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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第2節 アジア経済

1.中国経済の動向

  中国では、08年11月以降実施された景気刺激策の効果もあり、景気は内需を中心に拡大しているが、10年半ば以降、拡大テンポはやや緩やかになっている。その背景としては、(1)景気刺激策の効果により急拡大してきた内需の伸びが一服してきたこと、(2)10年に入ってからの政府の政策スタンスの変化による影響等が考えられる。景気刺激策は、景気の押上げに大きな効果をもたらす一方で、いくつかの副作用を伴っており、10年に入って以降、こうした副作用の顕在化を防止し、より安定的な成長を目指す政策スタンスへの変化がみられる。以下では、中国経済の最近の動向と政府の政策スタンスの変化について考察する。

(1)景気の現状

●GDPの動向
  実質経済成長率をみると、10年1~3月期に前年比11.9%まで伸びが高まった後、前年の反動もあり、4~6月期は同10.3%、7~9月期は同9.6%と伸びは低下している(第1-2-1図)。
  需要項目別にみると、09年は、純輸出の寄与が▲3.7%ポイントと大きくマイナスに転じた一方で、最終消費は4.1%ポイント、総資本形成が8.7%ポイントとなり、内需が純輸出の落込みを補う形となった。その後、10年1~3月期まで純輸出はマイナスが続いたが、4~6月期以降はプラスに転じている(1)。10年1~9月期でみると、前年比10.6%の成長率のうち、最終消費が3.6%ポイント、総資本形成が6.3%ポイント、純輸出が0.7%ポイントの寄与となっている。

●内需は、景気刺激策による急拡大からやや緩やかな伸びに
(i)投資の動向
  固定資産投資(都市部)(名目) (2)は、公的投資に大きくけん引されて30%台まで伸びが高まった09年のピーク時と比較すると、伸びはやや緩やかになっており、10年1~3月期前年比26.4%、4~6月期同25.2%、7~9月期同23.1%となっている(第1-2-2図)。この背景としては、(1)10年は4兆元の対策の2年目に入ったことから、公的投資による伸びの押上げ効果が一巡したこと、(2)10年に入り、銀行貸出総量の抑制、エネルギー多消費・高汚染業種等への貸出や新規プロジェクトへの貸出の抑制を打ち出した政府の方針の影響が挙げられる(詳細は後述)。固定資産投資の資金調達源をみると、「国家予算内資金」、「金融機関からの借入れ」は09年中に急増した後、伸びが低下傾向となっている(第1-2-2図)。また、「その他」による資金調達(企業や金融機関による債券発行等)についても同様の傾向がみられる。この背景には、地方政府が景気刺激策の実施のために都市インフラ開発公社(地方融資プラットフォーム)による借入れや債券発行を通じた資金調達を拡大させていたが、10年半ばから地方融資プラットフォームの管理強化の方針が採られたことがあると考えられる。
  しかしながら、10年1~10月の固定資産投資(都市部)は前年比24.4%と、依然として高い伸びとなっている。4兆元の対策の実施により大きく伸びが高まった09年を除けば、おおむね20%台半ばから後半で推移した過去数年間とあまり変わらない。業種別にみると、不動産価格上昇に伴う土地購入費用の増加もあって、不動産開発投資は、10年1~3月期前年比35.1%、4~6月期同39.7%、7~9月期同34.1%と高い伸びで推移している。固定資産投資全体の約2割を占める不動産開発投資の高い伸びが、公的投資の伸びの鈍化をカバーしている。

(ii)消費の動向
  消費の動向をみると、社会消費品小売総額(名目)は、10年に入りおおむね前年比18%台で堅調に推移している(第1-2-3図)。品目別の動向(小売販売額 (3)の内訳)をみると、09年春頃から、消費刺激策の効果により自動車の伸びが著しく高まり、そのシェアも高いことから、小売販売額全体の伸びをけん引してきた(第1-2-4図)。自動車と同様に消費刺激策の対象である家電・映像機器についても、09年秋頃から伸びを高め、前年比20~30%台の堅調な増加が続いている。
  また、乗用車販売台数をみると、10年に入り、前年の反動もあり、1月をピークに伸びは鈍化傾向に転じた(第1-2-5図)。伸びの鈍化の一因としては、10年1月から小型乗用車(排気量1,600cc以下)の車両取得税の減税措置が縮小されたこと(減税幅を5%から2.5%に縮小)の影響も考えられる。しかしながら、10年6月には、小型乗用車のうち低燃費のものの購入に対し補助金を支給する施策(補助額は3,000元)が新たに導入され、その政策効果もあって、8月以降は再び伸びがやや高まっている。

