第1章 米中貿易摩擦と高付加価値化が進む中国経済(第1節)

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第1節 米中貿易摩擦の背景と経緯

米中間で貿易摩擦が生じた背景には、中国経済のプレゼンスの高まりがあると考えられる。本節では、中国経済の量的な拡大や、質の向上(産業の高度化)に向けた取組を概観した後、米中両国の主張と対応についてまとめる。

1.中国経済のプレゼンスの高まり

(1)中国経済の量的な拡大

(世界のGDPに占める中国のシェアの拡大)

世界の名目GDPに占める中国の割合は、急速に拡大している。中国が世界貿易機関(World Trade Organization(WTO))に加盟した01年には中国の世界のGDPに占めるシェアは4%に過ぎなかったが、以降大幅な伸びを示し、17年には中国のシェアは、15%まで拡大している。一方、世界のGDPに占めるアメリカのシェアは、01年には31%であったところ、17年には24%となり、やや低下した。米中両国で世界のGDPの約4割を占める計算であり、米中両国の貿易摩擦が世界経済にとって最大のリスクとされるゆえんである。なお、中国経済の拡大は、先進諸国の相対的な地位の低下と表裏一体となっている。01年時点では、アメリカ、欧州連合(EU)、日本で世界のGDPの7割以上を占めていたが、それが17年は5割強まで低下している(第1-1-1図)。

第1-1-1図 主要国・地域のGDPが世界のGDPに占める割合
(世界貿易における中国のシェアの拡大)

世界の貿易でみても、01年の中国のWTO加盟以降、中国の位置付けは急速に高まっている。世界の輸出に占める中国のシェアは、01年時点で約6%であったものが、17年には約16%と大幅に拡大、世界第1位の地位を占めている。輸入についても、中国はシェアを着実に拡大させており、01年時点の約5%から17年には約13%となり、世界第3位に位置している(第1-1-2図)。中国は、引き続き「世界の工場」であるとともに、「世界の消費市場」としても地位を確立しつつある1

第1-1-2図 主要国・地域の輸出入が世界の輸出入に占める割合

なお、中国の平均関税率(全商品の単純平均)をみると、WTO加盟直前から直後にかけて大きく低下し、以降も低下傾向にある。アメリカ、EU、日本でも低下傾向ではあるが、この20年間で大きな変化はなく、中国との差は縮小している。ただし、先進諸国と比べると、中国の平均関税率は引き続き高い水準にあり、インドといった他のアジア新興国と同程度である(第1-1-3図)。

第1-1-3図 平均関税率
(アメリカの貿易相手国としての中国の位置付けの高まり)

アメリカの輸入に占める中国のシェアは90年時点では3.1%に過ぎなかったが、90年代に急速に拡大、2000年には8.2%に達した。中国のWTO加盟以降は更にその拡大を加速させ、17年には21.6%に達し、EUを超える水準にまで至っている。これは、80年代に日米間の貿易摩擦が問題となった当時に日本からの輸入が占めていた割合(22.4%(86年))に匹敵する水準である(第1-1-4図)。

第1-1-4図 アメリカの輸入に占める国・地域別シェア(中国、EU、日本)

一方、中国の輸出におけるアメリカの位置付けを、中国の統計でデータが入手可能な93年以降についてみると、対米輸出は一貫して20%前後のシェアを占めているものの、その動きはおおむね横ばいであり、それほど大きな変化はみられない(第1-1-5図)。

第1-1-5図 中国の輸出に占める国・地域別シェア(アメリカ、EU、日本)

アメリカのトランプ政権は、財貿易での赤字を重要視している。アメリカの国別の財貿易収支をみると、対GDP比でみた赤字幅は90年代に急速に拡大し、2000年以降も80年代と比較して高水準となっている。国別にみると、中国の位置付けが急拡大していることがわかる。87年時点では対中国の貿易赤字はわずか(対GDP比0.1%)であったが、その後急速に赤字額が拡大し、17年時点では対GDP比1.9%と、アメリカの貿易赤字(対GDP比4.1%)の約半分を占めている。トランプ政権は対中国の赤字が大きいことを問題視しており、そのことが中国に対する貿易制限措置の背景となっている。一方で、対日貿易赤字は、87年以降、対GDP比ではほぼ一貫して低下しており、86年の同1.2%から17年には同0.4%まで低下している(第1-1-6図)。

