第 II 部 世界経済の見通し |
第1章 2008年の経済見通し
1.アメリカ
●住宅建設の減少等により、景気回復は緩やか
アメリカ経済は、住宅建設の減少等により、引き続き景気回復は緩やかなものとなっている。経済成長率は、07年1〜3月期には住宅投資の減少に加え、設備投資も弱い動きとなったことから前期比年率0.6%と低い伸びとなった。4〜6月期には設備投資の増加幅が拡大したことや、外需の寄与が大幅な増加に転じたことなどから同3.8%となり、7〜9月期には住宅投資の減少幅が拡大したものの、個人消費の伸びが高まるとともに、外需の寄与が引き続き大幅なプラスであったことなどから、同4.9%(暫定値)となった(第1-2図)。 足元2四半期における成長率は高い伸びとなったが、国内民間最終需要は引き続き緩やかな伸び(3)となっている。
●減少傾向が続いている住宅投資
アメリカにおける住宅投資は、第I部第1章でもみたように長期間にわたりほぼ一貫して増加傾向が続いていたが、06年に入ると住宅着工件数が減少傾向に転じ、住宅価格の上昇も鈍化し、住宅市場はピークアウトした(前掲第1-1-6図)。
住宅着工件数は、06年3月には年率200万件を割り込み、その後も減少傾向で推移し、07年9月には約14年半ぶりの低水準となる同119.1万件まで低下した。これに伴いGDPベースの住宅投資は、06年4〜6月期以降、6四半期連続で前期比二桁のマイナスが続いており、アメリカの経済成長率が減速した最大の要因となっている。
今後については、住宅投資の大幅な減少が続いているにもかかわらず、住宅在庫は依然高い水準となっており(前掲第1-2-10図)、住宅市場の調整は当面の間続く可能性がある。また、サブプライム住宅ローン問題を背景に金融機関が融資基準を厳格化する動きがみられていることから(前掲第1-2-12図)、住宅需要のさらなる減少も考えられる。住宅市場の動向については、個人消費等ほかの部門への波及や経済全体への影響も含めて引き続き注視が必要である。
●増加傾向に鈍化がみられる雇用者数と緩やかに増加する消費
雇用者数(非農業部門。以下同じ。)は、07年半ば以降、増加テンポが緩やかになっている(第1-3図)。雇用者数の月平均増加数の推移をみると、05年には21.2万人、06年には18.9万人と堅調に増加していたが、07年に入ってからは上半期の増加数が13.4万人、7〜10月が11.2万人と増加幅は縮小している。雇用者数の動きを産業別にみると、サービス業では引き続き堅調な増加が続いている一方、06年後半以降に生産調整を行っていた製造業や、住宅市場の調整が長期化している建設業では減少傾向が続いている。
失業率については、06年までの低下傾向から07年以降は緩やかに上昇しつつあるが、10月時点では4.7%と依然低い水準にある。また、時間当たり賃金は、前年同月比3.8%増(10月)と比較的高い伸びが続いている。こうした雇用環境は、家計に安定した所得の増加をもたらす一方、物価面では物価上昇の潜在的圧力ともなっている。
個人消費については、一時、ガソリン価格の上昇等の影響がみられたものの、比較的良好な所得環境の中で緩やかに増加している。今後については、住宅価格の下落による逆資産効果等の影響や原油価格の高騰、消費者心理の悪化等の影響が懸念されるが、雇用情勢に大きな変動がなければ、良好な所得環境が引き続き個人消費を下支えすると考えられる。
しかし、これまでアメリカ経済の減速に比べて雇用者数の増加テンポがそれほど減速していなかったが、足元増加幅が縮小傾向にあるなど、景気減速の影響が雇用情勢に遅行的に現れてきた可能性もあることから、個人消費への影響も含め、雇用情勢の先行きが注目される。
●底堅く推移する生産、増加基調を回復した設備投資
生産については、06年後半から07年初めにかけて鉱工業生産指数はおおむね横ばいの動きが続いていたが、4〜6月期以降やや上昇し、底堅く推移している。この背景としては、製造業の在庫調整が進展していることが挙げられる。製造業の出荷・在庫バランス(出荷の前年比−在庫の前年比)をみると、06年後半には在庫の高い伸びが続く一方、出荷の伸びも鈍化し、06年9月以降は出荷が前年水準割れとなるなど調整局面が続いていたが、その後、在庫の伸びが低下傾向となる中で出荷・在庫バランスは改善の動きが続いている(第1-4図)。
また、設備投資については、GDPベースでみると06年10〜12月期にはマイナスとなるなど、06年の終わりから07年の初めにかけて弱い動きとなっていたが、07年4〜6月期には前期比年率11.0%増、7〜9月期には同9.4%増と再び増加基調となった。設備投資の内訳をみると、構築物投資が2四半期続けて二桁増となり大きく寄与しているとともに、輸送機器を中心に減少または低い伸びとなっていた機械設備・ソフトウェア投資も4〜6月期より回復をみせている。
このように、企業部門には回復の動きが続いているが、サブプライム住宅ローン問題等に端を発する金融資本市場の変動等によってアメリカ経済の先行きに不透明感がみられる中で、格付けの低い社債市場等一部の信用市場が引き締まっていることや、一部企業の業績悪化や企業マインドの低下といった動きもみられていることから、企業部門の回復が今後も継続していくか、その動向が注目される。