●輸出入はともに堅調に推移
(i)概況
  10年に入ってからの貿易動向を概観すると、輸出入ともに、前年比でみると二けた台の高い伸びが続いている。輸出は、10年1~3月期前年比28.7%増、4~6月期同40.9%増、7~9月期同32.3%増となっており、輸入は、1~3月期前年比64.8%増、4~6月期同43.6%増、7~9月期同27.1%増となっている。ただし、これらの高い伸びは、前年の大幅な減少の反動の影響がある。そのため、輸出入金額の水準を世界金融危機発生前と比較すると、世界金融危機発生前の水準まで戻ってきており、08年の同期比で、輸出は1~3月期3.2%増、4~6月期7.7%増、7~9月期5.1%増、輸入は1~3月期13.8%増、4~6月期14.6%増、7~9月期12.3%増となっている(第1-2-6図)。輸出に比べ、輸入の回復がより顕著となっており、好調な内需を反映しているものとみられる。また、貿易収支をみると、10年1~3月期140億ドル、4~6月期410億ドル、7~9月期655億ドルと、輸出の持ち直しに伴い、黒字幅が拡大している。前年比でみると、09年4~6月期以降4四半期連続の減少の後、10年4~6月期以降は増加に転じている。

(ii)輸出
  輸出を国・地域別にみると、アメリカ、EU向けは堅調な推移を続けており、10年7~9月期には、輸出全体の伸びを上回っている。他方、NIEs及びASEAN向けについては、4~6月期までは大きく伸びていたが、その後は伸びが鈍化している(第1-2-7図)。
  品目別(金額ベース)の寄与度をみると、10年に入り、主要な輸出品目である電気機器(09年の輸出金額に占める割合24.4%)、一般機械(同19.9%)は、前年のマイナス幅が比較的大きかった反動もあり、輸出の伸びに大きく寄与しており、危機前と比較すると、特に一般機械が堅調となっている(第1-2-8図)。労働集約型産業の家具・衣服等についても堅調に推移している。また、輸出数量をみると、09年10~12月期以降、前年比でプラスに転じ、10年1~9月平均では前年比33.2%増となっており、その内訳をみると、電気機器同60.5%増、一般機械同39.0%増を中心に伸びが高い。輸出単価をみると、電気機器は09年1~3月期から、一般機械は09年7~9月期から、前年比でマイナスが続いており、単価の低下による数量の増加が、輸出の持ち直しに一定程度寄与したことがうかがえる。
  なお、10年に入り、輸出に係る政策の一部に変更が行われている。10年6月に、一部鋼材、非鉄金属加工材料等、エネルギー多消費・高汚染・資源消費型の業種や生産能力過剰業種を含む406品目について、7月15日から増値税の還付を撤廃する方針が発表された(4)。また、9月には、政府のエネルギー排出抑制方針に基づき、加工貿易禁止品目に、11月から多結晶シリコン、熱延鋼板等新たに44品目を追加することが発表された(5)。これらの措置は、輸出がある程度持ち直してきたことに加え、10年に入って経済構造調整への取組を強める政府の方針の一環とみられる。ただし、増値税還付撤廃の対象品目は輸出総額の1%前後となっており(6)、こうした政策変更による輸出全体への影響はそれほど大きくないものとみられる。

