第1章 米中貿易摩擦と高付加価値化が進む中国経済(第2節)
第2節 米中貿易摩擦の影響
米中間の貿易摩擦については、19年1月から2月にかけて開催された次官級協議及び閣僚級協議、さらには3月中に予定されている首脳会談の成果が期待されるが、ここでは、19年2月半ば時点で確認できる経済への影響をアメリカ、中国、世界経済に分けてみていきたい。
1.アメリカ経済への影響
米中間における追加関税措置とその対抗措置は、アメリカの経済に様々な影響を及ぼしている。消費者物価には現時点では大きな影響は現れていないものの、アメリカの輸出は弱い動きとなっている。この背景には、ドル高傾向に加え、中国の対抗措置により中国向けの輸出が減少していることがある。以下では、米中間の貿易摩擦がアメリカ経済に与える影響とその大きさについて確認する。
(輸出への影響)
米中間の追加関税措置の影響がアメリカの輸出入に与える影響をみる。アメリカの輸出は、中国が追加関税措置を開始した18年7月以降、中国への輸出が主な押下げ要因となり、弱い動きとなった(第1-2-1図)。アメリカの中国への輸出を品目別にみると、追加関税の対象となった大豆や自動車等が主な押下げ要因となっている(第1-2-2図)。
中国向けで特に大きな押下げ要因となっている大豆の輸出をみると、アメリカの大豆の収穫期であり、年を通じて最も輸出額が多くなる10月(17年は約30億ドル)が、18年は1億ドルを下回る水準(17年で最も少ない月である6月は1.3億ドル)まで減少しており、追加関税措置によりアメリカから中国向けの大豆輸出が大幅に減少したことがうかがえる20(第1-2-3図)。
(輸入への影響)
アメリカの中国からの輸入は、アメリカが追加関税措置を開始した18年7月以降も、ドル高傾向や堅調な個人消費21に加え、第3弾の追加関税の税率が19年1月に10%から25%に引き上げられる見込みであったことを背景とした駆け込み輸入の影響もあり、18年10月までは高い伸びとなっていた。一方、18年11月は駆け込み輸入の反動減もあり、輸入額が減少した(第1-2-4図)。
追加関税対象品目に限ってみると、関税措置開始以降に輸入額の減少がみられる。第1弾(340億ドル相当)、第2弾(160億ドル相当)、第3弾(2,000億ドル相当)の対象品目は、それぞれ追加関税措置が開始された後に輸入額の伸びに大幅な低下がみられる(第1-2-5図、第1-2-6図、第1-2-7図)。
なお、追加関税措置の影響は関税収入からも確認することができる。18年6月から適用対象国を拡大した鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置に加え、18年7月以降、中国への追加関税措置を実施したことから、関税収入はこのところ大幅に増加している(コラム1-2を参照)。
輸出入の先行きを確認するため、全米供給管理協会(ISM)が公表している製造業景況指数22をみると、新規輸出受注指数は18年10月に低下した後おおむね横ばい、輸入指数は低下傾向で推移している(第1-2-8図)。特に新規輸出受注指数は第3弾の追加関税措置が開始された翌月の18年10月に大きく下落しており、通商問題の動向に関する先行き不透明感が輸出に対する企業マインドを大きく押し下げている。
(消費者物価への影響)
中国からの輸入品に対する追加関税措置が消費者物価に与える影響をみると、食品及びエネルギーを除く財(コア財)の消費者物価は、指数が18年10月に上昇に転じ、前年比も18年11月以降にプラスとなるなど追加関税措置の影響が現れている可能性がある。一方、食品及びエネルギーを除く総合(コア総合)の消費者物価の動きをみると、前年比2%程度で安定して推移しており、追加関税措置の影響が消費者物価を全体として押上げているといった状況にはない23(第1-2-9図(1)、(2)、(3))。ただし、18年2月にセーフガードが発動された洗濯機24の消費者物価が18年4月以降に大幅に上昇しており(第1-2-9図(4))、今後、これまでに実施された中国への追加関税措置が大幅に消費者物価を上昇させる可能性には注意が必要である。
(金融資本市場への影響)
次に最近の貿易政策がマーケット指標に与える影響を確認する。アメリカでは、堅調な経済情勢に加え、FOMCによる利上げの継続や財政赤字の増加などが意識され、18年11月頃まで長期金利が上昇傾向となっていたが、そのような中でアメリカと中国の間の通商政策をめぐる応酬が株価の変動や市場不安の増大につながっている。株価の動向をみると18年10月10日に米中貿易摩擦への警戒感の高まりなど25から、NYダウとS&P500が大幅に下落、特にNYダウは一日の下げ幅としては18年2月8日以来、過去3番目となった(第1-2-10図)。市場の不安心理を示すVIX指数をみると、18年10月10日の株価下落以降、不安心理の高まりの目安とされる20を超える日が増加した(第1-2-11図)。その後、政府機関の一部閉鎖等により一時的に高まりもみられたが、米中間の通商協議の開催等により貿易摩擦の先行きに対する期待感も広がったことなどを背景として、19年入り以降は低下傾向にある。
