第2章 第1節

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ヨーロッパ経済

ヨーロッパ経済は、英国では実質経済成長率が7四半期連続で年率3%前後のプラス成長となるなど力強い回復が続いている。一方、ユーロ圏では実質経済成長率が6四半期連続でプラスとなってはいるものの、国別にみると14年4~6月期にドイツ、フランス、イタリアがマイナス成長となったのに対し、スペインはプラス成長が続くなど、国ごとにばらつきがみられている。

本節では、ユーロ圏主要国及び英国の景気情勢について分析するとともに、それぞれが抱える課題について考察する。

1.ユーロ圏―不透明感が増大

(1)ユーロ圏の経済概況

ユーロ圏の実質経済成長率は14年7~9月期まで6四半期連続プラスと持ち直しの動きが続いているが、伸びが鈍化している(第2-1-1図)。4~6月期にはドイツが前期の反動でマイナス成長となったことに加え、フランスの成長率もマイナスに転じた。ドイツの4~6月期のマイナス成長は1~3月期に暖冬の影響で建設投資が大幅に増加したことの反動とみられていたが、7~9月期の実質経済成長率も前期比年率0.3%と力強さを欠く結果となった。7~9月期にはフランスもプラス成長に転換したものの、イタリアが引き続きマイナス成長となったため、ユーロ圏全体では前期比年率0.6%となった。主要国ではスペインだけが5四半期連続のプラス成長を維持した。

第2-1-1図 ユーロ圏主要国の実質経済成長率:国ごとにばらつき
第2-1-1図 ユーロ圏主要国の実質経済成長率、国ごとにばらつきがあることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。

ユーロ圏の実質経済成長率の需要項目別内訳をみると、14年前半は、雇用の改善や物価上昇率の低下による実質可処分所得の押上げ等を背景に個人消費がプラスで推移した。政府消費も財政緊縮ペースが緩やかになったことからプラスに寄与している(第2-1-2図)。他方、これまで回復のけん引役となっていた外需は、内需の堅調さから輸入が増加したのに対し、輸出が期待したほど増加しなかったことから、成長率への寄与が縮小、7~9月期にはマイナスに転じており、これが成長鈍化の主な要因となっている。

第2-1-2図 ユーロ圏の実質経済成長率:14年1~3月期以降外需の寄与が縮小
第2-1-2図 ユーロ圏の実質経済成長率、14年1~3月期以降外需の寄与が縮小していることを表したグラフ及び数値を記した表。ユーロスタットより作成。

輸出の伸び悩みの主な要因はロシアや中国等の新興国の成長鈍化である(第1章第1節1(3)参照)。特にロシア向け輸出は、ロシアの景気後退を背景に13年4~6月期以降減少し続けていたが、ウクライナ情勢をめぐる経済制裁の一環としてEU/ロシア双方による一部品目の禁輸が8月から実施され、9月に禁輸対象範囲が拡大したことから、7~9月期は減少幅が拡大している1別ウィンドウで開きます(第2-1-3図)。また、中国向け輸出の鈍化は、中国景気の拡大テンポが緩やかになっていることが背景にあり、今後も緩やかな成長にとどまるとみられることから、輸出の大幅な増加は見込めそうにない。こうした中、輸出の増加が期待できそうなのは堅調な景気回復が続いているアメリカや英国向けとなるが、新興国向け輸出の減速が足かせとなって、全体としては今後も緩やかな伸びにとどまるとみられる。

第2-1-3図 ユーロ圏の域外財輸出(仕向け先別寄与度):ロシア向けが減少
第2-1-3図 ユーロ圏の域外財輸出(仕向け先別寄与度)、ロシア向けが減少していることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。

(2)ユーロ圏主要国における政策対応

このように世界金融危機からの回復をけん引してきた輸出については、目下のところ回復のけん引役が期待できないこともあり、フランス、イタリア、スペインが所得税減税を含む税制改革案を発表するなど、財政面から景気を下支えする動きがみられる(第2-1-4表)。他方、ドイツは、景気回復テンポが鈍化しているものの、早期に財政支出による景気対策を実施する予定はないとみられる2別ウィンドウで開きます

第2-1-4表 フランス・イタリア・スペインの税制改革案
第2-1-4表 フランス・イタリア・スペインの税制改革案を表した表。各種資料より作成。

しかし、減税の実施は財政健全化との両立が課題となる。フランスは、15年に達成するとしていたGDP比▲3%以内というEUの財政赤字目標の達成時期を17年に先送りする見込みとなっている。イタリアも、GDP比▲3%の財政赤字目標はすでに達成している一方、政府債務残高が名目GDP比132.6%と高いことから財政赤字の更なる削減が求められているが、構造的財政収支赤字の解消を16年から17年に先送りしている。なお、ドイツは12年から財政収支が黒字となっている。

欧州委員会は財政健全化において「経済成長への配慮」を掲げているが、あくまでも財政規律の維持が前提となっている3別ウィンドウで開きます。10月に欧州委員会に提出されたフランスとイタリアの15年当初予算案は前述のとおり財政赤字目標から逸脱した内容となっていたため、欧州委員会は両国に説明を求めた。これに対し、両国とも財政赤字目標に近づけるための措置を採る旨の回答を欧州委員会に提出したことから、「深刻な規律違反」はないとされた。しかし、11月28日に公表された欧州委員会の審査結果では、フランス、イタリアについては財政規律違反の懸念が指摘されただけでなく、前述の回答内容が予算に具体的に反映されているかを15年3月初めに個別審査するとされた4別ウィンドウで開きます(第2-1-5図、EUの財政監視の枠組みについてはコラム2-2参照)。

第2-1-5図 15年予算案における財政赤字改善幅の目標とのかい離:フランス、イタリアは修正後も目標達成に至らず
第2-1-5図 15年予算案における財政赤字改善幅の目標とのかい離、フランス・イタリア・スペインの15年予算案における財政赤字改善幅の目標とのかい離を表し、フランス・イタリアは修正後も目標達成に至っていないことを示すグラフ。欧州委員会、各国政府予算資料より作成。

このように財政による景気下支えの余地が限られる中、ECBの金融政策による景気下支えへの依存度は高まっている。また、ユーロ圏の持続的成長実現には競争力強化等に向けた構造改革が不可欠となっており、特に労働市場改革の必要性が強調されている。こうした中、スペインは12年2月の労働市場改革に続き、13年12月にも追加の労働市場改革として「安定雇用・就業機会促進法」を決定するなど、これまで労働市場改革を積極的に推進してきており、その成果(輸出増加、失業率低下等)が現れ始めている(第2-1-6図、第2-1-7図)。

