第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 先進各国の財政政策の動向
1.先進各国の財政状況概観
●1990年代に大きく改善した各国財政
90年代初頭には、アメリカ及びユーロ圏の財政赤字はGDP比で5%台後半に、英国では同8%近くに達したが、90年代末から2000年代初頭にかけて、これら各国・地域の財政収支は大幅に改善し、一部の国では一時的には財政黒字が達成された。しかし、2000年代に入ってからは、国によって多少の相違はあるものの、2000年頃から03年頃にかけて財政収支が大幅に悪化した国が少なくない。04年頃からは、景気回復もあり、各国の財政収支にはある程度の改善がみられる。(第1-1-1図)
●財政ルールの効果
各国で90年代に財政収支が改善した背景としては、アメリカを中心とした世界的な景気の回復・拡大もあるが、各国の経済財政政策が、70〜80年代のスタグフレーション、財政赤字の累増、高金利等の経験を経て、インフレ抑制や財政の健全性維持に軸足をおいたものに転換してきたことが重要と考えられる。また、財政赤字等について中期的な目標を掲げ、それを達成するために年々の歳出に一定の上限を設けるなどにより、財政を中期的に管理する枠組としての財政ルールが各国で具体的に規定されたことも奏功したと考えられる。
例えば、アメリカにおいては、財政赤字削減額等の目標(1)を掲げるとともに、裁量的経費の上限を定める「キャップ制」や義務的経費の増加や減税に際してはスクラップ・アンド・ビルドを求める「Pay-as-you-go原則」が規定された(2)。
また、ヨーロッパでは、通貨統合に参加するための基準として、一般政府の単年度の財政赤字を原則としてGDP比3%以下、債務残高を原則として同60%以下とすることが規定され、通貨統合に向けて各国の財政健全化が進められた。これらの基準については、通貨統合後も、安定成長協定に基づき維持されており、さらに、単年度の財政赤字が3%を超えた場合には「過剰財政赤字手続」が発動され、最終的には制裁措置も課されることとされている。
さらに、中期的な予算管理の手法が各国でとり入れられている。例えば、英国では3年間を単位として歳出の総見直しを行っているなど複数年度の歳出管理の仕組みを工夫している国がみられる。また、安定成長協定の下では、EU各国は中期目標達成のための財政措置等を示す安定・収れん計画の提出を求められている。
その他、各国で、財政赤字のGDP比率や歳出に一定の上限を設けて、それを達成するための制度が工夫された(コラム参照)。
コラム 各国の財政ルール 各国の財政ルールを概観する(表参照)とかなり多様であるが、ある程度共通する要素としては、以下が挙げられる。 |
次に、90年代に財政健全化を実現した各国について、90年代の財政赤字削減の特徴とその後の変化をみてみよう。なお、以下では、景気変動による変化を除くため、OECDやアメリカ議会予算局(CBO)の推計値を活用し、可能な範囲で財政収支を景気の変動により左右される循環的収支とそうでない構造的収支に分けてみていく。例えば、景気が悪化すれば、企業の利益や個人の所得の減少等により税収が減少するとともに、失業の増加により失業保険が増加するなどして財政収支が悪化する。こうした景気の変動により左右される部分が循環的収支であり、政策や制度の変更により左右される残りの部分が構造的収支である(4)。また、経済規模との相対関係をみるため、財政収支等はGDP比でみていくことを基本とする。