ここでは、韓国、台湾及びシンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンを中心とするASEAN地域の景気の現状及び先行き等についてみる。韓国・台湾・ASEAN地域の景気は、総じて回復しているが、回復のテンポはやや緩やかになっている。以下、詳しくみていくこととする。
(1)景気の現状
●10年1~3月期には総じて回復したものの、年半ば頃から回復テンポがやや緩やか
韓国・台湾・ASEAN地域の景気は、09年1~3月期に底を打ち、内需を中心とする中国の景気回復にもけん引され、欧米に先駆けて回復してきた。しかし、台湾、シンガポール、タイでは10年4~6月頃から、韓国、マレーシアでも7~9月頃から、回復テンポがやや緩やかとなっている。実質経済成長率を前年比でみると、韓国、台湾、タイ、マレーシアでは、1~3月期をピークに、伸びは高いもののやや減速がみられる(第1-2-34図)。前期比年率では、台湾、タイでは10年1~3月期以降伸びが低下しており、韓国、フィリピンでも4~6月期には伸びが低下した。
●生産は10年半ば頃から総じて弱い動き
また、韓国・台湾・ASEAN地域の生産をみると、09年初以降、比較的速いテンポで回復してきたが、10年4~6月頃以降、タイでは減少しており、台湾でも横ばい傾向がみられ、韓国では足元の8月以降減少に転じるなど、総じて弱い動きとなっている(第1-2-35図)。
●輸出は10年半ば以降一部の国・地域で弱い動き
次に、輸出をみると、韓国・台湾・ASEAN地域では、世界金融危機発生以降、中国向けが堅調に推移してきたことなどを背景に、09年初から10年5~6月頃まで回復してきた。しかし、10年半ば以降、台湾、マレーシア等で弱い動きとなっている(第1-2-36図)。
(2)景気の回復テンポがやや緩やかとなった要因
世界金融危機発生の影響を受け、08年後半に減速した韓国・台湾・ASEAN地域の景気は、各国、地域で実施した景気刺激策が功を奏したことや、中国の景気拡大の恩恵を受け、09年1~3月期に底を打ち、実質経済成長率(前期比年率)は、韓国では09年1~3月期に、台湾、シンガポール、タイでは4~6月期にはプラスに転じた。その後も順調に回復基調が続き、10年1~3月期には、前述の生産、輸出の動向でみたように、生産水準は総じて世界金融危機発生直前のレベルを回復し、同地域の景気のけん引役である輸出の水準も危機前を超えつつあった(前掲第1-2-35図及び第1-2-36図)。
しかし、10年半ば頃から、韓国・台湾・ASEAN地域の景気の回復テンポは、やや緩やかとなっている。その主な要因としては、(1)中国の内需の伸びが一服したことや、中国の加工貿易関連の輸入が弱含んだことによる、中国向け輸出の鈍化、(2)韓国、台湾等において、IT製品を中心に在庫調整の動きがみられることが挙げられる。
(i)韓国・台湾・ASEAN地域の地域別輸出動向
韓国・台湾・ASEAN地域の中国向け輸出を前年比でみると、09年末から10年初にかけて総じてピークに達し、10年4月頃以降は大きく低下している(第1-2-37図)。中国向け輸出の鈍化の要因としては、一つには、中国の景気刺激策の効果がやや弱まり、中国の内需の伸びが一服したことが挙げられる。さらには、中国の加工貿易の伸びが鈍化したことによる、加工貿易に係る輸入の鈍化も考えられる。
また、韓国・台湾・ASEAN地域の輸出の伸びの低下は、中国向けだけにみられる状況ではなく、その他の国、地域向けも、おおむね09年半ば頃から10年4月頃までの回復基調の後、10年半ば頃から総じて勢いが弱くなっている。アメリカ向けをみると、08年末から09年全体を通して、前年比でほぼマイナスが続いた後、10年に入ってからは総じて高まっている。年半ば以降は、韓国、台湾等では依然として高い伸びが続いているものの、マレーシア等一部のASEAN地域では低下がみられる。また、日本向けをみると、前年比の伸びは10年に入ってプラスに転じているが、10年半ば以降、韓国、台湾等では伸びの勢いがやや低下し、インドネシア等ASEAN地域では急増の後、低下している。
●韓国・台湾・ASEAN地域の輸出構造
世界金融危機発生を契機として、韓国・台湾・ASEAN地域の輸出構造に変化は生じたのだろうか。まず、韓国・台湾・ASEAN地域の輸出の名目GDP比をみると、世界金融危機発生後の09年には、総じて低下している(第1-2-38図)。しかし、その後、世界経済が緩やかに回復に向かうに従い輸出も回復し、輸出の名目GDP比も、ほとんどの国、地域で10年1~6月期には再び上昇している。レベルでみると、08年の水準には戻っていないものの、韓国・台湾・ASEAN地域の輸出の名目GDP比は、依然として高いといえる。