第2-1-6図 ユーロ圏主要国の輸出(財貿易):スペインは増加
第2-1-6図 ユーロ圏主要国の輸出(財貿易)、ドイツ・フランス・イタリア・スペインのうち、スペインは増加していることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。
第2-1-7図 ユーロ圏主要国の失業率:スペインは高水準ながら低下
第2-1-7図 ユーロ圏主要国の失業率、ドイツ・フランス・イタリア・スペインのうち、スペインは高水準ながら低下していることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。

特にスペインの輸出の回復は顕著であるが、その要因の一つは、労働市場改革を通じた労働コスト低下による輸出競争力の回復である。圏内貿易において輸出競争力の格差となる単位労働コストをみると、スペインは低下しているのに対し、フランス及びイタリアは上昇傾向にある(第2-1-8図)。また、圏外貿易の競争力を示す実質実効為替レートでも、スペインは単位労働コスト低下を反映して大幅に低下しているのに対し、フランス及びイタリアはほとんど変化していない(第2-1-9図)。

第2-1-8図 単位労働コスト:スペインは低下
第2-1-8図 単位労働コスト、ドイツ・フランス・イタリア・スペインのうち、スペインは低下していることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。
第2-1-9図 実質実効為替レート:スペインは大幅に低下
第2-1-9図 実質実効為替レート、ドイツ・フランス・イタリア・スペインのうち、スペインは大幅に低下していることを表したグラフ。ECBより作成。

一方、フランスでは労働市場柔軟化の取組はあまり進んでおらず、15年から企業の社会保険料負担の軽減等を実施することにより、労働コスト削減及び雇用拡大を図ることとしている(第2-1-10表)。イタリアではこれまで行われた労働市場改革の効果があまりみられていなかったが、レンツィ政権により14年3月に有期雇用契約の規制緩和等が実施され、10月には労働市場改革案が可決されたことから、今後の進ちょくが注目される。

第2-1-10表 フランス・イタリア・スペインの労働市場改革案
第2-1-10表 フランス・イタリア・スペインの労働市場改革案を表した表。各種資料より作成。

ただし、フランスやイタリアで労働市場改革が実施されたとしても、その成果が現れるのには時間がかかる。また、労働市場改革を実施する際には、短期的な雇用悪化の問題に配慮する必要がある。スペインについても、失業率は若干低下したとはいえ依然高水準であり、更なる雇用対策の必要性が指摘されている5別ウィンドウで開きます。以上のとおり、ユーロ圏経済は、当面、低成長が続くと見込まれ、さらに、以下に述べるような懸念材料の影響により、景気は下振れするリスクがある。

(3)懸念材料

欧州政府債務問題は沈静化してきているものの、14年10月半ば以降、ギリシャの支援プログラム早期脱却の動き等を受けてギリシャ国債利回りが急上昇するなど、先行きに対する懸念は依然存在している6別ウィンドウで開きます。これに加えて、足下では、以下に挙げる(i)地政学的リスク、(ii)低インフレの長期化、(iii)ECBによる包括的審査の影響に対する懸念が高まっている。

(i)地政学的リスクの高まり

14年2月以降、東部地域の分離をめぐる衝突が続いているウクライナでは、9月5日に停戦合意がされたものの、その後も散発的な戦闘が継続しており、先行き不透明感は払しょくされていない(ウクライナ問題の経緯についてはコラム2-1参照)。3月以降、EUはウクライナ東部の分離派及びロシアの関係者及び機関に対する資産凍結・渡航禁止等の制裁措置を決定・強化しており、それに伴ってユーロ圏主要国の企業や消費者のマインドが悪化している(第2-1-11図)。

第2-1-11図 ユーロ圏主要国のマインドの推移:地政学的リスクにより悪化
第2-1-11図 ユーロ圏主要国のマインドの推移、(1)では製造業購買担当者指数(PMI)、(2)では消費者信頼感指数を示し、地政学的リスクにより悪化していることを表している。(1)はMarkitより作成。(2)は欧州委員会より作成。

さらに、EUは8月から武器及び関連製品、軍事転用可能民生品及び技術(軍事利用者向けに限る)、特定のエネルギー関連機器等のロシアへの輸出を禁止することを決定、これに対しロシアも対抗措置としてEUからの一部農産物の輸入禁止を決定した(第2-1-12表)。さらに、9月にEUは軍事転用可能民生品及び技術(軍事利用者向けに限る)輸出禁止の対象者拡大等を決定した。このため、8月のユーロ圏のロシア向け輸出が一段と減少するなど実体経済への影響も顕在化し始めている。とはいえ、ユーロ圏主要国のロシア向け輸出のシェアは主要国のうち最も高いドイツでも3.4%とそれほど高くないことから、禁輸措置そのものの輸出への影響はドイツでも最大で輸出額全体の1%弱と限定的と考えられる(第2-1-13図)。また、ロシアの対抗措置に対応して、農産物生産者に対する支援措置も採られているため、経済全体への影響も軽微なものにとどまるとみられる7別ウィンドウで開きます。ただし、ウクライナ情勢悪化等により地政学的リスクが更に高まり、企業及び消費者のマインドが悪化し続けた場合、投資や消費抑制等の実体経済への波及が懸念される。

第2-1-12表 EUによる経済制裁とロシアの対抗措置
第2-1-12表 EUによる経済制裁とロシアの対抗措置を表した表。各種資料より作成。
第2-1-13図 ロシア向け禁輸対象品目の輸出に占める割合:禁輸の輸出への影響は限定的
第2-1-13図 ロシア向け禁輸対象品目の輸出に占める割合、ドイツ・フランス・イタリア・スペインの禁輸の輸出への影響は限定的であることを表したグラフ。UN Comtradeより作成。
(ii)低インフレの長期化
(ア)低インフレの長期化リスク

ユーロ圏では、消費者物価上昇率が13年10月に前年比0.7%となって以降、1年以上1%を下回って推移しており、11月には0.3%にまで低下している(第2-1-14図(1))。

もっとも、こうした物価上昇率の低下について、品目別にみると、エネルギー価格が依然前年比マイナスとなっているほか、食料品の前年比上昇率が13年と比べ大幅に縮小し、14年5月以降はマイナスとなる月もみられる。これら振れの大きいエネルギー及び生鮮食料品を除いたコア指数の上昇率は、13年12月に1%を割り込んだ後は、1%近傍で低位安定して推移してきたが、14年9月以降は低下傾向にある。