(iii)輸入
  輸入を国・地域別にみると、10年前半には、前年の反動の影響もあるが、NIEs及びASEANに加え、その他の地域からの輸入の寄与が大きく高まっている(第1-2-9図)。
  品目別(金額ベース)の寄与度をみると、10年に入り、前年の比較的大幅な減少の反動もあって、鉱物性燃料、一次産品(食料・燃料除く)、電気機器といった品目が輸入金額全体の増加に大きく寄与している。また、年後半になるにつれて一般機械の寄与が高まってきていることや、輸送用機器の寄与が過去に比べて高まっていることが特徴としてみられる(第1-2-10図(1))。
  さらに、輸入数量をみると、自動車(部品含む)について、10年半ばにかけて前年比100%増超まで伸びが高まっており、その後伸びは鈍化しているものの、依然として高い伸びとなっている。また、一次産品や素材関連製品についても、10年初にかけて大きく伸びが高まったことから、消費刺激策やインフラ投資を中心とした4兆元の対策実施により、輸入が大きく増加したことがうかがわれる(第1-2-10図(2))。上記のように、10年に入りその他の地域からの輸入の寄与が高まっているが、その内訳をみると、オーストラリア等の寄与が大きく、こうした資源等の輸入増と関連しているとみられる。ただし、10年半ば以降、鉄鋼、非鉄金属等を中心に、素材関連製品の輸入は前年比でマイナスとなっており、これには政府がエネルギー多消費業種等に対する生産調整を強めていることも影響していると考えられる。また、従来から加工貿易の占める割合が高いと考えられる機械類の輸入をみると、一般機械については、輸出が堅調な中、輸入も堅調な推移が続いているが、電気機器については、10年初にかけて伸びが大きく高まったものの、前年のマイナス幅が比較的大きかった影響が大きく、その後は伸びが鈍化傾向にある。
  なお、輸入(金額ベース)を一般輸入(7)と加工貿易関連輸入(輸入材料を用いた加工や委託加工・組立に関連した貿易)に分けて、世界金融危機発生前の08年比でみると、前者は10年1~9月で22.2%増となっているのに対し、後者は3.8%増となっており、資源等の価格変動の影響もあるものの、加工貿易に係る輸入の需要と比べて、中国の国内需要向けの輸入の増加が輸入全体を押し上げている可能性が高い。

●鉱工業生産の伸びは10年初をピークに鈍化傾向
  鉱工業生産は、内需が一時の非常に高い伸びから緩やかになるにつれて、10年1~2月の前年比20.7%をピークに伸びが鈍化傾向となっており、特に6月以降は同13%台へと伸びが一段と鈍化している(第1-2-11図)。業種別にみると、09年後半にかけて、インフラ投資を中心とした4兆元の対策等の影響を大きく受けたとみられる鉄金属加工(製鉄、製鋼等)や、消費刺激策による自動車販売の急増を受けた輸送機器の生産の伸びが大きく高まったが、10年に入ってからは、前述したように4兆元の対策が2年目に入ったことや自動車販売の伸びの鈍化等の影響もあり、両業種の伸びは大きく低下している。また、生産の伸びの鈍化の背景としては、エネルギー多消費業種等に対する政策的な生産調整の影響もあると考えられる(詳細は後述)。
  他方、企業の景況感をみると、10年に入り低下傾向に転じた製造業購買担当者指数(PMI)は10年8月以降3か月連続で上昇しており、特に新規受注が上昇に転じていることから、今後生産の伸びは持ち直しに向かう可能性もある(第1-2-12図)。また、完成品在庫をみると、10年半ばにかけて増加傾向となっていたが、7月以降減少に転じていることから、10年初から半ば頃までの生産の伸びの鈍化の一因として在庫調整の影響も考えられる。

(2)中国政府の政策スタンスの変化

●景気刺激策は景気回復を下支えしたものの、副作用を生んだ
  中国政府が08年11月から打ち出した4兆元の対策を始めとする大規模な財政刺激策や銀行貸出の総量規制撤廃等の金融緩和策は、投資や消費を拡大させ、世界金融危機の影響による外需の落ち込みをカバーし、中国のいち早い景気回復の原動力となった(第1-2-13表第1-2-14図)。
  しかし、急激かつ大規模な景気刺激策は、不動産価格の高騰や労働需給のひっ迫にみられる景気の過熱感を生み、不動産や地方融資プラットフォーム(8)への貸出急増による銀行の不良債権増加のリスクや一部業種の生産過剰等の副作用を伴うこととなり、中国政府は、09年の半ば頃から徐々にこれらの調整に向かい始めた。