(不確実性の高まりと企業の投資行動)
貿易政策の不確実性の動向を経済政策不確実性指数(Economic Policy Uncertainty Index)26を通じてみると、貿易政策の指数は、18年3月に鉄鋼及びアルミニウムへの追加関税措置、18年7月に中国からの輸入品への追加関税措置が開始されて以降、一段と高まっている(第1-2-12図)。
貿易政策の不確実性は、企業の投資行動にも負の影響を与える。18年10月に公表されたフィラデルフィア連銀が行った調査27をみると、貿易政策が18年と比較して19年の資本支出に与える影響は、10%強が「大幅に拡大」若しくは「やや拡大」、64.2%が「変わらない」と回答しているものの、20%弱の回答者が「やや縮小」若しくは「大幅に縮小」と回答しており、このところの貿易政策が先行きの投資を押し下げる要因となる可能性を指摘できる(第1-2-13図)。
(追加関税による負担と拡張的な財政政策の規模との比較)
米中間の追加関税措置がアメリカの家計・企業に与える負担が懸念されるが、トランプ政権下では経済を活性化させることを目的とした拡張的な財政政策も行われていることから、ここでは両者の規模を比較したい(第1-2-14図)。
関税収入について、その全てをアメリカの家計・企業が負担すると仮定すると、既に措置が決定されている第1弾(340億ドル相当)、第2弾(160億ドル相当)、第3弾(2,000億ドル相当)の負担増額は合計で515億ドル、GDP比で0.2%となる28。また、これまで追加関税措置の対象となっていない残りの中国からの輸入額全てに追加関税が賦課された場合は、負担増額として678億ドル(GDP比0.3%)分が上乗せされることになる29。これら追加関税はアメリカの家計・企業の負担が増えることを通じて、消費や投資に与える影響が懸念される。また、中国への輸出は年間1,299億ドル(GDP比0.6%)であるが、貿易摩擦によりこれが減少する可能性もある。純輸出はGDPの構成項目でもあり、その直接的な影響にも注意が必要である。しかしながら、仮に中国からの輸入額全てに追加関税が賦課され、また中国の対抗措置によりアメリカから中国への輸出額の全てがゼロになるという極端なケースを考えたとしても、その合計は2,492億ドル(515億ドル+678億ドル+1,299億ドル)と、税制改革による減税(2,800億ドル)、インフラ投資計画による連邦政府の支出(446億ドル)、農務省による農家支援(120億ドル)の合計3,366億ドルには及ばない。トランプ政権下で行われている拡張的な財政政策は、米中間の追加関税措置の規模を上回る規模となっているとみることもできる。
コラム1-2:追加関税措置と関税収入
アメリカが18年以降に実施している鉄鋼・アルミニウム及び中国からの輸入品に対する関税率の引上げにより、18年はアメリカの関税収入が大幅に増加している。関税収入の推移をみると、17年の関税収入の月平均は29.3億ドルであったが、18年7月に40億ドルを超え、11月には前年と比較して約2倍の水準にまで達した(図1)。
関税収入の増加要因の一つは、18年3月から開始されている鉄鋼及びアルミニウムへの追加関税措置(3月時点では一部の国に対しては適用除外)である(注1)。18年6月には、鉄鋼及びアルミニウムの輸入量に占める割合の高いカナダを含む3か国・地域(カナダ、メキシコ、EU)に対して適用除外であったものを変更し、適用国・地域とした。鉄鋼及びアルミニウムの輸入額の推移をみると、関税率の引上げにもかかわらず、18年の輸入額は17年平均から大きくは変わらなかった(図2)。
関税収入のもう一つの増加要因は、18年7月から段階的に実施されている中国からの輸入品に対する追加関税措置(注2)である。対中国追加関税措置の第1弾(340億ドル相当)及び第2弾(160億ドル相当)の追加関税対象項目の輸入額は、追加関税が実施されて以降減少しており、17年平均を下回って推移している。第3弾(2,000億ドル相当)の追加関税対象項目の輸入額は、10%の追加関税が賦課されたにもかかわらず、将来の更なる関税率引上げを見込んだ駆け込み輸入も影響したとみられ、現時点で減少は小幅なものとなっている。
これら鉄鋼・アルミニウム及び中国からの輸入品に対する関税率の引上げが、それぞれどの程度関税収入の増加に影響したのかを試算したものが図4である(注3)。鉄鋼・アルミニウムに対する追加関税措置は、カナダ、メキシコ、EUが対象国となった18年6月以降、関税収入増加に相当程度影響している。また、中国からの輸入品に対する追加関税措置は、追加関税が開始された18年7月から関税収入の増加に相当程度影響している。
18年度(17年10月から18年9月まで)のアメリカの歳入に占める関税収入の割合は0.1%程度と低く、関税収入の増加が財政赤字の減少に大きく寄与することは想定されない。また、18年の関税収入は17年の352億ドルから413億ドルに増加したが、企業または消費者が17年から追加で負担したと考えられる増加分の61億ドルはGDP比でみれば0.03%程度となっている。
