第2章 第2節
中国経済 - 構造調整の推進を重視
中国の実質経済成長率は2012年以降7%台で推移しており、14年1~9月期には前年比7.4%となるなど、景気の拡大テンポは緩やかになっている(第2-2-1図)。
経済成長率の低下の背景には、景気の循環的要因のほか、投資依存型の高成長によって生じた過剰投資、過剰信用といった構造問題を是正する政府の政策の影響もあるとみられ1、過去の二けた成長から7%台への成長率の低下は、政府の政策意図を反映しているものと考えられる。すなわち、中国政府は将来の持続可能な成長に向けた構造改革を推進するため、大型の景気刺激策を安易には採らず、景気が一定程度減速することを容認しており、このような経済の新局面を「新常態(ニューノーマル)2」と表現している。
本節では、この「新常態」と呼ばれる経済状況を概観し、経済が新しい局面に移行するに至った背景について分析する。
1.従来の高成長による不均衡の拡大、積み重なる構造問題
従来、中国では輸出や投資に依存3した二けたの成長を遂げてきた(第2-2-2図)。その過程においても、成長至上主義による投機的な不動産開発や生産過剰業種等への過剰投資、過剰信用等の問題が生じていた4。世界金融危機後は、輸出が伸び悩む中、大型景気刺激策5や金融緩和による資金供給を通じた投資に依存して景気の回復を図ったため、投資効率は危機後に一段と悪化している(第2-2-3図)。
こうした成長刺激策による悪影響は、中国経済が急激に悪化するリスクとして懸念されるようになっている。特に、懸念の大きい過剰投資による生産過剰や、過剰信用による企業のバランスシートの悪化について、以下で詳細に検証する。
(1)生産過剰
製造業の生産過剰の状況について、設備稼働率と在庫を取り上げてみてみよう。
まず、生産過剰と指摘される業種7の設備稼働率8の推移をみると、13年にはいずれの業種も07年の水準を下回り悪化している(第2-2-4表)。
次に、生産・在庫バランス9をみても、14年に入り再びマイナスに転じるなど、在庫調整圧力は強まっている。成長テンポが緩やかになる中で、在庫が一段と積み上がっており、生産過剰の状況がうかがえる(第2-2-5図)。業種別でみても、生産過剰業種を含む鉄金属加工や非金属鉱物のみならず、通信・コンピュータや自動車にも在庫調整圧力の高まりがみられる(第2-2-6図)。
(2)過剰信用と企業バランスシートの悪化
企業10のバランスシートの悪化をみるに当たり、まず過剰信用の状況を確認しよう。
社会融資総量11は世界金融危機後の大型景気刺激策や金融緩和を受け、金融機関の貸出を中心に大きく拡大した(第2-2-7図(1))。その後の景気過熱を受け、金融引締めがなされた結果、比較的規制が厳しくなった正規の金融機関貸出を迂回して、信託貸出等のシャドーバンキング12と呼ばれる資金の増加が目立ち、社会融資総量は14年9月末時点では約115兆元(名目GDP比約186%)にまで達している(第2-2-7図(1))。マネーサプライの名目GDP比を示すマーシャルのk13をみても、トレンドを上回る傾向になっていることが分かる(第2-2-7図(2))。
資金循環表をみても、中国では家計部門が大きな余剰資金を抱え14、企業部門が主な資金不足主体となっている。 特に危機後はこうした傾向が強まり、企業部門の資金不足は12年時点で危機前の約4倍に膨れ上がっている。これは過剰投資、過剰信用の動きと合致している(第2-2-8図)15。
こうした過剰な資金供給による企業の借入の拡大は、危機後の世界的な金融緩和策により、ほかの新興国でも同様にみられるが、中国ではその動きが際立っている(第2-2-9図)。
企業債務には、国有企業や地方政府融資平台16も含まれている。第2-2-8図でみたように、政府全体では資金余剰にあるものの、企業債務について連帯責任を負う可能性の高い政府の債務残高は増加傾向にあり、特に地方政府では急速に拡大していることが懸念される(第2-2-10図)。