ただし、サービス貿易に着目すると、アメリカのサービス収支の対GDP比は、17年は1.3%の黒字、対中国でみても0.2%の黒字となっており、財貿易収支とは逆の動きとなっている。財貿易収支は貿易の一側面をとらえた指標である点には留意する必要がある(第1-1-7図)。

第1-1-6図 アメリカの国別財貿易収支・対GDP比
第1-1-7図 アメリカの国別サービス収支・対GDP比
(中国経済における外需の寄与の低下)

中国は、90年代に工業生産を急速に増加させ、「世界の工場」として工業製品輸出に主導されて経済発展を遂げてきた。しかしながら、2000年代以降の名目GDPに占める輸出のシェアをみると、01年のWTO加盟後に上昇し、06年には約35%に達していたものの、その後は低下傾向に転じ、17年には約19%となっている(第1-1-8図)。また、実質経済成長率を需要項目別にみると、主に内需が成長に寄与しており、純輸出が成長を押し上げたのは05~07年のみとなっている(第1-1-9図)。これは、2000年代半ばの中国において、輸出の量的な拡大を促進するそれまでの貿易政策から、輸出の高付加価値化を目指す方向に政策の転換があったためと考えられる。なお、05年7月、中国人民銀行は、人民元をドルへのペッグから通貨バスケットを参考とする管理変動相場制に移行するとともに、対ドルレート2%程度の切り上げを行った。

第1-1-8図 中国の名目GDPに占める輸出入のシェア
第1-1-9図 中国の実質経済成長率(需要項目別)

(2)中国の産業の高付加価値化に向けた取組

(製造業付加価値は世界一に)

中国の製造業付加価値額(名目、ドルベース)をみると、10年にアメリカを抜き、世界第一位となっている(第1-1-10図)。しかしながら、中国政府が公表している主要国の製造業の総合的な評価を表す指数(製造強国総合指数)2をみると、中国は、日本、ドイツに近づきつつあるものの、16年にアメリカ、日本、ドイツに次ぐ第4位の地位にある(第1-1-11図)。なお、01年時点の中国の同指数は大幅に低くなっているが、これは、90年代からの輸出主導型工業化が、比較的付加価値の低い消費財輸出に特化して進められていたことを反映したものと考えられる3

第1-1-10図 主要国の製造業付加価値額(名目)
第1-1-11図 主要国の製造強国総合指数
(中国製造2025)

中国政府は、これまでの安価で豊富な労働力を基盤とする労働集約型の産業から、新たな経済成長の原動力となるより高度な産業を育成することを国家の戦略目標として打ち出している。10年に7つの「戦略的新興産業」4の育成計画を策定したのに続き、15年5月には「中国製造2025」を策定した。「中国製造2025」では、中国の製造業の現状を、規模は大きいものの、イノベーション能力、品質等は世界の先進レベルと比べるといまだに後れを取っているとしている。そうした認識の下、製造大国から製造強国への転換を目指すとし、その実現に向けた以下3つのステップを示している。第一段階として、25年までに世界の製造強国の仲間入りを果たすとし、国際競争力のある多国籍企業と産業クラスターを形成し、グローバル・バリュー・チェーンにおける地位を高めるなどとしている。第二段階として、35年までに国内製造業の全体水準を世界の製造強国の中程度のレベルにまで引き上げるとし、強みのある産業分野において、世界のイノベーションをリードする能力を形成するなどとしている。第三段階として、49年(中華人民共和国設立100周年)までに総合的な実力で製造強国の上位に入るとし、製造業の主要分野でイノベーションをリードする能力と競争優位を確立し、世界をリードする技術体系と産業体系を構築するなどとしている。また、イノベーション能力の向上等9つの重点戦略を掲げるとともに、重点的に推進する分野として、次世代情報技術やロボット等の10の産業を挙げ(第1-1-12表)、それらの支援策を示している。

第1-1-12表 中国製造2025重点産業
(研究開発の促進)

これまでみてきたように、中国経済は量的規模の拡大は果たしたものの、質的な面では先進国へのキャッチアップを進める途上にある。産業の高度化のためには、イノベーションが重要であることから、中国では研究開発(R&D: Research and Development)への支出を急速に増加させている(第1-1-13図)。

