第2章 ASEANの貿易構造と特定国への依存リスク軽減の動き(第1節)

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第1節 ASEAN諸国の貿易構造

1.ASEAN諸国の貿易の拡大

本項ではまずASEAN諸国の貿易の拡大を概観する。その際、特に中国やアメリカ等との貿易動向を輸出入両面から確認する。

(世界貿易の中でASEANの存在感が上昇)

ASEANと日本、アメリカ、中国の貿易について、2015年からの変化を概観する(第2-1-1図)。2021年の財の世界貿易額が2015年比で34.5%増加し、約22兆ドルとなる中で、ASEANの対中輸入額は2015年から73.4%増の4,836億ドル、対中輸出額は99.5%増の2,830億ドルとなり、ASEANは中国との輸出入を大きく拡大している136。この間、中国の対米輸出額は40.6%増の5,776億ドル、対米輸入額は30.0%増の1,511億ドルとなっており、輸出額は中国からアメリカ向けが大きいものの、輸出入双方の伸び率はASEAN向けが大きく、経済成長の著しかったASEANと中国137の貿易依存関係が急速に深まったことがうかがえる。

また、ASEANの域内貿易は32.5%増の3,762億ドルとなっており、加盟国が相互に市場として成長してきたことが分かる。

さらに、ASEANの対米輸出額は約2倍の2,579億ドルと中国向け輸出額と拮抗するまで増加するものの、対米輸入額は25.3%増の941億ドルにとどまり、ASEANはアメリカに対して相対的に財・サービスの供給源として成長してきたとみられる。

なお、この間の日本の対ASEAN輸出入の伸び率は、アメリカ、中国と比べてやや低い水準にとどまっている。

第2-1-1図 2021年のASEANの輸出入額及び2015年比(USドル)

ASEAN諸国の貿易総額について、世界側の内訳をみると、2011年138から2021年の10年で、各国・地域で総じて顕著に増加している(世界1.4倍、アメリカ1.8倍、EU1.3倍、ASEAN1.2倍、中国2.3倍、日本0.9倍、韓国1.5倍)(第2-1-2(1)図)。ASEAN側の内訳をみると、各国で増加しており、特にベトナムで顕著となっている(2021年は2003年比14.7倍、2011年比3.3倍、2020年比+22.8%)(第2-1-2(2)図)。

第2-1-2図 ASEAN諸国の貿易総額(対世界)

こうしたASEAN諸国の貿易額の増加は、ASEAN諸国と世界各国との貿易の相互依存関係の高まりにもつながっているだろうか。輸出総額に占める輸出先のシェアをみると、世界の輸出先としてのASEANの比率は2003年の5.4%から2021年時点で7.6%まで上昇した(第2-1-3図)。同期間中の推移は、中国(5.2%→10.4%)、韓国(2.2%→2.7%)、日本(4.6%→3.2%)、EU(35.4%→29.6%)、アメリカ(15.9%→13.1%)であり、先進各国向け輸出の比率が横ばいからやや低下する中で、中国やASEANといった新興国向け輸出の比率の高まりがみられる。

第2-1-3図 貿易の相互依存関係(米、中、日、韓、ASEAN

同様に、輸入総額に占める輸入先のシェアをみると、世界の輸入先としてのASEANの比率は2003年の6.2%から2021年時点で7.8%に上昇した(第2-1-4図)。同時期の推移は、中国(5.7%→15.3%)、韓国(2.5%→2.9%)、日本(6.2%→3.4%)、EU(37.3%→30.1%)、アメリカ(9.5%→8.0%)であり、先進各国のシェアが微増から低下にとどまる中で、中国やASEANといった新興国からの供給への依存度の高まりがみられる。

