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第2章 財政再建と経済成長、金融システム

第4節 先進各国の財政状況と財政再建の取組

3.EU

(1)財政の現状

  EUにおいては、例外的な場合を除き、一般政府財政赤字GDP比を3%以内に、一般政府債務残高GDP比を60%以内に維持することが求められている。財政政策が各国の主権にゆだねられているEUでは、財政規律は単一通貨ユーロの信認を維持する上で核となるものであるにもかかわらず、ユーロ圏全体でみると、現在では、ほとんどの国において財政規律を遵守できていない。
  ユーロ導入に向けた各国の財政再建により財政状況は改善していったものの、経済成長が鈍化すると悪化し、世界金融危機が発生した後の09年には、各国の景気刺激策や税収減等により更に悪化した(第2-4-16図)。

(2)財政再建の取組

●背景
  93年にマーストリヒト条約が発効し、経済通貨統合(EMU(25))を三段階(26)で実施することとされ、99年1月からの第三段階で経済通貨統合が完成し、単一通貨ユーロが導入されることとなった(紙幣、貨幣の流通は02年1月から)。単一通貨ユーロ導入のために、同条約では、第二段階の94年1月から98年12月までのマクロ経済政策の協調強化において、ユーロに参加する条件として、経済収れん条件(27)を達成することが義務づけられた。経済収れん条件のうち財政条件については、一般政府財政赤字GDP比を3%以内に、一般政府債務残高GDP比を60%以内にするよう決定された(28)。このため、EU加盟国でユーロへの参加を希望する国は財政条件の達成に向け財政再建を進め、98年春にユーロに参加する11か国(29)が決定し、99年1月からユーロが発足した。
  しかし、ユーロ発足後は、景気後退や、一部の国での財政規律の緩みにより、財政規律違反が広がることとなった。
  08年9月に世界金融危機が発生すると、景気後退に歯止めをかけるために各国政府が打ち出した景気刺激策は、景気を下支えする役割を果たしたものの景気後退による税収減もあいまって、財政状況を大幅に悪化させた。この結果、特に一部の国について、市場では財政の悪化に起因するソブリン・リスクに対する懸念が高まった。10年5月にはギリシャ財政危機がピークに達し、財政状況に対する懸念はヨーロッパ全体に広がっていった。

●財政政策の枠組み
  財政政策が各国の主権にゆだねられているEUでは、財政規律の遵守が単一通貨ユーロの信認にとって重要であるため、以下のような財政ルールが設けられている。

(i)安定成長協定(97年決定)
  「安定成長協定(Stability and Growth Pact)」では、財政規律の遵守にかかる具体的な手続きを定めるともに、「年間の一般政府財政赤字をGDP比3%以内」、「一般政府債務残高をGDP比60%以内」の財政規律の維持を義務づけている。同協定は、ユーロ参加国だけでなく、英国などのユーロ非参加国にも適用されるが、罰則の適用はユーロ参加国に限定されており、当該国のGDP比0.5%を上限に、EUが制裁金を課すこととなっている。ただし、深刻な景気後退期等の場合には例外規定があり、例えば、実質経済成長率が▲2%以下の場合には、制裁金は課されない(30)
  なお、05年には、安定成長協定の見直しが行われた。現行の一般政府財政赤字GDP比3%以内と一般政府債務残高GDP比60%以内の財政基準の維持を改めて堅持しつつも、過剰財政赤字是正手続の基準を緩和した。主な緩和事項は、一般政府財政赤字が3%を超えても許容される「深刻な不況期」は、原則として成長率が▲2%を超えた場合に限定されていたが、成長率がマイナスか、潜在成長率を下回る状況が長引く場合にも広げられた。また、過剰財政赤字の是正期限について、従来は赤字発生の年から数えて実質3年目までとなるような規定とされていたが、中期的な経済動向といった関連する要素を考慮して、実質4年目までとすることができる規定とし、過剰財政赤字是正手続中に予期せぬ経済事象が発生した場合には、更に1年延長できることとした。
  一方、具体的な規定がこれまでなかった中期目標について明記された。それまで、中期目標は、「収支均衡又は黒字」との画一的な規定だったが、国ごとに公的債務残高や成長率などを考慮して定め、その目標に向かって各国は年にGDP比0.5%ポイントをベンチマークに構造的財政収支を改善していくべきとされた。