また、企業の資金調達状況をみると、金融市場においてリスク回避の動きがみられたことなどから、調達時の金利が高まり企業の借入コストが上昇している(第2-2-11(1)図)。金融機関の貸出金利は11年以降貸出基準金利17を上回るものが増加しており、社債金利をみても、格付の低い社債は14年に入りスプレッドが拡大し、信用力の低い企業の資金調達は厳しくなっているとみられる(第2-2-11(2)図)。
利益のコストに対する比率について、世界金融危機前後の08年と13年を比較すると、工業全体としては大きな変化はないが、鉄金属加工や非鉄金属加工等の生産過剰業種で顕著に低下している(第2-2-12図)。
このように、資金調達コストが上昇し収益率の悪化が続けば、返済能力が低い企業等における債務不履行が増加し、これに伴い金融機関の不良債権も増加することになり、金融システム全体へのリスクとして認識され始めている。
実際、12年以降、景気の拡大テンポが緩やかになるにつれて、金融機関の不良債権額が増加する動きもみられている(第2-2-13図)18。そのため、政府はシャドーバンキングの管理強化19や地方財政制度の改革20に取り組み始めている。
このような過剰投資や過剰信用が生じる背景には、先に指摘した成長至上主義のほか、金融資本市場の未発達による非効率性やモラル・ハザードも挙げられる。すなわち、中国はGDP総額では世界第2位の大国になったにもかかわらず、急速に拡大した経済規模に見合うだけの金融資本市場が発達していない。そのため、投資対象に多様性がなく、資金は国内の不動産市場に流入しやすい。また、政府当局の影響の強さから市場メカニズムが機能しにくいほか、暗黙の元本保証や破たん時の政府当局による救済等への期待があるためモラル・ハザードが生じやすく、適切なリスク管理・評価能力等も高まりにくいと考えられる。
以上のように、生産過剰や過剰信用の問題がより明らかとなる中、企業部門、地方政府、金融機関の経済構造はぜい弱になっており、成長率が低下する状況下で、調整の程度やスピードといった今後の動向とその影響が懸念される。
2.高まる景気の下振れ圧力、内外需ともに伸び悩み
こうした構造調整の影響は、各需要項目においてもみられている(第2-2-14表)。以下、需要項目別(消費、投資、貿易)の現状と個々の伸び悩みの背景を詳細に分析する。
(1)投資-生産過剰の抑制等のため、不動産や製造業の伸びは鈍化
固定資産投資の伸びは11、12年と前年比20%を超えていたが、13年10~12月期から同20%を割り込み、14年7~9月期の伸びは同13.4%にまで鈍化している(第2-2-15図)。
固定資産投資の伸びの鈍化の要因は、不動産21と製造業の投資の伸びが鈍化したことにある。固定資産投資の寄与度をみると、13年10~12月期以降小さくなっている。
鈍化の背景についてみると、不動産22では、13年の価格上昇を見越して不動産投資が急増し供給が増加した一方、需要側では不動産価格抑制策や価格上昇を見込んでの先行買いの反動等によって次第に不動産販売の伸びが低下したことで、需給バランスが悪化し在庫が急速に積み上がった。その結果、不動産価格が下落し始めたことにより不動産開発企業の資金繰りが悪化し、投資が抑制されたとみられる。
製造業については、前述した生産過剰の影響により新規投資が抑制されていることが挙げられる。業種別にみると、鉄金属加工が13年10~12月期から3四半期連続で前年比マイナスとなるなど弱い動きが続いているほか、非鉄金属加工も製造業全体の投資の伸びを下回っている(第2-2-16図)。
(2)消費-伸びはおおむね横ばいで推移するものの、一部に弱さも
消費は堅調に増加しているが、その伸びは各種の大型景気刺激策(09年から実施)が終了し始めた12年初めから低下し、その後おおむね横ばいとなっている23(第2-2-17図)。
品目別にみると、不動産市況や「倹約令24」の影響により、一部に弱さがみられる。
まず不動産開発投資の鈍化の影響をみてみよう。新築住宅販売価格と自動車小売額には密接な連動がみられ、14年以降は自動車販売に下押し圧力がかかっているとみられる(第2-2-18図(1))25。また、不動産販売面積の伸びの低下により、不動産購入と関連が高いとみられる家電小売額の伸びも低下している(第2-2-18図(2))。