以上のように、関税収入の増減はGDPや歳入の規模に比べれば非常に小さいものであるが、アメリカの関税収入は貿易統計と比較して公表されるタイミングが早いことから、関税収入は、追加関税措置の対象となった項目の輸入額の動向や企業・消費者の負担増をいち早く知る上で有用な指標であるといえる。
(注1)鉄鋼及びアルミニウムへの追加関税措置の詳細は、第2章第2節 アメリカ経済 を参照。
(注2)中国からの輸入品に対する追加関税措置の詳細は、第1章第1節 米中貿易摩擦の背景と経緯 を参照。
(注3)追加関税による関税収入増加額は、追加関税対象項目として指定・公表されている統計品目番号に基づき、貿易統計から内閣府が試算した値であり、鉄鋼・アルミニウム及び対中国輸入品への追加関税による関税収入増加額の合計額は、財務省統計から算出される関税収入全体の前年同月差と一致しない。
2.中国・アジア経済への影響
米中間における追加関税措置とその対抗措置による影響は、18年半ば時点では、金融資本市場の変動や製造業の輸出入に係る景況感の低下といったものにとどまっていたが、18年秋頃からアメリカからの輸入が顕著に減少するなど、実体経済への影響が顕在化し始めている。
以下では、米中間の貿易摩擦が中国の輸出入や金融資本市場に与える影響と中国政府・中央銀行の対応、また中国に進出している外資企業の将来的な意思決定への影響をみていく。
(1)中国の輸出入への影響と政策対応
中国の輸出額30は、世界経済の緩やかな回復に伴い、17年以降増加傾向となり、特に、17年末頃からはおおむね10%を超える高い伸びで推移してきた。18年7月以降、最大の輸出相手先であるアメリカが通商法301条に基づき、追加関税措置を3回にわたり実施する中でも、18年4~6月期前年比11.5%増の後、7~9月期も同11.7%増と堅調に推移した(第1-2-15図)。しかしながら、10~12月期には同4.0%増と大きく伸びが低下した。また、輸入額についても、7~9月期までは前年比20%前後と輸出を上回る高い伸びで推移したが、10~12月期に同4.4%増と大きく伸びが低下しており、輸出入の動向に変化がみられる。以下では、18年の輸出入の動向について、確認していく。
(輸出への影響)
輸出を相手先別にみると、主要相手先ではいずれも、7~9月期まで堅調に推移した後、10~12月期に伸びが大きく鈍化した(第1-2-16図)。アジア向け輸出の寄与が大きく低下したほか、アメリカ向けを含め広範な国・地域に対する輸出の寄与度が低下している。なお、19年1月には、伸びが高まっているが、これは春節の影響を受けたものである可能性がある。
アメリカ向けの輸出を品目別にみると、まず、アメリカが通商拡大法232条に基づき、18年3月23日から追加関税を賦課している鉄鋼・アルミニウムが含まれる卑金属類については、おおむね横ばい程度で推移しており、大きな変化はみられない。他方、アメリカが通商法301条に基づき、7月6日及び8月23日から追加関税を賦課している産業機械や電子部品、集積回路等が含まれる電気機器・一般機械については、10~12月期に寄与が大きく低下しており、貿易摩擦が影響を及ぼしていることがうかがえる(第1-2-17図)。
(輸入への影響)
次に、18年の輸入の動向をみると、7~9月期までおおむね前年比20%を超える高い伸びで推移してきたが、10~12月期には、同4.4%増と伸びが大きく低下した(前掲第1-2-15図)。中国政府は、18年に入り、5月、7月、11月に輸入関税の引下げを実施するなど、輸入拡大に向けた取組を加速させており(詳細は後述)、こうした動きも18年秋頃までの輸入の伸びに一定の寄与をしたものとみられる。
輸入を相手先別にみると、18年前半まではいずれの主要相手先も堅調に推移していたが、7~9月期には、アメリカ以外の相手先では引き続き堅調な増加となったのに対し、アメリカからの輸入の伸びは前年比3.9%増と、前期の同13.6%増から大きく低下した。その後、10~12月期には、中国の景気の持ち直しに足踏みがみられたこともあり、いずれの相手先でも大きく伸びが鈍化したが、特にアメリカからの輸入が23.0%減と大きく落ち込み、マイナスの寄与となっている(第1-2-18図)。
アメリカからの輸入を品目別にみると、特に植物性製品(大豆・果物等)で、大きくマイナスとなっている(第1-2-19図)。大豆については、7月6日から追加関税措置の対象となっており、この影響を受けた可能性も考えられる。なお、中国の植物性製品31の最大の輸入相手国であるブラジルの中国向け大豆輸出の動向をみると、18年は例年季節変動で減少となるはずの10月に増加しており、ブラジルからの輸入でアメリカからの輸入の代替を行った可能性がある(第1-2-20図)。
(製造業の景況感への影響)
