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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第4節 ヨーロッパ経済

2.財政政策及び金融政策の動向

  10年4月にギリシャ財政危機が発生した後、総額1,100億ユーロのギリシャ支援、総額7,500億ユーロの欧州金融安定化メカニズム(EFSM:European Financial Stability Mechanism)の創設、機能不全に陥った国債及び社債の流通市場への介入といった取組を通じて、動揺したヨーロッパの金融市場はいったんは安定を取り戻したかに思われた。しかし、ギリシャを始め南欧諸国等の財政の持続可能性や金融システムに対する懸念は依然として残っており、これらの国々の国債のドイツ国債利回りとのスプレッドやソブリンCDSは再び上昇傾向となっている(第1-4-26図第1-4-27図)。
  以下では、ギリシャ財政危機後のヨーロッパの財政政策及び金融政策の動向についてみていく。

(1)財政政策の動向

●ギリシャの財政再建の進捗状況
  ギリシャ財政危機に対応するため、10年5月2日、ユーロ圏財務相会合において、ギリシャ政府からの要請を踏まえ、ユーロ参加国、ECB及びIMFが、3年間で1,100億ユーロのギリシャ支援に合意した。この結果、最初の融資では、10年5月12日にIMFから55億ユーロ、同年5月18日にユーロ参加国から145億ユーロの合計200億ユーロの融資が行われ、市場が注目した同年5月19日の85億ユーロ相当のギリシャ国債の償還は無事実施された。
  一方、ギリシャは、財政支援の条件として厳しいコンディショナリティが課されており、大規模な財政再建や構造改革に取り組むこととなった。財政再建の進捗状況については、10年7月26日から同年8月5日の間に、IMF、欧州委員会、ECBから構成される調査団により、第1回審査が実施された。この結果、ギリシャの財政再建の進捗状況についていくつかの懸念が示されたものの、「力強いスタートを切った」との好意的な評価がなされた。この審査結果を受け、第2回目の融資として、同年9月13日にユーロ参加国から65億ユーロ、同年9月14日にIMFから25億ユーロの融資が行われた。
  審査後のギリシャの財政再建の進捗をみると、10年1~9月の一般政府財政赤字は前年比30.9%減の163億ユーロとなっており、財政再建目標に沿うペースで減少している(第1-4-28図)。
  財政再建の取組では歳出削減が大きく寄与しており、10年1~9月の歳出は前年比で7.0%減と、財政再建目標を上回る減少となっている。歳出の内訳をみると、年金や利払い費は増加しているものの、賃金、社会保障、補助金、経常支出が大きく減少している(第1-4-29図)。一方、歳入をみると、付加価値税率の引上げや脱税取締りの強化により、同年1~9月の歳入は前年比3.6%増となったものの、財政再建計画の歳入予定額を下回る結果となった(6)
  以上のように、これまでのところギリシャの財政再建は、積極的な歳出削減によって目標を達成している。ただし、ギリシャの実体経済をみると、実質経済成長率は8四半期連続でマイナスとなっており、失業率も高水準で高止まっているなど、経済情勢や雇用環境は悪化している。このような厳しい経済金融情勢が続く中で、ギリシャ政府が、引き続き財政再建を計画どおり実行できるのかどうかが懸念されている。また、国債利回りやソブリンCDSは、一時期よりは低下しているものの、依然として高水準で推移しており、ギリシャの経済・財政状況に対する市場の評価は厳しい。