次に、倹約令の様々な方面への影響をみよう(第2-2-19図)。特に「三公経費(接待費、海外出張費、公用車の購入・維持費)」と呼ばれる政府支出が抑制されており、例えば、レストランやホテル等における飲食サービスをみると、接待の減少や会議の自粛のため、13年以降伸びが一段と低下傾向にある(第2-2-20図)26。その他、宝石類等の高額商品の消費にも重石となっている。
(3)輸出-14年半ばから持ち直し景気を下支えしているものの、力強さに欠ける
輸出の伸びは14年半ばから持ち直しているものの、12年以降鈍化傾向にあり、以前ほどの力強さがみられない(第2-2-21図)。
この要因としては、世界経済(貿易)の縮小や国際競争力の低下が挙げられる。
世界貿易の伸びは12年以降鈍化している(第2-2-22図)。特に最終需要先である先進国の輸入が低迷しているため、「世界の工場」といわれる中国の輸出の伸びも低調なものとなっていると考えられる。
また、輸出をめぐる国際競争力の変化も挙げられる。中国の人件費(平均賃金)は毎年10%程度上昇し続けており27、かつ為替も増価していることから製造コストが増加し、安価な労働力を元にした労働集約的産業が他国へ移転する動きもみられる。中国向け直接投資をみても12年以降減少しており、特に製造業への受入額の下落が目立つ。主要輸出品の電気機器28について、比較優位を示すRCA指数29を近隣諸国と比較すると、中国は緩やかに上昇しているが、チャイナ・プラス・ワン30の一角であるベトナムの上昇が近年著しく、輸出の主力である電気機器等は近隣諸国の台頭による伸び悩みが示唆される(第2-2-23図)。
輸入をみても、こうした輸出の力不足や、先にみた構造調整の影響が表れている。
中国の輸入は、世界金融危機の時期を除くと前年比20~30%台の高い伸びで推移していたが、12年以降は低下している(前掲第2-2-21図)。従来、輸出と輸入の伸びは密接に連関して推移していたが、14年に入りかい離する動きもみられる。
中国の輸入は内需向けと、電子部品のような輸出製品の生産に用いられる外需向けに大別できるが、輸入が輸出とかい離する背景として、政府は前者の内需の不振による輸入減等を挙げている31。
そこで、輸入と内需の動向をみると、製造業投資や不動産開発投資の動きと連関していることが分かる(第2-2-24図(1))。輸入の伸びが鈍化し始めた11年から14年7~9月期までの相関係数をとると、輸出のほか、内需では消費や、製造業及び不動産開発投資との相関が高い(第2-2-24図(2))。前述したように、消費や投資は構造調整の推進による政策要因等で伸び悩みがみられており、輸入にも大きく影響していることが分かる。
こうした中国の輸入の鈍化は、資源や国際分業体制を通じた世界各国の中国向け輸出に影響を与え、ひいては世界景気の伸び悩みの要因として懸念されており、今後の構造調整の進展には注視が必要である。
3.景気に対する政府の対応変化-構造調整の推進と安定成長の維持のバランスを重視
政府の景気に対する対応についてみてみると、政策の力点を構造調整に置く一方、景気の下振れ懸念にも政策対応を行っている。構造調整の推進と安定成長の維持(下支え)という二つの目標を掲げ、そのバランスを重視している。
以下では安定成長の維持に関して、その目標と手段についてみてみよう。
(1)政府の成長目標とその合理的範囲の解釈
中国の経済政策において、政府当局が重要視している二つの指標は雇用と物価である。つまり、雇用を維持確保するのに必要な成長率を下限とし、政府の目標とする物価上昇率32を大きく超えない成長率を上限とした区間を政府が志向する成長率の合理的範囲としている。
この二つの目標指標のうち、まずは成長率の下限を規定する雇用について、都市部新規就業者数をみてみると、14年の政府目標の年間1,000万人以上に対し、9月までに1,082万人と既に目標は達成されている33(第2-2-25図)。
また、雇用弾性値34をみても、10年以降増加を続けており、13年には1%の成長で約170万人を創出していることが分かる35(第2-2-26図)。