18年末からの輸出入の伸びの低下に先立ち、製造業の景況感指数(製造業購買担当者指数(PMI:Purchasing Managers’ Index))32のうち、輸出入に係る指数は、18年半ばから悪化している(第1-2-21図)。新規輸出受注指数は18年6月以降、輸入指数は7月以降、改善・悪化の境目である50ポイントを下回り、低下傾向が続いている。中国国家統計局は、輸出入に係る指数の低下について、世界的な景気回復の減速や貿易摩擦による不確実性の高まりにより、輸出入への下方圧力が強まっていると指摘している33。さらに、製造業の景況感全体も、18年後半から低下がみられ、12月以降50ポイントを下回っている(第1-2-22図)。
(政策面での対応)
米中の貿易摩擦により外部環境の悪化への懸念が強まる中、中国政府の経済運営スタンスは、18年半ば以降、景気安定に配慮した方向に変化しており、企業や個人に対する減税措置等が実施されている。そのうち、輸出入に係る措置として、以下が実施されている(その他の措置については、第2章第3節1.中国経済の動向 を参照)。
中国政府は、15年以降、消費の高度化に伴う国民のニーズを満たすため、生活に密接な一般消費財の輸入を増やす取組を進めてきた。17年までに4回にわたり消費財の輸入関税引下げを実施してきたほか、18年には、米中貿易摩擦が強まる中、輸入拡大の動きを加速させている。具体的には、18年4月のボアオ・アジアフォーラムにおいて習近平国家主席は、対外開放の一層の拡大に向けた重要な措置を講ずるとし、その一つとして、輸入の拡大により経常収支の均衡を図るため、輸入関税引下げの実施や同年11月に上海で第1回国際輸入博覧会を開催することを表明した。さらに、7月に、国務院は、商務部等20部門による輸入拡大と対外貿易の均衡発展に向けた総合的な政策34を発表した。
輸入関税の引下げについては、18年以降、5月に医薬品、7月に自動車・部品及び衣類や家電等の日用品、11月に機械類等の工業品、19年1月に機械、雑穀かす等を対象に実施された(第1-2-23表)。18年は、11月までに企業及び消費者の税負担が600億元程度軽減され、輸入品全体の平均関税率は17年の9.8%から7.5%に下がるとされている35。なお、7月以降に輸入関税が引き下げられた品目をみると、対米追加関税措置の対象品目との重複も多く、同措置の影響を一部相殺している面もある(第1-2-24表)。自動車の関税率を例にみると、対米輸入車については、25%の関税率に25%の追加関税措置36が加わり、関税率は50%となっていたが、自動車への輸入関税率が10%引き下げられたことにより、結果的に40%とされた。
また、中国政府は、9月15日から集積回路や書籍等397品目を対象に、更に11月からプラスチック製品等1,172品目を対象に、輸出増値税の還付率の引上げ37を実施している。11月の措置を決定した10月の国務院常務会議では、同措置により、現在の複雑な国際情勢に対応し、貿易の安定した伸びの維持を支援するとし、併せて還付手続の簡素化により還付までの期間を短縮する方針も示した。
以上のように、中国政府により、輸出入に係る政策対応もとられているものの、18年末頃からアメリカ向けを含め、輸出入の伸びの低下が顕在化しており、製造業の輸出入に係る景況感も大幅に悪化している。19年1月から2月にかけて開催された米中間次官級協議及び閣僚級協議の進展も踏まえ、追加関税措置の税率引上げは再度見送られているものの、今後の展開によっては、景況感や輸出入に更に影響を与える可能性もあり、動向を注視する必要がある。
(2)米中貿易摩擦による金融資本市場への影響と政策対応
(株価の動向)
株価の動向をみると、上海総合株式指数は、18年初から緩やかな低下傾向にあったが、18年6月15日にアメリカ政府が通商法301条に基づき500億ドル相当の追加関税措置を発表し、翌16日に中国政府が対抗措置を発表すると、その後下落が加速し、6月末には年初来15%の低下となった(第1-2-25図)。更に、アメリカ政府が2,000億ドル相当の追加関税措置を発表、実施するなど、米中貿易摩擦が高まる中、下落傾向が続き、10月18日に2,500ポイントを割り年初来最安値となった。翌10月19日には、劉鶴副首相、人民銀行総裁、銀行保険監督管理委員会主席、証券監督管理委員会主席が一斉に報道インタビューを発表し、このところの株価の変動は経済のファンダメンタルズとかい離しているなどの旨を述べるとともに、株式市場の健全で安定した発展に向けた各種の措置を実施していくことを示した。その後、株価はやや持ち直し、おおむね横ばい圏内で推移している。
(人民元の動向)
人民元の対ドルレートをみると、17年半ばから元高基調で推移していたが、アメリカの金利上昇に伴い、18年春頃から減価傾向に転じていた。その後、米中貿易摩擦の高まりを受けて株価が大幅に下落し、人民元も6月後半以降減価傾向が加速した。人民元は、6月末時点で年初来約2%の減価となり、更に7月末には年初来約5%まで減価が進んだ(第1-2-26図)。