第2-1-4図 貿易の相互依存関係(米、中、日、韓、ASEAN

それでは、同期間に主要国・地域の輸入依存度はどのように変化してきただろうか。各国・地域の輸入先のシェアの推移(2003~2021年)をみると、

(ⅰ)アメリカにおいては、EU(17.4%→16.4%)、日本(9.7%→4.7%)、中国(7.6%→20.1%)、韓国(2.8%→3.3%)、ASEAN(6.2%→9.0%)と、中国とASEANの比率の高まりが顕著となっている(第2-1-5(1)図)。

第2-1-5図 貿易の相互依存関係(米、中、日、韓、ASEAN

(ⅱ)EUにおいては、アメリカ(4.5%→4.2%)、EU(64.8%→61.9%)、日本(2.3%→1.1%)、中国(2.5%→7.9%)、韓国(0.9%→1.0%)、ASEAN(2.0%→2.3%)と、EU域内の貿易が大部分を占める中で、中国はシェアを高め、ASEANも小幅ながらシェアが高まっている(第2-1-5(2)図)。

(ⅲ)中国においては、アメリカ(7.1%→6.6%)、EU(11.0%→11.5%)、日本(14.4%→7.1%)、韓国(8.8%→7.1%)、ASEAN(7.8%→12.3%)と、ASEANの比率の高まりがみられる(第2-1-5(3)図)。

(ⅳ)日本においても、アメリカ(14.8%→10.6%)、EU(11.4%→10.4%)、中国(16.9%→23.5%)、韓国(4.9%→4.3%)、ASEAN(16.0%→16.1%)と、中国とASEANの比率が高水準で維持されている(第2-1-5(4)図)。

ASEAN諸国にとっては、どの国・地域のシェア(依存度)が高まっているだろうか。ASEAN諸国の輸出総額に占める輸出先のシェアの推移(2003~2021年)をみると、アメリカ(15.8%→15.1%)、EU(11.1%→8.9%)、日本(11.9%→6.6%)、中国(6.5%→16.5%)、韓国(3.7%→4.1%)、ASEAN(24.8%→22.0%)と、中国について顕著な高まりがみられる(第2-1-6(1)図)。

ASEAN諸国の輸入総額に占める輸入先のシェアは、アメリカ(11.0%→5.7%)、EU(9.2%→5.7%)、日本(14.9%→6.8%)、中国(7.5%→29.1%)、韓国(4.9%→6.5%)、ASEAN(28.6%→22.6%)と、2021年には中国からの供給に対する依存度が2003年の4倍近くに拡大し、ASEAN域内からの輸入を上回る規模となっている(第2-1-6(2)図)

第2-1-6図 貿易の相互依存関係(米、中、日、韓、ASEAN

(米中貿易摩擦・感染症拡大の下で、ASEANの対米及び対中輸出は更に増加)

近年、米中貿易摩擦や感染症拡大といったサプライチェーンに影響する問題が発生しており、貿易の安全保障(リスクヘッジ、損失の最小化)の観点からも、ASEANの重要性は高まっている。こうした中で、ASEANの対米・対中貿易関係はどのように推移しただろうか。2003年139以降の推移をみると、ASEANの対米輸出は、2008~2009年の国際金融危機の時期を除き、一貫して増加している。輸出金額の年平均の伸び率は、国際金融危機を挟んで2003~2007年は+9.5%、2010~2017年は+5.2%と減速したが、米中貿易摩擦の拡大後の2018~2021年は+15.7%と加速がみられている。この加速は、感染症拡大で世界経済の減速や供給制約が発生する不利な状況の下でも衰えることは無く140、2020年には+15.1%、2021年には+20.6%に達した(第2-1-7図)。

国別にみると、最も伸び率が大きいのは他のASEAN諸国に比べて積極的な自由貿易協定(FTA)戦略を展開し低関税で輸出ができるベトナムである141ASEANの対米輸出シェアでみても、ベトナムの比率は急速に高まっている(2003年は5.4%、2021年は37.7%)。

