(1)ヨーロッパ地域の景気は持ち直し
ヨーロッパ地域は、08年9月の世界金融危機発生による景気後退により、実質経済成長率は09年1~3月期までマイナス幅が拡大したが、ドイツ、フランスについては同年4~6月期に、英国については同年10~12月期にプラスに転じた。その後、10年4~6月期に大幅に上昇するなど、実質経済成長率は5四半期連続で増加しており、ヨーロッパ主要国の景気は持ち直している。10年7~9月期の実質経済成長率は、ドイツが前期比年率2.8%、英国が同3.2%となっており、同年4~6月期と比較すると低下したが、依然として高い伸びとなっている(第1-4-1図)。
(2)持ち直しのテンポは国ごとにばらつき
ユーロ圏全体でみると、実質経済成長率は09年1~3月期の前期比年率▲9.6%を底に、09年7~9月期にはプラス成長に転じ、10年7~9月期には同1.5%となるなど、景気は持ち直している。しかし、7~9月期の実質経済成長率に占める寄与度はドイツが0.8%ポイントとなる一方、フランスは0.3%ポイント、イタリアは0.1%ポイントにとどまっている。経済規模が大きく伸びも高かったドイツがユーロ圏の経済をけん引している状況である(第1-4-2図)。
一方、南欧諸国をみると、実質経済成長率(前期比年率)は、ギリシャでは08年7~9月期以降、8四半期続けてマイナスとなった。ポルトガル、イタリア、スペインの10年7~9月期の実質経済成長率は、低い伸びにとどまった(第1-4-3図)。
このように、ヨーロッパ経済全体では総じて持ち直しているものの、主要国と南欧諸国、更に南欧諸国内においても、持ち直しのペースにばらつきがみられる点に留意する必要がある。
(3)景気の持ち直しは、輸出・生産がけん引
●輸出主導で持ち直すドイツ
ドイツでは、10年4~6月期の実質経済成長率が前期比年率で9.5%となり、90年の東西ドイツ統一以降で最も高い成長率となった。需要項目別にみると、外需の寄与度が3.5%ポイントとなっており、輸出の回復がドイツ経済の持ち直しをけん引している。個人消費は同年4~6月期に増加に転じるなど、外需主導による景気回復が内需にも波及してきている。なお、固定投資は10年1~3月期に悪天候の影響で減少した反動により、3.6%ポイントと寄与度が高まった。7~9月期の実質経済成長率は、前期比年率で2.8%となった(第1-4-4図)。
ドイツの輸出は、アジア経済の回復やアメリカ経済の緩やかな回復を背景に、大きく増加している(第1-4-5図)。輸出先を地域別にみると、アジアが新たな輸出先として台頭してきている。特に、中国向け輸出は、構成比は4.5%(09年)と小さいが伸びが大きいため輸出全体の伸びに占める寄与が大きい。中国向け輸出を財別にみると、自動車を中心とした輸送用機器、機械類が大幅に増加しており、また、プラスチックや有機化学原材料等の化学製品も増加している。
●持ち直しのペースが緩やかなフランス・英国
フランスと英国の実質経済成長率は、ドイツと比較すると伸びは緩やかである(第1-4-6図)。なお、10年4~6月期の実質経済成長率を需要項目別にみると、輸出の寄与が大きいドイツとは異なり、フランス、英国ともに個人消費がそれぞれ大きく増加に寄与した。
フランスの輸出を地域別にみると、ユーロ圏域内向けが前年比で増加しており、特に、ドイツ向けの輸出が増加している。ドイツ向けの輸出を財別にみると、自動車等の輸送用機器、機械類が大幅に増加しており、化学製品や工業製品も増加している。また、ベネルクス3か国向けの輸出も増加しており、財別にみると、機械類・輸送用機器と化学製品が増加している(第1-4-7図)。
英国の輸出を地域別にみると、フランスと同様にユーロ圏域内向け輸出が増加している。しかし、ドイツ向け輸出よりベネルクス3か国向け輸出の方が大きく増加している点で、フランスとの相違がみられる。ベネルクス3か国向け輸出の財別の内訳をみると、鉱物性燃料の伸びの寄与が大きい(第1-4-8図)。
ヨーロッパ各国の輸出競争力についてみると、通貨統合されたユーロ圏において、各国は自国の事情に対応した機動的な金融政策を実施できず、為替調整を通じた価格競争力の回復を図ることができないことから、労働コストや物価水準を割安に維持できるかどうかが、価格競争力を高める上で重要になってくる。そこで、各国の実質実効為替レートをみると、スペイン、ギリシャ、イタリア等と比べ、ドイツの水準は割安となっており、ドイツはスペイン等よりも価格面で輸出競争力が優位になっている(第1-4-9図)。