また、韓国・台湾・ASEAN地域の地域別輸出シェアをみると、中国向け輸出のシェアは、2000年以降上昇傾向にあるが、世界金融危機発生直後の08年10~12月期頃には一時低下し、特に、韓国、台湾で顕著な低下がみられた(第1-2-39図)。その後、09年に入ってからは、各国とも再び中国向けシェアが高まる傾向にあり、中国への依存度は一層高まりつつある。他方、アメリカ向け、日本向け等の輸出のシェアをみると、2000年以降、総じて緩やかな低下傾向が続いている。このように、中国向け輸出のシェアが高まり、アメリカ及び日本向けのシェアが低下するという構造変化は、世界金融危機発生時に一時的に変動がみられたものの、基本的な流れは変わっていないといえる。なお、10年半ば以降の足元の動きをみると、韓国、台湾で中国向けシェアがやや低下ないし頭打ちになっているのに対し、アメリカ向け、日本向けのシェアはやや上昇している。ただし、これが新たな構造的な変化をもたらす動きとなるかについてはまだ見極めが必要である。
(ii)IT製品を中心とする出荷、在庫の動向
次に、出荷・在庫の動向をみてみたい。韓国のIT製品・部品(コンピュータ、半導体等)を中心に出荷の前年比をみると、09年半ば頃から増加に転じていたが、10年半ば以降、やや弱い動きとなっている(第1-2-40図)。他方、在庫をみると、09年末頃から増加に転じ、10年半ば頃からは一段と増加しており、生産の弱含みはこれを受けた動きともみられる。また、台湾のIT製品・部品の出荷を前年比でみると、09年後半以降大幅に増加を続けてきたものの、10年半ば頃には、増加のペースはやや緩やかとなっている。在庫をみると、10年に入ってから増加に転じており、特にIT部品(半導体等)では増加のテンポは次第に高まっている。さらに、タイの出荷、在庫の状況を前年比でみても、出荷はHDD等を中心に10年半ば以降弱い動きとなっており、在庫は10年4~5月頃から大きく増加している。
このように、韓国、台湾、タイでは、IT製品を中心に、10年半ば頃から、出荷の増加ペースがやや緩やかとなっており、在庫にも積上りがみられることなどから、在庫調整の動きが広がっていると考えられ、在庫循環図をみても、総じて調整局面に入ってきている。
●財政・金融政策の動向
韓国・台湾・ASEAN地域において、08年後半から09年にかけて実施された財政刺激策や、政策金利の引下げ等の金融緩和策は、財政赤字拡大や物価上昇率の高まりへの懸念等から、正常化に向かっている。財政支出を伴う景気刺激策については、10年度についてはほぼ終了又は支出規模を縮小させている。また、政策金利については、韓国・台湾・ASEAN地域では、フィリピンを除く多くの国、地域で引上げを実施している。ただし、金利水準は、世界金融危機発生以前より、なお相当程度低いものとなっている。
韓国・台湾・ASEAN地域の為替動向(対ドル名目レート)をみると、世界金融危機発生以降、資金流出等が生じたことなどから各国とも急落し、中でも韓国では09年3月には最大で約29%(08年9月15日対比)の大幅な減価となった(第1-2-41図)。景気の持ち直しに伴い、これらのアジア通貨は、10年半ばまで緩やかな増価が続いていたが、5月には欧州の財政問題等の影響により再び下落し、中でも韓国は地政学的リスク等もあって、他の地域に比べ大幅な減価となった。その後、アジア地域の通貨は、資金流入が堅調であることも受けて増価しており、シンガポールでは、インフレ懸念等から自国通貨を緩やかかつ段階的に上昇させるスタンスを打ち出している。
(3)景気の先行き:テンポは緩やかになるものの回復傾向が続く見込み
韓国・台湾・ASEAN地域の景気は、10年半ばには、IT製品を中心とした在庫調整の動きもあり、回復テンポはやや緩やかとなっている。これらの地域では、総じて輸出依存度が高いことから、景気は世界経済の動向に影響を受けやすく、特に、韓国、台湾については、中国の景気に依存するところが大きい。中国経済の先行きをみると、前述のようにテンポは緩やかになるものの拡大が続くとみられる。例えば、中国向けの輸出割合が大きい台湾の輸出受注をみても、10年3月以降前月比で減少が続いていたが、7月以降持ち直しの兆しがみられる。また、世界経済も基調としては緩やかな回復が続くと見込まれ、これらのことから、韓国・台湾・ASEAN地域の景気も緩やかな回復傾向が続くものと見込まれる。