●政策スタンスが変化
  10年に入り、中国政府は、景気過熱の抑制、副作用の解消、経済構造調整を重視する動きを明確に打ち出している。金融政策の調整や金融規制・監督の強化、不動産価格の抑制、人民元の為替レートの柔軟化、生産能力の調整にみられる一連の政策スタンスの変化は、10年半ば頃からみられる景気拡大テンポの鈍化の一因と考えられる。また、10年秋頃からは、消費者物価上昇率の高まりや不動産価格の再上昇がみられることもあり、中国政府は更に政策を強化している。以下では、こうした政策について概観する。

(i)金融政策の調整
●10年の金融政策の目標設定
  10年3月の全国人民代表会議(全人代)で示された10年の経済主要目標では、新規銀行貸出が7.5兆元前後と09年実績である9.6兆元より約2兆元の減少となり、マネーサプライ(M2)の増加率も、前年比17%前後と09年末の前年比27.7%より約10%ポイントの低下となった。
  進捗状況をみると、10年1~10月の新規銀行貸出実績は、6兆8,822億元と09年実績の8割弱のペースであり、現在のペースが続けば10年は7.5兆元と同程度になる見込みである。ただし、新規銀行貸出(除く手形割引)(9)を比較すると、10年1~10月の実績は09年の9割以上のペースとなっており、ほぼ変わらない(第1-2-15図)。
  また、マネーサプライの伸びは、09年11月の前年比29.7%をピークに10年7月の同17.6%まで減速したが、10月は同19.3%と目標よりもやや高まっている。

●預金準備率と政策金利の引上げ
  10年に入り、中国人民銀行は、1、2、5月に預金準備率を0.5%ポイントずつ引き上げ、流動性を吸収し、金融を引き締める動きをみせた(第1-2-16図)。その後は大きな動きはなかったが、10年秋になると金融引締めが加速した。10月11日には、6行の銀行(10)に対し、2か月間の時限措置として、預金準備率を0.5%ポイント引き上げたとされ(11)、変則的な調整を行っている。また、10月20日には、政策金利の引上げを実施した。代表的な貸出基準金利(1年物)と預金基準金利(1年物)については、それぞれ0.25%ポイント引き上げた。金利の引上げは07年12月以来、2年10か月ぶりとなり、世界金融危機が発生してから中国において初めての引上げとなった。さらに、11月10日には、全銀行に対し預金準備率の0.5%ポイント引上げを決定(12)、11月19日にも同様に0.5%ポイント引上げを決定した。

(ii)金融規制・監督の強化
●地方融資プラットフォームの管理強化
  10年6月10日、国務院は、「地方融資プラットフォームの管理強化に関する通知」を発表した。この通知では、地方政府に対し、投資プロジェクトごとに公益性の有無や収益性等に応じた措置を求めている。特に債務の償還を地方政府の財源に依存する公的プロジェクトについては、今後、地方融資プラットフォームが銀行等から借入れすることを原則認めないなど、リスク軽減を図っている。
  地方融資プラットフォームの実態については、7月20日に銀行業監督管理委員会(以下、銀監会)の会合で報告されている(13)。銀監会によると、6月末の地方融資プラットフォームへの銀行貸出残高は、7.66兆元と全体の約17%となった。そのうち、23%に当たる1.76兆元は返済に重大なリスクがあるとしている。
  地方融資プラットフォームへの貸出は、大手銀行よりも主に地方に拠点を置く中小銀行の貸出に占める割合が高いといわれており、不良債権リスクが顕在化した場合、経営体力が大手銀行より劣る中小銀行の破たんが懸念されている。10年9月末の地方銀行の不良債権比率は2.2%と低い水準であるが、全商業銀行の1.2%より高い(第1-2-17図)。

●ストレステストの実施
  09年11月に、銀監会はリスク管理強化の一環として、銀行に対して四半期ごとのストレステストを義務化している。10年6月のストレステストについては、不動産価格が30%下落するというシナリオの下で、銀行の不良債権比率が09年末比で2.2%ポイント上昇し、税引前利益が20%減というそれほど深刻ではない結果となった。各行が増資に動いたこともあり、10年9月末の銀行の自己資本比率は平均で11.6%、コア自己資本比率(14)は9.5%と高い水準を維持している。