第2-1-7図 ASEAN諸国の対米輸出

このようなASEANの対米輸出の拡大の背景としては、米中貿易摩擦が本格化した2018年以降の中国企業によるASEAN諸国への生産移管の可能性が指摘されている142。アメリカの中国及びASEANからの輸入をみると、2018年以降は中国からの輸入が伸び悩む中で、ASEAN(特にベトナム)からの輸入は大きく増加している(第2-1-8図)。当該データは米ドル建てであるため為替変動の影響が含まれるが、現地通貨建てでみても、2017年を基準としたときのベトナムの対米輸出の水準は、中国のそれを大きく上回って推移している(第2-1-9図)。

第2-1-8図 アメリカの輸入の推移(中国、ASEAN、ベトナム)(米ドル建て)
第2-1-9図 中国、ベトナムの対米輸出の推移(現地通貨建て)

また、ASEANの対中輸出は、2009年の国際金融危機、2015~2016年の中国株式市場ショックの時期を除いて増加が続いている。年平均成長率は、国際金融機以前の2003~2007年は+26.1%と極めて高い伸び率であった。2009~2012年は+20.5%と、ASEAN中国自由貿易協定(ACFTA143の正式発効(2010年1月)や中国の内需回復を受けて高い伸びがみられたものの、2012年以降は伸びが一服し、2015~2016年には中国の成長率鈍化に応じた減速がみられた。しかしながら、2018~2021年には+10.7%と再び加速している。感染症が拡大した2020年にも+8.1%とプラス成長を維持し、2021年は+28.2%に達した(第2-1-10図)。

国別にみると、最も伸び率が大きいのは対米輸出と同様にベトナムであり、ASEANの対中輸出シェアでみても、ベトナムの比率は急速に高まっている(2003年は5.6%、2021年は19.9%)144

第2-1-10図 ASEAN諸国の対中輸出

ASEAN諸国の対米・対中貿易について、ASEAN経済共同体(AEC145の発足した2015年に対する比率をみると、多くの国々で規模が2倍程度に達するなど大幅な増加となっており、カンボジアやミャンマー等の後発発展国では更に高い比率となっている。ベトナムの2016~2021年の年平均成長率は、対米輸出+19.2%、対米輸入+11.7%、対中輸出+22.4%、対中輸入+14.2%と、いずれもASEAN全体を上回っている146(第2-1-11表)。

第2-1-11表 ASEAN諸国の対米・対中貿易(対2015年比)

ASEAN諸国の貿易:一部には中国のASEANを介した対米輸出が示唆される動きも)

(ⅰ)アメリカの対中輸入の減少と対ベトナム輸入の高まり

ASEANの中でも対米輸出シェアが急速に高まったベトナムは、「米中貿易摩擦の漁夫の利を得た」とも指摘される147。2018年後半から米中貿易摩擦が本格化する中で、アメリカの対中輸入は減少傾向となり、2019年は一貫して前年比マイナスで推移した(第2-1-12図)。他方、アメリカの対ベトナム輸入は、2019年に入り一貫して前年比で大幅な伸びとなり、対中輸入と対照的な動きとなった。これには、アメリカ企業が対中輸入の減少を補うべく、ベトナムを始めとしたアジア諸国に輸入先を振り替えたことに加えて、中国企業が追加関税措置を回避するため、ベトナム等で一部の最終工程を経た上で対米輸出を行ったことが影響しているとみられている。2020~2021年の感染症拡大期には、供給制約の発生や、一部の財(防疫物資やパソコン等)への需要急拡大等の影響を受けて、前年比での伸びは大幅に振れることとなった。しかし、2021年後半以降は、前年の反動の影響も落ち着き、対中輸入はプラスで推移しているものの、対ベトナム輸入の方がより高い伸び率となる傾向が続いている。

第2-1-12図 アメリカの輸入額(2019年から対中減少・対ベトナム増加の傾向)
(ⅱ)中国のASEANを介した対米輸出と考えられる例:太陽光パネル

中国のASEAN経由の対米輸出と考えられる例として、太陽光パネルが挙げられる。太陽光パネルの対米輸出市場でのシェアをみると、アメリカの輸入規制措置を受けて2012年以降中国が低下する一方で、ASEAN(マレーシア等)が上昇し、特に米中貿易摩擦の本格化した2018年以降の変化が大きい(第2-1-13図、第2-1-14表)。