こうした中、8月には、人民元の安定のための措置が再導入された。まず、8月3日、中国人民銀行は、「最近、貿易摩擦と国際通貨市場の変化等の要因による影響を受け、外為市場ではある種のプロシクリカルな変動の兆候が出現した」とし、外貨リスク準備金38の預入れの再度導入を発表した。同措置は、15年8月の人民元切り下げ後の同年10月に導入されたが、人民元高基調に転じる中、17年9月に一旦停止されていた。また、8月24日には、外貨取引センターは、人民元の取引基準値の算出方法に「逆周期因子39」を再度導入したことを発表し、「人民元為替レートの合理的な均衡水準での基本的安定を保つためにプラスの役割を果たすことを期待する」とした。こうした取組もあり、人民元は一旦落ち着きを見せた。しかし、再び減価が進み、10月末には6.98元/ドル(年初来7.4%減価)と、15年8月の人民元切下げ後の最安値である16年末と同水準となった。その後、おおむね横ばい程度で推移していたが、12月1日の米中首脳会談において2,000億ドル相当の追加関税引上げを90日間留保することが合意された後、増価傾向となっている。なお、アメリカにおいて政策金利の引上げが進む一方、中国では預金準備率引下げ等が実施されており、中国とアメリカの金利差が縮小傾向にあることも人民元に減価圧力を与えていると考えられる(第1-2-27図)。
このように、18年半ば以降、株価、通貨ともに大幅な下落がみられるが、15年8月の人民元切下げ後の金融市場の変動局面との違いもみられる。15年8月の局面では、外貨準備高が年後半にかけて急速に減少し、大規模な為替介入により人民元の安定化が図られたことがうかがえるが、今回の局面では小幅な減少にとどまっている(第1-2-28図)。また、国際収支をみると、14年から16年にかけては金融収支が流出超で推移しており、人民元安圧力を強めていたとみられる。一方、16年末頃から、対外投資に係る基準の厳格化等、資本流出に係る規制が強化されたこともあり、17年以降は流入超に転じている(第1-2-29図)。
(3)中国進出企業への影響
中国が「世界の工場」として経済発展を遂げるに当たって、外資企業は大きな役割を果たしてきた。現在も、中国の輸出において、外資企業は、輸出の大きなシェアを占めているが、高付加価値品の生産を通じて中国の製造業の高度化にも一定の役割を果たしてきたとみられる。外資企業による輸出は、原材料・部品を輸入し、中国国内で加工し、海外に再輸出する加工貿易が大きな位置を占めている。このため、米中双方による追加関税の実施を受けて、一部外資企業では生産拠点移転を検討する動きなどもみられる。以下では、中国に進出している外資企業への米中貿易摩擦の影響についてみていく。
(中国の製造業における外資企業の位置付け)
中国に進出している外資企業による輸出は17年時点でも4割強のシェアを占めるなど(後掲第1-3-9図)、外資企業は、中国の経済発展に大きな役割を果たしてきた。また、製造業における企業利益の業種別シェア(17年)をみると、外資企業(香港、マカオ、台湾企業含む)では、輸送機器が約22%(大半が自動車)、次いでコンピュータ・通信等が約16%と多い。これに対し、国内企業(国有企業及び私営企業)では、07年と比較すると、金属圧延加工のシェアが低下し、輸送機器、コンピュータ・通信等などで上昇がみられるが、17年時点でも輸送機器は約14%、コンピュータ・通信等は約5%と、外資企業と比較すると低く、外資企業において高付加価値品の生産が比較的多いことがうかがえる(第1-2-30図)。特に、コンピュータ・通信等では、企業利益に占める外資企業等のシェアは、07年の9割近くと比べると低下しているが、17年でも約6割と、依然大きな割合を占めている。
中国商務部は、7月5日の記者会見において、アメリカ政府による追加関税賦課の対象となった340億ドル相当の品目のうち、約59%、200億ドル超は外資企業が生産したものだと述べている。また、9月20日の記者会見では、アメリカ政府による2,000億ドル相当の品目に対する追加関税実施の影響について、主に、電気・機械、軽工業、繊維・アパレル、資源・化学工業、農産品、医薬品の6つの品目に影響があるとみられ、影響を受ける企業のうち、外資企業が半数近くを占める可能性があると述べている。
(外資企業の米中貿易摩擦の影響に対する受け止め)
中国米国商会と上海米国商会が会員のアメリカ企業(432社から回答)に対して実施した、米中の関税賦課の影響に関する調査(18年9月13日公表)40をみると、アメリカ側の500億ドル相当の追加関税については約22%の企業、2,000億ドル相当の追加関税については約47%の企業が強い悪影響があると回答している。また、中国側の500億ドル相当の追加関税については16%の企業、600億ドル相当の追加関税については約38%の企業が強い悪影響があると回答している(第1-2-31図)。中国EU商会が会員のEU企業(193社から回答)に対して実施した調査(18年9月13日公表)41においても、アメリカの追加関税賦課により約54%の企業が、中国の追加関税賦課により約43%の企業が、悪影響があると回答している。