●中・東欧諸国への財政不安の波及
  南欧諸国等の財政不安が解消しない中で、市場の財政の持続可能性に対する懸念は、中・東欧諸国にも波及した。
  ハンガリーでは、10年6月に、前政権による財政赤字の過小評価の疑惑に加え、オルバン政権のシーヤート報道官が、「ハンガリー経済が極めて深刻な状況にあるのは明白」であり、デフォルトに関する観測が「誇張だとは全く考えていない」と発言したと報じられたため、ハンガリーの財政状況への市場の懸念が高まった。そのため、ハンガリーの通貨フォリントは大きく下落した。
  さらに、ブルガリアでは、新政権が財政データを大幅に下方修正した後、10年6月に、レーン欧州委員(経済金融担当)が、「ブルガリアの統計パフォーマンスに懸念を持っており、調査団を派遣することを検討している」と発言したことを受けて、中・東欧諸国のソブリンCDSが上昇した(第1-4-30図)。
  これらをきっかけに、10年6月に、ハンガリー、ブルガリア同様に財政状況が悪化している南欧諸国等と中・東欧諸国の財政の持続可能性に対する懸念が広がった(コンテイジョン)。また、財政状況が悪化している国の国債を大量に保有する金融機関の経営の悪化に対する懸念もあり、ユーロは大幅に減価した。こうしたことから、中・東欧諸国のソブリンCDSが上昇するとともに、ヨーロッパ諸国のソブリンCDSは、10年5月初めの水準まで再び上昇した(前掲第1-4-27図)。
  また、金融機関の貸出状況をみると、南欧諸国等や中・東欧向けの与信は、フランス及びドイツの金融機関に集中している。このため、南欧諸国等や中・東欧諸国の国債価格の下落(利回りの上昇)により、フランスやドイツ等の他の国の金融機関にも損失が拡大する可能性について、市場で懸念が拡大した(第1-4-31図)。
  こうした中、金融機関の健全性に対する市場の信認の確保を図るため、欧州金融機関のストレステストが欧州銀行監督委員会(CEBS:Committee of European Banking Supervisors)により実施された。10年7月23日に公表された結果によると、対象となったEU域内91行のうち、「景気悪化」シナリオの下で、7行が不合格となった(第1-4-32表)。また、CEBSとECBは共同声明を発表し、「ストレステストの結果により、マクロ経済、金融へのネガティブなショックに対するEUの銀行システムの全般的な底堅さが確認された。これは市場の信頼回復に向けた重要な一歩となる。」との見解を示した。ストレステストの結果公表の前後では、ヨーロッパの主要金融機関のCDSはいったん低下した。
  しかし、ECBによる流動性供給への依存が大きい金融機関が数多く存在しているとみられ、これらの金融機関の中には、実際には健全性がかなり低いにもかかわらず破たんを免れているものが含まれているおそれがある。いわゆる「ゾンビバンク」の存在は、欧州の金融システム全体の健全性にとってリスク要因との指摘もある。実際、夏以降、ヨーロッパの主要金融機関のCDSは上昇している。

●アイルランド・ポルトガルの財政懸念
  10年10月以来、アイルランドやポルトガルの国債利回りやソブリンCDSは、財政の持続可能性への懸念から急激に上昇しており、11月には過去最高値を更新した(前掲第1-4-26図第1-4-27図)。
  アイルランドやポルトガルは、ギリシャと同様に経済規模が小さく人口が少ないものの、これらの国債を保有する金融機関への影響や、他の国々の財政に対する市場の懸念が広がり、経済規模のより大きな国の財政危機に伝染(コンテイジョン)したり、金融システム不安が再燃するリスクが懸念されていた(第1-4-33図)。
  10年9月30日、アイルランド中央銀行は、アングロ・アイリッシュ銀行が国有化されてから、アイルランド政府が既に総額229億ユーロ(GDP比14.3%)の資金注入を行っているが、追加的な資金供給を含めると資金注入の総額は293億ユーロ、ストレスシナリオ(7)の下では総額343億ユーロに上るとの試算を打ち出した。同日、アイルランド財務省は、GDP比で20%に及ぶ銀行システムに対する支援を実施した場合、10年の財政収支はGDP比▲32%近傍になると見込まれると発表した。
  この結果、市場におけるアイルランドの財政持続可能性への懸念が高まったことから、アイルランド政府は、11月26日に、EU等へ金融支援を要請した。同日、アイルランド政府からの要請を受けて、EU、ユーロ参加国、IMFは、欧州金融安定化メカニズム(EFSM)等に基づくアイルランドへの支援を決定した。アイルランド政府は、支援の条件として、財政再建、構造改革から構成される4年間で総額150億ユーロ(GDP比9.4%規模)の政策プログラム(過剰財政赤字是正期限である14年までに、財政赤字GDP比3%を達成)を実施することとなった。また、政策プログラムには、アイルランドの銀行セクターで将来必要となる資本に対応する資金が用意されるとともに、これまでのアイルランドによる取組を基に、銀行セクターのレバレッジ解消や再編等の広範囲な措置が進められることとなった。なお、ユーロ非参加国である英国とスウェーデンによる二か国間融資の提供も表明された。

●各国の財政再建
  ヨーロッパ各国は、金融危機対応と景気後退による税収減によって大幅に悪化した財政状況を改善させるため、経済財政政策の出口戦略の一環として、財政再建に取り組んでいる(8)。さらにギリシャ財政危機後には、財政の持続可能性に対する市場の懸念が、これまで以上に高まったため、財政再建への取組をこれまで以上に強化しつつある。
  ヨーロッパの主要国の取組についてみると、ドイツでは、11~14年の4年間で、GDP比で3.4%程度に相当する財政赤字を削減する内容の財政再建策を決定するとともに、14年までに財政赤字のGDP比を1.5%程度に引き下げるとしている。また、英国では、社会保障制度改革等の実施により、15年度までに構造的財政収支(投資的経費を除く)を均衡させるとしている(第1-4-34表)。
  以下では、ギリシャやアイルランド以外で、国債利回りやソブリンCDSが上昇するなど、財政の持続可能性に対する懸念が高まっているとみられる国々の財政再建策について概観する(9)第1-4-35表)。