第1-1-13図 R&Dへの支出額

OECD加盟国を中心とする主要国・地域のR&D支出対GDP比と1人当たりGDPの関係をみると、1人当たりGDPの高い国ほどR&D支出が高いという正の相関関係がみられる(第1-1-14図)。中国のR&D支出をみると、90年代には対GDP比1%に満たなかったものが、16年には同2.1%と、同年のOECD全体の水準(2.3%)に近い水準まで上昇している。1人当たりGDPが大半の主要国よりも低い水準にとどまる中で、国民1人当たりの所得の伸び以上の速さで、R&D支出を拡大させてきたことが分かる(第1-1-14図)。

第1-1-14図 R&D支出と1人当たりGDPの関係

2.米中両国の立場と対応

(アメリカ政府の対中貿易政策の変化)

アメリカ政府は、トランプ大統領就任以降、(1)安全保障の維持(Supporting Our National Security)、(2)経済の強化(Strengthening the U.S. Economy)、(3)より良い貿易協定の交渉(Negotiating Better Trade Deals)、(4)国内の貿易関連法の積極的な執行(Aggressive Enforcement of U.S. Trade Laws)、(5)多国間による貿易体制の改革(Reforming the Multilateral Trading System)、の5つを貿易政策の優先事項と位置づけ5、他国に対して新たな政策及び交渉を開始している。18年2月7日には家庭用大型洗濯機及び太陽光パネルについてセーフガードを発動6、3月23日には鉄鋼及びアルミニウムへの追加関税措置を開始、5月23日には自動車輸入がアメリカ国内の安全保障に与える影響について調査を開始している7。18年9月30日には、メキシコ及びカナダとの間でNAFTAの再交渉に合意し、名称をUnited States-Mexico-Canada Agreement(USMCA)と変更、11月30日には3か国の間で署名式が行われた8

特に中国との間では、財貿易の赤字を「非常に大きく、受け入れられない」と批判した上で、中国による技術移転の強要や知的財産権の侵害を問題視し、追加関税措置、WTOへの提訴、投資規制を実施している。中国政府もアメリカ政府による貿易制限的措置を非難し、対抗措置として追加関税措置やWTOへの提訴を実施した。世界のGDPに占める割合が第1位と第2位の経済大国であるアメリカと中国が互いに貿易制限的な措置を実施する事態は、経済活動の不確実性を高め、経済成長を阻害する要因となることから、両国の対応に世界中が注目している(第1-1-15表)。

アメリカ政府の中国に対する貿易制限的措置は、17年8月にトランプ大統領が1974年通商法第301条(以下「通商法301条」という。)に基づく調査9を通商代表部(USTR: United States Trade Representative)に指示したことから始まった。USTRは、中国の法律、政策、慣行、行動が不合理、差別的であり、アメリカの知的財産権、イノベーション、技術開発に危害を加えている可能性があるかどうかを調査し、その調査結果を18年3月22日に公表した10

調査結果において、USTRは、「中国は、幅広い範囲の技術、特に高度技術を国内市場に普及させ、さらに、世界の先導的立場となることを目的に政策を実施している」、「中国の産業政策は、外国の技術の『自国内での革新(indigenous innovation)』や『再革新(re-innovation)』という発想で立案されている」と指摘し、以下の4点を検証の上、中国政府がアメリカ企業に対して不合理な政策を行っていると結論づけた。1つ目は中国政府が中国企業へ技術を移転させることを目的に合弁事業の強制等によってアメリカ企業の中国国内での活動を妨げていること、2つ目は中国政府が市場原理にのっとった技術契約をアメリカ企業が結ぶことを妨げていること、3つ目は中国政府が大規模な技術移転をもたらす投資や買収を指示・促進していること、4つ目は中国政府がアメリカ企業のコンピューターネットワークに対する侵入への関与・支援を行っていること、である。加えて、USTRは、中国の政策によってアメリカ経済が被る負の影響が1年間で少なくとも500億ドルになるという試算を公表した。

こういった中国政府による政策を問題視し、アメリカ政府は中国に対し、以下3点の制裁措置を行った。1つ目は、上記試算で見積もられているアメリカ経済が被る負の影響額(500億ドル)に相当する額の中国からの輸入品に対し、25%の追加関税を賦課すること、2つ目は、中国政府による技術許認可に対する不公平な政策をWTOに提訴すること、3つ目は、中国企業によるアメリカの技術を得ることを目的とした投資を規制すること、である。