雇用の創出には特にサービス(第三次)産業の寄与が大きくなっている(第2-2-27図)。経済成長への寄与率を産業別にみると、第一次及び第二次産業が低下し、第三次産業がおおむね40%を超えて推移する中、それに伴い第三次産業の就業者数(全産業に占めるシェア)も高まっており、雇用を吸収する受け皿となっている(第2-2-27図)。
次に、成長率の上限を規定する物価上昇率は、13年末以降2%近傍と政府目標の3.5%前後を下回って推移している(第2-2-28図)。これは変動の大きい食品価格の上昇が落ち着いていることや国際商品価格(原油等)が下落基調であることが背景にあるが、コア(除く食品・エネルギー)でみても12年以降は安定して推移している。
これを成長との相関でみても、現在の局面は物価上昇を大きく加速させない成長率にとどまっている(第2-2-29図)。
以上のように、二つの指標は政府の目標に沿った動きとなっていることが分かる。
そのため、両指標を上限下限とした範囲内に成長率があれば、政府は今年の成長率目標である7.5%から多少の変動を容認しており、大型の景気刺激策を採らない方針にある。
一方、成長率が合理的範囲内にあるものの、景気に弱さがみられ下振れ懸念がある場合には、「的(対象)を絞った政策」で微調整(小刻みな調整策)することにより景気を下支えしている。
(2)的を絞った微調整策による景気の下支え
外需(輸出)には世界経済の回復の遅れ等の先行き不透明感があることに加え、内需にも上記でみた構造調整を必要とする分野に関するリスク36が存在しており、景気の下振れ圧力が強まっている。景気を表す関連指標をみても、14年後半以降再び悪化している(第2-2-30図)。
そのため政府当局は、14年11月には12年7月以来、2年4か月ぶりの利下げに踏み切った一方、08年のような大規模な景気刺激策は採らない方針にあるため、弱さのみられる分野に対しては微調整的に対処している(第2-2-31図)。その内容を大きく分類すると、(1)インフラ投資の前倒し、(2)住宅取得支援、(3)免税・減税等の企業支援、(4)対象を限定した金融緩和(一部機関の預金準備率の引下げ等)等と分類できる(第2-2-32表)。
一方で、このような的を絞った小刻みかつ小規模な対策のみで経済の下振れを抑えることができるか当局のかじ取りが注目されるが、仮に予期し得ない世界経済の急速な減速といった事態があった場合にも中国経済は対応余力を有していると考えられる。例えば、外貨準備や政府債務の状況をみると、中国は現時点ではほかの新興国に比べて資金余力があり、一時的な耐性はあると考えられる(第2-2-33図)37。加えて、中国では中央政府の管理色が強いこともあり、現時点での景気のハードランディングの可能性は比較的低いといえよう。
4.まとめ - 新たな局面「新常態」による国内外への影響
以上みてきたように、構造調整の必要性が高まる中、中国では以前のような二けたの高成長ではなく、構造問題を悪化させず、かつ潜在成長に見合った安定的な経済成長への移行を図っている38。このような中国経済の変化は、国内外の経済に大きな影響を与える(第2-2-34図)。
まず、国外への影響としては、これまで貿易を通じて中国の高成長にけん引されてきた世界経済、特に資源や資本財を多く輸出する国や、中国を中心とする国際分業体制(グローバル・サプライチェーン)を構築している国への影響は比較的大きいといえよう。
次に、国内においても、従来の経済発展パターンからの転換がもたらす、失業や所得の伸びの鈍化といった痛みが伴う。労働及び資本投入量が減少し潜在成長率の低下が見込まれる中、産業構造の高度化、技術革新や構造調整等による生産性の向上、金融市場改革等を通じた資本の資源配分の最適化等の構造改革の一層の推進が必須となる。このためには13年11月の三中全会39で示された、政府と市場の役割の見直しといった今後取組が行われる構造改革の大きなテーマを着実に遅滞なく進展させられるかが、中長期の安定的かつ持続可能な経済成長にとって鍵となろう。
このような中国経済の高成長からの移行は、中長期的には中国のみならず、世界経済の安定成長にも必要不可欠なものと考えられ、むしろ問題が先送りとなるリスクの方が懸念される。
