2.揺れる財政・金融政策
2011年4月、ポルトガル政府が支援を要請し、同年5月に、EU及びIMFはポルトガル支援に合意した。また、11年7月に第二次ギリシャ支援が合意されたものの、南欧諸国等の財政持続可能性に対する市場の懸念は高まり続けた。
ソブリン問題は、ヨーロッパにおける金融システムに対するリスクにも波及し、同年10月にはベルギー、フランス等を中心に事業展開している銀行であるデクシアに対する公的支援が決定された。
以下では、ソブリン問題の中心であるギリシャの財政再建の進捗状況や、金融システムの状況について取り上げる。また、物価が上昇している一方で、景気の回復が遅れている経済環境の中で、難しい舵取りを迫られているECBやBOEの金融政策についてみていく。
(1)財政危機と金融システムの動揺
10年5月以降、財政状況の悪化が著しいギリシャ、アイルランド、ポルトガルへの支援が合意されたものの、南欧諸国等における財政持続可能性に対する市場の懸念はなかなか払拭されない。
さらに、これまでギリシャ、アイルランド、ポルトガルの小国にとどまっていた市場の懸念は、経済規模が大きなイタリアやスペイン、さらにはフランスにも波及することとなった。イタリアやスペインの国債利回り(ドイツ国債(10年物)とのスプレッド)をみると、ギリシャ財政危機からポルトガル支援合意までの期間と比べて、ポルトガル支援合意からECB国債買取り再開までの機関の国債利回りスプレッドは拡大した(第2-1-56図)。また、フランスの国債利回りスプレッドは、EFSF(欧州金融安定化ファシリティ)の機能強化やヨーロッパの銀行の自己資本比率の引上げに合意した11年10月のユーロ圏首脳会議以降、拡大している。
こうした背景には、1)ギリシャのソブリン問題を契機として財政が悪化した国の国債の利回りが上昇(価格が下落)し、それらを大量に保有するヨーロッパの金融機関の経営に対する懸念が強まったこと、そして、2)金融機関の経営危機を防ぐためには公的資本注入を求められる可能性があるため、イタリアやフランスといった大国における財政状況を悪化させる懸念が高まったことなどが考えられる。
ECB国債買取り再開から10月27日のユーロ圏首脳会議の期間では、ギリシャにおける財政の持続可能性に対する懸念が著しく高まったことなどから、ギリシャの国債利回りスプレッドは大幅に拡大した。
その後、財政の持続可能性に対する市場の懸念は、ギリシャのみならず、イタリアやフランスの大国にまで波及し、イタリアやフランスの国債利回りスプレッドは拡大している。
(i)ギリシャ支援と財政再建の進捗状況
ギリシャ政府は、財政の持続性を確保するために、2009年以降累次の財政再建策を提示してきたところであるが、市場のデフォルト31懸念は収まっておらず、国債利回りやソブリンCDSプレミアムは依然として高水準で推移している。この状況に対処するため、ギリシャ政府自身が財政再建に向けた取組を行っているほか、ユーロ圏各国による支援も行われている。
まず、ギリシャ自身の取組であるが、10年以降だけでも3次にわたり財政再建策を発表するなど歳出削減に向けた努力が行われている(第2-1-57表)。しかしながら、歳出削減は景気の低迷、ひいては税収の減少を招き、財政赤字の削減は当初の予定どおりに進捗していない32のが現状である。
一方、ユーロ圏諸国によるギリシャ支援であるが、10年5月に第1弾融資が行われた第一次ギリシャ支援に加えて、11年7月21日には自発的な民間債権者の負担を含めた第二次ギリシャ支援が合意されるなど取組が進められている(第2-1-58表)。
これら支援においては、ギリシャの財政再建が思うように進捗していないこともあり、第一次ギリシャ支援の一環として行われる融資の可否の審査にしばしば時間を要しているほか33、第二次ギリシャ支援についても、1)EFSFの機能拡充をめぐる動きに代表されるようなユーロ参加国間の考え方の相違の表面化や、2)民間債権者負担割合等をめぐる債権者側と政府側との意見の相違等、解決しなければならない課題も多く存在した。11年10月26日・27日のEU首脳会議及びユーロ圏首脳会議において解決策が提示されており、着実な実行が期待されるところである。ただし、同時にユーロ圏首脳会議においては、ギリシャ政府に対して2020年までに累積債務残高の対GDP比を120%にまで削減することが求められるなど、ギリシャ自身の財政再建に向けた一層の努力が求められている。
ストライキの発生に代表されるように財政赤字削減策に対しての国民感情の悪化も見られる中、ギリシャ政府がどこまで強力に目標達成に向けた取組を進められるのか、注目が集まっている。