事業戦略に与える影響については、中国米国商会・上海米国商会の調査では、影響なしとの回答も2割あるものの、投資計画の延期・取消しやサプライチェーンの調整を行うとの回答が3割超、さらに、中国外への生産拠点の移転を検討しているとの回答が2割近くみられる(第1-2-32図)。他方、中国EU商会の調査では、状況把握中とする企業が7割超と大半であるものの、投資や設備投資の決定を延期(14%)、事業拡大策の延期(8.3%)、中国から関連製品の生産能力の移転(6.7%)といった回答もみられる。
また、上記調査の1か月程度後に、華南米国商会がアメリカ、中国等の219企業に対して実施した米中の関税賦課の影響に関する調査(18年10月29日公表)42では(調査期間中にアメリカ政府による2,000億ドル相当、中国政府による600億ドル相当の追加関税措置が実施)、長期的な事業戦略への影響として、70%以上のアメリカ企業が中国における投資の延期・取消しや中国外への生産拠点の一部又は全部の移転を検討すると回答しており、より影響の深刻さがうかがえる内容となっている。
以上のように、米中貿易摩擦の高まりは、外資企業に大きな影響を与えるとみられるが、他方で、中国政府は市場開放を一層推進する動きも見せている。4月10日のボアオ・アジアフォーラムにおいて、習近平国家主席は、市場参入規制の大幅な緩和、投資環境の一段の整備、知的財産権の保護の強化、輸入の拡大の4つの重要な措置を講ずることを表明した。その後、中国政府は、4月に、22年までに自動車分野の外資出資比率制限(現在は50%まで)を撤廃することなどを発表した。また、6月には、外資投資の18年版のネガティブリストを発表し、外資による投資が禁止・制限される業種が63から48に減少した。具体的には、金融分野で、銀行への外資出資比率制限を撤廃(従来は外資1社当たり20%、外資合計で25%まで)するなどし、更に21年には金融分野における全ての外資出資比率制限を撤廃するとした。
(周辺アジア諸国への生産拠点移転可能性)
上述のとおり、米中貿易摩擦の影響を受け、中国に進出している外資企業の中には、中国外に生産拠点を移転する動きもみられる。ただし、こうした生産拠点移転の背景には、米中貿易摩擦以前から顕著となっていた、中国における労働コストの上昇という要因もあると考えられる。
中国の対内直接投資をみると、全体では増加ペースは緩やかになっているものの、増加基調が続いているのに対し、製造業への投資は、11年にピークとなり、減少傾向に転じている(第1-2-33図)。中国の賃金水準は、この10年間で4倍近く上昇しており(第1-2-34図)、中国に生産拠点を設けてきた外資企業にとって、安価で豊富な労働力を確保できるという利点が失われつつあることも一因と考えられる。なお、18年は米中貿易摩擦の高まりにもかかわらず、8年ぶりに製造業への投資が増加しているが、この背景には、中国政府が外資導入に係る政策の見直しを行っていることがあると考えられる。
生産拠点を移転する場合の移転先としては、華南米国商会の調査では、生産拠点の全ての移転を検討していると回答したアメリカ企業のうち45%、その他の国の企業のうち34%が、第一の選択肢として東南アジアを挙げている。東南アジアの国々の賃金水準を中国と比較すると、比較的高いマレーシアでも中国の約7割、ベトナムでは約3割、インドネシアでは2割弱などとなっている(第1-2-34図)。
また、中国のアメリカ向け輸出を代替する可能性をみるために、中国及び東南アジア各国のアメリカ向け品目別輸出の比較を行う(第1-2-35図)。まず、中国では、アメリカ向けに、電気機器や一般機械を最も多く輸出しており、そのうちの大半が資本財となっている(16年で電気機器の約79%、一般機械の約69%が資本財)。また、家電類、玩具や繊維製品といった労働集約型の製品の輸出も多い。これらの品目のうち、電気機器、一般機械、玩具や繊維製品は、東南アジア各国でも多く輸出されている43。電気機器では、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム、一般機械では、タイ、フィリピンで輸出が多い。さらに、電気機器及び一般機械について、財別に内訳をみると、電気機器ではタイ及びベトナム、一般機械ではタイ、フィリピンいずれも資本財が多く、中国と類似した構造となっている。また、玩具では、インドネシア、ベトナム、タイ、繊維製品では、インドネシア、フィリピン、ベトナムで多くなっている。以上のとおり、各国の主要輸出品目は、それぞれ中国のアメリカ向けの主要輸出品目と重なる部分がある。さらに、マレーシアで電気機器、ベトナムで電気機器、玩具、繊維製品において、この数年間でアメリカ向け輸出が大きく増加しており、今回の米中貿易摩擦を機に、そうした動きが更に加速する可能性も考えられる。
以上のとおり、東南アジアは、中国と比較して労働コストは安く、中国の対米輸出を代替できる可能性もあり、今回の米中貿易摩擦を機に、生産拠点の移転が進む可能性もあり得ると考えられる。
なお、アメリカによる追加関税賦課を好機と捉える考え方もある。華南米国商会の調査では、中国企業のアメリカの追加関税賦課に対する見方として、半数が「中国経済の転換と高度化を加速させる」と回答している(第1-2-36図)。
3.世界経済への影響
