2.経済見通しに係るリスク要因
見通しのリスクバランスは、下方に偏っており、下振れリスクとして以下のものが考えられる。
○ヨーロッパにおけるソブリン問題のさらなる深刻化
ヨーロッパにおけるソブリン問題は、ギリシャ等の小国から大国であるイタリアやフランスにも波及しており、今後ユーロ圏及びEU全体に拡大する可能性もある。それによって、金融資本市場が動揺し、ヨーロッパの景気がさらに悪化した場合は、世界経済に対して、以下のようなリスクが発生するおそれがある。
(a)信用収縮の拡大等を通じて実体経済に悪影響
金融資本市場の動揺が継続し、混乱がさらに広がる場合は、金融資産の価値下落や長期金利上昇による企業や家計の資金調達コストが増加し、各国において消費や投資が抑制されるなど、実体経済に悪影響を及ぼすおそれがある。また、短期資金が急速に国外に流出すること等を通じて為替が下落し、対外債務が増大する可能性もある。
(b)アメリカやアジア新興国の輸出減少
ヨーロッパの実体経済が想定以上に悪化した場合、アメリカや中国等アジア諸国の輸出がさらに減速する可能性がある。特に、世界経済の成長のけん引役となっているアジア経済が大幅に減速した場合には、世界経済全体を大きく下押しするおそれがある。
なお、上記の他に、先進各国で財政赤字削減のための財政緊縮策の実施が進められることによって世界経済が下押しされる可能性や、2012年にアメリカやフランスをはじめ多くの国で選挙を控えていることに伴い、政策の継続性に対する不透明感が高まることも考えられる。
世界経済の先行きには、こうした様々なリスクが底流にあることに注意すべきである。
コラム1-4:バーゼルIIIが実体経済に及ぼすインパクト
世界金融危機への反省を踏まえ、危機の再発防止のための取組がグローバルに実施されている。その一つとして、バーゼル銀行監督委員会は、2010年12月に新たな規制枠組みとなる「バーゼルIII」に関する最終文書を公表した。
バーゼルIIIの柱は、自己資本規制と流動性規制の二つである。自己資本規制は、自己資本比率(貸出等のリスク資産に対する自己資本の比率)の引上げに加え、普通株式等を中心とするTier1資本を重視するとともに、資本保全バッファーとして自己資本の上積みを求めるなど、銀行の損失吸収力を高める内容となっている。一方、流動性規制に関しては、いかなる場合でも銀行の資金調達が厳しくならないようにすることを目的としている。08年のリーマンショックの直後、インターバンク市場は正常に機能せず、銀行の資金調達環境は急激に悪化した。流動性規制は、そのような場合にでも資金調達ができるように、銀行に高品質の流動性資産(現金や適格と認められた公社債等)の保有を求めている。
今後、バーゼルIIIは、13年より各国で段階的に実施され、最終的には19年の自己資本比率(普通株等Tier1+資本保全バッファー)は7.0%まで高まる予定になっている(表1)。また、国際金融システム上重要な金融機関(GSIBs;Global Systematically Important Banks)は、システム上の重要性に応じて自己資本に1.0%から2.5%の上乗せを求められている(GSIBsに対する規制は16年より段階的に実施される予定)。
これらの規制は金融危機の再発防止に効果を発揮することが期待されているが、同時に実体経済の悪化を招くのではないかとの懸念も生じさせている。規制を満たすための銀行の行動が、企業や家計の資金調達環境を悪化させ、投資や消費が落ち込むと考えられるからである。
具体的には、国際機関等は、以下のような経路を通じてバーゼルIIIが実体経済に影響を及ぼすとしている(図2)。自己資本比率を引き上げる必要に迫られた際、株式発行が難しい銀行は内部留保を増やす目的で貸出金利を引き上げ、利益率を高めようとすることが考えられる。また、リスク資産圧縮のために貸出を抑制する可能性もある。一方、流動性規制によって質の高い流動性資産の保有を求められれば、そうした資産は相対的に利回りが低く、資産の収益性が低下するため、銀行は貸出金利を引き上げて収益を補てんする可能性がある。貸出金利の上昇や貸出抑制は、企業や家計の資金調達環境を悪化させることになる。
国際機関等は、こうした経路を通じてバーゼルIIIがGDPに与える影響を試算している(表3)。IIF(国際金融協会)はGDP成長率が最大で毎年0.6%ポイント(アメリカが0.5%ポイント、ユーロ圏が0.9%ポイント、日本が0.4%ポイント)下押しされると評価している。潜在成長率がユーロ圏で1%程度、日本で1%を切るとみられる中、これらの国・地域に対する影響は無視出来ない大きさである(注1)。一方、BIS(国際決済銀行)はGDPへの負の影響がほとんど無いと試算している。
これらの試算は一定の前提に基づくもので、その結果は幅を持って解釈しなければならない。実体経済にダメージが大きくても、「支払う価値のあるコスト(cost worth paying)」との見方もある(注2)。また、試算は銀行にとっての負担面だけに注目して行われたもので、短期的には実体経済が下押しされたとしても、銀行の健全性が増して貸出金利が低下すれば、長期的にはマクロ経済にプラスの影響を及ぼすことも考えられる。金融システムと実体経済との連関が強まる中、金融危機の再発を防止するためのこうした枠組みを着実に実行してくことが、各国の金融機関には求められている。