また、消費者物価上昇率を国別にみると、ポルトガルは14年2月以降、スペインは同7月、イタリアは同8月以降、前年比マイナス領域に入っている(第2-1-14図(2))。その他の国をみても、14年入り後、1%を割り込む国が大半を占めており、特にドイツ、フランス等の主要国で低下傾向を示している。もっとも、13年3月以降マイナスに陥っているギリシャでは、その下落率が縮小してきているほか、イタリア、ポルトガルは14年10月にはプラスに転じた。

第2-1-14図 ユーロ圏の物価動向
第2-1-14図 ユーロ圏の物価動向 (1)ユーロ圏HICPと項目別寄与度(財・サービス別)、エネルギー、食料品価格が下押ししていることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。 (2)国別物価上昇率(HICP)の推移、南欧諸国ではマイナス圏で推移していることを表したグラフ。ユーロスタットより作成。

こうした中、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)が14年12月に公表したユーロシステム・スタッフのマクロ経済見通しでは、14~16年の消費者物価上昇率の見通しについて、9月公表時点より更に引き下げられた。また、同見通しでは、実質経済成長率の見通しについても、14~16年について下方修正された(第2-1-15表)。

第2-1-15表ユーロシステム・スタッフ マクロ経済見通し:14年実質経済成長率、物価上昇率の見通し悪化
第2-1-15表 ユーロシステム・スタッフ マクロ経済見通し、14年実質経済成長率、物価上昇率の見通し悪化を表しているグラフ。ECBより作成。

これまで、ECBのドラギ総裁は毎月開催される金融政策決定理事会会合後の記者会見において、ユーロ圏における中・長期的なインフレ期待は、ECBの「物価上昇率を2%未満かつ近傍に維持するという目標に沿った、物価の安定にしっかりアンカーされている」とし、ユーロ圏はデフレに陥っていないとの認識を示してきた。しかし、14年8月から、同総裁はインフレ期待の低下に言及し始め、9月の政策決定理事会後の会見において中・長期的な低インフレに陥るリスクへの懸念を示した。さらに、12月の理事会後会見では原油価格の下落が与える直接的・間接的な影響について繰り返し言及し、直接的には家計を支援する材料となりポジティブな影響が見込まれるものの、間接的にコア価格への影響が懸念されるほか、インフレ期待の低下を通して、賃金低下や実質金利の上昇につながることへの懸念を表明した。これらの懸念が現実化した場合には、実質金利上昇による投資抑制等を通じて、景気を下押しするリスクがある。

(イ)ECBによる金融緩和

上記のような物価上昇率及び期待インフレの低下を受け、ECBは14年6月及び9月に追加金融緩和措置を打ち出した。

まず、政策金利については、6月、9月の2回にわたって、主要リファイナンス金利を合計20bps引き下げ0.05%に、限界貸出金利を合計45bps引き下げ0.30%に、そして中銀預金金利を合計20bps引き下げ▲0.20%に変更し、超過準備高及び預金ファシリティに対しては、いわゆるマイナス金利を適用することとした。ドラギ総裁は9月の追加利下げについて、金利が下限に到達したと述べ、6月に導入を決定した新しい貸出制度である目的型長期リファイナンスオペレーション(TLTRO:Targeted Longer-Term Refinancing Operations、後述)による借入を検討する金融機関が、今後の金利引下げを期待して借入を延期することのないよう配慮したことも、追加利下げ決定の背景であるとした。9月の政策金利変更を受け、EONIA(ユーロ圏銀行間貸出金利)は、マイナス圏で推移することが多くなっている(第2-1-17図)。

ECBはこうした追加利下げとともに、実体経済への波及効果を高めるため、新たな貸出制度や流動性供給に係る政策の導入も決定した。

6月会合では、個人向け住宅ローンを除く、非金融民間セクターへの貸出を促すことを目的とし、上記TLTROの導入を表明した。TLTROは、最長で約4年の長期貸出オペであり、銀行は一定の条件の下、低金利でECBから資金を借り入れることが可能となる。ECBはこの措置を、銀行による実体経済への貸出を支援することによって、金融政策の実体経済への波及機能を向上することが目的と説明している。TLTROは14年内及び15年3月~16年6月の2フェーズにわたって実施予定であり、その仕組みは以下のとおりである(第2-1-16表)。

第2-1-16表 目的型長期リファイナンスオペ(TLTRO)の概要
第2-1-16表 目的型長期リファイナンスオペ(TLTRO)の概要を表した表。欧州中央銀行より作成。

このようなベンチマーク設定の工夫等によって、これまでデレバレッジ(貸出縮減)を進めてきた銀行でも借入れが可能なほか、共同借入を可能としたことから、金融機関がより借入に参加しやすい制度となっている。一方、実体経済への貸出へ確実につながるようにとの観点から、報告義務やベンチマーク未達の際の返済義務等を組み入れた制度設計がなされている。6月のTLTRO公表時点では、ECBは14年に行う2回の供給額が、計4,000億ユーロの規模になり得るとしていた。しかし、初回9月の供給額は市場予想を大幅に下回る、826億ユーロにとどまった。

また、6月会合では新たにABS(資産担保証券)8別ウィンドウで開きます買入策(ABSPP)を導入するため、その詳細について準備作業を進める旨発表し、9月の政策決定会合では、TLTRO、ABSPPに加え、カバードボンド9別ウィンドウで開きます購入プログラム(CBPP3)を開始することを決定した。これら資産買入プログラムについては、購入対象商品の条件等、テクニカルな詳細は公表されたものの、買入額上限については公表されていない。CBPP3は14年10月に、ABSPPは14年11月に購入が開始されている。ECBはこれら資産購入プログラムによる、12年3月の水準までのバランスシート(B/S)拡大可能性を指摘している(第2-1-18図)。

第2-1-17図 ECB政策金利とEONIA:14年6・9月に引下げ、下限に到達
第2-1-17図 ECB政策金利とEONIA、14年6・9月に政策金利を引下げ、下限に到達したことを表すグラフ。ブルームバーグより作成。
第2-1-18図 ECBのB/S:今後12年水準まで増加を見込む
第2-1-18図 ECBのB/S、今後12年水準まで増加を見込むことを表したグラフ。欧州中央銀行より作成。