第1-1-15表 アメリカと中国の通商政策の動向

(米中間の追加関税措置の応酬)

USTRによる調査結果の公表後、アメリカ政府と中国政府の間では、18年5月から6月の間に計3回の通商協議が開催されたものの、合意には至らず、アメリカ政府は18年7月以降、段階的に中国からの輸入品に対し追加関税措置を開始している。これに対し中国政府は、対抗措置の形でアメリカからの輸入品に対し追加関税措置を開始している(第1-1-16表)。

アメリカ政府は、18年6月15日、中国による「中国製造2025」の政策がアメリカの経済成長を阻害しているとみなし、「中国製造2025」に関連する品目を含む500億ドル相当の中国からの輸入品に25%の追加関税を賦課することを決定した。産業機械や電子部品等の340億ドル相当に対する追加関税(以下「第1弾」という)を18年7月6日から開始し、プラスチック製品や集積回路等の160億ドル相当に対する追加関税(以下「第2弾」という)を8月23日から開始している。これらに対し、中国政府は同日同時刻に同規模の対抗措置(大豆等の農産物、自動車等の340億ドル相当及び化学工業製品、医療設備、エネルギー製品等の160億ドル相当の輸入品に25%の追加関税)を実施した。

アメリカ政府は、中国政府が対抗措置を実施したことや、アメリカ政府が問題視している知的財産に関する慣行を改めないことを理由に、18年9月24日からは追加関税の対象を食料品や家具に拡大し、2,000億ドル相当の輸入品に10%の追加関税(以下「第3弾」という)を開始した。なお、後述する米中首脳会談までは、第3弾の税率は、19年1月1日に10%から25%に引き上げることとされていた。第3弾に対しても中国は同日同時刻に液化天然ガス、食料品・飲料等の600億ドル相当に5~10%の追加関税を賦課する対抗措置を実施した。

第1-1-16表 アメリカと中国の追加関税措置

両国による追加関税措置の対象項目の構成をみると、アメリカ政府による第1弾及び第2弾は、「中国製造2025」を念頭に置いた制裁措置であったことから、資本財や中間財がそのほとんどを占めている。一方、第3弾は、対象が2,000億ドル相当と規模が大きいことに加え、中国政府による対抗措置等が理由になったこともあり、「中国製造2025」に関連する品目のみならず、中国がアメリカへ輸出する幅広い品目に対象が拡大した。例えば、消費財が全体の20%を超え、第2弾の2.5%から大きく増加している。

中国政府による対抗措置は、第1弾から第3弾を通じて中間財が大部分を占めているが、第1弾に対するものでは輸送機器が35.6%と比較的その割合が高く、第2弾では5%程度、第3弾では0%とその割合が低下している。一方、第3弾においては資本財が大きく増加している(第1-1-17図)。

第1-1-17図 追加関税措置の対象項目の構成

アメリカの中国からの輸入額(17年)はアメリカ側統計で5,055億ドルとなっていることから、アメリカ政府による計2,500億ドル相当の追加関税措置は、中国からの輸入額の約半分を占めている。逆に、中国のアメリカからの輸入額(17年)は中国側統計で1,552億ドルとなっていることから、中国政府による計1,100億ドル相当の対抗措置は、アメリカからの輸入額の7割に達している(第1-1-18図)。

追加関税措置の規模を、米中両国経済に与えるインパクトという観点から、まず輸入面に着目してみると、アメリカの統計からみたアメリカの対中国輸入はGDP比で2.6%にのぼり、中国の統計からみた中国の対アメリカ輸入額のGDP比1.3%よりも大きいものとなっている(第1-1-18図)。他方、輸出面では、中国の統計からみた中国の対アメリカ輸出はGDP比で3.6%であるのに対し、アメリカの統計からみたアメリカの対中国輸出はGDP比で0.7%にすぎず、輸出への影響は相対的に中国で大きくなっている(第1-1-19図)。輸入については、輸入が減少しない場合には、輸入関税が国内企業や消費者負担の増大となることによる間接的な影響が懸念される。一方、輸出については、純輸出がGDPの構成要素であることから、追加関税措置により輸出が減少した場合に経済成長に与える直接的な影響が懸念される。したがって、アメリカについては国内物価の上昇、中国については輸出の減少が、追加関税措置の影響が相対的に表れやすい波及経路と考えられる。