中国の高成長は貿易を通じて世界経済の成長に大きく貢献してきたが、このような高成長を中国自身が今後は志向しないとみられることから、世界金融危機前後から10年代前半にみられた二けたの成長率による中国の強大な需要増という世界経済全体のけん引力の再現は困難とみた方がよいだろう。そのため、世界各国においても、自律的、持続的な経済成長につながる構造改革等の成長戦略の強化が求められよう。
コラム2-3:不動産市況の低迷とその影響
本文で述べたように、固定資産投資の伸びの鈍化の背景には、不動産投資の寄与の低下がある。ここでは14年以降の不動産市況の低迷の背景とその影響(リスク)について分析する。
なお、中国の不動産市況においては、7割程度が住宅、3割程度が商業用オフィス等となっているが、データの制約上、住宅のデータが利用できない場合には、住宅を不動産全体とみなして分析を進める。
1.不動産価格の下落
不動産市況は低迷している。代表的な統計データの一つである全国70都市の価格動向をみると、ほぼすべての都市において前月比で下落している(図1)。14年9月には、価格が上昇した都市は12年1月以来、2年8か月ぶりにゼロとなったほか、低下した都市数も69都市と、06年に同データが発表されて以来最も多くなっている。
価格下落の背景としては、まず、需給バランスが供給過剰となっていることが挙げられる。在庫ストック面積をみると、13年末から一段と高まっている(図2)。13年の価格上昇を受けて投資が急増する一方、13年秋以降に価格抑制策も採られたことから投資を目的とした需要は次第に伸び悩み、在庫の一層の増加が価格下落の要因の一つとなった。
その他、金融面の影響や消費者の購入行動も要因として指摘できる。当局のシャドーバンキング規制等の引締め措置による過剰流動性の低下によって、不動産開発企業の資金繰りが苦しくなり、資金調達のため在庫を安値で売る動きも現れた。さらに、いったん価格が下がると買控える購入者の姿勢も、価格の低下に拍車をかけたとみることができる(図3)。
2.不動産市況の影響とリスク
不動産の投資額は、中国の総固定資産投資全体の約3割、GDPの約2割と大きなシェアを占めている(いずれも13年)。加えて、鉄鋼、セメント、ガラス等の素材産業や家電等の消費財産業といった幅広い産業に影響を与える。不動産投資の低迷が中国経済に与える悪影響は大きい。
また金融面においても、不動産向けの銀行貸出及び不良債権比率は各々25%、7%(13年)となっており、こうした不動産金融とシャドーバンキングとの強い関係を考えると、IMF(2014c)が指摘するように、金融市場に混乱が生じた場合、実体経済に充分な資金の供給が行われない可能性も出てくるといえる。
実体経済及び金融面を通じて、不動産投資の減少が経済に与える影響として、Ahuja and Myrvoda(2012)は、不動産投資の1%の下落(t年)は、翌年(t+1年)のGDPをベースラインと比較して0.1パーセントポイント押し下げると試算している。また、中山(2014)でも、中国の産業連関表を用いて、不動産・建設業への国内最終需要額が1%減少するごとにGDPが0.25%減少すると試算している。
以上のように不動産投資の減少の影響は多方面に及ぶことが分かるが、その中でも特に、地方経済に与える影響が懸念される。地方政府の財源は、土地譲渡収入や土地関連税収が4割以上を占めており、いわゆる「土地財政」に大きく依存している(図4)。このため、不動産市況の低迷はこれらの収入を大きく減少させ、地方財政の硬直化を招く。その結果インフラ投資の実行等に影響を与え、地方によって経済成長に格差が発生する可能性がある。
3.政策対応
本文でみたように中国政府としては、経済成長率が雇用の維持確保と物価安定の合理的な範囲にある限り、大型の景気対策は採らないと考えられるので、不動産市況の低迷に対しても、直接的な救済策は採らないとみられる。
一方、地方財政の問題に対しては、土地財政への依存から脱却するための制度改革が進んでいる。政府は地方財源基盤を強化し、債務返済責任を明確化するために、これまで禁止されてきた地方債の直接発行と、地方財政のガンバナンス強化を推進している。