一連のECBによる政策措置、またそのアナウンスメントによる影響は、まず為替動向に顕著に現れている。14年5月の政策決定会合後の記者会見においてドラギ総裁が6月に政策対応を行う旨を示唆して以来、ユーロはドルに対して下落し続けている。一方ではアメリカでの景気回復を背景としてアメリカ連邦準備制度(FED)による金融政策正常化への動きがある中、低インフレの続くユーロ圏については、ECBに対する市場からの追加緩和期待が根強く、ドラギ総裁もこうした金融政策の方向性の違いが為替動向に影響すると指摘している。総裁は、為替動向は政策目的ではないものの、物価動向に影響を与える重要な要素であることにも言及しており、このところのユーロ安が輸入物価の上昇等を通じて今後の物価動向に与える影響を注視する必要がある(第2-1-19図)。

第2-1-19図 ユーロ/ドル為替相場の推移:5月の政策決定会合以降、下落
第2-1-19図 ユーロ/ドル為替相場の推移、5月の政策決定会合以降、下落したことを表すグラフ。ブルームバーグより作成。

また、国債市場をみると、ドイツ10年物国債の利回りが1%を割り込むなど、利回り低下が著しい。緩和的金融政策が続く一方、このところの世界経済の成長減速懸念の高まりや、ECBに対する追加金融緩和期待等も手伝って、ドイツ国債を始めとした高格付けの国債需要が高まり、期間の短い国債(2年物)では、国債利回りが0%を下回って推移している(第2-1-20図)。

第2-1-20図 ユーロ圏各国国債利回りの推移:一部国債ではマイナスとなるなど低下
第2-1-20図 ユーロ圏各国国債利回りの推移、(1)では10年物国債利回りの推移、(2)では2年物国債利回りの推移を表し、ドイツ・フランスではマイナスとなるなど低下を表したグラフ。ブルームバーグより作成。

一方、ECBへの準備預金をみると、超過準備額は12年に大幅に増加した後、減少傾向にある。14年6月の政策決定会合において中銀預金金利がマイナス金利となった後も大きな変化はみられなかった。しかし、9月に既にマイナス圏にある中銀預金金利を更に引き下げたことから、10月及び11月の超過準備額はわずかながら減少している。一部では、域内の銀行が超過準備から国債購入へ資金を振り向けており、国債価格上昇(金利は低下)の一因となっているとも指摘されている(第2-1-21図)。

第2-1-21図 ECBにおける金融機関の準備預金、流動性の推移:準備預金残高は減少傾向
第2-1-21図 ECBにおける金融機関の準備預金、流動性の推移、準備預金残高は減少傾向にあることを表したグラフ。欧州中央銀行より作成。

一連のECBの政策はいずれも金融政策の波及チャネルを補強し、非金融民間部門、とりわけ企業への融資を促進することを目的として導入された。アメリカと異なり、依然銀行による間接金融が大きなウェイトを占めるヨーロッパにおいて、今後こうした政策により、銀行部門から企業への資金供給が拡大することが期待される。もっとも、ユーロ圏経済の回復が依然ぜい弱な中、企業の投資需要が伸び悩む場合には、こうした資金が必ずしも実体経済へ向かわず、市場に滞留し、新たなバブルを生むおそれもある。

(iii)ECBによる包括的審査結果の影響

10年の欧州政府債務危機では、住宅バブル崩壊によって不良債権が拡大した銀行への資本注入により国の財政が悪化する一方、財政危機に直面する国の国債を保有する銀行の損失が拡大する懸念が高まるなど、政府と銀行との間で悪循環が生じた。この問題を根本的に解決するために銀行同盟の創設が進められている。銀行同盟は、(1)単一監督メカニズム(SSM:Single Supervisory Mechanism)、(2)単一破たん処理メカニズム、(3)共通預金保証の3つの柱で構成される10別ウィンドウで開きます。銀行同盟の柱の一つとして位置付けられる、SSMでは、13年11月に発効したSSM規則に基づき、14年11月からECBがユーロ圏内における銀行監督機能を担うこととなった。ECBはユーロ圏内主要行について直接の監視、罰則、最終承認等の権限を域内各国より移譲され、ヌイイ議長の下、監督体制を発足させている11別ウィンドウで開きます

銀行監督権限移譲に先立ち、ECBは13年11月~14年10月にかけてユーロ圏内130行(対象行はユーロ圏(リトアニアを含む)の重要と考えられる金融機関)の資産内容を審査する「包括的審査(Comprehensive Assessment)」を行った12別ウィンドウで開きます

この包括的審査は1年間にわたって行われたため、この間、金融機関が自行の健全性を高めるため、貸出抑制的になることが懸念されていたほか、結果によってはユーロ圏内の金融システムの不安定化や、金融環境の厳格化が実体経済に与える影響が不安視されていた。

14年11月末に包括的審査の結果が公表されたが、全体としては設定された基準に対して、グローバルにシステム上重要な銀行(G-SIB:Global systemically important banks)のうちで「不合格」とされた銀行はなかったほか、ドイツやフランスの銀行はすべて「合格」とされたことなどから、市場は結果を好意的に受け止めたとみられる。

もっとも、個別行の結果をみると、特に「不合格」行を多く抱えるイタリアなどでは、今後、金融機関が資本増強を進める必要があり、金融機関の貸出厳格化を通じた景気下押しリスクが高まる可能性がある。また、各国間で結果に相違がみられたことから、ユーロ圏内金融機関の分断化が更に進むことが懸念される。

以下では、包括的審査の概要及び結果を確認し、審査期間中のユーロ圏における資金需給動向や今後の影響について整理しておく。

(ア)ECBによる包括的審査

ECBは単一銀行監督機能を担うに先立ち、(1)必要となる是正措置を特定及び遂行することで銀行のバランスシート調整を行い、(2)銀行の健全性について情報の質を向上することで、透明性を高め、(3)是正措置を遂行することで、すべての関係者に対して、銀行の健全性や信用力についての信頼構築を図る目的の下、包括的審査をユーロ圏内130行13別ウィンドウで開きますに対して行った。

包括的審査は、(1)資産査定(AQR:Asset Quality Review)と、(2)ストレス・テスト(Stress Test)の2本柱で構成されている。(1)では、13年12月末時点の銀行バランスシートについて、銀行エクスポージャーの透明性を高めることを目的に資産、担保、引当金等の金融機関による評価に対して、その評価に対する適切性が統一定義の下、審査された。また、(2)では、2つのシナリオ(ベースライン・シナリオ、ストレス・シナリオ14別ウィンドウで開きます)の下、AQRの結果を踏まえて、銀行のショック吸収能力が審査された。

この包括的審査の結果が14年10月末、SSM発足前に公表された。銀行は、AQR及びベースライン・シナリオ下では普通株式等Tier1(CET1)を8%以上、ストレス・シナリオ下では5.5%以上保有していることが必要とされている。審査の結果、資本不足と指摘された銀行は、6か月以内(ないしストレス・シナリオ下での資本不足の場合は9か月以内)に、資本増強を行わなければならず、その計画を包括的審査の結果公表後2週間以内に提出することが求められた。