米中間の貿易摩擦が、世界経済へ実際にどのような影響を与えているかについては、今後のデータの蓄積を待つ必要があるが、19年初めの時点で、景況感の低下や今後の見通しの下方改定等、すでに影響が表れている側面もある。以下では、まず、世界の貿易の状況を概観し、その後、景況感、米中間の貿易摩擦を踏まえた経済見通しをみていく。また、最後に米中間の貿易摩擦を始めとした通商問題の経済への影響に関する試算を紹介する。
(世界貿易の動向)
17年にみられた世界経済の同時回復の背景には貿易の拡大があったが、18年入り後、世界の貿易量の伸びは低下し続けている44。ただし、18年の貿易量の拡大ペースは、15年や16年と比較して依然高い水準にある。また、世界の貿易量の伸び率の低下は、18年3月のアメリカによる鉄鋼・アルミニウムへの追加関税の発動や、4月以降の米中間での貿易制限措置の応酬が始まる以前の18年1~3月期から始まっている。そのため、18年の世界貿易の減速の要因としては、17年の高い伸び率の反動といった通商問題以外の側面があり、加えて米中間の貿易摩擦が下押し要因となっていると考えられる(第1-2-37図)。
米中間の貿易摩擦を始めとする世界的な通商問題をめぐる緊張の高まりは、今後も、世界貿易の下押し要因となるとみられている。世界貿易機関(WTO)の18年4月時点の世界貿易見通しでは、貿易量の伸びは17年を下回るものの、18年と19年は共に4%以上の成長を見込み、貿易は引き続き拡大するとしていた。しかし、9月に公表された見通しでは、18年と19年の見通しを3%台に引き下げている(第1-2-38図)。WTOは、その引下げの主要な要因の一つとして、4月以降、主要国間で貿易制限措置が実際に発動されたことを挙げており、貿易摩擦の激化を今後の見通しの最大のリスク要因としている。ただし、通商問題以外にも、主要国での利上げによる新興国からの資本流出や、原油等の資源の供給に影響を与え得る地政学的緊張の高まり等も見通しのリスク要因として挙げられている。
(製造業の景況感の低下)
製造業の景況感(購買担当者指数:PMI)をみると、世界全体では17年終わりから18年初め頃をピークとして低下しており、19年1月には改善・悪化の分岐点である50ポイントをわずかに上回る水準となっている。特に新興国では先進国に比べて水準が低く、19年1月には50ポイントを割っている(第1-2-39図)。18年の低下は、17年の高い水準からの反動によるところもあったと考えられるが、18年後半から19年初めにかけても低下し続けており、米中間の貿易摩擦の動向も製造業の景況感を押し下げる影響を与えていると考えられる。
新規輸出受注指数をみると、18年は景況感と比べてより急速に低下している(第1-2-40図)。新興国では18年4月以降、分岐点である50ポイントを下回る状況が続いていたが、10月には世界全体、先進国、新興国全てで50ポイントを下回っており、米中間の貿易摩擦が世界的に影響を与えていると考えられる。
(国際機関の世界経済見通しの引下げ)
国際機関の世界経済の見通しにおいても、米中間の貿易摩擦を始めとする世界的な通商問題をめぐる緊張の高まりは、見通しの引下げ要因とされており、また、今後の主要な下方リスクとしても挙げられている。
18年半ば以降に示された経済協力開発機構45(OECD)や国際通貨基金46(IMF)といった国際機関による経済見通しでは、世界経済の成長率見通しが相次いで引き下げられた。IMFは、18年10月に示された見通しで世界経済の成長率を下方改定しており、その理由の一つとして、4月から9月中旬までの間に発動又は決定された貿易制限措置の影響を挙げている。さらに、19年1月に公表された見通しでも、18年10月時点と比較して、ドイツやイタリアといった一部の国の経済で18年後半に弱さがみられたことなどを理由に、19年と20年の世界経済の成長率をそれぞれ0.2%ポイント、0.1%ポイント引き下げている。
また、先行きのリスクは下方に偏りがみられ、貿易摩擦の激化が引き続き主要なリスクであるとしている。この他にも、英国の「合意なし」でのEU離脱や、中国経済の想定以上の減速といったことを契機としてマインドが悪化し、経済成長に悪影響を与える可能性等も指摘している。
OECDは、18年11月時点で19年と20年の世界全体のGDP成長率をいずれも3.5%としていたが、19年3月に公表された見通しでは、それぞれ3.3%と3.4%に引き下げた。政策の不確実性の高まりや継続する貿易摩擦、企業及び消費者マインドの更なる低下が、世界経済の成長率の低下につながっているとしている(第1-2-41図)。
今後の世界経済について、IMFでは、世界貿易は引き続き政策の不確実性の脅威にさらされており、更なる関税の引上げといった貿易障壁の高まりは、輸入される中間財や資本財の価格や、消費者が購入する最終財の価格の上昇につながるとしている。また、企業の投資の減少やサプライチェーンの毀損を通じて生産性の伸びの低下にもつながると指摘している。こうしたことが、企業収益の見通しの引下げにもつながれば、金融市場のマインドを低下させ、更なる成長率の低下につながる可能性もあるとしている。また、OECDでも、米中間での更なる貿易障壁の高まり、欧州における政策の不確実性や平均以下の成長の継続、英国のEUからの無秩序な離脱、中国経済の更なる減速といった下方リスクの顕在化により、更に成長率が低下する可能性を指摘している。