(ア)ポルトガルの財政再建の動向
  10年5月、ポルトガル政府は財政再建策を発表し、財政収支GDP比を10年の▲7.3%から、11年には▲4.6%にまで改善することとした。具体的には、財政刺激策を終了させるとともに、国有企業への公的資金注入額の削減や、付加価値税率を10年に20%から21%へ引き上げるなどの施策を行うこととした。
  また、9月29日、ポルトガル政府は、5月に示した「11年に財政赤字を4.6%まで削減する」との目標を踏まえ、一部の公務員給与の削減や年金の伸び率の抑制、付加価値税率を11年に21%から23%へ更に引き上げるなどの施策からなる追加財政再建策を閣議決定した。
  10月14日、ポルトガル政府は、11年予算案を閣議決定した。その後、ポルトガル政府と最大野党の社会民主党は、大幅な歳出削減策を盛り込んだ11年予算案をめぐる協議を打ち切ったとの報道がいったんは流れたが、11月3日、11年予算の方針は議会で承認された。

(イ)イタリアの財政再建の動向
  10年5月、イタリア政府は、財政再建策を発表した。具体的には、財政収支GDP比を09年の▲5.3%から12年に▲2.7%にするという目標の下、今後3年間の公務員の採用凍結や給与の減額、徴税の強化等により2年間で250億ユーロの財政再建を行うものである。また、経済安定化や競争力強化についても取り組むこととしている。
  同年6月には、最大労組によるゼネストが主要都市で行われたものの、7月には、上院と下院においてそれぞれ上記の財政再建策を盛り込んだ法案が可決され成立した。

(2)金融政策の動向

●ECBによるギリシャ危機後の対応
  ECBは、機能不全に陥った国債及び社債の流通市場へ介入するとともに、固定金利の3か月物及び6か月物の資金供給オペ(LTRO:Longer Term Refinancing Operation)を再開するなど、ギリシャ財政危機に対応した措置を講じている。
  10年5月10日に発表したECBによる国債及び社債の流通市場への介入によって、国債等の買取り額は、11月現在で635億ユーロに上り、ギリシャ国債、アイルランド国債、ポルトガル国債等が購入されているとみられる。しかし、ECBは過剰流動性の吸収のために、1週間物預金の入札による不胎化介入を実施しているため、バランスシートは拡大していない(第1-4-36図)。
  なお、ECBは、09年7月から実施していた600億ユーロのカバードボンドの買取りを、計画どおり10年6月に終了し、買い入れたカバードボンドを償還期限まで保有する方針を表明した。また、BOEは、09年1月から実施していた資産の買取りが10年1月末に予定していた資産買取り枠2,000億ポンドに達した後は、買取り枠を拡大しておらず、BOEも同様に、バランスシートは拡大していない。

●ECB、BOEの政策金利の動向
  政策金利について、ECBは、09年5月に1.0%に利下げをして以降、10年11月までの1年6か月にわたって据え置いている。BOEも、09年3月に0.5%に利下げして以降、11月まで1年8か月にわたって同水準に据え置いている(第1-4-37図)。

●スウェーデン、ノルウェーの金融政策
  ECBやBOEが政策金利を低水準で据え置いている一方、北欧の一部の国では、正常化に向けて、政策金利を引き上げている。
  スウェーデン中央銀行は、世界金融危機発生後に、0.25%まで引き下げていた政策金利を、10年7月から3回にわたり引き上げた。スウェーデンの景気は、輸出の増加を背景に、個人消費や雇用が改善し、急速に回復している。こうした経済状況を背景に、スウェーデン中央銀行は、消費者物価上昇率(前年比)を、目標としている2%近傍で安定させるために、正常な水準に向けて利上げを行ったとしている。
  また、ノルウェー中央銀行は、1.25%に据え置いていた政策金利を、09年10月から3回にわたり引き上げた。ノルウェー中央銀行は、実質経済成長率が4四半期連続で上昇しており、消費者物価上昇率もインフレ目標である2.5%近傍で推移していたことから、正常化に向けて政策金利を引き上げたとしている(第1-4-38図第1-4-39図)。


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