まず、AQRの結果、銀行による自己資本比率の計測がECBのそれに比して甘いことが示された。13年12月末時点で、銀行による計測では、約480億ユーロの資産が過大評価されていたほか、基準を統一化した結果、13年末に銀行から報告された額より約1,360億ユーロ多い、約8,790億ユーロの不良債権が存在していたことが明らかとなった。さらにストレス・テストでは、ストレス・シナリオの下でリスク資産が16年末時点で約8,586億ユーロ増加し、中央値で12.4%から8.3%までCET1が下落することが示され、前回までのストレス・テストに比べて厳しい結果となった。対象行全体では包括的審査によって、13年12月時点で25行、約246億ユーロの資本不足が指摘された(第2-1-22表)。

第2-1-22表 包括的審査の全体結果
第2-1-22表 包括的審査の全体結果を表した表。欧州中央銀行より作成。

国別でみると、イタリア、ギリシャ、キプロス等の南欧諸国の銀行の資本不足が目立つ結果となった(第2-1-23表)。特にイタリアについては、審査対象行の15行のうち9行で資本不足が指摘されたほか、「不合格」行に総資産規模が同国第3番目の大手銀行が含まれており、その資本不足規模も大きかったことなどから、同国銀行部門のぜい弱性が改めて確認される結果となった。一方、債務危機に陥っていた国の一つであるスペインはAQRで1行が不合格となったものの、当該行も14年中に対応を行い、その後基準をクリアしており、スペインでは銀行部門の再建が進んでいることが示された。また、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIB:Global systemically important banks)で資本不足を指摘された銀行はなかったことや、資本不足を指摘された銀行の多くは中小行もしくは再建中の銀行であったことから、当該審査の結果は市場にとって一定の安心材料となった。

また、不合格となった25行のうち、12行は10月末の結果公表時点では資本増強済みであり、これらの銀行を除くと、資本不足額は約95億ユーロにとどまる。さらに、残りの13行のうち5行についても政府保証や収益構造の改善等によって資本不足が解消できるとされており、対策を迫られる銀行は、イタリアの4行、オーストリア、キプロス、アイルランド、ポルトガルのそれぞれ1行の8行にとどまる15別ウィンドウで開きます

第2-1-23表 包括的審査の資本不足行(国別):イタリアが4行と最多
第2-1-23表 包括的審査の資本不足行(国別)、イタリアが4行と最多であることを表した表。欧州中央銀行より作成。

包括的審査の結果の公表直後にはイタリア国債等の価格が下落(利回りは上昇)したものの、その後は持ち直しており、金融市場からの反応は限定的であった。もっとも、一部ではストレス・テストのシナリオにデフレリスクが組み込まれていないことや、いわゆるバーゼル3規制基準の完全導入を前提としていないことなどをもって、不十分と指摘する声も聞かれる16別ウィンドウで開きます

(イ)包括的審査の影響

非金融民間企業の資金調達において、ユーロ圏では金融機関による借入れの占めるウェイトが17%とアメリカ(4%程度、13年時点)に比して、依然大きい(第2-1-24図)。株式発行等による市場調達も近年増加してきているものの、金融機関貸出の動向はヨーロッパ企業の資金調達に大きく影響を与える。

第2-1-24図 ユーロ圏非金融企業資金調達の内訳(13年時点)
第2-1-24図 ユーロ圏非金融企業資金調達の内訳(13年時点)。欧州中央銀行より作成。

ECBは上記包括的審査を、ヨーロッパにおける銀行部門の健全性、透明性、信頼性を高めるために実施していたが、一方で、上述のとおり、この審査に対応して、銀行が自己資本比率を高めるために、企業への貸出を抑制しているとの指摘も聞かれていた。銀行部門の貸出動向をみると、貸出残高は12年5月以降前年比マイナスで推移しており、その減少幅は13年中に拡大している。国別にみると、特に、南欧諸国・プログラム対象国では大幅なマイナスとなっているほか、ドイツ、フランス等主要国でも、13年以降は、基調としてはマイナスで推移し、14年にようやくプラスに転じた状態である(第2-1-25図)。

第2-1-25図 ユーロ圏銀行部門の対非金融企業貸出状況(残高・前年比):改善傾向にあるものの、引続きマイナス
第2-1-25図 ユーロ圏銀行部門の対非金融企業貸出状況(残高・前年比)、改善傾向にあるものの、引続きマイナスであることを表したグラフ。欧州中央銀行より作成。

また、四半期に一度公表されるECBによる銀行貸出調査によると、欧州政府債務危機以降、ユーロ圏全体では非金融民間部門からの資金需要の減少、銀行の貸出態度の厳格化が続いていた。しかし、14年4~6月期には、07年7~9月期以降初めて貸出条件が緩和超に、また11年7~9月期以降初めて企業の借入需要が需要超に転じ、ユーロ圏全体としてみれば、銀行貸出をめぐる資金需給環境は改善してきている(第2-1-26図)。

もっとも、足下で資金需給の改善幅は縮小している。背景として、先行きの不確実性に対する懸念が高まったことなどが挙げられる。国別にみると、貸出条件は、ドイツ、フランスで悪化した一方、イタリアでは改善、スペインでは変化がなかった。企業の資金需要については、ドイツ、フランスでは資金需要の増加が報告された一方、スペインでは変化がなく、イタリアでは顕著な減少が示された。このように、足下では貸出条件においては各国間での分断化が改善したものの、資金需要面では再び悪化している。また、貸出先では個人向けが企業向けを上回っており、企業の資金需要が低調な現状がうかがわれる。

第2-1-26図 ユーロ圏の資金需給状況:貸出緩和超、需要増加超に転化
第2-1-26図 ユーロ圏の資金需給状況、(1)銀行貸出条件及び(2)企業の資金需要について、貸出緩和超、需要増加超に転化したことを表すグラフ。欧州中央銀行より作成。