太陽光パネルの輸出元の変化を巡っては、アメリカの生産者は中国のASEANを介した対米輸出の規制強化を訴える一方、アメリカの消費者や設置事業者は供給不足を懸念している。中国は太陽光パネルの市場占有率が高いため、アメリカにとって対応が難しい状況とされている。

第2-1-13図 各国の太陽光パネル等の対米輸出動向(米輸出市場でのシェア)
第2-1-14表 太陽光パネル等の輸入にかかるアメリカの規制措置

2.ASEAN諸国の貿易の質的変化

ASEANの貿易は機械製品等に重点がシフトし「世界の工場」に広がり)

前項では、ASEANの貿易規模の拡大傾向が確認された。こうした拡大は、特にどのような業種や品目でみられているだろうか。ASEANの輸出の品目シェアをみると、2003年時点で機械・電気機器は47%を占めていたが、その他業種の比率が高まる中で、2011年には31%まで低下した。その後改めて上昇傾向となり、2021年には39%を占めている。この間、衣料品・靴等は7%程度を維持しており、大きな変化はみられない(第2-1-15図)。輸入の品目シェアについても、機械・電気機器は近年改めて上昇する傾向がみられている(2003年46%、2011年32%、2021年38%)(第2-1-16図)。

第2-1-15図 ASEANの輸出(対世界)品目シェア
第2-1-16図 ASEANの輸入(対世界)品目シェア

ASEANの輸出先をアメリカについてみると、機械・電気機器のシェアは2003年の56%から2011年には36%まで低下したが、その後徐々に上昇し、2021年には44%まで高まった。衣料品・靴等は2003年、2021年共に17%と安定的に推移している(第2-1-17図)。

第2-1-17図 ASEANの輸出(対アメリカ)品目シェア

ASEANの対中国輸入の品目シェアをみると、機械・電気機器は2003年の52%から一旦低下する傾向はみられず、2011年50%、2021年49%と高水準が続いている(第2-1-18図)。

第2-1-18図 ASEANの輸入(対中国)品目シェア

以上のように、ASEAN全体でみた場合には業種別の輸出入シェアはおおむね安定的に推移しているが、国別にみると、大きな変化もみられる。ベトナムの対米輸出をみると、2003年時点では衣料品・靴等の比率が60%と最も高いシェアであり、2011年時点でも56%と同様であったが、その後10年間で低下が進み2021年には27%となった。また、食料等も2003年には26%と高いシェアであったが、2021年には5%まで低下した。他方、機械・電気機器は2003年時点ではわずか2%で、2011年時点でも9%に過ぎなかったが、その後上昇が加速し、2021年には43%に達した。なお、2018年(26%)から2019年(34%)、2020年(42%)への急速な高まりは、2018年に本格化した米中貿易摩擦を受けて、中国企業や在中国の外資企業が、ベトナムを始めとしたASEAN諸国に生産移管等を進めたことの影響を含んでいる可能性がある(第2-1-19図)。

第2-1-19図 ベトナムの輸出(対アメリカ)品目シェア

ベトナムの対中輸入をみると、2003年時点では鉱物性生産品・同製品のシェアが25%と最も高かったが、2011年時点で10%、2021年には2%と低下が続いた。衣料品・靴等は2003年の18%から、2011年時点で16%、2021年には13%と徐々に低下が進んだ。こうした中で、機械・電気機器の比率は継続的に高まっており、2003年の17%から、2011年には40%、2021年には52%まで高まった。また、対米輸出と同様に、2018年以降に増加ペースの加速がみられる(2018年45%、2019年48%、2020年53%)(第2-1-20図)。