●貸出債権の新規証券化の禁止やオンバランス化
  中国では、新規銀行貸出額の年間目標を設定し規制を行っている。そのため、一部の銀行では、貸出債権を信託会社に売却し、自行のバランスシートからオフバランス化することで、規制から逃れ、貸出を拡大させていた。これに対し、銀監会は、10年8月に「銀行と信託会社の金融協力に関する通知」を発表し、銀行と信託会社に対して、貸出債権等の証券化を新規に取扱うことを停止するよう要求している。また、銀行に対して、オフバランス化した資産を11年末までにオンバランス化するよう指示している。これより銀行の貸出実態が把握され、銀行の健全性が強化されることが期待される。

(iii)不動産価格の抑制 
●不動産市場の動向
  中国では、08年秋の世界金融危機発生後の金融緩和を背景に、不動産向け貸出が急増し、09年半ば頃から不動産価格が上昇するなど、不動産市場過熱が懸念されてきた。不動産価格の上昇には、投機目的の購入が少なからず寄与していると考えられており、中国政府は、10年4月に、住宅ローンの頭金比率や貸出金利を引き上げることなどを内容とする不動産購入向け貸出抑制策を打ち出した(第1-2-18表)。その後、不動産価格は、6月頃まで、沿海部を中心とした一部都市においては若干の落ち着きがみられた。特に6月は、北京・上海等の沿海部の都市において09年2月以来初めて前月比で下落に転じた(第1-2-19図)。
  しかし、7~8月の不動産価格は、全国では前月比で横ばいとなり、9月には前月比で0.5%上昇となった(15)。販売面積についても、4月以降全国的に前年比の伸びが減少に転じたが、8月に入り、東部(沿海部)及び全国で増加に転じた。9月には、中部、西部においても伸びが上昇し、全国では更に伸びが高まった(第1-2-20図(16)。また、不動産価格を前年比でみると、東部を中心に4月頃をピークに伸びは低下しているものの、全国では依然として前年比8%以上の高い伸びとなっている(第1-2-21図)。
  地域によって異なる状況が生じている背景には、地方における実施細則の制定状況が影響していると考えられる。4月の貸出抑制に係る国務院通知を受けて、各都市において地方の実施細則が制定されることになっているものの、実態としては、それらの規定内容が緩やか、または実施が不徹底、あるいは実施細則自体をいまだに制定していないケースもあるという。こうした状況が、各地域の不動産市場の動向に影響していると思われる。さらに、特に内陸部を中心とした地域では都市化の進展を背景とした住宅購入の実需も旺盛であることも背景として挙げられる(17)

●新たな不動産関連政策と今後の不動産市場
  こうした状況を受けて、中国政府は、10年9月下旬に、更なる不動産価格上昇抑制策を相次いで打ち出した。具体的には、3軒目購入のための住宅ローン禁止等の住宅購入向け貸出抑制策と中低所得者向けの住宅の供給推進が主な柱となっている(前掲第1-2-18表)。翌10月の販売価格の前月比をみると、主要都市全体及び沿海部では上昇しているものの、伸びは低下している(前掲第1-2-19図)。また、10月の販売面積は、中部及び西部では伸びが高まっているが、東部(沿海部)及び全国では伸びは低くなっている(前掲第1-2-20図)。こうした状況には、9月の貸出抑制策の寄与もあると考えられる。
  今後、9月の不動産関連政策が引き続きどの程度不動産価格の抑制に寄与するかが注目される。当面は、引き続き不動産市場が過熱するリスクと、政策効果が予想以上に現れた場合の価格急落のリスクが並存しているといえる。

(iv)人民元の為替レートの柔軟化
  中国人民銀行は10年6月19日に、08年7月から事実上のドル・ペッグとなっていた人民元の為替レートの柔軟性を高めることを決定した。その後、人民元は徐々に切り上がっており、10年11月11日時点(直近最高値)では、人民元の柔軟性を高めると発表してから対ドル名目レートで約3.06%増価した(第1-2-22図)。人民元の切上げは、輸入物価の面から物価上昇圧力の緩和に寄与すると考えられる。
  人民元の切上げについては、交易条件の改善、輸入の増加を通じて国民の実質的な生活水準を引き上げるものであるため、いたずらに恐れるべきことではない。ただし、人民元の切上げのペースについては、そのマイナス面も考慮することも重要である。例えば、急激なペースの切上げは、輸出産業を通じて景気が急速に悪化する懸念がある。また、景気後退懸念から金融政策が過度に緩和的になれば、過剰流動性を生み出して資産バブルへとつながる可能性もある。
  なお、為替レートの柔軟化に相前後して、中国人民銀行は、人民元に係る規制緩和を次々に発表した(第1-2-23表)。これらの措置は、ドル建てで貿易を行っている業者に人民元建て決済の機会を拡大し、為替変動リスクを回避させることをねらったものと考えられる。また、貿易により人民元を得た海外の業者に運用の機会を与え、人民元建て決済のインセンティブを高める効果があり、人民元の国際化の布石であるとみられている。