こうした足下の銀行貸出状況を踏まえ、包括的審査の影響を考察すると、包括的審査を終えたことで、銀行の審査対策としての貸出抑制要因がなくなり、上述のとおり下限に到達した政策金利や、新たなECBによる貸出支援策の効果によって、ユーロ圏における貸出が促進されるのではないかとの声が聞かれている。銀行部門の貸出姿勢も上記調査が示すように緩和方向に変化しており、先行きについても緩和的環境が続くことが見込まれている。ECBのコンスタンシオ副総裁が10月末の包括的審査結果発表の記者会見時に指摘したように、包括的審査によって銀行の健全性が確認されたことから、銀行の貸渋りによる、資金供給面からの資金需給動向に与える制約は少ないと考えられる。今後、こうした金融機関の貸出姿勢の緩和が、ユーロ圏経済回復への下支えとなることが期待されている。包括的審査の結果は、全体としてはECBが意図したとおり、金融機関に対する信頼性を高める方向へ作用し、銀行サイドからの資金供給制約を縮小するポジティブなものであると評価できよう。

もっとも、個別国・銀行レベルでは、今後も資金供給面においても厳しい状況が続く可能性がある。包括的審査で資本不足について指摘された銀行では、今後更に資本の積増しが必要となることから、イタリアを始めとする南欧諸国では、今後少なくとも6~9か月の間、更なる銀行部門の貸出姿勢の厳格化が懸念される。特にイタリアにおいては、包括的審査で厳しい審査結果が示されたため、景気減退が懸念される中、上述のとおり資金需要も弱く、銀行の貸出条件も悪化していることから、今後銀行による資本積増し対応が、信用縮小を通じて更なる景気下押し要因となりかねない。そのほか、各国間の金融分断化が再び拡大するリスクも無視できない。

また、ユーロ圏全体においても、包括的審査によって資金供給面からの制約が縮小したとはいえ、資金需要面では、非金融民間企業からの積極的な資金需要はあまりみられていない。非金融民間企業からの資金需要について上記銀行貸出調査の影響要因別でみてみると、M&Aや債務再建需要の増加が寄与するところが大きい。投資需要は依然減少しており、銀行部門の健全化が、投資の増加を促し、経済活動回復に結び付くには、時間を要する可能性がある(第2-1-27図)。

第2-1-27図 企業の資金需要要因の推移:投資需要は低調、M&A・債務再建が寄与
第2-1-27図 企業の資金需要要因の推移、投資需要は低調、M&A・債務再建が寄与していることを表したグラフ。欧州中央銀行より作成。

2.英国:景気は回復

(1)英国の経済概況

英国の実質経済成長率は、13年1~3月期にプラスに転換後、7四半期連続で増加が続いており、景気は回復している(第2-1-28図)。需要項目別の寄与度をみると、12四半期連続で増加している個人消費に加え、13年後半からは固定投資も増加しており、内需主導の経済成長が続いている。

第2-1-28図 英国の実質経済成長率:景気は回復
第2-1-28図 英国の実質経済成長率、景気は回復していることを表したグラフ。英国統計局より作成。

個人消費の好調さの背景としては、住宅価格上昇による資産効果や雇用環境の改善等があると考えられる。しかし、失業率はすでに自然失業率6.5%(14年)17別ウィンドウで開きますを下回るレベルまで低下しているにもかかわらず、賃金上昇率は緩慢なものにとどまっているという問題がある。

雇用状況をみると、就業者数の増加とともに、失業率の低下が続いている。とりわけ、若年失業率(18~24歳)の低下及び失業者全体に占める若年失業者の割合の低下がみられる(第2-1-29図)。若年層は、世界金融危機後に新規雇用が抑制されたため、就業状況が悪化した層であるが、その層の就業状況が着実に改善していることが、失業率全体の低下につながっていると考えられる。

第2-1-29図 若年失業率:低下
第2-1-29図 若年失業率、英国の若年失業率は低下していることを表したグラフ。英国統計局より作成。

他方、時間当たり名目賃金をみると、上昇傾向にはあるが、その上昇率は低水準で推移しており、物価上昇率の方が高いため、実質賃金上昇率はマイナスとなる状態が続いている(第2-1-30図)。これは、第1章第1節(1)(ii)でみたように、パートタイム労働者比率の上昇等が要因の一つとなっていると考えられる。そこで、以下では英国の賃金上昇率の伸び悩みの要因について更に詳しく検証する。

第2-1-30図 英国の実質賃金:マイナス状態が続く
第2-1-30図 英国の実質賃金、マイナス状態が続いていることを表したグラフ。英国統計局より作成。

まず、実質賃金上昇率が低水準で推移する状態が続く理由の一つとして、労働生産性の低迷が考えられる。11年半ばから12年半ばにかけては、実質GDPが横ばいとなる中で、総労働時間は増加しており、労働生産性は低下している(第2-1-31図)。実質GDPが増加し始めても、労働生産性は横ばいの状態となっており、総労働時間の増加による労働投入増が成長を支える形となっている。総労働時間の上昇にはいずれ限界がくることからも、今後は労働生産性を上げることが賃金上昇率の向上のみならず、英国経済の持続的な回復にも必要と考えられる。

第2-1-31図 英国の実質GDPと労働生産性:低迷する労働生産性
第2-1-31図 英国の実質GDPと労働生産性、低迷する労働生産性を表したグラフ。英国統計局より作成。

次に、産業別の労働生産性の上昇率をみると、製造業は改善しているのに対し、サービス業は低迷が続いている(第2-1-32図)。英国の産業構造をみると、就労者の8割以上がサービス業に就いており、その数と割合は増加を続けていることから、英国の労働生産性の低迷はサービス業の労働生産性の低迷による部分が大きいと考えられる(第2-1-33図)。また、労働生産性と同様、サービス業の賃金上昇率も緩やかな低下傾向となっており、14年4~6月期においては、マイナスに転じている(前掲第1-1-8図(1))。製造業と比較しても、サービス業の賃金上昇率は12年以降常に低くなっている。このように労働生産性や賃金上昇率が低いサービス業の就業者が増加していることも全体の賃金上昇率が低くなっている要因の一つと考えられる。

第2-1-32図 産業別の労働生産性上昇率:サービス業は低迷
第2-1-32図 産業別の労働生産性上昇率、サービス業は低迷していることを表すグラフ。英国統計局より作成。
第2-1-33図 産業別労働者数の推移:サービス業が増加
第2-1-33図 産業別労働者数の推移、サービス業が増加していることを表すグラフ。

最後に、英国の自営業者数の推移をみると、就業者に占める自営業者の割合は上昇傾向にある(第2-1-34図)。08年1~3月期と比較すると、14年4~6月期までに増加した就業者約110万人のうち、自営業者が約73万人と7割近くを占める18別ウィンドウで開きます。このことから考えると、求職者の多くが企業に雇用されるのではなく自営業者になることを選択したこととなり、失業率は低下しているものの、労働需給はみかけほどひっ迫していない可能性がうかがえる。それが、賃金上昇率の緩慢さに表れていると考えられる。また、英国の自営業者の所得は、被雇用者の所得の6割程度と低水準で推移している(第2-1-35図)。英国の自営業者の所得は平均賃金には含まれていないが、低所得の自営業者が増加していることも平均賃金の伸び悩みの間接的な要因の一つになっている可能性がある。