第2-1-20図 ベトナムの輸入(対中国)品目シェア

以上のような状況からは、ベトナムの産業発展の動向に応じて、かつての一次産品や衣料品等が中心の貿易から、機械・電気機器製造が中心の貿易への転換・発展が進んだことを示している。「世界の工場」としての役割は、中国のみならず、ベトナムを始めとしたASEAN諸国にも拡大しつつあり、今後も進展していく可能性がある。

ASEAN諸国の貿易品目は高度化が進展)

以上のように、近年のASEAN諸国の貿易は、業種区分では機械製品等の比率の高まりが確認されたが、品目ベースではどのような財の貿易が活発に行われているだろうか。この点を確認するため、内閣府(2022)同様に、Xiong and Zhang (2016)の業種区分に倣って、貿易対象品目を(1)資源集約的(R)、(2)労働集約的(L)、(3)資本集約的(C)業種で生産される財に分類し、その構成比を求める。なお、(3)は高スキル業種(HC)、中スキル業種(MC)、低スキル業種(LC)と細分化される151

ベトナムの輸出において、前述の8業種分類のうち、

(ⅰ)品目数ベースでは、2011年のL(27.0%)、R(18.9%)、C(54.1%)から、2021年はL(26.4%)、R(22.0%)、C(51.5%)と、大きな変化はみられなかった。

(ⅱ)金額ベースでは、2011年のL(31.0%)、R(32.4%)、C(36.6%)から、2021年はL(25.4%)、R(11.3%)、C(63.3%)と、労働/資源集約財から資本集約財への比重の移行がみられた。中でも、高スキル業種の比率が大幅に高まった(2011年24.4%、2021年50.2%)152(第2-1-21図)。

第2-1-21図 ベトナムの輸出品目の比率の変化

以上から、2011~21年にかけて、ベトナムの輸出品目は、高度化(労働/資源集約的業種から資本集約(高スキル)的業種への比重の移行)が進んでおり、特に金額の面から、換言すれば高付加価値化が進行したことが確認される。

同様に、タイ、インドネシア、マレーシア、カンボジアの輸出品目の比率の変化をみると、各国の発展段階や資源賦存の状況に応じて、労働/資源集約的業種の比率の高低に特徴がみられるが、各国において、特に金額ベースで資本集約的業種(中~高スキル)の比率が高まり、産業の高度化(高付加価値化)が進んでいる傾向が確認される(第2-1-22図、第2-1-23図、第2-1-24図、第2-1-25図)。

第2-1-22図 タイの輸出品目の比率の変化
第2-1-23図 インドネシアの輸出品目の比率の変化
第2-1-24図 マレーシアの輸出品目の比率の変化
第2-1-25図 カンボジアの輸出品目の比率の変化

(付加価値面からは中国からASEANへの生産移管を示唆)

ASEAN諸国の貿易は、かつては安価な労働力を活用した単純労働に基づく加工貿易(中間財の輸入、最終財の輸出153)が主流とされてきた。近年はASEAN諸国の経済発展に伴う産業高度化、米中貿易摩擦の中でのASEANシフト等が進む中で、ASEANの貿易構造やグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の中での役割にはどのような変化がみられるだろうか。こうした問題意識から、本項では、製品の各生産工程で付加された価値の国際的な流れに注目した付加価値貿易の動向を確認する154

まず、OECDの付加価値貿易データ(Tiva)を用いて、世界の財輸出に占める各国・地域の付加価値シェア(最終財、中間財)をみると、以下の傾向がみられる(第2-1-26図)。

(1)中国のWTO加盟前の1995年時点では、最終財・中間財共に、ASEANの付加価値シェアは中国よりも高水準であったが、2000年以降は最終財・中間財共に中国のシェアが急上昇し、2000年代半ばまでにASEANを逆転した。