(ii)ソブリン問題再燃による政府の取組
EU各国は、世界金融危機対応と景気後退による税収減によって大幅に悪化した財政状況を改善させるため、財政規律である安定成長協定に基づいて、財政再建に取り組んでいる(第2-1-59表)。
しかし、南欧諸国等における財政の持続可能性に対する市場の懸念が高まる中で、イタリアやフランスでは追加の財政再建策や、財政規律を高めるフレームワークを決定するなどして、これまで以上に財政再建への取組を強化することとしている。
(ア)イタリア政府の取組
2000年以降、一貫してユーロ圏平均を下回る低い経済成長が続き、累積債務残高対GDP比が100%を上回る水準で推移してきたイタリアの財政状況は、世界金融危機による08年後半からの景気後退を受け、09年の財政赤字対GDP比が5.4%と大きく悪化した(第2-1-60図、第2-1-61図)。公務員給与の削減や各省予算の一律10%削減等財政緊縮に取り組んだ結果、10年の財政赤字対GDP比は4.6%に縮小させたものの、債務残高対GDP比(一般政府ベース)は119%へ更に上昇した。
11年春以降は、国債の格付け見直しや利回りの動向に対応する形で複数回にわたり財政安定化のため緊急財政策を打ち出している(第2-1-62表)ものの、なお金融市場の懸念を完全に払拭するには至っていない(第2-1-63図、第2-1-64表)。
イタリアの財政再建が達成されるには、それを着実に実行するための政治的な安定に加え、低い生産性や硬直的な労働市場等ここ10年近く低成長を続けることとなった背景にある成長阻害要因を取り除くための構造改革が必要となる。構造改革は一朝一夕でなされるものではなく、追加の財政再建策が開始された今こそ、経済成長を促すための構造改革に着手することが期待される。
(イ)フランス政府の取組
フランスでは、世界金融危機に対する財政出動34等を理由として、09年には財政赤字の対GDP比は7.6%に達し、債務残高の対GDP比も78.1%にまで膨らんだ。この数値はEUが定める安定成長協定を大きく上回るものであったことから、09年4月にEU経済財務相会合(ECOFIN)より過剰財政赤字是正勧告を受けた。これに対し、フランス政府は10年に対GDP比7.7%だった財政赤字を13年に3%にするとの目標を掲げ、財政再建35に取り組んでいる。
しかし、「フランス経済刺激プラン」の一つであった自動車買替え支援策が10年12月を以て終了したことを受け、個人消費の落込みが見られたことから、11年4~6月期の実質GDP成長率が0.0%となるなど、フランスの景気はこのところ足踏み状態となっている。先行きについても、11年8月24日に実質GDP成長率見通しを11年について2.0%から1.75%へ、12年について2.25%から1.75%へそれぞれ下方修正し、さらに同年10月27日には12年の実質GDP成長率見通しを1.75%から1%に再度引き下げられた。その結果、対GDP比でみた財政赤字削減目標を達成するためには一層の歳出削減・歳入強化に向けた努力が要求されることとなった。
これらの状況に対処し、財政再建目標を遵守するため、フィヨン首相は、11年8月24日に11年、12年の2年間で約120億ユーロの財政赤字削減策を(第2-1-65表)、そして同年11月7日にも174億ユーロの財政赤字削減策を行うことを発表した(第2-1-66表)。
上記の努力にもかかわらず、格付会社ムーディーズが11年10月19日にフランスの格付けを今後3か月かけて見直すと表明するなど、フランス財政の持続可能性については必ずしも市場の信認を十全に得られているとは言い難く、引き続き一層の努力が必要とされている。加えて、後述のとおりフランスの銀行は南欧諸国向けに多くの与信を抱えており、欧州債務問題の今後の動向次第では、銀行に対する公的資本注入が必要となる可能性もある。公的資本注入のための多額の支出はフランスの財政に悪影響を及ぼしかねないことから、市場にはその可能性を懸念する向きもあり、11月以降の国債利回りの上昇という形であらわれている(第2-1-67図)。
フランスは、今般の欧州債務問題の解決に際してドイツとともにEFSFに対する保証の約20%を担うなど中心的な役割を果たしており、フランス財政の持続可能性に対する市場の信認は欧州債務問題の帰趨にも大きな影響を与えることから、財政再建に向けた政府の一層の取組が求められている。
なお、第1章で前述したとおり、フランスはEU各国に対して財政規律について憲法に記載することを求めているが、フランス自身の憲法修正案については今後上院で審議される見込みである。