また、単位労働コストをみると、ドイツの単位労働コストは過去の労働市場改革の成果により、スペイン、ギリシャ、イタリアと比べて緩やかな上昇にとどまっており、賃金面においても輸出競争力が優位になっている(第1-4-10図)。
●ドイツ経済の持ち直しが、南欧諸国等の経済全体へ与える効果は限定的
ドイツ経済は持ち直しているが、ドイツ向け輸出の増加等を通じて、経済成長が高まるという効果は、ギリシャを始めとする南欧諸国等の場合には限定的となっている。
南欧諸国等のドイツ向け輸出は、10年7月に前年比で12.8%と6か月連続で増加しているものの、南欧諸国等の名目GDPに対するドイツ向けの輸出の寄与は小さく、南欧諸国等の経済全体へ与える効果は限定的である(第1-4-11図)。なお、ドイツの南欧諸国等向け輸出は、7月に前年比で11.7%(1)となり、6か月連続で増加している。
また、ドイツの家計所得の増加が、ギリシャの主要産業である観光業を押し上げる効果を持つ可能性が考えられるものの、ギリシャ財政危機後、ギリシャではデモやストライキが生じており、観光地としての魅力が低下していることから、そうした効果も現時点では限定的と思われる。
●生産の動向
生産についてみると、輸出の増加を背景に生産は増加している。しかし国別にみると、10年3月以降、ドイツの生産が高い伸びを示していたことに対し、フランス及び英国では、生産の伸びはドイツより緩やかなものとなっている(第1-4-12図)。
ドイツの生産を品目別にみると、世界経済の緩やかな回復を受けて、機械類や輸送用機器、化学製品等の輸出が増加しており、これらの品目の生産の増加につながっている。また、ドイツにおける自動車登録台数は、09年9月に自動車買換え支援策が終了した反動減から、08年の水準まで回復しつつあり、輸送用機器の生産の増加に寄与している。機械類及び輸送用機器や化学製品は、付加価値でみてドイツの製造業全体に占める割合が高い(2)ことから、こうした品目の増加は、生産全体の増加に大きく寄与しているとみられる(第1-4-13図)。
(4)家計をとりまく環境は改善
家計の動向をみると、ヨーロッパでは、個人消費は持ち直している(第1-4-14図)。生産の持ち直しを背景に、家計の個人消費やその周辺環境はどのような状況になっているのであろうか。以下では、ドイツ、フランス、英国の各国ごとにみていく。
(i)ドイツ
●生産が所得を押し上げ
09年の家計の可処分所得は、社会保障給付が下支えしたものの、前年比で減少した。しかし、10年に入ると、前年比で賃金が増加しており、生産の増加が家計の所得の増加につながっていることがうかがわれる。また、社会保障給付は、景気の持ち直しに伴い増加幅は縮小しているものの、引き続き前年比で増加しており、名目可処分所得全体の伸びを押し上げている。
消費者物価上昇率は、10年に入ってから名目可処分所得の伸びを下回る状況にあり、家計の可処分所得は実質値でみても前年比で増加している(第1-4-15図)。実質個人消費は、09年後半からの減少傾向が10年4~6月期に前期比で増加に転じているが、これは実質可処分所得の動向におおむね沿った動きとなっている。
雇用環境についてみると、操業短縮手当(3)により雇用が維持され、生産が落ち込んだ際には、失業率の上昇を抑える効果がみられた。生産の回復に伴い、失業率は09年7月以降低下が続いている。雇用見通しも引き続き改善しており、企業の雇用意欲に関する調査では、10年8月以降、先行き3か月の雇用が増加すると回答した企業が、減少すると回答した企業を上回るなど、雇用環境改善の継続が見込まれている(第1-4-16図)。
消費者マインドは、10年5~6月にかけて一時期は改善に足踏みがみられたものの、10年7月以降は順調に改善している。特に、景気の持ち直しを受けて、経済情勢見通しが改善している。また、失業率が低下していることを受けて、失業見通しも改善している。さらに、可処分所得が増加している中で、貯蓄余力や家計の財政状況の見通しも改善している(第1-4-17図)。
以上のように、10年に入ってから、生産の増加に伴う所得環境の改善に加え、失業率の低下傾向、マインドの改善傾向が続いていることが家計の個人消費の持ち直しを支えていると考えられる。