(2)中国のシェアは、2000年代以降も上昇が続いたが、2015年以降は頭打ちの状況。

(3)ASEANのシェアは、中国よりは緩慢ながら、2010年代にかけて増加が続いている。特に最終財の付加価値比率が高まっており、近年では、最終財におけるシェアは中間財におけるシェアを上回っている。なお、中間財、最終財のシェア双方について、中国のシェアの伸びが頭打ち傾向となった2015年以降も、ASEANのシェアは上昇が続いている155。こうした中国・ASEANのシェアの変化は、2019年以降は米中貿易摩擦、2020年以降は感染症拡大によるサプライチェーン断絶の問題を受けた、欧米や(中国を含む)アジア企業による中国からASEANへの生産移管の影響を一定程度含んでいる可能性がある。

第2-1-26図 世界の最終財と中間財に占める主要国・地域のシェア

(サプライチェーンの中で高付加価値工程への移行は途上)

ASEAN諸国は、外資企業の進出も奨励する中で、部品供給や組立て等、グローバル・サプライチェーンへの参画が進展してきたと指摘されている。こうした状況を検証するために、付加価値面からASEAN諸国のGVCにおける位置付けを確認する。ADB (2022) は、国際産業連関表分析に基づき、アジア諸国のGVC(付加価値ベース)への参画率を推計している。具体的には、輸出を以下の5つの類型に分類した上で、自国のみで価値が付加された製品の輸出(下記(2)(3))が輸出総額に占める比率を「前方参画率」、海外でも価値が付加された製品の輸出((4)(5))が輸出総額に占める比率を「後方参画率」として算出している156

(1)直接付加価値吸収輸出(Directly absorbed value-added exports: DAVAX

A国のみで価値が付加され、B国に輸出され、B国で消費(価値が吸収)される輸出。

(2)再輸出(Reexports: REX

A国のみで価値が付加され、B国に輸出された後、別の国に再輸出され、A国、B国以外の国で消費される輸出。

(3)回帰輸出(Reflection: REF

A国のみで価値が付加され、B国に輸出された後、別の国に再輸出され、最終的にA国で消費される輸出。

(4)海外付加価値輸出(Foreign value-added: FVA

A国が、海外での付加価値が含まれる財をB国に輸出するもの。

(5)純重複輸出(Pure double-counting: PDC

A国のB国への輸出が2度以上計上されている輸出。

ADB (2022) は、東・東南・南・中央アジアの計25か国を対象に、4つの産業分類157(基礎産業、低技術製造業、中・高技術製造業、ビジネスサービス業)ごとに参画率を推計したところ、中・高技術製造業に関する日中韓とASEAN諸国158の推計結果は以下のとおりとなっている(第2-1-27図)。

第2-1-27図 GVCへの参画率(中・高技術製造業)

ADB (2022) は、東南アジア諸国は後方参画率が高く、中でもベトナムは近年最上位であり、特に金属、電子、機械産業について、国内の産業基盤が弱いため、海外で価値が付加された部品を用いた財の輸出の比率が高いとしている。一方で、国内のみで価値が付加された輸出を表す前方参画率は、東南アジア諸国のうち工業化の進んでいる国々は低く留まっている。特にベトナムでは近年更に低下し、2020年の結果は対象25か国中23位となっている。

こうした動向は、ベトナムを始めとした東南アジア諸国において海外で価値が付加された部品等を用いて活発な生産・貿易が行われている証左であり、比率の高低が貿易構造の優劣に直結するものではない。しかしながら、各国の産業発展に応じて、国内の産業チェーンで付加価値が完結した財の輸出の比率(前方参画率)も高まり、後方参画率と一定程度バランスが取れることが望ましいと考えられる159ASEAN諸国の賃金水準が上昇傾向にある状況を踏まえると、組立加工等におけるコスト面での優位性は、一部の国では徐々に変化していく可能性があるためである(後掲第2-2-5図)。また、米中貿易摩擦の下で、中国企業によるASEANを介した対米輸出や、厳格な防疫措置を受けて外資企業が「チャイナ・プラスワン」として中国外に生産移管を進める動きがある(後掲第2-2-17図)。こうした動向は、ベトナムを始めとしたASEAN諸国の後方参画率を高める一因となっているとみられ、今後もその傾向は継続する可能性がある。