第2-1-34図 自営業者割合の推移:増加
第2-1-34図 自営業者割合の推移、自営業者割合が増加していることを表すグラフ。英国統計局より作成。
第2-1-35図 名目平均所得:自営業者は低い
第2-1-35図 名目平均所得、自営業者は低いことを表したグラフ。英国統計局、英国労働年金省より作成。

なお、特に65歳以上の高齢者層で就業者に占める自営業者の割合が高くなっている。年齢別就業者に占める自営業者の割合を09年と14年で比較すると、65歳以上の層は、他の年齢層と比較して上昇幅が2倍近くになっている(16~64歳:+11%、65歳以上:+19%)。さらに、自営業者数で比較すると5倍近いスピードで増加している(16~64歳:+17%、65歳以上:+77%)。これは、近年の年金受給開始年齢の引上げにより、高齢者が収入を得るために必要に迫られて自営業者になっている面もあると考えられる19別ウィンドウで開きます(第2-1-36図)。

第2-1-36図 年齢別就業者に占める自営業者の割合:高年齢層ほど多く、伸びも高い
第2-1-36図 年齢別就業者に占める自営業者の割合、高年齢層ほど多く、伸びも高いことを表したグラフ。英国統計局より作成。

このように英国は、失業率が低下する一方で賃金上昇率が低い状況にある。その背景には、第1章で分析したパートタイム労働者比率の高さに加えて、労働生産性や賃金上昇率の低いサービス業就業者の増加、低所得の自営業者の増加等があると考えられる。サービス業の労働生産性の向上には時間がかかると考えられることや自営業者の増加の背景の一つである高齢化は今後更に進展していくことなどから、賃金の上昇は当面緩慢なものとなると見込まれる20別ウィンドウで開きます

(2)イングランド銀行(BOE)の金融政策

前述のとおり賃金上昇率が低迷していることもあり、インフレ圧力は抑制されており、消費者物価上昇率はBOEの目標である2%を下回る状況がここ数年続いている(第2-1-37図)。

こうした中、BOEは09年3月以降、政策金利を過去最低水準である0.5%に据え置くと同時に、資産購入プログラムを通して量的緩和政策を継続している。13年8月に、失業率が7.0%を下回るまで現在の0.5%の政策金利を維持するとするフォワード・ガイダンスを導入したが、その後、失業率が目標値の7.0%に近づいたものの、依然解消すべきスラック(需給の緩み)があるとして、14年2月には失業率だけでなくより広範な経済指標を考慮する形にフォワード・ガイダンスが修正された。さらに、8月の『インフレーション・レポート』では、中期的な均衡失業率を6.0~6.5%から5.5%に引き下げ、賃金上昇率の低迷等から、失業率低下にもかかわらず依然スラックが残っているとした。11月公表の『インフレーション・レポート』でも、物価上昇率は17年末にようやく2%に近づく見通しとなっており、利上げ時期も15年後半が見込まれている。

第2-1-37図 物価と政策金利:物価上昇率は低下
第2-1-37図 物価と政策金利、英国の物価上昇率は低下していることを表すグラフ。イングランド銀行、英国統計局より作成。

コラム2-1:EUのロシアへのエネルギー依存度

14年2月にウクライナでヤヌコビッチ政権が崩壊して以降、ウクライナ国内では、住民投票でロシアへの併合を決定したクリミア半島や、ロシア系住民の多く住む東部ドネツク、ルガンスク等で、分離運動が続いている。欧米諸国は、ロシアがこうした分離派を支援し、ウクライナの主権を阻害しているとして、ロシアに対し制裁を課している。

EU及びアメリカは、3月にロシア要人の渡航制限や資産凍結等の制裁を発動した。さらに、7月に民間旅客機がウクライナ東部で撃墜されたこと等から、欧米は対ロ制裁を大幅に強化、8月以降はロシアへの資源開発関連の機械設備・技術等の提供を禁止しているほか、ロシア国有銀行のEU・アメリカ域内での資金調達を制限している。

こうした欧米による制裁への対抗措置として、ロシアがEUへのエネルギー供給制限を行う可能性が一部で懸念されていることから、以下ではEUのロシアに対するエネルギー依存度について確認しておく。

ロシアは地理的近さも手伝い、EUとの経済的結び付きが強い。特に資源国であるロシアからEU各国は多くの原油・天然ガスを輸入しており、EU諸国のロシアに対するエネルギー依存度は他国に比して高いものとなっている(表1)。ロシアはEUにとって原油、天然ガスに加えて、石炭等固形燃料輸入において、最大の取引相手国である。特に、東欧諸国は地理的・歴史的に近いこともあり、ロシアからのエネルギー輸入が大半を占めている国が多く、中にはロシアからの輸入シェアが80%を超える国や、フィンランドのように、天然ガスは100%ロシアからの輸入に頼っているという国もみられる(図2)。さらには、EU最大の経済規模を有するドイツも約3割をロシアからの輸入に頼っている。

一方、ロシアにとっても原油・天然ガスによる収入は、ロシア経済の柱となっている。ロシア政府の歳入に占める原油・ガスの割合をみてみると、その半分近く、またGDPの約1割を占める(図3)。このところ原油価格の下落が続いてはいるものの、ルーブルの大幅な下落を受けて、その割合は依然高い水準を維持している。ロシアにとって原油・天然ガスは貴重な収入源であり、ウクライナ問題におけるEUに対する制裁の手段として、原油・天然ガスの供給停止は行いにくい状況である。

過去には、天然ガスについて、ウクライナの支払い不履行に対して、ロシアが天然ガス供給を停止する事態が数度にわたり発生した。ロシアはEU諸国への供給は継続したものの、輸送パイプラインがウクライナを通っていることから、EU諸国への供給に影響を及ぼすこととなった。同様の事態が懸念される中、14年10月末、EUの仲介によって、ロシア・ウクライナ間で天然ガスの供給に関する合意が成立し、一定の条件の下、

