第2章 ASEANの貿易構造と特定国への依存リスク軽減の動き(第3節)

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第3節 まとめ

本章では、貿易面でのASEANの存在感の上昇と、サプライチェーン安定化のための諸外国による対ASEAN直接投資の増加等について整理した。

1節では、世界貿易の中で存在感の高まるASEAN諸国について、貿易が量的に拡大するのみならず、輸出品目と輸入品目が共に高度化する質的変化が進んでいることを確認した。ASEAN諸国は、輸出総額の中で機械製品等の比率を高めており、幅広い重要品目を製造・輸出する「世界の工場」の役割も担いつつあり、こうした中で、近年ASEAN諸国は中国との相互依存関係を深化させている状況が確認された。

2節では、近年は欧米諸国の対中直接投資に減速がみられる一方で、ASEAN向けの直接投資は大きく伸びており、金融・保険業を除けば製造業の増加が顕著であることを確認した。労働コスト面の優位性等から諸外国の進出が活発な貿易・投資環境の中で、ASEAN諸国の貿易品目には、過去10年で半導体関連品目の急速な増加もみられている。一方で、部品供給においては、中国からの供給に依存する品目が極めて多数に上ることも確認された。企業へのアンケート調査では、米中貿易摩擦や中国の厳格な防疫措置を理由として、対中直接投資の見直し、ASEANを含む他の地域への振替が検討され、ASEANにおける貿易・投資は今後も拡大する見通しであった。また、経済にとどまらず気候・エネルギーを含む包括的な協力関係の構築を米中双方が模索し、中東諸国もASEANとの関係強化を模索している動きもみられている。日本もASEAN諸国との関係深化を活発に進めている。

欧米等主要国においては、対中依存の見直しを目指す動き(いわゆる「チャイナ・プラスワン」の下での「ASEANシフト」)が一部で進みつつある。しかしながら、ASEAN諸国では貿易面での対中依存度が急速に高まっており、その意味では、ASEAN諸国においても、中国に関連するサプライチェーン上のリスクの軽減は容易ではない点には留意が必要である。

ASEAN外の国や企業は、ASEAN諸国をめぐる重要性と複雑性が増す中で、各国・企業がサプライチェーンを最適化するためには、ASEAN諸国との関係をより戦略的に検討することが必要となる。ASEAN諸国への直接投資等をめぐる競争が高まる中では、単に自国側の必要性に基づく短期的な経済的関係にとどまらず、ASEAN諸国側から求められることが重要となろう194。すなわち、ASEAN諸国自身が中長期的な発展のために必要としていること(生産性の上昇、技術移転、脱炭素等環境面を始めとした課題解決等)に如何に適切に応じられるかの重要性が、これまで以上に高まっているといえよう。


194 ASEAN諸国が、労働コスト面での優位性が減じた時点で経済成長率が鈍化し、高位中所得国や高所得国への移行が停滞する「中所得国の罠」の状態に陥らないためには、自国企業による生産や技術進歩を可能とすることが必須とされる(トラン・苅込(2019))。

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