第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 先進各国の財政政策の動向
1990年代には先進各国で財政健全化が進展したが、以上みてきたように、2000年代の経験はかなり多様である。ヨーロッパの多くの小国等財政の健全性を維持し続けた国もあるが、アメリカ、ヨーロッパの4大国等ほかの政策目的が優先されいったんは財政赤字が拡大した国もある。もとより、国家が実現すべき政策目的は経済成長や雇用の増大、物価の安定、あるいは、将来世代も含めた安心と安全の保障等多数ある。財政を健全化することは公的部門の効率性を高め国民の負担を軽減するとともに物価の安定等のマクロ経済的効果をも持ち、また世代間の負担の平等からも重要な問題ではあるが、それ自体がそうした効果と独立に自己目的化されるべきものではないと考えられる。ただし、もちろんのこと、多くの先進国の現状をみれば、大きな政府債務を負いつつも少子高齢化社会に進んでいく中で財政の健全性維持は引き続き重要な課題の一つである。各国とも、財政の健全性に配慮しつつ他の政策目的をいかに効率的・効果的に達成していくか、という容易でない課題に直面しているといえるだろう。
以上を踏まえ、本章でみてきた90年代以降の各国の多様な経験からある程度共通する経験を導出するとすれば、以下が挙げられる。
第一に、90年代以降の財政健全化は全体としては大きな収穫があったことである。財政赤字は、2000年代初頭に少なからずの国で再び拡大したが、なお一定の歯止めがかかっているように見受けられ、景気の回復・拡大もあって足元では各国の財政状況は改善をみせている。また、90年代を中心として、財政ルールの強化も一定の成果を挙げたといえるだろう。
第二に、各国の事情は非常に多様であり一般化には厳に慎重であるべきだが、財政健全化の効果は、歳出削減、特に社会保障支出等の構造改革や制度改革を伴う歳出の削減を重視した国において、どちらかといえば持続性が高かったという傾向がうかがわれる。また、アメリカ、ドイツ、フランス等90年代の財政健全化のために増税を行った後、同じ税目を減税して財政収支悪化につながっている国が散見されることもどのような財政健全化が持続的効果を持つのかという観点から留意すべきである。
第三に、財政の自動安定化機能は、各国によってばらつきがあるものの、先進国平均では、景気後退によりGDPギャップが拡大すればその半分近くの規模だけ循環的な財政収支が変動するとの推計値もあり、相当の大きさを有すると考えられる。財政健全化を進めるに際しても、自動安定化機能を封殺しないよう、例えば景気循環による循環的収支の振れに対応する余裕を持った財政運営を行うことや、景気拡張期に財政健全化を加速することなどの配慮をすることが重要であろう。
第四に、経済政策としての財政政策の役割は景気循環に対する自動安定化機能にとどまらず経済成長・経済活性化等の中長期的問題への対応も財政政策の重要な課題である。経済の歪みを減らしインセンティブを強化するための税制改革等が多くの国で進められている。