15年3月まで再開されることとなった。これにより、天然ガス需要の高まる冬場の天然ガス供給停止による影響は避けられる見通しとなった。

表1 EU28か国の鉱物資源輸入相手シェア(%)
コラム2-1 表1 EU28か国の鉱物資源輸入相手シェアを表した表。ユーロスタットより作成。
図2 EU加盟各国エネルギー関連製品輸入におけるロシアのシェア(12年時点)
コラム2-1 図2 EU加盟各国エネルギー関連製品輸入におけるロシアのシェア(12年時点)、(1)石油製品及び(2)天然ガスについて表したグラフ。ユーロスタットより作成。
図3 ロシア政府歳入に占める原油・ガスの割合
コラム2-1 図3 ロシア政府歳入に占める原油・ガスの割合を表したグラフ及び表。EEGより作成。

コラム2-2:EUの財政監視の枠組み

EUにおける財政規律の根幹となる枠組みは97年の安定成長協定(SGP)で定める基準(財政赤字名目GDP比3%、公的債務残高同60%)であり、これらに違反すると過剰財政赤字手続(EDP)の対象となるが、10年以降の欧州政府債務危機を教訓として、既存の枠組みを強化するための更なる経済・財政監視の制度が設けられている。具体的には、

  • シックス・パック(経済ガバナンス6法)(11年12月施行)
  • 財政協定(経済通貨同盟の安定・協調・ガバナンスに関する条約)(13年1月発効)
  • ツー・パック(経済ガバナンス2法)(13年5月施行)

の3つである。これらは財政だけでなくマクロ経済不均衡も監視する枠組みであるが、以下では主に財政に絞ってその概要を紹介する。

1.シックス・パック(11年12月)

経済・財政ガバナンス強化のための5つのEU規則と1つのEU指令で構成される6つの法制(経済ガバナンス6法)に基づくものであり、対象は全EU加盟国である(注1)。(1)予防的措置、(2)是正的措置の両面から安定成長協定の枠組みを強化することを目指している。

(1)予防的措置

各国に安定成長協定で定める中期財政目標(MTO:Medium Term Objective)に沿った財政運営を求めつつ、新たに「歳出ベンチマーク」を設けた。これは、各国の歳出の伸び率が中期的な潜在成長率に基づく歳入の伸び率に等しくなるよう求めるものであり、加えて、中期財政目標からの「明らかなかい離」について明確な基準(注2)を定め、この基準からの「明らかなかい離」がみられた場合には当該政府にGDP比0.2%の有利子預託金を欧州委員会に対して納付させることとした。

(2)是正的措置

過剰財政赤字手続(EDP)に係る適用除外要件を厳格化し(注3)、債務残高がGDP比60%を超えている場合、60%を超える部分について(3年平均で)年間1/20以上を削減しなければ、たとえ財政赤字が3%以内であっても手続が適用されることとした。さらに、過剰財政赤字手続による制裁を早期から段階的に実施することとし、過剰財政赤字の存在がEU経済財務相理事会(ECOFIN)において議決された時点で当該国に対してGDP比0.2%の無利子預託金を科し(注4)、その後、赤字是正のための効果的な措置が採られていないとECOFINで決定された場合には当該国のGDP比0.2%の制裁金を科すこととした(注5)。

2.財政協定(13年1月)

ユーロ圏及び協定加盟国(注6)を対象とする政府間条約であり、各国の財政政策の協調を推進しつつ、安定成長協定を強化するものであり、具体的には、中期財政目標として財政収支を均衡若しくはプラスまたは構造的財政収支で0.5%以内の赤字に抑え、目標からかい離した際の是正方法や目標の遵守を監視する独立機関を各国に設けることとし、これらを各国憲法等に規定することを求めた。さらに、この財政ルールを国内法で適切に実施しない国について、ほかの締結国は欧州司法裁判所に対して提訴可能であり、これを受けた同裁判所の判決を当該国が遵守しない場合、ほかの締結国からの再提訴を受けて同裁判所が当該国に対してGDP比0.1%以内の制裁金を科すこととし、実効性を担保した。また、公債の発行に関する事前の調整や、過剰財政赤字手続に際し加盟国が赤字是正のための詳細な構造改革を含むプログラムを提出することなども求めた。

3.ツー・パック(13年5月)

各国の財政政策の相互監視の強化を目的とした2つのEU規則で構成される法制で、対象はユーロ圏加盟国である。

第一に、欧州委員会が各国の予算案を安定成長協定に沿って分析し、違反があれば修正を要求できることとした。また、EDP対象国に赤字是正のために必要な構造改革や政策措置を盛り込んだ「経済パートナーシッププログラム」の提出を義務付けた。

第二に、深刻な金融危機に直面、あるいは既に予防的な金融支援を受けている加盟国に対する監視を強化するとともに、支援プログラム終了後の監視の枠組みを定めた。

以上のように、安定成長協定の枠組みは欧州債務危機を契機として随時強化されてきた。今般、欧州委員会は上記枠組みに基づきフランス及びイタリアの15年予算案に関して両国政府に説明を要請した。両国はそれぞれ予算案を修正したが、欧州委員会は、11月には財政規律違反の懸念があるとして15年3月に個別審査を行うこととした。今後、深刻な違反があると認定されれば、予算案を改定するよう勧告を受ける可能性もある。勧告自体に拘束力はないものの、過剰財政赤字の是正に取り組まなかった場合には、最終的にGDP比0.2%相当の課徴金等の制裁措置が科される可能性がある。

(注1)ただし制裁措置等の対象となるのはユーロ圏のみである。適用には特定多数による反対がない限り議決される逆特定多数決方式(RQMV)が採用され、より高い実効性が担保された。

(注2)「かい離」の基準は以下の二点とされている。(1)構造的財政収支の変化をみる際に、かい離幅が1年間で少なくともGDP比0.5%あるか、あるいは2年連続で少なくとも0.25%かどうか。(2)歳出の動向(一時的な歳入の影響を除く)をみる際に、かい離幅が財政収支に1年間(あるいは2年間累積)で少なくともGDP比0.5%の影響を与えているかどうか。

(注3)従前の規定では、「債務残高GDP比が十分に減少しており、満足のいくペースで参照基準に近づいている場合」等には過剰財政赤字手続が適用されないこととなっていた。

(注4)予防的措置において0.2%の有利子預託金が既に科されている場合は、これが無利子預託金に転換される。対象はユーロ圏加盟国のみ。

(注5)是正的措置において0.2%の無利子預託金が既に科されている場合は、これが制裁金に転換される。対象はユーロ圏加盟国のみ。

(注6)対象はユーロ圏18か国及び協定に参加していない英国、チェコを除くその他EU8か国。

図4 EUの財政監視と過剰財政赤字手続(EDP)の枠組み
コラム2-2 図 EUの財政監視と過剰財政赤字手続(EDP)の枠組みについて示した図。

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