(v)過剰あるいは旧式の生産設備淘汰の加速
●過剰あるいは旧式の生産設備淘汰の経緯
  中国政府は、持続可能な経済発展モデルへの転換を図るため、これまで「第11次5か年計画」(05年~10年)や、国務院や関係省庁による各種通知等において、エネルギー消費の多い6業種も含めた構造調整が必要な業種における旧式の生産設備淘汰目標を打ち出してきた(18)。なお、これらの業種の生産額は、全体の約2割程度を占めている(19)。10年に入ってから、1月に国務院常務会議で、旧式の生産設備の淘汰を強化する施策について検討が行われたのを皮切りに、関係省庁から相次いで、過剰あるいは旧式の生産設備の淘汰を加速する旨の通知が発出されている。
  例えば、5月には、国務院から、淘汰すべき生産設備の管理の厳格化や10年中に達成すべき生産設備淘汰の具体的目標が提示された(20)。同月末には、工業情報化部が18業種の具体的淘汰目標を提示(21)、8月には、それら18業種について、9月末までに指定された設備を運転停止あるいは閉鎖すべき企業名リストを発表した。違反した場合は、汚染物質排出許可証の取消等の罰則も規定されている(22)
  また、中国政府は、過剰あるいは旧式の生産設備淘汰の一環として、企業の合併・再編を促進している。10年8月には、国務院は、産業高度化を図ることを目的として、鉄鋼等の重点業種の企業の合併・再編を促進する通知を発出、このため、規制緩和や優遇措置が実施されることとなった(23)

●過剰あるいは旧式の生産設備淘汰の加速の背景及び影響
  これらの動きの背景には、(1)産業構造転換及び持続可能な経済成長モデルの確立という長期的要因と、(2)大規模な景気刺激策による副作用の解消及び第11次5か年計画で規定した拘束性目標(24)の達成という短期的要因の二つがあると考えられる。
  (1)について、中国では、2000年前後から「粗放型発展モデル」から脱却して持続可能な経済成長モデルに転換を図ることが重要課題とされてきた。その手段のひとつとして、過剰あるいは旧式の生産設備の淘汰による産業構造の転換の必要性が認識されている。
  他方、短期的には08年11月に打ち出された4兆元の対策は、鉄道・道路等の公共インフラ部門にも多くの資金が投入されたため、重工業の生産が大きく増加した。これは、一部の業種の過剰生産に拍車をかけたと考えられる。また、前述の第11次5か年計画におけるエネルギー使用量についての拘束性目標について、09年末時点の実績では、05年比20%削減の目標に対して、14.38%減にとどまっている。5月時点で国務院も達成が相当困難であるとみており(25)、政府は目標達成のための措置を強力に推し進めている(26)
  こうした動きの影響として、当面は、生産の伸びの低下が続くとみられる(第1-2-24図(27)。対象となっている主な業種の生産の動向をみると、それぞれ夏頃から伸びが低下している。電力をみても、生産量は9月以降、前年比で伸びが低下している(第1-2-25図)。
  その一方で、過剰あるいは旧式の生産設備淘汰が進まない現状には、これらの産業設備が淘汰されると地方の雇用や税収等に影響を及ぼすという背景も存在している。10月に開催された中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で採択された第12次5か年計画への建議では、製造業発展のための重点施策として、構造調整や旧式の生産設備淘汰が挙げられており、当面、当該政策は重点的に推進されるものと思われる。