第1-1-18図 アメリカ・中国の輸入及び追加関税措置の対GDP比
第1-1-19図 アメリカ・中国の輸出及び追加関税措置の対GDP比

第3弾について、アメリカ政府は当初、19年1月1日から追加関税の税率を10%から25%へ引き上げることとしていたが、18年12月1日に開催されたアメリカのトランプ大統領と中国の習近平国家主席の首脳会談において、19年1月1日以降も税率が10%に据え置かれることとなった。ホワイトハウスの公表資料によれば、首脳会談では米中間の貿易収支の不均衡を是正するため、中国が農産品の購入の拡大を直ちに開始、また、エネルギー、工業製品等も購入を拡大することが合意された。加えて、両国政府は、(1)強制的な技術移転、(2)知的財産保護、(3)非関税障壁、(4)サイバー攻撃、(5)サービス及び農業を対象とする構造改革に関し協議を直ちに開始、この協議を90日以内に妥結させるよう努力することも合意された。ただし、アメリカ政府はこの協議が90日以内に合意に達しない場合に、第3弾の追加関税措置の税率を10%から25%に引き上げるとしていた。19年1月から2月にかけて、次官級協議及び閣僚級協議が開催され、その進展も踏まえ、追加関税措置の税率の25%への引き上げは再度見送られることとなった11。今後、首脳会談での貿易協議の合意に向けた交渉の進展が期待される。

(WTOへの提訴)

アメリカ政府は18年3月22日に公表された調査結果を踏まえ、中国政府の不公正な技術に関する政策がWTOの規則に違反しているとして、3月23日に中国をWTOに提訴した。アメリカ政府は、(1)中国政府が外国の特許保有者に対し、特許権の根幹を否定していること、すなわち、特許使用許可契約の期限切れ後に中国企業による当該特許技術の使用を停止する契約を結べないこと、(2)中国企業がアメリカ企業の有する技術に改良を加え、元の技術と切り離して新たに特許を取得することを排除できないといった、アメリカ企業にとって好ましくない契約を中国政府が義務的に課していること、がWTOの規則に違反していると主張している。

これに対し、中国政府もアメリカをWTOに提訴している。18年4月4日、中国政府はアメリカ政府が公表した第1弾及び第2弾の追加関税措置について、中国側の正当な権益に深刻な損害を与えただけではなく、WTOの規則に違反しているとしてアメリカをWTOに提訴した。また、18年7月16日、アメリカ政府が公表した第3弾の追加関税措置に対してもWTOに追加提訴している。上記以外にも、中国政府は、アメリカ政府による鉄鋼・アルミニウムに対する追加関税措置12や太陽光パネルに対するセーフガードなどについてもWTOに提訴しており、米中間において提訴の応酬がなされている。なお、WTOによる紛争解決のための小委員会(パネル)が設置されてから、パネルまたは上級委員会13報告が採択されるまで平均約19か月(最長74か月)を要する14ことから、両国が行った提訴も短期間では結論が出されないことが見込まれる15

(アメリカ政府による中国企業への制裁・規制強化の動き)

アメリカ政府は18年3月22日に公表された調査結果を踏まえ、中国からの輸入品に対する追加関税措置やWTOへの提訴に加え、中国企業への制裁・規制強化の動きも見せている。

特に「中国製造2025」において恩恵を受けているとされる中国の通信機器会社への制裁・規制強化を強めており、18年4月には、中国の大手通信機器会社16がアメリカ国内法に違反してイランと北朝鮮に通信機器を輸出していたとし、7年間、アメリカから当該企業に対して部品を供給することを禁止した17。この結果、当該企業は主要な業務活動が停止されるに至り、その後、当該企業が罰金等を支払うことでアメリカ政府と和解し、制裁が解除となった。18年8月には「国防権限法」が成立し、政府機関が中国の大手通信機器会社18から通信機器を購入することを禁止する規定が追加された。また、同法には、「2018年外国投資リスク審査現代化法」が盛り込まれており、中国企業を始め、外国企業の対米投資を審査する外国投資委員会の審査対象の拡大や審査期間の延長等、その権限が強化されている。