コラム4:ベトナムの対米貿易黒字急拡大を受けたアメリカの対応

2019年以降、ベトナムの対米貿易黒字の拡大が加速する中で160、アメリカ財務省は2020年12月の報告書161にて、ベトナムを「為替操作国」に認定した。アメリカは、貿易円滑化・貿易執行法に基づき、アメリカとの財の貿易総額が400億ドルを超える国・地域を対象に、為替操作国への認定にあたって3つの基準を設定しており、ベトナムは2020年6月までの4四半期に渡り、3項目全てに該当とした。

2021年1月、アメリカ通商代表部は、ベトナム政府が不当な為替介入を行っているとの調査結果を公表しつつ、追加関税の適用を見送り対話の継続を求めた。ベトナム政府は金融・為替政策の現代化、透明化に向けてアメリカとの対話を継続した。こうした中、アメリカ財務省は、2021年4月以降の報告書では、ベトナムを「為替操作国」と認定することを見送った162。2022年11月には、3基準の2つを下回っており、ベトナム側の対応に満足しているとし、ベトナムを「為替操作監視対象」リストから除外した(表1)。

表1 アメリカによるベトナムの為替操作国認定と対話の継続

136 Li et al(2019)は、(1)2000年代以降、中国はアジア地域で付加価値需要及び供給両面での中核を担うことになり、ASEAN諸国との貿易関係も深まった、(2)ASEAN諸国も過去20年で国際生産ネットワークへの統合が進み、アメリカの製造業財の貿易赤字に占めるシェアが高まった(2000年11.5%、2017年14.7%)、と指摘。また、経済産業省(2019)は、ASEAN諸国は、電気機械や一般機械部門で中国に部品を供給(輸出)し、かつ、中国で完成された財を最終需要(輸入)する関係にあると指摘。貿易総額面においては部品分の重複が生じていることに留意が必要。
137 名目GDPUSドル)は、2000~2021年の間、中国は+1,372%(年平均+13.7%)、ASEANは+418%(年平均+8.1%)成長。IMF WEOデータベース(2022年10月)より計算。
138 ASEAN事務局の提供するデータベースASEANstatsで、内訳としてEUのデータが利用可能な期間の始期。
139 ASEAN事務局が整備するデータベースASEANstatsにおいて遡及可能な期間。
140 2020年の世界の実質経済成長率は▲3.0%、財貿易は名目▲7.0%(実質▲5.0%)(IMFWTO)。
141 内閣府(2022)では、海外企業はベトナムに拠点を置くことにより、世界のより多くの市場に有利な条件でアクセスできるとしている。また、ベトナムの対米輸出の年平均伸び率は、国際金融危機前の2003~2007年は+26.6%、2011~2017年は+16.6%であったが、米中貿易摩擦の拡大後の2018~2021年は+23.3%。感染症拡大期の2020年でも+25.5%、2021年+25.0%となっている。
142 関志雄(2020)
143 ASEAN10か国と中国の間で締結された多国間の自由貿易協定。2015年までに一般的な関税低減対象品(ノーマルトラック)の関税を撤廃し、特別な配慮が必要な品目(センシティブトラック、高度センシティブトラック)についても順次関税を引下げ。
144 ベトナムの対中輸出は、国際金融危機以前の2003~2007年は+17.8%、2010~2012年は+36.2%、2013~2017年は+23.5%、米中貿易摩擦拡大後の2018~2021年は+12.0%。感染症拡大期の2020年でも+18.0%、2021年+14.4%。
145 ASEAN10か国が財・サービス貿易、投資、労働者移動の自由化等を進める包括的な経済連携。
146 ASEAN全体(ベトナムを含む)の年平均成長率は、対米輸出+12.6%、対米輸入+4.3%、対中輸出+11.6%、対入輸入+10.1%。
147 関志雄(2020)
148 18.29~249.96%のアンチダンピング(AD)課税、14.78~15.97%の相殺関税(CVD)課税を追加課税。
