の中核にASEANがあると表明し、「気候やルールに基づく秩序、法の支配への脅威に共に取り組んでいく」と強調した。
中国側の動きについてみると、2021年11月、中国ASEAN特別首脳会議にて、中国ASEAN関係を従来の「戦略的パートナーシップ」に代えて「包括的・戦略的パートナーシップ」を立ち上げた。共同声明では、ASEAN独自のインド太平洋構想190と中国の「一帯一路」構想について、双方に利益のある協力方法を模索していくこととした。2022年11月、ASEAN+3(日中韓)首脳会議で李克強中国国務院総理は「ASEAN+3の協力と発展は国際的サプライチェーンの安定・円滑化に資する」「現在の国際情勢は複雑で変化が多く、ASEAN+3は引き続き地域と世界の平和・繁栄の促進に尽力すべき」等と述べ、中国側としてもASEANとの連携の重要性を強調した(第2-2-19表)。
米中のこうした動きは、ASEAN諸国との関係が、自国にとってのサプライチェーン上の重要性にとどまらないことを示している。地政学的リスクも踏まえ、経済関係の強化のみでは十分ではなく、経済以外の分野でも包括的に関係性を強化し、各方面での相対的な優位性を維持する必要性が従来に増して高まっていることが示唆されている。
我が国も、2022年11月にはASEAN諸国との首脳会談を相次いで開催するなど、各国との関係深化が進んでいる。タイとの両国関係は包括的・戦略的パートナーシップに格上げされた。また、カンボジアとの両国関係は、2023年に包括的・戦略的パートナーシップに格上げすることで合意された。
また、近年、中東諸国とASEAN諸国の関係強化の動きが進んでいる(第2-2-20表)。中東にとっては、世界的な脱炭素の潮流の中で、原油等の資源輸出に依存した経済から改善を進めるべく、産業の多角化の取組が必要となっている191。従来は、中国との関係を強化しつつ多角化が進められてきたが192、米中貿易摩擦や、中国における厳格な防疫措置によるサプライチェーンリスクが顕在化し、過度な中国依存はリスクと認識される中で、ASEAN諸国との関係強化が模索されている。