(ウ)EU等の取組
南欧諸国等の財政持続可能性に対する市場の懸念が高まる中、11年7月、欧州銀行監督機構(EBA)は、EU域内の90行を対象とした金融機関のストレステストの結果を公表した。景気悪化シナリオの下、12年末時点で、コアTier1比率5%を維持できるかどうかを検査したもので、テストの結果、90行中8行が不合格(資本不足額は25億ユーロ)となった(詳細については、コラム2-2を参照)。
また、11年7月、ユーロ圏緊急首脳会議では、ソブリン問題の拡大を防止するため、(1)予防的支援の実施、(2)銀行に対する資本増強資金を政府に貸出、(3)例外的な状況において流通市場からの国債買取といったことを内容とするEFSFの機能強化に合意した。その後、EFSFの機能強化は各国議会での議決を経て、同年10月のEU首脳会議において決定された。さらに、追加で開催されたEU首脳会議及びユーロ圏首脳会議において、ギリシャ支援や、EFSFの強化、銀行の資本増強等について包括策が合意された(第2-1-68表)。
(iii)金融システムの動揺
ヨーロッパのソブリン問題に沈静化の兆しがみえない中、ギリシャ等の被支援国だけでなく、イタリアやスペイン、そして11年の夏場以降にはフランスやドイツまで市場が不安視するようになった背景として、ヨーロッパの金融システムがソブリン問題と密接に関わっている点が挙げられる。
ヨーロッパの銀行は南欧諸国等向けの与信を多く抱えており、ギリシャ国債がデフォルトとなれば、直接的には損失が銀行の収益を圧迫する(第2-1-69図)。また、ギリシャ国債のデフォルトによって同国の銀行や民間企業が倒産に至れば、同国に債権を保有するヨーロッパの銀行も損失を拡大させるリスクがある。加えて、銀行が損失を拡大させて資本増強を迫られた際、公的資金が注入されることになれば、財政赤字が膨らみ、一段とソブリン問題が深刻化するとみられる。
そうしたことを背景に、銀行間でも貸倒れリスク(カウンターパーティー・リスク)が意識され、銀行の資金調達環境は厳しさを増している。ユーロ圏金融機関の銀行間市場や債券市場での資金調達環境は、11年7~9月期に急激に悪化した(第2-1-70図)。特に、南欧諸国等の銀行に対する見方は厳しく、これらの国の銀行は資金調達をECB(欧州中央銀行)に頼っている面も大きい。ギリシャやポルトガルの銀行のECBからの資金調達額は依然として増加傾向が続いているほか、スペインやイタリアの銀行も11年半ば以降は増加に転じつつある(第2-1-71図)。
こうした中、11年10月にフランス・ベルギー系の銀行デクシアが実質的な破たんに追い込まれた。デクシアは南欧諸国等向けの与信を多く抱えているが、11年7月に行われたEU金融機関に対するストレステストには合格していた。しかも、景気悪化シナリオ下でもコアTier1比率が10.4%と合格基準(5%)を大きく上回っていた。それにも関わらず破たんしたのは、資金調達環境が急速に厳しくなったからであるとみられる。デクシアの資金調達構造をみると、他行と比べて預金への依存度が低い(第2-1-72図)。デクシアは短期で資金調達して長期貸出に回していた模様だが、インターバンク市場環境等の急激な悪化により資金調達が出来なくなったと考えられる。
市場では金融機関に対する厳しい見方は変わっておらず、ヨーロッパの銀行のCDSプレミアムは依然として高水準にある(第2-1-73図)。
ヨーロッパの銀行の収益悪化は、ヨーロッパ全体の金融システム不安に結びつく。その結果、銀行の株価下落や貸出抑制を通じて、実体経済の悪化に繋がるおそれもある。そのため、損失が拡大しても対応出来るように銀行の資本増強への対応が急がれることになり、11年7月のストレステスト対象銀行90行のうち70行は、11年10月にコアTier1比率9%の達成を求められることになった(詳細は後述コラム2‐2)。
確かに、銀行の資本比率の引上げは金融システムを安定させるためには重要である。しかし、同時にそのプロセスも重要である。コアTier1比率の分子(普通株・内部留保等)を増やすのではなく、分母(リスク資産)を減らして資本比率引上げが図られれば、貸出等が抑制されて信用収縮を招くリスクがある。その場合、企業の資金調達が困難となるなど、実体経済へのダメージが懸念される。分子を増やして資本増強をする際にも、利益率を高めようと貸出金利が引き上げられれば、企業の資金調達コストが増加する可能性がある。
資本増強によって金融システム不安が払拭されれば、長期的には借入れコストが低下するなど実体経済にとってプラスの面も大きい。しかし、現在のようにマクロ経済が脆弱性を抱えた状況での資本増強は、そのプロセスが極めて重要となろう。