19年1月には、アメリカ司法省が中国の大手通信機器会社19を企業秘密の窃取等の疑いで告訴するなど、中国の通信機器会社をめぐっては引き続き両国間の緊張状態が続いている。

(アメリカの貿易制限的措置に対する中国の主張)

中国政府は、18年9月24日に「中米経済貿易摩擦に関する事実と中国の立場」と題する白書を公表するなどしてアメリカ政府の主張に反論している。白書では、米中の経済貿易関係について、財貿易、サービス貿易、投資等様々な観点から分析し、比較優位と市場の選択に基づき、優位性を相互補完し、双方で利益を享受してきたとしている。アメリカ政府の主張については、(1)財貿易の収支のみで得失を一面的に評価すべきでない、(2)アメリカ政府の強調する「公平な貿易」は、各国の発展段階の違いを考慮しているWTOの互恵・相互利益の原則から離れている、(3)中国が技術移転の強要を行っているというのは事実の歪曲である、(4)中国は知的財産保護において努力と成果を収めている、(5)中国政府による企業の海外進出奨励を、企業のM&Aを通じた先進技術取得を後押しする政府の企てと歪曲すべきでない、(6)中国の補助金政策はWTOルールを順守しており非難されるべきではない旨述べている。さらに、アメリカ政府による他国製品に対する差別や「国家安全審査」の乱用等の保護主義的な措置は、多国間貿易ルールと国際経済秩序を破壊し、国際貿易と世界経済の回復を阻害しているなどとした。さらに、中国としては、国家の尊厳と核心的利益を守る、中米経済貿易関係の健全な発展を推進する、多角的貿易体制を支持する、財産権と知的財産権を守る、外国企業の中国における合法的権利・利益を守る、改革を深化し、開放を拡大するなどの立場を採ることを表明して報告書を結んでいる。

コラム1-1:アメリカと中国の貿易統計のかい離

アメリカのトランプ大統領が中国に対して貿易制限措置を発動する背景には、アメリカ側からみた米中間の貿易収支におけるアメリカの赤字額が非常に大きいことがあり、中国に対し貿易赤字削減のための措置を求めている。しかし、その主張の前提にあるアメリカと中国の毎月の貿易統計の輸出額、輸入額は両国で一致していない(図1)。それに伴い、貿易統計から算出される米中間の貿易収支の赤字額にも、米中間で大きな差が生じている。17年の貿易収支をみると、アメリカの貿易統計による対中国の貿易赤字額は、3755.8億ドルであるのに対して、中国の貿易統計による対アメリカの貿易黒字額は、2757.8億ドルとなっており、998億ドルもの差がある(表2)。

図1 アメリカと中国の輸出入の動向(金額)
表2 アメリカと中国の政府統計に基づく貿易収支

貿易統計のかい離は、米中間でも課題として認識されている。04年には米中合同商業貿易委員会(JCCT: U.S.-China Joint Commission on Commerce and Trade)の下にワーキング・グループが設置され、09年と12年に報告書をまとめている(注1)。そうした結果も踏まえ、アメリカ議会予算局は18年4月に米中の貿易統計のかい離の要因に関する分析を公表しており、以下でその内容を示す(注2)

1.品目の分析

アメリカ議会予算局は、品目別(注3)に輸出入額を分析し、特定の品目で米中間のかい離が大きいと指摘している。

まず、アメリカの中国からの輸入(中国からアメリカへの輸出)について確認する。アメリカの統計でみた中国からの輸入額が、中国の統計でみたアメリカへの輸出額を大きく超過している上位5品目(17年)は表3の通りである。この5品目で、アメリカの中国からの輸入額についての両国間のかい離の約9割が説明可能とされる。

表3 アメリカの中国からの輸入について両国の統計のかい離の大きい上位5品目

次に、アメリカの中国への輸出(中国のアメリカからの輸入)については、アメリカ側統計の方が金額が大きくなる品目と小さくなる品目が混在しているため、両国の貿易統計の差が10億ドル以上となる品目をみていく。中国の統計でみたアメリカからの輸入額が、アメリカの統計でみた中国への輸出額を10億ドル以上上回る品目は6品目存在する(表4(1))。逆に、アメリカの統計でみた中国への輸出額の方が、中国の統計でみたアメリカからの輸入額を10億ドル以上上回る品目は2品目ある(表4(2))。