●新興産業の育成へ
  過剰あるいは旧式の生産設備の淘汰を推進すると同時に、中国政府は省エネ・環境保護やバイオ等の新興産業育成を重点分野として推進している。前述の中国共産党5中全会で採択された第12次5か年計画への建議では、現代的産業システムの発展、戦略的な新興産業の育成発展、循環型経済の発展、資源の節約と管理の強化等が提起された。また、同時期に国務院は、七つの戦略的新興産業(28)について、ハイテク技術の研究成果の産業化を推進、市場参入のための基準の整備、税制や資金面からの支援等を推進する旨を定めた決定を発出した(29)

(3)景気の先行き

  景気刺激策の効果の低減や政策スタンスの変更の影響もあり、内需は一時の急拡大からやや緩やかになっているが、今後も堅調な推移が見込まれる。以下では、消費、投資、物価の各項目について考察する。

(i)消費
  消費については、消費刺激策の一部終了の影響はあるものの、消費振興という中長期的な政策の方向性や所得環境の改善に支えられ、今後も堅調な推移が期待される。以下では、政策面、所得環境のそれぞれについてみる。
  まず、政策面については、消費刺激策の一部が10年末に終了予定となっており、その影響が考えられる(前掲第1-2-13表)。終了予定の政策は、小型乗用車購入の際の車両取得税減税や「汽車下郷」(30)といった自動車関連の政策となっており、乗用車販売台数はこうした政策の効果もあって大幅に増加し、消費全体にも大きく寄与してきたことから、年明け以降消費の伸びの低下につながる可能性がある。しかしながら、既に効果を現してきたとみられる10年6月に導入された低燃費小型車購入に対する補助金は当面継続される見込みとなっている。また、「家電下郷」(31)や「家電以旧換新」(32)等、家電を対象とした政策も11年も継続することとなっている。「家電下郷」は、対象製品の拡大、実施方法の改善等の取組もあって、10年1~10月の対象製品の販売台数は前年比1.4倍、販売金額は同1.9倍となるなどしており、今後もこうした政策の効果が期待される。また、10年10月の5中全会において示された第12次5か年計画への建議においても、内需拡大戦略の下、消費需要を拡大させるための長期的メカニズムを構築することが言及されており、消費の振興という政策の方向性は今後も重点分野として継続されていくものとみられる(第1-2-26表)。
  次に、所得環境をみると、雇用情勢については改善が続いている。都市部登録失業率は、10年に入り低下が続いており、9月末には4.1%となっている(第1-2-27図)。また、求人倍率をみると、10年1~3月期の1.04倍からはやや低下しているものの、7~9月期も0.99倍となっている。
  家計所得についても改善傾向が続いている。可処分所得の伸びをみると、09年半ば頃から増加傾向が続いている(第1-2-28図)。また、都市部の就業者の平均賃金上昇率をみると、世界金融危機発生後の景気減速に伴って09年には据え置かれていた最低賃金引上げの動きや労働需給のひっ迫等を背景に、10年1~3月期以降、伸びが高まっている。10年前半には労働争議の多発がクローズアップされ、企業が大幅な賃上げに踏み切り沈静化を図る動きが報じられた。しかしながら、労働争議受理件数をみると既に08年から急増しており、こうした動きは短期的なものではなく、むしろ今後も、賃金上昇圧力の高まりは続いていく傾向とみられる。また、第12次5か年計画への建議においても、所得分配の合理的調整、社会保障制度の強化等、民生の保障と改善に力を入れることが示されており、政策にも支えられた所得環境の改善は、消費を後押ししていくことが期待される。
  なお、消費者のマインドをみると、人民銀行の都市預金者アンケート調査における所得見通しは、10年5月時点の調査でいったん低下したものの8月時点の調査では再び改善している。他方、消費者信頼感指数をみると、10年6月までは上昇基調となっていたが、その後3か月連続して低下しており、こうした動向には留意する必要がある。