149 中国産に26.71~165.04%のAD課税、27.64~49.21%のCVD課税の追加課税に変更、台湾産に11.45~27.55%のAD課税を追加課税。
150 発電量2.5ギガワットを超える太陽光発電セルの輸入額に対し、1年目30%から最終4年目15%の追加課税。
151 さらに、中・低スキルはMLC、高・中・低スキルはHMLCと分類され、合計7の業種分類となる。
152 これは、ベトナムの資本集約(高スキル)的業種の輸出財は、資源集約的、労働集約的業種の財よりも単価が高い傾向があることを意味する。
153 GVCにおいて主導企業が内製化を進めると、途上国企業に外注されるのは低付加価値工程(いわゆる「スマイルカーブ」の底辺)となるが、途上国企業のサプライヤーの能力が高ければ、より付加価値の高い工程を受注することが可能となる(「生産機能の高度化」)(伊藤(2019))。
154 財の物理的な移動を記録した従来の貿易データでは、工程間国際分業が進む中で、部品や製品の貿易額が各国・地域間で都度計上される「二重計上」問題の深刻化が指摘されているが、付加価値貿易データは、最終財に至るまでに付与された付加価値を、生産工程に応じ各国・地域に適切に計上することとしている。
155 特に、中国のシェアが低下した2016~2017年にも、ASEANのシェアは緩やかに高まっている。
(最終財)中国:2010年10.6%、2015年14.0%、2016年13.0%、2017年13.0%、2018年13.1%。
      ASEAN:2010年5.4%、2015年6.0%、2016年6.0%、2017年6.4%、2018年6.5%。
(中間財)中国:2010年7.3%、2015年10.0%、2016年9.6%、2017年9.8%、2018年9.9%。
      ASEAN:2010年5.0%、2015年5.3%、2016年5.5%、2017年5,6%、2018年5.6%。
156 「前方参画率」が高い場合には、当該業種において国内の産業基盤が整っている傾向を、「後方参画率」が高い場合には、当該業種において海外由来の部品等を多く活用している傾向を示唆する。なお、(1)は、2国間で完結する「伝統的貿易」とされ、GVCにはカウントされていない。
157 基礎産業:農業、狩猟、林業、漁業、鉱業、採掘業。
低技術製造業:食品・飲料、紡績、皮革、木材、製紙、ゴム・プラスチック、他に分類されない業種、光熱、建設。
中・高技術製造業:燃料精製、化学、他に分類されない鉱物、金属、他に分類されない機械、電子、輸送用機械。
ビジネスサービス業:自動車販売、卸・小売、飲食・宿泊、輸送(陸上・水上・航空)、他に分類されない輸送、通信、金融、不動産、他に分類されないビジネス活動。
158 ADB (2022) の同推計では、ミャンマーは対象に含まれていない。
159 なお、前方参画率は、(1)資源国でも高くなる傾向がある点(燃料精製業も中・高技術製造業に含まれるため)、(2)工業化の途上で対象となる輸出額が小さい場合に数値が振れやすい傾向がある点には留意が必要である(第2-1-27図ではブルネイ、インドネシアは(1)、カンボジア、ラオスは(2)に該当するとみられる)。伊藤(2019)は、中所得国はGVCにおいて、単純労働者を活用した労働集約的な低付加価値工程から、イノベーションによってより高付加価値の工程を担う「生産機能の高度化」を目指すべきと指摘している。
160 アジア経済研究所(2022)。
161 U.S. Department of the Treasury (2020).
162 U.S. Department of the Treasury (2021a)、U.S. Department of the Treasury (2021b)、U.S. Department of the Treasury (2022a)、U.S. Department of the Treasury (2022b).

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