(ii)過剰財政赤字是正手続
  安定成長協定に基づいてユーロ参加国は、財政運営の指針となる中長期の「安定プログラム」を、毎年12月1日までに提出する。なお、ユーロ非参加国の場合は「収れんプログラム」と呼ばれている。このプログラムで報告された財政状況を踏まえて、欧州委員会は、EU加盟国が過剰財政赤字となっていないかどうか等を評価する。欧州委員会は、加盟国による義務違反の事実ないしその危険性があると判断されるときは、ECOFINに報告することになっている。ECOFINは、当該国の財政赤字が過剰であるかどうかについて判定し、必要に応じて財政赤字の改善を勧告する。なお、この段階において、勧告は公表されないが、所定の期間内に必要な措置が採られないときは、ECOFINはこれを公表することができる。しかし、それでもなお効果的な措置が採られない場合には、ECOFINは必要な措置を採るよう警告したり、罰金を含めた制裁措置を当該国に課すことができる(第2-4-17表)。
  なお、世界金融危機後、多くの国で財政赤字が拡大し、現在、安定成長協定に基づく財政規律は、ほとんどの国において遵守できていない。このため、2011年から14年までに、27加盟国のほとんどが、過剰財政赤字を是正することを求められている。現在、過剰財政赤字是正手続の対象となっていないのは、ルクセンブルク、エストニア、スウェーデンの3か国のみである。

●構造改革
  EUでは、規制緩和、構造改革、生産性の向上、労働市場の柔軟化等による持続的な経済成長を達成することを目指し、10年間の経済成長戦略を策定している。

(i)リスボン戦略
  EUでは、2000年3月のリスボンEU首脳会議において、「リスボン戦略」として、10年間の期間を念頭においた経済・社会政策についての包括的な方向性が決定された。「より多い雇用とより強い社会的連帯を確保しつつ、持続的な経済発展を達成し得る、世界で最も競争力があり、かつ力強い知識経済となること」を目標とし、年平均3%の経済成長、就業率70%、すべての学校でのインターネット接続環境整備等、様々な分野で目標が設定された。しかし、目標達成に向けた実績が十分でなかったことから、05年に改定された「改定リスボン戦略」では、戦略の範囲を絞り込み、成長と雇用を重視し、就業率を70%に引き上げることとR&D投資GDP比を3%に引き上げることが重点目標とされた。

(ii)EU2020戦略
  10年6月に、リスボン戦略の後継となる今後10年間の成長戦略として「欧州2020戦略」を発表した。同戦略では、就業率の引上げやR&D投資の促進等の構造面での政策を通じて、成長力の強化を図ることとしており、「スマートな成長(Smart Growth)」、「持続可能な成長(Sustainable Growth)」、「あまねく広がる成長(Inclusive Growth)」の実現を目指すこととしている。
  また、こうした3つの成長を実現するため、就業率、R&D、環境、教育、貧困といった5つの分野の成長目標を掲げている。主な数値目標は、20~64歳の就業率を75%に引上げ、R&D投資GDP比を3%に引上げ、温室効果ガス排出量を1990年比で20%削減、高等教育の普及水準を少なくとも40%以上、削減貧困・疎外リスクを抱える者を少なくとも2,000万人削減となっている(第2-4-18図)。

(3)財政再建にかかる課題

  ユーロ圏では、ECBによって金融政策は一律に決定されるに対し、財政政策は各国の主権にゆだねられている。各国の財政規律が遵守されない場合には、ユーロの安定を阻害するおそれがあるため、安定成長協定のような財政規律があり、違反国には制裁措置も用意されている。しかしながら、同協定には例外規定がある上、制裁発動までのプロセスが長いことから、ユーロ発足以来これまで制裁措置が発動されたことがなく実効性がなかった。
  また、ギリシャは01年1月にユーロに参加した(32)が、04年11月のユーロスタットの報告書によると、ユーロ導入の審査がなされた99年の財政赤字GDP比は、申告されたデータを上回る3.4%であり、経済収れん条件を満たしていなかったことが後になって判明した。しかし、マーストリヒト条約では、統計値の過少申告による基準のクリアといった事態を想定していないために、実際には経済収れん条件に違反していたにもかかわらず、ユーロ圏からの脱退は求められなかった。
  このような制度的な問題点もあり、財政規律違反が広がったことを原因として、ギリシャ財政危機が発生したことを踏まえると、今後、どのように各国の財政規律を維持するのか、安定成長協定の制裁措置も含めた厳格な適用を始めとする経済ガバナンスは、今後のユーロの信認を維持する上で極めて重要である(第1章第4節参照)。


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