第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 先進各国の財政政策の動向
4.経済成長と財政
以上、財政政策と景気循環との関係についてみてきたが、2000年代の経験からも、今後は自動安定化機能を重視した財政運営が必要であると考えられる。また、そうすることにより、景気循環に左右されずに各政策目的の必要に応じて安定的に予算配分を行うことが可能となる利点もある。
では、経済政策としての財政の役割は自動安定化機能に尽きるのかといえば、財政政策は、それに加えて、経済成長の促進や経済の効率化といった中長期的な経済政策上の重要課題にこたえていくことができると考えられる。既にみてきた2000年代のアメリカ、ドイツ等の税制改革の主目的は経済主体のインセンティブを高めて中期的に経済を活性化し、経済の持続的成長の基盤を強化することと説明されてきている。財政政策については、こうした経済成長を促進する方向での取組が多くの国で進められている。以下、簡単にみていこう。
●経済活性化に向けた税制改革の取り組み
経済を活性化するための税制改革が各国で進められている。第1-2-7(1)図は、各国における法人実効税率等の推移をみたものであるが、各国で法人実効税率が引き下げられてきていることがみてとれる。ただし、タックスベースの拡大等もあって、各国の税収に占める法人税等の比率は、85年の8%程度から04年の10%程度とむしろ高まっている(OECD(2006c))。
また、企業が追加的な投資を行う場合には、減価償却制度等の税制を考慮しつつ、設備投資によって生産が増加することによる利益の増大と設備投資に伴うコストを検討して意思決定を行うと考えられる。税引き後の利益を最大化するまで設備投資を行うモデル的な企業を想定し、一定の前提の下でその利益に係る実効税率について試算された結果をみても、主として法人実効税率が引き下げられてきたことを反映して、企業の税負担が軽減されてきていることがうかがわれる(第1-2-7(2)図)。
また、既にみてきたように、2000年代に入ってからも、アメリカ、ドイツ、フランスなどで経済活性化を目的とした所得税負担の引下げが行われている。例えば、雇用者所得に係る社会保障負担込みの税負担(タックス・ウエッジ、すなわち「税のくさび」)を縮小することは、雇用の増大、ひいては成長率を高めるといわれている。これは、「税のくさび」を引き下げることにより、企業側では単位労働コストの低下を通じて労働需要を増大させる効果があり、労働者の側では勤労意欲を高め労働供給を増大させる効果があるため、雇用が増大し失業が減少すると考えられるからである。例えば、OECD(2006a)では、対象国の平均で「税のくさび」を1%ポイント引き下げることにより、失業率を0.28%ポイント引き下げることができると推計している(第1-2-8表) (42)。各国の「税のくさび」の推移をみると、国別にかなりのばらつきがあるがアメリカや英国では2000年代に入ってかなり低下していることが分かる(第1-2-9図) (43)。
●歳出の重点化等
限られた予算を重点分野に集中的に投入するとともに、予算を効率的に使用することも経済の効率化と成長促進のため重要である。
例えば、アメリカの予算教書は近年成長促進を強く意識したものとなっており、07年度予算教書では、成長促進のための施策として、ブッシュ減税の期限延長等の税制措置を中心的に記載しつつも、歳出面では、教育訓練の強化、研究開発予算の増額等を掲げている。また、予算の効率的使用の面では、政策評価に基づき、事業や施策の見直しを行い、141のプログラムを削減又は廃止することにより、150億ドルの予算を削減するとしている。
ヨーロッパでも成長促進の重要性は認識されており、2000年3月の欧州理事会(首脳会議)において、「より多い雇用と、より強い社会的連帯を確保しつつ、持続的な経済発展を達成し得る、世界で最も競争力があり、かつ力強い知識基盤経済を構築する」とした、いわゆる「リスボン戦略」が採択されている。同戦略は、05年の中間評価では、期待された成果がもたらされていないとされ、重点課題として、成長と雇用に重点をおき研究開発投資を官民あわせてGDP比3%とすることを始めとしたイノベーションの促進や雇用創出が改めて掲げられた。こうした戦略が各国の予算にも反映されていくものと考えられる。実際に、例えばドイツでは、財政健全化を進めるためにも経済成長が不可欠であるとして、06年度予算では、研究開発、経済活性化と中小企業振興、交通インフラ等の5分野を重点とする投資と雇用のためのプログラムを創設するとし、これに09年までに250億ユーロを充てることとしている。
さらに、歳出の効率化等により政府の規模を大きくしないことも重要である。例えば、茂呂(2004)は、政府の規模と経済成長の関係に関する議論について政府の規模が大きいと経済の効率性が低下する理由として、(1)公的部門は競争原理が働きにくいため活動が非効率になりやすいこと、(2)公的部門の支出は節減努力に甘くなりやすいこと、(3)歪みのある課税が資本蓄積や労働供給にマイナスの影響を与えること、(4)所得再分配に伴う経済的ロス(モラル・ハザードや既得権益)が無視できないこと、等が挙げられると整理している(一方で、政府活動は外部性の是正等を通じて民間活動を活発化させるとの見方や、両者には明確な関係はない、との見方もあることも紹介している。)。茂呂(2004)は、その上で、政府の規模が大きくなると経済成長にマイナスの影響が働くことを、先進国を対象とした回帰分析で示し、また、政府の支出の中では、政府消費のマイナス効果が大きく、社会保障関連支出等についても負の関係を持つ結果が多く得られたとしている。
もとより、高齢化社会の到来を控え先進各国の関係支出の増加圧力は大きく財政の健全性を損なうことなく政府の規模を抑制することは簡単なことではないが、そのためには歳出の重点化・効率化が極めて重要である。