(米中間の通商問題の影響に関する試算)
米中間の通商問題の動向が、世界経済にとって主要な下方リスク要因となっていることに伴い、様々な国際機関やシンクタンクがその経済への影響の大きさを試算している。以下では、このうちIMF47とOECD48による試算を示す。ただし、これらの試算は一定の仮定を置いてモデルにより推計されたものであり、その解釈には留意が必要である。
IMFは、アメリカと中国を始めとする貿易相手国との間の追加関税措置について、検討中や未実施のものも含め、その実質GDPへの影響をIMFのGIMF(Global Integrated Monetary and Fiscal)モデルを用いて試算している。5段階のシナリオについて分析しており、そのシナリオと追加関税措置の19年、20年、長期の影響を第1-2-42図に示している。ただし、全ての段階において、更なる利下げ余地がないユーロ圏や日本では追加的な金融緩和措置は行われない一方、他の国・地域では伝統的な金融政策を実施するといった政策面での一定の仮定を置いている。この試算によると、18年10月時点で実施・公表済の追加関税措置(シナリオ1)が世界経済に与える影響は必ずしも大きくない。米中が互いの全輸入品に追加関税措置を実施した場合(シナリオ2)でも、世界のGDPへの押下げ効果は19年、20年ともに0.2%程度にとどまる。当事者であるアメリカ及び中国では、19年の押下げ効果がアメリカは0.20%である一方、中国では1.16%となっており、中国への負の影響が大きい。ただし、自動車への追加関税(シナリオ3)に関しては、中国よりもアメリカに対する影響が大きい。この試算では、追加関税措置そのものの影響に加えて、企業のマインド悪化(シナリオ4)や、企業の調達金利の上昇(シナリオ5)の影響についても示されている。長期的には企業マインドの悪化や調達金利の上昇は大きな影響を与えないが、19年、20年には世界全体のGDPの押下げ効果の過半は企業マインドや調達金利を通じた影響である。全てのシナリオを考慮すると20年には-0.82%に達する。また、全てのシナリオを考慮した場合、アメリカのGDPは20年に0.95%、中国のGDPは19年に1.63%押し下げられることとなり、米中の受ける影響は世界全体が受ける影響よりは大きく、アメリカと中国を比較すると中国への影響が大きいとされている。
OECDでも、米中間の追加関税措置が世界経済や貿易に与える影響について、モデル49を用いて分析している。試算に当たっては、輸入物価の上昇によりアメリカでは利上げが進むことや、ドル高により新興国で金融引締めが進むといった一定の政策仮定が置かれている。OECDは、4段階のシナリオに基づいて試算を行っており、21年までのGDPへの影響に加えて、世界の貿易量への影響等が示されている(第1-2-43図)。IMFによる試算と同じく、18年9月末までに発動された追加関税措置(シナリオ1)の世界全体のGDPに対する押下げ効果は小さく(0.13%)、アメリカ(0.23%)と中国(0.34%)を比較すると中国の方が大きい。アメリカが2,000億ドル相当の対中輸入品への追加関税を19年1月に10%から25%に引き上げ、中国も600億ドル相当の対米輸入品に対する報復関税を実施した場合(シナリオ2)、世界、アメリカ、中国いずれでもGDPはシナリオ1の2倍程度押し下げられることになる。アメリカ及び中国のGDPへ最も大きな負の影響を与えるのは、米中が互いの全輸入品に対し追加関税措置を発動した場合(シナリオ3)であり、GDPに対する影響はアメリカで-0.80%、中国で-0.98%に達する。この試算では追加関税措置そのもののほか、そうした通商政策に関する不確実性の高まりが世界の企業による投資計画を抑制するとし、一定の仮定の下でその影響についても示している(シナリオ4)。世界のGDPや貿易量に最も大きな負の影響を与えるのは、この投資の抑制の影響である。全てのシナリオを考慮すると、追加関税措置のGDPへの負の影響は中国で最も大きく(-1.35%)、アメリカでは1.05%、世界全体では-0.80%となっている。
国際機関による試算を踏まえると、米中間の貿易摩擦が追加関税措置の発動後の数年間にGDPに与える負の影響は、中国の方がアメリカよりも大きいとみられる。米中間の追加関税措置の応酬が、現在既に発動されている措置にとどまるのであれば、その世界経済全体への影響は限定的とされる。また、世界経済全体にとっては、追加関税措置による貿易量の減少そのものよりは、米中間の通商問題が企業マインドや企業の投資行動に与える影響の方が大きくGDPを押し下げる可能性がある。ただし、これら既存のマクロ経済モデルを活用した分析には、グローバル・バリュー・チェーンの進展による波及効果が含まれていない50といった点は留意が必要である。