(ii)投資
  前述のとおり、固定資産投資の伸びはこのところほぼ横ばいで推移しており、10年末には4兆元の対策が終了し、公的投資による押上げ効果がはく落することから、11年には投資全体の伸びが更に鈍化する可能性がある。ただし、民間投資(国有企業等以外の投資)の伸びは堅調に推移しており、一定程度、投資を下支えすることが見込まれる(第1-2-29図)。
  さらに、10年に入って打ち出された新たな政策の効果も期待されることもあり、大幅な減速局面となることはなく、堅調に推移していくものと見込まれる。具体的には、10年5月に民間投資奨励策(33)、10月に戦略的新興産業育成策等の政策が打ち出されている。前者は、05年に発表された民間投資奨励策(34)を拡充するもので、民間資本による投資参入を奨励する分野の拡大や、参入条件の緩和等の方針を示している。具体的な分野としては、基幹産業、インフラ整備、都市公共事業・公営住宅建設、社会事業、金融サービス、商業貿易流通等の分野が示されている。こうした、従来から公有資本が独占してきた閉鎖的な分野において、民間投資の活性化が実現すれば、投資全体を押し上げる効果が期待される(第1-2-30図)。また、後者については、省エネ・環境保護等の7産業について重点的に育成を図り、財政、租税、金融面からの支援に加え、民間資金の投入拡大を奨励するなどとされている(詳細は前述)。

(iii)物価
  消費者物価は、09年11月に前年比プラスに転じて以降上昇基調となっており、10年10月は前年比4.4%となった(第1-2-31図)。10年1~10月の平均は、10年の政府目標(年平均)である3%となっている。
  消費者物価の上昇基調の要因としては、09年2~10月までの消費者物価上昇率がマイナスであったことの反動に加え、食品や居住の項目の上昇がある(35)。食品項目の上昇については、豪雪や洪水等の天候要因による野菜価格の上昇や、ニンニク等一部の農産物で投機的な買占めによる価格のつり上げが起こっていることが背景にある。また、居住項目の上昇については、公共料金の値上げや家賃の上昇が寄与している。一方、コア消費者物価上昇率は、前年比1%台となっているものの、直近の10年10月は前年比1.3%と前月より0.2%ポイント伸びが高まっており、緩やかに上昇している。
  物価の先行きについては、上昇圧力と低下圧力が混在しているが、上昇圧力に警戒を要すると考えられる。上昇圧力としては、第一に先進国の緩和的な金融政策の継続を背景とした国際商品市場への資金流入による国際資源価格の上昇が、輸入物価の上昇をもたらす可能性がある(第1-2-32図)。特に鉄鉱石については、約5割(09年)を輸入に頼っており、直近の10年9月では輸入価格は高止まっている。ただし、今後人民元の為替レートが切り上がっていけば、輸入物価の上昇圧力が緩和されるものと考えられる。第二に、09年のマネーサプライの急増はタイムラグをもって物価へ波及していくため、依然としてその効果が続いているものと考えられる。また、マネーサプライの伸びは減速したものの、08年平均の前年比16.7%よりもやや高い水準の同19.3%となっているため注意を要する。第三に、賃金上昇圧力の高まりが今後も継続するとみられる中で、人件費が更に上昇し、コストプッシュ・インフレが起こる状況が生まれる可能性が考えられる。
  他方、低下圧力としては、前年の反動要因が徐々に小さくなっていくことや利上げ等の金融引締めによる効果が挙げられる。また、国家統計局は、秋の食糧生産は増加の見通しであり、一部の産業での供給過剰は依然としてあるとして低下圧力を説明している。
  なお、人民銀行の都市預金者アンケート調査(10年8月に実施)をみると、「将来の物価への予想(D.I.)」は、73.2と前回より2.9ポイント上昇しており、物価の上昇期待は高まっている(第1-2-33図)。

(iv)景気の先行き
  以上のように、内需は、消費、投資ともに、11年以降、景気刺激策の効果のはく落など鈍化要因もあるものの、基調としては今後も堅調な推移が期待される。他方、輸出については、現在のところ堅調に推移しているが、世界金融危機発生前の高成長には戻っておらず、また主要な輸出先である欧米先進国の景気の下振れ懸念等、先行きにはやや不透明感があることから、当面成長を大きくけん引していくことまでは考えにくい。これらを踏まえると、景気の先行きについては、テンポは緩やかになるものの、内需を中心として拡大傾向が続くと見込まれる。ただし、物価については、上昇圧力が警戒され、物価の上昇傾向が続いた場合には、消費への影響も考えられることから、その動向には留意が必要である。


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