●緩やかな縮小傾向がみられる財・サービス収支赤字
アメリカにおける財・サービス収支の赤字額は近年拡大する傾向にあったが、最近の動きをみると06年10〜12月期以降GDP比では緩やかな縮小傾向がみられる(4) (第1-5図)。この背景には、06年半ば以降、アメリカ経済が減速してきたことにより、国内需要の伸びが緩やかになっている一方で、海外経済が堅調に推移していることがある。また、GDPベースの純輸出をみると、07年4〜6月期には輸出が前期比年率7.5%増と1〜3月期の同1.1%増からプラス幅が拡大している一方、輸入は同3.2%減と03年1〜3月期以来のマイナスとなったことから、前期比年率寄与度1.3%ポイントと実質GDP成長率を押し上げる要因となった。7〜9月期においても同1.4%ポイントと引き続き押し上げ要因になっている。
●史上最高水準に上昇した原油価格と落ち着きがみられるコア物価
原油価格の動向をWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格でみると(第1-6図)、近年、ドライブシーズン入りに伴うガソリン需要等を反映して夏場に上昇した後、9月頃には落ち着いてくるという季節変動がみられたが、07年は9月以降も上昇が続き、10月下旬には90ドルに達し、11月下旬には史上最高水準となる98.18ドル(終値ベース)を記録した。
こうした07年春先以降の原油やその他の金属や穀物の価格上昇等により、消費者物価や生産者物価の上昇率は、振れがあるもののやや高い水準で推移している。一方、エネルギー価格等を除いたコア物価の上昇率として個人消費支出(PCE)コアデフレータをみると、6月以降、FRBが望ましい物価状態の上限としているとされる前年比2%を下回る水準で推移するなど落ち着きがみられ(第1-7図)、原油価格等の上昇のコア物価への波及は明確にはみられていない。06年秋以降の原油価格の下落は、ガソリン価格の下落や消費マインドの改善等によって個人消費をある程度押し上げたと考えられるが、07年は原油価格の高騰が続いていることに加え、その他の要因として金属や穀物の価格上昇や労働市場からの物価上昇圧力も依然として残っていることから、消費等への影響も含め今後の物価動向には引き続き注視が必要である。
●FRBは政策金利の利下げを実施
アメリカでは06年半ばまで利上げ局面が続いていたが、FRBは、06年8月のFOMCにおいて政策金利(フェデラル・ファンド・レート(FF金利))の誘導目標水準を据え置く決定を行い、以後、据置が続いた(第1-7図)。
しかし、07年7月下旬からサブプライム住宅ローン問題への懸念等による金融資本市場の変動がみられたことから、8月17日に「成長の下振れリスクが目にみえる形で高まった」として、FRBは、それまで政策金利より1.0%ポイント高い水準に保たれていた公定歩合を0.5%ポイント引下げ5.75%にするなどの政策変更を行い、市場への流動性供給を強化した。
さらに、9月に開催されたFOMCでは、「金融市場の混乱により生じ得る経済全般への悪影響の一部を未然に防ぎ、長期的に緩やかな成長を促す」として、景気の下方リスクが高まったことに対して予防的な対応をとる姿勢を示し、政策金利の誘導目標水準を0.5%ポイント引下げ、4.75%とすることを決定した(公定歩合も0.5%ポイント引下げ)。さらに、10月に開催されたFOMCにおいても、同様の判断から政策金利の誘導目標水準を0.25%ポイント引下げ、4.50%にすることを決定した(公定歩合も同様に0.25%ポイント引下げ)。
今後について、FOMCは、10月の会合後の声明において「今回の措置の実施後は、インフレの上振れリスクと経済成長の下振れリスクはおおむね均衡すると判断」しているが、市場や民間エコノミストの一部には、景気の減速懸念から、さらなる利下げを予測する見方もみられる。
●08年は緩やかな成長が見込まれるものの、下方リスクが高まっている
今後のアメリカ経済については、サブプライム住宅ローン問題に端を発した金融資本市場の変動等により先行き不透明感がみられる中で、住宅市場の減速が続いていることや、原油価格の高騰が続いていることの影響等から、07年10〜12月期も引き続き緩やかな成長になるとみられている。07年通年では、実質経済成長率は潜在成長率を下回る2.1%程度の緩やかな成長になると見込まれる。
08年の実質経済成長率は、住宅投資のマイナスの寄与が徐々に縮小していく一方で、FRBによる政策金利の引下げの効果が遅行的に現れるとみられることなどから、07年をやや上回る2.4%程度の緩やかな成長になると見込まれる。しかしながら、こうした見方に対しては、住宅市場の調整の深刻化や金融資本市場におけるさらなる変動の可能性など実体経済への下方リスクが高まっており、これらが現実のものとなる場合には景気が一層減速するおそれもある(第2章参照)。