表4 アメリカの中国への輸出について両国の統計のかい離が10億ドルを超える品目

米中間の輸出入ともにかい離が大きい品目としては、機械と電気機械があり、特にこの2品目については貿易統計上の評価方法に根本的な違いがある可能性を指摘している。

2.既存研究で指摘される技術的要因

アメリカ議会予算局は既存研究に基づき、米中間の貿易統計で大きなかい離が生じる理由について技術的理由と非技術的理由に分け、以下の要因を指摘している。

(1)技術的理由

(輸出入の定義の違い)

輸出入額には保険料や運送料等の扱いの違いにより複数の評価方法が存在する。アメリカと中国の貿易統計では表5の通り、採用する評価方法が異なる。この定義の違いにより、輸出入ともに米中の貿易統計の数値は必然的に差が生じる。このため、輸出入の定義の違いは、アメリカの中国への輸出と中国からの輸入ともに、アメリカの貿易統計の方が中国の貿易統計よりも金額が低くなるという形で表れる。しかし、実際には図1(前掲)の通り、アメリカから中国への輸出ではアメリカの統計の方が金額が低くなっているが、中国からアメリカの輸出ではアメリカの統計の方が金額が高くなっている。これは以下に述べる通り、米中の貿易統計の差は、輸出入の定義の違いのみでなく、複数の要因により生じていると考えられているためである。

表5 輸出入の定義の違い
(プエルトリコとアメリカ領ヴァージン諸島の扱い)

プエルトリコとアメリカ領ヴァージン諸島は、アメリカの貿易統計はアメリカに含めているが、中国の貿易統計ではアメリカに含めていない。ただし、多くの既存研究で、この差が両国の貿易統計の差に与える影響は小さいとされている。

(タイミング)

アメリカ-中国間の距離が離れているため、商品が中国から輸出された月と、当該商品がアメリカに輸入される月が異なる場合がある。年単位の統計でみると、これは毎年年初と年末に生じる差であり、貿易統計の差に大きな影響は与えていないとみられる。

(輸入先の申告)

アメリカの輸入品の輸入先(country of origin)の情報は、輸入者の申告に基づくが、中国からの輸入品でないにも関わらず、誤って中国からの輸入品と申告されるケースも多いとの指摘がある。

(為替レート)

アメリカと中国間の商品輸送は時間を要するため、中国からの輸出(輸入)時のドル/元レートと、アメリカへの輸入(輸出)時のドル/元レートが異なる場合がある。ただし、為替レートは米中の貿易統計のかい離の主要な要因とは考えられていない。

(2)非技術的理由

(輸出時と輸入時の価格の違い)

JCCTの報告書では、アメリカの中国からの輸入と中国のアメリカへの輸出(東回り貿易)で生じる貿易統計のかい離の約半分は、米中二国で直接貿易される財の中国からの輸出時の価格とアメリカでの輸入時の価格の差に起因とすると指摘している。かい離が生じる理由としては、中間業者による販売利益の上乗せや、インボイス(注4)での過小申告(後述)等がある。

(過小申告)

中国の輸入業者が輸入関税の支払額を減らすため、インボイス上で意図的に輸入品を過小申告している可能性が指摘されている。また、中国の輸出業者が各種規制や課税を回避するため、意図的に輸出品を過小申告している可能性もある。ただし性質上、過小申告額は表面化しないため、その貿易統計のかい離への影響の大きさを推し量ることは困難である。

(中継地)

中国からアメリカへの輸出の多くは、中継地(主に香港)を経由してアメリカに輸入されており、このことが次の2つの要因により中国からの輸出額とアメリカでの輸入額のかい離につながると指摘されている。まず、中国から中継地を経由してアメリカに輸出された場合、中国側では輸出先を中継地として申告する一方、アメリカ側では中国からの輸入として記録されることがある。また、中継地で商品内容に変更がないにもかかわらず、価格が中継地で変更される場合がある。

(注1)JCCTは両国の貿易統計のかい離の要因は、いずれかの国の貿易統計に誤りがあることを示すものではないとしている。

(注2)本コラムは、Martin(2018)に基づく。

(注3)貿易される財の品目はHSコード(Harmonized Commodity Description and Coding System)と呼ばれる国際的な品目表を用いることで、国際比較が可能となる。HSコードでは、全ての貿易される財が10桁のコードで分類されている。