(2)難しい舵取りを迫られる金融政策の動向
(i)ECBの金融政策
11年7月、ECB(欧州中央銀行)政策理事会が開催され、4月の政策金利の引上げに続き、政策金利を0.25%ポイント引き上げ1.50%とした(第2-1-74図)。しかし、同年11月の政策理事会では、09年5月以来の利下げを決定し、政策金利を1.25%とした。
その理由について、ECBは、物価上昇率は依然として上昇しており今後数か月は2%を上回る可能性があるものの、12年の間に物価上昇率が2%以下まで減少することが期待されることと説明している。また、その背景として、金融市場において進行している緊張が11年下半期やその後のユーロ圏における経済成長のペースを鈍化させる可能性があり、物価見通しのリスクにおいて、仮に経済成長の停滞が持続するならば、ユーロ圏における中期のインフレ圧力を軽減する可能性があることなどを挙げている。
消費者物価上昇率の動向についてみると、商品価格の高騰を背景にエネルギー価格は、10年12月以降から前年比10%以上の上昇率で推移している。ただし、消費者物価上昇率を生鮮食品やエネルギーを除くコアでみると、おおむね横ばいで推移しており、エネルギー価格の上昇による消費者物価全体への価格転嫁は依然として限定的であるとみられる(前掲第2-1-73図)。
また、生産者価格についてみると、前年比6%前後の上昇率で推移しており、中間財、資本財、消費財における価格上昇率はおおむね横ばいであることから、エネルギー価格の生産者価格全体への価格転嫁も限定的であるとみられる(第2-1-74図)。
消費者物価上昇率の先行きについてみると、11年9月に公表されたECBスタッフの物価見通しでは、11年のユーロ圏の消費者物価上昇率は前年比2.6%、12年は同1.7%となっており、今後の消費者物価上昇率は、「中期におけるインフレ率を2%を下回りかつ2%近傍に保つ」というECBの目標に沿ったものになることが見込まれている。
ECBでは、ギリシャ財政危機以降も、非伝統的金融政策を引き続き実施している。
11年8月には、ギリシャ財政危機に対応するため10年5月から開始した国債買取プログラムの再開を発表した。11月時点の購入額は1,800億ユーロ超となっており、再開以降、大幅に増加している(第2-1-76図)。
また、11年8月のECB政策理事会では、ユーロ圏における金融市場の緊張が再燃したとして、6か月物の資金供給(LTRO)の再開を決定した。
同年10月のECB政策金利理事会では、ユーロ圏の金融機関に対して流動性を供給するため、12か月物や13か月物の資金供給(LTRO)の再開を決定した。さらに、09年7月から10年6月まで実施した600億ユーロのカバード・ボンド(金融機関が発行する担保付債券)買取りに続いて、11年11月から12年10月まで400億ユーロのカバード・ボンド買取りを再開することとした。
(ii)BOEの金融政策
英国の消費者物価上昇率は、2011年1月に前年比4%台に達し、同年9月には同5%を突破した。消費者物価上昇率は、イングランド銀行(BOE)の目標(前年比2%)を大幅に上回っている。しかし、同行は物価上昇が付加価値税(VAT)の税率引上げ等の一時的な要因によるとみており、政策金利を09月3月から0.5%に据え置いている。
確かに、10年1月と11年1月のVATの税率引上げがなければ、消費者物価上昇率はこれほどまで高まらなかったであろう。VAT税率変更の影響を除いた消費者物価上昇率は11年に入ってからも前年比2~3%台で推移している(第2-1-77図)。VATの税率引上げの影響が一巡する12年以降には物価上昇率は低下していくと、BOEは11年8月のインフレーションレポートの中で予測している。
むしろ、11年の夏場以降に懸念されているのは、消費者物価上昇率がBOEの目標を下回るリスクである。インフレーションレポートでは、家計部門の弱さを理由に11年と12年の実質経済成長率の見通しが下方修正されている。GDPギャップの縮小テンポが減速し、物価に対する下押しが長期化する可能性が高まっている36。こうした中、11年10月の金融政策委員会でも需給の緩みが想定以上に大きく、消費者物価上昇率が中期的に2%の目標から下振れるリスクが言及された。その結果、委員は満場一致で追加金融緩和が必要と判断し、国債等の資産買取枠の上限を750億ポンド増額し、2,750億ポンドまで拡大した37。市場予想と比べて拡大の時期が早く、拡大の規模も大きかったため、驚きを持って迎えられた。
