第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 先進各国の財政政策の動向
2.アメリカ
●90年代の改善は所得税等の歳入増と国防費削減が中心
アメリカの一般政府ベースの財政収支の変動のほとんどは連邦政府ベースの財政により左右されるので、以下、連邦政府についてみてみる(第1-1-2図)。 連邦政府の財政収支は、92年度(5)のGDP比4.7%(2,903億ドル)の赤字から、2000年度には同2.4%の黒字(2,362億ドル)に改善した後、04年度には同3.6%(4,127億ドル)の赤字と大幅に悪化している。CBOの推計値により構造的収支と循環的収支等に分けてみると、90年代の改善(改善幅は、GDP比7.0%。)については、循環的収支等による寄与(同3.0%)も大きいものの、歳入面では個人所得税の最高税率の引上げや累進性の強化等が行われ、歳出面では図にみるように国防費等の削減が大きかったため、構造的収支の寄与がより大きい(同4.0%)。
●2000年代には減税と国防費等の歳出拡大により収支悪化
2000年度から04年度にかけては、GDP比で財政収支が6.0%悪化している。これには、01年以降の景気後退に伴う循環的収支の悪化も寄与しているが、構造的収支の悪化の寄与が同3.5%と過半を占めている。このうち、構造的歳入の減少、すなわち減税による寄与が同3.1%と最も大きく、構造的歳出の寄与は同0.5%にとどまっている。
減税とそれによる経済活性化は01年に発足し小さな政府を標榜するブッシュ政権の重要政策である(第1-1-3表)。まず、01年6月に、財政収支黒字を国民に還元し経済を活性化するとして、所得税、遺産税、贈与税について11年間で約1兆3,500億ドル(参考:01年の名目GDP約10.1兆ドルの13%強に相当)の減税を行う法案が成立した。さらに、02年3月には、設備投資の促進を目的とした特別償却の導入等法人税を中心とした約420億ドルの減税、03年5月には、01年減税の前倒し施行や配当・キャピタルゲイン税の軽減等約3,500億ドルの減税が実施された。04、05年には、これらの減税の一部期限延長が行われている。
一方、歳出面では、メディケア、メディケイド等の義務的支出が傾向的に増加していることに加え、特に、02年度、03年度は、イラク・アフガン対応により防衛費等の裁量的経費が急増している(前掲第1-1-2(2)図)。
●景気拡大等により財政収支はやや改善
ただし、05年度以降は財政収支が改善しており、06年度の財政赤字(実績見込み)はGDP比1.9%(2,482億ドル)に縮小した。特に06年における赤字縮小は各機関の予測を大きく上回るもので、景気拡大による税収増加の寄与が大きいと考えられる。ブッシュ大統領は、05年度の予算教書の中で、04年度の財政赤字が過去最高の5,210億ドルと見込まれることを踏まえ、これを09年度までに半減させるとの目標を示したが、それが06年度に達成された形になっている。
●中期見通しは下振れリスクも
中期的な将来展望をみると、CBOの見通し(第1-1-4図)では、現在の政策が継続されることなどを前提としたベースラインで、GDP比で06年度と同程度の財政赤字が07年度以降も続いた後、時限措置として導入された一連のブッシュ減税の終了に伴って12年度以降はかなり財政収支均衡に近づくものとされている。
しかし、ブッシュ大統領は、各年度の予算教書でこれら減税の恒久化を提案している。また、裁量的経費については、ベースラインでは06年度の補正後の予算額が物価上昇率と同率で増加する前提で試算されているが、過去10年間(94〜04年)の平均では裁量的支出の実際の増加率は5.2%と物価上昇率(2.4%)を上回り、名目成長率(5.2%)と同程度となっている(6)。他方で、補正予算で大幅増額されたイラク・アフガン関係経費については07年度以降縮小する可能性もある。
そこで、これらの要因を織り込んだ代替的シナリオをみてみると、減税が恒久化され裁量的支出が名目成長率と同率で増加することにより、イラク・アフガン関係の補正予算相当額が段階的に減少したとしても、財政赤字はむしろ拡大し2016年度でGDP比2.8%程度と見込まれている。
コラム 大幅な経常赤字の一因となっているアメリカの財政赤字 このように、アメリカの財政収支は、2000年代初頭においてかなり悪化したものの、最近年においては景気要因もあって改善してきており、中期的にも大幅な悪化は想定されていない。また、先進国の中では、少子高齢化の進展が相対的に遅くその面でも将来の財政基盤は相対的に強固という見方もできる。 |