(注4)輸出業者が発送する商品の品名、価格、数量等を記載して輸入業者に送付する書類。


1 17年の輸出シェア第2位及び第3位は、EU(15.2%)及びアメリカ(11.1%)。輸入シェア第1位及び第2位は、アメリカ(16.9%)及びEU(14.7%)。
2 製造強国総合指数は、中国工程院等による「製造強国戦略研究」において、中国製造業が製造強国となるための条件を数値化したもの。製造強国の条件としては、「産業の規模」、「産業構造の最適化」、「高品質・高効率」、「持続的な発展能力」が挙げられている。これらの4条件は1級指標として位置づけられており、その下位に計18の2級指標が設けられている。例えば、「産業の規模」では「製造業における生産総額」、「産業構造の最適化」では「製造業生産額に占める設備製造業の割合」、「高品質・高効率」では「製造業における労働生産性」、「持続的な発展能力」では「エネルギー消費比率」などがあり、これら2級指標の評価をウェイト統合することで1級指標が算出され、また同様に1級指標を統合することで製造強国総合指数が算出される。
3 内閣府(2002)を参照。
4 省エネルギー・環境保護、次世代情報技術、バイオ、ハイエンド設備製造、新エネルギー、新素材、新エネルギー自動車の7産業。
5 USTR(2018)による。
6 アメリカ政府は、18年1月23日に、1974年通商法第201条(以下「通商法201条」という。)に基づき、家庭用大型洗濯機及び太陽光パネルへセーフガードを発動することを決定し、2月7日から開始した。通商法201条は、輸入の増加が国内の生産者に重大な損害を与えている原因であると認定された際に、大統領に関税引上げ等の措置を決定する権限を与えている。なお、セーフガード自体はWTOにも認められている措置である。今回の通商法201条に基づく決定は、2002年のブッシュ大統領による鉄鋼製品輸入に対するセーフガード以来の決定である。家庭用大型洗濯機及び太陽光パネルへのセーフガードは輸入量に応じた関税が設定されており、例えば、家庭用大型洗濯機の1年目の関税は年120万台までの輸入には20%、年120万台を超えた後の輸入には50%の関税が課されることとなっている。
7 鉄鋼及びアルミニウム、自動車への追加関税措置の詳細については、第2章第2節 アメリカ経済 を参照。
8 USMCAの詳細については、第2章第2節 アメリカ経済 を参照。
9 通商法301条は、潜在的に訴え得る外国の行動、政策、慣行に関し、3つのカテゴリー((1)通商協定違反、(2)不公正であったり、アメリカの商取引の重荷や制限となる行動、政策、慣行、(3)不合理、差別的であったり、アメリカの商取引の重荷や制限となる行動、政策、慣行)が想定されている。USTRは、今回の中国に対する調査は3つ目のカテゴリーに最も関連が深いとしている。議会調査局(2018)によれば、1974年以降、通商法301条に係る事案は125件あり、対抗措置は17件あるとされている。なお、対中国では、2010年にも中国の政策が環境技術に関する貿易及び投資に影響を与えているとして、USTRが調査を行いWTOに事案を提訴したことがある。
10 18年11月20日にUSTRは3月に公表した調査結果の更新版を公表したが、その中においても「中国は基本的に技術移転、知的財産権、イノベーションに関する自身の行動、政策、慣行を変えておらず、実際にはここ数か月で更なる不合理な行動を行っていることが明らかになった」と結論づけている。
11 首脳会談が開催された18年12月1日から90日以内とされていることから、交渉の期限は19年3月1日であった(3月1日現在、期限は未公表)。
12 なお、アメリカ政府は、鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置に対する対抗措置について、中国、EU、カナダ、メキシコ、トルコの5か国・地域をWTOに提訴している。
13 パネルが一審、上級委員会が二審に相当する。
14 外務省ホームページ「WTO紛争解決手続と必要な作業」による。
15 18年3月23日にアメリカ政府が中国を提訴した案件は、11月21日にパネルが設置された。
16 具体的には、ZTE(Zhongxing Telecommunications Equipment Corporation)。
17 このほか、トランプ大統領は17年9月にも安全保障上の懸念を理由に、中国系ファンドによるアメリカの半導体メーカーの買収を阻止する大統領令を出している。
18 具体的には、ZTEやファーウェイ等が対象。
19 具体的には、ファーウェイ。

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