2.緩和を続けざるを得ない先進国、引締めを続けざるを得ない新興国
(1)政策金利の推移
政策金利は、欧米では、2010年後半から物価上昇率が高まる傾向にある中で、景気下支えの観点から異例の低水準となっている。英国やアメリカでは、0.5%を下回る低水準で据え置かれている。ユーロ圏では、11年に入り2度の利上げの後、11月に利下げが行われているが、なおも1%強の水準にとどまっている。この結果、欧米の実質金利はマイナスとなっており、物価上昇率の高まりから英国やアメリカでは更に低下する傾向にある(第1-3-3図)。
一方、中国やインドでは、10年前半から、上昇率が高まりはじめた物価の後を追うように毎月のように利上げ等の引締め政策が採られている。しかし、引締めと物価上昇のペースは国ごとに異なっており、それに応じて実質金利の水準や動きに差異がある。例えば、中国では、11年半ばまでは、物価上昇のペースが利上げペースを上回っていたため、実質金利は低下傾向にあった。しかし、11年半ば以降、物価の伸びが幾分和らいだことに伴い、実質金利は上昇に転じている。インドでも上昇傾向にある。これに対して韓国とブラジルでは、実質金利は概ね横ばいとなっている。
(2)国債買取り等によるバランスシートの拡大
欧米では、世界金融危機発生後の実体経済の落ち込みに対応するため、政策金利の引下げに加え、国債買取り等が実施された結果、各中央銀行のバランスシートが危機前の数倍に拡大した(第1-3-4図)。その後、10年後半から11年にかけて、欧米経済の減速等を背景に国債買取りの再開等が決定されたことにより、バランスシートが再び拡大する傾向にある。
アメリカ連邦準備制度(FED)のバランスシートは、10年11月から11年6月にかけて行われた中長期国債の買取り(いわゆるQE2)により、11年に入り拡大した。欧州中央銀行(ECB)のバランスシートは、同行が11年8月以降、国債購入プログラムを積極的に実施3したことなどにより、11月初時点で7月初と比べて3,840億ユーロ程度拡大4した。同年11月からは400億ユーロのカバード・ボンド(金融機関が発行する担保付債券)買取りも開始されており、更なる拡大が見込まれる。また、イングランド銀行(BOE)でも、11年10月に国債買取り規模の750億ポンド増額を決定しており、同年10~12月期以降、バランスシートが拡大すると考えられる。
(3)緩和を続けざるを得ない先進国、引締めを続けざるを得ない新興国
これまでみてきたように、欧米では景気回復力が弱まる中で緩和的政策が維持されてきており、中国やインドでは物価上昇に対応すべく引締め政策が維持されてきている。それでは、今後の各国の政策運営はどのようになっていくのであろうか。
今後の政策運営を考察するに当たっては、先々の経済及び物価の動向をどうみるかが重要となる。この点について、各国中央銀行や民間調査機関の見通しをみると、欧米では、物価上昇率は12年には漸く中央銀行が目標若しくは参照とする物価上昇率の近傍まで近づくが、弱い経済成長は依然として続くと見込まれている。中国やインドでは、高い経済成長が続くとされる中で、中央銀行等が目標若しくは参照とする物価上昇率を超える物価上昇が続くと見込まれている(第1-3-5表)。
このように、欧米では弱い経済成長が続くと見込まれているが、政策金利が歴史的にみて低水準にあり、例えばアメリカでは異例に低水準のFF金利を2013年半ばまで続けることを明示的にコミットしているなど、利下げ余地は狭まっている。このため、市場関係者等からは景気の下支え等のための非伝統的金融政策に対する期待が高まるが、各国中央銀行は更なるバランスシート拡大には消極的であると考えられる。国債利回り等は市場において決定されるべきものであるが、中央銀行が多くの国債等を買い取ることにより、こうした市場機能を歪めてしまうリスクがある5ことがその理由である。
新興国に目を向けると、中国では、経済成長が緩やかになるとの見通しもなされているものの、物価上昇圧力は引き続き強く、また、実質金利も低下傾向にあることから、引締めの手が緩められない状態にある。また、ブラジルでは、世界経済の減速懸念から11年8月と10月に利下げが行われたが、物価はブラジル中銀のインフレ目標値を上回って推移しており、インフレ懸念は根強い。インドでも、これ以上の引締めは経済成長へ更なる悪影響が出るとの懸念もあるが、物価はこの10年で最も高い水準であり、利下げはインフレの助長というリスクを抱えている。このため、ブラジルやインドも引締めスタンスを容易には変更できない状況にある。加えて、多くの新興国については、欧米との金利差の拡大及び経済成長のスピードの差により、高収益を求める投資家の資金が流入し、それが更なる物価上昇圧力となるという、利上げと物価上昇の悪循環も考えられる。
このように、先進国、新興国ともに、経済成長と物価とのバランスの制御が引き続き大きな課題であり、金融政策運営は難しい舵取りが続くと考えられる。