(ii)フランス
●生産は持ち直すも雇用環境やマインドの改善は緩やか
フランスでは、生産の持ち直しを背景に、09年後半から賃金が増加していることに加え、社会保障給付も引き続き増加しており、名目可処分所得は増加している。09年以降、エネルギー価格の上昇もあり消費者物価上昇率が名目可処分所得の増加率を上回った09年10~12月期から10年1~3月期を除いて、実質値でみても可処分所得は増加した(第1-4-18図)。実質個人消費は、09年以降、10年1~3月期を除いて増加傾向となっており、ドイツと同様、実質可処分所得の動向におおむね沿った動きとなっている。
雇用環境についてみると、失業率は、09年末まで急速に上昇し、その後は、おおむね10%近傍の高い水準で推移している。雇用見通しについては、企業の雇用意欲に関する調査では、10年10月には、先行き3か月の自社の雇用が減少すると答えた企業と増加すると答えた企業の割合がほぼ均衡するなど改善がみられるが、ドイツよりは改善のペースは緩やかなものとなっている(4)(第1-4-19図)。
消費者マインドは、10年8月以降、失業見通しや経済情勢見通しを中心に改善がみられたが、08年半ば頃の水準を回復するにとどまっている(第1-4-20図)。
以上のように、10年初では、失業率の高止まりに加え、所得環境やマインドの改善が足踏みしていたが、その後、徐々に所得環境やマインドの改善がみられるようになってきたことを背景に、家計の個人消費は持ち直しの動きを続けているものと考えられる。
(iii)英国
●生産は持ち直しているものの、所得環境は不安定
英国では、生産が持ち直す中で、賃金は、10年に入ってから前年比で増加している。また、社会保障給付も引き続き増加しており、名目可処分所得は増加している。しかし、付加価値税率引上げやエネルギー価格の上昇等もあり、消費者物価上昇率が高い伸びで推移しており、実質値でみた可処分所得は不安定な動きとなっている(第1-4-21図)。
雇用環境をみると、失業率は、10年3月には8.0%に達したが、その後は徐々に低下し、同年8月には7.7%となった(第1-4-22図)。しかし、雇用見通しに関しては、企業の雇用意欲に関する調査では、10年7月以降は、「増加する」との回答と「減少する」との回答がほぼ均衡した状況にあり、一進一退の動きとなっている。また、10年10月に公表した歳出見直し(Spending Review)においては、一般政府部門の職員が14年度までに49万人減少するとの見通しが示されており、雇用環境の改善が今後も続くかどうかは不透明である。
消費者マインドは、10年初まで改善した後、経済情勢や失業見通しを中心に悪化していたが、足元では下げ止まりの動きがみられる(第1-4-23図)。
以上のように、所得環境が不安定であることに加え、雇用環境やマインドの先行きも不透明であり、これらが家計の個人消費の持ち直しを下支えしているとは考えにくい状況である。むしろ、個人消費の持ち直しの背景には、住宅や金融資産の価格の持ち直しによる家計のバランスシート改善が影響していることが考えられる(5)。
英国の家計の債務残高の可処分所得比をみると、07年をピークに低下している。その背景として、家計の資金需要面では、家計が借入れを抑制することでバランスシート調整を行っており、借入れ需要が抑えられているものと考えられる。この点は、09年になって貯蓄率が急上昇していることに現れている。他方、資金の供給面では、金融機関の貸出態度の緩和の動きが依然として弱い状況である。このように、家計の債務残高の可処分所得比が低下している背景には、資金の供給側と需要側の双方の理由があるとみられる(第1-4-24図)。
家計の純資産残高の可処分所得比をみると、08年の世界金融危機により大幅に減少したが、09年には株価の上昇や住宅価格の回復を受けて上昇傾向に転じ、09年時点において、07年のピークにはまだ届かないものの05年の水準まで回復している。所得環境が不安定な中で、家計の純資産残高の増加は、資産効果を通じて個人消費の持ち直しに寄与した可能性が高い。ただし、住宅価格の上昇は10年に入ってから一服しており、個人消費の持ち直しに今後とも資産効果が働くかどうかは不透明である(第1-4-25図)。