では、今回の買取枠の増額はどのような影響をもたらすのか。BOEの四半期報38では、2,000億ポンドの資産買取によって、英国の実質GDPの水準は1.5~2.0%、CPI上昇率は0.75~1.5%ポイント程度押し上げられたと分析されている(第2-1-78表)。単純に比例計算を行えば、750億ポンドの増額は実質GDPを0.56~0.75%、消費者物価上昇率を0.28~0.56%ポイント押し上げることになる。したがって、今回の増額だけでGDPギャップを解消させることは難しいと考えられる。
今後について、BOEは12年の2月まで資産買取枠の上限を2,750億ポンドに維持し、その上で更なる拡大について検討する方針を示している。しかし、既に、BOEのバランスシートはこれまでの資産買取の結果、金融危機前から大幅に拡大している(第2-1-79図)。BOEは自らの資産買取の結果、国債市場が正常に機能しなくなることは望ましくないと考えており、更なる資産買取には慎重にならざるを得ないとみられる39。一方、財政面では引締めが続き、景気に下振れリスクが残る中、BOEは今後も緩和的な金融政策スタンスを期待されることになるとみられ、BOEは難しい立場に立たされている。
コラム2-2:EU金融機関ストレステストの結果
2011年7月15日、欧州銀行監督機構(European Banking Authority。以下、EBA)は、金融機関ストレステストの結果を公表した。テストは、景気が悪化したり、ソブリン問題が深刻化する「悪化シナリオ」下におけるEU域内銀行の回復力を評価することを目的として実施された。EU域内の銀行に対する同様のテストは3回目だが、今回のテストでは1)合格基準、2)ソブリンエクスポージャー(各国公的部門に対する与信)の取扱いが前年のテストから変更された。前年のテストでは、前提が甘いという批判があったため、それに対する対応という面もあったとみられる(表1)。
テストの結果、不合格となった銀行(悪化シナリオにおけるコアTier1比率が5%未満)は8行で、資本不足額は合計で25億ユーロであった。また、テストにぎりぎり合格した銀行(悪化シナリオにおけるコアTier1比率が5~6%)は16行であった。以下では、EBAによって開示された情報に基づき、ソブリン問題がEU域内の銀行に及ぼす影響について概観したい。
国別にギリシャ向けソブリンエクスポージャーをみると、金額と対コアTier1比率のいずれでもギリシャの銀行の保有量が圧倒的に多い。仮にギリシャがデフォルトとなれば、一番に損失を被るのはギリシャの銀行であることが示唆される。
しかし、ドイツやフランスのギリシャ向け全エクスポージャー(対コアTier1比率)も各々15.4%、27.2%となっており、ギリシャの銀行が損失を被って同国の銀行や民間企業が倒産すれば、その影響は主要国にまで波及する可能性が高い。11年の夏場以降、ドイツやフランスでは銀行株を含めて株が大幅に下落したが、その背景には、両国の銀行がギリシャのデフォルトによるダメージを受けやすい構造をしていると市場が判断していることがあるとみられる。
ギリシャに限らず南欧諸国等向けエクスポージャー全体についてみると、南欧諸国等自身はもちろん、ドイツやフランス、英国でもコアTier1に対する比率が極めて高い。南欧諸国等の銀行がデフォルト等でダメージを受ければ、それはドイツ等の主要国まで波及し、その結果、EU域内のマクロ経済が大きな影響を受ける可能性がある(表2)。
今回のテスト結果に対し、各国政府や中央銀行はおおむね歓迎する姿勢を示した。一方、市場では未だテストの前提が甘いとの批判も聞かれた。実際、テストに合格していたフランス・ベルギー系の銀行デクシアが11年10月に実質的な破綻に追い込まれたことで、テストに対する信頼性は一段と揺らぐことになった。
こうした中、ソブリン問題の深刻化もあり、EBAは新たにEU域内の銀行の暫定的な資産査定の結果を11年10月27日に公表した。対象行は70行に限定されたものの、必要とされる資本増強額は1,064億ユーロとなり、7月のストレステストから大幅に拡大した。この査定では満期保有目的勘定に計上されているソブリン債についてもヘアカットが施されたほか、コアTier1比率9%が求められ、条件は厳しいものであった。今後、正式なストレステストが実施され、資本増強が必要とされた銀行は12年6月末までに増資を実施することが求められる。
金融システムの悪化が実体経済を大きく押し下げることは、08年の世界金融危機で既に明らかになっている。南欧諸国等に対する懸念が払拭されない中、EU域内の銀行が迅速に増資を行うことで、市場の不安を沈静化させることが期待される。