具体的には、14年8月の予算法改正で、一定の制限下ではあるが地方債発行が認可され、一部地域では既に試験的発行も始められている。また、14年10月に「地方政府性債務管理を強化することに関する意見」を発布し、地方政府の起債の規範化、地方政府融資平台を通じての地方政府新規借入の禁止等を定めた。
政府はこれらの政策対応によって、野放図な借入の増加を抑え、責任を明確化することにより、地方債務の返済不履行及び融資平台の破たんを通じた金融・実体部門への悪影響を防止・緩和するとしている。
コラム2-4:韓国経済の現状と先行き、リスク要因
1.現状と先行き
韓国経済は、内外需ともに力強さを欠いている。これまで12年7~9月期を底として内外需がともに経済をけん引する形で成長してきたが、14年4~6月期に旅客船セウォル号の沈没事故が生じたことにより、成長率が大幅に落ち込んだ(図1(1))。7~9月期は前期の反動増もあり加速したが、景気の持ち直しの動きは緩やかになっている。
具体的にみると、まず内需では依然として事故の影響が残っている。14年4~6月期は自粛ムードや先行き不透明感から消費や投資がマイナスの寄与となった(図1(2))。このため韓国政府が7月に内需刺激策を打ち出し7~9月期の内需は増加に転じたが、前期の反動増もあり本格的な景気回復には至っていない。
次に、外需については、4~6月期まで輸出は堅調に推移し、景気をけん引してきた。しかし、7~9月期は輸出の大きなシェアを占める自動車産業において、賃上げ等を求めるストライキが発生するといったことから大きく落ち込み、経済を下押しする結果となった(図1(2))。
このように韓国経済は内外需ともに不振であるが、韓国は輸出依存度が43%(13年)と高く、先行きをみる際に輸出動向が特に注目される。輸出は12年半ば以降顕著となったウォン高の影響等にさらされている(図2)。
特に、12年末からの円安により、日本と競合する電子機器や輸送機器の分野で競争力が弱まっていることが考えられる。この状況に対し、12年以降、韓国企業は輸出単価を引き下げて輸出数量の伸びを維持している動きがみられる。その結果、上記の内需の不振も相まって、製造業の企業収益は悪化している(図3)。14年においても、サムスン電子の営業利益が4~6月期及び7~9月期の2期連続で前年比二けたの減少となるなど、製造業の業績の低迷が引き続き懸念されている。その他、高い世界シェアを有し韓国が優位にあったスマートフォン分野において、中国企業が低価格を武器に台頭してくるなど、市場における韓国のシェア縮小も起こっている。
(税引前)
世界経済の成長が以前より緩やかなものとなる中、輸出競争力を高める取組を進めなければ、これまで成長のけん引役となってきた輸出の先行きについては不透明感が払しょくされないといえよう。
2.リスク要因の検証
このように景気に弱さのみられる韓国経済に関するリスクを考えてみよう。
韓国銀行(中央銀行)等はアメリカの金融政策の影響による資金流出が起こった場合のリスクについて「金融安定報告書」で指摘している。韓国は97年のアジア通貨危機の際、短期資金が急激に国外に流出したため外貨準備がひっ迫し、デフォルト危機に陥るという事態に見舞われた。そこで、現在の韓国の対外債務の状況を検証する。
まず、対外債務(GDP比)の規模をみると、2000年代後半以降高まったものの、アジア通貨危機直後ほどのレベルには至っていない(図4)。債務内容をみても、アジア通貨危機時には短期対外債務のシェアが45.3%であったのに対し、14年は29.8%と低下しており、急激な対外流出のリスクは低いとみられる。
また、外貨準備高をみても、短期対外債務に対しては14年7~9月期で2.9倍とアジア通貨危機及び世界金融危機といった過去の危機時に比べ高い水準となっており、資金面での耐久力を有すると考えられる(図5)。その他、韓国は中国との通貨スワップ協定を結んでおり、また政府債務残高がほかの先進国に比べて少なく財政余力もある(前掲第2-2-23図(2))。
以上のことから、韓国経済にとって、アメリカの利上げに伴う資金の対外流出がもたらすリスクは大きなものではないとみられている。